お目汚し程度にお読みください。
「イツツ……鹿角ぉ、お前もうちぃっと手加減してくれてもよかったんじゃねぇか? これから戦だってのに――負傷してるとか笑えねぇぞ……」
「はいはいJudJud.きびきび用意なさって下さい。忠勝様方が無駄酒を過ごされた所為で少々時間がありませんゆえ」
首を左右にゴキリゴキリ。不満を口にするが、三歩後ろを続いてくる自動人形は、何一つ悪びれる様子なく、シレっと答えていた。
「それよりも、宜しかったのですか? あのようなお別れで」
「あん? 酒井か。……こんなもんさ。俺たちは。それに、榊原のヤツが酒井にいろいろ伝えるだろう。抜かりはねぇさ。多分」
男なんざそんなもんだ。と煙管を咥え火をつけないまま鹿角へと向ける。無作法失礼します、と短く告げた鹿角がその手を霞ませ――忠勝は紫煙を吸い込んだ。
「いえ、そっちはどうでもいいかと。――二代様のほうなのですが」
「……」
「……」
――なんともいえない、間が辛い。
少し格好をつけて背中で語ってみたものの、盛大に滑っていた。後方からの視線が少し痛い。若干哀れみが含まれている分余計に。
「はぁ――……」
「お、男親なんざこんなもんだろ!? ――俺より、お前のほうがあるんじゃねぇのか? 鹿角。アレを育てたのは実質お前なんだ」
「Jud.私は自動人形ですので。……それに、伝えるべきこと、教えるべきことは全て言うことも教えることも出来ましたので」
そうか、と。
そして、ならば、と。
「んじゃあ、おっぱじめるとするか。世界に魅せる、三河最後の、大花火をよ」
「Jud.――さも御自分が主催のようにのたまっておりますが、御自分は露払いだということを御忘れなきよう……」
「しまらねぇなぁ……最後くらいかっこつけさせろよ」
そんな会話を。
地面よりも深く、より底から響いてくる音が出迎える。
音を無理矢理に例に例えるならば――脈だ。
首や、手首。手っ取り早く心臓の真上を押さえてもいい。音ではなく、感じ取れる圧の定期を長く長く――伸ばしたもの。
しかしまだ浅い。三河に降り、よほど意識しなければ感じることは無いだろう。
「Jud. ――新名古屋城の中央統括炉、ならび、四方の地脈炉も
鹿角が夕暮れに染まり行く空の中、去る艦と来る艦をその感知範囲にて把握する。
「――
「『
感慨深く――しかし、どうでもいいように。
外套を払い捨て、物々しい戦外殻を露にする。黒い重装甲は忠勝の、老いてもなお屈強を誇る体躯を更に大きなものに見せた。
「『槍』を」
「Jud.」
忠勝がそれを告げ終わるか否か、鹿角とは別の自動人形が何処からか現われ、布に覆われた長物を鹿角へと手渡す。鹿角の手によりその布が払われ―― 一本の槍が姿を見せた。
槍の銘は、『蜻蛉切』――かつてある戦国武将か愛用し、穂先に止まった蜻蛉が、ただそれだけで両断され落ちたことからその名が付いた。
それが現代。神格武装の一角として、世に名を馳せるべく再び蘇っていた。
そして、それを手にする武将こそが――
槍を手に、軽々と二度三度と風を唸らせ円を描き、ゆっくりと航行する
刹那に浮かべたのは、野獣のような笑みだった。東国無双を背負う己と、西国無双を背負って立ったばかりの男。――ああ、試したい。今すぐに……そんな、大火にそっと蓋をして、蜻蛉切を肩に担ぐ。
「――では、軽く済ませてくる。では、後でな」
「Jud.いってらっしゃいませ」
せめてこっち見て言えよこいつは、と苦笑を浮かべ、歩き去っていく忠勝。
その背を見ずに見送った鹿角は、自分の役目を果たすべく、回線を開く。
