境界線上の守り刀   作:陽紅

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 少し時間をかけて考え、『原作未読の方でも、できる限り楽しめるようにしたい』という結論に至りました。

 故に今後、所々で説明文のような文章が必ず出て参ります。原作既読の方、そのような文章がお嫌いな方には大変申し訳ありませんが、ご容赦の程を。

 また、原作をそのまま写す訳にはいかないので、私の解釈した内容をある程度掻い摘んだ形になると思われます。
 お読み頂いたその中で『原作と内容が違う』などの点がありましたら、大変厚顔なお願いとは思いますが、感想などにて御指摘頂ければ幸いです。


 前書き、失礼いたしました。以下、本編をお楽しみください。       陽紅



二章 刀、迎える 【肆】

***

 

 

 

 夕刻を少し過ぎ、空を暗い藍色が染め出し始めたころ。

 

 

「ったく、無茶言ってくれるさね、ウチの副会長様は……」

 

 

 滴るほどではないにしろ、滲んできた汗を、ぐいと軍手で拭う。そこで一息つくように体勢を変え、無理な姿勢で固まった体を軽く解した。

 

 

「――泰造爺、向こう……『浅草』の改修率はどんな塩梅だい?」

 

「おう、動力系は最終検査も終わってるらしいぜ。あとは外側の外壁の細かいところと、伝達系だな」

 

「となると、品川もだいたい似た感じだから……なんとかご要望にゃ答えられそうか」

 

 

 ふう、とまた一息吐いて、全体を見渡す。品川の機関部で作業していた直政から見えるのは泰造爺を含めて数人……他の面々は外装の修繕に駆り出されているはずだ。少し耳をすませば、近場の作業音やら指示の声が聞こえてくる。

 

 明日までに、武蔵を航行可能にしてくれ。――細かいあれこれはあったが、早い話が『今日中に直せ』ということだ。

 

 

「あたしゃ、今日は非番だったはずなんだけどねぇ……」

 

 

 急遽臨時のバイトも雇って、人海戦術でのごり押し。当然機関部でも腕利きの技師に数えられる直政も、休日出勤となったわけである。

 

 

「マサ先輩、休みっていっても家でゴロゴロしてるだけじゃん。……女としてどうなのそれ」

 

「やかましい。アンタだって似たようなもんだろ」

 

 

 直政の足の間から、薄い体型を生かして車輪付きの板で深いところに潜っていたヒロが顔をのぞかせる。同じく一息かと思いきや、作業は終わったのだろう。工具一式が入っている袋を持ってきていた。

 ケラケラと笑っていたのだが、ふと何かに気付いたように、目を大きく開く。

 

 

「うっわ。こうして見ると絶景だよマサ先輩。……その女の武器でさっさとスイ先輩に夜這いでも」

 

「おっと手が滑った」

 

 

 逆再生のように顔が引っ込んでいき、僅かな間をおいてそれなりの大きさのレンチが落ちる。

 

 ……ちなみに、スイ先輩とは止水のことらしい。自分の呼び名同様安直だと思うが、それが逆にこの娘らしいとも思える。

 

 

「ちょ、ちょっとマサ先輩! 今の冗談じゃなくてマジだったよ!?  可愛い後輩になんてことすんのさ!?」

 

「可愛い後輩だからこそってやつさ。ほら、しっかり教育してやらんといかんだろ?」

 

 

 はあ、と重い溜息が零れる。遺伝子元の元である男に抗議の視線を送るが、我関せずとばかりに奥の方へと身を投じていくところだった。

 

 

「で、でもさ、二、三週間くらい一つ屋根の下だったんでしょ? こう、さ。なにかなかったの?」

 

「一つ屋根の下、ねぇ……二組の夫婦と一つ屋根の下にはなったがね。……止めの字は基本、野宿だったよ。しかもこっちに来てから夜はずっと働いてたから、アンタが期待してるよーなことはなんにもなかったさね」

