境界線上の守り刀   作:陽紅

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正直、本気で執筆をやめようかとも思いましたが描き続けさせていただきます。

お目汚し程度にお読みください。


四章 刀、知らぬ 【下】

 

 

「イツツ……鹿角ぉ、お前もうちぃっと手加減してくれてもよかったんじゃねぇか? これから戦だってのに――負傷してるとか笑えねぇぞ……」

「はいはいJudJud.きびきび用意なさって下さい。忠勝様方が無駄酒を過ごされた所為で少々時間がありませんゆえ」

 

 首を左右にゴキリゴキリ。不満を口にするが、三歩後ろを続いてくる自動人形は、何一つ悪びれる様子なく、シレっと答えていた。

 

 

「それよりも、宜しかったのですか? あのようなお別れで」

「あん? 酒井か。……こんなもんさ。俺たちは。それに、榊原のヤツが酒井にいろいろ伝えるだろう。抜かりはねぇさ。多分」

 

 

 男なんざそんなもんだ。と煙管を咥え火をつけないまま鹿角へと向ける。無作法失礼します、と短く告げた鹿角がその手を霞ませ――忠勝は紫煙を吸い込んだ。

 

 

「いえ、そっちはどうでもいいかと。――二代様のほうなのですが」

 

 

「……」

「……」

 

 

 ――なんともいえない、間が辛い。

 

 少し格好をつけて背中で語ってみたものの、盛大に滑っていた。後方からの視線が少し痛い。若干哀れみが含まれている分余計に。

 

 

「はぁ――……」

 

「お、男親なんざこんなもんだろ!? ――俺より、お前のほうがあるんじゃねぇのか? 鹿角。アレを育てたのは実質お前なんだ」

「Jud.私は自動人形ですので。……それに、伝えるべきこと、教えるべきことは全て言うことも教えることも出来ましたので」

 

 

 そうか、と。

 

 そして、ならば、と。

 

 

「んじゃあ、おっぱじめるとするか。世界に魅せる、三河最後の、大花火をよ」

 

「Jud.――さも御自分が主催のようにのたまっておりますが、御自分は露払いだということを御忘れなきよう……」

 

「しまらねぇなぁ……最後くらいかっこつけさせろよ」

 

 

 そんな会話を。

 地面よりも深く、より底から響いてくる音が出迎える。

 

 音を無理矢理に例に例えるならば――脈だ。

 首や、手首。手っ取り早く心臓の真上を押さえてもいい。音ではなく、感じ取れる圧の定期を長く長く――伸ばしたもの。

 

 しかしまだ浅い。三河に降り、よほど意識しなければ感じることは無いだろう。

 

 

「Jud. ――新名古屋城の中央統括炉、ならび、四方の地脈炉も正常に暴走中(・・・・・・)。元信公の悲願も、もうすぐ、ですか――」

 

 鹿角が夕暮れに染まり行く空の中、去る艦と来る艦をその感知範囲にて把握する。

 

 

「――三征西班牙(トレス・エスパニア)の審問艦のようです。おそらくは」

「『西国無双(立花 宗茂)』が乗ってる、だろ? ……楽しみだ。二代があれに挑む様を俺――いや、()は見ることはあるまいが」

 

 感慨深く――しかし、どうでもいいように。

 

 外套を払い捨て、物々しい戦外殻を露にする。黒い重装甲は忠勝の、老いてもなお屈強を誇る体躯を更に大きなものに見せた。

 

 

「『槍』を」

「Jud.」

 

 

 忠勝がそれを告げ終わるか否か、鹿角とは別の自動人形が何処からか現われ、布に覆われた長物を鹿角へと手渡す。鹿角の手によりその布が払われ―― 一本の槍が姿を見せた。

 

 槍の銘は、『蜻蛉切』――かつてある戦国武将か愛用し、穂先に止まった蜻蛉が、ただそれだけで両断され落ちたことからその名が付いた。

 それが現代。神格武装の一角として、世に名を馳せるべく再び蘇っていた。

 

 

 そして、それを手にする武将こそが――

 

 

 槍を手に、軽々と二度三度と風を唸らせ円を描き、ゆっくりと航行する三征西班牙(トレス・エスパニア)艦にピタリと穂先を合わせる。

 刹那に浮かべたのは、野獣のような笑みだった。東国無双を背負う己と、西国無双を背負って立ったばかりの男。――ああ、試したい。今すぐに……そんな、大火にそっと蓋をして、蜻蛉切を肩に担ぐ。

 

 

「――では、軽く済ませてくる。では、後でな」

「Jud.いってらっしゃいませ」

 

 

 せめてこっち見て言えよこいつは、と苦笑を浮かべ、歩き去っていく忠勝。

 

 その背を見ずに見送った鹿角は、自分の役目を果たすべく、回線を開く。

 

 

「……これより、花火の準備を始めます。総員、それぞれの状況を開始しなさい」

 

 物陰から、建物の影から、何も無いところから、次々と現われる完全同型の自動人形たち。夕暮れの街に高く飛び上がり各所へと散っていく彼女達を見届け、鹿角は最後に通神を開く。

