境界線上の守り刀   作:陽紅

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……引っ越しの際に原作全巻が紛失し、心が折れました。
あんな分厚い存在感の書籍がどこに消えるんでしょう…

仕事や私事が多忙フィーバーです。海外出張の危険性が出てきました……w


八章 王、道を定む【参】

 

 

 

 ……その時、私は酔いつぶれていたから、事のあらましを明確に覚えているわけじゃあない。でも、聞こえてきた声に薄っすらと目を開けて、その光景を見た。

 

 

 守り刀という一族の男の、幼い子供が浮かべるような満面の笑みと。

 

 義頼が浮かべた……見なくなって随分か経つ、心からの笑みを。

 

 

 いつもの達観したような、気持ち悪い薄ら笑いじゃない。あれは、あの笑顔は……姉さんがまだ生きていた頃に浮かべていたものだ。

 

 つまり、守り刀の男は、それだけ奴にとって掛け替えのない存在であるということだ。奴にとって、そして、私にとってもーー姉さんがそうであったように。

 

 

 なのに、何故こいつは……。

 

 

 

「どうした義康? ……疲れたなら、休んでいていいんだぞ?」

 

「うるさい黙れ。

 

 ……貴様は、行かなくてよかったのか? あの男……守り刀は、貴様の友人なのだろう? 八房の全力の飛翔速度なら、人狼女王の拠点まで半日とかからないはずだ」

 

「……ほう。やっとお前にも春がきた、か。いや、しかし止水とはまた難儀な……あいつはなかなか、どころかとてつもなく競争率が高いぞ?

 心して、覚悟を決めてかかれ。幸い体型や年齢で選り好みはしない男だから、お前にもきっと勝機はあるだろう」

 

「一体なんの話だ!?」

 

 

 しかもサラッと私の体型をバカにしてるよなコイツ……!

 

 

 言い返したいが、我慢して深呼吸を一つ。

 

 

 ……絶対わかっている。

 

 わかっているのに、こうして人を……私を小馬鹿にする。

 足を止めた私を気にせず、肩に乗せていた長物を纏めた資材を担ぎ直し、奴は足を進める。

 

 

「ーー確かに、八房ならば速力・戦力共に申し分ないだろう。流石にあの人狼女王が相手だと勝てはしないが、時間稼ぎなら十分に可能だろうな。

 ……実際、武蔵の副会長から救出の援護をと、だいぶ遠回しな言葉で依頼されたからな」

 

 

 聞いていないぞ、と言えば、今初めて言ったからな、といけしゃあしゃあと返してくる。

 

 

 ーー現在、武蔵はマクデブルクで行われる歴史再現に参戦するため、その準備に奔走している。

 戦闘となれば、武神戦力も当然必要とされるだろう。武蔵には武神戦力と呼べるものが地摺朱雀しかいないので、里見武神の八房と私の義は貴重な武神戦力となるはずだ。

 

 

 その上、同盟を組んだと言っても、コイツと私はそれぞれ里見教導院の総長と生徒会長。歴史再現ならばいざ知らず、『武蔵総長の救出』に参加してしまえば、武蔵の力が怪しまれる。そうなれば、その武蔵と同盟関係の里見も怪しまれかねない。

 

 

 だから、分かりきったことを説明し、故に『行かぬ』というコイツの選択は正しい。正しいが……。

 

 

「……友の危機だぞ。なぜ、そんなに平然としていられる」

 

 

 

 人狼女王との戦闘中も。

 

 生存が絶望視されていた離脱直後も。

 

 記憶を改竄され、説明されて思い出した瞬間も。

 

 幼少体型の姿でギリギリで生きていることが伝えられた時も。

 

 

 ……この男は、良い方にも悪い方にも、取り乱さなかった。

 

 

「『ただの友ではない』ーーそれが答えだ。

 

 私と止水は、たしかに互いを親友と呼ぶが……おそらく世間一般のそれとは、きっと程遠いのだろう。実際、三河の親善試合以降、私たちは連絡の一つもしていないからな」

 

「……なんだ、それは」

 

 

 そんな薄い関係で、親友……?

