境界線上の守り刀   作:陽紅

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英国での全てが終わり、鍵を持つ者たちは新たな地へと進みゆく。

多くの謎をのこしたまま、語られることのなかった話を聞かないまま。


 これから語るは、その、ほんの一部の余り話。




十七章 『 Save you from anything. 』 後編

 

 

 『方向性の統一』

 

 

 ――その重要性は、集団の規模が大きければ大きいほど、意味を重くしていく。

 

 

 十という数が十の方向にそれぞれ勝手に進もうとすれば、最小単位である一が十方向に進むだけの、極めてか弱い力でしかない。数という『利』を活かすことのない……烏合の衆という言葉がこれに当たるだろう。

 だが逆に、その方向性が定められ、十がただ一点に突き進んだのなら、十は時に、十を超える力となる結果を生むのである。

 

 

 例えた十が、百であるなら。そして千を超えて、万の単位になるのなら……その進む力は、計り知れないモノとなるだろう。

 

 

 

 それは、数を『国』という単位においても、変わる事はない。

 

 

 

「『英国の今後の方向性』……ですか」

 

「You. 意外そうな顔しているね、ハワード。……という私も、違和感というか、それを拭いきれないのだがね」

 

 

 早朝の英国。本土中枢である第一階層の、さらに中枢区画の廊下を、『女王の盾符(トランプ)』のベン・ジョンソンとチャールズ・ハワードが並んで歩いていた。

 

 ……並んでいるのが二人であって、歩いているのが二人だけ、というわけではない。

 

 

 盾符の全員が、その一行のメンバーだ。

 

 

 その一行の先頭をいくのは、『Q(クイーン)』――英国が長、妖精女王エリザベスである。

 

 

 

 アルマダ海戦を昨日に終えたばかり。戦闘そのものを武蔵に任せたとは言え、様々な事後処理に奔走していた一同が招集され、こうして移動しているのである。

 

 

 ……主に会議に使用される謁見の間……から離れ、現在、暗い廊下を歩んでいるのだ。

 

 

(ladyは一体、何をお考えなのだ……?)

 

 

 ジョンソンは最後尾から、盾符の背中越しに美しい金髪を流す背を見る。

 

 

 

 

 

 エリザベスの号令の下に集った盾の一同に、エリザベスは告げた。

 

 

 ――『英国の今後、その方向性を決める』――

 

 

 そして、立ち上がり……

 

 

 ――『ついてこい』――

 

 

 と、それだけ。以降何一つ言葉を作らず、そして言わせぬ気配を背中に、黙々と歩く。腹心であるダッドリーとセシルも何も知らないようで、セシルは変わらないがダッドリーの足取りには僅かにだが迷いがあった。

 

 

 

 それを視界に……ジョンソンは、さらに思考に『何故』を加える。

 

 そもそもがおかしい。前提から――英国の方向性を盾符たちと議論する、という時点で、常ならぬ事だ。

 

 

 現在の英国は、良くも悪くもエリザベスのワンマン経営にて国の方針を定めている。セシルに相談したり面々との雑談に交えたりなどはするが、時間をかけて議論などしたことがない。女王から決定事項を通達され……各員が女王の意思を完遂させるためか、破天荒行動を阻止するために全力を注ぐのだ。

 

 

 ……その結果の一つが、先立って武蔵……守り刀の止水に送った熱烈なオクスフォードへの転校オファーだ。ジョンソン達は世界情勢的にも危なく、どんな人物かもわからない相手に国政を傾けるわけには……と一同で必死に止めたのだが――今にして思えば、彼は是が非でも欲しい人材であったとジョンソンは苦笑せざるを得ない。

 

 

 ……英国で幾度か見たその戦力は、恐ろしい事に未だに発展途上。学力面は低空飛行らしいのだが、素行は清々しく、愚者でもない。 異族との親和性の高い流体を常に溢れさせているので、異族が大半を占める英国ならではの環境改善も喜ばしい。……何よりも、ジョンソンやハワードといった『何気に被害者になりやすい』という親近感もあるので、きっと良い道連ゲフンゲフン……友人になれただろう。

 

 

(まあ、彼の武蔵に対する意思があれだけ強固なものだったのだ。……私たちが国家として正式に動いたところで、結果は変わらなかっただろうけれどね)

 

 

 少し脇にそれた思考を、ジョンソンは表情を戻しながら正す。

 

 

 ――アルマダ海戦が集結し、処刑されるはずだったメアリが生存し、国土防衛の要である王賜剣も強化された。死の歴史再現における聖連への言い分も、生まれる事で成す歴史再現を行う事でキッチリと返す事ができる。その上、武蔵に亡命したメアリを絆とし、今後世界的騒動の中心になるだろう武蔵との国家的友好も結べた。

 

 

 

 これは正直――英国にとって、『出来過ぎではないか』と疑ってしまうほどの結末だった。

 

 

 大罪武装がいつの間にか武蔵に渡されていた、というのが唯一の汚点と言えば汚点だろうが、逆に考えれば『本来の持ち主に返しただけだ。……え? お前ら返さないの? それってどうなの?』と大罪武装を()()されている各国に思い切り反論・批判できる材料となる。

 

 

(英国の方向性というのが、緩んだかもしれない気を引き締めるため……というのは、私の楽観だろう)

 

 

 ――気を引き締めろ諸兄ら。その一言と、力強い笑みで事足りる。わざわざ移動する必要がない。

 

 そして……いま向かっている場所は、何よりも、その決定にふさわしくない。

 

 

 先頭を歩んでいたエリザベスの足が止まる。ほぼ同時に一同も歩みを止め……隣にいるハワードの喉が、音を立てたのが聞こえた。

 

 

 

 鏡。

 

 太古より、別世界の入り口と例えられていたそれは、人一人を写すには十分すぎるほどの大きさで、そこにあった。

 

 

 

 

 ――『花園(アヴァロン)』。彼の地へ至るための……唯一の道。

 

 

 

「……もう皆も大方予想できているであろうが、私たちはこれより『花園(アヴァロン)』へと入る。

 

 だが、その前に……」

 

 

 

 止めた足は、前へと進まず。振り返る動きを取った。繋がる動きは右手。左の腰に備えた、金色の王剣を解き放つもの。

 

 ……切っ先を地に、柄頭に手を添えて立つ姿は――さながら、鏡の番人のようだった。

 

 

 

「全員、この場にて誓ってもらおう。

 

 

 ――『これより『花園』で起きる()()を、例えその命尽きようとも、絶対に口外するな』……もしこれからのことを知り、そして言葉にするのなら、その前に己の舌を噛め。

 

 

 ……その誓いを立てられる者のみ。その(くび)を、我が前に垂れるがいい」

 

 

 

 ――本気だ。

 

 ジョンソンは一片の疑いもなく、そう断じた。

 肌を刺激してくる剣気が、虚偽の一切を許さぬ翡翠の眼光が……その全てを物語っている。これよりを知り、そして語ろうとすれば……弁解の余地も無く、『王を選ぶ剣』が『罪を絶つ剣』となるのだろう。

