境界線上の守り刀   作:陽紅

139 / 178
一章 刀、得る 【弐】

 

 

(因果――と、呼べるものなのでしょうかね……)

 

 

 そんな感想を、宗茂は胸中の深いところで抱く。

 

 ――大罪武装。神格武装に類する、人の持つ大罪をその名に掲げた大量破壊兵器の総称だ。故、松平元信公が作成し、各国へ貸与した武装である。その内の三征西班牙にあった二つ……その一つを宗茂が所持していたのは、まだほんの二月前のことだ。

 ……そして敗北し、今同じ教室にいる本来の持ち主へ返却されたのも、同じく二月前である。

 

 

 さらには自分に勝利した女性も同じ教室にいる……と言うより目の前の席だ。

 一日の中で何度か頭がカクンと上下したのを、宗茂は隣にいる誾と共に確認しており、教師の意識が向いた時だけは覚醒しているという無駄に高度な居眠りスキルに感嘆したものだ。(隣の誾は頬を引きつらせていたが)

 

 

(姫ホライゾンが現在持つのは『悲嘆の怠惰』、そして、英国でメガネの彼がトマス・シェイクスピアから簒奪した『拒絶の強欲』……それについて、『大事な話』ですか)

 

 

 壇上に進む小柄な男子生徒と……それに続く、大柄な緋色。

 

 言葉を作ったのは、当然にして、ネシンバラだった。

 

 

「時間を取らせてすまない。そして、残ってくれたことに感謝するよ」

 

「前置きはいい。さっさと本題を言え。……しょうもないことであったなら、拘束時間として貴様から給料請求するからな」

 

 

 守銭奴の守銭奴らしい返しだが、いつもの強さや勢いがあまり無い。真面目な話だ、という確信がシロジロの中にあるからだろう。

 対してネシンバラはJud. と頷き、言葉を続ける。

 

 

「さっきも言った通り、これから聞いて欲しいのは『大罪武装』に関してだ。みんなわかっていると思うけど、現在武蔵は二つの大罪武装を所持している」

 

「三つです。ネシンバラ様。ホライゾンをお忘れです」

 

「訂正はしないよ? そこらへん、他の外道たちよりデリカシーがある人間だからね僕は」

 

 

―*―

 

 

 

マル画『ちょっとあのオタクメガネ、調子乗ってない? この超温厚な私がイラってきたわよ』

 

賢姉様『ナルゼが超温厚かどうかは知らないけど、『聖人君子』の体現者であるこの優姉様をムッとさせるなんて、あのオタク駄メガネ中々やるじゃない?』

 

あさま『主に私の加害者二人が何言ってやがりますか! ほら、ネシンバラ君もあからさまに個人を指名する感じで視線を……私にも向けているのはどーいうことなんですかねーこれは』

 

約全員『そーいうことなんだろ(笑)』

 

 

ベ ル『わた、し、そんな、酷いこ、と。言ってる……かな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

俺  『おーっしみんな落ち着け。おーけいおーけい、ステイだステイ。手に持った弓とか鎖とかペンとか剣とか構えた拳とか義腕とか、そーっと下ろせ? な? 素数っての数えると落ち着……素数ってなんだYO!? 

 おーい、浅間、ちょっと宗男とその嫁にチャットのあれこれやってくんね? あとメアリにも』

 

あさま『脈絡って言葉もあとで一緒に調べておきましょうねトーリ君。メアリさんはもうできますよ? いまは点蔵君に身を寄せて一緒に見てますけど。立花ご夫妻にはまだでしたっけ。――Jud. 簡易契約ですが、はいどうぞ』

 

 

 ――立花夫 さん が入室しました。

 

 ――立花嫁 さん が入室しました。

 

 

 

立花夫『あ、どうもです。浅間さん。皆さんも、不慣れですがよろしくお願いします』

 

立花嫁『宗茂様共々よろしくお願いします。で、私共は第三者的な立場でよろしいでしょうか? ……正直、至宝殿を凹ませたあの男に十字架砲(アルカブス・クルス)叩き込みたいのですが』

 

俺  『おめぇら名前打ち合わせてたのかよ!? そして流石ベルさん。宗嫁をもうオトしたか。んで、だ。とりあえず……』

 

ベ ル『おと、す? ……なに?』

 

俺  『ベルさんはベルさんのままでいてネ? ってことだ! んっで、よ。なんかネシンバラの話、ダムがメインっぽいから――処刑、あとにしね? うんちく語らせるだけ語らせて、満足したところでよ。上げてか〜ら〜の〜地獄のいつものパターンで』

