境界線上の守り刀   作:陽紅

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二章 刀、迎える 【結】

 

 

 

「……へえ、里見と北条がかなり前向きの協力姿勢なのがありがたいね。まあ、そうするのが彼らのベストでありベターなんだろうけど」

 

 

賢姉様『――さあ、今宵もまたスーパー歴オタタイムの始まりです。さあ愚衆共、傾聴姿勢!』

 

 

 メガネのブリッジを指で上げ、得意げな笑みを浮かべたネシンバラ。

 それに対し、何人かがどこかダラけた姿勢になり、横目での視線を送る。その数人はまだいい方で、チラリと見て肉と酒の攻略を再開する者もいれば、酷いとチラリという視線すらなくスルーした。

 

 

「オタ、歴タイム? あの、点蔵様。いまから何か始まるのですか?」

 

「Jud. メアリ殿は初めてでござったな。あそこの卓……メガネの男子生徒がいるでござろう? あの御仁は生徒会の書記を務める役職者でござってな」

 

「まあ……それでは、シェイクスピアが言っていた彼女の恋人があの人なんですね?」

 

 

 全員の姿勢が正され、全員の視線もメアリに集まる。……あら? と小首を傾げるメアリは続けて。

 

 

「違うのですか? シェイクスピアは『幼い頃に将来を誓いあった』、『やっと再会できた』と。……あ、『もう逃がさない』とも言っていましたよ?」

 

 

((((最後の言葉になんの違和感も持たないのか……))))

 

 

 嬉しそうに、いや、楽しそうにだろうか? そんなピュアな笑顔を浮かべるメアリを見て、あの妹にしてこの姉あり、と一同は不可解な納得を得る。順番的には逆なうえに方向性はほぼ真逆だが、相当にズレている、という点では姉妹だった。

 

 ……指摘しろよお前の嫁だろ。という視線が、旦那である点蔵へ殺到する。

 殊更、ネシンバラは睨み殺さんばかりの眼力で懇願していた。

 

 メアリは武蔵に亡命して、公的には英国との縁は切れている――だが、日頃から妹であるエリザベスと国際通神で手紙のやり取りをしている事を嬉しそうに点蔵に報告しており、その光景を周囲に目撃されて点蔵が襲撃されたりと――むしろ英国にいた頃よりも姉妹の仲が良好になっているのは確実だろう。比例して点蔵の身の危険も跳ね上がっているのだが気にしてはいけない。

 

 若干話が逸れたが、つまり……。

 

 

 

 壱、シェイクスピアとネシンバラのことをメアリがエリザベスに報告する。

 

 弐、エリザベスがシェイクスピアに確認をとり、外堀が完全に包囲される。そして妖女が悪ノリする。

 

 参、ゴールイン。

 

 

 

「あー、その、メアリ殿。これは、まあ、男女の関係でござるので、級友とはいえ、自分たちがあまり口出ししてはいけない内容だと思うのでござるが……」

 

「あっ! ご、ごめんなさい! 私、その、知人の慶事と、浮かれてしまって……」

 

 

 点蔵の短い言葉でメアリは察する。同じ組とは言え、メアリはまだ新参者だ。無遠慮に踏み込んでいいわけがない。

 

 はしたなかっただろうか、嫌われてしまっただろうか、と。目に見えて気落ちし、シュンとするメアリ。チラチラと不安げに点蔵を見て……それを見て、点蔵は決断した。

 

 

「――しかしまあ、ネシンバラ殿はその、奥手でござってな! それに歴史好きゆえ、少々古風な極東男児なのでござる! 祝言を挙げるまで、女性との云々を控えたいのでござろう!」

 

 

 ネシンバラの身の安全 <<<<< 超えられる訳がない壁×無限 <<<<< メアリの笑顔

 

 

 

 ――なお、点蔵の言葉を外道耳で聞くと、『あのメガネがヘタレなだけだからww』と聞こえるのだが、メアリ……そして鈴と宗茂もだろうか、この面々には言葉通りにしか聞こえていない。

 実際、周囲から『お前が言うなよヘタレ忍者』という反論がチラホラ聞こえていた。

 

 そして――パアッと、花咲くように(実際に白睡蓮を数輪咲かせて)綻ぶような笑みを浮かべるメアリ。そしてふと思案するように点蔵を見て……頬を染めて、その腕を抱き込むようにして身を寄せる。

 

 

金マル『ござる口調=古風。武蔵在住=極東男児。現状=祝言を上げている状態。――役満だねぇ、英国に情報流す? ご懐妊! って』

 

