境界線上の守り刀   作:陽紅

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入院&手術で遅くなりました……。
申し訳ありません。


番外編 【M'sレポート 其ノ弐】

 

 

アァオ()コーナーぁ、『者共ひれ伏せ! 目を付けられれば人権()はねえぞ!』──俺の姉ちゃんことぉ、葵 喜美ぃぃい!

 

 対するは、アァカ()コーナーぁ……『機関部を腕っ節で支配する荒捻兒(アネゴ)!』──武蔵第六特務、直ぉ政ぁあああ!!」

 

 

 聞き慣れた声は服を着ている全裸のものだ。マイクを通した拡声器独特の余韻が、体に僅かな緊張を強いてくる。

 

 ……誰かが、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「レディ……ファ──ん? おいおい何だよホライゾン! 今まさに俺がエアゴング鳴らそうとしてるって時に……」

 

 

 ―*―

 

 

 『武蔵野』で修理作業に従事していた労働者たちが、左舷側で響いた爆発に近い破裂音に咄嗟に腰を低くして身構える。恐怖ではない。脅威に対して即座に対応するためだ。

 その中で誰かがそれを気付き、空を指差す。身構えていた面々は、夕暮れの青梅の上空を、木片と一緒に飛んでいく総長兼生徒会長型の人影を確認して姿勢を戻す。

 

 

 ──今日の夕飯なんだろう、と気持ちを逸らせながら、撤収作業を急いだ。

 

 

 ―*―

 

 

 

「……止水様、如何でしょうか。今のホライゾンの一撃は」

 

「(あそこの壁材の予備、まだあったかなぁ……)ん? あー、自重が乗った良い拳打だな。……欲言えば、当たるのと踏み込みがちょっとずれてた位か。それに合わせて、体の軸回転(まわ)せるようになれば、軽くても通るように──……

 ってあれ? 俺もしかして墓穴掘った……?」

 

 

 主にホライゾンが拳で語るのは七:三でトーリと止水だ。なるほど、と呟いて中々堂に入ったシャドーをしている姫は、きっと幻覚だろう。

 

 ……そうだ、幻覚だ。梅組関係者に一報を飛ばしたトーリがまだ来ていない。まったくしょうがない奴だ。迎えに行ってやらねばならない。そう、今すぐに。ともすれば、壁に空いた大の字をちょっと歪にした穴も幻覚か。いやよかったよかった。

 

 

「じゃ、じゃあ俺、ちょっとトーリ探して──」

 

「「行かせるか……!」」

「「まずあそこの状況をどうにかしてからね……!」」

 

 

 くるから──と最後まで言い切ることもできず、腰をあげることもできず。ノリキとウルキアガ、マルゴットとナルゼの四人に捕縛される。男衆はかなり本気で力を込めて、女衆は軽い体重を必死に使って。若干どころではなく……明らかに背を押して止水を『ある方向』へと押し進ませようとしていた。

 

 場所は……止水の家の、大広間。

 

 広さは数十人単位の大衆宴会が行えそうなほどに広く。そこにしまい込んでいた長机が数列並び、皆が持ち寄った飲食物が所狭しとと並べられている。

 

 

 止水が進められている先は、その数ある長机の一つ。六人が座っても余裕で使える机を、たった二人で占領している、(喜美)姐御(直政)

 

 

「「…………」」

 

 

 お互いに酒の入ったコップを片手に、しかし口をつけることなく向かい合っている。……そこの席だけ、宴会──という空気ではなかった。

 

 

 喜美は、目の前の女を眺める。来る前に風呂にでも入って来たのか、まだ髪が濡れていて乾いていない。それだけでも洗面所まで引き摺っていってドライヤーでワシャワシャしてやりたいのだが、グッとこらえる。

 

 そして頭から少し目を下ろし、そこを見て目を細める。

 

 

 ──直政の右腕。義腕……それが現在、外されていた。

 

 

 

「ふふふ、みんな警戒してる小動物みたいね。ちっとも可愛くないケド……で、どういう心境変化よ? 軽く驚いたわよ? あの直政がって──……。

 

 

 

 ……ズドン巫女が」

 

 

 少し離れた席で酒が噴水になった。

 

 