 

 

メガネ『彼になにするつもりかな? 将来的に介護とかそういうのは……寝たきりの彼にいろいろとするのもイイけど、しばらくは勘弁して欲しいんだけど』

 

 

 

俺  『ネシンバラの持ってる秘蔵エロゲ三本でどうよ?』

 

メガネ『五本で手を打とう。フフ、楽しみだなぁ』

 

 

 

あさま『……どーして英国から、こうもさらっと混信できるんですかね? 一応これ、神道術式でいろいろとしてるんですけど……』

 

 

 

―*―

 

 

「……ねえ、どうしてみんな、僕をそんな『屠殺場に向かう家畜見送る様な目』で見るんだい?」

 

「いーからいーから、続けろよ(最後の)説明」

 

 

 トーリが促し、ネシンバラが数秒訝しむが、まあいいかと咳払いを一つ。

 

 

「……で、その二つの大罪武装だけど……『悲嘆の怠惰』はまあ、ホライゾン君が普通に砲撃で使えるからいいとして」

 

「使っていますが、大量破壊兵器と言いながらこの『悲嘆の怠惰』。戦績的には宗茂様が所持していたころから遡っても中型戦艦数隻と栄光丸を墜とした程度なのですが……あと、いい加減『悲嘆の怠惰』という名がちょっと痛い上に長ったらしいので、ここは一つ宗茂砲と呼ぶ様にいたしましょう」

 

「あ、あの、姫ホライゾン? 何ゆえ私の名前が……」

 

「Jud. この悲嘆……宗茂砲の前所有者である立花 宗茂様に敬意を評しまして」

 

 

 ホライゾンは真顔だ。自動人形だから当然なのだが、それにしてもふざけている様子が一切見られないので宗茂も反論ができない。

 

 

「で、この戦果イマイチな宗茂砲をホライゾンが所持するのがいいとするなら、ネシンバラ様が議題に上げたいのは『拒絶の強欲』ですか?」

 

 

 ――宗茂様!? お気を確かに! ……結構いい音の頭突きが机に!

 

 早くも梅組に馴染み出している宗茂に苦笑しつつ、ネシンバラは頷きを見せた。

 

 宗――『悲嘆の怠惰』は、剣砲型の武装だ。斬撃と射撃を両用し、蜻蛉切と同じく『割断』の術式を有している。そして、その超過駆動をもって、大量破壊兵器たる『掻き毟り』を発動させる――言われる通り戦績はあまりよろしくないが、それでも兵器であることに間違いはない威力はある。

 その所有者であるホライゾンが戦闘訓練を行っていないため(拳打は除く)、剣と割断の力は無用の長物と化しているが、それでも、固定砲台として十二分ホライゾンを戦力にしているのだ。

 

 

 

 

 だが、もう一つの大罪武装……『拒絶の強欲』に関しては、完全にホライゾンの手に、文字通り余るものであった。

 

 

 形状は黒白の大楯。強度はかなりあるようで、通常の防盾としても十分に使えるだろう。その超過駆動は所持者が受けた『あらゆる痛み』を内燃拝気……流体として蓄積するものだ。分かりやすくゲーム風に言うと『受けた攻撃をMPに変換できる』というものである。

 

 この時点で大量破壊兵器というカテゴリーなのか? と疑問を抱かれるが、総量にして『悲嘆の怠惰』の()解放超過駆動一発分の流体を補えるのだ。現状六割ほどの威力でしか使役していないことを考慮すれば、『掻き毟り』が事実上三連射できる。単体ではなく、他の大罪武装と連動することで力を発揮するのである。十二分に兵器だろう。

 

 

 しかし……『拒絶の強欲』は何度も言うが、盾なのだ。

 

 

 宗茂砲により固定砲台化。さらには武蔵副王にして松平の姫という立場のホライゾンの戦場でのポジションは、本陣営の最奥……つまりは最後尾。前に出てくるとしても最終局面だけだ。

 そのホライゾンが盾など使うような場面がそう頻繁にあるわけがなく、そもそもそんな場面があってはいけないのだ。加えて、そんな所に入り込んでくる実力者の攻撃に、戦闘訓練を行っていないホライゾンが盾を持ったところで対処できるのかも怪しい。

 

 英国でシェイクスピアが使っていたように自身の作品への批判やら自己嫌悪などの精神的な痛みも流体に変換できるが……自動人形、そして未だ数多の感情を奪われているが故に、効力は限りなく低いだろう。

 

 