あさま『だ、ダメですよ! そんなことしたら妖精女王が点蔵くんを用済みだって消し炭にしにくるじゃないですか!』

 

約全員『弓も矢も持たないで言葉でズドン決めにきたぞこの巫女……!』

 

 

「めめめめめメアリどどどの、こっ、ここはその、こ、公共の場でごじゃりゅかりゃ!」

 

「あっ、そ、そうでしたね」

 

 

 恥ずかしそうな、そしてどこか残念そうな顔をするメアリだが……点蔵の腕を解放する気はないらしい。……上腕も素敵ヤバイが、手の位置が拙い。何が拙いって、腿に挟まれているのだ。しかも、ほぼ付け根という位置で固定されている。

 

 

 

 ――い、いかんでござるよこれ。平常心平常心……冷静に――ん、なにやら店の外から刀剣やら銃火器の武装整備音が聞こえるでござるな。こんな夜中から実戦訓練でもするのでござろうか。

 

 

「ったく、どこまでも脱線してないで、話戻すさね。アタシは途中参加で話半分もわかっちゃいないんだ。いまんとこ、どういう塩梅なんだい?」

 

「あー、うん。そうだね。グッダグダだけど説明するよ。

 

 いいかい? ――里見と北条は、その総長の連名で協力の意思を示した。しかも、そこに『力を付けること』という前提の条件をつけてね。でも、武蔵にとってその条件は言われるまでもないことだ……つまり、僕たちの『力をつける』と彼らの『力をつける』の意味合いは違うんだよ。

 里見と北条は、それぞれ小国と小国連合でしかない。武蔵も極東の代表を名乗ってるけど、国力が高いわけじゃない。大国であり、武蔵に合流しなくても問題ない清武田と違って武蔵に合流しないとマズイんだ。清武田の王である義経公はいざとなったら武田信玄の襲名を解除して、大陸系権力者の襲名を掲げれば済むけど――僕らには当然そんな反則じみた手札は無いからね」

 

 

 だから。

 

 

「……里見と北条は、こう言ってるんだよ。

 

 ――『そんな反則染みた手札を持ちまくってる大国連中と、戦い()()()()()()()の『力』をつけろ』……ってね」

 

 

 無茶言ってくれる――そんな苦笑とともに、表示枠の向こうに意識を向ける。

 

 その条件を付けた二人も、無茶を言っている自覚はあるのだろう。だが……自分と、多くの臣民の未来がかかっているのだから、遠慮なんてしてられないのだ。

 

 

「………短期的な力をつけながら、長期的な力もつけろ――ということですわね。両国の言葉はどこまで信用できますの? 明確な基準を言わないところが、少々以上に不安なのですが」

 

「確かに今回は非公開の会談で、しかも口約束に過ぎないから何の拘束力もないけど……少なくとも、里見が約束を違えることはないと思うよ」

 

 

 直す必要もない、位置を直したばかりの眼鏡を、また直しつつ。

 

 

「……里見 義頼公。英国に引き続き、国の長に大人気だね、止水君は」

 

 

 会談はすでに終わっているようなもので、表示枠の向こうにいるメンバーはそれぞれラーメンを啜っている。その中の一人の里見 義頼を見るネシンバラの……いや、梅組の男衆の眼は、いつもより微かに、しかし確実に、鋭いものだった。

 

 卓から離れ、座っているのはカウンター……席は義経の隣だが、違和感なく馴染むように止水と言葉を交わしている。

 

 

 ……違和感がなさ過ぎる上に、馴染み過ぎていた。

 

 

 『義頼が実は梅組のメンバーです』と言われても、止水限定で見れば納得してしまいそうなほどだ。事実、カウンター奥で義頼を見ている全裸エプロンはしきりに首を傾げている。間に挟まれた義経もなかなかの馴染み具合で、カウンター席は身内の集まりのようにしか見えなかった。

 

 

「……喜美、知ってましたか? 止水君と里見 義頼公の関係。……竹馬の友っていうか、軽くトーリ君レベルなんですけど」

 

「ふふ、思い当たる節がある、って程度よ? ……止水のお馬鹿が『あのお酒』を本格的に試行錯誤しだしたのが、確か三河親善試合の後からだから、なにかあるとは思ってたけど」

 

「緋の『雫』という名前を考えると……あるのでしょうね。雫になる前の『源流』――雫より上であるなど、私、全く想像できないのですけれど」

 

