境界線上の守り刀   作:陽紅

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八章 朱雀の願い 【下】

 

 

 不意打ち、奇襲。それはおおよそ、相手の死角や隙を付き攻撃をすることとされる。どんな達人といえど常時気を張り続けるなど不可能であり、一瞬の気の緩みが命取りとなるのだ。

 つまり、圧倒的に実力で劣るものが、圧倒的な強者に勝てる数少ない手段でもある。

 

 ――そして、その轟音は、その不意打ちや奇襲に含まれるのだろう。ただ、姿をさらした上に真正面から。という注釈が付くが。

 

 

 ……重武神・地摺朱雀の巨拳が、オリオトライの開始の合図とともに、無防備なシロジロへ向けて、打ち出されていた。

 踏み込み、各関節の回転、自重の乗り(・・)などは、徒手空拳を武器とするノリキが見ても惚れ惚れするほど見事なもの。その上で、10tという超重量だ。対人に用いる破壊力ではないだろう。

 

 

 ……圧倒的に戦力で上回る直政が、一般的に戦力を持たないだろうシロジロに向けて、奇襲を仕掛ける。先ほどの説明の、それは真逆だった。

 

 

 

 高い角度から打ち下ろされたその一撃の余波――容易く橋を崩壊させられるだろう一撃は、事前に展開されていた防護術式によって保護されている。

 

 ……それでも、許容ギリギリのその衝撃を散らすために大量の拝気を撒き散らし、視界を埋め尽くしていた。

 

 

「……ちっ」

 

 

 そして拝気が晴れる、その前に。……顔を顰めた直政が、小さく舌打ちをしていた。

 

 

「――随分と貴様らしくないではないか、直政。……今のはすこし、焦ったぞ?」

 

 

 

 腕を交差させ、最初の立ち位置よりだいぶ下がりながらも、シロジロは平然と――冷や汗を流していた。

 無傷である。交差させた腕に、朱雀の拳は触れていない。朱雀が、直政が寸前で止めたのではない。シロジロが阻んだのだ。

 

 

「『焦った?』――そりゃあ今更ってヤツだよシロジロ。ちゃんと言ったろ? ……死なない様に、気をつけろってねぇ!!」

 

「っ!?」

 

 

 拳を引き戻す。と、同時にもう一方の手を、今度は真上からたたき付ける。しかし、それもシロジロが交差させた腕――の前にて、大地にぶつけたかのように止められる。

 しかし、シロジロに全く影響を与えていないわけではない。両足は橋を砕いて沈み、受け切れなかったその威力を物語る。 

 

 ……さすがに二度も武神の一撃を止められた直政は、打ちつけた拳に重量をかけて留めつつ、シロジロを観察する。

 

 先ほど朱雀の一撃を止めたもの。そして、今現在、朱雀の拳を押し返している力。それは――全身の主要関節と背中、そこに展開された鳥居型の表示枠から目に見えるほどの濃密な力場が生み出され続けている。

 

 その力場が朱雀の拳を止めると同時に、シロジロの全身を包むようにして支えていた。

 

 

「――何の術式だい? そりゃあ……商人のアンタに武神の一撃を受け止めるだけの力を付与するなんて」

 

「ふん、私も先ほど言ったはずだぞ? ……金の力を見せてやると、なッ!」

 

 

 力場の出力を一気に上げ、朱雀の拳を僅かに押し返し――その隙にシロジロが朱雀の攻撃範囲から大きく離脱する。

 

 

「――本来なら種明かしにも金を取るところだが、相対中ということで特別に教えてやろう。私が契約している神、サンクトは稲荷系の商業神だ。他の神々とのやり取りに金銭を用いることができる」

「……アンタに似合いの神サマじゃないか。それで?」

 

 

「わからないか? 簡単な話だ。――見てみろ」

 

 

 シロジロが顎で示した方角を、直政は警戒しつつも見やる。そこは丁度、教導院の昇降口。その前に座す人影が、郡といえる数でいる。

 

 

「ありゃ、三河の警護隊……?」

「Jud. この相対の終了まで見届けると契約をさせてもらっている。警護隊副隊長以下、150名。私は現在、彼らの力をレンタルしているに過ぎん」

 

 

 よくよく見れば、警護隊の誰一人として目を閉じて微動にすらしていない。呼吸すら怪しいほどだ。

 さらによく見れば、相対者ではないハイディが忙しそうに通神でやり取りをしているではないか。

 

