境界線上の守り刀   作:陽紅

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某作品の某シーンに、ものの見事に影響を受けました……


二章 刀、迎える 【参】

 

 

 ネシンバラと合流した二人がまず行ったのは、戦局の分断と、戦場の移動だ。

 

 

 分断はそのまま、四対一の状況に止水と二代が加わっただけの四対三ではなく『二対一と二対二』の二つに分けるためである。要らずの四人の戦種はそれぞれが異なり、異なるがゆえに四人揃うと連携が生じて、厄介度合いが極端に跳ね上がるからだ。

 

 そして、戦場の移動――これもほとんどそのままだろう。一番の使うであろう忍の武器に飛び道具は無数にある上に、三番の鬼族の放つ説教砲という流体砲も遠距離攻撃だ。流れ弾、というのが十分ありえる状況である。そうでなくとも、正純(護衛対象)からなるべく離れた場所に戦場を移動させるのは当然のことだった。

 

 

 一番と二番には二代が突撃した。シュークリーム屋での恨みが再燃したのだろうか、加速術式である『翔翼』を多重掛けに割って一直線に突き進んでいく。

 

 

「――なあ、もしかしなくてもこの食い物の恨みってよ。俺完全にコレ、とばっちりじゃね?」

 

「お、男が細かい事気にしてんじゃないよ。ほらキビキビ動きな!」

 

 

 ……一番のぼやきに強い親近感を覚えた止水も、二代に続いて、己の役目を果たすために強く踏み込んで加速する。

 

 おそらくこの中で、止水がその相手を務める事が最適であろう……僧侶風の鬼へと向かって。

 

 

 

 

 鬼族――より正確には鬼型の巨人族であるが、そこに付けられた『鬼』の名に誇張も偽りもない。正しく鬼のように強いのだ。その種族は膂力と頑丈さにおいて、わずかながらにだが魔神族にも勝る。反面内燃拝気などの流体分野は魔神に劣るが……それでも。人間如きでは比べものにならないものを有しているのだ。

 

 その上で先ほどの流体砲……説教砲だ。先ほど止水は事も無げに刀でもって切り裂いたが、だからと言って軽視していい物ではない。乱戦の最中で正純たちを狙われでもしたら、それこそ一大事だ。

 

 

 だからこそ、要らずの三番の相手は止水なのである。

 

 接近の際に、左右への回避は一切考えない……否、考えてはいけない。三番と正純たちの直線上に必ず己の体があるようにしなければならず、早い話が盾だ。壁と言い替えても問題ないだろう。

 

 

(……ならそれは、誰がどう言おうと、俺の役目だ)

 

 

 速さと三次元的な立体起動が()()の二代では、不向きが過ぎる。ネシンバラでも同じだ。かと言って、正純たちの近くで盾に徹する事もできない。戦闘が出来るとは言え、純粋な戦闘職ではないネシンバラに二人の純戦闘系の特務級二人の相手をさせるのは少し酷だ。

 

 

 ――だから、往くしかない。

 

 

 元よりの弾速と、そこへ進んでいく止水自身の速度で体感的に数倍の勢いで迫る喝撃の連弾を、縦に、横に斜めに。放たれた数だけ刀を振って切り裂いて、振った斬り裂いた数だけ踏み込んで。

 

 

 

 喝撃の砲音と斬音が完全に同時となり、切り裂き拓いた最後の一歩を踏み入れた、その間合い。

 

 

 

 説教砲の間合いの、内。

 

 説教砲が打てる間合いの、内。

 

 

 そして、刀の間合い――そのさらに、内。

 

 

 

「挑むというのですか……!

 

 

 

  ――鬼を相手に、『 拳 』の間合いで!」

 

 

 

 二メートルを超える止水が、さらに見上げるほどの巨躯。鬼気迫るとは文字どおりで、迫ってくる止水の迎撃のために大きく振りかぶられた右の拳は、それだけで竦み上がってしまうほどの凄まじい威を放っていた。

 

 人間の脆弱な体など、簡単に殺して余りあるだろうその一撃を前にして。

 

 

 

(それが、どうした……!)

 

 

 

 ()()()()()……!

