――英国。
浮遊島、そして強力極まりない防衛武装を持つ、言わずと知れた世界上位の大国。
――清武田。
大罪武装・聖譜顕装という大国各国が掲げる主兵器も持たず、しかし四方を富士山を始めとする天然の要塞に恵まれた、関東に君臨する強国。聖連所属でありながら気分一つで要請を棄却する『自由な強者』。
――里見。
『神格武装』級と名高き里見最高戦力である武神『八房』を筆頭に、世界トップクラスの武神戦力を誇る小国。
――北条。
印度諸国連合の筆頭。長年上記の里見と江戸湾の制海権を争っている。世界トップの自動人形生産で各国を支えている為、大国・強国もその発言を軽視できないという。
――そして、武蔵。
戦国にあって最終勝者である松平の旗を掲げる極東国家の筆頭。世界に喧嘩を売った王の下、末世を解決すると大言を叫んだ大罪者たち。
……五つの国の代表が、一つの卓を陣取って顔を合わせていた。
「しかし、まぁこれだけ集まったら普通に世界取れそうだよな」
「「「「…………」」」」
第一次全裸撲滅大戦の影響で店内が使用不可になり、長椅子だけ店外へと出して再び集結――した場所で、武蔵の副会長が思わず呟いた言葉に、一同は目を見開いた。
規模の差はあれど五つの国。集え密せば確かに世界にも啖呵を切れるだけの戦力だろう。
「あ、重く捉えるなよ? ふと思っただけだから」
((((……ふと、で世界大戦を考えるんだ武蔵の副会長って))))
四国における本多 正純氏の評価が決まった瞬間だった。
幸いにも、堂々と盗聴していた某教皇総長は突発的に起きた通神波障害で肝心なところを聞きそびれていたので、さしたる問題はないだろう。
湯のみの茶を、ひと啜りし――そして正純が、先導を行く。
「さて。なぜか、偶然、集まってしまった私たちだが……まあ、世間話でもしようじゃないか」
――なお、武蔵の守り刀こと止水は、開始早々どころか開始する前から逃げている。『決まったことだけあとで教えて』と、さらには店内の片付け、と尤もらしい言い訳を残して、卓から少し離れたところに立っていた。
撤去作業のためだろうか、緋の着流しを脱ぎ、袖を捲っている。……昼間の鬼との殴り合いでできただろう痣は、ほとんど消えかかっていた。
特に何の処置も施していないにも関わらず。その異様な回復力に、卓に座る各国の代表がわずかに目を細めていた。
「……描写しにくいったらないわ。全員細目か眉毛に隠れてるか、そもそも閉じてんじゃない。いっそのことカッ! って開けなさいよ。そんなんじゃこの業界生きていけないわよ?」
「「「「…………」」」」
――四国における、武蔵への警戒やら不信感が、ワンランク上に上がった瞬間だった。
―*―
気を引き締めるような沈黙に包まれた五カ国会談卓に――やっぱり真面目な話してると静かになるんだな、とどこかずれた感想を抱く。
武蔵ではダメだ。そもそも会議らしい会議をしない。やったとしても飲み会や飯会のついでだ。
割れた瓶、砕けた皿。散乱する箸に、綺麗に真っ二つになっているグラス。強盗に入られたのか、どこの廃墟だ、と言いたくなるような惨状を前に、止水はため息を一つ零した。
「……いやさ? 気持ちはわかるんだよ。女でも男でも、頭に股間乗せられたら怒るのは当然だし――それで溜め込んだ我慢が限界にきて暴れるのも、まあ、酒の席で喧嘩ってことであるだろうさ」
「…………」
「だけどよ……?