 

「警護隊は、労働の神の加護を受けているからな……その神に対し神社を仲介して契約し、一括の自給払いで労働力を借り受けるだけ。つまり150人分の力を一点に集中できるわけだ。重量にして、約10.5t……貴様の重武神とも対等だと、そう踏んだのだがな……」

 

 

 シロジロが、初めて顔色を苦いものにする。マズイ……という内心の声が聞こえてきそうなほどだ。

 

 

「ああ、対等さね。……ただし、『重さだけは』と強調させてもらうけどね」

 

 

 朱雀が手を後ろに回し――何かを掴む。

 

 

「……アンタが種明かししてくれたんだ。こっちも種明かししてやるよ。っていっても、アンタほど難しい話じゃあない。……武蔵で使われている工業系の重機に供給される流体って言うのはね、時間単位で一定なのさ。――ただ、今武蔵で動いている工業系の重機が、この地摺朱雀だけっていう話だよ」

 

 

 それは、巨大な――巨大すぎるレンチだ。そのリーチは、シロジロの立つ位置を巻き込んで、更に余裕があるだろう。

 

 

「……本来数十機で使う重機の燃料の全てを集中させている。……そうさね――今の地摺朱雀の出力は、最大でいつもの二倍位はいくんじゃないかい?」

 

 

 

 直政は……本気だ。

 立場として、武蔵の力を試す――それも当然あるだろう。

 

 しかし、それ以上に。彼女は本気で……ホライゾン救出へ向かおうとする一同を止めようとしていた。

 

 

「……本気か」

「ああ。本気だよ。――アタシは、アンタたちを止める。……恨んでくれて構わない、憎んでくれても構わない。それでアンタたちを止められるなら、アタシは喜んで悪役になるさね」

 

 

 巨大なレンチを振り上げる巨人の姿は、まさしく『武神』。その鉄槌は、人間がどれだけ集ろうと無造作に振り払うのだろう。

 故にシロジロは、150人分の出力を持って、更に距離をとる―― 一時撤退を選択した。

 

 

「逃げ――いや違うか。戦いやすい市街を選んだってわけかい……まあ、鈴とかがいる場所じゃ全力も出せないから、こっちとしてはありがたいけど」

 

 暗に、先の二撃が全力ではない。そんな事実をサラリと告げられ、梅組一同は更に戦慄する。あれ以上の一撃に耐えられるとすれば……それは、一人しかいない。

 

 その一人へと直政は視線を向けて――シロジロを追うべく朱雀を駆けさせた。

 

 

 

 

 相対者がいなくなった現場では――両陣営の待ち人がそれぞれ対面している。

 そしてなぜか、相対している教導院側はおろか、直政が付いた聖連側の二人でさえ、呆然と直政の背を見送っていた。

 

 

「……こ、これかなりまずいのではないでござるか!? 直政殿かなり本気でござるよ!?」

「勢いでシロ逝かせたの間違いだったくさい? 俺やっちゃった?」

 

 字が違う! というツッコミは、無かった。それがかなりの確率で現実になりそうでツッコミ切れないのだ。

 

「そも愚弟? なんで守銭奴けしかけたのよ? 守銭奴も守銭奴でやる気だったけど……」

「も、もち理由ありだぜ!? 当然だろねぇちゃん! ……」

 

 勢い、と言っておきながら理由があるとトーリ。しかし、その理由を一向に言う気配がない。

 

「あ、あれだ。私怨!」

「「「「「最悪だコイツ!!」」」」」

 

 

 やっとツッコミが得られた! となぜか嬉しげなトーリを放置して。

 

 

 ――先ほどからずっと、忙しなく作業をし続けるハイディを全員が見る。通神の文字盤で踊り続ける指先は早く――黙読が追いつかない速度で行が流れていく。

 

 

「えーっと、オゲちゃん? なんかコメントくんね? 『よくも私のシロ君をぉ!』的なの以外で」

「トーリ君ちょっと黙っててくれるかなぁ割とマジで」

 

 

 一瞥すらせず、作業をとめることすらなく。

 高速タイピングは、止まることなく。

 

 

「うん予想外も予想外。マサがあんな本気でくるなんてねぇ――いまのままじゃちょっとまずいかなぁ」

 

 

 だから。

 と――表示枠を、未だ鎖に巻かれている止水の目の前に移動させる。

 

 

「ごめんねぇ、止水くん。ちょっと、契約内容その他諸々無視して……この契約書に対して頷いてくれる?」

 

 

 ――それ、詐欺にならない? という誰かのつぶやきは――ハイディの笑顔にもみ消された。

 ちなみに、ハイディが頼んだその瞬間に、Jud. と即答する鎖蓑虫がいたそうな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 力でしか守れないと、誰が決めた?