 

 

 どこかの姉がしていたような、脳内桃色お花畑なあれこれはさすがに微塵の期待もしていなかったが……一緒に飯を食べたり、なにげなく『おかえり』だの『ただいま』と言い合うくらいは、軽く……本当に軽く、期待していた。

 

 ……がっかりの度合いは、そのどこかの姉が無言で肩ポンしてくるレベルであったとだけ伝えておこう。

 

 

 学生寮の修理が進んでいく中で二人部屋の修繕が終わり、立花夫妻が出て行き、点蔵たちが出て行き――ほんの数日だが、直政一人で止水の家に泊まったのだが……。

 

 

(あの家じゃあ、帰りたいとは思えないね……一人であの広さは、ちと堪える)

 

 

 ――野宿好き。いまでこそそれが家を空ける理由だろうが、野宿を始めたきっかけは絶対に違うはずだ。片手で数えられる年齢で一人になり、そしてあの屋敷に住むことになったとしたなら……星空の下やら木陰のほうが、ずっと心安らぐだろう。

 ガラリと空けた玄関の戸。外が騒がしいだけに、そこから広がる静寂が酷く心を重くする。……広い家、というのは羨ましいが、広過ぎる家は逆なんだな、と直政は初めて知った。

 

 

 

「家空けてるはずなのに……料理とか家事系全般、何気に得意なんだよなぁ」

 

 

 再び、ため息。

 

 梅組はなんでか、そういうスキルが高い男子が結構いるのだ。際立っているのがトーリと御広敷で、金を取れるレベル……というよりもすでに実際に店で商売しているのである。しばしば開催される試食会ではガチ武力の争奪戦が起きることもあるほどだ。……テーブルを占領して弓矢構えた巫女には流石に呆れたが。

 

 止水はその点、凝った料理は作らない。だが、シンプルな物を作らせれば、上の二人に迫るか、時折超えることがある。加えて、緋の雫だ。英国で初めてあの酒を飲ませてもらったが、あれは本当に美味かった。

 加えて、掃除やらなにやらも奉じている神が付喪神だからなのか、ほどほどに手際よく相当に丁寧だ。鈴の家が経営している銭湯が、週一ほどの頻度で清掃バイトの依頼を出しているのがその証拠だろう。

 

 

 以上の点を踏まえると……少なくとも、止水の方が直政より生活能力が高いことは、揺るぎない事実だった。

 

 

「この前私がお弁当忘れた時に、スイ先輩がおにぎり恵んでくれたんだけど、確かに美味しかったからなぁ。……すっごい大きかったけど」

 

 

 ――ちなみに具は?

 ――スタミナ系味付けの肉炒め。……玉ねぎが甘塩っぱくて美味しかった。

 

 

 なんとも空きっ腹にくる単語だ。夕飯時もあってか、先輩後輩揃って空腹を強く意識する。

 

 ……ガッツリと肉を行きたいが、懐具合があまりよろしくない。

 直政がため息を我慢して安い学生食堂のメニューを思い出していると、目の前に表示枠が開いた。通神のようで、相手の名前には幼馴染のズドン巫女の名が載っている。

 

 

『マサ? 今ちょっと失礼なこと考えませんでした?』

 

「……。いや、開口一番で何言ってんだいアンタ。さっぱりわからんさね」

 

 

 ――不自然なところはなかったと思いたい。少し懐疑的な視線を数秒ほど送られるが、シラを切り通せば勝ち……いや、負けはない。

 

 

「で、なんか用かい? ……あたしゃこれから、細やかな夕飯をと思ってたんだがね」

 

 

 軽い自嘲を浮かべる直政に、智は笑みを返す。

 

 

『Jud. じゃあ丁度よかったです。いまから言うお店に来てくれますか? 多摩の外弦側にある、ええと……『焼く中』ってお店なんですけど。どうにもIZUMOにノンビリできるのも今日までっぽいらしいので、どうせなら外見れるお店で見納め飯するぞ、ってトーリ君が』