 

 わからない、と顔にでも出ていたのだろう。奴は吐息を一つこぼし、いつもの……ここじゃないどこか遠くを見る目で私を見た。

 

 

「わからないか? ーーいや、お前にはきっと、わからんだろうな」

 

「っ! 貴様はまた、子供扱いか……! もういい!」

 

 

 聞いた私がバカだった。それだけだ。こいつは、姉さんを殺した家臣殺し、まともな感性をしているわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

「……子供大人じゃないんだ、義康。

 

 ーー流石に『コレ』は、女のお前には理解できないさ」

 

 

 

 

 

 

ー*ー

 

 

 

「停戦、命令?」

 

「Tes. 昨日、あら、一昨日だったかしら? の朝くらいにあの……なんと言ったかしら。三銃士? の女の子が伝えに来ましたの。

 

 まあ、叩き返しましたけど♪」

 

 

 輝かんばかりの笑顔で拳を打つ動作。……うわー、と引きの姿勢を見せるマルゴットの後ろ、金の翼に隠れるように座るネイトも引きの感情を自分の中に感じていた。

 

 ……拳の延長線上にあった結構太めの木の枝が、弾けて吹き飛んだように見えたが、気の所為だ。

 

 

   ーーうわあ! 覗きをしようとしていたトーリ殿の脳天に結構太めの木の枝がぁ! 天罰でござるな!

   ーーあら、ウエットマン様はご就寝ですか? ……では点蔵様、いまの内に私たちもお湯を頂くとしましょう。

   ーーJud. あ、自分コレを縛ってから行くので……あれ? っていうかなんでメアリ殿がこちらに? そしてなんで自分が縛られてるでござ……

 

 

 

(……一応、自国の伝令ですわよね……?)

 

 

 ネイトは理解できなかった。影薄い犬系忍者の悲鳴が聞こえたような気がしないでもないが、それよりも自分の母の思考回路が、全くと言っていいほど理解できなかった。

 

 六護式仏蘭西の副長であることも、そもそも人狼女王であるということでさえ、抗争の時に初めて知ったくらいだ。……秘密主義、というよりも、人としての常識がすごく希薄なのである。

 

 

(そ、それに……これだって……!)

 

 

 体に巻いたタオルの胸元をもう一度……いや、巻いてから何度目だろうか、とにかく締め直す。……カナリきつく締めたが、あまり圧迫感はない。

 精神の安定の為、遺伝元の胸部装甲は見ない様にした。

 

 

(って、そっちじゃなくて……!)

 

 

 川の近くの泉、おそらく温泉なのだろう。川から水を引いているからか少し温めだ。接近のために泥やらなにやらで匂いを隠していたネイトたちは朝食の場に相応しくないと、こうして体を洗いに来ているわけである。

 

 

 それは、わかる。とても、よくわかる。

 

 

 

 ……だがっ。

 

 

 

「なんで、止水さんまでこっちにいますのー!?」

 

 

 

 ネイトは母の後ろ……大きな岩の一つに、その大きな背を預けて座っている『大男』がいる。

 

 首を必死に横に曲げ、眉間にものすごい皺を作りながらギュッと眼を閉じてこちらを見ないようにしているのは、どう見ても止水だ。包帯に巻かれまくって肌こそ隠れているが、衣服の類はすでにない。

 

 

 ……生きていてほしいと心から望み、神にすら祈った二人の男のうちの片割れ。しかも、その生存が絶望視されていた方が生きていた。

 それは大変喜ばしく、そして嬉しいことだ。ネイトだって生存を確認して涙を浮かべたほどである。

 

 

 だが、だがだ。少し待ってほしい。

 

 

