境界線上の守り刀   作:陽紅

141 / 178
1.この辺りから一気に登場人物が増える。

2.しかもアニメ版も二巻までだから、原作を読まれてない方にもわかりやすく。

3.\(^o^)/





二章 刀、迎える 【壱】

 ――数日前、英国――

 

 

 

「集まったな、諸兄ら。では……

 

 私はこれから、ちょっとIZUMOに行ってくるのでな。留守を頼むぞ?」

 

 

「――そのアホを取り押さえろぉ!!」

 

「「「Tes.!!」」」

 

 

「な、何をする貴様らー!?」

 

「……選択肢は二番目かな? 『ねんがんの『アイスソ……『エクスカリバー』を、てにいれたぞ』」

 

「手に入れるもなにも元々女王陛下が所有者で……あ、なにかのネタですか?」

 

 

 

 ――英国はオクスフォード教導院。その会議場にて、本日一番の大捕物があったそうな。……殺人事件や窃盗事件ではないので安心してもらいたい。

 

 議場に集まった女王の盾符(トランプ)の面々を前に、色々と手順やら何やらを踏み潰して蹂躙したのが、なにを隠そう捕縛された妖精女王エリザベスである。なお、捕縛の号令を出したのはオマリで、ボソリとネタ(ころしてでもうばいとる)を呟いたのは絶賛どこかへハッキング中のシェイクスピアである。

 

 

 

「ハットン! 鎖もってこい鎖! 対精霊異族捕縛の術式ありったけつぎ込んだやつだ! セシルは後ろから抑えろ! 光翼出させるな!」

 

「りょーかーい、Death☆」「てすー」

 

「そそそ、それはさすがにふふふ、不敬がすすすすぎるわグレイス・オマリ!」

 

「このアホの腰見ろ! 王賜剣・二型持っていくつもりだぞコイツ!」

 

「護身用だ! か弱い女が丸腰で他国に――……おい貴様ら、なんだその目は?」

 

 

 

 ――か弱い……まあ、外見だけなら……。

 ――どこがだよ。外見から唯我独尊と傍若無人がにじみ出てるじゃねえか。

 ――……No comment.

 ――丸腰でもボクらを蹴散らせるよねー。今のうち国璽に逃げとこっと。

 

 ――あああ貴方たち! いいいいいくらほほほ本当のことでも言って良いことと悪いことが……!

 ――だっどりーもいっちゃってるのー。

 

 ――Hey. ハワード? 今期の外壁修繕費だが……たしか、もう尽きたと言っていなかったかね?

 ――あきらめましょう。これから夏で熱くなりますから、ええ、風通しが良くなったと思えば……!

 

 

 

 ……大捕物の幕引きは、英国全土に響く爆音と――もはや名物と化した金色の光の翼であったそうな。

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

「……という事があったのだよmate. どう思うかね?」

 

「むしろどう思えばいいんだ? 私にそんな内情を愚痴られても同意しようもないだ……まさか、来てないよな? エリザベス」

 

「安心したまえ。……盾符の数人が、命やその他諸々を懸けて押し留めてくれている」

 

 

 そう、言葉を吐き出した詩人アスリート、ベン・ジョンソンがテーブルに肘を付き、組んだ手に額を押し付けて項垂れている。悲壮感漂うその姿に、正純は英国で色々と手を焼かされたうちの一人の面影を見出すことができなかった。

 

 ……所々に絆創膏がベタベタと貼られているのが、またなんとも物悲しい。包帯を巻くレベルではないが、衛生的にも治療しなければならない。英国の重鎮と言っていい幹部であるジョンソンだけに、物悲しさはさらに上がる。

 

 

「……私が教師のバイトしている初等部の、ヤンチャな生徒がそんな感じだな。いつもどこか擦りむいてるんだ。喧嘩とかじゃ無いから、注意しづらいんだよなぁ」

 

「You. 私はこんなことで童心に返りたくないのだが……」

 

 