「ごっほ、き、喜美!? なに私一人に擦りつけようとしてるんですか! 最初は喜美じゃないですか! あ、あと正純だって言ってましたよ!」

 

「……どうしてお前らはそう真っ先に共食いに走るんだよ……あとすまない。直政。言ってはいないが、その……意外だと思ったのは事実だ」

 

 

 有罪は二人。一人は謝ったから執行猶予ってやつにしといてやろうかね、と煙管を上下させながら判決を下す。……次の繁忙期にくる巫女バイト依頼は断ってしまおう。

 

 

「流石は政治家、取って繕うのが上手ねぇ……まあ、そういう感じで、アンタの行動が意外だーってことよ」

 

 

(そんなに、意外だったのかねぇアタシのやったこと……いや、意外だったからこんな状況になってんのか?)

 

 

 しかし、だとしたらやはり姉は鋭いと直政は苦笑する。……勘ではない。他の友人達が伺うなかで唯一斬り込んで来るその言葉は、的のど真ん中を鋭く穿ってきていた。

 

 

「……心境なんざ、別に変わっちゃいないよ。それに、そんな大騒ぎするほどのことでもないさね。

 

 ──ただ、真っ先に『頼ろう』って思い浮かんだ相手が、止めの字だった……ただそれだけの話だろ?」

 

「「いやそれ、十分すぎる変化でしょうに」」

 

 

 喜美と智が口を揃えた。

 

 

 ──アルマダ海戦の夜は止水の背中でそのまま眠り、翌日は機関部の仕事やら(ヒロ)からのお説教で丸々つぶれ、疲れて部屋に帰って布団に倒れこもうと家の戸を開ければ、どこのギャグ系草子(マンガ)だと言わんばかりの、天井から床から……何もかもがぶち抜かれて、風通しが大変よろしくなった自室があった。

 

 ……とりあえずその日は機関部の宿直室を借りて一夜を明かしたが、家財道具や衣服などいろいろな物を失ってしまった上に、しばらくは学生寮が修繕されないという。

 

 どうすっかなぁ、と悩み出すよりも先に、硬い簡易ベットよりも心地の良かった背中を思い出していたのは──まあ、言う必要ないだろう。

 

 

 直政は以前、目の前の高嶺女……葵 喜美の突発発案で『自分のグッとくる男の部位はどこか』と聞かれて『男の手』と答えたが……背中も、なかなかどうして悪くないと昨日あたりから考えを改めている。

 ……乗るや見るより、背中合わせで寄りかかる時の背中だ。……縦も横も厚さも硬さも、自分の背より大きくて力強いそれが、自分を受け止め、そして受け入れる様に斜を作ってくれる。

 

 

 ──女々しいねぇ……らしくないが、悪くもない。

 

 

 そう小さく苦笑を浮かべた直政は、その苦笑を隠すようにコップの中身を半分ほど煽る。弱い酒精が熱を作って、喉から胃へと落ちていくが心地よい。

 

 その直政に対し……喜美もいつもの、眉を八の字にした笑みを返した。

 

 

 

 

「……来る前に風呂入って、義腕まで外して気合い入ってるとこお生憎様だけど、一つ屋根の下で二人っきり〜なんてR元服ギリギリのラブコメシチュはないわよ? ……R元服そのものの内容ならこの賢姉様も参加してあげるわ!」

 

「──アンタの愉快な頭ん中で。アタシはどんな愉快な思考回路してんだい? ……それよか、あんたたちの方こそなんでここにいるんさ。立花夫婦と点蔵メアリ夫婦がいるっちゃ聞いてるが……」

 

 

 聞きつつ、ちらりと周りへ視線を流す。

 

 並べられた長机だが、現段階で埋まっているのは半分くらいだろう。ノリキとウルキアガ、マルゴットとナルゼ以外の連中は遅参組か買い出し組、それか調理組のどれかだろう。止水の近い席に今回転校してきた立花 宗茂と誾が舌鼓を打っている。点蔵は食材が足らんと早速(パシ)っており、番たるメアリはならばとばかりに厨房に立っている。

 

 

 ──ぅおっ邪魔っしまーす! お腹空きましたぁって……うおおああぁぁ〜なんかいい匂い!