「……これより、花火の準備を始めます。総員、それぞれの状況を開始しなさい」
物陰から、建物の影から、何も無いところから、次々と現われる完全同型の自動人形たち。夕暮れの街に高く飛び上がり各所へと散っていく彼女達を見届け、鹿角は最後に通神を開く。
「――元信公、予定通り開始いたしました」
『Jud. こちらでも確認したよ。……『花火』がばれるのはきっと八時過ぎになるだろう』
通神の向こう側、学者帽を頭に乗せる、三河当主――松平 元信。焦りなく、しかし油断のない笑みは、どこか、心を冷やすなにかがあった。
『でも彼……これでいいのかい? 『鹿角』の名を持つものとして』
「Jud. ――これ以上なく、楽しんでおられましたから。『俺』などと、自身を呼ぶほど浮かれておいででした。……元信公、貴方様が何をお考えかは分かりません。ですが、仕える身として、最後までお付き合いいたします」
自動人形が故に、迷いは無く。
武家の女が故に、憂いも無く。
「――存分に始め、そして主催としてお楽しみください。これより始まる、世界を相手にした三河最後の花火を――!」
――夕闇を闇が勝り切ったころ。三河の山の一角にて、全ての始まりを告げる火の手が上がるのは……もう少し、後のことである。
***
ただ、勝つもの
……ただ、次ぐもの
友を分かつは――名前と何か
配点【信念】
***
昨今の今、彼を知るものが今の彼を見たら、唖然とするか目を疑うか。
昨今の昨、彼を知るものが今の彼を見たら、憮然とするか目を疑うか。
「ちっ、俺も衰えたもんだねぇ……! 昔はもうチョイ速度出せたんだけど、なぁ!」
夜の闇を駆ける。手に光源を持っているはずが無く、明かりは僅かな月明かりのみ。当然にして暗い。そしてなにより、道が悪い。今朝方よりはそれでもマシだが、走ることに適しているとはお世辞にも言いがたいだろう。
そんな中を、疾走し続けている。煙管を咥えたまま、そして息を乱すことなく、運動による汗も流すことなく。
力量関係において武蔵から逃げ回っている学長――はここに居ない。
松平四天王が長、酒井 忠次がそこには居た。
(十数年……いや違う! この十年で三河に何があった、何が世界で動いたってんだ……!?)
自身へと問う。しかし、答えは浮かんでは来ない。それを知っているだろう友は、その謎を残しただけで消えてしまった。
自分に出来ること、それは、ただ戻ることであった。
松平四天王の長ではなく、左遷された男として……武蔵へ。
「っ!?」
木々が開け、道も空いた。
加速するには最適であろう環境変化だ。……にも関わらず、酒井は土煙を上げるほどの急制動をかけ、疾走を止める。咥えた煙管を強くかみ締め、腰に帯びた護身用の短刀を逆手に構えた。
殺気。濃密な強者。
数は、二つ――!!
「おいおい、こんな老いぼれになんのようだよ、おじさん、さっさとお家に帰りたいんだけどなぁ……!?」
おどけているが、内心では盛大に舌打ちをしている。
短刀一本でどうにかできるような相手ではない、二つのどちらも――。
「――衰えたかと思ってはいたが、勘は鈍ってなかったようで安心したぜ酒井。もう半歩入ってたら、
闇の中から、月明かりに照らし出されて現われたのは―― 一仕事を終えてきたといわんばかりの本多 忠勝と鹿角の二人。
「だっちゃん、やっぱてめぇかよ……! 道理で浴びたことのある殺気だとは思ったけどよ……!」
知人である。だが、警戒を解くことは出来ない。
未だぶつけられてくる殺気は、知人とわかっても幾ばくかも減ってはいないのだから。
(この野郎、あと半歩入ってたら本気で『割断』する気だったな――ッ!)
