境界線上の守り刀   作:陽紅

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Q、日曜日なにしてたの?
A、山登りで死んでました。

 インドアをアウトドアに誘うときは覚悟してください。ほぼ確実に足手まといですから。


 書き上げてみて――別作ですね、完全に。


五章 槍、結ぶ

 

 

 ――光の塔。

 

 それが、『それ』を呆然と見上げた正純の、漠然とした感想だった。

 夜の闇を、眩く照らし出すその光の塔。神々しいまでのその塔は――なんの予備知識も無ければ、素直に見蕩れることが出来たかも知れない。

 

 

「すっげぇ、これが三河の花火――なんだよな?」

 

(これが花火? こんな花火があるわけ無いだろうが……!)

 

 

 何処の誰とも知らない武蔵の民の、おそらく自分と同じで三河主催の花火を見物に来たのだろう言葉にも、思わず反論の思いを抱いてしまう。

 

 大地に近いほど広く、天へと向かうほどに細く高くなっていく。そんな花火を正純は見たことが無い。

 大地鳴動し、天が共鳴し……大気にこんなにも不安を抱かせる。そんな花火を――正純は聞いたことも無い。

 

 

 正純もきっと、何の予備知識も無ければ、三河の新技術だと思い、ド派手だと苦笑することも出来ただろう。しかし、いくつかある知識が、答えを出さないまま最大警鐘をかき鳴らしていた。

 誰もが光の塔に見蕩れる中、自分ひとりだけが、その光景から一歩、二歩と距離をとっていく。

 

 

「――正純様も三河の花火をごらんになりにいらしていたのですね。これは奇遇です」

『はなび? まさずみ?』

『おわっちゃった?』

 

 

「P-01s!? それにお前たち……どうしてここに……?」

 

 振り向けば、見慣れた自動人形。そして、その足元にはおそらく綺麗な水を浴びて臭いを落としてきたのだろう、数匹の黒藻たちがいた。

 

 

「Jud.ですから、三河の花火を見に来たと暗に申した気がしないでもないですが――御安心を。店主様にはしっかりと御許しをいただいております」

 

 ビシリとサムズアップを向けてくる彼女に正純は苦笑を浮かべ、自分を照らしている光の大本を見上げる。

 彼女に倣って正純も再び見上げるが――やはり警鐘は止まっていない。

 

 

「これが、三河の花火ですか。……正純様にお借りした本から得られた情報のものと大々的かつ根本的に違っているようですが」

「いや、これは花火なんかじゃない。――では何か、と問われると返答に困るが」

 

 

「……Jud. そうですか。少し、花火を楽しみにしていたので、残念です。ええ」

『ざんねん むねんー』

『しょんぼり? がっかり?』

 

 Jud. と相槌を打ち合う彼女達を見て、正純は思わず苦笑する。

 

 苦笑して――思考をするだけの余裕を得られた。

 

 

「――すまん、P-01s。残念がてらここを離れるぞ。少し、いや――かなりやばいかもしれない」

「? よく分かりませんが、Jud. しかしどちらへ向かわれるのですか?」

『どちら?』

 

 ふと、P-01sだけじゃなく、自身もなんだか黒藻の話し相手になって来ているなぁ、と一瞬思考。

 それを振り払い、彼女の手をとり、人ごみを搔き分けて進む。

 

「――ひとまず『青雷亭』へ向かおう。あそこでなら、落ち着いて情報が得られるはずだ」

 

 

 Jud. と背後からは聞こえなかった。

 かき消されたのだ。歓声に――そして、その原因となった轟音に。

 

 

 よりいっそう輝きを増す、光の塔。それに比例し、大気全てが音を出しているのではないかと思えるほど、それだけの鳴動。

 

 

 

 ――三河が砕けた――

 

 

 

 何ある何一つ無い情報の中、正純はそれを確信した。

 

 

 握った手は少し強く。進む足取りも少し速く。

 

