境界線上の守り刀   作:陽紅

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友人から「止水とか守り刀のテーマ曲っぽいの教えてくれてもいいのよ?」(一語一句違いナシ)と言われたました。

……需要ってありますでしょうか……?


二章 刀、迎える 【弐】

 

 ――きっと自分は今、混乱しているのだろう。そう客観的に、自分の状況を診断する。

 

 赤黒く、さらには硬質な皮膚のおかげで表情や顔色には出ていないから、相手に動揺やらを見抜かれる心配はないだろう……だがそれでも間違いなく、彼――要らずの三番を名乗る男は、静かに、しかし盛大に、混乱していた。

 

 

 

(説教砲って、斬れるものなのでありますか……?)

 

 

 

 眼だけを動かして己の腕……そこに彫られた文字と図形の刺青をちらりと見る。

 説教砲とは、腕を捻ることで刺青が配列・形成される模様、それを術式陣にして放たれる流体砲弾だ。威力も高く弾速も速く、さらには連射もできるという、中々に結構な代物だ。

 

 これに対処するには、大きく動いて回避をするか、頑丈な遮蔽物に隠れて防御するかの二択、だったのだが……。

 

 

 

「……なあ正純。腕組んで堂々と構えてるところ悪いんだけど……今からでも店の中に戻ったほうがいいんじゃないか? 危ないぞ?」

 

「……いや、その……ほら、さっきの攻撃だと店の中でも外でもそんなに変わらないだろ? だったら、その、皆の目につく場所にいたほうがいいんじゃないか、と?」

 

 

 

 ……刀で斬り、裂いて払う。

 

 

 字にすれば簡単だ。言葉にしてみても、そしてそれを聞いても、簡単に思えるだろう。

 

 だが正純の言う通り、家屋の一つくらいなら簡単に破壊できる威力を持っているのである。それに対して、わずかにも躊躇いを見せることなく真正面から斬りかかるなど、よほどの大物かよほどの馬鹿だ。

 

 

「それもそうだけど……まあいいや、とりあえず……」

 

 

 斬り裂いた男が、斬り裂いた刀を構える。

 

 呼応するように、二代に迫っていた要らずの一番二番が。そしてネシンバラを追ってきた三番の鬼族と七番の女がそれぞれ武器などを構えた。数の上では同数で、武蔵側には正純という非戦闘系の要護衛者が一人いるが、形勢は覆ったと見ていい。

 

 

「とり、あえず……」

 

 

 

 

 

 ――間。

 

 

 

 

「……なあ、とりあえずさ。これ……どうなってるんだ? なんでお前ら襲われてるんだよ」

 

 

 

 ――よほどの馬鹿(後者)の可能性が非常に高そうだ。今も緊張感という言葉すら知らないような表情で首を傾げながら「なんで?」と味方に聞いている。

 

 

 

「拙者はホライゾン様の護衛の後、自由時間を甘味巡りで有意義に過ごしておったのでござるが……締めの一店と心に決めていたシュークリーム屋……確か店名は『しゅー道』でござったかな。そこで一悶着あったのでござる」

 

 

 実はその店名を漢字で書くと武蔵の黒髪翼的な意味で非常に大変なことになるのだが、止水が気付くわけもない。精々が「変な店名だな」程度の認識だろう。正純も正純で、甘味巡りという単語に反応していた。

 ……気付いて耳を赤くしながら俯くマルゴットと、嫌そうに顔を顰めるネシンバラがこの場の穢れ組だ。

 

 ……どんな一悶着があったのか、と止水たちが問う前に、二代が続けた。――髪を結う髪飾り……その角状装飾を立ち上げながら。

 

 

 

「そこで……あの白い女が……っ! あの女が拙者の眼の前で根こそぎ商品を買い漁っていったのでござる……!」

 

 

 ――再びの、間。

 

 

「…………。え、っと、それだけ?」

 

「Jud.!! それで拙者、結構プリプリしておったのでござるが、なんと都合良く向こうから奇襲してきてくれたので、これ幸いと正当防衛に託けた過剰防衛を一つぶちかまそうかと!」

 

 

 ……過剰防衛、という言葉はさすがに知っている。よく智が体ネタや穢れネタでイジられた時に行う、反撃のズドンの大半がそれだ。加害者以外のその他大勢にも被害が行くのだから十分過剰だろう。振り向けばそこにズドンがあった時は、流石に止水も悲鳴を上げた。