 

 

 ――『焼肉中毒の店長が開いた激ヤバ店!』 という、店公式の宣伝が武蔵らしい店である。……ヤバげな調味料は()()()見つかっていないらしい。高くはないが、それでも肉。相応の値段がするだろう。

 財布の中身を思い出しつつ顔を渋らせていると、向こうで巫女が苦笑を浮かべた。

 

 

『ミトのおごりですよ?』

 

「……!」

 

 

 巫女の苦笑に僅かな間をおくことなく……足元に潜んでいた後輩が、流れるように出てきてそのまま綺麗に土下座していた。

 

 作業着には色々な汚れがついていて、一つに結っている髪にも埃やら仕事の名残が見て取れる。だが、級友に土下座マイスターというべき守銭奴がいる直政の目にも、それは美しいと思える土下座であった。

 

 

「……あー、アサマチ。ちょいと遅れるよ。機関部の仕事が終わったばっかでね。汗なりなんなり流してからいくさ」

 

『……マサも最近、変わりましたねぇ……わかりました。お店に着く前に連絡くれますか? なんかお店が『事前連絡なしの増員は全体三割増し!』って先ごろ急によくわからんルール追加しまして』

 

 

 ――表示枠の向こうからドカン! という音が響く。……どうやら、事前連絡なしの馬鹿が騎士の怒りに触れたらしい。

 

 

「店に向かう前に、アンタに一報入れればいいんだね?」

 

『Jud. じゃあ、一人追加で……』

 

「あー、アサマチ。人数なんだが、二人でいいかい?」

 

『二人、ですか?』

 

 

 足元の土下座がガバリと動いた。キラキラした目と、パアッ! と効果音がつきそうな笑顔がやや上方、直政へ向けられる。

 

 

「(わかりやすいやつさね……)Jud. 機関部の後輩でね。腕は確かさ。……多分これから、梅組連中と色々と顔合わせるかもしれないから、今のうちにと思ってね」

 

 

 英国では色々と無理をさせたので、ここらで労ってやるのもいいだろう。しかも自分の財布へのダメージは一切ないのだから素晴らしい。

 巫女からの了解を得て、二人はあらかたの撤収作業を急ぎ行う。そして足早に向かうのは、機関部用のシャワー室だ。

 

 

 早く行かなければ、品切れという理由で食いっぱぐれる可能性が、大いにあるからだ。

 

 

「急ぐよ、ヒロ!」

 

「Jud.!!」

 

 

 

 駆けていった二人が遠く去り、無人になった……かのように見えるその場所の奥から、しょんぼり現れた、影が一つ。

 

 

「……せめてじいちゃんに、一言くらいあってもバチは当たんねぇと思うぞ?」

 

 

 

 ――翁の零した小さな小さな呟きは、自身が、若干拗ねながら工具箱に置いたレンチの音に、呆気なくかき消されたそうな。

 

 

 

―*―

 

 

 

 正面に置かれた皿。――赤身の具合から見て、牛だろう。大皿に各部位盛り合わせ四人前といった具合か。

 

 右に置かれた皿。――淡い桃色の、テカリのある肉は豚である。適度な厚さのロースを、美しく盛り付けられている。

 

 左に置かれた皿。――これは子羊だ。牛に似た肉質だが、独特の香りが存在感を示している。

 

 

 どの皿も、それぞれが生であるうちから大変美味しそうに見える盛り付けだ。焼肉中毒の店長が調理場に徹底させているのだろう。

 

 

「さあ、どんどんいっちゃってくださいミトツダイラ様。ご安心を。追加の肉はすでに注文済みです。台に置けなくなると困りますので、さあ……!」

 

「さぁ……食え! 食ってくれネイト! 早急に! じゃないと俺の体が耐えられ……せ、背中に乗せちゃらめぇ!」

 

