睡魔に負けて、つい居眠りしてしまう――誰にでも、一度くらいはそんな経験があるだろう。
麗らかな陽気に瞼が重くなったり、特にすることがないのでぼんやりしていれば……などなど、その原因は様々で、また多様だろう。
殊更――『昨晩寝ていない』と『座学授業中』のコンボが決まった時には、その眠気は強く抗い難いものになる。教師の言葉は子守唄となり、机が寝具に腕が枕に。教科書の文字列が睡眠導入剤になって……牙城が崩れ敗北したとき、人は『落ちる』。
「よーし、それじゃあ、一人づつ順番に、ソモサンセッパしていきましょうかねー。あ、大丈夫よ? 今日の授業を
――…… ネ ェ ?」
――ゾッ、と背筋が、冷氷を超えて、ドライアイスか液体窒素でも突っ込まれたのではないか、というほどに冷える。
瞳のハイライトが消え、笑顔という名の元に剥き出された犬歯が、生態系の頂点である捕食者を連想させ……『逆らうな……! 命惜しくば……!』と、哀れな、しかし自業自得な四人の獲物に、例外なく思わせる。
リアルアマゾネスがクラスアップし、バーサーカーへと変貌を遂げていた。
「さあ、て。ソモサンセッパする前に、一応情状酌量の余地があるかもしれないから、言い訳くらい聞いてあげるわ。まぁ・ずぅ・はぁ……ウッルキ、アーガーくーん♪」
「J,Jud.!!」
ひ、から始まろうとした悲鳴は、喉の奥で必死に抑えた。声の裏返りはどうにもならなかったが……半竜の巨体が直立不動のまま、敬礼をする。
「きみはー、なーんで寝ちゃったかなぁ? んー? 先生に対する宣戦布告カナー?」
「め、滅相もありません、マム! さ、昨晩、睡眠ができず、それ故に拙僧、睡魔に負けました!」
「なんで寝れなかったのかなぁ?」
「――幾人もの
馬鹿がここにいた。
「よーし、それならそんな原因はあとで燃やしてしまいましょうそうしましょう。浅間ー、焼却炉の準備よろしくぅ」
「ひ、J,Jud. !! 」
とばっちり来ましたよ……! あとで神道術式で超祟りますからねウルキアガ君……! と巫女が青い装甲まで白くなり、全体で真っ白になった半竜を睨みつける。ズドンは確定だ。
「じゃあ、次はー……おっひろ、しきぃ♪ 幸せそうな笑顔浮かべて爆睡してたわねぇ?」
「ひぃ! おゆ、お許しを! 小生も昨晩眠れず、あ、ですが、そこな半竜と違って、小生は御広敷家の仕事をしていまして!」
「キサマぁ! 友を犠牲にするかこの外道がぁ!」
「なにを言いやがりますか! 小生の生贄率からしたら皆のほうが断然外道ですからね!?」
「お黙れ。仕事の内容は?」
「あ、Jud.!! 御広敷家が運営する、孤児院のよ……児童達の写真整理をしていました!」
……そう言って、自分が怪しまれないと本当に思っているあたり、この男も馬鹿であろう。
「……。浅間ー、番屋に一報入れて家宅捜査依頼よろしくー」
「え? また私? あ、はい。Jud. 」
あっれ私ご指名二回連続ですよ? と顔を引きつらせながらも了承する。ズドン二射確定だ。的はどちらも大きいから、威力上昇の術式だけでも十分に当たるだろう。
「さぁて、つ・ぎ・ は〜」
「せ、センセーごめんなさいナイちゃんが全面的に悪かったので許してクダサイ……!」
三人目は、前二人の男に比べて大変潔かった。
その三人目だが艶やかな金の六翼が、今や小さく小さく畳まれている。捕食者から逃れようと有翼の遺伝子が本能でそうさせているのだろう。日頃の陽気なニコニコ顔は流石になりを潜め……糸目が涙目となっているマルゴットだ。
プルプルガタガタと震えている彼女の姿に、なにやらビビッときたナルゼが猛烈な勢いでペンを走らせている。後ろに座っている喜美が、珍しくその行動に呆れて顔を引きつらせていた。
(ちょっとナルゼ、アンタ……そこはもう少し場面を引っ張るべきよ? ほら、もっと加虐心的なのをファイヤーさせるべきじゃない?)
(マルゴットのイジメてオーラを全開にするのね……! やってみるわ!)