「なるほど……一週間前にホライゾンへ『拒絶の強欲』を借りにいらっしゃったのは、ホライゾン以外のどなたかに『拒絶の強欲』を持たせ、流体を得られるかどうかを試すため、といったところでしょうか」

 

「――Jud. 正解だよ。そして、もうみんな大体予想してると思うけど……」

 

 

 ネシンバラの後ろ。止水が左腕を真横へ伸ばす。肘から少し先が術式空間に飲まれ、そこから黒白の大楯が取り出された。

 

 『拒絶の強欲』だ。ホライゾンやトーリたちの体型であれば大きく取り回し辛いだろうが、止水の巨軀であれば程よい大きさの盾か、少し誇張すれば少しゴテゴテした籠手のようにしか見えない。

 

 

 

「武蔵で最前線に、そして最も過酷な戦場に立つのは……止水君だ。

 

 ――そして三河・英国で実績を示してきた彼は、戦闘時になれば相手にとっての最優先撃破対象になるだろうね。だってのに、彼の防具は普通の布より頑丈な緋衣と鉢金……あとは全身の刀鞘もかな。それじゃああまりにも心許ないから、丁度いいかなって」

 

 

 笑う……苦笑だ。なにかを隠すようなその笑みは、すぐにバレた。

 

 そして、その隠し事もまたわかりやすい。『拒絶の強欲』の能力と、止水の状況を鑑みれば、この場の誰もが理解した。視線で本命題を言えと促され、ネシンバラは吐息を一つ。

 

 

 

「……Jud. お察しのとおりだよ。止水君が常時発動させている『守りの術式』……これで彼が奪ったみんなの負傷も、大罪武装は効果範囲としたんだ。それも、前の所有者であるシェイクスピア……彼女を軽く上回る流体供給効率を叩き出したよ」

 

 

 そう言って展開し、操作して拡大表示したのは一枚の表示枠だ。幾つかのグラフが描かれ、三つの内一つが他の二つに大差をつけているのがよくわかる。

 

 

「……英国後、ホライゾン君が大罪武装を手にして一週間。使い切った流体容量の回復は、およそ二割から三割だったんだ。そして一週間前、ホライゾン君から借りて止水君に渡して……どれくらいで容量限界になったと思う?」

 

 

 この発言の時点でホライゾンより流体変換量が多いと言っている、一週間で残りの七割から八割を止水が埋めたというのだから、変換量は単純に倍以上ということになる。

 

 

 

「……二日、だよ。それも、確認をした時にはもう容量限界だったから、もっと早い段階で満タンになっていた可能性もある」

 

 

 

 一同の視線が、止水に集中する。

 

 ……聞こえた吐息は、シロジロのものだった。

 

 

「平時でそれほど、か……戦時であれば、その数倍は行くだろう……ネシンバラ。二日で満ちたということは、残りの五日間の流体はどうした? まさか、無駄にしたわけではあるまい?」

 

「Jud. 武蔵の流体貯蔵に回してるよ。IZUMOからの燃料供給をかなり減らせているから、相当な経費削減になっているはずだ。今月の決済を楽しみにできるはずだよ」

 

 

 二人のやり取りは淡々としている。止水は、そんな変わらないシロジロとネシンバラのやり取りに笑っていて、だから……

 

 

 

「――あ、あの、ちょっと待ってください……!」

 

 

 

 智の控え目な、しかしハッキリとした声がよく通った。クラスの視線が集中するのを自覚し、すこしだけ息がつまるが、それでも勢いを前に向ける。

 

 続く言葉は、しかし上書きされてしまった。

 

 

 

 

「そーだぜダム! おめぇ、ちょっと待てよ! つまりはあれか? ……俺から非常電源的な役割まで取ろうってか!? 俺からそれ取ったらなにが残ると思ってんだ!? ああ!?」

 

 

 

 

「え、と。……トーリがまるまる残るんじゃないのか?」→止水

 

「違うわ、今は服を着ている全裸が残るんでしょ?」→ナルゼ

 

「むしろなにも残らないのでは? 綺麗さっぱりな感じで」→ホライゾン

 

「むしろ廃棄に金がかかる。残らないどころかマイナスだな……なぜ生きているのだ貴様は?」→守銭奴

 

 

 

 どこから、誰から武蔵っ子外道節が始まったかは諸兄の感性にお任せする。

 

 ……これで悲しみを抱かないトーリこそ、褒め称えられるべきなのかもしれない。

 

 

「ふざけなしですよ今は! ……あれ、もしかしてみんな本気だったりします?」

 

 

