境界線上の守り刀   作:陽紅

140 / 178
長年愛用していたPCが寿命を迎えました。
八年以上も頑張ってくれた相棒だったので、結構ショックです。

……小説には関係ありませんが、長い間ありがとう。そして、お疲れ様。


一章 刀、得る 【参】

 

 放課後――とは言っても、武蔵の改修やその他作業があるので午前中で授業が終わる為、まだまだ陽は高い。昼食をどこで食べるか、今日の作業場はどこか、と学生たちが足早に行動する中で、その一行は教導院前の竹ベンチに座っていた。

 

 

「空間収納の術式って、結構便利なのねぇ。私も浅間にお強請りしてみようかしら……」

 

 

 そうつぶやくのは、氷の浮かぶ冷茶を湯のみで飲んでいる喜美だ。その隣にはホライゾンが座っていて、その向こうには武蔵副長、本多 二代が蜻蛉切を肩に団子を頬張っている。

 

 

「たふぃかにへんりれごじゃるな、ムグムグ」

 

「こら武者女。食べるのと喋るのを一緒にするんじゃないわよはしたない。アンタも武蔵の顔になるんだから、礼儀作法には気を付けないとだめよ?」

 

「ングっ、ふう。Jud.!! では、ムグムグムグ……」

 

 

 食いながら喋るな、という喜美の注意を受け、二代は両手に持ったみたらし団子の攻略に集中する。その様はまさしく『花より団子』『色気より食い気』の体現であった。

 

 ――体育会系女子だ。それも、相当残念な方向に突っ走ってしまった後、そうそう簡単には修正ができそうにない感じの。

 

 

 

「せめて一本ずつ手に取りなさい。指の間の数より多く持つとか、やめなさい?」

 

 

 ぱっと見数えて、十数本はある。

 

 二代の行動に、喜美は湯のみ片手に、本多家の息女は()()()()女磨きに大変手がかかりそうだ、とため息を零す。

 ここにいないもう一人は少なからず意識はしているようなので化粧や着飾りなど叩き込めばなんとかなりそうなのだが、『私が着飾ったところで……』と本人が自分の容姿を過小評価しまくりな所為でなかなか行動に移ろうとしない。

 

 

「その辺、ホライゾンの方がしっかりして――」

 

 

 バキャ。

 

 

「? 喜美様? ホライゾンがどうかいたしましたか?」

 

 

 隣からした破砕音。軽く、しかし若干固い物を砕いた時にする音に、喜美は聞き覚えがあった。

 

 音の元を見れば、ホライゾンの手だ。そこには砕かれて丁度小口サイズに割られた煎餅があり、その煎餅を砕いたと思われる拳がある。

 

 

「……どうしようこれ。私の手に余るわ」

 

 

 なお、正拳であった。

 

 豪快にバリバリ食べていない――そこは年頃女子として正しいのに、その方法があまりにも豪快過ぎる。……この場に必要なのはツッコミキャラだ。メガネか忍者を生贄にゲフンゲフン――人身供物にすれば丁度いいだろう、きっと。

 

 

 ――喜美の視線になにを思ったのか、ホライゾンは虚空に手を突っ込んで何かを取り出す。

 

 茶菓子入れだ。煎餅系のお茶請けが、和風居間のテーブルの上に置かれていそうな器に入っている。

 

 

「あら、止水の家のよねぇコレ」

 

「Jud. 流石喜美様。一目でお分かりになるとは……以前皆様と一緒に止水様宅にお邪魔した際に紛れ込んでいたようで。高級駄菓子屋、『駄菓子菓子』のお土産定番の品々です」

 

 

 実際に買うと、二番目に高いお札が一枚飛ぶ。高価だが、相応に美味な品々だ。

 

 なお、止水本人が買い求めたわけではない。売れ残りやら、多少形の崩れてしまったものが結構な頻度で止水に送られてくる――らしい。

 航空都市艦『武蔵』発足からの古参である彼らの一族に世話になった住民は多く――先代、先々代からの知人も多い。そのツテだ。

 

 

 その器から棒状の煎餅を一つ取り、共犯になったところで喜美は笑う。

 

 

「止水のおバカのことだから、もうとっくに忘れ去ってるだろうけど……美味しかったとか、ご馳走様って言葉は言っておきなさい?」

 

「Jud.