近隣のメンバーが「うわぁ……」とかなり本気のドン引きを見せているが、二人は一切気にしない。
流石にマルゴットが哀れに思えてきたのか、アマゾネスがバーサーカーモードを一時解除した。
「うーん、先生もコレ、ちょっと責めづらいわー。マルゴットがこういう事やるの珍しいし……なにかあった? 体調悪いとか?」
目にハイライトが戻り、口調もいつものサバサバしたものに。
梅組のメンバーが「アマゾネスが先生してる……!?」とかなり本気で戦慄していたので、軽く睨んでおく。
「……えっと、ガッちゃんの原稿の締め切りが近くって、それを手伝ってたら徹夜を2日くらい……」
控え目なマルゴットのその発言に、流石にナルゼのペンが止まる。――手伝わせたことは事実らしい。
『徹夜はスポーツ』という謎名言を公言しているナルゼだけあって、二徹程度ではビクともしない。だからこそ、マルゴットの疲労度合いに気付けなかったのだろう。
情状酌量の余地有りねーこれは。と、オリオトライが内心で温情をかける。しかし、居眠りは居眠りなので罰は必須だ。減刑を言い渡し、次からは気をつけるようにと一応の釘を差す。
その対応に前の男二人が贔屓だ差別だと喚いたが、誰一人取り合うことはない。うるさいので再び睨んで黙らせる。
「で、最後の……」
オリオトライが視線を、少し上に上げながら隣へ。
「あー、アンタはいいわ。うん」
「……あれ? 俺だけ言い訳する機会すらないの?」
そう異議申し立てしたのは――梅組において、昼寝・居眠りと言えばこの男、止水だ。オリオトライは、ウルキアガが弁明している時から『どのような言い訳をすべき』とあれこれ考えていたのは視界の隅で捉えている。
オリオトライがマルゴットの体調云々を心配するあたりで気遣うような反応を見せていたが、それ以外はずっと考えていたようだが。
「どうせ内容まとまってなくて、『言い訳面倒だからいいや』って感じなのを言うんでしょ?」
「…………」
――沈黙は肯定、とはよく言ったものである。
止水も寝不足なのだろう。止水は昼寝・居眠りをよくするが、授業中は意外にも真面目に受けているのである。……真面目に受けても学力に反映されていないのが残念なところではあるが、学ぼうという姿勢は梅組内でもかなり上の方だ。……少なくとも小説書いたり漫画草子描いたり金勘定したりしている面々よりはずっと先生受けはいいだろう。
二週間の深夜バイトは、流石の止水でも疲れるものだったらしい。深夜バイト後は始業の鐘が鳴るギリギリまで寝ているのだが、今日はそれほど睡眠時間が取れなかったようだ。
そして当然、オリオトライも深夜バイトの情報を知っている。さらに、寝たと言っても最後の方で数回舟を漕いだ程度だ。
「――よっし、そんじゃあソモサンセッパ、はじめるわよー」
情状酌量してやらないの? と大多数が思い、二人ほど道連れができたことに暗い笑みを浮かべていた。
「じゃあ、まず、超基本情報。
「俺? えと、由来って……歴史とかそっちじゃないなら、土地がそのまんま、六角形……だからだよ、な?」
答えて、しかし不安なのか、チラチラと視線が正純やら智、ネシンバラあたりの座学成績優秀者に向かう。図体はでかいのに、まるで小動物のようだ。
「Jud. 正解よ。じゃあ次――」
止水に問われた問題の内容の簡単さに、ウルキアガと御広敷が内心で安堵する。どうやら常識系の問題のようだ。猿でも、の下りは本当だったらしい。
「そんな六護式仏蘭西だけど、両隣をM.H.R.R、K.P.A.Italiaに囲まれてるわ。前ローマ帝国から三つに分かれてこの三国になったわけだけど、六護式仏蘭西だけほかの二国に明確に劣っていた――その理由は? ……はい御広敷!」
「Jud.!! 難易度がバリ上がりしてます! ……あ、いえ、今のが答えじゃありませんからその陽炎を登らせる拳は下げましょう!