 ――ジョンソンが手を抜いて、テーブルに額を直に付けた。現在押しとどめているメンバーは今現在苦労しているが、ジョンソンはエリザベスを『差し置いて』IZUMOに来ているのだ。

 

 ……戻った時のことを、考えたくないのに想像してしまう。頬を膨らませた上の冷たい目で睨んでくるなら最高だ。感謝の詩を声高に歌えるだろう。流石に本土防衛の要である王賜剣は……用いられないと思いたいし祈りたい。

 

 

 

「あはは……どうしてどこの教導院もトップが問題なんだろうねぇ。武蔵は聖連の圧力でソーチョーがなってるけど……なんか、そーいう決まりでもあるのかな、って流石にナイちゃんもちょおっと、勘ぐっちゃうよ?」

 

 

 そんなジョンソンを見て、眉を八の字にして苦笑しているのはマルゴットだ。彼女は先ほどまで箒の穂を上にして肩に置いて、貸し切った店の出口に誰よりも近い場所を陣取っていた――のだが、今は正純の隣に座って出された茶をノホホンと啜っている。

 

 

 ネシンバラ経由で正純に伝えられた……英国勢の会談要請。副会長の護衛として同道したマルゴットだが、その役目を担う理由がもう無くなっていた。

 

 ――ジョンソンと、今現在厨房で怪しげな調理を行っているウオルシンガム。この二人に敵意などが微塵にもないことも理由の一つだが、それだけではマルゴットが箒すら手放し、足をぶらぶらさせて我が家級にリラックスしている理由には、少し弱い。

 

 

 

 では、その十分たる理由はなにか。

 

 ――簡単な話、『マルゴットが護衛をしなくても良くなった』のだ。『する意味が無くなった』と、言い換えることもできる。

 

 

 

「ほい、お待ちどうっと。一応ジョンソンの分も作っといたから、まあ適当に食っとけ」

 

 

 

 その声の主は調理場に続く通路から、わずかにかがむ様にして敷居を跨いでやってきた、いつも額にしている鉢金を外し、三角巾と白い調理前掛けを装備した止水がいた。手にした盆には大きいおにぎりが三つ、そして、淹れ直しただろう茶が乗っている。

 

 

「いや……なんで止水はさも当然の様に合流して、さも当然の様に店の調理場でおにぎり握ってるんだ……おい、その明らかに一回りでかいおにぎりをなんでこっちに持って……ちょっと待てなんで私の目の前に置いたぁ!?」

 

「「日頃の行い?」」

 

 

 だよなぁ、と止水が呟けば、うんうんとマルゴットが頷く。二人がお互いを見合ってにっこり笑い、親指を上げ合うのが一連の流れだ。

 

 対する正純の反論は、彼女のお腹の辺りから聞こえた――反論ではないかもしれないが。こればかりはあれだけ注意・警告をされているにも関わらず食事を抜く正純が悪い。

 

 

「しょ、しょうがないだろ! 食べに行こうと思ってた青雷亭が臨時休業だったんだ!」

 

 

「あれ? でもセージュン。さっき『金がない。だから招待のつもりで来た』――ってキメ顏してたよね」

 

「キメ顏で言うことなのかそれ……? まあいいや。

 あと、俺がこっちきた理由だけど、智から連絡あったんだよ。『また正純がボッチ出撃しました!』ってさ。――まあ、マルゴット見つけて連れてきたみたいだけど……速度重視の護送ならともかく、ちょっと人選ミスだぞ?」

 

 

  マルゴットが劣る――というわけではない。だが、現状で真っ先に思い浮かべる最適員は点蔵とウルキアガだ。どちらも高い近接戦闘力と機動力を持ち、加えて、女子(正純)一人くらいなら軽く抱えて行動できる。

 戦闘になったとしても家屋内はむしろ忍者のテリトリーだし、強固な甲殻を持つ半竜ならば救援を待つ時間を悠々と稼げるだろう。

 

 

 

 ――と、いう説明を……止水ではなくマルゴットがする。正確には説明しようと言葉を探していた止水が早々に諦め、しょうがないなぁとマルゴットが笑顔で引き継いだのだ。

 