 彼は男で、自分たちは女だ。そしてここは大自然の中とはいえ浴場だ。水着を着ているならまだしも生まれたままの姿で同伴していい場所ではない。

 

 

「なんでって、そんなの私が連れて来たからに決まっているでしょう? なにを当たり前なことを聞いているの貴女は……っていうか、見ていたではありませんの。

 ところでネイト。貴女のそれは何を隠していますの? 湯船にタオルはマナー違反ですわよ?」

 

「それ極東ルールだからドイツ人なナイちゃんはセーフかな? ……旅行カバン転がすみたいにしーちゃん引きずってたねー……ナイちゃん、脳内BGMがドナってたもん」

 

 

 

 犯人は母だった。後追いで来た母が、嬉々として彼を引き摺ってきたのである。年頃の娘のいる湯場に年頃の男をだ。

 連れてこられた男は止水だけで、トーリと点蔵はいない。そして何故かメアリもいないが、空気に闘争の気配やらはないので問題はないだろう。

 

 

 背中にある翼の関係上、体にタオルを巻けないマルゴットは、手ぬぐいで辛うじて要所を隠している。流石に少し恥ずかしいのだろうか、手が髪をしきりに撫でて整えたり翼が意味もなくパタついたりで、非常に落ち着きがない。

 

 しかし……恥ずかしいが、泉から上がることはしなかった。体の清めは終わっているのに、彼女はこの場から動こうとはしなかった。

 

 

 そして恐らく、多分きっと、被害者であるだろう止水はというと、なにもしていない。

 

 

 (つたな)いと自他共に認める言葉で人狼女王に静止を促すことも、その言葉以上に示す行動で抵抗することもしていない。なされるがまま連れて来られ、なされるがまま岩を背もたれに座らされた。

 

 ーー紳士、とまでは言わないが、女子と湯を共にしようという男ではないことは確かだ。そして、そういう場に万が一遭遇したら、大慌てでその場から消えるだろう男でもある。

 

 

 

 その彼が、動かない。

 

 

(いえ……違いますわね)

 

 

 ーー動け、ないのだ。

 

 

 マルゴットが飛びついた先ほどもそうだ。止水は倒れる際に受け身を取ることはおろか、椅子から立ち上がることもしなかった。受け身なんて無意識下の反射で行えるはずなのにだ。

 

 それにネイトは強い違和感を覚えたが、しなかったのではなく、できなかったのだとしたら説明がつく。

 

 

 

 人狼女王(最強)との死闘。

 

 開けてはいけない扉を開け、超えてはいけない限界を超え。

 

 

 ……神の領域に踏み込んでしまった、その、代償。

 

 

 

「……」

 

 

 唇を強く噛む。

 

 彼の全身に巻きつけられた包帯は、水に濡れて透けている。張り付いた白に浮き上がるのは、逞しい体と刻まれた夥しい数の傷跡。そして、いまだ癒えきっていない先の戦闘の負傷だ。

 

 

 ……そのうちの一体幾つが、致命傷に届いていたのだろう。

 

 ーーそのうちの一体幾つが、()()()ならば()()()()()()()なのだろう。

 

 

 数多の傷の中でも両腕の欠損は殊更痛々しく、ネイトの脳裏に『後遺症』という言葉が強く過ぎる。

 次いで『戦線離脱』という言葉も浮かんできたーー現代の技術であれば生体義手や立花 誾のような武装義腕もできるだろうが、今の止水の状態でそれに耐えられるかどうか。耐えられたとして、これまでのように戦えるのか。

 

 

 ネイトを中心に、空気が重くなる。それを感じたのか、止水は顔を背け眼を閉じたまま、ため息を一つ挟んで口を開いた。

 

 

「あー……ネイト。その、なんだ? まあ、気にすんなよ。正直、死んでないのが不思議なくらいなんだ。生きてるだけで奇跡なんだぜ? ……ここに来た時なんかもっとやばかったし……なあ?」

 