 

 

配点《それぞれの道》

 

 

 

***

 

 

 

 場所を市街に移したシロジロと直政の戦いは、圧倒的な戦力差であるはずにも関わらず、意外なことに接戦と言えるものだった。

 

 出力二倍は相当なものだが、武神級の力を人の身で発揮できるシロジロの身軽さも相当なものである。更に、戦場となった市街地がシロジロにとって最高の条件だった。

 

 

「このっ……ちょこまかとっ!」

 

 

 路地から路地へと駆け回り――時折屋根を足場にして、直政を直接狙ってくる攻撃。朱雀がいくら強くなろうとも、直政本人は18歳の少女なのだ。相打ち覚悟のカウンターでは分が悪く、確実に防御しなければならないため、受けに回らざるを得ない。

 

 それでも、一撃。朱雀の一撃が通れば、シロジロとて危険なことに変わりは無い。

 隠れ蓑となっている家々ごと吹き飛ばせば簡単なのだろうが……シロジロの手回しによって、朱雀の労働が市街に及んだ瞬間に出力をカットされたうえに防護されるため、破砕することは叶わない。

 

 

「これもアンタの言う『金の力』ってやつかい!?」

「Jud. おおよそ対等となったところで、本題である『武蔵が聖連に抗える力がある』ということを証明してやろう――いや。現在それを証明し続けているわけだが」

 

 

 路地を駆け回っているときに細工でもしたのだろうか、シロジロの声が四方から反響してくる。

 

 

「貴様の地摺朱雀。なるほど、凄まじい力だ。だがな、それだけの流体を用いれば、他所の武神の二倍の出力を得ると貴様自身が証明したのだぞ? そして、条件さえ整えればそれと対等に戦える一般商人――PRには申し分ない」

 

 

 その上、と。反響していた声が止まり、直接声が聞こえる。

 

 

「武蔵は戦える。武蔵は各国の暫定支配を受けない。つまり――金融の独立性を持っているのだ。そして、各居留地を中心に、金を神社へ奉納し、代演を外燃拝気として武蔵へ預ける流れが生じている――分かるか? 武蔵は今、極東最大の銀行兼流体燃料庫となっているのだ」

 

 

 戦争には膨大な金がかかるからなぁ! ――と、最後にいらない一言を叫び、シロジロが一撃を放つ。

 

 それを片手にて受け止める地摺朱雀の肩に乗る直政は、苦い顔をしていた。

 

 力を出しすぎた――と。自分の首を自分で絞めてしまったことに気付き……シロジロを打ち倒すことで相対そのものの勝利を収めることしか出来ないと悟り――覚悟を決める。

 

 

 

 その中、武神の守りを突破できなかったシロジロは再び下がる。そしてそのまま身構えることなく――腕を組んだ。

 

 

「……相対ではないが、一つ聞かせてほしい。直政。貴様は、個人的な理由で『私達を止める』といっていたが――お前はホライゾンを救いたくはないのか?」

 

 

 

 唐突な、しかし、核心を付いた問い。それは、梅組であれば誰もが聞きたかったことだった。

 立場としては教導院側。つまり、ホライゾンを救う側。

 しかし彼女は明確に、個人としては教導院を止める側――ホライゾンの自害を望むといっているのだ。

 

 

 

 返答は――巨大なレンチによる一撃とともに知らされた。

 

 

 

「――助けたい(・・・・)に決まってんだろうがっ!!!」

 

 

 

 ……一撃は、つながれて、連撃に。威力も相まって、もはや災害と遜色ない暴力の嵐だ。市街への防護がなければ、確実に壊滅していただろう。

 直政の葛藤、そのままに。

 

 

「ああ、助けたいさね! できることなら今すぐにでも殴りこんでやりたいさ!! だがね、やっちゃいけないんだよ!! やったら戦争になる! ……仮にホライゾンを救えても、その後に待ってるのはなんだ!?」

 

 

 それは――と誰かが口をつぐむ。口には出さないが、誰もが答えを出している。聖連と、各国と大罪武装を巡る長い闘争、そして戦争。

 

 

 直政は戦争を回避したい――というわけではない。もちろん盛んに戦いたいというわけでもないが……大切なものを守るためならば、戦うことも辞さない覚悟はある。

 

 

 ならば。

 

 ――戦うという選択肢が、大切なものを傷つけるものだったなら?

