境界線上の守り刀   作:陽紅

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六章 刀、届かず 【下】

 こんなに考えが纏らないのは久しぶりだ――と、人ごみを搔き分け何とか進みつつ、正純は苦味ばかりの苦笑を浮かべる。右手は無意識に大きく振られ、左手はずっと後ろに向けられたまま。

 

 ――少しひんやりとした手を、ずっと握っている。

 

 

 ちらりと後ろを見れば、自分が引いているせいか少し前のめりになって歩いているPー01s――聞いた話が事実なのだとすれば、ホライゾン・アリアダスト――彼女が正純の上着をすっぽりと頭に被って顔を隠していた。

 

 

「寒くはありませんか? 正純様」

 

「大丈夫だ、もんだいない!」

 

「Jud. ――それは結構駄目な感じのフラグです正純様」

 

 

 ……存外、いつもどおりの彼女だった。

 しかし、今の正純にはそれに反応する余裕も答える余裕も、生憎とない。

 

 

 

 いくつも浮かび上がってくる疑問。仮説はいくらでも立てられるが、明確な答えは一行に出てこない。

 

(何を、一体何を考えているんだ元信公は……!? 何故魂ある自動人形を大罪武装にした!? ホライゾン・アリアダストは元信公の娘じゃあなかったのか……!?)

 

 

 左手の握りを、いま少し強くする。彼女は確かにそこにいて、しかし、彼女とは、一体誰なのか。

 

 後悔通りの謎。そこで知った事実。

 知ったばかりの秘密。

 葵・トーリの後悔、武蔵を守り続けてきた止水。

 

 

 そして、元信公が世界へと刻んだ『守り刀の一族』。

 

 

 

「こんなもの……一体どれから理解しろというんだ……!」

 

 

 父は『踏み込め』と言っていた。トーリと止水。二人の後悔の、その先に。

 

 

「正純様、先ほど、Pー01sの存在を明かされる内容の言葉が聞こえたのですが――」

「それも後だ! とにかくここにいるのは少しマズイんだ。どうにか状況が落ち着くまで身を隠さないと……」

「Jud.身を隠す――何故ですか?」

 

 

 分からないことを、分からないと率直に聞いてくるのは自動人形の習性のような物なのだろう。

 

 

「……極東は、自衛以外の兵器武装、そして大量破壊兵器の所持を聖連から禁止されてるんだ。――大罪武装は世界国家間でその大量破壊兵器と決められて……極東に所属している武蔵も、当然その所持は認められていない――!」

 

 

「そうですか……つまり」

 

 

 

 そして、教えられたことから自己判断して、的確な答えを出すのも――自動人形なのだ。

 

 

 

「P-01s……ホライゾンは、この武蔵にいてはいけないのではないでしょうか?」

 

 

 

 

 その言葉に、思わずぐるぐると巡らせていた思考を止めて、P-01s……ホライゾンへと向き直る。

 ――正純は左手を、更に強く握る。相手がそれなりの痛みを感じるほどに、強く。

 

 

「私の言い方も、その……悪かったと思う……でも、今の言葉は、流石に少し怒るぞ」

「――Jud. 」

 

 

 頷きに頷き返し、二人は再び人ごみを進んでいく。

 

 ……考えるのは、後だ。答えを知っている者に――なんなら当事者達を問い詰めて聞き出してもいい。

 

 

 政治家を目指すものとして思考の放棄は褒められたものではないが……それでも。

 

 

 

「お、おい。なんか急に暗くなってきたぞ――!?」

 

 近くにいた男の声に、正純は空を見上げる。地脈が築き上げた光の塔が――消えていく。

 

 

(暴走が収まった――!? いや、これは……)

 

 

 三河の花火をより綺麗に、と、武蔵全艦でほとんどの光源を落としていたせいだろう。唯一といっていい光源だった光の塔が消えれば、ほとんど真っ暗になってしまう。

 

 ――そんな暗闇の中で、不安を掻き立てる地響きと異様な空気に当てられて、武蔵の民は不安げに互いの顔を見合うだけだった。

 

 

「とにかく青雷亭に急ごう……あそこなら総長連合とも生徒会とも連絡がつきやすいだろうし、運がよければ……」

 

 ホライゾンがそれに頷こうとして――上を見上げる。

 地脈のほうではなく……視線をそのまま真上に――空に波打つ、一隻の航空艦を見上げていた。 

 

 航行音は、三河を音源とした地響きにかき消され、夜の闇がその姿を隠していたのだろう。

 

 

(武蔵の艦じゃない?……だが、上下航行にしても近すぎるぞ……!?)