「ええ、本当大変でしたわ。脈はあっても自力で呼吸できないから人工呼吸で肺に空気を送って、途中から意識戻っても失血と薬の副作用でアレがアレな感じになってオールナイトフィーバーしてしまった血流の乱れで体温低下を防ぐためにずっと裸で体で温めたりで……まあ、半日くらいでその状態から回復しましたけれど。

 ……貴方本当に人間ですの?」

 

「人間じゃない上に、こうなった主な原因に人間かどうかを疑われた場合、俺はどうしたらいいのだろう……?」

 

 

 そんな二人の掛け合いは、つい四日前の殺し殺されな死闘を興じた間柄とは思えないほどに気軽だった。

 

 

 

「…………。

 

 

 ……ふぇ?」

 

 

  ネイトは前から、変な奇声を聞いた気がした。しかし、ネイト自身もそれに反応することはできなかった。

 

 

 

(じんこう、こきゅう?)

 

 

 ーー意識は、あったらしい。

 

 ……その光景が想像で創造されていく。

 

 

(はだかで、あっためた?)

 

 

 アレがアレと言われて二人の視線が、止水の顔から少し下へ向いた。

 

 

 おーるないとふぃーばー。想像された光景に、審査が入る。

 

 

 

 

「寝取られたああああ!?」

「ハレンチですわぁあああ!?」

 

 

 

 判決、有罪。

 

 

 

 

***

 

 

 

「………………………………………」

 

「? えっと、きみ? どーした?」

 

「んふふ。なんでもないわよー? それよりも、アザラ止水! たった今ふと思いついたんだけどお風呂いくわよお風呂! ……人工呼吸ってどうやったかしら」

 

「……あれ? おぼれさせられるのおれ?

 

 ……おいみんな! とめろ! めがちばしってる! こいつまじだ!? いまアザラシだからうごけな……っ」

 

 

 

***

 

 

 

「つまり、絶叫と同時に立ち上がった金マルがポロンって、え? ネイトママンがダムの顔向けて瞼こじ開けた? おいおいマジかよ? つまりダム、『み、見た……!?』ってされたのかYO!? 羨ましいぞこの野郎!

 

 うっし、厚切りハム焼けたぜー」

 

「いただきますわ」

「っ、私もですわ……!」

 

 

「ぽ、ポロンとかしてないから! ナイちゃんギリで間に合ったかんね! どっちも手で隠せたかんね! あれ……しーちゃん? なんで顔そらすの……?」

 

「……あー、いや、うん」

 

 

 

 硬化菓子の卓に並べられた、朝食には少し遅く、そして朝食うにはだいぶ重い品々。それが、競うようにして食われて行く。

 

 

 ネイトもまだ動きがぎこちないが、それでも四日前と比べればずっとマシになっているだろう。

 ーー点蔵はマフラー越しに茶を啜りながら、卓に着く一同を観察する。

 

 

 

(まずはお相手、人狼女王。六護式仏蘭西からの停戦命令を無視した、ということは……)

 

 

 ゴクリと飲み込む。

 戦いを止めろ、という命令を拒んだ。つまり、彼女の中では、まだ武蔵と敵対している最中、ということだ。

 

 止水を、そしてトーリを食うと言って戦場を蹂躙した、世界最強。その折、止水の健闘を讃えて『武蔵総長は五日間食わぬ』と誓い、それを現在進行形で果たしている。

 今では肉多めの食事にご機嫌な様子である。時折若干難しい注文を付けてトーリとじゃれ合っていた。

 

 

(そして、そのトーリ殿はいつも通り……では、ござらんなぁ。

 

 ーーいつもより、幾分気楽そうでござる)

 

 

 彼は芸人だ。その中でも、人を笑わせることに重点を置く芸人である。

 嫌な雰囲気も、悲しい雰囲気も、深刻そうな雰囲気も。彼は敏感に感じとって、突撃して引っ掻き回してバカ騒ぎに変えていく。

 