 

 ……で、その止水様が現状、少しばかり遅刻しているわけですが……」

 

 

 

 器を再び収納空間に押し込みつつ(二代が『拙者のはっ!?』と団子で口をいっぱいにしながら目を見開いていた)、ホライゾンは教導院の校舎に備えられている時計に目を向ける。

 

 

 

「んっぐ。そういえば、何故拙者と止水殿を? ……護衛にしても正直、戦力過多では御座らんか? あと拙者にも煎餅を」

 

 

 団子を飲み込み茶を啜り。一息ついた二代が、煎餅を要求しつつやっと聞く。……ホライゾンに呼ばれ、目的と人員を聞いてから、すでに三十分以上は経過しているが気にしてはいけない。

 

 

「Jud. 純粋な護衛は二代様だけです。止水様は……早い話、『足』です。喜美様から聞いた感じですと、目的地までそれなりに距離がありそうですので、安全迅速に移動するには止水様に乗っていくのが一番確実かと」

 

「武蔵きっての戦力を足扱いとはやりおるわこの子」

 

 

 戦闘力は言わずもがな、速力も武蔵の上位。最大積載量でも武蔵最強と、確かにホライゾンの言う通り、『安全迅速に目的地に移動する』ということなら、止水の背に乗るのが一番手っ取り早い。

 

 

 手っ取り早い上に、喜美自身も鈴ほどではないにしろ世話になっているのだが……なんだか、釈然としなかった。

 

 

 そんな中、影が、来る。

 

 

 

 

「悪い姫さん、待たせ――……ってあれ? 喜美に二代もいるのか? まあいいや。とりあえず乗れよ」

 

 

 足が来た。

 

 

「もうなんの疑問も持ってないのねアンタ。……で、担いだそれはなに?」

 

「なんに対しての疑問かは知らんが、今は特に疑問の持ち合わせはないな。あと、何ってお前……土産に決まってんだろ」

 

 

 

 右手に担いだ、大きな桐箱。それを軽く持ち上げて子供のようにニッコリと笑い、こう言った。

 

 

「これから、ミツさんのとこに行くんだろ? ……んなら、何があっても手ブラじゃあ行けねぇよ」

 

 

 ――葵 ミツ。葵 ヨシキの母にして、トーリと喜美の祖母である。

 

 

 そして……ホライゾンの母を知っている、数少ない人物だ。

 

 

 

 

「……それで、別件で依頼していたトーリ様の捕獲は?」

 

「あー、なんか用事があるって。……なんでも、俺の家の蔵に溜め込んでたエロゲが感涙系エンドとか鬱系エンドのやつらしくて、それが智にバレて没収されそうなんだって。で、ネイトのとこに作った秘密の地下隠し倉庫に移すので忙しいとかなんとか」

 

 

 

 ……バカの形をした人影と、エロゲの箱の形の影が武蔵の空を飛んだのは、その直後だった。

 

 

 

***

 

 

 

 飛来物が頂点を超え、やがて落下を始める。それを眺めながら茶を啜り、ほっと一息を零した。

 

 

「……『母親を知りたい』か。なんとも、自動人形らしからぬ思考だねぇ」

 

 

 そう呟いて、ほんのりと嬉しそうな微笑みを酒井は浮かべる。飛来物がなにやら、明らかに意図したように回転やらポーズを決めているが気にしない。

 

 再び茶を啜り、視線を空から外す。

 

 

「……腰の捻りはいいけど、手足の先まで意識がいってないね。良くて7点か。着地成功すりゃ及第点だね」

 

 

 外した先にいた一人の女性が、意味不明なことを言っていたので更に外す。

 

 ……とある姉弟の、その原点が垣間見えた気がした。

 

 

「そ、そうであるな、学長。麻呂もそう思うのである。……だがまあ、いい傾向であろう」

 

 

 外した先にはヨシナオがいて、おそらく酒井と似たような思考を抱いているのだろう。青雷亭の女店主のつぶやきを流そうと必死だった。

 

 

「しかし、ヨシキ様。……トーリ様があのまま着地に成功できる確率は、どう見積もってもゼロなのでは? ――以上」

 

 

((武蔵さぁぁあん!!/武蔵総艦長ぉぉお!!)

 

 

 ――コ、コニ誕! そろそろ"宇宙奉行エチゼン"の放送時間だよ! 急いで帰らないと!

