境界線上の守り刀   作:陽紅

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「――輝元。あの招かねざる野蛮客は、君の策に影響を及ぼしそうかい?」

「問題ねぇよ。それこそ、微塵にも、な。……ああ、ったくよ。文面の情報だけで判断してよかった。なんだよあれ、話してみるといい奴じゃないか。会って一言でも話してたらこんな卑怯な策、絶対に打てなかっただろうな……」


 組んだ腕で、自分を強く締める。それが彼女なりの強がりだということが、エクシヴにはすぐにわかった。

 ……彼女は、臆病だ。とても臆病で、しかしそれでも前に進もうとする強い女性だ。虚勢を張って、虚栄で満たして――それでなお、自分の大切なものを導き守ろうとする、素晴らしい女性なのだ。

 後悔し、悩み苦しみ――されど、絶対に曲がらない。


「……だからこそ。そんな輝元だからこそ、朕は心から惚れて、魂から愛しているのさ。

 それにしても――輝元は本当に、朕の思いも寄らない事をするね? まさか、太陽王たる朕を『狼煙』扱いするなんて」

「小っ恥ずかしいことを堂々と言うんじゃねぇよ。……お前のあれより目立つものなんか、早々ないだろ」








「……ん、そろそろ、時間かしら――



 ふふっ♪ 楽しみですわ。ええ、本当に……♪」


五章 刀、挑む 【弐】

 

 

 三つ巴が出来た十五時十分。その刻限を境に動いたのは、二人だった。

 

 

 色黒の男が身を低く、鋭く刻むように駆け出す。ズボンのポケットに突っ込んでいた手は抜かれ、僅かな流体光がそこにあった。

 それに何かを感じたのだろう。――戻れ、というネシンバラからの合図を無視して、止水が飛び出すように駆け出していた。

 

 

 お互いが駆け寄ったためすぐさまその距離は埋まり――二人が互いに鋭く踏み込み、渾身の一撃を打ち込んだ。

 

 

 

「咲け――……『百合花』ぁあっ!」

 

 成政の右腕。浅黒い肌に刻まれた、翼を模した刺青に流体光が灯り――白い花片、百合の花が拳の軌跡を追って咲き誇る。

 

 

「――シッ!」

 

 対するは、鋭い呼吸と共に迎撃として放たれた止水の一閃。止水の身の丈ほどもある大太刀が、音速を超えて銀弧を描く。

 

 

 

 ――極光。

 

 そして、一拍遅れて、舌にも筆にもしがたい異音が響いた。

 

 『拳と刀がぶつかり合う』……そんな、常軌を逸した激突で生じた衝撃が――空中に浮く巨大なIZUMOに地震を引き起こし、遠く離れた武蔵をも揺らした。

 

 

 

「……俺の『百合花』を真正面から受けて一歩も引かねぇとか、テメェ、本気で人間か?」

 

「――いや、刀を素拳で受けてほぼ無傷なお前も、結構相当だと思うけど、な……」

 

 

 激突点から拳は退かず。刀も退かず……両者、拮抗。

 

 しかし被害は――一方的なものとなった。

 

 

「くっ……!」

 

 

 止水の口から僅かな苦悶の声が滲み、未だ高襟を新調出来ていない故に隠れていない顔が、明確に歪んだ。

 

 激突の際、成政は百合花の衝撃に指向性を持たせ、その大半を止水側へと叩きつけたのだ。さらにその衝撃は止水を超えて、その背後にいたアデーレたちにも被害……とは行かずとも、少からず影響を及ぼしている。

 

 一転二転――動きの鈍い機動殻に入っているアデーレは更にもう二転ほど加え、トーリに至っては結構な距離を飛んで、警護隊の数人に確保されてなんとか事なきを得ている状態だった。陣形は当然崩され、今六護式仏蘭西に攻め込まれたら、確実に壊滅するだろうと確信出来るほどだ。

 

 

「ちっ……あと数歩行けてりゃあ、武蔵総長も取れたってのによ……」

 

 

 だが 、止水が前へ駆けた事で衝撃始点との距離が開き……そして、止水が衝撃の大半をその身体で受けたことで、『その程度』に抑えられたのだ。

 

 五大の『頂』――六『天』の魔。世界に轟き、反感を抱かせても反論を許さないその実力は、本物であった。

 

 

 

