境界線上の守り刀   作:陽紅

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新生活のスタートに伴い、更新速度がかなり落ちると思います。

それでも時間は掛かりますが、描き続けようと思います。


七章 刀、呼応する 【上】

 白い部屋――アバウトすぎると文句を受けるかも知れないが、本当に何もかもが白い部屋なのだ。

 天井から煌々と降り注ぎ、部屋を照らし出す軟らかい光も白。部屋の中を更に四角く仕切るカーテンも白。そして、仕切られたカーテンの内側にあるベッドもこれまた白い。

 

 ――清潔感を何よりも追求したその部屋は、要人用の病室だった。

 

 そして白以外に二色。唯一部屋を彩る二人がいる。

 

 鮮やかな赤と、わずかな金色。

 立花 誾と、眠り続ける立花 宗茂。誾の顔には、うっすらと、本当にうっすらとではあるがクマが出来ていて――夜通し看病を続けていたのだと容易に理解できる。

 

 

「――もう、夜明けですか」

 

 

 ちらりと穏やかな寝息の宗茂を見て……それでは足りず、機構義手で音を立てないように慎重に移動しながら、その顔を覗き込む。

 

 

(――顔色は、戻っている……ようですね)

 

 

 ……東国無双と西国無双。その軍配は、東国に上がった。誾が遅れて追いついたときには、既に宗茂は満身創痍で意識がなく――限界を超えて放った大罪武装『悲嘆の怠惰』の超過駆動も、本多 忠勝によって地脈路より逸らされていた。

 

 

 今にして思えば、よく取り乱さなかったと自分で自分に花丸を上げたくなる。

 

 

 右胸部には深い刺し傷があり、出血も酷かった。両足の筋肉は術式付加の負担超過で現在もなお治癒術式を凄まじい勢いで消化している。

 

 多量出血によって顔色は青白く――呼吸もか細く頼りなくて……。

 

 

「っ!」

 

 

 その瞬間を思い出し、その瞬間の恐怖が蘇ってしまった。慌てて顔を上げて天井へと顔を向ける。……こみ上げたものが収まるまで、数秒を要した。

 

 

「……どうして、もっと楽に勝つことをお考えにならないのですか宗茂さま……こんなことばかりでは心配が絶えないではありませんか――!」

 

 

 一息つき浅く俯く。請い、願うように。宗茂ではなく――何かに祈るように。

 

 

「……お願いです。早く、起きてください……」

 

 

 

 そう告げた――まさにその瞬間だった。

 

 

 

「……では、お願いされたので起きますよ、誾さん」

 

 

 

 伏せる男の口が開き、明確な意識のある言葉を口にする。音を立てないように――という余裕など無く、ガタリと結局使わなかった椅子を倒してしまった。

 

 宗茂の顔は力ない笑顔を浮かべ――その両目を、うっすらと明けている。

 

 

「――おはよう、ございます誾さん。……心配は、絶えましたか?」

 

 

 力はない。しかし、それでも笑顔を自身へと向けてくれている。

 誾は今度は俯いて――今度は別の意味で込み上げてきたものを必死に隠す。その上で、なにやら苦笑しているらしい宗茂のかすかな笑い声が聞こえた。

 

 

 

 人をこんなに心配させて、人をこんなに不安にさせて。笑いますかそうですか。

 

 

 ……オシオキが必要ですね、コレは。

 

 

 治療術式を使うために布団をまくっていたため、膝から下は見えている。だいぶ良くなっているが、まだところどころ痛そうな内出血が見て取れる。

 

 なにやらおかしい、そんな雰囲気を悟った宗茂だが、少し遅かった。

 

 

 誾のその、大きな機構義腕。当然手そのものも相当大きく……成人男性の脹脛全体を片手に握れるほどだ。

 

 

「あ?」

 

 そしてその握力も――ここから先は、言わずともお分かりだろう。

 

 

「ああぁぁぁぁ――――ッ!?」

 

 