――『卓に置いてた刀がどっかいった』って……お前……」
手を腰に当て、隣でこじんまりしている義経を見下ろす。向けているその視線は完全に呆れていた。
「う、うるさい! しょうがなかろう!? ワシが気付いた時には卓が
義経が持っていた刀が置かれていた卓は、いままさに彼女がビシッと指差した方向で粗大ゴミと化している。――投げ飛ばされ、ウオルシンガムの『千本薔薇十字』によって四分割に切断されたのだ。
そして、その卓残骸の下からは三人分の呻き声が聞こえる。これも女王の番犬が鎮圧した半裸男衆だ。
「刃物はらめぇ!」と半裸と全裸に言われたので、英国出資の店なのになぜか置いてあった極東系の神酒(一升瓶)を口の中に叩き込む、という無慈悲極まりない攻撃で暴れる半裸三人を鎮圧――身内であるはずのジョンソンに容赦がないどころか、一番先に一升瓶を突っ込まれたのがジョンソンであったのは気のせいではないだろう。
全裸はというと――現在、全裸の上にエプロンという『裸エプロン(♂)』をして全国の男性諸氏の夢と希望を粉微塵にする姿で厨房に立って、何やら調理中だ。料理屋の息子であるからか、調理中にはふざけることはしない。調理前後は要注意だが、今のところは安心だ。
「卓投げた時にどっかに転がってったか、お前が手当たり次第に投げたのに混じってたか……」
「わ、ワシは投げとらんぞ!? なげ、て……うむ! 投げとらん!」
「お前いま一瞬、ちょっと不安になったろ。……まあいいや。とにかく探そうぜ」
視線を一度会談卓に送る。いずれは武蔵……松平の旗下に四国が入るらしい。詳しい話を止水は知らない。条件がどうのこうの聞こえたが、飲むか否かの判断は正純の役目だ。
(目的同じなんだからそれでいい――ってのは、ダメなんだろうなぁ)
隣で唸る義経も、清武田という大国の王らしい。なんでも、武蔵がいろいろと頑張ってやっと抗える聖連に対し、ふんぞり返って『気に食わん』と反論できる国力・立地を持っているんだとか(脳筋にもわかる世界情勢講座・正純先生総監修より)。
そんな彼女が、一本の錆びた刀を失くしたかもしれない――と気を落としているのだ。
「…………なんだかなぁ」
大げさだと呆れるやら、そこまで大切に思ってもらい嬉しいやら。
「……まあ、道に落としたってわけじゃないんだ。店の中にあるのは間違いないんだし、すぐ見つかるだろ」
「うむ。頼んだぞ!」
右手を頭の上に。大きな手と小振りの頭だ、親指と小指は簡単に蟀谷に届く。
――
「……よし。わかった、すまん。ワシも探すぞ。だから力まんでくれ。……四世紀前のトラウマが蘇る」
いくら長寿と言っても頭蓋の硬さはあまり変わらないらしい。幼少から刀という握り武器を扱う一族は、握力が半端ないのだ。痛いで済むわけがない。
なお、素直に謝った義経が信じられないのか、佐藤兄弟が顎を落として愕然としているのは余談である。
――吐息のようなため息を一つ。
「……四世紀、か。何代前かも想像できないから、何とも言えないけど……アンタ相当仲良かったんだろうな。自分の心刀を渡すなんて、形見だとしても滅多にないぞ?
……錆びてはいたけど、あれが心刀なんだな。俺も初めて見たよ。……俺が継いでるのはみんな無銘刀だからできないけど、いつか付喪神が宿ったら、その刀の持ち主を喚べるかもしれないぜ?」
笑う。
自分も先ごろ……英国の末、ただ一人の人を守ると誓い立てた一人の忍に、一振りの刀を譲っている。連日の鍛錬ですでに手足のように扱っているが、それとはまた別の意味合いだろう――と。
「――……。まて……いま、何と言った?」
袖を引かれて、体が向く。緋衣の合わせが握られて、また引かれた。
体術。合気道に近いなにか……と脳筋思考が判断したところで、頬を引きつらせる。義経の瞳孔が開いていた。絶えず浮かべていた余裕然とした笑みも完全に消え、能面のような無表情でかなり怖い。
「えっと……どれ? 俺、いま結構色々言ったと思うんだけど」
――ふざけてはいけない。逆らってもいけない。
よくあることなので慣れているが、義経の今の状態は止水にも経験がなかった。ので、とりあえず直感のままに素直に従う。
「やつは――……
『桜枴』……それが義経に刀を託した守り刀の一族だろう。止水は初めて聞くはずのその名前に不思議な懐かしさを感じる。