 

 

 義務としては、船舶間において上下に交差するなどの場合、その高低差に600ヤード以上開けなければならない――とある。

 

 もっとも、非常事態を除いて……だが。

 

 そして、その艦が正純たちの丁度真上に停船する。そして目を凝らせば、甲板の縁上に何人もの武装した極東制服の兵がいた。

 

 

 

 考えなくともわかる。彼らの狙いは――ホライゾン(大罪武装)の確保だ。

 

 

 

 あと少し――あと数十メートルで目的とした青雷亭だ。そこまでいけていれば――という思いが無いわけでもなく。

 

 ――いまから駆け込めば、変わるだろうか。

 

 

「正純様、もう一隻来ているようです」

「……相変わらず、人が見ないようにしていたことを、淡々と告げるな? お前は……」

 

 

 真上の艦から降下してきたのは極東――おそらく、三河の警護隊だろう。二人を取り囲む。

 

 

「聖連の指示により、この場を収めます。……大罪武装の確保に御協力、感謝します」

 

 

 繋がれ続けた手を見て、警護隊の一人がそう礼を述べる。

 状況が、詰んでいた。三河の警護隊が、現状聖連の指示で動いている今、ここで何をしても、極東――引いては武蔵にとって不利益にしかならない。

 

 

 そんな政治的な判断が即座に思い浮かんだ自分自身に――正純は心の底から、嫌気が指した。

 

 

 ――ゾン……!

 

 

 そして、続いて到着した艦からは、極東のものではない武装に身を包んだ兵が続々と降りてくる。暗視ゴーグルのようなものをつけ、胸にK.P.A.Italiaの校章が刻印されている彼らは、聖連側とみて間違いないだろう。

 

 

 

 ――ホ……ゾン……!

 

 

 その中の、隊長格の男が極東の警護隊と場の権限委譲などを半ば一方的に取り決めていく。その男がちらりとホライゾンを見たが――彼女は全く別の場所――者に、意識を向けていた。

 

 

 

 

 

「ホライゾン――ッ!!」

「姫さんっ!!」

 

 

 

 ――後悔通りの双主。

 総長兼生徒会長の葵・トーリと、守り刀の止水。その二人が、人ごみを大きく飛び越えてきた。

 そして通りを真っ直ぐ――他の一切には目もくれず駆け抜けてくる。

 

 

「葵……それに、止水も……!?」

 

 

(二人とも……気づいて、いたのか?)

 

 

 Pー01sがホライゾンだという事実は、確かに元信公によって武蔵に伝えられた。しかしそれはほんの数分前のことだ。何故トーリたちが、この場ですぐさま彼女に対し、その名を向けることができたのか。

 

 

 

 それはつまり……ずっと前から彼女がホライゾンだと分かっていたというわけで。

 

 

 止水にしても、正純の記憶では『Pー01s』という機番ではなく、まるで昔から使っている愛称のようなもので呼んで……。

 

 

「ちっ……面倒な――おい、止めろ。多少手荒でもかまわん」

「「「「Tes.!!」」」」

 

 

 その二人を障害と判断したのだろう。二十名近く武蔵に下りてきたうちの四名を対処に向かわせる。仮にも、戦闘を幾度と無く経験し、場数を踏んできた聖連の警備隊である。たかが学生二人程度、容易に止められると判断したのだろう。

 

 

 

「トーリ!」

「っ、頼んだ!」

 

 

 何をするのかも言っていない、そのうえ聞いていない。それでも二人はそのやりとりだけで十分だったらしく、止水の背にしがみついていたトーリは僅かな減速の間に飛び降りた。

 ―― 『枷』のなくなった止水が、減速しながらも溜め込んだ『渾身の一歩』を踏み込み、立ちふさがろうとしていた四人へと一気に肉薄する。

 

 

 

 