「おいおい、聞いたかおめぇら! あのヤンキー、ダムの事ご指名しときながら俺も狙ってるってよ! 初っ端からハーレム指向だぜ……! わかってねぇよ、まずは個別ルートきっちりやってからだろハーレムルートは!?」

 

「ああ?」

 

「――けど、ざんねぇん。俺の前にダムって言ってる限り、俺へのルートは立たねぇよ。なんせ――そいつのルートは難易度『開発コマンド使用推奨』だぜ! あの手この手の十人がかりが十年がかりでも落とせねぇんだ! ポッと出のおめぇに攻略できる訳がねぇ! おまけで良いこと教えてやる。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 何を、と視線を向ける前に――技後で僅かな硬直を余儀なくされている成政へ、止水の左腕が伸びる。

 

 成政より頭二つは大きい止水は、当然手足(リーチ)も成政より長い。不意に、そして無造作に伸ばされた腕になんの対処も出来ず、成政は胸元を強く掴まれた。そして、そのまま人外染みた腕力と体重の差から軽々と持ち上げられる。

 

 

「て、テメェ……おい、一応聞くがまさか……!」

 

「大丈夫。上手く着地すりゃあ、ヒビくらいで済む……」

 

 

 振り被る。成政が残る片腕の刺青に意識を向けるが――遅かった。

 

 

 

「よっ!」

 

 

 おおよそ60〜70kgはある成人男性を、止水は軽く――それこそ、球技のボールかなにかのように、投げた。

 

 山形りの軌道は高く遠く、そして速く……乱回転のなかで吐かれた悪態はすぐに聞こえなくなった。

 

 

 

 

「ふぅー……っと」

 

 

 拮抗は引き分け。被害度合いで止水は負け、勝負そのものは場外押し出しで止水の勝ち……と言ったところだろう。

 

 無理矢理だが一先ずは去った脅威に安堵し――ズキリと全身に走った痛みに止水は鉢金の下で眉を顰める。

 

 

(……骨逝ってんのは、むしろ俺の方か。威力の殆どを受け流してこれかよ)

 

 

 右の肋骨が二本、折れるを通り越して砕けている。さらに、右腕にもかなり違和感があり……折れてはいないが、無数の細かいヒビも入っているだろう。

 持ち前の化け物染みた肉体強度と打たれ強さを誇り、その上緋の流体で色々と強化していたにも関わらず。さらにさらにで剣術と体術を駆使した受け流しを行ったにも関わらず――百合花は、止水に相当なダメージを刻んだ。

 

 

 なお、それでも術者である成政からすれば『フザケンナ』と激怒しそうなほど軽い負傷である。

 

 重量級の武神を軽く粉砕する事が出来る威力を発揮する身体強化術式『百合花』――同六天魔である前田 利家と同じ『癒使(イスラフィル)』を原点とする超絶の力……なのだが。利家同様、止水とは少々相性が悪いらしい。

 

 

 何はともあれ、と。止水は緋の流体で補填――応急処置をする。打たれ強い、痛みに強いと言っても、痛いのは痛いし、嫌なことに変わりはない。

 

 

 

「よし、トーリ、アデーレ。今のうちに武蔵に戻るぞ」

 

 

 小さくなっていく成政から意識を外し、声を張る。

 

 予定通り……とはすでに行けないだろうが、『最後の数分は籠城戦で稼ぐ』という大凡の目的は果たすべきだ。

 

 戦場を見渡せば、副長である二代は里見の後詰として、すでに多摩の中央架橋に陣取っているのが見える。あそこまで駆け込めば一先ずは安心ができるだろう。幸いかつ不自然なことに、六護式仏蘭西は未だ動く気配がない。

 

 

 

 ――その、幸いで不自然なことに疑問を抱きつつ駆け出そうとして、そこで、はて? と疑問を、もう()()

 

 

「おい、みんな何やって……」

 

 

 動く気配のない六護式仏蘭西の面々は、百歩譲って不自然だがいいとして――トーリとアデーレをはじめとする武蔵の面々が、誰一人として動こうとしないのは、なぜなのか。

 

 そしてなにより、ずっと発動しているはずの、王刀【鋸】……その力の具現である『緋衣』が部隊の面々から消えているのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。輝元が警戒するわけだ。『聖譜顕装』が効かないなんてね。……聞いたときは半信半疑だったけど、納得したよ輝元。彼こそが最大のイレギュラーなんだね?」

 

「そういうこった。だから……ここで確実に決めるぞ。エクシヴ」

 