「いや、だから心刀を……。
――……え? まさか、お前……知らなかったの?」
さて――
守り刀の一族の風習の一つで、産まれた祝いとして一族から贈られる最初の一振り、それが『心刀』(こころがたな)である。
戦ごとに増えていく刀が無銘刀であるのに対し、
一生を共にする刀。ゆえに、離れぬ意味合いを込めて、一族はいつしかその刀に『心』の字を付けた。身と心は常に共にあるとし、咲き誇る花々のように華やかに、堪えず拡がる草々のように
そして、持ち主と同じ
無銘刀同様、長き年月を経れば付喪神が宿るのだが……無銘刀と違いその持ち主の御霊が主格となる。強き信念を中核とし、無銘刀の付喪神たちとは桁違いの力を持つようになるのだ。
なお余談……ではないが、止水は無銘刀の付喪神としか契約ができない。その理由は定かではないが、『守れなかった守り刀』であると自身を断ずる止水は、己にその資格がないのだろう、と内心で当たりを付けている。
「お、おんしの見間違い、とか……」
「いや、ない。……これは自信持って断言する」
――自分の
……それが理解できない、義経ではなかった。
――「カカ。なんじゃ義経? おんしゃぁやっぱり、気付いとーなかったがか」
それは幻聴か、それとも、店のどこかに転がっている桜枴の心刀の付喪神が伝えたのか。
「か、会談中止じゃあああ!! 者共! 探せ! 草の根分けても探し出せぇぇええ!!」
「店ん中草も根もないだろ……」
「葉のもの野菜と根菜ならあるぜい!」
――なお、件の守り刀・桜枴の心刀は……キッチンで調理をしていた裸エプロン(♂)が包丁用の砥石で錆を落とそうとシャーゴ、シャーゴと研いでいたところを、無事発見されて事なきを得たそうな。
***
「……世界最年長が形無しだねぇ。あ、店員さん、俺、冷酒お代わりね。あと枝豆も追加で」
「見た目どうりでいいんじゃないですか? 長寿族特有の無気力な達観とか、あんまり感じませんし。あ、私も麦酒追加ね店員さん。あと、品書きのこっからここまで。……? え、全部一緒に決まってるじゃない」
「先輩、店員さん可哀想ですから梅組の子達にやるノリはやめてあげてください。あ、私は緑茶ハイで」
「君たち……プライベートゆえに麻呂も煩くは言わないが、生徒の模範になる行動を……いまさらであるか。麻呂はワインの白を。ボトルでもらえるかね?」
それぞれの追加の品がそれぞれに届き、一口二口。
アリアダスト教導院の教員、及び重役の四人が場末の居酒屋に集まっていた。
「にしても、学長はともかく教頭がこういう下町系居酒屋にくるのは、ちょっと意外ですね。雰囲気と格好的に」
「『王とて時には市井の目線に立つことが必要である』というのが麻呂の持論である。それに、酒に高価安価はあれど、貴賎はないのである」
至言だねぇ、と隣の酒井が冷酒を煽る。
卓の端……四人全員が見えるように在る表示枠の向こうでは、会談が順調に進んでいる。
「『なにをもってして順調と言うのか』ってところねぇ」
「厳しめの意見だなぁ……四対一、ではなく一対一の混成なのが救いと言えば救いだね。あと、英国が最初から協力姿勢なのも武蔵には大きなプラスか」
武蔵と英国は、かなり強固な協力関係にある。なにせ、英国の次期王の母になるメアリが武蔵にいるのだ。メアリに万が一の事態があれば、それこそ英国そのものの存続に関わるのである。
「さて、と。やっぱり武蔵の進路は南……三河、で関東か。まあ、妥当だろうね。ここでの武蔵の補修ができなくなったから、江戸……関東IZUMOにある武蔵用浮上ドックしかない。途中の三河で一息ってのも、駆け足気味の武蔵には必要なことだからね」
「簡単に言いますけど学長先生……その道中が結構綱渡りなんですよ? 本多さんもわかってはいるみたいですけど……出航すら厳しい感じですし」
現在IZUMO……武蔵を包囲しているM.H.R.Rと六護式仏蘭西の航空艦隊。まずIZUMOから出航する際にどちらかの強国と一戦を交えることになるだろう。
武蔵ほどの巨大艦だ……完全停泊状態から空域の離脱まで、少なくとも三十分はかかる。『中立である IZUMOにいる内は安全』ではあるが、逆に『IZUMOから僅かにでも離れれば集中砲火に晒される』のだ。撃沈も、ありえないことではない。