 

 

「ってことだ。わかっ……」

 

 

 正純がおにぎり(大)を掻っ攫い口に詰める――喋るより食う、は本多の食育なのだろう。

 

 ……決して、止水(おバカ)に諭されるように思えるこの状況が悔しかったわけでは……ないはず、である。

 

 

 正純が取り、マルゴットもそれに倣い。残った一つをジョンソンに差し出したが、彼は掌を見せるようにそっと出した。拒絶の意思だ……若干顔が青いのは、武蔵から提供された料理にトラウマでもあるのだろう。

 

 

「You. その……折角作ってもらって悪いのだけれど、私は結構だ。非公式だが一応外交の場、相手の用意した食事は取るべきでは――」

「ああ、そういう面倒な感じなのかこの集まり。じゃあ、ウオルシンガム……だっけ? あいつが今調理場で海鮮使って作ってるパフェっぽいの、お前が食うのか?」

「――ないかも知れないがいただこうか! 実は私はライスボールは初めてでね! 見識を広めるとしよう!」

 

 

 なにやってんのあの子――とジョンソンが内心で身内に悪態を吐く。しかし、武蔵に意趣返しとして海鮮攻めを依頼したのは他ならぬジョンソンだ。早い話が策士が自滅しただけである。

 

 ため息を零しつつ、成人男性であるジョンソンの片手を軽く上回る大きさのおにぎりを手に取り、一口。

 

 

(――おや、美味い)

 

 

 炊いた米と、塩と、海苔。口に含んだのは、たったそれだけだ。米はまだ熱く炊き立ての香りを残し、塩が程よく飽きさせない味をつけている。海苔は巻いたばかりなのか、パリパリと噛んで小気味の良い音をたてた。

 

 

 

 ……出来立てのおにぎり。贅沢にもその美味さを、ジョンソンは初体験のおにぎりで知った。

 

 

「出来立ても美味しいね! あ、しーちゃん、具って何?」

 

「ん? 漬けマグロ。丁度いいのがなくってさ、ウオルが作ってたからちょっともらった」

 

 

 三人の食うペースが上がった。

 

 顔に僅かな満足感を浮かべた順番が、そのまま到達した順位だろう。

 

 

(……一番でっかいのを食ってる正純が一番早かったって……)

 

 

 ――作り甲斐のある三人の食いっぷりに、作り手は苦笑を浮かべようとして――ふと考える。

 

 

 

 

 三人は自分が作ったおにぎりを食している。ここで、問題が一つ。

 

 

 

 ……現在鋭意制作中の海鮮パフェは、誰が食べるのだろうか?

 

 

 

 

 

「……。あ、俺これ、墓穴掘った感じか?」

 

「……」

 

 

 

 気配を察知。場所は後ろ……厨房へと続く通路から。

 

 振り返れば、えんじ色の髪の自動人形がいる。店のものを借りているのか、割烹着姿だ。その手には盆があり、大きな湯のみが乗っている。

 しかし悲しいことに、湯のみの中身は見えない。代わりに、小綺麗に盛られた海鮮の山がデデンと威を放っていた。

 

 

 ……チラリと振り返る。三人は、食べかけのおにぎりを片手に、わざとらしく頬いっぱいに頬張り――残る片手で、ふつくしい敬礼を止水(生贄)に送っていた。

 

 

 視線を戻す。彼女も状況を判断しただろう――当然のように、止水に向かってすっと差し出された、お盆 on the 海鮮パフェ。

 

 

 

「――……。

 

 ……いただき、ます」

 

 

 

 『食べ物を粗末にしない』……それが、守り刀の一族の食育だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

知らぬ間に進んでいること

 

知ろうとさえせずに過ごすこと

 

そこにある差は如何程か

 

 

 

 配点【ごめん、三行(いつもの)で頼む】

 

 

 

***

 

 

 

 ……常温でほどよく蕩けたマグロの切り身に、甘い甘いカラメルソースをかけてはいけない。

 