 ――そ、そうだねノブ誕! 十八万ミリ秒でコンバット具足装着すればこっちの力は三倍、相手の力は三分の一に落ちるから! そうすれば勝てるよ!

 

 

 すこし遠いところから、そんな声が聞こえる。あの裏切り者二人は、この二人が実際三十分(十八万ミリ秒)も悠長に変身を待ってくれると、本気で思っているのだろうか? もしも待ってくれるのであれば、酒井とヨシナオはその三十分の内に脇目も振らず、脱兎の如く逃走するだろう。

 

 ――自分が三倍? 相手が三分の一? ……その程度で、この二人に勝てるわけがない。あと、あの番組は夕飯時の番組だ。昼飯時の今時分の言い訳には苦しいだろう。

 

 

 

「だねえ。武蔵さん、落下地点どのあたりになりそう?」

 

「Jud. ……。はい、計測終了しました。順当にいけば、浅間神社の境内に墜落いたします。――以上。浅間様が神社境内に隠蔽保管されていた、トーリ様の巫女系エロゲの焼却禊を準備しておられる、丁度目の前ですね。――以上」

 

「ったく、あのおバカは……」

 

 

 ……さて。ここまでの二人の会話はいたって普通で穏やかなものであるのに、なぜおっさん二人が戦々恐々としているのか、疑問に思われるだろう。

 

 

「……いやさ? いいんだよ。多分さ、『身近過ぎて思い浮かばなかった』とか、私には『いつでも聞けるから、IZUMOにいる内に』とか、そういう感じだとは思うんだよ?

 

 

 ――けどさ、普通真っ先に、私に聞きにくるだろぉ?」

 

 

 

 ヨシキの頬が引き攣る。湯のみがビシリと異音を奏で、おっさん二人の肩がビクリと震えた。

 

 

 

 ……お昼時。稼ぎ時であるはずの軽食屋『青雷亭(ブルーサンダー)』は、女店主の一身都合上(拗ねたこと)により本日、臨時休業となっていた。

 

 これを受けて、多くの苦学生や労働学生や副会長らが絶望するのだが……それはまた、べつの話。

 

 

 

***

 

 

 

 『妖魔が出た? ……あの、それって普通、警備隊とか警護隊に連絡する内容だよね?』

 

 ――行ってこい。その方が早いし、どうせ暇なんだろう?

 

 

 『ちょっと母さん! 私が飲むはずだった雫飲んだでしょう!?』

 

 『まてぃ。そもそも私のだからね? あげてないからね? ……蔵の鍵が壊れてたのはアンタかヨシキぃぃ!』

 

 ――美味かった。ご馳走様。

 

 

 

 『――人の話、聞いていますか?』

 

 『『長い上に回りくどい。要点まとめて三行でヨロ』』

 

 ――どっちにも問題があるんだ。そうだ。アタシがバカ寄りの思考が強いなんてことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 『……時間は、まあ、なんとか稼いでおきます。そして……もし、もしもあの子が、刀を使えるようになっていたら……()()()()()()()

 

 

 ――この……大馬鹿娘が。

 

 

 

 

 目を開ける。遠方に浮かび上がっているIZUMOがあり、そこに武蔵が入って行くのを同じ場所で、丁度二週間前に見ていた。

 

 

「……待たせるねぇ、やっと来たか」

 

 

 まだ見えない……が、濃密な流体の馬鹿でかい塊がかなりの速度で近づいてくるのがわかる。長年流体関連の技士をやっていた経験は、まだ衰えてはいないようだ。

 

 地面に着き、また飛び上がる。経験の代わりに衰えがそろそろ出始めた視力が、なにやら荷台のようなものを引いている影をとらえた。

 ――引いているのは鳥獣の類ではなく、緋色を纏う人間だ。

 

 

 また一歩。それで人間の歩幅のうん十倍うん百倍の距離を潰してくる。

 

 見上げた影は空中で姿勢を変え、減速を始めている。着地は……この家の敷地の少し手前くらいになるだろう。

 

 

 ……いきなり挨拶もなしに敷地に飛び込んでくる真似をしないようになった辺り、ちゃんと成長しているらしい。

 

 