 

 ──おじゃ、まっ、し、ます。あ、武蔵、さん。ありがと、ございました。

 

 ──Jud. 本日の艦長業務は終了しておりますので、このまま武蔵も参加させていただきす。──以上。

 

 

 玄関のほうから聞こえてきたのは足りない本部……失礼、アルマダ海戦の功労者組の声だ。そして、彼女達が新たに加わった所で、当初予定の二組の男女以上の人数が上がっているのは間違いない。

 

 

 チラリと視線を送る……なんとなくだが、喜美と智、そして正純とホライゾン。この四人のうちの誰かが発起人だろうと直政は考える。……拡散者はトーリに間違いないだろうが、発端は四人のうちの誰かだ。

 

 

 

「えーっと、事の発端は正純が……そのぅ……」

 

「Jud. 正純様が止水様のプライバシーを丸裸にしようとした事が発端です。……弱みを握って止水様に言うことを聞かせるお積りのようで……流石は正純様。やる事が汚い」

 

「ホライゾン、そういうお前は私の人権とか色々侵害してるからな? あと浅間! なんでお前言い淀んだ!? 普通に『止水について調べてた』でいいだろ!」

 

「じょ、女子が男子のこと調べてたーなんて、巫女が大声で言えるわけないでしょう!? 幾ら男子時代が長いからってもっと慎みを持ってください! って……あれ、なんでみんな、そんなあからさまに目を逸らして……あのー」

 

 

 慎む女が、『ズドン巫女』の称号を贈られるわけがないだろうに。

 

 正純が止水を知ろうとして、何人かを巻き込んで家にまで押しかけて、今に至る……直政の予想は大体当たっていた。なぜクラスの一同を集めたのかは定かではないが。

 

 

「……まあ、家主が良いって言ってるならアタシがどうこう言うことでもない、か」

 

 

 

 ──良いも悪いも……俺、聞かれてすらいないんだけどなぁ。

 

 ──あはは。しーちゃん家大っきいから、ナイちゃん達によく秘密基地扱いされてたよねぇ。夏休みなんか、自分の家よりもしーちゃん家にいた方が多かったモン。……みんなで騒いで、疲れたら雑魚寝して……懐かしいなぁ。

 

 ──ふむ。『酒蔵以外は好きにしていい』と言われて、本気で部屋を奪い合ったからなぁ……拙僧が勝ち取った屋根裏部屋は、屋根をカチ割って伸びる半竜出撃カタパルトギミックを搭載しておってな。

 

 ──『男の浪漫』がどうのこうの言いながら作ったアレね。普通に飛び出した方が絶対早いのに態々『カタパルトセットアップ』とか『オールグリーン』とか『オールクリア』とか言って悦に浸ってた──あれ……? でもたしかあれって、航行法に引っかかるとかなんとかで使えないんでしょ?

 

 ──……あるだけで、良いのだ。例え使えなくとも、『出来る』という事実だけで良い……良い、のだ。

 

 

 

 ……深い悲しみを背負ったような──しかし、実の所酷くしょうもないことを語っている半竜がいる気がするが知ったことではない。この場に男の浪漫を理解してくれそうな者がそもそもいないのだ。

 

 合わせて、家主の若干の不満もコソッと聞こえたが、こちらも以下同文。この場の誰もが『だと思った』という感想を抱いて、その上でここに遠慮なく来ているのだからしょうがない。

 

 

(……ん? 待てよ──っていう事は……)

 

 

 いつもの事だと煙管に火を入れようとして、ふと思い留まる。

 

 ……直政はしっかりと『聞いて』、その上でしっかりと『返事』をもらっている。だが聞いた限りだと、喜美を筆頭にしたこの場の面々はそうではない。つまり、ここにいていい正式な許可を得ているのは、夫婦二組と直政だけ、ということである。

 

 

 そして加えて、これからどれだけの期間になるかはわからないが、直政が止水家に居候になることも決まっているわけで。

 

 

「ふむ。……あー、そうだ止めの字──いっこ言い忘れてた……言いそびれてたことがあったんだけど、いいか?」

 

「……え? 俺?」

 

 

 とりあえず、喜美と直政の冷戦は自分たちの勘違いだったと胸を撫で下ろし、酒に肴に舌鼓……しようとした直後のいきなりのご指名に、きょとんと惚ける止水。

 