 ……ルビーのようなイクラを、ふんわりホイップに混ぜてはいけない。

 

 ……甘エビの身は何処かへやって、尻尾を棒クッキーに見立ててはいけない。

 

 ……アイスとスポンジケーキの間に、ワサビの層を挟んではいけない。

 

 

 

 割り箸とパフェスプーンを使い、顔を青くしながら遅々としながら、されど止水は、必死に食べていく。……ワサビの塊が出てきた時には、さすがに一同から同情の視線が飛んできたし、完食して両手を合わせて「ご馳走様」を宣言した時には拍手さえ上がった。

 

 

 

「……姫さんの『あのドリンク』で、ゲテモノ系耐性でも付いたかな……

 

 で、マルゴット。今どんな感じ? ――っつか、そもそも何で英国の二人がここにいるんだ?」

 

 

 『海鮮パフェ(英国)』対『トドメの一献(武蔵)』は、武蔵の圧勝だった――少なくとも、見ている方が胸焼けどころかエア食あたりしそうなパフェを完食した止水は、後味の悪さに顔こそ顰めているが、言ってしまえばそれだけだ。数時間とは言え止水を戦線離脱まで追い込んだかのスポーツドリンク(販売停止中)とは、そもそも比べること自体がおかしいのだろう。

 

 

 

「んーとね」

 

 

 椅子を動かし、身を寄せたマルゴットが表示枠出して打ち込んでいく。――意識無意識はさておいて、肩の距離が近い。金の六翼の内、止水に近い三翼が内側に抱き込むように止水の背中を越していた。

 

 

 『イチ、M.H.R.Rが武蔵に『お前らうちの国航行しちゃダメだから!』宣言してる。』

 

 ……とまで打ち込み、ニ、と後を続けようとして、手を止める。マルゴットが眉を八の字にした。

 

 

「……しーちゃん? えっと、怒らないでね? M.H.R.Rと羽柴が手を組んだり〜って云々、聞く?」

 

「安心していいぞ? ……そもそも『武蔵ってM.H.R.R通ろうとしてたんだ』ってレベルだから」

 

 

 そう言ってカラカラと笑う止水に、だよねぇとマルゴットが笑い返す。

 

 なお、『英国からIZUMOに来たんだからわかるだろ』など、その手のツッコミをしてはいけない。マルゴットはそのまま表示枠を閉じ、止水への説明をやめた。

 

 

 

 ――それを横目に、正純が吐息をこっそりと、ジョンソンにわからない程度に、こっそりと零す。

 

 

(私が今やってる政治的な動きとか各国の思惑とか、全カットかぁ)

 

 

 

 単純でいいなぁと思う反面、正純は己の役割を再認識する。――止水が難しいことをあれこれ考える必要は、そもそもない。それは正純たちの役目であり、政治的な会談・交渉は、正純の役割だからだ。

 

 

 ――『守り刀の一族と共に戦う』――

 

 

(――これが、私の『戦い方』だ)

 

 

 先ほど食べたおにぎりのおかげか、自分の腹が据わっているのがわかる。強気は顔に自信となって、それを見たジョンソンが僅かに眼を見開いて、笑みを浮かべて応じてきた。

 英国という大国の書記が、正純を『侮れない相手』と認めたのだ。

 

 

「……それで、聞かせてもらえるか? ジョンソン。……どうして、()()()()()()()()が、M.H.R.Rの情報を知ることができたのか」

 

「ああ、そうだlady。その問いだよ、私が欲しかった問いかけは。これで、ようやく『本当のコンセンサス(意見の一致)』を確認できる」

 

 

 濃くなった笑み。ジョンソンがそれを浮かべるのと同時に、彼は動いた。

 

 

「Tes. 答えよう。だが……言葉よりも、分かりやすい形で来たようだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――轟く轟音に、響く爆音に……店が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