 憤慨する智に、むしろなに言ってんのコイツ? という視線が少なくない数向けられる。――平常運転だなぁ、と正純が心の片隅で思うが、片隅以外の大半が別の方向に意識を向けていた。

 

 

 

 

 ……合理的だ。

 

 と、ネシンバラの説明を聞いて理解する。

 

 

 そしてこれは、三河で教皇総長がやって見せたことの模倣だろう、とも。

 

 

 『淫蕩の御身』を術式の一部として構築し発動させることで、武装解除と並行して流体霧散を発動させていた教皇総長。これに対し、止水の場合は既存だが、守りの術式と『拒絶の強欲』を合わせることで、大罪武装の効果を最大限に発揮させるというのだろう。実際に実証され、ホライゾンが持つよりも流体供給量ははるかに多い。

 

 

 ……止水の守りの術式を止められない。止められないならば、せめてそれを最大限利用……いや、できる限り無駄にしないようにしようと言うのだろう。

 

 ……だが。

 

 

「えっと……反対は、浅間君だけかな?」

 

「え、ええ!? いや私だけですか!? いや、だってこんなの……その、上手く言えないんですけど、ダメじゃないですか!」

 

 

「――すまないネシンバラ。私も浅間と同じで反対だ。合理的だと思うし、それが最適解だと理解もできるが……納得ができない」

 

「わた、わたしっ、も……いや、です……っ!」

 

 

 続くように、正純と鈴が反対に。特に鈴は、珍しく言葉を強くして断固とした意思を示している。そして、武蔵の至宝の影響力は強く……智が最初に宣言した時より、正純が反対に回った時よりも、教室内の空気が明らかに変わっていた――それに巫女が若干いじけていたが、一人を除いた一同はスルーを選択している。『武蔵の至宝』は、あだ名でもなんでもない、純然たる事実なのだ。影響力がない訳がない。

 

 

「ふふ――もう。ダメじゃない浅間に鈴。そして愚弟愚臣愚衆共。アンタ達、一番大事なこと聞いてないじゃないの。

 

 ちょっとそこのメガネ、アンタに聞きたいんだけど……それの『言い出しっぺ』はアンタ? それとも止水のお馬鹿?」

 

 

 喜美の言葉に、教室の中であ、という顔と声が幾つか上がった。言った本人である喜美は薄く笑みを浮かべているが、その眼は真っ直ぐだ。真っ直ぐ……微塵にも揺らぐことなく、問いかけたネシンバラではない、もう一人を見ている。

 

 

「ああ、それ俺だよ。言い出しっぺ……っていうかどうかはわかんないけど、『出来ないか?』ってネシンバラに聞いたのは俺の方だ」

 

 

 英国でシェイクスピアから簒奪し、そして実際に黒歴史を晒して流体を充填したネシンバラ。わからないことは、経験者に聞くのが一番手っ取り早い――止水らしい、単純な思考だと苦笑が浮かぶ。

 

 苦笑し……そして、吐息が幾つか溢れた。

 

 

 

 この男の頑固さは、身を以て知っている。基本的には自分よりも他の意見に従うのに、ある特定の事柄になると止水は絶対に譲らない。

 

 そしてこの案件は……残念なことにその特定の事柄に当て嵌まってしまっている。

 

 

「ほら、俺は右でしか刀を使わないから、左が空いてるだろ? もし姫さんの大罪武装の盾使えるなら、丁度いいかなーって……」

 

 

 流体云々は、完全に『偶然の発見』というものらしい。しかもネシンバラが気づかなければ、多分当分は知られなかっただろうとも。

 

 

「ふう、そういうことよ浅間に鈴に貧乳政治家。あきらめなさい。この大バ刀の頑固を説得しようなんて時間の無駄なんだから。

 

 

 ――そ・れ・よ・り」

 

 

 ……ニヤリ、と笑う幼馴染の女の笑顔に、その幼馴染たる男はゾクリと背を震わせた。

 

 

 

「……認めてあげるかわり、罰として色々やらせたほうが、よっぽど有意義だと思わない?」

 

「姉ちゃん姉ちゃん! すっげぇな! 俺いま軽く本気で『頭おかしくねぇ?』って思っちゃったぜ!」

 

「んふふ、まだまだレヴェルが低いわね愚弟。オトナの階段上がる勢いで経験値積んでレヴェルアップしなきゃだめよ?」

 

 

 

 

(……あれ、なんか良くない感じの流れだこれ)

 

 

 

 

 なお、(止水)にとっては、という注釈がつくのは言わずもがなである。

 