 

 

 

 

 ――故に、女王はここで……今、問うたのだ。

 

 一同が集まったその時ではなく、わざわざ移動し……あと一歩、という……この場所まで、引き連れて。

 

 

 

 引き返すならば、今しかないぞ? と、そう言外に言いながら……言葉にも態度にもせず、『私についてきてくれ』――と。

 

 

 

(――ladyはなかなかに寂しがり屋で、その上天の邪鬼でもあるからね……ついていく方は、大変さ)

 

 

 

 

 ジョンソンは身を動かす。同時に隣……否、全員が動いたのも音と気配で感じた。

 

 

 ――縦の並びは横に大きく、そして、己が役目と振られた場所に。

 

 

 

 女は、スカートのすそを摘み淑女らしく。

 

 男は、片膝と右拳を突き騎士の如く。

 

 道化師は大袈裟に手を振り笑みを、しかし静かに浮かべ。

 

 魔女は杖を僅かに掲げて、隠そうともせず苦笑を見せて。

 

 

 

 

 

 「  ――Testament. 我が女王の御心のままに。  」

 

 

 

 全員が言葉を揃え、全員が頸とともに、その命を差し出した。

 

 

 

 

 

「……ふん。少しくらい間を置かんか間を。諸兄ら、それでは即答過ぎて逆に怪しいぞ?」

 

 

 

 つまらなそうに鼻を鳴らし、エリザベスは王賜剣を戻しながら鏡を扉に変えるべく前に向き直る。

 

 

 鏡に手を翳す――その際、扉になる前のその鏡に、嬉しそうに破顔している女王陛下の御顔が写っていたのだが……。

 

 

 

 『他言無用』――そう言われたので、盾符一同は身悶えるのを必死に抑えて、冷静を務めた。

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 鏡を通り……先頭と最後尾の者以外の盾符の全員が、『ある同じ行動』を取った。

 

 

 境界を跨ぎ、なぜか立ち止まっている前の者の背にぶつかり、文句を言おうとして……己もまた、その光景に立ち止まってしまう。それは、盾符の人数分繰り返された。

 

 

 ――自失する面々の中で、我に返るのが一番早かったのが……オマリだった。

 

 

 

「……説明してもらおうか、エリザベス」

 

 

 少し前にあった、穏やかで暖かな春のような感情は、季節の不順にて、厳冬が如く冷える。

 

 木精故に冬を忌避するオマリの言葉に滲むのは、押さえつけた憤りと……隠しきれなかった困惑だ。鏡を通り、自分たちは『花園(アヴァロン)』へと来た。

 

 

 

 ……来た、はずだった。

 

 

 

「ここでっ、ここで一体、何があった……!?」

 

 

 

 

 常に美しく咲き続けていた大輪の花々は、根ごと大地から抉られ、今は見るも無残な姿をさらしている。……神秘的な燐光を纏っていた木々もおおよそ同じで、中ほどから強引に引きちぎられる木も多くあった。

 

 まるで、大きな嵐が通り過ぎたあとのような……戦火に晒されたあとのようなその光景は、花園の名とはまるで、荒野とも荒地とも言える真逆のものだった。

 

 

「……ありえない、いや、しかし……こんな……!」

 

 

 

 ――花園は、メアリとエリザベスの姉妹にとって大切な思い出の場所である。

 

 そして、それは盾符たちにとっても同じことだ。殆どの盾符メンバーが、主君たるエリザベスへ忠誠を誓った場所がこの花園だ。

 

 

 英国において『絶対に守らなければならない人』がエリザベスであるなら……英国において、『絶対に守らなければならない場所』がこの花園だ――と言っても、決して過言ではないほどに。

 

 

 

 それが、荒れに荒らされているのだ。

 

 ……心中おだやかになど、いられるはずがない。

 

 

 

「――まず、『花園(アヴァロン)』のこの現状は一時的なものだ。地脈からの流体を得て修復に向かっている。多少前後はするだろうが、一週間で元の状態に戻るだろう」

 

 

 エリザベスのその言葉に背中越しに安堵の気配を幾つかと、先を促す気配も幾つか。それを受けてエリザベスは続けようとして……。

 

 

「……まあ待て。私の予想が正しければそろそろ……っと、噂をすればというやつか」

 

 

 エリザベスは硬い表情の中でも笑みを持って、右へ視線を送る。

 集約していく流体は二つ。それは、花園内にて過去の幻影を映し出すもの。幼き日のエリザベスとメアリが、無邪気に笑い遊びあっていた光景を写すもので……。

 

 

 集った金色。そして、もう一つの……()()()()()()と、形成されていく幻影の大きさに、一同は目を剥いた。

 二メートルを超える巨躯。余裕ある和装の上でもわかる体躯。多刀を帯びたその男は、昨夜この英国から武蔵と共に去ったばかりの――……守り刀の一族の、止水であった。

 

 

 金色の方はエリザベスを作り上げ、止水の幻影を先導するように歩いている。

 

 

 

「……さて、どこから話すべきかを些か迷うが……まあ、とりあえず見ていろ。私も、その間に整理しておこう」

 

 

 

 先導している女王の幻影が歩みを止める。距離を詰めることなく同じく足を止めた刀の幻影。両者の足は僅かに大地から浮いて……その時はいまだ、この惨状に至っていなかったことを示していた。

 

 

 ――対峙し、先に抜き放たれたのは……『剣』だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

不語(かたられず)】、埋もれる歴史がそこにあって

 

 

――そして ここに……

 

 

 ……【かたられぬ(不語)】、秘められる歴史が、また……一頁

 

 

 

配点《一刻内の決戦劇》

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ――英国、倫敦。双子の満月を観客に、二つの歌劇の終幕のベルが鳴り響く――その、直前。

 

 ……一つ聞かせろと言いつつ、数えると四つほどの内容。それを問うた妖精の女王に、刀の男は……答えを告げずに呟いた。

 

 

 

 ――「……俺さ、守れなかったんだ」

 

 

 ……笑いながら語る、しかし――それは、傷だ。

 

 大きな大きな、傷だった。

 

 

 ――「……守るって誓ったのに、守れなかったんだよ」

 

 

 その傷は今も確かに残り、癒えることなく心臓と一緒に脈打っている。……忘れるつもりは微塵にもないのに、『忘れるな』と時折大きく疼くのだ。

 

 

 ――「…………」

 

 ――「だから、誓ったんだ。もう一回、今度こそ……『あいつ』が大好きだった武蔵を、今度こそ守ろうって……十年前のあの日からずっと思ってた」

 

 

 

 

 胸に添えた左手の指が、緋衣に大きく皺を作る。衣を超えて、皮膚や肉に至っているのが傍目にも伺えた。

 

 

 

 ――「でも……」

 

 

 何から、守るのか。

 