 脚の痛みで体が跳ねれば、胸に受けた槍傷も『俺も俺もっ!』とばかりに自己主張を始める。つまるところ痛みの悪循環というやつだ。

 ベッドの上でビチビチと、陸揚げされた魚の様にのたうっているのが西国無双だと一体誰が思おうか。

 

 

「え、誾さん!? あれ、これ病室、え? 治療では? あれぇ!?」

 

「……おはようございます宗茂さま。あ、タップは審判不在のため無意味ですよ。……ところで、私に何か言うべきことがおありですね? ――ハイ、スタート」

 

 

 余談だが……時間経過とともに罰ゲームの内容が酷くなっていくものを御存知だろうか。

 

 

「いっ、ちょっとまっ……し、心配かけてすみませんごめんなさいッ!」

 

「Tes. 他には?」

 

 

 また余談だが……回答が複数あるタイプの罰ゲームも――以下略。

 

 

「ち、治療とか有り難うございます!?」

 

「Tes. 疑問系ですか、まあいいでしょう。他には?」

 

 

 まだあるのっ!? と宗茂もそろそろ涙目だった。

 

 

「え、えっと、あっ! そう、可愛かったですよ頬っぺを赤らめて」

 

「Tes. ……それは忘れてください……! 他にはっ?」

 

 

 不正解だったらしい。

 とっさに出た言葉ゆえに本心であり、本心で可愛いといわれたと分かるからこそ恥ずかしいという……。

 

 

 

『副団長! お気づきになり――あー……お邪魔しましたー』

 

 

 

 バタンと開いた扉が、静かに閉まっていった。

 

 バタバタと駆け寄ってきた足音に対し、扉のすぐ前の声が指示を出している。

 

 

『あー、この部屋の周りに人払いかけとけ。……いいか、一時間くらい近づかせるな。我等が王道カップルの逢 瀬(ストロベリータイム)だ』

『『『『『『Testament.!』』』』』』

 

 

 

「まって! お願いまって!! 君たちは盛大に何か誤解をしている!! 誾さん! このままでは不要な誤解が――って握力、強化は続行なんです、か!?」

「Tes. ギアはあと三段階まであります。つまり後二回の強化が可能というわけです」

 

 

 しれっと言う誾を見る。その顔は少し不満げで、少し、すねているようで。

 

 

 それを見た――見てしまった宗茂は……男の意地を見せることにした。

 

 

 

「く、い、言い忘れていたことが一つあります!」

「? Tes. それは?」

 

 

 ……現在進行形で握られている脚。これは罰だ。甘んじて受けよう。

 ……全身に入る痛み。それがどうした、あとで悶絶するとしよう。

 

 

 

 ――体を跳ね起こして、すぐ傍らに立つ誾を抱きすくめる。

 

 

 

「――ただいま、を……ごめん。言い忘れていました」

「……気付かれるのが遅すぎですよ。ですが……Tes. 帰りなさいませ。……宗茂さま」

 

 

 それからしばし抱き合い……お互いに気まずくなってソロソロと離れたのは、まあ、余談としておこう。ちなみに、どちらも顔が真っ赤だった。

 

 

 

 

 

「――死地へ向かうのは構いません。武家の娘ですから、その覚悟はしています。……ですが、帰ってきていただかなければ困ります。皆にとって宗茂さまの代わりを見つけるのは容易いことでしょうが……その、私はそうはいかないのですから」

 

「Tes. しかし……私は、負けたのですね。――すみません誾さん。貴女との約束があったのに」

 

 

 少女は男に、『勝て』と願い、男はそれに『Tes.』と答え――誓った。

 

 

「……宗茂さまは、まだ(・・)負けたわけではありません。勝負は次の本多に引き継がれました。今は第1ラウンドと第2ラウンドの中休みです……本多 忠勝様より神格武装・蜻蛉切をお預かりしております。――本多 二代様にお渡しになれば、その時にでも」

 

 まだ勝負はついていない――というのが誾の言い分だ。

 しかし、宗茂は自身、自分が負けたと認めている。認めたうえで、再戦を望むことにした。

 

 

「問題は――三河……いえ、極東が今後どうなるか、ですか」

 

 