 

 

 

 

 巨躯の懐、その奥深く。刻んだ一歩は強く、地面に大きな蜘蛛の巣状の罅を描くほどに。

 

 

 

 

 振り被るは同じく右腕。刀はとっくに鞘へ戻し、拳骨を有らん限りの握力で握りきっていた。

 

 

 

 

 鬼の放つ必殺が顔面に迫る。それを紙一重……頬を掠らせ、刃物に斬られたような一本の傷が生じて……腕が、交差の軌道を描いてすれ違っていく。

 

 空を切る己の拳に目を見開いて驚愕する鬼の、その顔面。止水を潰すように拳を打ったが為に降りてきたそのど真ん中に……。

 

 

 

 ……武蔵最強の拳骨が、着弾した。

 

 

 

 

 

 

(どんな神経してやがるんだいあの野郎!? 鬼族相手に、カウンター決めやがった……!)

 

 

 硬質な物体を頑丈な物体が叩く異音を、比較的近くで戦闘していた要らずの七番は聞いていた。彼女の相手であるネシンバラは非戦闘系だ。……油断はできないが、二代を相手にしている一番二番のペアよりは遥かに余裕がある。彼の使う術式は言葉か紡いだ文章によって発動するので、注意していれば対応は容易い。

 

 だからこそ、軽く受けに徹するだけで、思考する余裕は簡単にできた。

 

 

 

 ――鬼を殴る。

 

 

 ありったけの強化術式をこれでもかと掛けまくって、最低でも準神格武装の武具を三つ四つ揃えて……。

 

 

 

(それでも、いやだなぁ……反撃でお陀仏だ。事前に相手にバカみたいな麻痺毒でも使って動けないようにしてから……あー、でも殴ったこっちの手が砕けるか)

 

 

 『戦わないことに越した事はない』……それが極東――いや、純人種から見た魔人族・鬼族への所見だ。それほどまでに種族の差が明確にあるのである。もし万が一戦うのだとしたら、『同じ舞台で戦ってはいけない』のだ。

 

 圧倒的な……圧倒的すぎて、いっそ笑ってしまうほどの歴然とした性能差が、人間と鬼族・魔神族の間には横たわっている。

 

 

 

「くっ……!」

 

「むぅ……!?」

 

 

 

 ――横たわっている、はずだった。

 

 

 

 先の苦悶は止水のものだ。顔を微かに顰め、何かに耐えている。

 

 

(そりゃそうだろ。ようはとんでもなく硬い物を殴ったんだ……痛いに決まってる。そこはいいよ、だって当然なんだから。でも……)

 

 

 当然だ、当たり前だ――と、嘲笑を浮かべたかった。真っ向から突っ込む必要性があり、それに躊躇することなく行動を起こしたことにこそ天晴れと思うが、それでも『無謀だ』と。

 

 ――後の驚愕は、要らずの三番が仰け反りながらあげたものだった。

 

 しかも、驚愕の声の中に、わずかだが……しかし明確な痛みを含ませるものが混じっていた。

 

 

 

(なんでアンタが、そんな声を上げてんだい……!?)

 

 

 ――鬼族相手に、人間の――なんの術式も施していない拳が、ダメージを与えた?

 

 

 

 

「……なあ、アンタのとこのアレさ、鬼か魔人の血でも流れてるのかい? それかあと二、三回変身残してて、それやると戦闘力アップするとか」

 

 

 鬼族や魔人族の皮膚組織は重装甲に等しい。平均でそう例えられるのだから、その方向に特化している者ならば、最低でも『要塞』か『砦』とでも例えられるのだろう。個人で攻略できるわけがない。万全に準備した軍隊が必要になるだろう。

 

 その点、要らずの三番を預かる彼はその方面に特化した者ではない。そろそろ中年の後期と言える年代で、書物を読む時にも遠ざけたり近付けたりするようにもなった。

 

 

 

 それでも、鬼であることに変わりはない。むしろ、加齢によって皮膚はより堅牢になっているはずなのだ。

 

 

  ……七番は攻めてきたネシンバラを、開いた鉄扇を盾にして受け止める。

 

 

 

「……アレ扱いは酷いと思うよ。止水くんはあんなんでも一応、ギリギリ人間、のはずだよ。うん」

 

「おいアンタ身内だろ」

 

 

 うるさいな、とメガネは言葉を抑えめに反論した。……彼の中でも、そろそろ止水を純人種族ではなく、新しい新種族かなにかとして認めたほうがいいんじゃないだろうかという思いが少なからずあるらしい。

 

 