「試作品がすでにウチの御祖母さんに届けられてるわよ? ……そこの守銭奴が不機嫌なのを見ると、知らなかったみたいだし。……いまからでも夜襲しようか迷ってるわ。わりとガチで」

 

 

 全員が今自分が飲んでいる酒を眺め、そして英国で飲んだ緋の雫の味を思い出し……それを超えると止水が確信した酒があると知って、ゴクリと大きく喉を鳴らした。

 

 

「……まあ、止めの字のことさ。試作品じゃあなくて、『出来た』って確信が持てたら、飲ませてくれるだろ――アタシたちはそれを、首を長くして待つとしようじゃないか」

 

「あはは、本当なら否定なりしないといけないはずなんですけど、納得してしまうんですよねぇ……」

 

 

 アデーレが思い出すのは、先日止水宅にお邪魔した時だ。ここにはいない三要が、先輩であるオリオトライに散々自慢され、しかし高価な上に予約で相当先……それこそ末世()にしか届かないだろう緋の雫。あの時三要は代金を払うと言っていたが、止水は普通に飲ませていた上に、お土産になかなかに大きい中瓶をポンと出してくれた。

 

 それを見ていたシロジロが深すぎるため息を数発こぼしていた事も合わせて思い出す。……怖くて、おいくらなのか調べる気も失せた。

 

 

「……しーちゃん、お酒を飲むのはもちろん好きだけど、『杯を交わす』って事自体も同じくらいに好きだからねぇ」

 

「あー、そうですよね。よく学長先生とか誘ってるの見ますし――うちの父も、家で酔っ払うと結構な確率で止水君呼びますから……」

 

「あ、わた、私のっ、お父さ、ん、も。し、止水君、うれ、嬉しそうにきて、くれるっ、から……つい、呼んじゃ、う、って」

 

「親父衆にも人気なのよねぇ。まあ私も呼ぶわよ? ――財布忘れた時とか、歩いて帰るの面倒な時とか」

 

 

 ――ダメだこの姉、早くなんとか……もう手遅れか。

 

 一同の意見が全会一致し、特に男性陣は止水に今度奢ってやろう、と胸に秘める。――点蔵は英国の諸々で、止水に一軒を奢る約束を思い出し、背中にやや冷たい汗を流した。

 

 

「……また脱線してるよアンタら。まあ結論で言うと……現状『武蔵はとりあえず味方を得られた』って認識でいいのかい? ――機関部としちゃ、どこをどう武蔵が通るのか、ってのを早いとこ決めてほしいんだがね」

 

「それはこれから――」

 

 

 決めることだよ、と。

 

 

 

 ――そう告げようとしたネシンバラの目前に、一枚の表示枠が開く。ネシンバラだけではない。この焼肉店内で同様に、数人の目の前に同様の表示枠が開いている。

 その全員が生徒会役職者、及び総長連合の特務たちである。発信は武蔵中央後方艦『武蔵野』、その艦長である武蔵野からで、内容は、わずかに一文。

 

 

 

 『六護式仏蘭西が明日、十五時に武蔵への攻撃を開始する』

 

 

 

 英国でのアルマダ海戦を超え、一月あまり。

 

 ――武蔵が再び、戦の乱道への片道切符を手にした瞬間だった。

 

 

 

***

 

 

 

 始めるために壊す必要があるならば

 

 その犠牲を考慮しても

 

 ならばこそ豪快盛大にやるべきだろう

 

 

 配点【格好よく言ってもやっちゃいけないことってあると思うんだ、俺……】

 

 

 

***

 

 

 

 良い夜だ。そう言葉にして言い切れるほどに、止水は良い気分だった。

 

 説明が面倒――というかそもそも全然理解していないのだが、 一言で言うと『武蔵に仲間が増えた』のである。それも、そのうちの一人は自分の掛け替えのない友なのだ。住む国やらの違いで友が敵となることが普通にあり得るこの時代で、これほどの幸運はそうそう無いだろう。

 

 そして、数年ぶりの再会でも憲時……義頼は変わっていなかったことも、止水の気分を上げる要因の一つだった。互いにほとんど強制で出た親善試合で、お互いに早々に一回戦敗退を演じ意気投合……止水は滞在中のその一週間、二代からストーカー行為でゲンナリしていたわけだが、親善試合の期間中に武蔵へ帰投しなかったのは、偏に義頼がいたからに他ならない。

 

 

 杯を交わす約束を別れに……止水は武蔵へ、義頼は里見へ戻り、こうして再会を果たせた。

 

 良い夜だ。会談があって今宵は酒を交わす事は出来なかったが、しばらくは義康とともに武蔵に滞在するという。機会は幾らでもあるだろう――と。

 

 

 

 ……いい気分、()()()

 

 

 

「あー、そう、怒んなぁよう。ちょっとしたお願いだろうがよう? 