 

 男女の声が、届く。

 

 

 エクシヴと輝元。六護式仏蘭西の二人が立ち位置を変えず、しかしその左右それぞれの手に円板状の何かと、黒白の――どこか生き物の一部を思わせる武器を携えていた。

 

 そのうち、輝元の手にある円板状のものがほのかな燐光を灯している――二人の会話から察するに、あれが聖譜顕装だろう。つまりこの状況は、彼女の意思によるものと見て間違いない。

 

 

 

 

 そう判断して、それよりも……止水の意識は、二人の持つ黒白の武装に集中した。

 

 

 

 

 

 

「一応聞く……までもないか」

 

 

 エクシヴは棒――いや、両手持ちの棍だろうか。その隣の輝元は、細い片刃……おそらく刀だろう。どちらも黒白の配色で、独特の形状は、どこか人間の体の一部を模しているように見える。

 

 

 ホライゾン・アリアダストの感情を元に造られた神格武装――『大罪武装』だ。

 

 

 

「Tes. お察しの通り。

 

 六護式仏蘭西に渡された大罪武装は八――いや、九つの大罪のうちの『驕り』。しかも、『傲慢』と『虚栄』の二つに分けられてね。だからか、ほかの大罪武装と違って大量破壊兵器ってほどの力はない。アタシの持つこいつ――『虚栄の降臨』の能力も『使用者が虚栄を持つ限り防御が無敵化する』ってご大層な文句だが、あくまで個人使用さ」

 

「そして、その対となるこれが『傲慢の降臨』だ。『使用者が誇りを持ち続ける限り、その力は無敵化する』。嗚呼、正しく、朕の為にある武装だと思わないかい? ――まあ、燃費が凄まじく悪いから、流体燃料を満タンにしても三十分と効果は持続しないのだけれど」

 

 

 弱点敵に教えんじゃねぇよと真横から直蹴を受ける。が、バネ仕掛けのように立ち直った。

 

 見たまえ、と。エクシヴが笑みを浮かべながら指で止水の後ろ――未だ、金縛りにあったように立ち尽くす面々を指した。

 

 

「……この状況だ。決着は、三十分とかからないだろう?」

 

 

 エクシヴの言葉が静かに響き、そして渡って――動けぬ体で、武蔵の誰もが歯を強く噛んだ。

 

 ……動かせぬようにした輝元が組んだ自分の腕に、強く爪を突き立てた。

 

 

 太陽の王の言葉が続く。

 

 

「教皇総長が三河でお披露目していた、『大罪武装の応用使役』。その最大効率を、朕が見せようじゃないか。

 

 ――大罪と聖譜。そして、朕自身の(加護)を持って」

 

 

 

 

 満を持して、その裸身が重力に反し、浮かぶ。重力制御に特化した男性型の自動人形がその御身を天へ挙げ――否、帰した。

 

 

 

 それを見上げた臣下配下たちが、膝をついたまま拝礼した。

 

 

 

 

 

 

 「――仰ぎ見賜え」

 

 天を昇る裸身が手を広げ、光を降らす。太陽王が太陽王たる、その所以の力――『太陽の光』。

 

 

 

 「――見上げ賜えっ」

 

 合わせるは聖譜顕装。『聖骸の賢明・旧代』――光に、その光量に応じた破壊力を与える力を持って、輝きはその威をさらに跳ね上げた。

 

 

 

 「――崇め賜えよ、我が未来の大国を……!」

 

 総じるは大罪武装。太陽王の誇りは揺るがない。何故なら……全身全霊を持って守り、そして勝利を捧げると誓った最愛の妻が見ているのだ。

 

 

 

 

「――朕は、国家なり!」

 

 

 

 

 直径にして五十メートルはあるだろう太陽が生まれ――そして、落ちてくる。圧倒的な熱量を持ち、陽炎でその全容を歪めながら――。

 

 

 

 未だ動けない、トーリたちを的にして。

 

 

 

 

 

 ……さて、わかりきった事を訊こう。

 

 一々聞くなと言われ返されるかもしれないが……それでもなお、敢えて訊こう。

 

 

 

 

 動けない仲間がいて――そこへ、命を奪って有り余る力が脅威として襲いかかったら。

 

 

 そしてそこに……『全てを守る』と誓った男がいたなら。

 

 

 ……彼は、一体どう行動するだろうか。

 

 

 

―*―

 

 

 答える暇が、なさそうだから

 