 ……思い過ごしであれ、と強く願いながら。

 

 

***

 

 

あー、あー、マイクテス、マイクテス。

 

 

カメラ準備いいかい? それじゃあ、全員配置に……

 

 

 ……おっと、私の出番は、まだなのか

 

 

配点《そのころのあの人》

 

 

 

 

***

 

 

うねる光を背後にし。三河花火よりもっとも遠く、しかしされど最前線。

 

「――目標を視線で確認。航空巡視艦二隻、地上部隊の装甲兵4ダース。空戦兵装の武神が四――Jud. たった今三機になりましたか。一機は偵察、残る二機により行動、実質武神戦力は二機と判断」

 

 

 近隣の森の中に墜落した武神は動き出す気配は無く、少なくとも数時間は戦力として役立たずだろう。故に、数から除外する。

 

 されどの最前線にて――鹿角は静かに目を開けた。

 

 

「――多いか少ないかは、お相手に決めていただくといたしましょう。先んじて、まずは一隻」

 

 

 本音は二隻、と言いたいところだが、生憎用意することが出来たのは高威力単発式の砲塔が一つ。

 ――内心で仕える主に文句を言いたいが、我慢することにする。限られた用意で最高の結果を出すことにしよう。

 

 

 二隻並んでくる艦。どちらでもいい。視線を合わせ、リンクした砲塔はそちらへと照準。間をおかずに――砲撃。そして着弾。

 焔を噴出し、高度を下げていく艦を意識から除外し――全面に防御術式を慌てて展開した残る艦……さえ、意識から外す。

 

 

 外敵を察知し、首を引っ込めた亀など最早脅威ではない。

 

 

 今の脅威は――赤と白の羽根有する、二匹の鷲だ。

 

 本来の戦場を空とする彼らにとって、地表すれすれの戦闘などやりづらいことこの上ないはずだ。

 

 

 そのあたり、万全の準備がなくこの戦場に立っている鹿角と、その武神たちは似ていると言える。

 

 

「似たもの同士、お相手します」

 

『角付き――!? 本多家の『鹿角』だと!?』

 

「Jud. 」

 

 

 どうやら、自己紹介は不要のようである。無論、相手の名など聞く必要も無し。

 

 ――そも、戦場で相対した敵同士。交えるは言葉ではなく、刃であろう。

 

 

 

 

「――剣を指運に、頂戴します……!」

 

 

 鹿角がその手を払えば、長く深く、地面が浮かび上がる(・・・・・・)。アスファルトとその下の土の二層からなるその直方体は、異音とともにその体積を圧縮。

 

 押し固められ、密度は高く。形成され、鋭さは申し分なく。原材料からして、重さは推して知れるだろう。

 長さにして七メートル弱。民家なら一刀の下にぶった切れるだろう巨大な、路面製の黒剣二振りが、瞬きの間に用意された。

 

 ――剣といっても、柄も無ければ鍔もない。そもそも持つところが存在しないその巨刃。使えといわれて頷く猛者は居ないだろう。

 

 

 それをさも当然の様に、自身に併走させる鹿角は、ただの猛者ではないということだ。

 

 

 指運に乗せた巨剣は、文字通り指の延長であるかのように、重量感を唸らせながら軽々と舞う。

 

 更には遠心力をあわせた一閃にて、鹿角は突進してきた武神に初撃を見舞う。

 

 

『ちぃ、本物か!』

 

 

 しかし相手も聖連の武神を駆ることを許された空のエース。地表すれすれの中での宙返りという荒業を見事こなし、その一閃を回避。

 

 更にはいつの間に兵装も装備していたのか、手には武神の標準装備とも言える大口径の長銃が構えられていた。

 

 

 直後の砲撃。

 

 

 何発かの修正射撃の後、精度を上げた弾丸が鹿角の身へと殺到する。

 

 一射目、二射目を巨剣で弾く。鹿角の顔に焦りは無い。このまま巨剣で弾き続けることも可能だろう。しかし、それでは場が硬直する。武神はもう一機ある上に、直に装甲兵もやってくるのだ。

 

 

 

 時間は、かけられない――!!