 二人が、再び響いた異音に揃って顔と眼をそちらへ向ける。それぞれの身内から『敵を目の前にして〜』と色々注意をされそうだが、それでも、二人はその光景を見る事を選んだ。

 

 予想だにしなかった一撃。思考をわずかに鈍らせたその隙に、空気を唸らせて体を回した止水の後ろ回し蹴りが、巨体の胴へ叩き込まれたのだ。

 おそらく、威力よりも()()()ことを目的としたのだろうその蹴撃に、三メートルを軽く超える巨躯が跳ねる。

 

 

「「うっわ……すっげ」」

 

 

 十メートル。

 

 その距離を短いと取るか長いと取るか、それはお任せしよう。どうせ、その距離も刹那の間に無かったものになるのだから。

 

 ……三番が体勢を立て直す前に、その懐内に止水がいる。しかも、再び右拳打。その構えをすでに終えていた。

 

 

「っ!」

 

 

 鋭い呼吸と、再びの右。構えているわずかの間にだが、結構な血が滲んでいるのが見えた。その痛みを想像し……そして尚、その拳で打とうとしていることにネシンバラたちは顔を顰める。

 

 

 

 

 ――躊躇う事なく放たれた右は、しかし、狙った胴体へ当たる事は無かった。音は生じたが、軽く乾いたものに過ぎない。

 

 

 

「……それなりに、長く生きてまいりましたが。まさか、人間の方に、純粋な体術で飛ばされるとは……!」

 

 

 

 上から降ってくる声は、落ち着いていた。……いや、落ち着こうと努力していた。

 

 ――感情を高ぶらせそのままに行動するなど、そんな野蛮極まりないことをするわけにはいかない。自分は文明人なのだから。だから、理性的に。こと戦闘も、理路整然と。

 

 

 巨大な腕に阻まれた止水の拳が、弾かれる。

 

 

「賞賛致します。しますがゆえに、本気で参ります……!」

 

 

 ――反撃として拳を叩きつけた鬼は……それはそれは、楽しそうに笑っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 一言で言ってしまえば、それは、ただの殴り合いだ。

 

 己の肉体を武器にして、ただひたすらにぶつけ合う……ただそれだけの、単純な応酬だ。

 

 

 

(……こりゃあ、終わるまで待たんといかんかのぅ……)

 

 

 

 ――熱いのぅ、と吐息一つ。次いで、胸の底の方からくるゾクゾクとした感覚に、口角が自然と上げた。

 

 止めなければならない……はずだ。確かそんな立場だった、ような気がする。

 難しいことは面倒だし、配下というか部下みたいな双子老人がなんか必死懸命に説明していた気がしたが忘れた。というよりそもそも覚えていない。いい加減難しいことはキライだということを覚えてほしい。それを失念していたあいつらが悪い。つまりワシは悪くないのだ。

 

 

(やれやれ……童のような笑みを浮かべおってからに)

 

 

 要らずの三番は歯をむき出しにして笑っている。それが、純粋にその殴り合いを心から楽しんでいることからくる笑みであることはすぐにわかった。

 

 

 酒を好み、力勝負を好み……豪快であることを好む鬼である。だからこそ、色々と溜まっていたのだろう。

 

 鬼族や魔人族が相手となるや否や、目の前にいた相手は反転して撤退してしまう。そして指揮者連中は面倒臭そうな顔をして、強力な兵器か切り札的な戦力で一気に決めにくるのだ。

 たまに向かってくる者もいるが、終始弱点である角を狙われるのでまともに楽しめない。

 

 

 だから――一対一で打って打たれるこの状況が、楽しくて仕方が無いのだろう。

 

 

 

「……で? 止めないのですか?」

 

「ん?」

 

 

 呆れて――しかし笑いながら見ていれば、少し後ろに色々と大きな女が降りてきた。色の濃い肌に黒髪から三日月を思わせる左右非対称の牛の様な角が伸びている。眼は伏せられるように閉じているが、こちらを見ているのは確かだ。

 

 両肩と両腰に長い刀を四本。……武蔵の者であれば、日頃から数十本の刀を帯びている止水を見ている所為でどうしても『少ない』という感想を持ってしまうだろうが――それでも、彼女が相当以上の実力者であることは、その身のこなしを見ればわかる。

 

 

 

「やはりさっきの剣戟はお前だったか、北条――の小娘。……何か用か?」

 

「……」

 

「おい眼ぇ伏せても呆れた視線は感じるぞ?」

 