 あとにしてくれ。そんじゃあいっちょう

 

 

 

  やりますか。

 

 

 配点『曲げられない生き様』

 

 

 

―*―

 

 

 

 土壇場、もしくは、火事場と呼ばれる状況下を後にして、人はよく『考える前に体が勝手に動いていた』と思い返して言葉にすることがある。そして、誰しも似たような経験が一度や二度はあるだろう。

 

 だが、その一族は――その在り方ゆえに、そんな土壇場や火事場は『常日頃』の身近にあった。だからこそ、一般的な上記の言葉は彼ら一族には当てはまらない。

 

 

 

 

「――変刀姿勢・体型五番。『具足腕』」

 

 

 

 考える前に、では、ない。考えるまでもないのだ。

 

 何故なら……もう、決めているのだから。

 

 

 

 ――この土壇場での最善を。この火事場での最上を。

 

 『一人でも多く』など、生ぬるい最低限はいらない。目指すは至上も極上、全員無傷の総員帰還。

 

 

 

 止水の言霊を鍵とし、夥しいと表現できる数の緋鞘の刀たちが開けっ放しの術式枠から放出される。その刀たちは重なり繋がり、止水の背を起点に……かつて、英国で地摺朱雀を受け止めた時の、優に数倍はあるだろう巨大な剛腕を作り上げた。

 

 トーリたちへ振り向いた止水は、もう一度振り向いて、前へと向く。

 

 

 ……そして、落ちてくる太陽を、睨むように見上げた。

 

 

 

「一 応 聞 く け ど……ダム? オメェ、マジかそれ」

 

「お、なんだ、喋れはするのか。

 

 まあ、エクシヴのあれさ。()()()の倍近いから……多分だけど、全員抱えて飛んでも逃げきれそうにないんだよ。だから」

 

 

 ズシン、ズシンと相撲の四股踏みのように叩きつけて、両足を固定。

 

 全身大きく捻り、右拳を後ろに構えて溜める。それに連動する刀拳が、大きく唸り――緋炎が猛る。密度を高め、さらにさらに。ついには刀たちの造形が見えなくなるほどに輝きを発し、巨人の腕と成った。

 

 

 

 

「――生憎と、太陽から守るのには慣れてんだよ、太陽王!」

 

 

 ……夏。それも、カンカン照りの時に日焼けがどうのいう女衆や熱中か日射かでふらついてしまった鈴のために、緋の着流しを屋根になるように広げて影を作るのはほぼ毎年の事だ。

 

 

 目の前の圧倒的な脅威を前に、らしいといえば彼らしい、どこか気の抜ける大声を引き金に……落ちてくる太陽へ、掬い上げるような軌道を描いて、緋の大拳が昇り迸った。

 

 

 轟音。先ほどの成政……百合花の時とは比べようもない大音量が掻き鳴らされるが、その反面、エクシヴの太陽が熱量と光量という無質量である故、衝突の衝撃はかなり弱い。

 

 そして、拮抗した刀と花の競い合いと違い――太陽と刀は、その優劣をすぐに決めていた。

 

 太陽は、止まらない。確実に落ち続けた。

 

 

 

「……! …………!」

 

「……ったく、自信なくすよ。エルザの時もそうだったしさ。けど……!」

 

 

 エクシヴの三つの力を合わせた太陽は、早い話が無敵の攻撃であるという。つまり、止水はこれに勝てない。無敵の概念を持つ攻撃とぶつかり合えば、敗北は当然の帰結となる。

 

 しかし止水にそもそも勝つ気が無かった場合、その敗北はただの敗北ではない。エクシヴを中心にした太陽は落ち続けているが……その落下速度も、確実に落ちていた。

 

 

 そして、刀で作られた腕は、二本ある。残った片方の刀腕を解くように『膨らませ』、トーリとアデーレ、そして四百人の部隊員の全員を絡めとり、自分の脚力と太陽に押し負けることで生んだ推進力を得て、後ろへ大きく飛ぶ。

 

 

「……俺の負け()()()()、エクシブ。じゃあな」

 

 

 

 

 

 

 

 直後、太陽が着弾し……エクシヴの登場の際に作ったクレーターを上書きするような巨大な凹みが穿たれ――その着弾地点から光の加護を解除したエクシヴが、関心したような笑みを浮かべて現れた。

 

 太陽を抑えた片腕の刀を戻し、未だ動けず、そして喋れずにいる仲間を刀で纏めながら駆けていく緋色の背を見送る。

 