 今よりさらにバカで、しかも幼かった己は、その辺を全く理解していなかった。考えてもいなかった。

 ただ、痛みや傷から守るために、唯一受け継がれていた守りの術式を用い……無理矢理『守り刀』を受け継ぎ、十年を経た。

 

 

 そして十年間、ただ我武者羅に己が前に出て……ただ、守ればいいと――。

 

 

 

 ――「()()()()()()()()()()

 

 

 

 気付いた。気付かされた。この、英国で。

 

 『これを(たが)えた時こそ、我が一族の最期と決めた』……そう、自分で言っていたではないか。

 

 

 

 ――「俺は、ずっと影打のままだ。守ると誓っておいて、守れなかった……守りの刀の、一族の恥晒しさ」

 

 

 

 でも。

 

 

 

 ――「その恥を忍んで、影打の刀がもう一度守ると誓ったんだ。……『誓った以上』を見せて、晒した恥を拭わないといけないよなぁ」

 

 

 

 だから……守ろう。全てを。

 

 

 守りたいと思った全てを。守りたいと望んだ、総てを。

 

 

 

 例え――己が命を砕かれようと。己が魂を、銀の刃に一重に込めて。

 

 

 

 

 

「……と、言って行こうとした俺が、どうしてアンタの後に着いていかなきゃいけないのだろう……」

 

 

 三十分あれば軽く一眠りできんのに……と情け無い表情で独りごちる男と、先ほどの……胸に炎を灯すような宣言をした男が同一人物であると誰が信じようか。

 

 自己判断で満足できる解答ができたと思い、その満足に笑みを浮かべたまま去ろうとしたところ、ムンズ、っと襟首をエリザベスにー掴まれそのまま連行。ポカンと惚けるダッドリーや、いってらっしゃいと手を振るセシルに見送られる。

 

 

 鏡の前で手を離されこそしたものの……拒否権はないらしい。止水は、長年の経験則で早々に諦めた。

 

 

 

(……あんまり、ここには来たくなかったんだけどなぁ)

 

 

 綺麗な花畑に、暑くも寒くもない快適さ。空を見上げれば満天に星が輝く世界は、寝るにしても酒を呑むにしても、これ以上の場所は然う然う無いだろう。

 

 故に惜しい、と、本気で悔やむ。

 

 

 ――最大でかき鳴らされた本能の警鐘は……まだしっかりと覚えていた。

 

 

「そう言うな。昨日のソナタの戦闘を鑑みるに、戦いの場所は相応でなければならんだろう? その点、この花園は地脈からの流体で形成されている故、全壊しようと元通りになる」

 

「『戦わない』って選択肢も、絶対あると思うんだ……俺」

 

 

 『武蔵最強』と言われると、あたかも止水が戦闘大好きの脳筋に思われるが、止水は平和大好きの脳筋である。……戦うことが嫌い、とまでは行かないが、『戦わないで済むならそれに越したことはない』と堂々と宣言するし、戦わないで済む方向を真っ先に考える……温厚な戦人だ。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 だから、吐かれた息は重い。

 

 ……振り返るエリザベスから感じられる戦いの気配は、『戦わなければならない』と覚悟させるだけの、強いものだったから。

 

 

 彼女の身を飾る三対六剣の内の一対が、顔前で交差を経て両手に握られる。そのまま魅せる様に抜き、双剣として構える所作には余裕しかなく……それが、エリザベスの剣士としての実力が相当以上に高いものだと裏付けていた。

 残る二対の四剣も踊る動きを見せてから若干配置が変わり、止水の全身に配した刀同様、防具の役割も担っているのだろう。

 

 

 

(……剣士としてなら、こいつが英国で一番……かな)

 

 

 

 そもそも――『最強の剣の担い手』が、ただの剣士であるわけがない。

 

 ……『英国最強』は――間違いなく、この女(エリザベス)だ。

 

 

 彼女の闘志に反応しているのか、風精たちが逆巻いて花を、木々を揺らす。止水の言葉の何がエリザベスの琴線に触れたのかは定かでないが、相当に本気であることに変わりはない。

 

 

 

 故に、止水はこれに応じるべく渋々……本当に渋々、腰にある刀の一本を握り……『外す』。

 

 

 

 ――ああ、ほら。だから嫌なんだよ。っていうか、『武蔵を守る戦いじゃないから刀抜けない』って、アンタ多分知ってんだろうに。

 

 

 

 その止水の動きに、明らかに不機嫌に歪んだエリザベスの顔を見て、止水のやる気はさらに削られる。

 

 戦おうと剣を抜いた相手に、刀を抜かずに対峙しなければならぬ無礼。これに憤るものが大半なのだ。怒らせたくないのに怒らせざるをえない己の立場に嫌になる止水だが、この立場でないと守れないのだから致し方ない。

 

 そして、憤るだけならいい。素直に謝罪し、説明して、納得してもらうだけだから。

 

 

 ――面倒なのは、不機嫌か憤りの感情を見せて、そこから……獰猛な笑みを浮かべる者だ。極僅かだが、確かにいる一握りの人種が、本当に面倒くさい。

 ……その面倒くさい笑みが、今対峙しているから……もう、本気で面倒くさい。

 

 

 

「あー、なんだ。『抜かせてみろ〜』とかそういうの……言わないし、考えてもないからな? ――な?」

 

「ふふ、ああ。わかっているとも……守る刀、其が刃は守る時のみ抜き放たれる。ならば……」

 

 

 

 浮かんだ笑顔と、それを見て歪んだ顰めっ面。

 

 

 

「抜かざるを得ないようにすれば、いいのだろう……っ!」

 

「いやお前それ絶対わかってな――」

 

 

 

 言い切る前に、嵐が来た。

 

 

 

 踏み込みの音は、それほどしなかった。……したかな? と思い出しても首を傾げる程度の、とにかく僅かで微かなものだった。足元の花を傷付けぬ様に、花たちの居場所を荒らさぬ様にと注意して地を蹴り身を浮かせ……

 

 

 ――空中で爆発的な加速をしたエリザベスが、嵐のような突風を伴って、双剣を叩き付ける。

 

 

 

 一刀と二剣が、激音を響かせて交差し、それに刹那ほど遅れて、衝撃の波が大気を渡り花々と木々を揺らした。

 

 

「ふむ、流石に重いな……! 腕一本、刀一本で止めるか!」

 

 

 お互いの瞳の虹彩さえ見れそうな、まさしく零距離にあって、エリザベスの上がった口角が、高度そのままに白い歯を覗かせる。

 

 

 力を抜いた、わけではない。

 

 『この一合で決める』という全力でこそなかったが、そうなっていてもおかしくない、速度も鋭さも乗った斬撃だったという感想が――

 

 

 

 ()()には、あった。

 

 

 体重で、そして膂力で圧倒的にエリザベスの上をいっているはずの止水が、エリザベスを『打ち返せない』。なにより、止水の身を押し込もうとする竜巻か台風かと思しき突風が未だにあるのは……