 なに? と首を傾げる男に向かって、直政は言った。

 

 

 

 

 

「──た だ い ま」

 

 

 

 

 その直後の面々のリアクションは、それはそれは多様だった。

 

 きょとんとし続けた顔の者。目を見開いた者。感心するような笑みを浮かべる姉に、想像豊かに顔を赤くする巫女。言った方と聞いた方を見比べてムッと顔を顰め、顰めた自分に首を傾げる政治家。ふすまを開いた状態でほえっ? と惚ける従士と至宝。自動人形らしい無表情ながら目をキラリと光らせるのは総艦長だろう。

 

 

 

 

 

 

「──たっだいまぁー! そしてタッダ酒が飲めるってのはここ──……」

 

 

 少し離れた場所にある台所から、宴会支度の音が聞こえそうな静寂。それをぶち壊したのは、無闇に元気な声だった。

 

 

「……あれ、どうしたのよ鈴にアデーレ、戸の前でぽけっと固まっちゃって。武蔵さんもこんばんはっと……おーおー、やっぱりうちの子達が大体揃っ……なにこれ? みんな固まってるじゃない。何事よこれ」

 

「お、お邪魔しますね止水くん。──や、違いますよ? 私は先輩に半分くらい無理矢理な感じで連れてこられただけで、その、ちゃんと会費的なのは払いますから! だから、その……いつも先輩が目の前で自慢しながら美味しそうに飲み干していく『緋の雫』を……!」

 

「あ、こらミツキ。なに自分だけ立派な大人ブってるのよ。それじゃあ私が──っていうか、みんな本当にどうしたの、これ」

 

 

 いきなりやってきて見回しながら頭の上に疑問符()を浮かべているのは、実家に帰省したノリのオリオトライだ。裸足な上にジャージの上を片手に担ぐ姿は、どう見ても『立派な大人の女性』とは言い難い。

 後ろに続く三要は一応の体裁は保っていたが……生徒に酒を要求している時点で色々とアウトだろう。

 

 

 

「──なあ、先生? いま、『ただいま』って……」

 

「あ、直政。何? 原因もしかして先生だったり? あ、いやー、ほら。三河前にさ、体育の授業でボコリに行ったヤクザいたじゃない?」

 

 

 そういえば──と思い出すのはノリキとウルキアガだ。魔神族の攻略法をあそこで学び、三河でガリレオ撃破に繋がったのだから記憶にも強く残っている。

 『体育=運動』『殴る=運動』……運動で連結してしまった思い出したくなかった超方程式もついでに思い出してしまったが。

 

 

「先生、連中が地上げしてくれやがった所為で表層から最下層に、まー文字どーり転落してさ。転落した先の部屋でこう……ふと思い出してムシャクシャして暴れたら、そこも追い出されちゃってさー♪」

 

 

 オリオトライはそう言ってカラカラと笑う。笑っているが、しかし、その内容は誰が聞いても笑えるようなものではない。笑顔の額に血管が浮いている……という事はなく、笑顔の頬が引きつっている……という事も、ない。

 

 

「でね、流石に家無しは先生としてやべぇと思って……ふと閃いたのよ」

 

 

 その()()笑顔のまま、歯をキラリと光らせ右手でグッとサムズアップを見せて。

 

 

 

 

 ──立派な家持ってる、弟分がいるじゃない、って。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 先に生き、その背に憧れ

 

 そのただ一つを、託された者

 

 

  配点【先生】

 

 

 ***

 

 

 

 『縁側』──この極東式の建築構造は、土地の狭い武蔵ではこの上ない贅沢とされる。何せ、『縁側がある』ということは『それを擁してなお余る広い庭がある』ということだからだ。実際武蔵において縁側がある建築物はとても少なく、浅間神社や一部の豪商の邸宅にあるくらいだろう。

 本来縁側の用途はただの通路でしかないが、屋内の装いのまま屋外を満喫できるその特別な場所は――時として、どこよりも風靡を満喫できる場になるのである。

 

 

 見て楽しむのは天候の変化、天体の移ろい、季節の巡り。

 

 手にして楽しむのは、おにぎりかお団子か、お茶かお酒か。

 