 

 そして、正当防衛も当然知っている――だが、『意図的に行った過剰防衛』が果たして法的に無罪なのかどうかは止水にはさっぱりわからなかった。そもそも理由がしょうもなさすぎる。そして、そのしょうもない理由の反撃に用いられるのが準神格武装の蜻蛉切だ。付喪神を奉じる止水はかの槍の人工知能に同情を禁じ得ず、内心で合掌を送っておいた。

 

 

 

「……で、ネシンバラ。お前は?」

 

「僕は別に、特にコレといってないよ。……歩きながら本を読んでたら、あそこの鬼族がいきなり殴りかかってきてね。『この不埒者がぁ!』って――」

 

「特にない!? 特にないですと!? 何を白々しい! 天下の往来であのような『不埒な本』を堂々と読み漁っておきながらなにをほざきやがりますか!」

 

「人が街中でエロ本読んでたみたいに言わないでくれないかな!? 誤解を招くじゃ……うっわ女性陣の視線が冷たいよこれ!」

 

 

眼 鏡『……言ってくれれば写真撮って送るのに』

 

 

 いきなり表示枠が現れ、ネシンバラが一瞥すらせずにそれを手刀で叩き割る。

 

 

「ほ、ほらこれ! 現代版『源氏物語・覚醒編』! 今時の草子だよ! ちょっと中二要素多目だけど……今時普通のやつだから!」

 

「なあネシンバラ? いま通神板……」

 

「知らないよ! 断じて! だ ん じ て っ ! 僕は知らないからね!」

 

 

 

 どうやら無意識の領域にまでは至っていないらしい。だが、この短期間で無見で手刀をど真ん中に叩き込めるようになっているので、無意識・無拍子の域までそう遠くないだろう。

 

 そんなネシンバラの、手の届かないギリギリのところに表示枠が再出した。

 

 

 

眼 鏡『……ところで、いま君が言ってたやつだけど――『我が右腕がすさみたる、いとこわき』とか、まさか、この間の自分に重ねてたりしないよね?』

 

「――う、うるさいな! ああそうだよ『このセリフがあったか!』ってちょっと思ったよ! だいたいどうして君はそんな簡単にコッチに混神できるんだよ!?」

 

眼 鏡『武蔵の会計にお金握らせて場の用意してもらって、浅間神社の……なんて言ったかな、あの胸の大きい人。その人のリクエスト小説を書くって言ったら、二つ返事で許可くれてね。特別措置で通してもらったんだ』

 

「ち、ちくしょうあの外道共! 身内を売りやがった!」

 

 

 

 頭を抱えて悶えるネシンバラ。遠目から見ると、彼が一人だけ高ぶっているようにしか見えないので少々痛い子だった。

 

 

 ……そんな書記の苦悩をどうでもいいと流して、正純は発端となった止水の言葉に、内心で同意する。

 

 

(『なんで』……確かに、そうだ)

 

 

 

 この四人が攻めてきた理由……これが、皆目見当がつかなかった。

 血の気の多い連中が喧嘩をおっ始めたにしては組織立っているし、そもそも、英国と会談をしている正純たちと合流()()()ように追い立てていたことの理由にならない。

 

 それに、幼馴染である二代は東国無双の娘として、止水は武蔵最強として、それぞれ相応の戦力であると世界的に示しているはずだ。……そこに特務級がさらに二人もいるというのに、相手方は交戦の姿勢を崩さない。

 

 

 

 

「……ガッちゃんが描いたのも持ってるのに、アサマチコレクションがまた増えるのかなぁ……ん? どしたのセージュン?」

 

「いや……」

私たち(武蔵)とー戦う理由がある……? じゃあ、なぜ所属の教導院を隠す必要があるんだ?)

 

 

 二人は清武田、二人は極東の衣装をそれぞれ纏っているので、装いから断定はできない。四人に共通するのは『要らず』の呼び名――まるで捨て石のような名だ。特務級と渡り合える連中が名乗るには些か似合わないだろう。

 

 自分たちの正体を明かさない。その上、奇襲から始めた戦闘を、仕切り直すように真正面から相対しようとしている。

 

 

(……あれ、本当になんでだ?)