 

 

 

「――視線に盾を」

 

 言葉と同時にめくれ上がる大地を、故に盾とする。

 

 無論、剣と違いなんの加工もしていない路面素材は大口径の銃弾を何発も防げるものではない。

 ならば、質よりも、量。 

 

 

「『追加』発注」

 

 

 次々に術式を作り上げ、路面の盾で自身を隠していく。

 

 盾は脆く、打ち続ければ容易に破壊できる。ならばと武神は『射撃』という優位を保つために長銃による攻撃を続ける。

 

 

 しかし、それは悪手であった。

 

 

 ……破砕した、盾のその向こう。

 

 巨剣の投擲する間を、鹿角に与えてしまった。

 

 

「穿ちます」

 

『くっ!?』

 

 

 とっさに長銃を犠牲にして一撃を免れたが、想像以上に重い巨剣を受けて、銃そのものが弾き飛ばされてしまう。拾ったとして砲身が大きく破損してしまったので、戦闘に用いることは出来ないだろう。

 

 ……武神にしてみれば幸い武器のみ、と思うだろう。

 

 

 しかし鹿角にして、ようやく『本気』での戦闘開始となった。

 

 

 銃を弾いた剣を跳躍して回収し、そのまま縦への回転を交え、双巨剣にて武神へと斬りかかる。

 

 対し、武神は流体を運用した光剣にて迎え撃った。

 

 

 超重量の二連撃。それも、一刀目を楔にした巨剣の剛撃は流石の武神といえど、無視できる一撃ではない。

 

 

 事実、巨人と小人ほどに体格差にも関わらず、僅かとはいえ、武神のほうが『後退』したのだ。

 

 

『武神が自動人形相手に接近戦で遅れるだと……!? ……舐めるなぁ!!!』

 

 

 裂帛。バーニアの噴射口を縮小させ、硬直を突破。さらに、全身にある補助推力のバランスをあえて崩して一斉点火。突進しつつ自体を回転させる、というまたもやの荒業で、鹿角を巨剣ごと打ち返した。

 

 

 

 お見事――と、思わずつぶやいた鹿角。ちらりと巨剣を見て、武神相手に推進力に由来した力不足を確信する。

 

 

 ――巨剣二振りでは力が足りず、自身が御しきれる重量のものを拵えても、おそらく武神には及ばないだろう。

 

 

 

「……造り直します」

 

 

 ならばと鹿角は、その二振りの巨剣を半ばより断ち折り、再整形。

 二が二になって、数の上では四。得物の長さと重さはその半減。しかし――

 

 自身の二倍はあろう未だ巨剣である四剣を率いて――鹿角は武神の懐へと突貫する。

 

 四剣になり、双剣との手数の差は単純に倍。重量が半減し、行使速度は更に倍。

 リーチの半減という悪手は、鹿角たる達人の技量を持って、取り回しの易さに変わり、更に倍。

 

 

 それは四剣による乱舞であった。斬撃の嵐と称しても問題ない。

 幾度と無く黒剣と光剣は火花を散らし、そのたびに武神が押されていく。

 

 

 その中、武神がちらりと、背後に意識を向けた。

 

『(く、まだか――!?)っ!? しまっ!?』

「――その隙、頂戴いたします」

 

 ……ほんの僅かな、それこそ一瞬にも満たない油断。

 

 ――光剣をもつ手首を一剣にて打ち上げ、続く一剣にてその腕を肘部より切断。

 二剣を左右より迂回させ、機動の要である脚部のメインバーニアを破壊。

 

 そして、姿勢の崩れたところを、一番最初に打ち上げた一剣を背後より回し、残る腕を肩より両断。

 

 攻撃の要と機動の要……爪と翼を奪われた鷲は――ズズンと音を立てて、地に落ちる。

 