 

「先生的には、お酒一択ねぇ。肴があればさらに良し!」

 

「一択じゃないですよねそれ……」

 

 

 その縁に座り……両足を放り出し。

 

 後ろに傾いた体を片手で支え、開いた片手で酒を一口煽る女。

 

 

 

「……で? わざわざ呼び出した理由、聞かせてもらいましょうか? 生徒会、副会長さん?」

 

 

 ほんのり赤い頬は酒精の証拠。極東人では珍しく、青い虹彩の瞳をしているその者は──三年梅組担任、オリオトライ・真喜子である。

 その教師から二人分ほどの間を空けて、足を揃えて座るのは正純だ。彼女も少し呑んでいたのか、いつもよりほんのり頬が赤い。手にしている茶は酔い覚ましのつもりなのだろう。

 

 

「あっ、先に言っておくけど──いくら先生が美人でもだめよー。先生ノーマルだから。男生活長くってもしっかり恋愛対象は男にしときなさい」

 

「なんの話ですか!?」

 

 

 おそらくは黒髪翼先生が筆を全力疾走させる話だろうと思われる。個人的に呼び出してよかった……他の連中がいなくてよかった、聞かれなくて助かったと思いながらも、正純は一応周囲を伺う。外道連中の身内を貶める際のセンサーを侮ってはいけない。

 

 『美人』発言にもノータッチだ。酒に酔っている今、手加減度合いを違えるかもしれない。そうなったら、物理的耐久力皆無の正純は冗談ではない大怪我を負うことになる。

 

 

 

「聞きたいことが──止水……守り刀の一族のことです」

 

「まぁ、でしょうね」

 

 

 

 グビリと飲み干し、手酌で満たし。また飲み干して、また満たす。

 

 少し離れている正純にもオリオトライが飲んでいるその酒の度数の強さは匂いではっきりとわかる。……それだけの酒をまた水の様に飲む担任に若干引いた。

 ちなみに、緋の雫ではない。そろそろ請求するべきだ、と守銭奴が算盤を片手に製作者の背を押しかけていたので、流石に自粛したようだ。──7桁、という数字は聞かなかったことにして忘れておこう。

 

 気をとりなおして、正純はオリオトライを見る。盃をゆらし、水面を揺らす担任の眼はどこか遠くを見ている様にも見えた。

 

 

(……っていうか、この先生も何気に謎だらけだよなぁ)

 

 

 武蔵最強──もう止水の代名詞の様なこの言葉だが、()()()()()()梅組全員を相手にしても余裕があるのはこのオリオトライも同じだ。

 以前「止水の相手はもう無理」と笑っていたが、どこまで本気かわかったものではない。力やら耐久力は止水が上だろうが、経験や駆け引きでならオリオトライの方が上だろう……二人が本気で激突したら、果たしてどちらが勝つのか。止水は幾度か判定負けの様な敗北を喫しているが、この女教師が負ける光景が正純には全く想像ができなかった。

 

 常人離れした戦闘力もそうだが、それに加えて、なにかにつけて詳しいのも謎だ。

 

 

 そしてそれは、今現在正純が調べている『守り刀の一族』……これについても、この教師は深い場所まで知っている。

 

 

 止水の姉貴分(身内)──それを、自称できるほどに。

 

 

 

「何が聞きたい? って質問は、ちょっと意地悪かしらね」

 

 

 正純が唇を結び、押し黙る。粗方は聞いた。しかし聞いて、謎が増えてさらに深まっただけなのだ。

 

 そんな遣る瀬無さを気配で感じたオリオトライは盃を下ろし、盃の底を膝に当てる。

 

 

 ──とは言っても、と。

 

 

「──正直言うとね。()も先代頭領……紫華様から色々と聞いたことがあるだけなのよ。()()()()()いくつかの流派の銘と、大体こういう力を持ってるっていうこと……そして、その危なくない方でさえ、行使すると途轍もない負荷が体にかかるってことね」

 

 

 一息。

 

 

「それで、たまにふらっ〜とやってくる紫華様に戦闘訓練みたいなのつけて貰って……確か、十歳になる前くらいだから初等部の──真ん中過ぎくらいかしらね。一年くらい音沙汰なかった紫華様が、いきなり赤ん坊抱えてきて「これ、私の息子」って。その時に紹介されたのが止水よ」