 

 

 わからない。相手の目的が、全くと言っていいほどに。

 

 そもそもが、英国との非公式会談の最中の襲撃だ。武蔵から離れている今、タイミングが悪かったとしか――。

 

 

 

 

 

   「――ああ、そうだlady。その問いだよ、私が欲しかった問いかけは」

 

 

 

 

 

 ……思い出すまでもない、ごくごく最近の、そのセリフ。

 

 

 

 

   「これで、ようやく『本当のコンセンサス(意見の一致)』を確認できる」

 

 

 

 

 そして、止水が動き……同時に、濃くなった笑みをジョンソンが浮かべたのだ。

 

 

 

 

   「――Tes. 答えよう。だが……言葉よりも、分かりやすい形で来たようだ」

 

 

 

 

 問が、ようやく見つかった。しかし、正純が答えを求め出す……その前に。

 

 

 四人の要らずが突貫し、迎え討たんと三人が駆け出そうとして。

 

 

 

 

『し、すい、くんっ! あの、たいへ、なの!』

 

 

 

 ――突然開いた表示枠から聞こえた、焦りの強い鈴の声。呼ばれた止水は、それに急制動を掛けて振り返り……

 

 

 

「鈴っ? どうしダッ!?」

「ふみう!?」

 

 

 

 ……その止水の真後ろを追走していた二代の、高速の頭突きを顎に食らった。

 

 

 

 

「「えぇー……」」

 

 

 響く音は、大変痛そうな濁りのある音。

 

 そして、味方と合流したはずなのに、なぜか二対一から四対一へと状況が最悪方向にシフトしてしまったことに絶望している未熟者の、呆然としている振り返り気味の突撃が見えた。

 

 

 

『たいへ……? あ、れ?』

 

 

 

 ……幸いなことに、頭頂部を抑えてゴロゴロのたうち回る副長と、顎を抑えてプルプル震えて蹲る守り刀を、武蔵の至宝が感知することはなかったようだ。

 

 

 

―*―

 

 

 

 ――どうしよう。

 

 

 何事かが起こり……もしくは、何事かが起ころうとしているとき。人はそれに対処すべく、まず、そう思考するだろう。

 

 

 どうするべきなのか、何をするべきなのか。

 

 時間があるなら、深く思考して最適解を出してから行動すればいい。いくつか保険を用意して、万が一に備えてもいいだろう。

 

 

 ……だが、今回は残念なことに、その時間がなかった。――正確には、時間があるのかどうかが、()()にはわからなかったのだ。

 

 

 

 

 自分の世界の、一番外側。

 

 最初はぼんやりと、しかし次第にはっきりと。

 

 南から来て、北からも来た。東西は続くように同時に来て、四方を皮切りにするかのように、方位と順番を無視して続々と。

 

 

 

 

 それを……武蔵野の艦橋で聞いた鈴が――体を大きく、ブルリと震わせた。

 

 

 

 英国での実績が認められ――(当人は自分がなにをやったのかいまいち理解していない)、一般生徒でありながら艦長代理なる凄そうな役目――(実際かなり凄いのだがいまいち理解していない)を担うことになった。

 なにかお手伝いできるなら、と二つ返事で引き受けて、ほぼサイズの違いしかない精密な武蔵のホログラムから『ほぼ』を消す作業を、放課後と家業の銭湯の手伝いの合間に(お手伝いのレベルではないことを以下略)やっていたときに、それらは来た。

 

 

 

 ……二桁ではもう間に合わない数の大小様々な航空艦。航行音は商人の用いる輸送艦ではなく、三河や英国で聞いた戦いを目的とした戦艦のそれ。

 緊張で角が立っている声が幾つも幾つも。硬い靴底が、走りまわる音が幾つも幾つも。それは、つい先日聞いた覚えがある音たちだ。

 

 

 いきなり、自分が誰かもわからない大勢に囲まれているような気がして、そして、その大勢がどんどん自分に近づいてくるような気がして――その恐怖に、鈴は震えた。

 

 

 震えたが……()()()

 

 

(だめ……()()……だめ……!)