――えぇっと。劣っていた……今言われた通り、『二国に囲まれていたから』では、ないのです、か?」
前後か左右か、挟まれていたら国として非常にやり辛いし面倒だろう――という御広敷の答えに、オリオトライは笑った。
「はい残念。そういうのは国力上げたり外交頑張ればどうとでもなるでしょ? ……まあ、やり辛い上に最初っから劣勢状況だったから、それも理由の一つであったかもしれないけど、問題はもっと根幹、努力とかじゃどうしようもないことよ。
……それじゃあ答えは――あら、なに浅間? 答えたいの?」
「あ、あの先生? 私、今日まだなにもしてませんよね? 『ちょっと集中しすぎだなぁ』って思うんですけど……それにほら、その答えなら三河でその手の話をしていた正純とか、説明が取り柄のネシンバラ君とか!」
『まだ、ってことは何かする予定なのかあの巫女』『ついに戦略的ズドンでアマゾネスに挑むのか』と周りがヒソヒソと話すが智は棄て置いた。放課後に弓の練習がたくさん出来ると思えばいい。
指名された二人は、それぞれ苦味の度合いの違う苦笑を浮かべていた。
「ねぇ浅間君? その言い方だと、僕がまるで『説明だけが取り柄の役立たず』に聞こえるんだけど」
「「「「えっ、違うの?」」」」
苦味の濃い苦笑を浮かべていたネシンバラが反論するが、梅組古参のメンバーがほとんど異口同音で反論を封じられる。間髪容れない、咄嗟に出たからこそ全員が本心で言っているのだ。
「くっ……ぼ、僕だって一応、英国じゃあ『大罪武装とってくる』って大きい戦果を上げてるんだけど?」
「あらやだ。作戦司令を全部アデーレに丸投げして英国で現地メガネ妻こさえてたオタクがなんか囀ってるわよ愚弟! あんたも見習いなさいあの手の早さ!」
「ねぇちゃんねぇちゃん! 取り敢えず前! 黙って前見ようぜ! 先生がなんか全身から陽炎登らせて……ん? なんだこの表示枠」
眼 鏡『へえ、そっちじゃそう思われてるんだ。まあ、いいんじゃない? それ、公式にしようか。私のほうで広めておくね』
「…………」
「「「「…………」」」」
沈み、黙る……まさに沈黙した。直前に貶した喜美でさえ同情からか、ネシンバラからそっと視線を外している。
多人種、多宗教が混在する武蔵だからだろう。手を合わせたり十字を切ったり、様々な形で彼の冥福は祈られた。諦めてたまるかと猛烈な勢いでいろいろな表示枠を出しては字盤を叩き出し、火消しか抗議かの作業を行う……もう授業どころではないようだ。
「……さーて、じゃあご指名も受けたことだし、正純、答えは?」
「(こ、この空気のなか言うのか……)……Jud. 明確な指導者、王位を持つ存在の不在。六護式仏蘭西にはM.H.R.RやK.P.A.Italiaのように、その国を代表とする政治的・宗教的主導者が長い間いなかったんだ」
指名され、自分に視線が集まったことを意識する。わずかに緊張のような身の硬さを自覚するが、慣れたように一呼吸で落ち着かせた正純が、淡々と答える。
「……正純が三河で言ってた、『国に必要な三つの主権』ってやつか? 『王』がいなけりゃ、土地に人が集まっただけで、他国に対して強く出れないって……」
……止水がしっかり覚えていたことに、少なくない人数が眼を見開いていたのは内緒だ。
「Jud. だが、六護式仏蘭西はその豊富な国土を生かした生産力で国力を上げていき、『仏式旧派』という独自の旧派を建てる。その旧派から、教皇にも、神聖ローマ皇帝にも支配されないために自分達の皇帝を得るんだ。それが……」
「はいそこまで。じゃあマルゴット。その皇帝の内、六護式仏蘭西の最盛期を引っ張っていく皇帝の名前は?」
その問いは、M.H.R.R出身であるマルゴットにしてみれば、六護式が六角形であるという止水の問答並みの難易度だった。いつものニコニコ顔がもどり、ホッと一息。
「先生ありがとぉ……今の六護式仏蘭西の総長の、ルイ・エクシブだね!」
―*―
「ハッ……ッ、ハッ……ううん、引っ込んでしまったよ」
「ったく、だから服着ろっつってんだろ。風邪引いたらどうすんだ」
「ふふ、ありがとう輝元。朕の心配をしてくれるんだね? でもこれは、誰かが朕の噂をしてるんだよ」
「断言かよ……引っ込んだくしゃみでか?」
「ああ、朕の名前を言おうとして、若干間違えたんだろうね。ふふ……そう言えば、輝元も初めの頃、エクシ
「また古い事を……いーんだよ、伝わりゃ。……しかし、妄想もそこまで自信満々に言われると、無駄に現実味を帯びてくるな」
―*―
「サービス問題でやらかされると、先生どうしようもないなぁ……」
「ふぇぇ……は、発音はほとんど一緒だし、口の形がちょっと違うだけだから、ダメ?」