 ……それを呆然と見ていた正純が、ほんの僅かにでも武術をたしなんでいれば、もしかしたら片鱗くらいは見えたかもしれないが――残念ながら、正純の眼にはただ止水が四人とすれ違ったようにしか見えなかった。

 

 

 つまり、すれ違っただけで四人が倒れていくようにしか見えなかったのだ。

 

 目を瞬かせるだけで理解の追いつかない正純と、その目を細めて止水を見るホライゾンと。

 

 

 

 学生二人如き四人で十分……しかし実のところは、その学生一人如きに、四人が瞬殺されているのだ。

 

 ……歩を止めて何事も無かったように立つ止水の後ろで、ゆっくりと崩れていく四人。

 

 

「貴様――!?」

 

「……気絶させただけだろ? そう、怒るなって」

 

 

 呆れたような、小ばかにしたようなため息をわざとらしくつく止水。その明らかな挑発行為に……僅か一年ほどの付き合いである正純でも、凄まじい違和感を覚えた。

 

 さらには見せ付けるような、ゆっくりとした勇み足も神経を逆撫でていく。隊長格の男だけではなく、その場にいるK.P.A.Italiaの警護兵全員の反感を一身に集めていた。

 

 

「……舐めるなよ餓鬼が!」

 

 

 警護兵の一人が止水へと殴りかかる。大きく振り被らず、速く鋭い拳打。

 しかしそれはパシン――と拍子抜けする音を立てて、造作も無く止水に止められる。

 

 殴りかかってきた者に一瞥さえ向けず、歩みを止めることすらなく――まとわりつく虫を追い払うように。拳を止めた手で顎を打ち払い――昏倒させる。

 

 

 殴りかかられて、一秒にすら満たない時間での攻防。

 歩みを止めることも出来ず、片腕で軽々とこともなげに封殺され――明確な手加減を持って対応された仲間を見た一同は――反感などと生ぬるいものではなく、明確な敵意を止水へと向ける。

 

 

 ……隊長格のハンドサインにより、ほとんどの警備兵が止水へと殺到した。

 

 

 つまり……ホライゾンのそばにいるのは、隊長格を含めた二名のK.P.A.Italia、そして、当初からホライゾンを囲っていた三河警護兵のみ。

 

 そこでようやく、正純は止水の似合わない挑発行為の意味を悟る。

 

 

(止水は囮……? 葵、葵はどこだ――!?)

 

 

 トーリがいない。少なくとも、正純が視線のみで探しても見つけることは出来ない。裏道路地裏の多い区画だ、姿を隠して移動するのは簡単

 

 その間にも、止水は近づいてくる。一人を一撃……多く打っても二撃のうちに昏倒させながら、確実に。

 ……囮どころか、実力でそのままホライゾンにまで至りそうな――。

 

 

 

「まあ――そこそこ腕は立つようだが」

 

 

 

 腰に備えた特殊警棒を取り出し、一瞬で身の丈以上に伸ばして――

 正純の後ろ、ホライゾンのすぐ隣へと振り下ろし――彼女に伸ばされていた手を打ち付け、押さえ込んだ。

 

 

「葵っ!」

「所詮は餓鬼の浅知恵だ!」

 

 

 倒れこんだトーリの上に、残っていた警護兵が押しかかり――身動きを完全に封じる。顔を地面に押し付けられ、声さえまともに出ない状態で……それでも、ホライゾンへと手を伸ばし、その手も押さえつけられた。

 

 ゆっくりとそちらに目を向けた、ホライゾンは首をかしげるだけで――トーリが何をしようとしているのか、理解していないようだった。

 

 

「ホラ、イゾン……俺は、お前に……!」

 

 

 押さえつけられながら、顔を土で汚しながら……それでも顔を上げて、手を伸ばそうとするトーリと。

 それを、なんの感情もなく見下しているホライゾン。

 

 

 

 

 それはまるで……二人の間に――目に見えない壁があるようで――。

 

 

 

 

 止水もまもなく全員を昏倒させ、取り押さえられたトーリを見て、突撃を慣行する。

 その右手は、右腰へ。長刀の柄をしっかりと握って……それを見た隊長格がニヤリと嫌な笑みを浮かべて、その手を上げた。

 