 

 

 

 

 

 ――『お前の母ちゃんとばあちゃんをモデルにしたエロゲ作らせてくれ』ってだけだろうよぅ?」

 

 

 

 

 全てを根こそぎぶっ壊すその言葉を言い放ったのは、店にひょっこりと……店外に配置された英国兵の監視を軽く掻い潜って現れた、初老をいくらか過ぎた一人の男だった。

 禿頭にわずかな口髭。極東の衣装の腰元に帯刀をしており、現れてからずっと笑みを浮かべている。

 

 

 そして。次の瞬間。……その男目掛けて――店の屋根を突き破った何かが飛来した。

 

 

 

 

「おっと、あぶねぇなぁ……っこれ、下手したら外交問題じゃねぇかよう。にしたって殺意込めすぎだろぅこれ。ちょっとした冗談じゃねぇかよう大人気ねぇなぁ」

 

 

 折れた鍬、柄の先端を鋭く尖るように斬られたデッキブラシ、粉々に砕けている白い陶器破片は……徳利だろう。

 

 ……誰がどれなのか止水はおおよその見当をつけて、殺気立ってるガチな攻撃に引き攣るような笑いを一つ。

 

 鍬は床に当たった際にはなかなかに強い音を立て、デッキブラシに至っては結構深くまで刺さって余韻で微かにまだ振動すらしている。徳利は床にぶつかる前から砕けていたので、鋭い破片が殺到するというなかなかの殺傷力を秘めていた。

 

 ――それらを前へ軽くステップし回避。そうして、また爺さんはケラケラと笑う。

 

 

 

 ……女性陣があからさまに汚い物を見る目で見つつ警戒を露わにする中で、どうやら義経が知己らしい。呆れたようにため息をついて、嫌そうに眼を細めていた。

 

 

「……義経、お前の知り合いか?」

 

「認めとうないが、知り合いっちゃあ知り合いじゃのぅ。……なぁにをしに来た? さっさと茶器抱いて自爆せえよ」

 

 

 

 ――茶器。

 

 ――自爆。

 

 

 ……それだけのキーワードで正答を導き出せる正純は、やはり優秀なのだろう。

 

 

 

 

「――松永、弾正 久秀か……!」

 

 

 

 正純が言ったその名は――後世の歴史家たちに言わせれば、戦国において、最も『濃い』武将の一人である。

 

 その逸話はいくつもある。その中の一つであり、そして久秀の最期を飾るのが、火薬を詰めた名茶器『古天明平蜘蛛』を抱え、それに火を付けて文字通り『自爆』した死に様だろう。

 極東史で初めて『自爆』した人物では? という説や、クリスマスを理由に劣勢の戦を停戦に持ち込んだ、という眼耳を疑う破天荒な武将だ。

 

 文明人でありながら大悪人。築城やらの知識に優れる一方で、仕える主家を謀略の果てに暗殺し、その後に将軍も暗殺し……果てには奈良の東大寺大仏を焼討――した有名人なのだが、名前が判明したところで止水にそんなことがわかるはずもない。

 

 

(……黙っとこ。うん。話が勝手に進むだろ)

 

「おうおう、ご名答だぁよう娘っ子。ちゃあんと予習復習してんなぁ? 酒井の小僧んとこのとは思えねぇよぅ。けどまあ礼儀だ。改めて名乗らせてもらうぜぇ?

 

 ――P.A.Oda、紀伊半島管轄。もう一個は、ムラサイの諸派連合が総長。松永・弾正・久秀よう。お見知りおきを頼むぜぇ?」

 

 

 笑う。笑って名乗る。武蔵が大敵である、派閥のその名を。

 

 ――シンと静まり返った店内に、誰かの、思わず飲み込んだゴクリという音がイヤに響いた。

 

 

「……人の身内をエロゲに出そうとしてるエロジジイのせいで、色々と台無しじゃなぁ」

 

「いやいや、おめぇ知ってんだろうよう。……こいつの婆ちゃんと母ちゃん、そりゃあもう良い女なんだぜ? ――俺ぁ、心の底から『従えたい』と思ったし、反面、心の底から『付いていきたい』って思った。でも、死んじまったわけだよう。