 

 

「――元信公、予定通り開始いたしました」

『Jud. こちらでも確認したよ。……『花火』がばれるのはきっと八時過ぎになるだろう』

 

 通神の向こう側、学者帽を頭に乗せる、三河当主――松平 元信。焦りなく、しかし油断のない笑みは、どこか、心を冷やすなにかがあった。

 

『でも彼……これでいいのかい? 『鹿角』の名を持つものとして』

「Jud. ――これ以上なく、楽しんでおられましたから。『俺』などと、自身を呼ぶほど浮かれておいででした。……元信公、貴方様が何をお考えかは分かりません。ですが、仕える身として、最後までお付き合いいたします」

 

 

 自動人形が故に、迷いは無く。

 武家の女が故に、憂いも無く。

 

 

「――存分に始め、そして主催としてお楽しみください。これより始まる、世界を相手にした三河最後の花火を――!」

 

 

 

 ――夕闇を闇が勝り切ったころ。三河の山の一角にて、全ての始まりを告げる火の手が上がるのは……もう少し、後のことである。

 

 

 

 

 

***

 

 

ただ、勝つもの

 

……ただ、次ぐもの

 

 

 友を分かつは――名前と何か

 

 

 

配点【信念】

 

 

***

 

 

 

 昨今の今、彼を知るものが今の彼を見たら、唖然とするか目を疑うか。

 

 昨今の昨、彼を知るものが今の彼を見たら、憮然とするか目を疑うか。

 

 

「ちっ、俺も衰えたもんだねぇ……! 昔はもうチョイ速度出せたんだけど、なぁ!」

 

 

 夜の闇を駆ける。手に光源を持っているはずが無く、明かりは僅かな月明かりのみ。当然にして暗い。そしてなにより、道が悪い。今朝方よりはそれでもマシだが、走ることに適しているとはお世辞にも言いがたいだろう。

 

 そんな中を、疾走し続けている。煙管を咥えたまま、そして息を乱すことなく、運動による汗も流すことなく。

 

 

 力量関係において武蔵から逃げ回っている学長――はここに居ない。

 

 松平四天王が長、酒井 忠次がそこには居た。

 

 

 

(十数年……いや違う! この十年で三河に何があった、何が世界で動いたってんだ……!?)

 

 

 自身へと問う。しかし、答えは浮かんでは来ない。それを知っているだろう友は、その謎を残しただけで消えてしまった。

 

 自分に出来ること、それは、ただ戻ることであった。

 松平四天王の長ではなく、左遷された男として……武蔵へ。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 木々が開け、道も空いた。

 加速するには最適であろう環境変化だ。……にも関わらず、酒井は土煙を上げるほどの急制動をかけ、疾走を止める。咥えた煙管を強くかみ締め、腰に帯びた護身用の短刀を逆手に構えた。

 

 

 殺気。濃密な強者。

 数は、二つ――!!

 

 

「おいおい、こんな老いぼれになんのようだよ、おじさん、さっさとお家に帰りたいんだけどなぁ……!?」

 

 

 おどけているが、内心では盛大に舌打ちをしている。

 

 短刀一本でどうにかできるような相手ではない、二つのどちらも――。

 

 

 

 

 

「――衰えたかと思ってはいたが、勘は鈍ってなかったようで安心したぜ酒井。もう半歩入ってたら、結んでた(・・・・)ところだ」

 

 

 

 

 闇の中から、月明かりに照らし出されて現われたのは―― 一仕事を終えてきたといわんばかりの本多 忠勝と鹿角の二人。

 

 

「だっちゃん、やっぱてめぇかよ……! 道理で浴びたことのある殺気だとは思ったけどよ……!」

 

 

 知人である。だが、警戒を解くことは出来ない。

 未だぶつけられてくる殺気は、知人とわかっても幾ばくかも減ってはいないのだから。

 

 

(この野郎、あと半歩入ってたら本気で『割断』する気だったな――ッ!)

 

 

「んで? その格好は一体なんのつもりだよ、だっちゃん。酒飲みすぎて一番ヤンチャしてるときまで頭がもどっちまったか? ――それにしちゃあ、神格武装の『蜻蛉切』まで持ち出すなんてどうかしてるぜ……!?」

 

「……希望的観測は、もう捨てているはずだ酒井。いらん言葉遊びをするつもりは、我には無い」

 

「ってことは、さっきの爆発はだっちゃん、てめぇの仕業か……!」

 

 

 

 Jud. と短く答えた忠勝に対し、ジリ、と酒井が後ずさる。酒井の短刀では距離が遠すぎる。一足一刀のその倍はあるだう。距離を詰めるにしても二手。更に、この二人の相手に切りかっても勝てる気が欠片もしない。

 

 されど、忠勝に――蜻蛉切にとっては造作も無い距離。一足を踏み出すも無く、酒井を断てる射程範囲内なのだ。

 

 

 

「なら、いる言葉遊びならいいってか? ……なら、答えろだっちゃん!! 三河は何をしようとしている!? さっきから強くなってるこの揺れはなんだ!?」

 