 

 

「だからヴ。なかなかの強敵だね……朕と輝元の連携の『超! 太陽全裸落とし』をよくかわしたっぱぁ!?」

 

「人の名前込みで変な技名つけてんじゃねぇよ。……しかし、決められなかった、か。出来れば、ここで決めてやりたかったんだけどね……」

 

「ふふ! 朕の背中をグリグリしながら物思いに耽る君も素敵さ輝元! 」

 

 

 全裸に飛び蹴り、そのまま倒れた全裸に代わって見送り――吐息を零した。

 

 

「――悪いな。恨んでくれていい。憎んでくれていい……許さないで、いい――」

 

 

 

 だけど、と。

 

 

「……諦めてくれよ。今からあたしは、六護式仏蘭西を守るために、あんたを地獄に突き落とす」

 

 

 

 

 その呟くような声で紡がれた言葉は、止水の耳に届くことはなく。傍に寄り添った太陽が、そっと握り締められた拳に手を重ね……。

 

 

 ……足の裏に 、遠いどこかで『重く巨大な何か』を無理やり外したような音と振動を、複雑な心境で感じた。

 

 

 

―*―

 

 

 

 太陽が生まれ、緋色が挑み敗北し、しかして王と一行を救い上げた――その、一連を。

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 武蔵の艦上にいる者たちは、ただただ黙って見ていた。

 その凄まじい光景に言葉を失った、という者も少なからずいただろうが、大半は別の理由で絶句――否、すべての行動を制限されていた。

 

 

(行動を制限する聖譜顕装……!? 厄介な……呼吸も制限されるのか……!)

 

 

 

 

 ――毛利 輝元が使役している聖譜顕装『聖骸の賢明・新代』。

 

 ネシンバラが目を細め、その暴虐とも言える理不尽な能力に肝を冷やす。その絶大な効果ゆえに発動時間はそこまで長くはないだろうが、効果範囲が広すぎる。武蔵全域に効果が及んでいるようで、戦時だというのに異様な静かに包まれていた。

 

 その上動き回り、走り回っていた者が多かったせいだろう。大半が転倒し、受身も取れずに倒れている……痛いところを擦れないのは中々の苦行だ。

 

 

 

 

【――やはり、皆さんまでは守れませんでしたか。【鉋】から聞いていましたが、相性……いえ、条件次第でしょうか】

 

 

 そんな中、一つの声が通る。

 

 ヨシナオの隣に座っていた走狗――守り刀が御霊の一柱、【鋸】だ。一通りを見渡し、少し悔しそうな表情になっている。

 

 

「『聞いていいかしら?』 【鋸】様。……あ、『一応名乗っておくわね?』 止水のおバカの未来嫁、葵 喜美です。近々結納のご挨拶に伺うので、お見知り置きを。

 見たところ、【鋸】様の力は切れてるみたいだけど……まだここに残っているのは何故かしら?」

 

 

 そこに、もう一人分声が加わる。

 

 喜美だ。

 

 

【保険と検証のために、とでも言えばいいでしょうか? あの二人が持っている武器……聖譜顕装と言いましたか。あの力に抗うには、あの子個人では、まだ少し荷が重そうでしたので】

 

 

 

 ――御霊達(外堀)から攻めるとか喜美ちょっとガチすぎませんか? と感想を抱く智とネイトも、やはり思考回路がどこかずれているのだろう。……未来嫁発言に軽く笑みを作りつつ流して検証を続ける【鋸】も、なかなかに強い。

 

 

(……【鉋】は『腕に抱えた者を絶対守護』する力……あの子に直接作用はしない。だから、以前の聖譜顕装があの子に影響を与えても、極軽微なものでしかなかった。

 対し、【()】の力は『意識の共有と力の供給』――供給先の部隊の皆さんや、ここにいる皆さんは残念ながら聖譜顕装に囚われましたが、供給元であるあの子は影響を受けていない)

 

 

 

 どんなカラクリか理屈かはわからないが、『止水がこの戦場で唯一動けている』のは歴然たる事実だ。

 

 過信はできないが、今後の突破口くらいにはなるだろう――と、そこまで考えて、隣に()()喜美を見上げた。

 

 

 

【……? 喜美さん、でしたか。貴女は動けるんですね?】

 

「『答えるわ』。当然でしょう? 良い女の行動を制限するなんて、惚れた男くらいにしかできないもの。『教えてあげるわ』、そこで固まってる愚衆共。この優しい優しい良い女に感謝しなさい?