「さらに本多君のいう航路を取れば、M.H.R.R、六護式仏蘭西の暫定国境の上を辿るしかない。……道中も攻撃を受け
……が、諸国からは『逃げた』と捉えられる上に、聖連と六護式仏蘭西と敵対したままになる。……やらねばならぬことではあるが、この状態下で『六護式仏蘭西との敵対状況を収める事』を絶対とし、宣言するとは……中々の肝の据わりであるな、副会長は」
ツマミのチーズをワインで流し込む。――強く挑む姿勢はヨシナオの好むものだ。だからこそ、酒は美味く、気分も良い。
表示枠の向こうで、正純が顔を、体ごと相手に向ける。
「お、各個撃破! いいわよ正純!」
「ほかの国の代表ガン無視ってことだけどね? つまり」
「相手は……やはり、清武田の佐藤兄弟で……む、髭を引っ張りあってどうしたのかね、これは」
「「「さあ?」」」
酒を一口。
「にしても歴史再現、ここでも来るか……しかも結構難儀なのだよねぇ。……談合で済まないかなぁ」
「いやいや、松平四天王の筆頭でしょう学長。もっとこう、「よかろう、やらいでかぁ」って気炎みせてくださいよ」
「いやいやいや、それどんなキャラよ? 松平陣営にそんなのいたっけ? むしろ織田さん家の血筋じゃんそのセリフ。
――相手は武田、この次期に武蔵と武田でやりあう歴史再現なんて一個しかない……」
酒井が前に倒れ、額を卓に押し当てる。
歴史の勝者とされる
その中で、おそらく松平 元信の人生で『最大であろう』とされる危急……。
「『三方ヶ原の戦い』――松平 元信が多くの家臣を失い、しかしかろうじて逃げ延び……生き延びた戦だ」
「酒井の太鼓、でしたっけ? 松平 元信が逃げ延びた浜松城の櫓上で、味方の鼓舞兼敵への威嚇のために酒井 忠次が太鼓でノーミスコンボのフィーバーしてたっていう……」
「いやいや、それ元信公がやった空城の計の脚色って言われてるからね? 門までの道に篝火焚いて城門全部開けてたってやつ。……だっちゃんが『どうせなら派手にやろうぜ!』って
確かに三河でドカンする前に、ノリノリのマイクパフォーマンスを見せていたなぁ、と思い出す。
「俺の代じゃ、戦死した家臣の襲名者も、あやかってるのもいなかったから、殿先生一人に色々押し付けられたんだけど……
――いるんだよなぁ、梅組に一人。三方ヶ原で戦死している松平家臣の名を肖ってる子が」
酒井が渋面を作り、対面に座る三要が酔いの赤ら顔で、しかし引き締める。
――なんの因果か。その唯一の一人である彼女は今、あの会談の現場にいる。
「成瀬 正義……マルガ・ナルゼさんのあやかり元ですか」
「Jud. まあ、本人はその息子である成瀬 正成の方を肖ってるって公言してるけどね。けど、それに物申して強制してくるだけの力が清武田には十分にある。三河ではホライゾンの、英国ではメアリの、それぞれ『歴史再現での死の強要』に真っ向から反発した武蔵にはこれ以上ない挑発になるはずよ」
「そして、世論はこう思うであろう。『これまでどおり、真っ向から立ち向かっていけよ?』と。
――ふむ。確かに談合で済むなら済ませたいであるな。相手も中々……いや、過剰なほどに武蔵に好条件を出してくるようであるが」
画面の向こうでは、佐藤兄弟が左右からあれこれと、武蔵に超有利な提案を並べていく。『非大罪武装所持国として武蔵に即時返還を各国に強く求める声明文』を手始めに、軍事力や食料などの援助諸々……現状、武蔵が喉から手が出るほどに欲しい助力だ。
過剰……いや異常なほどの援助を並べて、しかし佐藤兄弟は見返りなどいらぬという。
「……持つ者と持たない者の差、ですかね」
「ようはアデーレと浅間の差? ……あ、前後逆かしら? でもちょっと違うわね。ヒントは、そうね……『目線』よ」
あさま『……あの、先生? 設定の関係でそっちの会話、私たちにも筒抜けなんですけど……どうして私とアデーレがその例えの引き合いに出されたんでしょうか……!?』
守銭奴『ハッハッハ! 何を言っているカネだ! カネ以外あるわけがないだろう!』
丸べ屋『やだシロくん、結構酔っ払っちゃてる? ……ちょ、まって、潤んだ眼とか反則……!』
貧従士『……で、ですよね! い、いやあ、自分今月結構ピンチで、今回の機関部バイトがなかったら真面目に『塩と水』の生活に……』