「――地脈を暴走させている。もうてめぇの中で答えは出てんだろ? 希望的観測はやめて置けよ。あと、三河が何をしようとしているか、か――……我は知らん。三河が、いや、殿が何を思い考え、何をしようとしているのか」

 

 

 知らぬ、と忠勝は言い切った。

 

 答えない、のでは無い。本当に知らないのだろう。知る気すら、微塵にも。

 

 

「なら榊原が俺に伝えてくれた『創世計画』、これはなんだ!? この地脈の暴走に関係があるのか!?」

「さあな。これが創世計画の起点らしい。詳しいことは知らん」

 

 

 酒井の懐にある、無数の白紙――に見える、手紙。月光、光にかざさなければ見えないように態々手の加えられた伝言。

 それを残し、榊原は消えた。比喩では無く、何の痕跡も残さずに。

 

 

「なら、『二境紋を追え』……榊原の執務室に血印の二境紋があった! 公主隠しを追えとも言っていた! これと何か関係があるのか!?」

 

「――忠勝様」

 

 

 一連のやり取りの中、沈黙を貫いていた鹿角が視線を上げつつ、短く言葉を発する。

 

 木々を揺らし、三人の上空を飛翔していく――三機の武神。赤と白を主色とし、所々に十字架を連想させる武装が目立っていた。

 

 

「……聖連の武神、か。流石に番屋を潰されて焦って出てきたか……尤も、まだ地脈の異変には気づいていないようだが。だがまぁ、これで、お前も簡単に武蔵には戻れなくなったってわけだ」

 

 

 酒井が顔をゆがめる。突如として消えた二人からの殺気。同時に霧散していく敵意。

 

 

 謀られたのだ。見事なまでに。

 

 時間を、稼がれたのだ。

 

 

 

「だっちゃん、本気なのかよ……!?」

「応、本気だとも。我は殿の命に従うのみ。殿が勝て、というのであれば『ただ、勝つ』。ゆえの我が『忠勝()』だ――お前は、お前の名を果たせ」

 

 

 

 

 外敵に勝つことで忠義を示す、忠勝。

 

  

 

 後世に……未来に次がせることで忠義とする、忠次。

 

 

 

「だっちゃん――死ぬ気かよ……!?」

「それさえも知らん。……が、まあ順当に言って、普通に死ぬだろうな」

 

 あっけらかんと、何の気負いも無く忠勝は自身の死を明言した。

 

 

「――さっきの問だが、答えてやるよ酒井。尤も、変わらず『知らん』だがな……おい、答えてて悲しくなっちまったぜ。我なんにも知らされてねぇじゃねぇか……」

「Jud. ――元信公の判断が正しいかと。忠勝様に壱から拾をお伝えしても零さえ拾われませんから」

「……弐くらいは流石に拾うぜ? 多分」

 

 

 

 

 

「ふざけてる場合かよだっちゃん……! 娘はどうすんだ!」

「……あれの自由、昼間そういっただろうが。問答は終わりでいいか? これ以上は我のほうが時間を稼がれちまう」

 

 忠勝はそういい、鹿角とともに距離を詰める。酒井が未だ短刀を構えているにも関わらず、無造作に、無用心に。

 

 それを酒井は――止める術を持っていなかった。

 

 

 

 

「……最後に聞かせてくれ、だっちゃん」

「――これで最後だ。この次に問うたら、『結ぶ』……なんだ?」

 

 

 

 

「『守り刀を守れ(・・)』――榊原が残した伝言の一つだ。なにか知ってたら、教えてくれ……」

 

 

 

 すれ違い、お互いにお互いを見ぬままに。

 それでも、忠勝が少しばかり意外そうな顔をしているのが分かった。

 

 

「榊原がそんなことを、な……悪いが、それも知らん。……知らんしわからんが、守ってみれば答えは出てくるじゃねぇか?」

 

 

 ――守り刀を、守れ。酒井が知る『守り刀』は、止水ただ一人だけだ。それを守れという。

 

 何から守れというのか、どう守れというのか。

 榊原とて、守り刀を知らぬわけがなく、むしろ詳しいはずだからこそ余計に意味が分からない。

 

 

「もういく。――お前()しっかりやれよ……」

 

 

 

 その言葉を最後に、忠勝と鹿角が歩き去っていく。方向からして、新名古屋城。

 

 振り返りはしない。今振り返れば、自分の言葉は彼をきっと止めようとするだろう。

 そうすれば、忠勝は酒井の敵となる。

 

 

 

 ――友との別れは、あの酒の、何気ない席だったらしい。

 

 

 

「ちくしょう――とんでもない娘押し付けやがって……!」

 

 

 短刀を、血のにじむまで握り締める。

 

 そして、酒井はまた駆け出した。もしかしたら、万が一の可能性で武蔵に戻れるかも知れない。その一縷に賭けて、駆けた。

 

 

 

 

 三河の最後の花火。

 その時は、もうすぐだ。

 




読了ありがとうございました。


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