 そのまま、膝を折ったり体を沈めたりすることなく無音で着地。……舌を巻くレベルの体術だが、それが自分の娘が施したお玉で卵運び(謎修行)の成果なのだから何とも言えない。

 

 

 

「よく来たね。……で、トーリはどうしたんだい? 補習かね?」

 

「ふふ、第一声が愚弟のこととか、孫娘が拗ねるわよ? ――御祖母さん」

 

「祖母さんでいいって言ってるだろうに。死ぬ前から拝まれるほど、あたしゃ功徳を積んじゃあいないよ。第一喜美、アンタは一昨日も来てたじゃないか」

 

 

 刀鞘で形成されている荷台から降りてくる三人と、その三人が降りやすいように片膝を付いて身を深く沈めている一人。

 

 真っ先に降りたのは槍を携える烏の濡れ羽色の髪の……極東式の青軽鎧を纏う女武者だ。武の本多の娘、名前は確か二代だったかとミツは見定める。続いて降りたのは孫娘で、続く最後の一人を気遣うように手を伸ばしていた。

 

 その手を取り、降りてくるのは銀色の髪。周囲を見渡し、ミツに向かって小さく頷くような会釈をした……自動人形。

 

 

 

「……長生きはするもんだね。――『年寄りより先に逝くな!』って、あの世で説教しようと思っていたホライゾン(あの子)に、まさかこの世で説教できるなんてね」

 

 

 そんなミツの言葉が聞こえたらしい。

 

 ――降りたばかりの銀髪が、刀荷台によじ登ろうとしているのを見て、ミツは口端の片方を上げた。

 

 

 

「……姫さん、なにやってんの? ……え、なに? 『武蔵に戻れ』? いやいや、今来たばっかりだろ、なに言ってんだよ」

 

 

 ホライゾンを半ば背に乗せたまま、沈めていた身を起こす最後の一人。

 姫を乗せたまま歩みを進め、ミツの前まで。

 

 

 

「お久しぶり、ミツさん。……うん、元気そうでよかった」

 

「……ほら、喜美。これだよこれ。これがあたしの求めてる孫のテンプレだよ」

 

 

「――御祖母さん、ジャガイモ()()もらっていくわね!? この前の母さんに没収されちゃって!」

 

 

 実の孫娘だが聞いちゃいない。二代もすでに枝豆畑に突撃しており、ミツの前まで来たのは止水と、その背に乗っていたホライゾンだ。

 流石の止水も、苦笑を浮かべる。

 

 

「あいつらここに何しにきたんだよ……あ、ミツさん。これ土産」

 

 

 だが、悲しいことに常日頃から梅組の奇行で慣れている為、早々とまあいいや、と我が道を突き進む二人を放置し、肩に担いでいた桐箱を座るミツの隣に置く。

 

 ――上質な桐箱だ。手土産にしては、いささか箱が上物すぎる。大きさもさることながら、まるで家屋かなにかの建材のようだ。中身も相応に大物だろう。

 

 

 

「……ふむ。これは『完成した』と思っていいのかい?」

 

「Jud. 俺的には、『やっと追いついた』って所だけど……間違いなく、『雫』は超えてるよ」

 

 

 

 止水の答えに目を細くする。

 彼が土産にするとしたら、やはり酒――銘酒と名高き『緋の雫』だろう。以前武蔵が出雲に寄った際にも止水はその酒をミツへの土産にした。……だが、その時はわざわざ『箱』に詰めたりしていなかった。

 

 

 溢れて滴る雫――その、湧き出でる原泉の、最も深く、鮮やかな緋色。

 

 

「けどまあ、俺はそれを飲んだことがないから……ミツさんに試してほしくてさ。俺の酒が、本当にお袋に届いてるのかどうか」

 

 

 

―*―

 

 

守銭奴『おい顧客共……貴様ら今、金になりそうな話をしなかったか? それもかなりの額の』

 

俺  『おめぇ、たまに唐突に芸風尽き抜けるよなぁ……で、弱み系? 商売系? どっちだよ』

 

煙草女『今の一文で、シロジロがどんだけ金に汚いかってのがわかるさね』

 

丸べ屋『いやん、もー直政ほめちゃだめー♪』

 

 

副会長『なあ……この二人が会計って、武蔵は大丈夫なのか……?』

 

約全員『総長兼生徒会長からして詰んでいるのに何を今更』

 

 