 ……本人が意識しているかどうかは定かでないが、きっと気疲れすることも多いだろう。

 だが、それが彼の王としてのあり方なのだから、点蔵はなにも言わない。ーー言う暇があるなら、先回ってできることをやっておくほうが、ずっとずぅっと被害が少ないからだ。

 

 

 そのトーリが、気を抜いている。敵だった国のど真ん中、自らを食うと宣言した最強の巣の中で。

 ーーその事実に思うことがないわけでは無いが、点蔵はそっと蓋をして思考を進める。

 

 

(そして……)

 

 

 ーー朗報。間違いなく、それも、この救出部隊が武蔵に向かって出せるだろう、最大の朗報だ。

 

 

 『止水の生存』

 

 

 友らに知らせねばと逸った点蔵を、一体誰が咎められるだろう。逸り過ぎて武蔵に送った秘匿暗号文が『生止水』となり、それを見た幼い方が『くさってなかったか』とズレまくった感想を呟いていたが余談である。

 

 

「? どうした? 点蔵」

 

「えっ? あ、いや……これからどうしたもんでござるかなぁ、と」

 

 

 嘘は言っていない。トーリと止水が無事で、かつ合流も一応だができた。激戦やらなにやらを想定していたのに、こうして呑気に食後の茶を啜っているのである。肩すかし感が半端ないが、結果オーライということにしておこう。

 

 出来るなら、二人を連れて武蔵へ一刻も早く帰還したいが……。

 

 

(停戦、しかも攻めてきた側である六護式仏蘭西からの要求でござる。……迂闊に動くのは、悪手でござろう)

 

 目の前の停戦命令無視した最大脅威が、そもそも帰還を何もなしに見逃してくれるとは思えない。

 情報が足りない。だが、おそらく両国の上の面々でなにかしらの取引があったはずだ。その上で点蔵たちに必要な情報が送られてくるはずである。

 

 それに、止水の状態も少し以上に気にかかる。

 

 

 

 トーリは五日待つが、止水は待たぬ。ゆえに絶望視されたのに、治療さえ施されて彼は命を繋いでいる。

 ……人狼女王の気まぐれか、それとも『食えなくなった理由』があるのか。

 

 

 気まぐれならばいいのだが……時折、その当人がふと見せる強い決意を秘めた顔が、 何かあったと思わせる。

 

 

 

「うー……。ふー、ふー……はい、しーちゃん。『あーん』しよっか『あーん』」

 

 

 見られたか見られてないかとモゴモゴしていたマルゴットだが、とりあえず保留にするようだ。自分の食事もそこそこに甲斐甲斐しく止水の介護をしている。

 だが、止水とて年頃の男。あーん流石に恥ずかしいのか、躊躇いが見える。

 

 

「……。あー……」

 

「ふふ、もう食事は大丈夫そうですわね。三日前なんか、咀嚼ができないから口移しで食べさせてあげましたのに」

 

「「ん?」」

 

 

 ……おっと、修羅場の気配でござるぞ? マルゴット殿が眼を全開にしているところも久々に見たでござる。

 

 何かを察知した止水が差し出された匙に食いつくよりも早くマルゴットが口に含んでしまいデットヒート。点蔵は対岸の火事として早々に視線を外した。

 

 

 

(さて、最後に……)

 

 

「あー、その……メアリ殿?」

 

「…………////」

 

 

 自分の座る椅子の、すぐ隣。膝で顔を隠すようにして床に直接蹲るのはメアリ殿。両手で頭の後ろを抑えるようにして顔を押し付け、断固として顔を見せようとしない。

 

 ……耳どころか、首まで真っ赤っかでござるなぁ。

 

 

(人狼女王の拠点に、ではなく……今の止水殿に近づいたことが原因だったとは……)

 

 

 情報は、断片的だがあった。

 