賢姉様『ふふふ、もうアデーレ浅間ん家の子になっちゃいなさいよ。って……どう考えてもオパーイの差じゃない! ……どう! この賢姉様の華麗かつ鮮烈なノリツッコミ!』
出来上がってるなぁ、と学生組の賑やかさに苦笑しつつ酒井とヨシナオはほんの一瞬、オリオトライと三要のある部分を見比べた。
山と平地。――それ以上の言及は、避けさせていただく。
「……あ、店員さん。これ、バニラアイスのヨーグルト和え、こっちのお嬢さんにお願い」
「では、麻呂はこの豆乳プリンを。こちらのお嬢さんに」
「紳士対応なのか遠回しなセクハラなのか判断困るんでやめてもらえます? 目線がヒントってそういう意味ですか? あと、それ試して効果、なかったやつですから……バルフェットさん私以上の居た堪れなさを感じているんでしょうねぇ」
アデーレと三要は『平地』。しかし、山には山ごとに『標高』というレベルがあるのだ。無装備で登れる山があれば、入念な準備を必要とする山もあるのだ。
――三要が半分ほど残った緑茶ハイを一気に飲み干した。その姿が『散っていった戦友を思って酒を捧げる戦士』に見えたのは、きっと酔いのせいだろう。
あさま『ほ、ほら、そんなどうでもいいこといつまでも拘ってないで! 話、話戻しましょう!? ねっ!』
銀 狼『どうでもいい……持つ側の視線ですわね。……ああ! なるほど、視線、そういうことですのね』
賢姉様『あら、何かわかったみたいよ持たない側が! まあこの私も当然わかってるけど。せっかくだから答え合わせしてあげるわさぁ言ってみなさい!?』
「喜美は相変わらずの天邪鬼ねぇ……」
喜美の思わせぶりな反応を見た担任が、ジョッキをつけながら笑う。……幼い止水を知っているのだ。幼馴染である喜美たちの幼い頃も、当然……一方的にだが知っている。
――グビリと飲み込みつつ、生真面目な騎士がムッとして、それでもすまし顔で言葉を続ける所まで予測した。
銀 狼『……清武田。これは関東で最大の国家ですわ。関東は言わずもがな、極東の中心――そこで踏ん反り返る……踏ん反り返れるだけの力を持っているのですわ。それこそ、今私たちが知恵を絞って今日明日をどう凌ごうかと躍起になっている様を、子供が些細な事で悩んでいる場面を微笑ましげに見守る大人のような目線で見ているのでしょう。
……先ほどもワタクシたちが唖然とした破格の援助も――そうですわね、あちらからしたら『子供に駄賃を上げる』程度なのでしょう』
国家的支援。それを子供の駄賃と例えたネイトに、一同は顔を顰める。
……良い比喩だ。一方的な上からの目線に反感を覚え、覚えた反感はそのまま反骨たる精神へ変わるだろう。
ただ戦うだけではない。次の戦いへ赴くための戦意高揚……そういったことへの理解行動ができるのだ。これがつい数ヶ月前まで聖連の圧力で『非武装』を強要されていた武蔵の学生と誰が思おうか。
――次代は、しっかりと育っている。それを改めて確認し、教員四人は誰ともなく杯を合わせて、仰いだ。
貧従士『なるほど……つまり、『胸国の余裕』ってわけですね!』
「「ブフゥッ!?」」
……吹かれた霧は二種の酒。ワインと緑茶ハイの霧が、卓の上にてぶつかり合った。上げて落とす、それもこっ酷く。慣れている酒井とオリオトライはそれぞれ噴霧域から退避していた。
「……やらかしたのが、バルフェット君なのは珍しいねぇ。酔いでも回ったのかな」
「いやぁあの子、胸ネタになると結構やらかしますよ? 」
静まり返った表示枠の向こう、焼肉店ではなにやら審議を始めている。真面目な場面でふざけた事に対してか、それともネタがあまり面白くなかった事に対してかはわからないが、アデーレが被告人なのは間違いない。
そして、静まり返ったのは焼肉店だけではなかった。――会談の場である酒屋にも、種類は違うが、同じような沈黙が支配していた。
***
「おい、良いのか? お前のとこの……伊藤「佐藤じゃ」……兄弟の提案っぽいの、正純にぶった斬られてるけど」
「ダムおめぇ、相変わらず人の名前覚えんの苦手だよなぁ。昔っから、うんうん」
「……全裸エプロンの男が嫉妬を、しかも男に対してしとるとか、放送禁止レベルじゃのぅ……ワシゃいつの間に末世に突入しとったんじゃ?」
会談場となった店。その主舞台はもちろん正純たちが繰り広げる高度な政治話をしている卓である。しかしその三人は……三人全員がなかなかに重き立場にいるにもかかわらず、厨房近いカウンター席に止水と義経が並んで座り、一仕事終えた感じのトーリが一息吐いていた。