 

 

 ……今の武蔵を例えるならば、傷を癒している最中の『籠の鳥』だ。IZUMO()の中で、その傷は殆ど治っているが、まだ大空を翔けるには少し不安が残る。仮にそんな状態で飛び立ったとして、完全に包囲されている現状を突破するのは困難を極めるだろう。

 

 

 

 包囲を詰めていく艦群は害ある者か否か。それがわからない。しかし、聞こえてくる声からしてとてもではないが友好的なものとは思えない。

 

 

 ……なにより。

 

 

 今、これに気付いているのが自分だけなのだという事実が、鈴の心を強く支えた。

 

 

(知らせ、ない、とっ)

 

 

 ……思考は刹那。逡巡は、なかった。

 

 意識せずともできる。表示枠を開いて……大切な人たちの名前が並ぶ中で一番上にずっとある、その名前を手指で叩くだけ。それだけで言葉は届くようになる。

 

 

 ――『頼りすぎだ』と、自戒するように苦笑したのは、正純だっただろうか。

 

 

 『多分一番かけるでしょ?』と、喜美が設定してくれたその並び順を前にして、この事態に真っ先にその顔を思い浮かべてしまい、それに一切の躊躇いがなかったことを自覚して――なお、鈴は躊躇わなかった。

 

 

 

 時間があるのかないのか、鈴にはわからない。この状況が政治なのか戦争なのかもわからない。……だから、鈴は自分の中で最善だと思う行動をとる。

 

 

 ――もし、戦いが始まったら……始まってしまったなら、彼は真っ先に最前線へ行く。皆を守るために。……それはきっと、鈴には、誰にだって止められないだろう。

 

 だが、戦いが始まる()ならば――。

 

 

 

 通神が開いた。言葉は、通る。

 

 

 

 

「し、すい、くんっ! あの、たいへ、なの!」

 

 

 

 

『鈴っ? どうしダッ!?』

『ふみう!?』

 

 

 

 ――ゴッというか、ガッというか。そんな感じの異音が、向こうから聞こえた。

 

 

 

「たいへ……? あ、れ?」

 

(ふみう、って、なんだろ……?)

 

 

 

***

 

 

 

「IZUMOが囲まれている……?」

 

『Jud. まだ距離がありますが、鈴様のおっしゃるとおり全方位から各国の航空艦隊が接近中です。――以上。』

 

 

 激突自滅した武蔵切っての二大戦力を尻目に、正純は鈴が開いた表示枠に並ぶように現れた簡易地図を見る。中央にあるIZUMOを中心に、歪ながら円を作る赤い点。その円は徐々に、しかし確実に狭まっていた。もうじきここからでも視認できるだろう。

 

 

「百……ううん、二百は軽く超えてるよね、これ。国章見る感じ六護式仏蘭西と、M.H.R.R.かな?」

 

「ああ……だが、現状敵対しているはずの二国がどうして――……って、言うまでもなく、 武蔵(私達)、だよな」

 

 

 狙いか原因かはさて置いて、この状況で武蔵が無関係であるわけがなかった。

 

 ……情報が揃い始め、正純は思考を深める。

 

 

 

「痛ぅ……父上の拳骨なみに痛かったでござる。……流石でござるな止水殿……!」

 

「ちょっほまっへ、あこがはふれた。ングッ、ふう……アデーレの頭の方が硬かったな」

 

 

 涙目で頭頂部を猛烈に擦りつつ二代と、外れた顎を事も無げにゴキゴキ直しつつ止水が、揃って復活する。そして、マルゴットたちが見ている表示枠を覗き込んで、小さく唸った。

 

 

「なるほど……こりゃあ大変だな。アルマダの時もこんな感じだったのか? ……あれ? でもさ、なんで今なんだ? 武蔵が狙いなら、十分時間は……それこそ二週間もあったのに」

 

「んー……そう言われればそうだね。武蔵の改修が終わる直前よりも、始まる前か途中のほうが攻めやすいはずなのに……今ならちょいきついけど、航行できないわけじゃないもんね」

 

「相手方の思惑でござるか……して、どうするでござるか正純。……今ならば、拙者と止水殿で突破口くらいなら開けるでござる。包囲陣形が密集する前に空域を離脱できれば、最悪は回避できるでござろう」

 

 

 

 二人のオバカだが、どうしてか今に限ってその思考がなかなかに冴えていた。

 あまりに不自然なので『まさか激突の衝撃が良い刺激になったんじゃ……』と割と失礼な事を、割と本気で考えるマルゴットをよそに――正純は深く思考を、加速させる。

 

 

 二代と止水、どちらも近接系だ。しかしそれなりと、それなりどころではない対艦の術を二人とも持っている。多少の被弾を覚悟すれば、二代の言うように離脱は十分に可能だろう。

 

 だが――。

 

 