 

「いきなり赤ん坊って……それに危なくないって事は、危険なものも……」

 

「聞いてはいないけど、あるでしょうね。まず、間違いなく。……あの一族の守る意思の強さを考えたら、『自分の命を犠牲にする力』くらいあったところで何らおかしくないわ。むしろ、無きゃおかしい」

 

 

 正純がまた、今度は別の感情から押し黙る。

 

 脳裏に過るのは、英国の花園(アヴァロン)で見た止水の母……先代紫華の幻影だ。あの凛とした女性が、その翌年には落命している。突発的な病や不慮の事故もありえなくはないだろうが、もしかしたら……。

 

 

 

(命を犠牲にする──力……)

 

 

 

 可能性は、十分にある。

 

 ……使わせてはいけない。もしもそんな力が止水の内にあるのだとしたら──それだけは、絶対に使わせてはいけない。

 

 

 

 

 

「だから、()()()

 

 

 

 そう、思っているのに、オリオトライは戦えない──学生では、ないから。

 

 学生主体のこの世界で、極東の民は18歳までしか学生でいられない。籍を他国に移せば学生に戻れこそするが、それでは意味がないのだ。

 

 なぜなら、守り刀は極東・武蔵に居る事を望んでいる。彼の近くで見守るためには武蔵に居るしかなく、武蔵にいては彼を守ることができない……そのもどかしいジレンマに、オリオトライが止水を連れて他国に移り住むことを考えたことは一度や二度ではなかった。

 

 

(……きっと、私は紫華様に怒られるわね)

 

 

 止水の母に鍛えてもらった力が、教えられた数多の技術が……彼女の遺したたった一人の息子のために使えない。

 

 大切な可愛い弟分が戦い、傷ついて行く様を、オリオトライは見ている事しかできないのだ。

 

 

(でも……それでも)

 

 

 

 ──だから、彼女は教員の道を選んだ。体育の授業と称し、他のどの学級よりも濃密な戦闘訓練をもって、鍛え上げた。

 

 

 

 武蔵が戦う道を選び、もし止水がその先陣を切っていくことになったとしても……彼を一人にせず、彼の後に続く者達を。自分が、彼の母に強くしてもらったように。

 

 

 

 

「あんた達が、現場で──止水を支えてやって? ……多分、これは私だけの思いじゃないはずよ」

 

 

 酒を煽る。吐いた言葉を、洗い流して飲み込むように。

 

 そんな担任の様子に少し目を見開いた正純は、神妙な面持ちで、問うた。

 

 

「……元信公の言っていた、『守り刀が末世の保険』……これに、心当たりは?」

 

「寝耳に水。青天の霹靂。……お好きな言葉でどーぞ、ってところね。全く。せめて、当事者と当事国にもっと情報渡してほしいわ」

 

 

 そう愚痴り、そういえば、と。言葉にせず、オリオトライはふと思い出す。

 

 ……元信公が今際の際、の少し前。止水個人に通神を繋げ、彼に何かを伝えようとしていたのだ。先代守り刀の頭領からの伝言……紫華からの言葉を預かっていると。

 止水がそれを聞かずにホライゾンの救出へ向かったので、今となっては確認する術はなく、精々が元信公と紫華に浅からぬ交流があった……程度のことしかわからない。

 

 

 

(あの時現れた二境紋……そして、そこにあった刀と、あの二文……)

 

 

 

 確信はない。明確な答えも、その糸口さえもつかめていない。だが、オリオトライの胸中には嫌な予感だけが強く残っている。

 

 ──そして、これから起こる世界的な騒動の中心には間違いなく、武蔵がいる。そして、戦いとなったその時に、最前線にいるのは止水だ。

 

 

 

「……戦いになると無茶してでも、無理してでも、みんなを守ろうとする男……そして、アンタ達は一人で突っ走ろうとするあのおバカが気に入らない。

 ──これ以上に、必要なものがいるの?」

 

「…………」

 

「昔話聞いて知るよりも、これからを見て、聞いて。知るべきだと先生は思うぞ、っと──ほら、学生は学生同士でワイワイやってきなさいな」

 