 

 肉置き台になっている服を着た全裸……別名・葵 トーリがくぐもった声で懇願してくる。

 

 落ち着きなさい、ネイト・ミトツダイラ。落ち着いて冷静に状況を判断するのです。焼肉店に呼び出されたことも自然な流れでさもワタクシから会計を持つ宣言をしたようになっていることも、一先ず置いて冷静に……。

 

 まず目の前、肉。の下にいる、テーブルに両手広げるようにして伏せている我が王。

 

 

「あ、あの、ホライゾン? ワタクシは確かに人狼とのハーフですけれど、なにも肉だけ食べているわけではありませんのよ? ほら、食前のワインや乳製品なんかも……」

 

 

 無表情がデフォルトであるホライゾンが、気持ち目を大きく開ける。驚きを表現しているのだろう。そして深く考えるように目を閉じ……右手を上に伸ばし、パチンと指を鳴らした。

 

 

「――これはホライゾン、大変な失礼をしてしまいました。

 ……店主。注文(オーダー)です。ええ。ワインと生クリームを。……量? そんなわかりきった事を聞くのですか? 一斗ピッチャーに決まっているでしょう」

 

 

 赤と白のピッチャーが、肉置き台の両手に。牛の皿の下から「ほ、ホライゾン!? ちょ、やべぇって、な、なんか気持ちよくなってきた……!」という言葉が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 

 

 向かい、トーリが座る予定(未定)の席の隣にいるマルゴットが、遠い目をしている。自分と入れ替わるように正純の護衛についたナルゼを羨んでいるのだろう。

 

 

「……ミトっつぁん、頑張ろう? ナイちゃんも手伝うから。――赤ワイン」

 

「できれば生クリームを手伝ってほしいですわ……いえ、手伝ってもらえるだけありがたいのですけれど。そもそも焼肉店になぜ大量の生クリームがあるんですの……? え? 締めのデザートにジャンボパフェ……?」

 

 

 確実に翌日が恐ろしい事になるコンボだ。周りの卓についている連中が、こちらを意図的に視界に入れまいとしているのも頷ける。できれば自分もそちら側に行きたいくらいなのだから。

 

 というよりも、肉焼きすぎて脳味噌まで焼け焦げているのではなかろうかこの店の店主――などなど。現実逃避を重ねていると、追加の肉の皿がきた。三枚も、しかも、すべてが牛。

 

 

「ふむ。牛ですね。では、牛の置き場所に……」

 

 

「おいおい追加かよマジかよホライゾンあんっちょっマジ頭蓋軋む……っ!」

 

 

 王の苦悶の声に、騎士は深々とため息を吐く。そして、騎士として、王を救うべく()を手に取った。

 

 

「あ、そういえばミト? トーリ君から『今日はネイトの奢りだぜ!』って聞いてるんですけど、お財布大丈夫ですか?」

 

 

 ――まずは、豚から頂くとしよう。牛は最後のお楽しみだ。

 

 

 あ、店主。追加で注文を……ええ。牛を、そうですわね……五枚ほどいただけます?

 

 

 

***

 

 

 

「向こうは焼肉かぁ……しかも奢りとか。誰か代わってくれたりしないかな?」

 

「アンタが惹かれてるのって焼肉? それとも奢り?」

 

「……もう見栄を張る必要もないから答えるけど、奢りだな。金無いし」

 

「ヨシキさんも言ってるだろうけどさ、講師のバイト代をもっと飯に回せよ……お前、実家だから家賃は掛からないんだ。その辺りはアデーレたちよりは楽だろ?」

 

 

 陽が沈み、街灯の明かりが照らす道を、止水を先頭にした正純とナルゼが進んでいく。緊張感はほとんど無く、足取りも軽かった。

 

 学生寮の家賃は高く無い。……しかし、決して安いとは言えない金額である。止水の言うように、その分の金が浮く正純はアデーレたちよりも楽な生活を十分に送れるはずなのだ。