 

 

「風で体を押して……いや、加速し続けてるのか? 器用というか無茶というか……」

 

「はっはっは。いや、押すと等しい風力で身を守っているから、負担は欠片ほどもないのだこれが」

 

 

 そして――と。右手の剣を宙におき、肩から身を割り込ませて、掌を止水に向ける。

 

 

 

「少し工夫すれば、こんなこともできる」

 

 

 

 掌の前、握り拳ほどの空間が濃くなり、唐突な息苦しさを止水が感じた次の瞬間――それが炸裂した。

 

 

 原理は、なんてことはない。風精に働きかけ、大気を一気に圧縮し、また一気に膨張させるだけ。……火気の一切ない、言わば擬似的な爆発だ。

 妖精女王たるエリザベスがそれを行えば、圧縮した大気は大凡()()立方メートルを優に超える。それなりの大きさの輸送艦くらいなら簡単に吹き飛ばせるだけの破壊力を持っていた。

 

 

 

「――で、同じ原理で至近にいるはずのアンタは無事、と。……結構ズルいな、精霊術ってのは」

 

 

 

 ……守り刀、揺らがず。

 

 少し痛そうに顔を歪め、急激な気圧変化に噎せているだけ。自分の攻撃がほとんど効いていない――その事実を目の前に、エリザベスは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 ――ああ、そうだ。それでこそ、そう在ってこそ、守り刀の一族だ。さあ、見せてくれ。もっともっと、私を魅せてくれ。

 

 

 

 ギアを上げる。呼応して、意識を変える。

 

 準備運動は、終わった。

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 込み上がってくる笑いの息を、エリザベスは最早出てくるままにした。

 

 付き従う風の精を、鞭打つようにして行使する。もっと速さを。もっと鋭さを望み求める。……そんなこと、産まれてから自我を得て、初めての事だった。

 

 

 やがて地に足が着くことの方が稀になり、黄金の燐光がさらに煌めきを増していく中で、エリザベスは双の剣を連続して踊らせる。苛烈に、優雅に。虚実を交え、一切の妥協なく。

 

 

 

(ああ、くそ……楽しいなぁ!)

 

 

 

 全力だ。

 

 妖精女王として精霊術を、そして、最強の剣の担い手としての剣術を全力で行使し、エリザベスは今……人生最高を更新しながら戦っている。

 

 

 

 渾身と全速を乗せた一撃を放てば、打ち合い互いが弾き飛ばされる。――それが二十を超えて数えるのを止めた。

 

 並び疾って連撃を刻めば、肉どころか衣装にも届かず、連なる数だけに手に強い痺れが返ってくる。――その並走攻防は、十から先を数えていない。

 

 

 

 ……確認するまでもなく、エリザベスと止水の実力は拮抗していた。

 

 競り合うように、剣と刀が快音を響かせて幾度も幾度も交差する――それが、なによりも楽しかった。

 

 

 ――英国の盾符はその名の通り、トランプをモチーフにしているが……絵柄は、エリザベスのQ(クイーン)をおいて他にないのもご存知の通りだ。

 女王の上を示してしまうK(キング)は当然ないにしても、すぐ下のJ(ジャック)は割り振られてもいいだろうと思われるが……これは、暗黙の了解として永久欠番とされている。

 

 

 なぜか。

 

 

 単純に……彼女が強すぎた。ただそれだけの、簡単な理由だ。

 

 英国において、『K(超える者)』無く、『Q(並ぶ者)』無く、『J(迫る者)』無し絶対の強者。それが、妖精女王エリザベス。発案者であるジョンソンが十の数字を副長副会長を同列にすることで二人にし、王は王賜剣と例えることで他国の意識を強さでは無く王位の威厳に逸らしたのである。

 

 

 

 そんなエリザベスだからこそ、強すぎるエリザベスだからこそ……退屈していた。最強の剣の担い手でありながら、剣士として戦うことができなかったのだから。演劇歌劇を好む彼女が、主演女優として舞台に自ら立たなかった。

 

 

 その退屈も、今宵、この時までのこと。

 

 

 

 

 幾度も夢に見続けた守り刀の一族。その儚さに守りたいと望み、是が非でも引き込みたいとも望んだ一族の生き残り。

 

 だが、同時に剣士として……一騎当千を背に、数多の死地を超えて勝利を掲げるその姿を幾度となく見続けたその内に……是が非でも競い合いたいと望んでいた。

 

 

 

 

(ああ、()()……邪魔だな)

 

 

 

 思ったら即実行。エリザベスは身を翻し、肩を蹴って一時離脱のために距離を置く。その程度の衝撃で体勢はやはり崩れることなく、間を置かず追撃してくる止水に苦笑を得た。

 

 

「全く! 乙女の衣装替えくらいっ、待てんのか守り刀!」

 

「えっ……いや、女の肌が晒されてるなら流石に待つよ? 俺も」

 

 

 

 おや、意外と紳士だ此奴。と止水に対する評価を少し上方に修正しつつ、エリザベスは脱ぐ……では語弊があるので、外す。

 

 

 ――身の威厳を大きく見せるための、肩の可動域を盛大に邪魔する肩の装飾を。

 

 ――淑女たる優雅を演出するため、空気抵抗に喧嘩を売っているような満開の花片のようなスカートを。

 

 

 ……女王、という位を示すためにあしらわれた、王冠を模した防具も。

 

 

 

 外した。取っ払った。邪魔だ。この身を縛する装飾の、全てが邪魔だ。こんなもの剣士に必要ない。

 

 最低限の服だけになり、女性らしさにずば抜けた肢体を惜しげもなく、むしろ見せつけるようにエリザベスは晒す。一般的な感性の男性であれば、唾を飲み込み見惚れるだろうには十分過ぎるほどに妖艶であった。

 

 

 

「……立場が高い奴って、皆脱ぎたがるもんなのかな」

 

「おい待てコラ待てちょっと待て守り刀。誰だ? ソナタ今誰と私を重ねた? 事と次第によっては国家として武蔵に対して徹底抗議を辞さんぞ私は。もっと別の感想はないのか」

 

 

 もっとも、大バ刀に一般男性の感性を求めてはいけないらしい……いや、若干視線を外そうとして、戦っている最中だからと悩んでいるところを見れば、少なからず初心な所はあるようだ。

 

 

 それを見て理解して、溜飲を下げる。そして、優越感から来た笑みを僅かに零し、エリザベスは自由になった体を再び踊らせた。

 

 戦いが始まってから常に追従させていた残る四剣も、解き放たれたように奔る。六剣の舞踏だ。

 

 

 

「六刀流、でいいのかそれ? ……またアンタは、随分器用というか奇抜なことを……」

 

「フフ、喜べよ守り刀。私にこれを使わせたのは、ソナタが初めてだ。……では、行くぞ?」

 

 