「……いえ、姿形は小さくとも、やはり加齢によるアレコレは避けられないのだな、と。ああ、今の発言は北条家としてではなく、貴女の物忘れ激しい記憶力が忘れてしまった『北条 氏直』個人の発言ですので悪しからず。

 

 ――で、話を戻しますが……アレ、止めないのですか?」

 

 

 コイツキライじゃあ……と、ゲンナリした目で隣に歩いてきた牛女を見上げる。ちょっとした可愛いお茶目だろうに、大人げもなく致死量の毒素を込めた毒舌を返してきやがった。

 

 

 ……北条 氏直。長寿族であり、そして同時に自動人形の身体を持つ、現北条家の当主だ。

 

 極東史においてこれから先のいつか、松平へと合流する幾つかの勢力。北条はその一つだ。その時に少しでも利を得るために、こうして恩を売りに来たのだろう。

 

 

「やれやれ……共の者も護衛も連れずに、一勢力の長がフラフラするのはあまり感心せんぞ?」

 

 

「――……。 で? アレは止めないのですか?」

 

「おい今色々と面倒になったじゃろ?」

 

 

 

 ――赤備えの精兵。それを筆頭に、戦国最強の騎馬軍団を擁した戦国の雄――武田 信玄。

 

 そして、大陸の清の太祖ヌルハチ。さらには元の太祖であるフビライやチンギスの名を襲名した、()()襲名者。

 

 

 

 この場に限らずとも……この極東において、彼女ほどの有名者は早々にいないだろう。

 

 

 

「で――清武田の総長兼生徒会長、源氏直系の長寿族である、源・九郎・義経様。……アレは止めないのですか?」

 

 

 

 やっぱりコイツキライじゃぁ……と義経はため息を一つ、大きく吐き出す。それに続くように、背後に音もなく現れた二つの気配と、音を立てて降りてきた一つの気配。氏直の成果だ。

 

 

 続けて、上空から武神の飛翔音が落ちてくる。見上げれば、犬顔の青い武神が剣を携え、武蔵の書記を空いた掌に乗せていた。戦闘を止めることで武蔵を援護する、という成果をあちらも上げたらしい。

 さらに続けて、義経と氏直の背後。音を立てて降りてきた方に、羽音を立てて武蔵の副会長らが合流した。

 

 

「なんじゃ、全員ここに集まったのか。……まあ、なら先に言うとくがの。いいか、貴様ら。この殴り合い……

 

 

 

 ――決して、止めるでないぞ?」

 

 

 

 ――止めない。

 

 それどころか、止めるな……と。

 

 

 言葉にこそなってないが、義経の声にはそれを遵守させようとする強さがあった。

 

 

 その義経が腕を組んで見つめる先で、鬼は邪魔だとばかりに上着を脱ぎ捨てる。中年の鬼の上裸なんぞ見せるな、と義経の顔が一瞬引き攣ったが――刀が鬼に応じ、緋の着流しと上着、さらには白の内着から袖を抜き、額の鉢金も取っ払って……腰から上の非武装を証明したことで幾分機嫌を戻した。

 

 

 鬼の身体には、幾つかの罅と血が。

 

 刀の身体には、幾つかの痣と血が。

 

 

 凹凸の凄まじい隆々とした肉体が躍動する。止水は特に代謝が良いのか、男ながらに肌の張りやら艶が中々に良い。それが汗と血に濡れて上気している様は、生娘の目には毒だろう。実際少し後ろからゴクリと細い喉が鳴るのが聞こえた。

 

 

 

「――何故、とお聞きしても?」

 

「答えてやる義理はない……と、返せばとーっても楽じゃが、ワシは今、とても気分がいいのでな。特別に、答えてやろうかの」

 

 

 横からくる視線の冷たいこと冷たいこと。義経はそれに対して特に意にも介さず、言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「そりゃあお前――『無粋』じゃろう。ただ、それだけじゃ」

 

 

 一息。顎で指し示す動作で、左腰に備える鎖太刀と、脇差ほどの長さの刀が揺れた。

 

 

「彼奴らを見よ。暑っ苦しいことこの上ないであろう? 周りの状況を確認しようなど、あの脳筋共の頭には欠片もないぞきっと。

 

 ……だがな、あの馬鹿共の顔を見よ。なんともいい笑顔ではないか。――末世が迫り、どの国も顰めっ面でにらみ合っとるというのに、良い笑顔で殴り合っておる」

 