 

 

 ──「おいダム! オメェ酒蔵に鍵かけてんじゃねえよ! ……持ってこれねぇだろー!」

 ──「持ってこれないように鍵かけてんだよ。雫なら俺が飲むやつが何本か棚にあるから……」

 ──「「「「「美味しくいただいてまーす!」」」」」

 ──「……え、待って。人数多くない? そしてなんか増えてないか人数……?」

 

 ──「「「気にしない気にしない」」」

 ──「学長に青雷亭店主、浅間神社神主に向う水のご夫妻であるな。全く、良い大人が……」

 ──「麻呂と麻呂嫁もなっ!」

 ──「麻呂を麻呂と呼ぶなぁ!」

 

 

 

 

「……学生以外もいますよ。っていうか先生、その白磁の瓶って」

 

「しーらない」

 

 

 

 ──「んふふ、止水ぃ? ちょっとあんた、あんたちょっと座んなさい。賢姉さまからのおせっきょーよおせっきょー」

 ──「……。せめて、その大瓶を片付けてから来いよ喜美。空だし……」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ──「動くんじゃないわよ背凭れ。大体アンタ、あれなのよ。アレだからこうなってんでしょ? そこんところわかってんの? センセーにしたって直政にしたって。最近じゃ貧乳せーじかも……貧乳せーじかぁ! あんたもちょっと来なさい! 来ないと写真ブチ晒すわよー」

 ──「……え。お、おい、喜美? それは流石に洒落にならないやつじゃ……」

 

 

 

「──……おい待て葵ぃぃ! おま、それいつ撮ったやつだ!? そして見るな止水!!」

 

 

 

 そこで「きゃー」という悲鳴ではなく「うぉあぁ!」という色気もなにもあったもんじゃない悲鳴をあげる正純をワッハッハと笑って見送り、『女らしさは当分先ねぇ』と呟いて、オリオトライは一人晩酌に戻る

 

 

 

 

 ──瓶は、白磁。緋色の字は『雫』。

 

 ……オリオトライが、初めて呑んだ酒だ。

 子供扱いされるのが嫌で頑張って飲み干し……盛大に噎せて、笑われた。

 

 

「……()()()はまだ、酒の良し悪しなんて、わかんなかったけど……」

 

 

 

 

 ──『春は夜桜、夏は花火。秋は満月、冬は雪。ただそれだけで酒は美味い。それはいつの時代でも不変なもの。……でも、もう一つ。どんな酒でも美味しくなる方法がある』

 

 

 

「『みんなで集まって呑む酒の、なんと甘美なることか』――って、言った直後に恥ずかしがってたら、締まらないですよ……。

 

 

 ──……師匠」

 

 

 

 

 乾杯をするように掲げた盃は、しかし何かにぶつかることなく空振り。

 

 極上であるはずのその美酒は、どこかいつもより、苦いものだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「結局、全員泊まっていくんだろうなぁ……って、またこんなところで寝てるし……おーい先生ー風邪ひくぞー」

 

「……ぐがー、すぴー」

 

「……だめだこりゃ。完全に寝てる……ってなんだこの表示枠? 『寝てたら部屋までよろしく!』──これ書く前に、どーして部屋に戻らなかったんだよ。ったく」

 

 

 空になった白磁の瓶をなるべく見ないように、酔い潰れて……ではなく単純に寝ているだろうオリオトライを横抱きにして持ち上げる。

 

 ──以前は体の大きさから背負うしかなく、背中で盛大に『自主規制(オロロロ)』られて、緋衣がだめになった記憶がふと蘇り、止水は苦笑を浮かべた。

 

 

「……真喜姉って、こんなに軽かったんだなぁ」

 

 

 ──そりゃアンタに重いって言われたら人間の重量じゃないわ、と寝たふりの眼を開けてツッコミを入れようかとも思ったが。

 

 

 そっと優しく、繊細に。しかし決して取り落とさぬよう、しっかりと。

 

 

 宝物のように、お姫様のように抱えられるのが何気に心地よかったので、黙っていることにした。

 

 

 ──頬がちょっと熱いのは、きっと……飲み過ぎた酒のせいだろう。

 

 

 




読了ありがとうございました!

次回から3期……突入します!

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