 ――エリザベスの初めての相手、とどこかの国の誰かの外道友人たちが無意味に事を荒立てようとするだろう単語は、幸いなことに誰にも聞かれることはなかった。

 

 当然、止水がそれがそれらしい単語に繋がるなんてことに気付くこともなく……そんな下らない思考を、する暇もなかった。

 

 重く嵩張り、行動の大半を妨害していた装飾を外したエリザベスの全力。止水は、迫る六の倍数分の剣戟の脅威の対処を――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しなかった。

 

 

 

 

 六の倍数になるはずだった斬撃は六のままで止まり、一つとして刀鞘に止められること無く止水の身を打ち据える。――この決闘が始まって初めて、攻撃が高い音ではなく鈍い音を奏でた。

 

 

 

「――……え?」

 

 

 

 呆然としたのは、他でもない攻撃の主であるエリザベスだ。

 

 剣が当たったこと――に呆けたわけではない。興じてこそいたが、決闘という意識はあった。倒す気概も、エリザベスの心中にしっかりとあった。

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 止水のその動きと。

 

 

 

 ――抱き寄せられることで殆どが緋に埋められた視界の隅に捉えた()()()()。その事実が、それの意味することが……エリザベスの思考を止めた。

 

 

 見上げる位置にある男の顔は、その眼は――エリザベスを越して、その背後を見ていた。

 

 

 

 武蔵を守る戦でなければ、刀を抜くことを自身に許さない止水が……刀を抜いた。そして、いつぞやのようにエリザベスを抱えたまま、全力で後方へと跳び下がり――刀を持つ右を前に、エリザベスを抱える左を後ろにして構える。

 

 

 

 

「一応聞くけど……『あれ』、アンタの知り合いか?」

 

 

 

 口調は軽く、しかし視線は鋭く研ぎ澄まされた刃の如く。

 

 その眼の睨む先にあるのは――黒。夜の闇より、漆黒よりもなお黒い……澱みきった黒い色。

 

 

 

   ――……a。

 

 

 

 その色に、止水は見覚えがあった。……花園の最奥、そこで見た――英国の怪異を一箇所に集中させた泉だ。

 

 エリザベスが言うには『末世』である泉と同色の――それは『人形(ヒトガタ)』をしていた。目もなく口もなく、シルエットだけ浮き出してきたような……生き物と仮定することも躊躇わせる異形。

 

 

 

「一応でも聞いて欲しくはなかったな……私に、あんな『描きやすそうな輩』が知り合いにいると思っているのか?」

 

「そうか……?」

 

 

 ふと、止水は級友であるネンジを思い出した。少なくとも、彼ならば黒の人形より描きやすさでは勝っているだろう。

 

 英国にはスライム系の種族いないのか、という感想が今はどうでもいいことだというのに気付き、思考を切り替えようとして……止水は自分の中にある余裕に気付いた。

 

 

(……なんか、ちがう。この気配だけど、あいつじゃない……あの時の怖さがあいつにはない。なんだこれ……?)

 

 

 

 

   ――m――k――……ta。

 

 

 

 

 警戒は高くにあるが、止水が最初に泉の下で感じた『決死』を覚悟させるほどの恐怖が、目の前の人形からは感じられなかった。

 

 恐怖はない、わからないことだらけだが、しかし脅威は十分にある――そう決めて余談なく刀を構える止水。その左腕の内で、熱い風が荒れた。

 

 

 

「……離してくれ、守り刀。――いつ以来だろうかな。思考が怒りで埋め尽くされるなど。よくも、邪魔をしてくれたな……貴様がなんであろうとなにものであろうと、瑣末なことだ。どうでもいい……!」

 

「あ、おい! ちょっと待っ……!」

 

 

 

 

 楽しかった一戦。時間にしてみれば驚くことに十分ほどしか経っておらず、そして互いの実力からすればもっと楽しめたはずだ。

 

 それを――この黒い何かが邪魔した。

 

 

 

「我が名において、断じてやろう。その愚行、貴様の命で償うがいいッ!」

 

 

 

 宣告を終える前に、黄金が迸る。

 

 刻まれたのは一翔六閃、怒りにより荒く、しかし怒りによって絶大な威力となったそれが黒い人形に炸裂し……

 

 

 

 ――六剣が黒に『食われた』。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 浮かせていた四本は完全に黒に飲まれ、手にしていた二本も柄を残して消える。

 制御先と手元の重さ、二つの突然の喪失を経てエリザベスは武器を失い、頭に上った血を下げる。そうして、理解する。この人形が、あの泉と同質のものであると。

 

 『物体の流体化』……末世の泉と同じ現象だ。違う点は、泉が白い花を咲かせて枯らし、消失を演じたのに対し……この人形にはそれがない。

 

 

 

 ――ゾクリと怖気が、緋の背中に走る。

 

 眼球と思しき器官も、口と思しき器官も見当たらないが、それは……しっかりと止水を見て、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

             『   ミ   ツ   ケ  タ   』

           『  ――mi――t、u――ke――ta――  』

 

 

 

 

 

 

「っ! 下がれ馬鹿ッ!」

 

 

 

 男性の平均身長ほどの人形が一気に数十倍ほど膨張する。その勢いで、木々や花々、地面さえ消失させていく黒がエリザベスを飲み込もうとする。

 

 ……止水が咄嗟に変刀姿勢で伸ばした刀の腕が、飲み込まれる寸前でエリザベスの身を掻っ攫った。その上で、止水自身もさらに後ろへと飛ぶ。

 

 

(やばい、掠った……!?)

 

 

 飛ぶ直前の刀から伝わってきた粘性の高い液体に触れた感触に、止水は顔を顰める。刀達でエリザベスの全身を分厚く覆い隠したが、膨張の速度がかなり速く……引くのが刹那ほど間に合わなかった。

 

 

 

 

 

「くっ、おい! 生きて「痛いだろう! 助けるならもっと優しく助けんか!」……お、おう」

 

 

 

 刀の繭から出てきたのは、怒髪天な金色の蝶だ。

 

 止水が刀を殺到させた際に打ってしまったのだろう。顔を顰めて痛そうに背中を摩っている。……だが、五体はしっかりと付いているようだ。特に怪我をした様子も、体調に異常が出ている様子もない。

 

 

 ……いろいろと文句を言いたそうなエリザベスだが、今は飲み込んでおくことにしたらしい。……助けられたことを思い出して、礼どころか文句を言った自分に不機嫌そうに唸っていた。

 

 助けられたのだから礼を言わなければ――そう思うのが一般的である。だがどう言い繕っても「一般? ああ、良いカモじゃん」という外道連中と付き合っている止水には、むしろエリザベスから来た文句の方こそが一般的であった。

 

 

 

「はあ――それで、どうするよ妖精女王。

 

 ……連中、結構な()()()みたいだけど」

 

 

 

 刀を肩に担ぎ、視線を右から左へ。広がる白樺(シラカバ)の森……その木々の合間から続々と現れる無数の人形を、苦笑を浮かべて眺める。

 

 ――意識無意識はさておいて、止水は既にエリザベスよりも数歩前へ進んでいる。どうするのか、と聞いておきながら、どうにかしようとしているのは明らかだ。

 

 

「……あれが、あの泉と同様……いや、いまの方が始末が悪いか。爆発……膨張か? あれに巻き込まれたものも消失するらしい。物理的な攻撃は先ほどの二の舞。流体を用いる私の精霊術も有効打には――ならんだろうな」

 

 

 幸いなのは、さほど速くないその動きだろう。遅いとこそ言えないが、戦闘系特務は当然、戦闘職の一般生徒にも劣っている。先ほどまで高速戦闘を繰り広げていた止水とエリザベスにしてみれば、止まっているようなものだ。

 

 問題は、攻撃の手段が一切思い浮かばないということ。この世界の万物は流体で形作られているため、あらゆる武器もあらゆる術式も、あの人形には無力。それどころか、先ほどのように膨張して無為に被害を広げるだけだろう。

 

 

(ならば、どうする……?)