 

 

 ……にも関わらず、正純はほぼ毎日のように飢えている。

 

 

「しょ、しょうがないだろ? 良い本ってのは見つけたらすぐに買わないと、他の誰かに買われたりしてもう巡り会えないかもしれないんだ。私はそういう、そう、一期一会の出会いをだな」

 

「一期一会って、それもうただの衝動買いよね。……気をつけなさいよ正純。衝動買い癖のある女って、男は結構忌避するんだから」

 

 

 ナルゼは後半を小声で、正純の顔に限りなく近づけて囁く。顎で示した背の男には当然聞こえず、正純は反論も出来ずに押し黙った。

 

 

 

「気をつけるよ……今度から」

 

「……アンタそれわざと? 『気をつけないパターンですね、わかりますww』とでも返せばいいの私」

 

 

 返事をせず、正純は自分の軽い財布の中身を思い出す。……そして、次の給料日よりも、まだ前の給料日のほうが近いことも、げんなりしながら思い出す。

 

 だが――シリーズ物が数冊。同日発売で、しかも内五冊が初回限定で特典付きだったのだからしょうがないだろう。

 ……夜を徹して読み耽った後の朝の、あの脱力感のある達成感がまた堪らないのだ、と。必死に弁解する正純に、二人はため息を零した。

 

 

 

「ほどほどにしておけよ?

 

 ……そういや、今更なんだけどさ。どうしてあそこでわざわざ解散したんだ? ジョンソンたちのいる店に集まって話し合うってんなら、あのまま店に戻ればよかっただけだろ?」

 

 

 前を歩く止水が振り返ること無く、意識だけを後ろに向けて問うた。

 

 本当に今更だなぁと苦笑を一つ浮かべ、正純は右の闇夜を見る。家屋の屋根の向こう……暗がりと距離とで見えはしないが、航空艦隊がそこに停泊しているはずだ。

 

 

「――言い訳を強くするため、かな」

 

「……。

 

 うん。とりあえず、わからないままでもいいや」

 

 

 数秒の沈黙は理解しようと頑張った結果だ。

 

 ――武蔵を筆頭にした反聖連の国々が、聖連のトップともいうべき二国の監視の中で堂々と会談を行う……そんなことをすれば、まず間違いなく面倒臭いことになりかねない。

 だからこそ、演じる必要があったのだ。反聖連の各国の代表が、丁度、たまたま、偶然にも、聖連加盟国の中でも上位にありながら立地上聖連からの強い圧力を受けづらい英国出展の店に集まってしまった。

 

 白々しいことこの上無いが、言い切ってしまえばいいのだ。そして、その言い訳を強くするために、わざわざ時間をずらして入店する必要があった。

 

 

私たち(武蔵)が最後になるようにされた思惑は、果たしてどっちかな……)

 

 

 後からくるものの方が偉い……という暗黙の了解か。それとも、武蔵勢の居ぬ間に各国で話すべき内容があったからか。そのどちらかだろう。前者ならともかく、後者は非常に厄介だ。疑心にかられてしまう。

 

 ともかく、店にいけばわかるだろうと正純は腹をくくる。昼とは違って、いろいろと準備もできたし、ネシンバラと二代を武蔵に戻して有事にも備えた。

 

 

 

「じゃあさ……ついでにもう一個聞きたいんだけど」

 

 

 前から聞こえた声に、正純は意識を戻す。思案気な……とでも言うべきか、止水の声には困惑がかすかに滲んでいた。

 

 

 

 

「……なんで、俺『だけ』……その、『ご指名』されたんだ……?」

 

 

 ……本当なら、この場に止水はいなかった。

 

 正純やネシンバラの思惑の通りならば、止水は今頃、武蔵の焼肉店で焼肉に舌鼓を打つか外道被害に遭っているはずだった。――突発的なことにも十分に対応できる『層の厚さ』を各国へ見せつけるために、本来であれば『別の誰かがいる』はずだった。