 

―*―

 

 

 

 縁側に敷かれた座布団の上に膝と尻をそれぞれ落としたミツとホライゾンが言葉を交わしている。

 

 

 母。

 

 

 当たり前のようにいて、しかし、いなくなってしまってからその存在の大きさを思い知る、己にとってただ一人の女性――なの、だが……自動人形となる以前の記憶を失っているホライゾンは、僅かな短い時間ではあっただろうが、しかししっかりとあったはずの母の記憶も、当然失っている。

 

 悲嘆の感情を、そして強欲の感情を取り戻したホライゾンは、いずれ来る全ての感情を取り戻した時に訪れるだろう、母の喪失からくる悲しみ(悲嘆)を、僅かにでも減らしたいと望んだ(強欲)のだ。

 

 

 

 ――その為に、まず大前提として。

 

 

 己の母を、知らなければならない。……それゆえに、彼女はミツに会いに来たのだ。

 

 

 

 

「……ところどころで、姫さんとミツさんが親指を上げてるのはなんなんだろーな」

 

 

 そして、その二人の会話がギリギリ聞こえない場所で、鍬を片手に農業に勤しんでいる止水がいる。縦横で二十メートルほどの広さの地面が耕し尽くされ、畝すら作られていた。

 一息ついて土の付いた鍬を担ぐようにあげると、また二人がサムズアップを合わせている。

 

 

 ……とりあえず、ホライゾンの母親が色々とやっているらしい所までは聞いた。ミツの所に来たのも流体技士としての知識や技術を学びに来た云々、そこでヨシキや止水の母……紫華と出会い意気投合した云々。

 

 

 そして、ホライゾンを身籠っている状態で極東を巡り、何かを調べていて……その道中を葵 ヨシキと守り刀の紫華が護衛していた云々。

 

 

 

(――姫さんのおふくろさんと、ヨシキさん。んで、俺のおふくろの三人で極東を巡っていた……じゃあ、あの英国で見たおふくろは――その後になんかを調べていた、ってことか?)

 

 

 唸る。自分が馬鹿なのは自他共に百も承知だ……だが、そこで止まってはいけないことだと思うから、足りない頭で止水はなおも考える。

 

 

 

 ――英国の花園……あそこで起きた、謎の異形達との戦闘。

 

 流体を消失させるあの軍勢は、生きとし生けるもの……いや、形ある全ての天敵と言えるだろう。なす術なく飲み込まれ、例外なく消滅する。

 

 

 そして、そんな軍勢の唯一の天敵が……。

 

 

 

「……お前ら、なんだよな」

 

 

 止水は、自分の全身に配している刀たちに意識を向ける。……六剣を失ったエリザベスに一時的に貸したのだが、問題なく彼女でも対応ができていた。

 

 母は、あの異形たちを警戒していたのだろうか? もしそうだとしたら、異形の存在を予め知っていたということでもあって……。

 

 

「はは……頭痛くなってきた……」

 

 

 英国の黒い泉は、あの場で封じた。もし封印になにかあれば、真っ先に武蔵に連絡が飛んでくるはずだし、察知だけならば刀との繋がりがある止水の方が早い。

 

 ……あの異形たちは黒い泉から出てくるのだとして、それがあるのは英国だけなのか? 怪異を集中させてあの泉が生じているというのなら、極東のどこにでも、奴らが出現する可能性があるのではないか?

 

 そして、その可能性が現実となったなら……。

 

 

「末世……か」

 

 

 守り刀の刀達ならば対応できる――という事実はあるが、『何故対応できるのか』わからない。あの場限りである可能性すらありえる。

 

 

(もしかしたらあれが英国の花園だけで……あの一回で終わって――『俺の考え過ぎ』だ……ってんなら、この上なく楽なんだけどなぁ)

 

 

 苦笑しようとして、できなかった。

 

 ……あの時抱いた警戒心。それが、楽をさせてくれない。一緒にいた正純は戦闘において素人だから仕方ないにしても、エリザベスですらなにかを感じている風ではなかった。つまり、あれに対して危機感を抱いたのは、自分しかいないのである。

 

 だが、それがなにを意味して、だからどうなるのか――……答えの片鱗すら、見えてこなかった。

 

 

 

 

「どうすっ……

 

 

 ――んん?」

 

 

 