 

 

 ――『花園から一時離脱し、門である鏡を封印する』……という手段も浮かんだが、それは所詮『問題の先送り』でしかないとエリザベスは早々に選択肢から捨て去っていた。

 万が一人形たちが鏡を通過して来た場合、この異形の大群が英国の本土を蹂躙することになる。……なによりも、この地をあのわけもわからない連中に占領されるなど、妖精女王のプライドが許さない。

 

 

 

 故に、ここで……この場にいる二人で、なんとかするしかない。

 

 

 それを、止水も本能でおおよそは理解しているのだろう。どうするかなと呟きながら、鋭く黒の人形たちを見ているので、戦う気は満々だ。抜き身の刀の峰で肩を叩き、リズム、を……。

 

 

 

 ――違和感。

 

 思考は、すぐさま加速した。

 

 

 

「守り刀――……ソナタ、先ほど私を何で助けた?」

 

「はぁ? ……何でってそりゃ、いや、特に理由なんかないけど……」

 

「そっちに『何で』ではない! どうやってと聞いているのだ!」

 

 

 

 黒の人形の膨張に飲まれかけたエリザベスを、咄嗟に変刀姿勢で伸ばした刀達で掻っ攫った。記憶力にイマイチ自信がない止水でもしっかりと覚えている。

 

 

「どうって、刀で――……あ」

 

 

 だが……掻っさらうその際――膨張した異形に、少なくない刀が飲まれていたことを止水もようやく思い出したらしい。

 

 

 

 止水の身に配刀されている刀は、目測で三十本。エリザベスを包んだ刀は、ほとんどこの内に入っている――鞘を含め、黒に触れただろう刀達には、なんの異常もなく。

 

 

 

 その事実は……『万物を消失させる』という、現状予測されている世界の末世に……堂々真正面から、喧嘩を売っていた。

 

 

 

「く、くく……はっはっは! やはり、やはり良い! それでこそ守り刀の一族だ! 実に私好みの王道展開ではないか!」

 

 

 

 笑う。大口を開けて、大層愉快そうに、大きく笑う。

 

 

 

「この状況で、元気だなぁアンタ。

 

 

 

 ……で、なんだよ? その手」

 

 

 

 ため息を吐こうとして、当然の様に差し出されてきたエリザベスの掌にキョトンと惚ける。

 

 ふと――トーリが駄菓子屋『駄菓子菓子』の店先にあるガシャポンで有り金を使い果たした時のことを何故か思い出してしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

()()()()()で……一刀、貸してもらえるか? 見ての通り、武器も戦う術も今の私にはない。……だが、私はこの国の、我が英国の王であり、同時に守護者だ。守らねばならん。……その力、貸してほしい」

 

 

 ――止水の刀ならば、戦うことができるかもしれない。

 

 そう仮説を立てたが故に、エリザベスは求めた。己が戦うための手段としての刀を。そして、武蔵の守り刀であるという止水自身を一刀に例えて、英国を守るためにその力を貸せ、と。

 

 

 止水は惚けた時に飲み込んだため息を今度こそ吐き出す。そして、前に一歩進む動作で背を向けて……無拍子で右手の刀を投げた。

 

 矢の様に弾かれた刀は、一体の人形の胴体ど真ん中を貫き、貫かれた人形は数秒経たずに霧散していった。

 

 

 突然の行動に目を見開くエリザベスの視線の中で、支えを失った一刀は変刀姿勢によって地に落ちる前に止水の手に戻る。

 

 

「ん……とりあえず、アンタの予想は合ってるみたいだな」

 

 

 ……切っ先、刀身、鍔、柄を順番に二度しっかりと確認し、エリザベスの『かも知れない』を確固たるものにする。そして、もう一度エリザベスを、顔だけで振り返って見た。

 

 

「で……俺一人に任せる、ってのは――あー、わかった。わかったから。睨むな。怖いから。めっちゃ怖いからアンタの顔。……言っとくけど、剣と刀じゃ勝手が全然違うぞ? 剣使ってるアンタじゃ……」

 

「はっは、それこそ愚問だ。

 

 ……この英国で、私以上に『刀の扱い方を知っている者』など、いるはずがない」

 

 

 告げられた断言には、妖精女王の気迫が盛大に乗っていた。

 

 ならば、と。長さ、重さともに平均的な刀を鞘ごと外し、エリザベスへ投げ渡す。

 

 

 ……受け取ったエリザベスだが、迫る敵を前にしているというのに、目を閉じ深く、大きく深呼吸を一つ。

 

 

 断言には偽りはない様で、『鯉口を切る』という西洋刀剣にはない所作をよどみなく行い……眼前にて、刀を抜いた。

 

 上質の金属特有の澄んだ音色を静かに響かせ現れる刃の銀色に、エリザベスは熱い吐息を思わず零した。――世が世であれば、刀剣の歴史に刻まれるに十分なほどの名刀であろう。

 

 

(……これほどの名刀でありながら、どの刀にも『銘』が無いというのだからな)

 

 

 『守り刀の一族の刀は、その全てが、価値なき無銘刀である』――それを握る守り刀の名こそが刀の銘となり、守り抜いた命の数がその刀の価値になるからだ。

 

 感慨に浸っていたエリザベスが、場の気配の変化に気付く。止水が刀を投げたからか、それともエリザベスが刀を抜いたからか。人形達が明らかに殺気立ち、ただ緩慢な動きが、獲物を狩ろうとする獣のような溜めに変わりつつある。

 

 

 

「ふん。『待っていた』と――無粋な連中だが、場の空気は読めるらしいな」

 

「……待たせ続けたら、そのままお帰り願えねぇかなぁ」

 

 

 笑うエリザベスが一歩進み、苦笑する止水が半歩足を引く。すると自然、前に出ていた止水と後ろにいたエリザベスが隣り合う並びが生まれた。

 

 