 聖連は動いている。それに対し、武蔵はどうするのか。

 

 

 

「極東の今後、それがどうなるかは分かりかねます。かねますが……このままあっさり聖連の言いなりになるとは思えません。――なぜかはわかりませんが」

「そう、ですね……」

 

(……できるならば、元信公の言っていた『守り刀の一族』――その生き残りであるという方にも、お会いしてみたいですが)

 

 

 ……ひとまずは、全てを置いて。怪我の治療に専念することにした。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 その道を通ろう、と考えたのは――気まぐれと言えば気まぐれであり、本来あったはずの今日を迎えるとして、心のどこかで通ろう……となんとなく決めていたのかも知れない。

 

 その道を通ろうとして、通ろうとして―― 一歩踏み入ることを躊躇っている自分がいた。

 

 

「私もトーリ君のことを言えませんね……これじゃあ」

 

 そんな苦笑を浮かべたのは……浅間神社の娘にして、武蔵の中でも五指に入るだろう弓の名手――浅間 智だ。

 

 

 ……三河の消失。地脈路の暴走、そして消滅。それはさまざまな方面に、それぞれ多大な被害を与えた。

 浅間の生家である浅間神社もその中の一つだ。

 

 三河神社の業務引継ぎやら、地脈を介した走狗たちの混乱の沈静やら。それら諸々を一家総出、巫女達総出撃で対応して、なんとかひと段落……と判断できたのは夜が明けてから。

 

 符による圧縮睡眠で六時間分の睡眠は確保できたはずだが……それでも、眠れた気がしない。

 

 

 なぜか、と自問しようとして――バカらしくなった。

 

 

「――……はぁ」

 

 

 ……昨夜降った、土砂混じりの雨による汚れは少ない。きっと、黒藻の獣達が夜通しで頑張ってくれたのだろう。

 

 水を得て、いつもより緑の香りが強い、その道へ。

 浅間は一歩踏み込み、続いて歩き始める。

 

 

(トーリ君のあの顔……嫌でも思い出しちゃいますよ、ね)

 

 十年前を……あの事故を。そして、全ての始まりとなった少女を。

 想いを告げて――その結果がどうであれ、今日から……今日から何かが、再び始まるはずだったのだ。それが、音を立てて崩れ去ってしまった。

 

 

(それに……あの人のあんな背中……初めて見ました)

 

 

 そして、トーリよりも強く記憶に焼きついてしまった――黒雨の中にある、緋色の背中。それは、浅間の――智の知らない背中だった。

 

 ふと気がついたら、誰かが乗っていることが多い背中。

 つい寄りかかってしまいたくなるような――そんな、大きな背中。

 

 ……事実、十年前。ホライゾンが落命したときも、一体どれだけの仲間達がその背中に支えられただろう。励まされただろう。

 

 

「……~っ!?」

 

 

 ――まぁ、『その時』のことを鮮明に思い出してしまった智が、頭頂部より湯気を出して呆然としているわけだが。……即座に赤くなった顔を懸命に振って何とかしようとしているが、あまり効果は出ていない。

 

 

 ……しかし思えば、あの日からだと思う。ほんの少し意識を向けて――減点が少なく加点が多くて――。

 そして……誰にも向けていない独白を聞いて、憤って不安に駆られて……惚れてしまった。ようはそれだけの話である。

 

 

 話を戻すが……そんな背中が――昨日の夜、酷く小さく……自分と大差ないように見えた。

 

 

 それを見て何もしないなど――智には出来なかったのだ。

 

 

 ……つまり何が言いたいかというと、自分に何が出来るのか、何をしたらいいのかを延々と考えていたら、いつの間にか起床時間となっていたのである。

 

 ……そして、答えを未だ出せないでいた。

 

 

 

 

 後悔通りの道のりも、おおよそ半分を過ぎた。まだ7時のほうに近い時間帯のせいか、それとも昨日のことのせいか。通り全体を見渡しても、智一人しかいない。

 

 半分を過ぎて見えてきた石碑へと通じるわき道の前で立ち止まり――その左右で色彩の違う両目を、大きく見開いた。 

 