 その時、特になにかを意識をしたわけではない。何気なく、それこそ無意識のうちにミツたちの方に視線を向けて――盛大に、後悔した。

 

 

 

「いや、なんで真喜姉ぇがここにいんの……?」

 

 

 縁側に座るミツが、ドヤ顔でオリオトライに桐箱を見せつけている、そして、いつの間にか来ていた姉貴分が……若干顔を赤くして、何故か涙目になっている――そんな光景が出来上がっていた。

 

 大振りの手招きは、きっと自分の後ろにいる誰かを呼んでいるのだろう……喜美と二代もいつの間にか集まっていたから、武蔵にいる誰かを呼ぼうとしているのだろうきっと。

 

 きっと、きっと……。

 

 

(……戦わないとダメかな、現実と)

 

 

 ミツがオリオトライの先生である、という事実を止水は知っている。そして、オリオトライが逆らえない数少ない人物であることも。そのミツが、止水が『緋の雫を超える』と断言した酒を持っているのである。

 

 鍬を担いで渋々向かうと、挨拶もなしにアマゾネスが吼え猛った。

 

 

「止水っ! 止水アンタこれなにっ! 私知らないわよ!?」

 

「そりゃ言ってないからな。納得できる出来になったのだってつい二、三日前――」

 

 

 だから――と言い切る前に止水が鍬を前に構える。右腕だけ……では耐えられないと直感が働き、左手が鍬の刃の方に添えられた、その直後。

 

 ……強い衝撃と共に、止水の体が十数センチほど下がる。そして、それを成したリアルアマゾネスの顔が止水の目の前――の、少し下の方にあった。

 

 

「 わ た し の は っ ! ? 」

 

 

 オリオトライが押す。……止水の左手とオリオトライの右手の間に挟まれた鍬の柄が、ミシミシと嫌な音を立てて――拮抗した。

 

 

「いや、ないよ?」

 

「くっそう、馬鹿力め……!」

 

「刀たちから流体もらって強化されてる俺を軽く押せた真喜姉のほうが人間としてどうかと弟分は思います。――今回ばっかりは諦めてくれよ。もしくはミツさんを説得するとかで」

 

「先生が私にお酒をくれるなんて、世界が滅んで再生されてもないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 ――そんな義姉弟のやり取りを眺めつつ、ミツは桐箱を、隠すようにそっと後ろへ送る。

 

 傍らに座るホライゾンは淡々と眺め、喜美は苦笑を、二代は己も混ざりたそうに前傾姿勢で同じく眺めていた。

 

 

「先生の先生がうちの御祖母さんだなんて、世間は狭いわねぇ、御祖母さん? ……一杯くらい、かわいい、くゎわい〜い孫娘に飲ませてくれてもいいのよ? のよ?」

 

「そうだね、ひ孫を連れてきたら考えてやらんでもない」

 

 

 連れてきてもくれるわけでもなく、考えるかどうかを決めるという。――実質的な『絶対に渡さない――絶対にだ……!』宣言だった。

 

 ――横になっている鍬が縦になったり斜めになったり。力比べに技が混じり出す。二代がソワソワ、いや、ウズウズしだしている。混ざりたいのだろう。命知らずなことだ。

 

 

「ククク、一番かわいい時期に連れてきてあげないんだから。写真見てやきもきするがいいわ」

 

「はっはっは、弟に告白先越されした姉が、よく言うねぇ。さっさと夜這いでもなんでもして既成事実作っちまいな」

 

「それは最終手段よ御祖母さん。……あれから手を伸ばして選ばせないと意味がないじゃない」

 

 

 ――祖母と孫娘の会話ではない、というツッコミを入れてくれそうな人材がこの場にいない。

 

 

 茶を啜り、一息。

 

 

 

「で、まあ。アタシがホライゾンへ伝えられることは伝えてやったわけだ。あとはホライゾンが納得のいく答えを、己の中に見出せるかどうかだね」

 

「Jud. 早い話が、答えは保留という形ですが。あと、武蔵に戻ったらトーリ様に『この節操なしが!』とコカーンにスマッシュする予定ができました」

 

 

 ――孫のほうのひ孫は諦めないといけないかねぇ、と黄昏る。……姫のシャドーは、武術の師範ができるミツが見ても中々に鋭かった。

 

 『トーリが曽祖母へのフラグを立てた』……という謎誤解を抱いている姫を止められる者はいない。被害はトーリだけで、頑張ってもトーリのコカーンが救われるだけだ。報酬が労力に見合わないので誰一人として動こうとしない。

 

 

「……で、本当はあそこでうちのバカ弟子とやりあってる未来義孫有力候補に話しておきたかったことなんだけど……あの子の母親についても、ちょっと教えておこうか」

 

「む、止水殿の母君……でござるか?」

 

「Jud.