 

 

 ……その背後。流体のチャージをたった今終えたもう一匹の鷹がいた。

 

 

 

 

『――勝負には負けたが、試合は勝たせてもらうぞ……!』

 

 

 

 

 その光を発する銃口の射線には鹿角がいる。しかし、その間には自身の乗る武神がいるにも関わらず、その武神の搭乗者は勝利を告げていた。当然、自身の死を踏まえての宣言だろう。

 

 

 引き金が引かれれば、音速を優に超える軽流体砲である。鹿角に回避する手段は無い。武神と四剣を盾にしたところで、消滅は必須だ。

 

 

「Jud.――敵ながら、その覚悟に賞賛を。最後に武士と仕合えたことに感謝いたします」

『なに……!?』

 

 

 だが、目の前に居る鹿角は、それらを要因に動かないわけではない。諦めていない。侍女服に似合う綺麗な礼を取り――

 

 

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)製武神、『猛鷲(エル・アゾウル)』――か。そして、その向こうには陸上部隊と……」

 

 

 

 

 その鹿角が静かに目を閉じた。

 

 

 

「そこを動くなよ、鹿角……『結べ』――蜻蛉切……!!」  

 

 

 

 何事かと、視覚範囲を鹿角からその背後へと向け……自身の後ろで響いた重低音と爆発音――そして、数十名の苦悶の声を聞きながら、呆然とその姿を見た。

 

 

『なん、だ……今の、は……?』

「Jud. おそらく御理解はいただけなかったでしょう。……ですが武士の情け、最期にお教えいたしましょう」

 

 

 ノイズが走り、映し出された視界が乱れていく。

 されど不思議と、鹿角の声と――槍を振り切ったその男の姿だけははっきりと見ることが出来た。

 

 

「あれこそが、『東国無双』の本多忠勝にして、神格武装が一つ、『蜻蛉切』。そして今御身に受けし一撃が、蜻蛉切が通常駆動『割断』……穂先に映した対象の名前を結び、結び割る」

 

『東国、無双だと……? では、三河が本気で三河そのものを――……』

 

 

 ……武神が、そこで力尽きる。

 鹿角はしばしその武神の顔を見つめ、一礼。

 

 

「阻止臨界時間まで、あと七、八分ってところか……にしても珍しく満足げじゃねぇか。鹿角」

「Jud. なかなかの使い手でしたので。……三河の町に極力被害を出さないように、と心がけていた節がございました」

 

 そうか、とつぶやいた忠勝は、四肢を破砕した武神へと一礼を送る。三河に住むものとしての礼か、それとも、武人としての心がそうさせたのかは定かではないが――

 

 

 三征西班牙(トレス・エスパニア)の一軍が、二人に敗北した。ただそれだけが、確定事項であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――解せませんね」

「……はい?」

 

 

 遠くに聳え立った光の塔。地脈路の暴走を見上げつつ、立花 宗茂がつぶやき、隣に添い立つ立花 誾が、唐突なそのつぶやきに、ただただハテナを浮かべていた。

 

 

「いえ、なにゆえに三河の者が三河を崩壊させるのか……と思いまして考えてみたのですが――どうしても」

「解せません、か?」

「……Tes.」

 

 男は迷っている。何に迷っているのか、隣に立つ少女には分からない。

 

「宗茂さま。――それはきっと、三河の者にしかわからないことかと思います。それも、今あそこに居る、当事者達にしか」

 

 ――分からない、が。

 

「……お進みください、宗茂さま。私は貴方様についてまいります。……どこまでも、どこまでも、ついてまいりますゆえ」

 

 迷っている男の、背を押すことは出来る。そして、それについていくことも。

 

 

 ――力強い笑顔を宿した男。それに、顔を俯かせてやや赤みを増した頬を隠しつつ寄り添う少女。

 

 

 

 ――立花が、出陣した。

 

 

 




読了ありがとうございました。

 スーパー鹿角さんタイム。


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