 ――背中を合わせ、刃を揃え……同じ敵を見据える二人を、この場にいない第三者が見たら、どう映るのだろう。

 

 

 

 武蔵がメアリ奪還へ動くまで、おおよそ二十分。

 

 

 

「では、夢の共演と行こう。……付いてこれるか?」

 

 

 

 ……英国最大の戦闘が――しかし合図も無く静かに……開戦した。

 

 

 

 

 

「フッ……!」

 

 

 先駆けるは蝶だった。風による加速は本人の興奮のままに軽い体に強烈な加速を齎し、音速をはるかに超える速度で黒の人形共に肉薄し、横薙ぎの一閃。三体を霞に変えるが、群の層の厚さ故に減ったようには見えず、大きく振り切った隙だらけのエリザベスへ切った数倍の数が殺到した。

 

 

「ったく、一人で突っ走るなよ、っと!!」

 

 

 その後ろ……否、上。悪態を吐きながら遅参した止水が、エリザベスの身を飛び込えて大太刀を薙ぎ払う。斬り払い吹き飛ばした数は不明――斬撃範囲に踏み込んだ全てだ。

 

 しかし数の暴力を理解しているのか、それとも恐怖云々の感情が無いのか。黒の群勢は殺到という団体行動を止めない。

 エリザベス同様、止水によって切り開かれた空間を埋めようとし――刀を振り切った止水の腕下を潜って再度前に出たエリザベスが無数の刺突を叩き込む。

 

 

 切り払った大太刀をそのまま返そうとした止水は、エリザベスの動きに少しばかり目を見開く。

 

 

 ――即席の連携、にしては息が合っている。もしかしたら――。

 

 

 術式を用い。エリザベスに渡している刀と同規格の刀を一本、鞘から抜いた状態で飛ばす。――人形の肩に刺さったそれは致命傷とは程遠く……その程度では決定打にならないという情報を齎した。

 

 その刀をエリザベスが間を置くことなく握り、肩から真下へ斬り下ろす。左右からきた人形の頭を二刀が飛ばし、三体。それがほぼ刹那と言える時間だ。

 

 

 

「ふふん……!」

 

 

 そしてこの、二刀を巧みに操り見事な連斬を繰り出しつつのエリザベスのドヤ顔である。既視感があるのは、彼女に似ている自称賢姉が時たま意味のわからないところで浮かべる意味のわからんドヤ顔を、止水が時折見ていたからだろう。

 

 ――そして、大体その笑顔の後には難事がくるのだ。おもに止水に向かって。

 

 

「……囲まれてるなぁ、これ」

 

「む? おお……まあ、群勢に突撃すれば、そうなるであろう、よ!」

 

 

 

 突撃したのはお前だ、という言葉を飲み込み……背中を合わせ、刀を振り。絶え間なく立ち位置を変えながらも平然と会話を行なう二人には、それなりに余裕はありそうだ。

 

 

 しかし、減らない。一振りで十を超える異形を打ち消す止水が幾度と振ろうと。瞬きの間に十を超える斬撃を放つエリザベスが幾度と舞おうと……花園を侵食していく黒は減らない。それどころか……黒が埋めていく範囲は確実に拡大していった。

 

 時計の長針が、数字を三つ進めるころには、一面が真っ黒に染まっていた。

 

 

 

「流石に、ふう……この数は、骨が折れるな」

 

「それで苛立って、何度か破裂させるアンタも大概だよ……」

 

 

 ちなみに、鬱陶しい……! とエリザベスが空気を圧縮させた回数は三回だ。そして、止水が二人を覆えるだけの刀の壁を作った回数も三回だったりする。

 

 

「しかも連中、少しずつ動きが良くなってるときた。『機を伺う』なんて今までなかったぞ」

 

「時間をかけるのは最大の悪手、か。突破口なりを見つけねば、詰むのは我々と。

 

 

 ……なあ――守り刀……ソナタ、いま、いくつだ?」

 

 

 唐突過ぎる問いに、返せたのは間だ。

 

 

 

「……いや、いきなりどうした? いくつって、そりゃ武蔵で学生してるんだから十八……」

 

「誰が歳を聞いた!? 戦績を聞いたのだ戦績を!」

 

「わかりづれぇよアンタの言い方! 戦績か……それなら、1だ」

 

 

 明日くらいの未来で何人かが頷いてくれているので、自分の反論は正しいはず。――という止水自身首を傾げる意味不明な感覚を得て答えた。

 

 ……返された答えに続く間を作ったのは、エリザベスだ。

 

 

「……まて、貴様さっきからバッタバッタと……どう考えても1で済むわけが――さては、最初から数えてないな?」

 

「あ、倒した数聞いてんのか? それならわからないぞ。なにせ、アンタの言う通り最初っから数えてないし」

 

 

 倒した数はわからないと言い、しかし、唯一数えた『1』があると笑って言う。

 

 何を数えての1か、と、問おうとした言葉を出そうとした口が、頭に真上からきた軽い衝撃によって閉じる。その所為で危うく舌を噛み掛けたが……それは(今は)いい。

 

 

「――1。数字のあれこれは苦手だからさ……今回は、至極この上なく楽でいい」

 

 

 1のまま、増えることはなく――その1が減らないように、戦う。その唯一数えられたのが誰なのか……察せないほど、エリザベスは抜けていない。

 

 

「くく……ふふ……」

 

 

 

 ――誰かに頭を気安く触られるなど……どれくらいぶりで、誰以来だろうか。

 

 

(私も、知った気になっていただけか。……守るために刀を振るう一族が、倒した数を数えるわけがなかろうに)

 

 

 夢で見た守り刀たちがどのような思いで戦っていたのか。客観的にしか見えないエリザベスにそれがわかることは、今後もきっとないだろう。

 

 だが、今を生きているこの男なら。言葉を交わすことも、剣を交える事も。刃を合わせることだってできる。

 

 

 

 この――守り刀の……

 

 

 

「……! 大バカ者か私は……!」

 

「……アンタ、大丈夫か? さっきから笑ったり怒ったり……おーい」

 

 

 

 守り刀。ソナタ。――彼個人を、見ようともしなかった。

 

 英国に渡せと武蔵に要求し、正純に対してアルマダへの不参加を言い渡した。――彼個人を、知ろうともしなかった。

 

 

 ……守りの刀である。しかし、それと同時に、『止水』という名の、一人の人だというのに。

 

 

 

「……『アンタ』ではない。エリザベスだ。共に戦っているというのに、他人行儀は好かんぞ?」

 

「あー、うん。それな。それなんだけど……」

 

 

 言い辛そうに、ガリガリと頭を掻き。おまけに、あー、とひとしきり唸り。

 

 

 

「アンタの名前……その、言い辛いんだよ。舌噛みそうで……」

 

 

 

***

 

 

 

 

「いや、私も驚いたぞ。名前が言い辛いと言われるなど、初めての経験だったわ。……まあ、そんなこんなで、私と彼は名と愛称で呼び合う仲となったのだ。なかなか、良いものだぞ? こう、うむ」