 

 

 大きく振り被る。分厚い胸筋と背筋を駆使して放たれた一拳は、踏ん張って耐える鬼の身体を数十センチ下がらせるほどだ。

 

 お返しとばかりに、鬼の拳が同様に打たれる。その互いの距離と身長差から、真上から隕石のように降ってくるそれを、止水は両腕を交差させ――受け止めた。

 

 

 身体が、沈む。足首まで地面に埋まるほどの衝撃は、遠巻きに見る義経らの足裏にまで届くほどだ。

 

 

 一般人であれば、そのまま鬼籍に。戦闘に従事するものであれば、運良く全身粉砕骨折のうえで引退。特務級でも全治3ヶ月は硬いだろう一撃を真正面から受けて……止めた。

 

 

 

 いつの間にやら観戦に集っていたIZUMOの民衆から、どよめく様な歓声があがる。

 

 

 

 それを聞いたからではないだろうが――ニッ、と……男臭い笑みが、同時に咲いた。

 

 

 

「……あれを貴様、邪魔できるか? 出来ると言って、もしやろうとするなら、ワシぁまあ、止めん。止めんが……『北条氏直はこの程度の女か』と白けるであろうなぁ」

 

「…………っ」

 

 

 伏せられた目が微かに開き、自分より幾分か下にある横顔を睨む。その行動が、何よりも自分が言い負かされた証明になると気付き、直ぐに視線を戻した。

 そんな気配にまた笑みを浮かべ、意識を殴り合いへと集中させる。

 

 

(……まあ、ワシらが止めずとも直に終わるであろうて。……にしても)

 

 

 

「……人間であることを、疑わずにはいられんなぁ……」

 

 

 

 鬼の一撃。

 

 最初は紙一重で回避してカウンター狙っていたのに、次第に受けて捌くようになった。――今しがたに至っては、完全に『受け止めて』しまった。この三段階の変化に、果たしてどれだけの者たちが疑問を持ち、どれだけの者がその異常性に気づくだろうか。

 

 

 『命をかけた一戦は、千夜の鍛錬に等しい』という。言葉も知っているし経験もあるが……一戦の中で、技量ではなく『力と耐久力』がこうも劇的に上がるものだろうか。

 

 

(相手の力量を確認して力の率を……変えるような一族ではないしのぉ)

 

 

 

 前を見つつ、後ろの気配を探る。

 

 メガネと一番がなにやら『いけ! そこだ!』とか『ねじり込め!』など野次を飛ばしており、もう少し探れば、固唾を飲んで見守っている金翼の魔女と武蔵の副会長がいる。

 どこかでスイッチが入ってステゴロ最強決定戦みたいになっているが、最初は彼女たちを鬼の流体砲から守るべくゼロ距離戦を挑んでいたはずだ。出し惜しみをするとは思えない。

 

 

 

 

 疑問を抱く義経の視線の先で、鬼と刀が、絶え間ない拳の打ち合いを始める。

 

 防御を捨て、ただ殴る。殴られた数よりも多く、ただ殴る。

 

 

 

 堪らず上がる雄叫びのような歓声の中で、十秒二十秒と打ち合いに興じる二人は本当に良い笑顔で――

 

 

 

「……ぬ、ぅ!?」

 

 

 

 ――ほんの刹那、鬼の巨躯が脱力した。

 

 刹那と言えど生じたその隙に、守り刀がこの打ち合いが始まってから最も早く、最も強い踏み込みを叩きつけ――街が、揺れた。

 

 

 

「――お見事、です……っ」

 

「……ああ、楽しかった。また、やろうぜ」

 

 

 

 決着の一撃は、一切の音を立てず静かに、鬼の身体の中心へ吸い込まれた。当てる、よりも触れるという接触の後……背から目に見える程の衝撃が突き抜け、その拳撃の威力を物語る。

 

 ――ゆっくりと空を仰ぐように沈んでいく鬼を見送り、残心。

 

 

 

 鈍い音を立てて倒れた――その直後。

 

 

 歓声が爆発した。

 

 

 

***

 

 

 

「…………」

 

 

 右を見る。

 

 正座した鬼がいる。

 

 