 喜美の言葉が理解出来ないのは、自分が多少以上に馬鹿なことも原因だろうが……相手である喜美が多少以上に狂人なのもきっと原因に違いない。そんな喜美の発言に対して、智が『その手があったか』と言わんばかりに拳を掌に打っており、なかなかに図太い神経を見せつけている。

 

 

 鈴は納得がいかないのか、すこし不機嫌そうに頬を膨らませている。流れが、止水の大罪武装所持を認めるものになっているからだろう。

 

 手指で机を四回、二回、二回、とすこし複雑に回数を分けて軽く叩いて、プイと顔を背けた。

 

 

 

 

 ――そんな鈴の様子を確認して、喜美が片目を瞬き笑う。自他共に認める良い女である彼女のウインクに普通ならドキリとしそうなものだが、止水はこっそりため息をつくだけだ。

 

 

(……あとで、なに要求されっかなぁ)

 

 

 友人達は自分を頑固だというが、鈴も相当に頑固だと止水は思っている。

 喜美は、そんな鈴を説得してくれたのだ……もし反対に回ったなら、一番説得に骨を折ることになっただろう鈴の説得だ。かなりの難題を報酬として要求されるだろう。

 

 一番無難で長丁場の買い物の荷物持ち、次点で武蔵甘味屋巡りだ。一口二口食べて乙女的思考回路(太りたくない)で止水に残りをサーブしてくるのだが、食べてる最中は理不尽なことに睨まれるのである。

 ……服屋でどう? と下着を体に当てて聞いてくるのは流石にもう勘弁してほしい。いくら鈍いと言っても男なのだ。恥ずかしい上に居た堪れない。

 

 なお、要求はガチだ。場を上手く濁すために〜なんてフリではなく、この幼馴染は本気で要求をしてくる。

 

 

「それで納得してくれんならそれでいいけどさ――……あ、反対票あげた喜美たちだけな?」

 

 

「「「「ちっ……」」」」×多

 

 

 古株の級友たちがかなり本気で舌打ちをした。見学していた教員からも聞こえた気がしたが、気にしないようにしよう。最悪の状況、『全員からの要求殺到』が回避できただけでも御の字だろう。

 

 

 

 

 舌打ちをしなかった少数組にいた正純は、結構真面目な話をしていたはずなのになぁ、と、また苦笑する。その真面目な雰囲気はすでにぶち壊されていて跡形もない。

 

 平常運転だなと正純が本日二度目の感想を心の片隅でまた思い――……。

 

 

 

(そもそも、どうして止水は()()()()()使()()()()()()……?)

 

 

 止水が今しがた、自ら言っていた理由。右でしか刀を使わないから、左手が空いている――そう明言するということは、そうと意識して右手しか使っていない、ということになる。

 

 

 記憶を辿る、一年と数ヶ月。鞘をつけたまま降っているところを一年、初めて銀色の刀身を抜き放った数ヶ月。左手が刀に触れた事は一度しかない。その一度も、三河で『鈍』による抜刀術の際に、鞘を握り鍔に指掛けた程度だ。明らかに両手持ちである大太刀を使うときでさえ、止水は右手しか使わない。

 

 

 

 ――『守りたい誰かの手を引いて行くために』……その一族は片手で刀を繰るという。それでも、限度があるだろう。右を空けて左で振れば、済む話だというのに、頑なに右で振るうことに拘る理由。

 

 

(……また、私が知らないことか)

 

 

 吐息一つ。半目で我欲を隠そうともしない友人たちを眺める止水を、半目で見返す。

 

 

 

 ――まあ、いい。

 

 丁度良く、正純は止水の大罪武装所持に反対意見を示していたので、要求ができる権利がある。この際だから、色々と搾ってやるとしよう。

 

 

 

 

 

 ――ブルリと身を震わせ、警戒するようにキョロキョロと周りを見る武蔵最強は、なぜか獲物として狙われた草食動物に見えたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

  《おまけ……だぎゃー? ……でいいのか? トーリ》

 

 

 

「あ、そ、それっ、なら! 私の、お願い、で、たいざっ、武装、持た、ないでっていうの」

 

「……えっと、鈴? それしたらさ、俺何にもしてないのに喜美たちの要求聞く羽目になるから。あと流石にホンマツテントウってやつだ」

 

「……ぅー、むーっ!」

 

 

 

 『ベルズ・ハグ』からの、秘奥義――『ベルズ・ヘッドバット(頭突き)』が、ポスポスと止水の後頭部に炸裂したそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。