 

 

 だが……それは先んじるように告げられたある人物からの要請により、実際はこうなっていた。

 

 

 

「身に覚えは?」

 

「ない、って言いたいんだけど……エルザん時と、すっごい状況が似てるんだよなぁ」

 

 

 止水は知らない。だが、エリザベスはまるで旧知の友と再会するような笑みを浮かべている。止水の参加を求めた者も、同じような笑みを浮かべていた。

 

 

「先代の守り刀……か?」

 

「俺が本気でド忘れしてる、っていう可能性もあるにはあるけど……さすがに、あれだけ個性的なのを早々に忘れられるとも思えないしなぁ。

 ――『実はおふくろがなんかやらかしてました』って方が、よっぽどしっくりくるぜ」

 

 

 どちらにせよ、止水たちには判断材料となる情報がない。

 幸いは、英国という前例があるので心構えがある程度できていることだろう。

 

 

 ――昼間の騒動でシンと静まり返った町の、その中心となった店。煌々とした明かりが溢れてくる窓から、中を伺うことはしなかった。

 

 

 先を行くは、当然止水だ。扉の取っ手に手をかけ、明かりであらわになった殴り合いの後が残る顔で振り返って、二人を見る。

 

 頷きを得て、ガチャリ、と音を立てて、カランコロンと音を鳴らして、扉が開いた。

 

 

 

 

「「「男の浪漫……!! 秘技! 裸踊り!!」」」

 

 

 バタンと閉じた。

 

 

「…………」

「…………」

「……おっさん二人と黒人か。ネタとしてはイマイチねぇ」

 

 

 ナルゼの発言は無視した。止水はドアノブに手をかけたまま再び振り返り、正純を見る。視線で『かえろう? これはかえろう?』と必死に訴えているが、正純は首を横に振って進撃を命じる。

 

 

 武蔵の全裸のようにモザイク術式があるわけがなく、皿やら盆やら忍術やらで局部を隠すバカ三人。それを大笑いしつつ囃し立てる酔っ払い女衆と、素面が一人……。

 

 

 

 

 ――扉が今度は向こうから開き、小柄な影が飛び込んできた。

 

 

 

 

「は、早く入ってくれ……! こ、こいつらダメだっ、いき、いきなり脱ぎだして、おど、おどっ!」

 

 

 里見 義康。今会談の参加国『里見』、里見教導院の生徒会長だ。立場ある人物であることに間違いないのだが、涙目で懇願してくる姿は外見相応の少女にしか見えなかった。

 

 ……扉の目の前にいた止水の顔面を扉で強打し、無言で悶える彼をガン無視して正純に縋ってなければ、満点であったろう。

 

 開けっ放しの扉の向こうで、全裸の男が三人、謎の歓迎ポーズを取り、手酌で粛々と酒を煽る氏直を除いた二人の女がテンション高めに拍手していた。

 

 

 

「――おう刀の! 刀! ようやっと来たか、近う近う! こっちゃ、こっちゃ来いやワハハハ!!」

 

 

 そのうちの、一人。よく通る、やや高い声が呼ぶ。どう聞いても親しげで、どう考えても色々とご存知であろう声で、止水を呼んでいた。

 

 

 

「出来上がってるわねぇ、完全に。……ほら止水。アンタ、ご指名入ったわよ?」

 

「……ナルゼ。俺さ、初めて酒呑めるところで、『今すぐ帰りてぇ』って思ったよ」

 

 

 

 源・九郎・義経。

 

 ……彼女こそ、腰に帯びた『緋鞘の短刀』を見せつけながら、守り刀の止水の会談への参加を望んだ人物である。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

一つでも似ているものがあるのなら

 

たとえ僅かな時間でしかなかったとしても

 

 

 ……友と呼び合える繋がりになるのだろうか

 

 

 

 配点【初対面の再会】

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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