 

 

 

 朱雀の猛攻が突然止まり……力なくその双腕を下げる。

 

 

「十年前――アタシらはホライゾンを喪ったさね。……皆泣いて、トーリのヤツなんか酷かった……皆が泣いて、泣きはらしてる中で――止めの字だけが、泣かなかったんだ――泣かないで皆を励まして、それにアタシらが縋っちまったから……!

 アイツがあんな『ふざけた誓い』を立てやがったんじゃないか……!」

 

 

 

 ――苦しみつつも、自分の足で立ち続ける八歳の男の子。その後ろ姿を、昨夜の黒雨の中の止水を見て、直政は思い出してしまった。

 

 あの時、皆が手を差し伸べて、支えなければならなかった。しかし逆に、皆が手を差し伸べられて、支えられてしまった。それに……甘えてしまった。

 

 ……そして、今思い出しても誰もが悔やむ誓いを――止めることが出来なかった。

 

 

「止めの字は、アタシらを守るだろうさ――戦争じゃなくたってみんなを……『武蔵』を守ってきたバカなんだ。それが戦争になったらどうなると思う? ボロボロになって、それでも皆を守ろうとする止めの字なんか――アタシは見たくないんだよ……!」

 

 

 だから――という言葉に。地摺朱雀が呼応する。供給されている流体を更にめぐらせ、多少の損耗は度外視して。

 赤き巨人の出力は――二倍を超える。

 

 

「あんたには悪いけどね……多少の大怪我をさせてでも止めさせてもらうよ……シロジロ!」

 

「ふむ。それが貴様の個人的な理由、というものか。……下らん」

 

 

 屋根の上に立ち――シロジロは直政の思いを、そう処断した。激怒されても仕方ないだろう態度に、直政は逆にそんなシロジロをあざ笑う。

 

 

「アンタの評価なんてアタシにゃどうでもいいんだよシロジロ……いんや、アンタなら聖連がつけた字名(アーバンネーム)らしく、『冷たい面』で仲間が傷ついていく様を見ていくってのか? この冷面(レーメン)……!!」

 

「――冷たい面、大いに結構。貴様のように熱くなって冷静な判断が出来なくなるよりはマシだ。

 ……それにな、貴様は何も理解していない。ヤツがこの十年、ただ傷ついてきただけだと本気で思っているのか?」

 

 

 その問いには答えず――直政は本日最強の一撃を、容赦なく振り下ろす。

 

 

 それをシロジロは避けることなく……止めていた。片腕を無造作に上げているだけで、それ以外の動きは見せていない。

 たった一本の腕で、止めていた。

 

 

「っ!?」

 

 

 驚愕は……一撃が止められたことではない。シロジロが身に纏い――力として展開していた力場が消失していることだ。

 そして、それを補完するように。色合いにして、うす白い気流のようなそれではなく――ずっとずっと色の濃い――赤い力の奔流があふれ出している。その赤が、朱雀の一撃を完璧に受け止めていた。

 

 

 ……否、赤ではない。その色は――緋色だ。

 

 

「その色……まさか!?」

 

「Jud.!! 超特殊な契約工程を経て借り受けた、『止水の力』――これは、そのほんの一部だ。……いや、私も理解していなかった。ヤツの力がこれほどまで付いているとはな……余りに強すぎて、私のような一般人では短時間でも使えそうにないが」

 

 

 少し曲がっている肘を伸ばす、という動作でレンチを朱雀ごと押し返し、シロジロは消えた。

 

 彼の立っていた場所の地面は大きく抉り取られていて――

 

 

 

「武蔵の守り神の力――存分に受けるがいい……!」

 

 

 

 冷たい面。それの何処が冷たいのだと直政は問いたい。一瞬にして朱雀の懐深くに移動していたシロジロが、強く強く握り締めた拳を朱雀に押し当てて――猛烈な勢いで朱雀を押していく。

 

 想像してほしい。10tの巨体が、とんでもない速度で推し進められていくのだ。足が地面をいくら削っても押し留めることが出来ず、どれだけ力を込めても押し返すことが出来ない。

 

 

(これが止めの字個人の力だってのかい……!?)