 街中で起きるには些か過激が過ぎるそれらの音の連続に、小さな鍔鳴りが呼応する。緋色の着流しが風を孕んで揺れ、店の外へ誰よりも早く。

 この場において誰よりも大きな体躯の止水は、狭い店内では十分に戦えない……否、十全に守ることができない。それに、店の中で守るよりも、店ごと守った方が簡単なのだ。

 

 

 

 ……簡単だ、というのに。

 

 

 

 

「止水! 戦闘か!?」

 

「出てきちゃうんだもんなぁ……」

 

 

 己の後ろ。背後から追ってくる足音とともに正純の声が聞こえる。慌てて続く足音と羽音はマルゴットだろう。

 

 護衛二人は各々の役割を取り決めたりしていない即席のメンバーだ。だが外と内……迎撃と、もしもの緊急時、護衛対象を連れて即座に離脱できるように、自分の役目を意識はしていた。

 

 

 ――大きなため息と苦笑に挟まれた副会長が、自分の何かしらの失敗を知る。

 

 

「……えっと、私、なにかやらかした、か……?」

 

「セージュンも、自分は要護衛対象なんだーって自覚持たなきゃだめだよん? ……しーちゃん、実際どんな感じ?」

 

「Jud. ……戦闘が二つ、こっちに近づいてる。誰かはわかんないけど……身内が二人、戦ってるな」

 

 

 ――守りの術式、その対象へ伸びるラインが二本、近場に向かっている。どちらも浅い深度で、幸いにもまだ負傷はしていないらしい。

 

 その内の一本……その先にいる一人はかなり高速で複雑な動きをしていた。風を纏い、家屋の向こうから術式の使役光を纏いながら飛んでくる、極東式の青い軽量鎧を身に纏う女武者……二代だ。

 

 飛ぶのに使ったのか、伸びきった蜻蛉切を器用に取り回して体勢を整え、会談場になった店のある通りに着地する。

 

 

「む……? おお! 止水殿にマルゴット殿! 丁度良い所に! 拙者、少々面倒な連中に襲撃されている真っ最中でござってな!」

 

「……おい、幼馴染。私の名前がないぞ」

 

 

 着地した二代が返事をする間もなく、上空にいる追ってきた襲撃者だろう影が、二代に何かを無数にかつ高速で放つ。ほぼ円にしか見えないのはかなりの回転がかかっているからだろう。

 ……地面に刺さるそれには見覚えがある。止水の友の一人がよく用いる、十字の刃だ。

 

 

「手裏剣……!? 忍か?」

 

 

「――ご明察、ってな。訳あって名乗れねぇが、『要らずの一番』だ。一丁お相手頼むぜ?」

 

 

 眉を立てて笑うのは、清武田の着崩された制服の浅黒い肌の男だ。空にいるその相手が『降りてくる』……落ちるという事象さえも体術で己のものにしているのだろう。

 着地と同時に砂が風に乗り、要らずの一番と己を呼んだ男が隠れた。

 

 

 次の刹那。金属音が掻き鳴らされ――

 

 

「そしてあたしが『要らずの二番』。相手にしなくていいよ? 一方的に――」

 

 

 

 一番の男とは対象的な白い女が正純の前に唐突に現れて……そして最後まで言い切ること無く、また唐突に消えた。

 

 ――奇襲に身を固める事も、過ぎ去った脅威に弛緩する事も、正純には出来なかった。反応は愚か、瞬き一つする間もなかった。混乱はしない。一周回って、いっそ冷静になっていた。

 

 

 

「……マルゴット、今なにが起きたか――お前わかるか?」

 

「んっと、一番がしーちゃんに切り掛かって、一番の背中に隠れてた二番がその隙にセージュンに……来ようとしたんだけど、しーちゃんが一番を全く相手にしないで振り返って二番を打撃。

 でもナイちゃん、ちょっと甘く見てたなぁ……あそこから間に合うんだねぇ……さっすが『副長』」

 

 

 翻る緋色が戻れば、確かに止水がこちらを向いていて、右手に鞘に収めたままの刀を振り抜いている。

 