 

 ――守り刀の一族の先代頭領……と言っても、一人しかいないから、頭領も何もないんだけどね。あの子もホライゾン、アンタの母親以上に謎だらけだったのさ」

 

 

 隠していた、わけではないのだろう。あの一族は、先天的な性格からか、嘘やら隠し事が致命的に苦手なのだ。

 

 ……だからこそ、悔やまれる。手遅れになって、全てがどうしようもなくなってから、やっと気付いた己に腹は立つ。

 

 

 

「アタシも女で母親さ。だから、ホライゾン……アンタの母がアンタを孕んでいるって言われてすぐに納得したし、同行するって猛ったウチのバカ娘の腹ん中に喜美がいることも、なんとなくわかった。

 

 ――けどね。あの子……紫華からはそんな気配を、アタシは微塵にも感じられなかったよ」

 

 

「……? 単純に、止水様が道中にこさえられただけなのでは?」

 

「ホライゾンは忘れてるかもしれないけど……誕生日的には止水が梅組で一番年上よ? 純粋に御義母様が早産で、止水がそれに負けないで成長しただけじゃないの? ……まさか、止水が養子だとか、そういう仮説?」

 

「それはない。止水は確かに守り刀の一族さ……だから、わからないんだよ。並み居る男どもの求婚を殴り飛ばしていたから、父親が誰かもわからないし想像もできない……年寄りだからかね、妙に勘繰っちまうのさ。……まるで、これから産まれてくるホライゾンや喜美たちを守るために止水を産んだんじゃないかって――そんなバカな考えすら抱いちまう」

 

 

 喜美とホライゾンが互いを見合う中で、祖母は続けた。

 

 

「それに、止水に守り刀を継承させなかったこともわからない。……実の息子であるあの子を半ば放り出して、一人で極東を巡り直していたことなんて、わかりたくもない。

 

 

 ――遺体もなにもないのに『死んだ』なんて……アタシは、信じたくも、ないよ」

 

 

 

 ……紫華の死は、未だに謎に包まれている。

 

 十四年前に落命というが、正確な時間も場所も、未だに誰も知らないのだ。――だが、ミツとヨシキ……一族と交流がある者たちにはその経験があった。先々代頭領……紫蓉の落命。それを娘である紫華が感じとり、事実そうであったのだ。

 

 

 

 嘘を言う一族ではない。タチの悪い冗談なんて、むしろ嫌悪の感情すら抱くだろう。

 

 だからこそ、わずか四歳であった止水が突然告げた(紫華)の死が、事実なのだと理解してしまう。……その後に完全に途切れた紫華の報せも、あっさりと受け入れてしまうほどに。

 

 

 病か、事故か。それとも――殺された、のか。

 

 

「なにかを知って……いや、感じていたんだろうね。……その感じたなにかも――アタシたちにはなに一つ教えちゃくれなかったのさ……あのバカ娘は」

 

 

 ――頼ってほしかった。

 

 紫蓉(親友)の娘だ。その命を救うためなら、ミツは自分の命を躊躇うことなく投げ打っただろう。だが、結局はなにも成せないまま、その死の真相ですらわかっていない。……この後悔は娘であるヨシキも、きっと背負っているはずだ。

 

 

 

「『地脈』と『公主隠し』と『末世』――そこに、『守り刀の一族』も加わって……全く、世界はどうなっちまうのかねぇ……」

 

 

 

 苦笑を浮かべる、視線の先で。

 

 

 ――「あ、鍬が折れた」

 

 ――「いやヤバイよコレミツさんの愛用のやつなのに……!」

 

 

 

 ……バカ弟子とバカ未来義孫(予定)が、柄が複雑に折れ曲がってしまった鍬だった物を手にアタフタと焦っている。

 

 とりあえず、ミツは末世の前に雷を一発落とすことにした。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。