 

 

 ありえない。しかし事実、地摺朱雀は大通りを教導院へ向けて、押され続けていく。

 そして、通りの最後の最後。重武神が、宙を舞い……投げ飛ばされるという、なんとも信じがたい光景があった。

 

 家屋に向かって投げ飛ばされた地摺朱雀は、その家屋を盛大に押しつぶして、直政本人もそれに巻き込まれる。

 

 

 

 

 少し形は違うが……それは『一本背負い』と呼ばれるものだろう。

 

 それが、重武神と商人の決着となった。

 

 

 

 

 

「つつ……なんで家が壊れてんだい。地摺朱雀の行動じゃ壊れないんじゃないのかい?」

 

 残骸の上に座り込み、強かに打ちつけながら、さほど痛みの無い身体を押さえつつ、直政は問う。

 

「簡単だ。この家屋を私が買った。武蔵から退避する連中が多くてな……買い叩くのは簡単だったぞ? 直接この巨体を叩きつければ、貴重な武神戦力を壊しかねん」

 

 

 また金の力かい……と直政は苦笑して、適当な残骸に背中を預ける。そして煙管に火をつけようとして、シロジロの言葉に止められた。

 

 

「――貴様は今朝方いなかったから伝えられなかったが。皆とて貴様と同じことを考えなかったわけではない。だが――聖連に従えば、ホライゾンだけではない。止水とて危険な立場になるのだ」

 

「は――?」

 

「昨夜、元信公の発言。そこで止水の存在が全世界へと中継されたな? 末世に対する保険として、今朝方から各国が難癖をつけて止水の身柄を要求している。武蔵の主権が聖連に渡っても同じだ。……最悪は人体実験、どれだけ良くても幽閉されるだろうな」

 

 

 火を点けようとして、点けられず。

 そもそも、煙管そのものを落としてしまった。

 

 

「ただの極東民だ、ただの学生だ――などという言い分は通用しないだろう。わかるか? ――私達は戦わなければ、仲間を『二人』奪われる。……力を貸せ直政。私とて、10年前と同じ思いをするつもりは毛頭ない」

「……なにをすればいい?」

 

 

 

 10年前と同じ思い。しかし、10年前とは違うものも、ある。シロジロと直政、他の面々にしても……戦うだけの『力』をつけたのだ。ただ泣いて、ただ支えてもらったあの時とは違う。

 

 

「機関部として、仕事を頼みたい。武蔵を飛ばし続けろ。止水と同じく、お前にも武蔵を守ってもらいたい」

 

「契約成立。んで――この相対、アタシの負けさね」

「Jud. 私の勝ちだ。そして、良い取引が出来た。礼を言う」

 

 

 

 

 ――歓声を上げる一同の元に戻り、直政はまず、正純とネイトの元へ向かう。

 

 

「……悪いね、裏切らせてもらうよ?」

「まあ――もとより私達の立場のほうが裏切っているようなものですから。貴女が正しいはずですわよ?」

 

 

 そう笑うネイトに苦笑を返し――教導院側へと進む直政。

 

 そこにはいまだに、鎖蓑虫の止水が転がっている。その上になにやら緋衣を折りたたんで敷いて、喜美やアデーレ、マルゴットやマルガが座っている。

 

 ――しばしそれを見つめ……場所を開けろと手を振る。気を利かせたのか、一番顔に近い場所が開けられた。

 

 

 

「あ、直政、これどうにかしっふぇ」

 

 その止水の胸に強めに、相当強めに腰を下ろす。

 

 

「……おい止めの字。アンタ、アタシにまず言うことがあるだろ?」

 

 

 具体的には、シロジロに力を貸したこととか。力を隠して――た訳ではないが、黙っていたこととか。

 出てくる言葉は謝罪か、それともなれない言い訳か。

 

 コンコンと煙管で額宛を叩かれ、避けようとしても左右に首を振るだけではさして避けることも出来ず。

 

 

「うん、おかえり」

 

 

 ニッカリ笑って、そう告げる止水に。

 

 ――直政は同じく座る四人全員を促して、五人のヒップアタックを慣行した。

 

 

 

 

 彼女のそっぽを向けている顔が、僅かに赤かったりしたが。

 

 

 オリオトライの勝敗を告げる一声に全員の気が向いたため――誰一人その顔を見ることはなかった。

 

 




読了ありがとうございました。

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