 

 だからよぅ、エロゲでそういうルート作ってよう。ほれ、周回特典とか。隠しルートとかよう……わかんだろ?」

 

(((とりあえずこのジイさんが最低だってことはわかったかな)))

 

 

 

 初見である女性陣の、久秀に対する評価は確定した。ちなみに、この状況は武蔵へとリアルタイムで中継されているので、武蔵最大派閥である『武蔵女性連合』を完全に敵に回したのだが、久秀は平然として気付いていない。

 

 ……気付いてなお、平然としているのかもしれないが。

 

 

 その久秀は、なんとか使える椅子を瓦礫の中から探し出して、卓の一角に陣取る。

 

 

「おうい、注文いいかよう。何気にいい匂いで腹に響きやがって――

 

 ……ん?」

 

「ああ!? おいおい鍋もう洗っちゃったんですけどぉ!? で、でもしょうがないわね! 作ってあげるわよ! べ、べつにアンタのためじゃ――

 

 ……ん?」

 

 

 久秀が全裸エプロンを。

 

 全裸エプロンが久秀を。

 

 

 それぞれ見て、互いに指差し合って、「あっ!」と叫んだ。

 

 

「目利きの小僧!」

 

「サークル『談冗』の久秀!!」

 

 

 ……ワザとなのか、それとも偶然の一致なのか。はたまた、魂に根付いた極東芸人魂によるものなのかは定かではないが、二人のリアクションが見事に重なっている。

 知り合いなのかな、と止水が首を傾げているのを見て、トーリが説明を始めた。

 

 

「ダム知らねぇのかよ? 極東のエロ指南書『せいぎしなんしょ?』 の作者だぜ!? 俺感動してレビュー書きまくったもん! あ、そうだ久秀。今度四十八手掲載のプレミア版送ってくんね? ……余、ああ。東な? 東が最近セックスにハマっててよ」

 

「……武蔵の東ってーと、おいおい、まさか東宮かよぅ。なんだよう、還俗してお盛んかよう。おめぇがアレを略して『せいしょ?』なんて言うから俺が聖連にガチ睨みされたんだぜぇ? サイン付きで送っておくぜ!」

 

 

 

***

 

 

 

「…………」

 

「あ、あのー、ミリアム? その、今多分、とっても、その、勘違いされてると思うんだ? だから、えっと、是非説明させてほしいなぁって」

 

 

 血の気が引く。それを明確に意識したのは初めてだった。

 視線はない。しかし、背中に叩きつけられる絶対零度の気配が強い。どうすればいいのかさっぱりわからないが、放置はダメだ。それは最悪の悪手だ。時間を置けば置くだけ後の破壊力が倍増していくのだ。しかも秒単位で。

 

 

「……ねー、パパ、最近セックスにハマってるんだってー。勤勉よねぇ、教本注文までして、あは。四十八手誰で実践するつもりかしらねー? 一人一手で四十八人よ? パパすごいわねー」

『ぱぱすごい? みんななかいいの?』

 

 ――余、知ってるよ? 余が何もしなくても悪化するパターンだねこれ!

 

「ふふ、そうねぇ、パパすごいわねぇ。『なかがいい』なんてどんな漢字振るつもりなのかしらねぇ?」

 

「なかがいいって言ったの???だよ? ……ミリアム、あの、お願いだから余の話を……」

 

 

 

***

 

 

 

「――東、今頃頑張ってるんだろうなぁ」

 

「そう思うとるんなら、オンシが援護()撃してやったらどうじゃ?」

 

「言葉でどうこうを俺に期待されてもなぁ」

 

 

 ――少し離れたところから、それでもいいから! と悲鳴のような懇願が聞こえた気がしたが、諦めてくれ、と苦笑で済ます。

 

 

「で、あのジイさん何しにきたんだ? ――あ、できれば回りくどい説明抜きで一言で頼む」

 

「一族の女はそれなりに聡明というか物分りがよかったんじゃが、一族の男が阿呆なのはもう呪いじゃなぁ……。

 

 

 

 ――引っ掻き回しにきたんじゃろう。どうせ、『その方が面白い』という理由でな」

 

 

 鼻で笑い、半眼で睨む。これまでに色々あったのか、義経は面倒臭そうな顔だ。そんな対応にも、久秀は笑みを崩さない。

 

 