逆を言えば、筆記試験ならアウトだ。そして例によって男二人が「アーウット! アーウット!」と囃し立て、女教師の鉄拳によって沈んでいる。
「……『う』に濁点とか、変に小洒落た店みたいだなぁ……」
「仮にも一国の長になんて例えをすんのよあんたは……いや、わからなくもないけど」
のんびり呟いた止水にオリオトライが苦笑し、取り敢えずマルゴットのトチリを保留にする。次いで、床に五体を投げてピクピクしている半竜に視線を向けた。
「じゃあ最後! 現在極東では世界史と極東史を合わせて進行しているわけだけど……六護式仏蘭西を担当している家名と、そうね、その家にまつわる小話も一つ言ってみようか」
「せ、拙僧、だけ……難易度がルナティックなのであるが……!?」
「やあねー。……授業途中で寝た
半竜、撃沈。メアリが梅組初の御高説に指名され、彼女がどちらの答えも言っていたのだが、メアリが指名されたという記憶すらウルキアガにはないのだ。内容がわかるわけがない。つまり答えられるわけがない。そして、予習という模範生徒な行動をしているわけもなく……。
「じゃあ、今日の処刑は二人ね――あ、ちなみに、六護式仏蘭西を担当する極東史の歴史再現の担当は『毛利家』。ルイ・エクシヴが毛利 輝元の襲名者と学生結婚して、協働してる形ね。小話で有名なのはメアリが言ってくれた『三本の矢』」
毛利 元就が三人の直子に、『三人で力を合わせて』という意味で、一本の矢は容易く折れてしまうが、三本が集まれば強度増し耐えられると……例えようとした所、長男次男が三本の矢を軽く折り、三男だけがこれを折れず引きこもりかけた。
この歴史再現に抵触し兼ねない事件を、元就公が『ハブはいかん……三人で力を合わせるのだ。ハブられると精神に深い傷を残すからな……!』と、まるで自身が体験してきたかのように熱く語り、三人を言い含めたことで回避した。
なお、輝元は元就公の長子の娘、つまり孫娘に当たる。毛利を継いだ長男が落命し、輝元という若き当主に就いたのだ。
オリオトライが時計を確認する。
「……さあて、と。武蔵がIZUMOに来て丁度二週間。そろそろいろいろ動き出すはずよ? 基礎中の基礎は教えてあげたわ。交渉するのか戦争するのか、それとも無視して極東をめぐるのか。よっっっく考えて、自分達が最高だと思える結果を出しなさい」
締め括る教師に、生徒達は身に僅かな緊張を得る。しかしそれは、竦むものではない。
今後行われる三十年戦争という重大な歴史再現……六護式仏蘭西はその戦争をもって、欧州全域の覇者となる。そんな強大な国を相手にするというのに、生徒達に悲観やらの感情は見られなかった。
その姿勢は正しく挑む者――『挑戦者』。世界で誰が一番強いのかを決めようと世界に一石を投じ、その座を求めていく大罪者たち。
「「「――Judgment.!!」」」
やる気は十分、士気も高い。……まだまだ荒削りも多く足りていない部分も多々あるが……それでも。
就業を告げる鐘の音に合わせて、オリオトライは微かに笑顔を浮かべた。
「……あ、御広敷にウルキアガー、あんたたち、今月の処刑内容ちゃんとやってもらうわよー? ――マルゴットは、うーん……ちょい軽くしてかしらね。御広敷が『10日間自腹で梅組全員の昼弁当制作』」、ウルキアガが『一週間装甲をピンクの水玉模様にする』。マルゴットが、そうね〜、日数減らして三日間くらい『飛翔禁止』ってところかしら」
「「台無しだよイロイロと!」」
綺麗に締まり、あわよくばなあなあで、無かったことにできるのでは? と希望を持ちかけた二人だが、教師が告げた無慈悲な言葉に見事な『 orz 』姿勢になる。
マルゴットもゲンナリしているが、本来の内容が10日間だったことを考えれば、かなり減刑されたほうだろう。箒を用いての飛行もダメなので、配達のバイトはナルゼ負担になってしまうが、そもそもの原因の一因もナルゼだ。少しくらい割を見てもらうとしよう。
帰りのHRが終わり、放課後。各々がそれぞれのやるべきことに向かわんと席を立とうとした、その時。
「――すまないみんな。帰るの、ちょっと待ってくれないかな」
表示枠を連打しながら声を上げるのはネシンバラだ。やがて諦めるように表示枠を叩き割ると、黒板の前に立ち、注目を集める。
何事か、と全員が思考を合わせ――その中で。
……一人。止水だけが、ネシンバラの隣後ろに歩み進んでいた。
「大事な話があるんだ。ホライゾンくんの持つ、大罪武装に関して、ね」
***
最適解が必ずしも
正解であるとは限らない
配点 【邪魔する感情】
読了ありがとうございました!