 

 

 自分の行動を、言葉で宣言しなさい? 人間、素直正直が一番よ?」

 

 

 

 

「――『口を開いて呼吸、する』っ! ぷはっ! 『文句を言う!』 葵くん! 気付いてたなら教えてくれても良いじゃないか!? 軽く死ぬところだよ!」

 

「『反論するわよ』気取って自分の手で口と鼻を押さえて『考える人のポーズもどき』してたアンタの自業自得よねそれ。『ヒントをチラつかせる』っていうか、気付きなさい? だって、愚弟が最初にやってたじゃない。 一応聞くけどよ――って」

 

 

 聖譜顕装が発動した後、トーリが止水に向け一言だけ言葉を発せていた。その時は確かに事前に自分の行動を宣言している。そしてその後は動けず言えずの状態に戻っていた。

 

 ……ヒントは、それだけだった。喜美はあの何気ない僅かなやり取りを見ただけで、聖譜顕装を破る方法を見極めたのである。

 

 

 ――智は言う。『喜美が本気になったら、できないことは多分ない』と。

 

 

 再び灯った火が、勢いよく燃え広がっていく様子に笑みを浮かべ、王の姉は嫁ぎ先の親族の隣に腰を下ろす。

 

 

 私の役目は終わり。後は、臣下臣民の仕事よね? だから……精々がんばんなさい? ――そんな笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 『た、立ち上がる』

 『息をする』

 『膝を摩る、そして呻く……』

 

 『つ、突き放す! そして文句をいう! あ、ああんた何どさくさに紛れて人の胸に顔押し付けてんのよ!?』

 『言い返……さない! 謝罪する! 本当に申し訳ありませんでした!』

 

 『……え? あ、え、えと……』

 『――割り込んで聞く。感想は?』

 

 『答える。硬かった……クッション性なんてない。木材に直接革を張ったような――』

 

 

『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』『ボコる』

 

 

 

 ―― 一人、素直になりすぎたバカが重傷者に追加されたが、さしたる問題はないだろう。

 

 人から人へ広がるようにして、その対処法が伝わっていく。そして、武蔵が全艦へ放送を流せば、そこから一気に持ち直した。一同は駆け回る。慌ただしく、遅れてしまった迎撃の用意を急いだ。

 

 

 その中で、武蔵に帰還していた奇襲(臨機応変)部隊――点蔵たちは、甲板の一角でその不気味な戦場を眺めていた。

 

 

「『問う』……点蔵。貴様、どう見る」

 

「『答えるでござる』――Jud. 何かあるのは間違いない、としか」

 

 

 

 

 六護式仏蘭西――不動。

 

 

 ルイ・エクシヴが現れてからずっと、彼らは片膝を突いたままだった。それは、トーリとエクシヴのやり取りの中でも、毛利 輝元が現れてからも――そして、突如現れたPAOdaの刺客にさえ。

 誰も彼も全く動じず、その姿勢を変えなかった。

 

 ……そして、今なお。絶好の追撃のチャンスにも関わらず、撤退するトーリたちに何もしようとしないことに、言いようのない不安を点蔵は抱いていた。苛烈に追撃してくれたほうが、いっそ安心できただろう。

 

 

(突如の事態に混乱して動けず――ではない。あれは、何があっても与えられた命を守る『兵』の顔……)

 

 

 ウルキアガは帰還際に見た兵の顔を思い出し、思考を鋭くさせる。

 

 与えられた命があるとして、その命は何か。……その命が、仮に待機であるなら、その待機に一体なんの意味があるのか。

 

 

「……」

 

 

 六護式仏蘭西から視線を下ろすように見れば――止水たちがいる。部隊員が自分の足で走っているので、聖譜顕装の対処法はすでに伝わっているようだ。

 殿は止水。その前をアデーレ、トーリと走り、先行するように四百人がいる。あと数十秒もすれば武蔵へたどり着くだろう。……それまで六護式仏蘭西が動かなければ、一先ずは大丈夫なはずだ。

 

 

 ウルキアガがそう判断し、どんな些細な動きも見逃さないように敵陣を睨む。点蔵も同じ結論に至ったようで、目星をつけた部隊長たちを重点に監視した。

 

 

 

 ――武蔵が沈んだのは、その、直後だった。




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