 英国で止水が彼の国に滞在している間、精霊系異族の住民は大層活気があったそうだ。そして最後に行った王賜剣の強化。その際、大気へ盛大に溢れ流れた大量の緋の流体で、英国内の病院から患者が一斉退院したとも聞く。

 

 妖精女王エリザベスに劣るとは言え、メアリも血統高い木精とのハーフ。全身が活力で満ちた事で、木精の本能が強く出たのだろう。

 

 

 それは『種』を成すこと。……人間で言えば、子作りだ。

 

 

 家族が増えることに喜んだが故の初日の英国武蔵大家族宣言。

 そしてさらに近づき、直接的に自らも欲しくなってしまったのだろう。

 

 

 原因が分かれば対処は容易い。しかし、残念ながらその時の記憶はがっつりと残ってしまっているようで……『英国式カリスマガード』状態となったわけだ。

 

 ……なお、そんな状態異常を抱えたメアリがどうして平常に戻れたのかは、忍者が全力で隠蔽工作に奔走したため、一切の情報が残っていない。なので閑話休題とさせていただこう。

 

 

 

 ーー本題は、流体の制御に優れた精霊術師であるはずのメアリでも制御しきれない、膨大な圧倒的流体量。それが、凄まじい勢いで止水から溢れ出し続けているのだ。

 

 

 

(あの止水殿が、四日前の傷を未だ()()()()()()。止水殿の体を補おうとする流体を、止水殿自身が受けきれていないということでござるか……?)

 

 

 両腕の欠損なのか、それとも死に近付きすぎたことによる後遺症なのか。なにが起きているのか、仮説はいくらでも立てられるが、確認のしようがない。完全に点蔵の専門外だ。

 

 だが、だからと言って何もしないわけにもいかない。

 幸い、この場には精霊術師であるメアリや黒魔術士であるマルゴットがいる。時間的猶予がどれだけあるのかわからないが、武蔵から指示があるまで少しでも良い方向へ……。

 

 

「む?」

「あら?」

 

 

 声をあげたのは思考に耽っていた点蔵と、良い反応をするマルゴットを揶揄って遊んでいた人狼女王だ。手元に開いた極東式と六護式仏蘭西式の表示枠、その文章に視線を走らせる。

 

 

「これは……」

「あらあら……♪」

 

 

 人狼女王が機嫌良さげなのが気になるが、今はこの際放置する。

 

 楽観した時間的猶予はーー無くなってしまったようだ。

 

 

「トーリ殿。本来ならば役職上位者であるトーリ殿が指示など決めたりしたりしないといけないのでござるが……ぜってぇ無理な上に収集つかなくなるので自分が取らせてもらうでござるよ?」

 

「鹿肉のステーキできたぜぇ! 人参見て! ほらちゃんと紅葉カットにして……ネイトママン500g一気飲みしちゃらめぇええ! 噛んで! 点蔵みたいにちゃんと噛んで!」

 

 

 ーー「んー!」

 ーー「マルゴット! 俺もう自分で食えるから! ってか今お前飲み込んだだろ!?」

 

 ーー「…………////(うー☆)」

 

 ーー「んっ、レアですわね。ソースがいい具合ですわー♪」

 ーー「お母様! 噛むこともそうですけどせめてナイフとフォークを使ってくださいな!」

 

 

 

(……これは、昨今稀に見るカオスでござるなー。

 

 『コレ』……達成出来るんでござろうか……?)

 

 

 手元に開きっぱなしにしてある表示枠に、もう一度眼を向ける。

 

 

 『人狼女王と協力し、ルドルフ二世の所有する末世に纏わる情報を入手せよ』

 

 

 このカオスが落ち着くまで小一時間は掛かるだろうと判断し、点蔵はメアリの肩にそっと手を添えながら、正純かネシンバラがまとめただろう『備考』のタグを開いた。




読了ありがとうございました。

前書きに記載しました通り、原作紛失のため絶大ブレーキがかかっております。
また、頂いたご感想にお返しすらできないこと、大変申し訳ありません。

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