「――ちょっとそこの脳筋二人っ! 君らがそっち……頭使う系の事やっても意味ないんだかうっわ掠った!? ま、まずこっち! 自分の分担思い出して!!」

 

「「……あ、いっけね。忘れてた」でござる」

 

 

 

 別の意味で頭使ってたけどな、という正純の呟きは小さい。だが確かに、ほんの数十秒だが四人を相手に時間を稼ぎ切ったネシンバラは、十分文句を言える立場にいる。

 

 

 槍と刀は互いに向き合い、次いで、正純に視線を向ける。

 

 要らずの四人を相手にすればよかった先程までとは違い、状況はかなり複雑化している。もし何かあった場合、そしてそれに対処しなければならない場合、正純の元に少しでも多く手札を残しておくべきだろう。

 

 

 だから、どちらが行くべきか――その選択を正純に委ねた。数秒、眼を閉じて没頭していた正純が、動き出す。

 

 

 

 

「止水、二代。……二人とも行ってくれ。大丈夫……多分だが、おそらく包囲してくる艦隊が()()()()攻撃してくることはない。この()()の結果が、今は何よりも重いはずだ」

 

 

 

 真っ直ぐな眼と力強い言葉は――

 

 彼女が、なにかしらの確信を得たのだろう――そう思わせるには、十分すぎるものだった。

 

 

 

「「……Jud.!!」」

 

 

 

 故に、二人は一切迷うことなく突貫する。

 

 青白い術式光と、純粋な体術による爆発的な加速は、瞬きの間に二人を戦場へと運んだ。

 

 

 

「……いいの? しーちゃんは残ってもらったほうがよかったんじゃない?」

 

「問題はないはずだ。……あまりにも『タイミングが合いすぎていた』から混乱したが……各国の航空艦隊とあの四人の襲撃は、多分別件だ」

 

 

 言い切る。

 

 四対一から四対三へ、一気に形勢を不利から五分以上のものに覆した二人と、その戦況の激変に即座に対応して見せた一人に感心しつつ、正純は続けた。

 

 

 

「まず、航空艦隊だが……二週間、正確には武蔵が『航行可能なレベルにまで改修されるまで』待っていたんだろうな」

 

M.H.R.R(神聖ローマ帝国)が武蔵に領土内を航行するな、って言ってたのはさっきわかったけど……航行できるようになったから見張りにきたってこと?」

 

「Jud. 公的には『不確定・不安定要素の塊である武蔵に来られると、現在進行させている歴史再現に不備が生じるかもしれない』……ってところだろう。歴史再現を持ち出せば聖連は否を唱えないし、文句も言わない。

 

 ――国境ギリギリの、IZUMO近隣にまであんな大航空艦隊を配備しても、な」

 

 

 遠くの空から、艦隊だろう多数の航空艦の航行音が、幾重にも重なって聞こえてくる。全方位隙間なく展開しているためだろう、腹の底に響く重低音に、正純はわずかな不安を得た。

 情報を得ている正純でこれなのだから、一切の事情を知らないIZUMOの住民の不安はさらに大きいだろう。最初のほうで要らずの四人との戦闘を囃し立てるように見ていた野次馬たちが、激化した戦闘そっちのけで、周囲をキョロキョロと不安気に見ている。

 

 

俺  『おいおいなんかすげえことになってね!? 浅間の部屋の屋根裏から出てみたら365度どこ見ても戦艦いるじゃんかよ!』

 

副会長『ああ、それなら差分の5度で切り抜けられるから、ちょっと黙ってろ』

 

俺  『切り返し早ぇよ! もっと優しくして……っ』

 

あさま『っていうかなにさらっと人の家の……? あれ、ちょ、ちょっと待ってください、私の部屋ですか!? 私の部屋の屋根裏部屋!?』

 

俺  『大工の棟梁に人妻〇〇系十本で秘密の出入り口と昇降機つけてもらいました! ありがとう人妻〇〇系! 安心しろよ? 押入れの中にあった鍵付きの箱にはまだ手ぇ出してねぇから! 四桁の番号がわかんねぇんだYO!」

 

 

 不安ばかりを持っていてもだめだが、一切感じていないのもそれはそれでだめなんだなぁ……という事を正純は学んだ。武蔵のほうから聞こえてくる連続系ズドンは気にしない方向でいいだろう。

 

 ええっと、と呟き、コホンと咳払いを、マルゴットが挟む。

 

 