 ――「アンタさ、覚えてる? アタシらが忍んでこっそりここまで来てさ、武蔵の重職狙った理由」

 ――「そ、それはもちろんでございます……!」

 ――「へぇ? 覚えてるのにあんなド派手な殴り合いやって、しかも友情爆発させて実名明かしちゃったわけだぁ? ふーん?」

 ――「あ、あれはそのぅ、名乗らずにはいられなかったと言いますか、えぇっと……」

 

 

 鬼改めて、三好 晴海。

 意識を取り戻すと真っ先に殴り合った止水に対し、名乗らずの非礼を詫び、そして、要らずの三番を改めた。

 

 そこからもういいか、と、ほかの要らずの三名が順次名乗りあげる。

 

 

 要らずの一番、猿飛佐助。

 

 要らずの二番、霧隠才蔵。

 

 要らずの七番、海野六郎。

 

 

(……たしか、真田十勇士、だったか)

 

 

 戦国の世で有名な忍者と言えば、と問われれば上位にくるだろうその名が二つもある時点で、所属はすでに割れているようなものだ。北条の北にある真田という小国。真田教導院に所属する、十名の腕利き。

 

 その真田教導院は……清武田の麾下勢力だ。

 

 

 

 

 一旦目を閉じて、頭の中で情報を整理し、続けて左を見る。

 

 正座した、上半身裸の男がいた。……あまり、直視しないようにする。

 

 

 

 ――「……あれ? なんか流れで正座させられたけどさ、俺、今回反省すること特にないんじゃ……?」

 ――「女の子に心配させた罰だよしーちゃん。別に、ステゴロやる必要なかったよね?」

 ――「女にゃ男の浪漫がわからないんだよ。僕としては、いい資料ありがとうって位なんだけど」

 ――「……つい、熱くなりました。ごめんなさい」

 ――「止水君! 君がそこで謝っちゃうと援護したボクの立場がやばい!」

 ――「とりあえず止水、その、服着てくれ。さすがに……なんだ、直視、しずらい」

 ――「いや、君ら葵君(全裸)とかペルソナ君(上半身裸)で見慣れてるはずでしょ……」

 

 

(差が凄まじいにも程があるだろう……)

 

 

 武神の高画像で鮮明に見た先ほどの殴り合い――その勝者と、今視線の先で金翼金髪の魔女に頭を素直に下げているちょっと情け無い感じの男が同一人物なのだ。軽く多重人格か、入れ替わっただろうと思えるほどの変わりようである。

 

 だが……。

 

 

(あれが、武蔵の刀……か)

 

 

 極東の代表である武蔵。その武蔵の名を頂く、(戦力)。……できれば刀を使うところを見たかったが、それでも十分戦闘力を測ることはできた。

 

 

 

「……あの。お年頃で、興味があるのは致し方ないと思いますが……さすがにガン見は如何なものかと」

 

「……。は、はぁ!? き、貴様、訂正しろ北条 氏直! 私がいつガン見などした!?」

 

「いや今してたじゃろ。品定めするように、舐め回すようにジロジロと……いかんぞ? それじゃあ男共の心を擽れんぞー? いいか? チラ見じゃ。そらした時に顔を赤くすると良いのぅ。で赤くしたままチラチラと……」

 

「覗き……いや、視姦ですねそれはすでに。いいですか里見の。北条と里見は色々と敵対してはいますが、これは個人的な親切です。これは悪い例です。決してこれの真似などしないように。でもガン見もダメですよ?」

 

「――なあ。お前わしのこと嫌いじゃろ? 素直に言ってよいぞ? わし寛大じゃから、軽く拳骨一発で済ますぞ?」

 

「いえいえ、嫌いなどと……好き嫌いの前に正直、どうでもいいですから」

 

 

 ……なにやら嫌な感じで空気が冷えてきた。続けて二人が各々の得物に手を伸ばす気配を感じて、巻き添えは御免だとばかりにそそくさと武蔵勢の方へと避難する。

 

 

「里見教導院、生徒会長の里見 義康だ。……総長である《家臣殺し》里見 義頼に先んじて、挨拶をさせてもらおう。強国に囲まれて些か落ち着かないが……我々の今後について、話がしたい」

 

 

 

 最後の一人、里見 義康が名乗り上げ、場に少しの緊張にも似た()()()が出てくる。

 

 IZUMOの空の下に集った五つの国は、それぞれの思惑を懐にして。

 

 

 

 

「ん? 里見……?」

 

 

 ――小さい疑問の声は小さいまま、誰に聞かれることもなく消えていった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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