 そして、その後ろ……止水と背中を合わせるようにして立っているのは、一番の斬撃を蜻蛉切で受け止めた二代だ。掻き鳴らされた金属音は、蜻蛉切と刃の衝突によるものだろう。

 正純にはわからなかったが、マルゴットも動いていた。箒に硬化術式を纏わせて盾とし、出来た隙に正純を抱えて翼で緊急離脱――と言った塩梅だ。止水が二番を打ち飛ばしたので、その必要がなくなっただけである。

 

 

(……完全にお荷物だなぁ、私)

 

 

 そう思うのに、不思議と後ろめたいと思えない。だから、正純は堂々と立とうと……身構えることなく、自然体で立とうと決めた。

 

 それが、奇襲をかけてきた相手にとって、この上ない挑発となるだろうから。

 

 

「ちぃっ……!」

 

 

 奇襲失敗。その上、武蔵でも最上位にいるだろう戦力二人が目の前にいる。……一番は即座に形勢不利と判断し、止水が打ち飛ばした二番の下に跳んだ。

 

 

「……あの野郎、優しそうな顔して結構容赦ないね。こっちは女だってのに、迷うことなく振り抜きやがったよ」

 

「そのガサツさじゃあ男と思われてもしょうがねぇだ――いででで耳引っ張んな耳! まあいいじゃねぇか……俺なんか見向きもされねえで背向けられたんだぜ? 自信無くすぜ本当によう」

 

 

 体重やら重力を感じさせない軽い挙動で屋根の上まで一気に移動する。肩の力が抜けるやり取りは、今切った張ったの戦闘をやっていたようには到底思えない。

 ――それだけ、戦闘を日常にしているのだろう。

 

 止水に打たれた二番も、特に負傷をしているようには見えない。

 

 

「緊張感のない奴らだなぁ……」

 

「――なんだろうな。初対面のはずなのに『お前にだけは言われたくねぇ!』って叫びそうになったぜ俺。で? 刀は抜かねぇか? 守り刀さんよ」

「このおバカ! なんで相手に本気出させるようなこと言ってんだい!」

 

 

 二番が一番の後頭部に、なかなかにいい音の一撃を入れる。

 

 夫婦漫才のようなやり取りに苦笑を浮かべかけるが……だが、一番の指摘通り、止水は未だ鞘から刀を抜くこと無く、その肩に担いでいる。打ち据え振り抜いた後も、追撃の素振りはもとより構えることもしない。

 

 ――油断無く蜻蛉切を構えている二代が隣にいるだけあって、その温度差がよくわかる。

 

 

「……止水?」

 

「言ったろ? 身内が二人って……そんで、多分……」

 

 

 

 言い切る前に、凛音とともに銀色が踊る。

 

 先ほど店を揺らした轟音――それが、正純たちに突っ込んできた。

 

 

 そして、爆音を上げることなく――銀の一刀に、切り裂かれる。

 

 

 

「ったく。もうちょっと、周りのこと考えて避けてくれよ――ネシンバラ」

 

「――ごめんごめん。二対一じゃ流石にきつくてね。でも、二代君とマルゴット君、止水君が居てくれて助かったよ。これで、数の上の不利が消せる」

 

 

 爆風に『幾重言葉』の術式で乗り、一同の近くにまで飛んできたネシンバラ。味方と合流できたことで一息ついたのか、ここまで来るのに最中の攻防で服に付いた土ボコリを払う。

 

 胡乱げな視線で見る方向にいるのは、二人。赤黒い装甲の様な肌の巨軀……鬼型長寿族と、人間の女だ。ネシンバラの言う通り、四対四――。

 

 

 

 

「……千客万来だな。あと、おい書記(生徒会的部下)。私の名前がないんだってだから」

 

 

 

 ――クロスユナイト(点蔵)っていつもこんな感じなのかなぁ、とつぶやく副会長は、もちろん戦力外なのでカウントしていない。

 

 

 ……腕を組んで、それらしく立つ――そんな簡単な仕事が、始まった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。