「んで? その格好は一体なんのつもりだよ、だっちゃん。酒飲みすぎて一番ヤンチャしてるときまで頭がもどっちまったか? ――それにしちゃあ、神格武装の『蜻蛉切』まで持ち出すなんてどうかしてるぜ……!?」
「……希望的観測は、もう捨てているはずだ酒井。いらん言葉遊びをするつもりは、我には無い」
「ってことは、さっきの爆発はだっちゃん、てめぇの仕業か……!」
Jud. と短く答えた忠勝に対し、ジリ、と酒井が後ずさる。酒井の短刀では距離が遠すぎる。一足一刀のその倍はあるだう。距離を詰めるにしても二手。更に、この二人の相手に切りかっても勝てる気が欠片もしない。
されど、忠勝に――蜻蛉切にとっては造作も無い距離。一足を踏み出すも無く、酒井を断てる射程範囲内なのだ。
「なら、いる言葉遊びならいいってか? ……なら、答えろだっちゃん!! 三河は何をしようとしている!? さっきから強くなってるこの揺れはなんだ!?」
「――地脈を暴走させている。もうてめぇの中で答えは出てんだろ? 希望的観測はやめて置けよ。あと、三河が何をしようとしているか、か――……我は知らん。三河が、いや、殿が何を思い考え、何をしようとしているのか」
知らぬ、と忠勝は言い切った。
答えない、のでは無い。本当に知らないのだろう。知る気すら、微塵にも。
「なら榊原が俺に伝えてくれた『創世計画』、これはなんだ!? この地脈の暴走に関係があるのか!?」
「さあな。これが創世計画の起点らしい。詳しいことは知らん」
酒井の懐にある、無数の白紙――に見える、手紙。月光、光にかざさなければ見えないように態々手の加えられた伝言。
それを残し、榊原は消えた。比喩では無く、何の痕跡も残さずに。
「なら、『二境紋を追え』……榊原の執務室に血印の二境紋があった! 公主隠しを追えとも言っていた! これと何か関係があるのか!?」
「――忠勝様」
一連のやり取りの中、沈黙を貫いていた鹿角が視線を上げつつ、短く言葉を発する。
木々を揺らし、三人の上空を飛翔していく――三機の武神。赤と白を主色とし、所々に十字架を連想させる武装が目立っていた。
「……聖連の武神、か。流石に番屋を潰されて焦って出てきたか……尤も、まだ地脈の異変には気づいていないようだが。だがまぁ、これで、お前も簡単に武蔵には戻れなくなったってわけだ」
酒井が顔をゆがめる。突如として消えた二人からの殺気。同時に霧散していく敵意。
謀られたのだ。見事なまでに。
時間を、稼がれたのだ。
「だっちゃん、本気なのかよ……!?」
「応、本気だとも。我は殿の命に従うのみ。殿が勝て、というのであれば『ただ、勝つ』。ゆえの我が『
外敵に勝つことで忠義を示す、忠勝。
後世に……未来に次がせることで忠義とする、忠次。
「だっちゃん――死ぬ気かよ……!?」
「それさえも知らん。……が、まあ順当に言って、普通に死ぬだろうな」
あっけらかんと、何の気負いも無く忠勝は自身の死を明言した。
「――さっきの問だが、答えてやるよ酒井。尤も、変わらず『知らん』だがな……おい、答えてて悲しくなっちまったぜ。我なんにも知らされてねぇじゃねぇか……」
「Jud. ――元信公の判断が正しいかと。忠勝様に壱から拾をお伝えしても零さえ拾われませんから」
「……弐くらいは流石に拾うぜ? 多分」
「ふざけてる場合かよだっちゃん……! 娘はどうすんだ!」
「……あれの自由、昼間そういっただろうが。問答は終わりでいいか? これ以上は我のほうが時間を稼がれちまう」
忠勝はそういい、鹿角とともに距離を詰める。酒井が未だ短刀を構えているにも関わらず、無造作に、無用心に。
それを酒井は――止める術を持っていなかった。
「……最後に聞かせてくれ、だっちゃん」
「――これで最後だ。この次に問うたら、『結ぶ』……なんだ?」
「『守り刀を
すれ違い、お互いにお互いを見ぬままに。
それでも、忠勝が少しばかり意外そうな顔をしているのが分かった。
「榊原がそんなことを、な……悪いが、それも知らん。……知らんしわからんが、守ってみれば答えは出てくるじゃねぇか?」
――守り刀を、守れ。酒井が知る『守り刀』は、止水ただ一人だけだ。それを守れという。
何から守れというのか、どう守れというのか。
榊原とて、守り刀を知らぬわけがなく、むしろ詳しいはずだからこそ余計に意味が分からない。
「もういく。――お前
その言葉を最後に、忠勝と鹿角が歩き去っていく。方向からして、新名古屋城。
振り返りはしない。今振り返れば、自分の言葉は彼をきっと止めようとするだろう。
そうすれば、忠勝は酒井の敵となる。
――友との別れは、あの酒の、何気ない席だったらしい。
「ちくしょう――とんでもない娘押し付けやがって……!」
短刀を、血のにじむまで握り締める。
そして、酒井はまた駆け出した。もしかしたら、万が一の可能性で武蔵に戻れるかも知れない。その一縷に賭けて、駆けた。
三河の最後の花火。
その時は、もうすぐだ。
読了ありがとうございました。