「わかってんじゃねぇかよう。武蔵がなんか、味方を大量にゲットしたみてぇだからよう――ここらで、俺が敵になっといた方がおもしれぇことになりそうだと思ってよう」

 

 

 

 ……だから、来た。

 参上して第一声が人の母と祖母をエロゲに出させろ、という外道極まりない発言をぶっ放した男が、お前らの敵になると言い切ったのだ。

 

 

 それも武蔵に味方しようという国々が集まったこの場で、護衛の一人も付けず、たった一人で。

 

 止水はそれだけを理解し……そして、いまこの場で久秀を討てば色々と解決することを本能で察し。

 

 

 

 ――しかし、手を刀に向けることを、一切しなかった。

 

 

 

「なるほど。確かに面白い。そして、この上なく面倒な現状がこの上なくわかりやすくなった。……M.H.R.Rの航行禁止も、この包囲も。ゴールが見えれば、私たちは突き進むだけだ。

 

 

 ――最後に待ち構える、松永公。貴方を倒すことが、私たちの()()()()()のゴールというわけだ」

 

 

 

 啖呵を、切った。

 

 盛大に、これ以上ない挑発を込めた言葉で、正純は久秀に叩きつける。しかも大して久秀を見ることなく、片手間だ。視線と手指は表示枠に向けられている。

 

 

 『お前は、ただの目印でしかないのだ』と。

 

 その目印でも、『中途にあって過ぎ去り置いていくものなのだ』と。

 

 

「はは――なぁあんだよぅ。おいおい、ちゃあんと、育ってるじゃねぇかよう。酒井の小僧みてぇな、俺に歯向い噛み付いてくる馬鹿どもなんざ、もういねぇって思ってたのによう! 俺が建造に携わった武蔵で、俺を食おうってガキどもが暮らして牙ぁ研いでるとかよう! おもしれぇなぁ!

 

 んじゃあよう、戦「――だが!」……」

 

 

 

 戦ろうぜ! 盛大に……と、久秀が告げて終わると思った言葉の交わしは、その相手である正純に遮られる。

 

 挑発の時は顔すら向けていなかったはずだが、今ではニヤリと笑みを浮かべている。

 

 

「だが、貴方は『それ』で満足なのか? 松永公。――『聖連に倣い』『各国に倣い』。武蔵に敵対するという『二番煎じ』に甘んじて貴方は、本当に満足なのか?」

 

 

「…………」

 

 

 

 久秀が言葉を失う。いや、久秀だけではない。

 

 里見も、北条も、清武田も、英国も。その場に居合わせた誰もが、正純の発言に対して内心の違いはあっても、一様に口を閉ざしていた。

 

 

 

 

 ――その無言の中で、二人が動く。

 

 

 

 

 一人はカウンターの奥の厨房から、もう一人は、カウンター席から。全裸と緋衣が、正純に向けられた視線を一気に奪い取って、進む。

 

 

 意外と演出家気質……彼をそう評したのは、誰だっただろうか。

 

 そして、もう一人も芸人……芸で人を魅せる事を生き甲斐とする者だ。

 

 

 

「その沈黙を勝手に解釈させてもらおう、松永公。……その上で、提案したい」

 

 

 

 王と刀が、後悔通りの双主が――足を組み、重心をやや後ろにして傲慢に、挑発的に構える正純の後ろに並び立つ。

 

 

 

 ――三人が、揃った。

 

 その光景にどこかの焼肉店の誰かの姉が、にんまりと笑う。嗚呼、『橋の上』では対立していたけれど、今は同じ方向を向いているのね、と。

 

 

 『対外主権』『対内主権』『最高決定力』――この三つを合わせて初めて、国は国としての主権を掲げる事ができる。

 

 

 

 

 それを説明したのは、正純だ。そして、王と刀が言葉なく、しかしその後ろに続くように立ち並ぶ。

 

 それが自分たちの、武蔵の総意なのだと。彼女のこれから言う言葉が、この場限りの軽いものではないと久秀に……いや、この場にいる全員に理解させ、見せつけるために。

 

 

 

 言う。

 

 

「――『武蔵に来ないか?』 武蔵の敵となるよりも、武蔵の味方となるよりも。この末世の迫る極東の、その騒動の中心にあり続ける武蔵そのものに乗っている方が、ずっとずっと……()()()()?」

 

 

 

***

 

 

 

出来る出来ないを悩むより

 

やるかやらぬかを考えるより

 

 

 前に進んで『どうしようか』と手を探せ

 

 

 配点【挑み戦う者】

 




読了ありがとうございました!

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