 

 

「(マズイ……!)抜くなっ! バカ!!!」

 

 一足一刀の、その間合い。その間に割り込んだ正純が、止水にぶつかる様にしてその突貫を阻んだ。

 

 

「正純……!」

「だめだ、それを抜いたらお前を完全に脅威とみなされて『排除』される……! 武蔵も圧倒的に不利になるんだぞ……!?」

 

 小柄な体で止水の体を抱きとめて、片手で手首を掴んで抜刀を抑えて――小さく、頼む、頼むと……幾度となく。

 

 それでも正純がしばらく全力で押し返す必要があって……やがて正純の頭の上から、深い深呼吸が数度聞こえ――止水が全身の力を抜いていくのが分かる。握りを解き――刀から手を離して。

 

 止水が半歩、身を引いた。

 

 

 短い舌打ちが聞こえ――上げた手は振り下ろされること無く、下げられる。

 艦上にて狙撃を構えていた数名が、銃口を下げ、構えを解いた。

 

 

 

 

 そして――トーリを眺めていたホライゾンが、静かに言葉を紡いでいく。

 

「お二人の行動が……ホライゾンには理解できません。無意味であると分かっていて――何故ですか?」

「……そりゃあ、約束だからだよ、姫さん。……アンタとトーリと、俺でした約束だから、な」

 

 

 正純を軽く突き出して、止水が真上から新たに降下してきた警備兵に押しつぶされていく。脚で踏み潰すように、背を、四肢を。頭を。

 

 一人二人と増えて、過剰だと思える人数がその身を圧していく。

 

 

 

「ふん……本部、大罪武装を確保した。これより本部へ帰還する」

 

 

 見下した声。そして、決定事項を告げる声。

 

 そんなもの、どうでもいい。見下しなど、些事だ。罵倒も、なにもかもが些事だ。

 

 

 後悔通りの双主の手は、そのどちらも、また、届かなかった。

 

 ……ただ、それだけ……なのだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

あがいてもがいて、諦めないで伸ばした手。

 

今度こそはと血反吐を吐きながら、走り続けてきたその意思。

 

 

 報われなかったら――その意味は?

 

 

配点《挫折か不屈か》

 

 

 

***

 

 

 

 ……黒い雨が降る。土に汚れた水が、夜の闇で更に黒くにごっているのだろう。

 

 

 地面に伏したまま、去り行くそれを見上げるトーリ。

 解放されて、すぐに何事もなかったかのように立ち上がり――去り行くそれを見上げる止水。

 

 

 三河の消失。

 巨大な光の球体が、全てを飲み込んでいく様を二人は見ていて――それを、どうでもいいと無視していた。

 

 それから少し遅れ、梅組が荒い息をつきながら一人、一人と到着し――二人と、正純に近づけないでいた。

 

 

「し、止水……私は……その」

「お前のせいじゃない」

 

 

 地脈路の爆発で空間流体率が異常をきたしているらしい。普段よりも慎重に、ゆっくりと航行していく二艦から目を離さず、止水は正純の言葉を遮る。

 

 

「俺たちはそこまで学があるわけじゃあない。でも多分、正純は悪くないし、間違ってもない。俺たちが悪くて、間違ってた――ってことくらいは、なんとなく、分かる」

 

 

 

 黒い雨にすぐに消される――赤い雫が、拳ににじむ。

 

 

 

「それでも――止めないでほしかった」

「っ……」

 

 

 武蔵の不利。そしてもしかしたら撃たれ、最悪死んでいたかも知れない状況を省みても、止水はそう言い切った。

 

 

「……十年前は、手の届かないところで守れなくて――十年たった今。手の届くところでまた守れなくて。俺たちの十年って――一体、なんだったんだろうな」

 

 

 

 

 ……黒い雨は、なおも降り続ける。

 

 

 ただ、その雨音だけが――唯一の音となっていた。

 

 

 




読了有り難う御座いました。

短い時間でしたが、コメント付き評価である事柄で『原作の雰囲気がぶち壊し』と指摘を受けたので、この場で返答を。止水が常時刀を帯びているのにも当然理由があります。

その一点でのみ評価を付けられたのでしたら、評価の取り消しをお願いいたします。

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