 

 緋色がいた。

 

 

 ――……では、残念ながら無い。

 

 緋色が、あった。これが正しいだろう。少し駆け足気味に石碑へと近づき、その緋色が自分の知る色ものだと判断する。

 

 

 止水の着流しだった。ホライゾンの安らかな眠りを祈る石碑の上に……まるで、雨にぬれないようにと。雨で体を、冷やさぬようにと……かけられていた。

 

 

「――来ていたんです、ね。あなたも」

 

 

『おきゃくさん?』

『だぁれ? ……だぁれ?』

 

 

「え?」

 

 その緋の着流しに触れようとした智の足元。雨のせいでか、いつもよりプルプルとしている黒藻の獣達がいた。

 

 

『だめなの それ とっちゃだめ』

『とりにくる まってるの』

 

「取りに来る……? それって止水君が、ですよね?」

 

 視線を合わせる……なんて当然出来ないが、智はしゃがみ――智そっちのけで会議らしきものを始めた黒藻たちに耳を傾ける。

 

 

『……いっていい? いっちゃだめ?』

『わかんない でも しすい まもるの だからとっちゃだめ』

 

 そして、ジィっと智を見上げる。つぶらで一切の邪心が無い瞳は――直視できないほどまぶしかった。

 しかし、彼ら(彼女ら?)の言葉に、智は疑問を抱いた。

 

「――あの、止水君を守るって、どういうことなんですか?」

『ひみつ だから だめ』

『でも まもらなきゃ おんがえし』

 

 

『『まもりがたなへ おんがえし』』

 

 

 

 

 黒藻の獣たちの言葉はたどたどしく、どこか要領を得ないものだったが……。

 

 

 ――『恩返し』。その言葉だけがなぜか、とても響いた気がした。

 

 

 

 

 

 緋色の着流しは黒藻たちに守られ、石碑にかけられたままにして――智はなぜか足早に、教導院を目指す。

 

 

 まだ登校時刻には早く、通り過ぎる教室は静かなものだが三年梅組。その教室だけは違った。

 

 

「あっさまー!! アンタがびりっけつよ? 優等生が泣くわね! 本鈴どころか予鈴もまだ――って、アンタ寝癖酷いわよ?」

 

「喜美いきなりなにをっ!? まって、え、やだ鏡、じゃなくて櫛!」

 

「ンフフ乙女捨ててるわね! いいわこの賢姉に任せなさい!」

 

 

 触ってびっくり、とてつもない反発感を髪全体で感じた。――湿気が多いところで頭を振り乱せば当然だろう。

 盛大に慌てる智だが、容易く喜美にホールドされ、ゆっくりと櫛を通されていく。

 

 

「――あ」

 

 

 そんな中、教室の窓際最後尾。本人曰く『昼寝にサイコーなここは俺のもんだ』席に、突っ伏した葵・トーリ。

 

 

 ――そして、そのすぐ後ろの窓に膝を立てて腰をかけ、外を向いて顔を伏せている止水がいた。

 

 二人は、智に朝の一声をかけもしない。それどころか、顔を見せることさえしなかった。

 

 

 それが――けっこう、つらかった。

 

 

 

「……安心しなさいよ、おバカ二人はずっと、あんな感じで大バカだから」

 

 

 喜美の言葉にも、かすかな不安と言えばいいのか、そんな感情が混じっている。

 

 

 

「……えっと、それじゃあ智ちゃんも来たし、そろそろ始めてもいいかなぁ?」

 

「ハイディ? はじめるって、何を……」

 

 

 梅組らしくない空気に立ち上がったのは、ハイディだった。隣に座るシロジロがなにやらため息をついているのが疑問だが――。

 

 智の問に、にっこりと笑うハイディ。

 

 

「何って、特別会議? 権限その他諸々を奪われちゃった……生徒会と総長連合のね。議題は、そうねぇ……んー」

 

 

 

 『とりあえず、どうしようか?』

 

 

 

 そんな言葉で、会議は『とりあえず』――始まった。

 

 

 

 

 




読了有り難うございました。

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