「話、戻すよん? M.H.R.Rはわかったけど、じゃあ六護式仏蘭西は何の用件で来たの? あっちは武蔵航行禁止、ってわけでもないんだよね?」

 

「Jud. 一言でいえば……『前例の踏襲』だ。聖連加盟の大国として、六護式仏蘭西は相応の義理を果たす必要がある。以前英国や三征西班牙が行ったように自国に入ろうとする武蔵を迎撃することで、聖連ヘの忠誠でも示すつもりなんだろう。

 ……武蔵は現状、どう言い繕っても、反聖連の筆頭だから、な」

 

 

 

 どう言い繕っても、ホライゾンを三河で奪還し……各国から大量破壊兵器である大罪武装を集めている時点で反聖連。

 

 どう言い繕っても……『末世の保険』と言われた守り刀、止水の身柄を渡さないと宣言している時点で、反聖連。

 

 

 逃げるつもりなど欠片もない。投げ出したり、押し付けたりする気も毛頭に。だが、対する相手の大きさゆえに、体は否が応でも緊張を得た。

 

 

「……あんまり一人で、何でもかんでも背負っちゃだめだよ? セージュン」

 

 

 わずかな間、押し黙った正純に、護衛として前に立つマルゴットが振り返ってウインクを一つ贈る。

 

 

「だって……それ、ナイちゃんたちも背負いたいのだからね? ……勝手に独り占めしたら、皆に怒られるかもよ?」

 

 

 向けられたのは、悪戯っ子が悪戯に成功した時に浮かべるような、年齢の低い笑み。

 ……マルゴットは言うまでもなく、平均を大きく超えているレベルの美少女である。その仕草はとても様になっており、同性である正純にさえも綺麗だと思わせるには十分なほどに。

 

 気恥ずかしさを感じて顔ごと逸らした視線の先で、狙ったように表示枠が開いた。

 

 

⚫︎ 画『あ、気をつけなさい正純。マルゴットって、男相手には超絶初心娘だけど……女相手だと無自覚に口説いてくるから。黒髪貧乳が大好物よ多分』

 

「……黒髪貧乳って、性別無視したら極東の男が大半黒髪貧乳じゃないか?」

 

「ナイちゃん性別無視ったらいけないと思うな! っていうかガッちゃん酷い! ナイちゃんのことそういう風に見てたの!?」

 

⚫︎ 画『結構周知よ? 漫研の後輩女子とか運送系バイトの後輩とか。多分私がいなかったら、マルゴット貴方襲われてたかもね。……女の子に――

 

 ……おっとキタわネタの神様』

 

 

 表示枠が消える……真黒髪翼先生は執筆作業に集中し出したようだ。

 

 流石に危機感無さ過ぎないか? と結構真面目に不安になる正純だが、説明が途中だったことを思い出して続ける。

 

 

 目前の戦況は……武蔵の優勢だ。二代が一番と二番の相手を務め、止水とネシンバラが擬似的なタッグを組んで三番と七番を相当に追い込んでいる。

 

 

「英国が情報をいち早く知り……かつ、わざわざ人員まで割いてその情報をここまで届けに来た理由だが……」

 

 

 

 息を溜める。

 

 

 ――もし、この推測が事実であるとするならば――来るはずだ。

 

 

 

「英国は、聖連加盟の大国だ。前もって情報を得ることは、公式非公式を問わず簡単だったはずだ。その上で……現在武蔵英国間はある種の同盟関係にあると言っていい……。

 

 だから、いの一番に来て存在強調したかったんだろう? ……英国女王の考えそうなことだ」

 

 

 

 

 視線の先――七つの影が踊る戦場で、二つの影が飛び込んでくるように参戦する。

 

 

 そして遠く、国境線に展開する艦群の中、国境を超えてやってくる無数の戦艦が、堂々と商業船であることを示す信号を発しながら近付いて来る。

 

 

 

「援軍、と言っていいだろうな。極東史の通りなら、いずれ武蔵……松平に与する国々だ。それも、聖連に所属しながら、堂々と反し対する意思を掲げる国達だ」

 

 

 

 

 

 ――「そういうことじゃ。まあ、他の連中と違って『わしはついでに援軍にきてやった』じゃがな。カカッ」

 

 

 

 正純達の、()

 

 まるで、ずっとそこにいたような気軽さで現れた()()()が、小さな段差を飛び越えるような軽さで、戦場へ跳んでいった。

 

 




読了ありがとうございました!

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