二人の目の前には、『これぞラーメン!』と紹介できそうなオーソドックスなラーメンが湯気を立てている。
「とりあえず、ラーメンな? 酒の締め、っていったら大体これだろ」
「スープはなんじゃ? あと、明らかにワシとこやつのドンブリ大きさが違うんじゃが?」
なお、ドンブリの大きさはちょうど倍だ。
「鶏ガラベースの醤油。にんにくねぇから安心しろ? ドンブリのでかさはあれだ、ダムってよ、昔っから呑んだ後は特盛飯だからだよ。ドンブリちいせぇけど麺の密度高めだから気にすんな。でけぇダムと同じサイズ食ってると性別から疑われるから。セージュンみたくぅん!?」
着弾した空の湯のみをキャッチしつつ、止水はすでに割り箸を割っている。
「トーリのラーメンは久しぶりな――で、話なんだっけ……あ、そうそう。お前んとこの爺ちゃん兄弟の提案。いいのか? お前、清武田だろ? しかも総長兼生徒会長」
「構わん構わん。ワシは正直、どうでもいいからの。短命の者どもが、躍起になって声高に陣地の取り合いをしとるだけじゃ。――
それにワシは、ここには罪の清算をしに来ただけじゃしのぉ」
「俺のチョンマゲで許されたんだぜ! 感謝しちゃっほぅ!?」
「あ、しまった。おい止水、おんしのレンゲをよこせ。ワシのがのぅなった」
「……。いや、まあいいけどさ」
冷ます息の後に、ズズズ、という音が幾度か響く。褒めはしないが箸の動きは中々に早い。
「それむぃの、あやちゅりゃはわふれて」
「「行儀が悪い」」
その上聞き取りづらい、と。ハフハフと口の中を冷ましながら飲み込む。
「……それにの、あやつらじゃ忘れておるかもしれんが、清武田は武蔵に馬鹿でかい恩があるんじゃぞ? ――なにせ、王たるワシの罪を赦し、この命を繋いだのだからの」
水を含み、笑う。
「――それすなわち、清武田という国そのものを存続を繋いだ、ということじゃ。
おんしら短命の者どもと違い、ワシは長く、それこそ気が遠くなるほどの悠久を生きる。おんしらの祖父母の祖父母の祖父母……もう一回くらいか? まあいい。それよりも前から生き、そして、おんしらの孫の孫のそのまた孫が大往生した後にも、ワシは生き続ける。
――……そして、ワシが生き続ける限り、ワシを主柱とした国が在り続ける。名は変わるじゃろうが、それでもワシの国じゃ」
麺を啜り、分厚いチャーシューに頬を緩ませかぶり付き、味の染みたメンマをよく噛んで味わう。
……この小さな小さな体の、それこそ、まだ幼い少女にしか見えない義経が――揺るがぬ大国の頂点に立っているのだ。
「それを、止水。おんしは繋いだ。現状でも数十万、未来であれば、数え切れぬ者どもの平穏を守った。これに恩を感じなくば、それこそ大罪者よ」
恩には等しき恩を持って。そして仇こそ、酒を飲んで忘れてしまえ。そうすれば、この身には恩しか残らない。
――義経は、刀を渡した桜枴が酒に酔い……双月を見上げて語った言葉を、昨日のことのように思い出していた。……あの時は照れ隠しに『似合わんな』と切り捨てて、そのまま取っ組み合ったのもいい思い出だ。――勝負の決め手はアイアンクローだ。手足がどこにも届かなかった屈辱は忘れようもない。
「じゃから、まあ、佐藤兄弟が言っておった無制限の援助は出来んが、ワシが武蔵に弓引くことはないぞ。」
「「……ってことは、今
正純が胸――強国の手を、強気に打ち払う。その内心の葛藤やら決意やら、総じて空回りしているように見えて、武蔵の王と刀はなんとも言えない表情を浮かべた。
「カカ。いや、そうでもないぞ? あの副会長――正純といったか、奴が武蔵の姿勢を示すことは、必要なことじゃ。特に……里見の小僧と北条の小娘がそれを判断材料にしているのは確かなことじゃろうて――。おい全裸、おかわり」
スープまで完飲されたドンブリを突き出され、嬉しそうに笑うのはやはり料理人だからだろう。
麺を茹で出すトーリを見送り……止水は、会談の卓で変わらず穏やかな笑顔を浮かべる、もう一人の親友を横目に、ラーメンを啜る。
……会議はまだまだ、長引きそうだった。
読了ありがとうございました!
はい、本当に、長引きます。次くらいでなんとか、まとめ……られれば。