 

 

「「「「いやそこはどうでもいいですから!」」」」

 

 

 満足そうにドヤ顔を浮かべ、さも『話はこれで終わりだ』と締めくくろうとする女王に対して、盾符の面々がほぼ総員でツッコミを入れる。

 

 壮絶な……それこそ映画のクライマックスにでも採用されそうな戦闘に見入っていた一同が我に帰るには丁度良い刺激になっただろう。

 

 

「なかよしなのー」

「よしセシル。あとでドーナツやるから少し静かにな? おいエリザベス!」

「私にもだ。女王スペシャルで」

「やかましい!! それどころじゃねぇだろ!? なんだあの黒いのは!? あの後どうなったんだよ!?」

 

 

 ことの大きさに血圧が上がって若干苦しそうなダッドリーとじょうおうかっこいーと拍手していたセシルに代わり、問い質すのは己の役目とばかりにオマリが進み出る。

 荒れ果てた花園の原因はわかった。ぶっちゃけて言えば、この現状は苛立ってぶちかまして黒の人形を破裂させたエリザベスの所為と言えなくもないが、そこは今は置いておく。

 

 

「――その答えは」

 

 

 昨夜の光景は、すでに消えている。再び荒野となった花園が、ただ寒々しさを残しているだけだ。

 

 先ほどまで自分と止水が背中を合わせていた場所に目をやり、吐息。

 

 

「この先にある。……今までの光景は全て前座だ。これよりの光景が、その結果となる」

 

 

 

 止まっていた歩みは再び女王を先頭に、少々出遅れて一同もついていく。

 

 

 

 ――荒れた木々の叢林を越えて……花園の、最奥。

 

 

 

「……悔しいな。この光景の描写、すぐに浮かんできそうにないよ。ボクもまだまだ『未熟者』ってことかな」

 

 

 そう愚痴をこぼす、どこか嬉しそうなシェイクスピアの言葉に反応を返す者は――返せる者は、いなかった。

 

 

 目の前に広がるのは――大地に乱立する、銀色の刀と緋色の鞘。

 大小長短太細はそれこそ多種多様に、木々に代わる森を作り上げている。異様とも異常とも言えるその光景の中央に、英国の怪異を集約させた末世の泉があった。

 

 

「これ、は、どういうことなのですか? 女王陛下」

 

「――たしか『結刀界切』、という術だったか。刀と鞘を用い、そして刀に宿る付喪神たちの流体で恒常的に形成される結界……らしい。刀の数が多ければ多いほど結界の強度は増すそうだ。そして、この場には、およそ五百ほどの刀がある」

 

 

 刀と鞘で別れるため、数は倍となり千を超える。

 

 英国に入る際、止水が荒れる輸送艦上で同様に使ったことをエリザベスは知りもしないが――その時、刀の刃は外へと向いていたのに対し、五百にもなる刀たちの刃は全て内側……泉へと向かっていた。

 

 強力な守りの結界が、強力な封じの結界として泉に『蓋』をしているのだ。それが、黒き人形たちの現出を抑え込んでいる。

 

 

 

「さて――諸兄ら。この光景を、そして先ほどの前座を見てもらった上で、私の見解を告げよう」

 

 

 

 呼吸。

 

 

 

「『末世の解決の保険』……三河にて松平 元信が守り刀の一族を指してこう言ったのは覚えているな? そして、大罪武装の収集が末世の解決の鍵になるとも」

 

 

 頷きの気配を感じ、続ける。

 

 

「――私の考えは、違う。この光景がすべてを物語っている」

 

 

 

 五百の刀。五百の鞘。

 

 そして英国が、世界が。長年の研究を重ねても手出しできなかった……しかし封じられている、末世の泉。

 

 

 

 

 「……守り刀の一族。その生き残りである止水……彼こそが、『末世解決への切り札(ジョーカー)』だ」

 

 

 

 

 ――静かに。しかし、はっきりと断言した。

 

 

 一同はその言葉を聞き取り、背筋を冷たくした。もし、エリザベスの言葉が正しいとするならば、この情報は他国に……聖連にさえ知られてはならない英国の最重要機密(トップシークレット)になる。

 

 保険というだけで、各国は止水の身柄を要求してきたのだ。実績も含めて確実性が増したということが僅かにでも外部に漏れれば……それこそ戦争が起きる。自分たちだけでも助かりたいと思う連中は、どこにでもいるのだ。

 

 

「ここ、個人が世界のしゅ、終焉である末世を……? そ、それは……」

 

「疑うのも当然だダッドリー。だが、今の段階でも止水はこの泉を封じることができているのだ。今後、さらなる力をつけたとしたら……」

 

 

 

 ――世界そのもの(全て)を守る、歴代最強の守り刀となるのではないか。

 

 

 

 

「Lady……いや、My Lord. どうか、命令(オーダー)を。我ら盾符、付き従う用意はできております」

 

「Tes.では私の方針を言おう……今後我が英国は、極東武蔵に対して絶対友好国を()()に宣言する。メアリが亡命し、英国の次期王が武蔵に深く関与しているのだから怪しまれることはないだろう」

 

 

 表向き、とは言わない。その表現では不適切だ。エリザベスは武蔵を裏切るつもりは、今の所毛頭ないのだから。

 

 

「そしてもし万が一、守り刀の重要性が世界に知られ、その全ての悪意が彼に向かうというのであれば……私は討って出る。剣を交え、刃を合わせ、『いつか杯を』と約束した友の危機に……英国の女王ではない、ただのエルザとして駆けつけるつもりだ」

 

 

 エリザベスが言い切ったそれは完全に私情だった。それ故に英国を巻き込めないと――暗に『王位を捨てる』とさえ聞こえるその言葉に一同は表情を硬くする。

 

 

「故に、我が盾よ――備えよ、力を。

 

 その時諸兄らがどのような道を選ぶにせよ……いずれ来る末世、その先を見据えるのだ」

 

 

 

 その時まで、きっと……エリザベスと止水が再会することはないだろう。

 

 末世を超えた世界で、英国と武蔵が再び見えた時。それが、刀と剣が、笑顔で迎える再会のときだ。

 

 

 

(その時こそ、言おう。【久しいな、我が友(Long time My friend)】と――そして)

 

 

 

 

 

 ――Tell me the answer at that time(あの時の答えを、聞かせてくれ)、と。

 

 

 

 

 ……花園に、風が走る。荒野の風ではなく、森の息吹が込められた風は、一同の心の帆を、しっかりと後押しした。

 

 

 




読了ありがとうございました!
構成で二話分をまとめるとは言え、まさか二万字に迫るとは思いませんデシタ。


 ともあれ、これにて英国編、完結です!

 長い間、本当に長い間お付き合いいただき、万言でも感謝が尽きない思いでいっぱいです。


 本当にありがとうございました!


全 員『行くぜ三期! ついてこいよ、俺たち!』

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