境界線上の守り刀   作:陽紅

131 / 178
鎧のモデルですが、本編をご覧になればおよその方がお分かりになるかと……


十六章 大海に立つは 『金豈』

 

 

 巨漢……いや、最早巨人と言ってもいいほどの巨軀の大男。日に焼けた肌は浅黒く、大きな体も相まって、その出で立ちは野生の肉食獣を彷彿とさせる。黒髪と顔のラインを一周する黒々とした髭は、獅子の鬣と言ったところか。

 

 緋色の着流しをマントのように風になびかせ、手甲と袴を纏い上半身の隆々たる肉体を隠すものはない。

 

 

 

【さて……まずは】

 

 

 外見に似合う深く太い声に、これまた外見にぴったりな野性味溢れる笑みを浮かべる。

 

 そのまま、振り返る。そして歩き――膝を突いた。

 

 

【……貴殿の名を、お聞かせ願えるか?】

 

「「え……?」」

 

 

 未だ、フアナを庇うようにして抱くセグンドの前に、『鎧』は膝を突いた。

 

 フアナに名を聞いているのか、とセグンドは一瞬思ったが、目の前の大男の目線はまっすぐに自分を見ていることに気付く。害意は……ない。威圧してきているわけでもないのに、大きな体以上に、圧倒されるなにかが目の前の男にはあった。

 

 

「せ、セグンド……フェリペ・セグンド」

 

 

【フェリペ・セグンド……】

 

 

 そして気づけば、セグンドは答えていた。それを聞いた『鎧』は目を閉じて、セグンドの名を復唱する。

 

 

 

【――フェリペ・セグンド。その名、我が魂に刻ませてもらおう! ボウズの身の内より見ておったが……己を容易く殺せる力を前に、微塵にも躊躇うことなくこの女子(おなご)の盾にならんとしたその気概! 真に見事!

 この鎧、心の奥底から奮えたぞ!】

 

 

 分厚い胸板の中心……心臓の真上を大きな拳骨で強くドンと叩く。セグンドの名を、確かに受け取った、とでも言わんばかりの強い笑顔だ。

 

 

【故に、故に口惜しいっ。我が身に血と肉があったなら、三顧と言わず百千と顧して、我が守り刀が一族の郎党に求めたものを……!】

 

 

 その強い笑顔は一転。それこそ一生に一度あるかないか、というチャンスを逃してしまった直後の様な、強い悔いの顔に変わる。

 

 

(ほ、本気で言って……? いや、違う。これは、本気『しかない』……?)

 

 

 

 裏表がない。感情の起伏が激しい。

 

 言葉で飾れば、『鎧』の現状をどうとにでも言えるだろう。

 

 

 ――だが、彼はただ、本気なだけなのだ。

 

 

 セグンドの気概に感動し、名を知りたいと魂から望み。そして、同じ釜の飯を食い会える仲になれない今を、心の底から悔やんでいる。

 

 そして、その悔いを断ち切るように立ち上がり、自分に言い聞かせるような沈痛な面持ちで止水の隣へと戻って行くその背を見て……

 

 

 ドクンッ、と。

 

 ……強く鼓動した心臓を掴むように……抑えつけるように、セグンドは己の胸を握り締めた。

 

 

 

「総長……?」

 

「っ、大丈夫だよ。フアナ君……大丈夫だ」

 

 

 どうしたのか、と視線で問うてくるフアナに、なんとか浮かべた笑顔を返す。

 

 

 セグンドは……望んだ(・・・)。ほんの瞬きにも満たないわずかな時間だが、それを、望んでしまった。夢見てしまった。

 

 

 

 大男……『鎧』の麾下へ参じていくことを。そして、この背に着いて行く一人になりたいと。

 

 腕の中にフアナがいなかったら――少し、危なかったかもしれない。

 

 

 

 

「……人様の名前覚える余裕あるなら、まず身内である俺の名前を呼んでくれよなぁ」

 

【わっはっは――たわけめ。お主なんぞ、まだまだボウズで十分だわ。

 

 ……しかしまあ、我が身を『刀身顕現』させられるようになった事は、まあ認めてやらんでもない。尤も……あの守りの術を止めている『今だからこそできる』のだと理解して、その一時的な状況を認められて嬉しいと思うかどうかは――

 

 ボウズ。貴様次第であるがなぁ】

 

 

 『鎩』や『鈍』、『鉋』たち守り刀の流派の主を生前――実際に刀を持ち、振るっていた頃の姿を流体で構築し顕す、刀身顕現。……この事象自体に流体を消費するわけではないが、止水自身の総流体量が膨大でなければ実現出来ないものだ。

 

 

 その大男はその事実を突きつけるだけ突きつけて、ニタリと笑う。

 

 しかし止水はというと……上げて落とされる発言を受けても、小さくため息を零すだけだった。――そしてそれは、上げて落とされた落胆からくるため息ではない。

 

 

 

 顔は真っ直ぐ、前を見据えて。眼光は揺らがず、武蔵へ。

 

 

 

 ――その反応に、鎧はニタリという笑みを止めて、その真逆、満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「待ってろ。その内、十三人(お前ら)全員刀身顕現させて、そんで、そのお前らの前で美味い飯と美味い酒を腹いっぱい食ってやる……守りの術式使った状態で、な」

 

【フン……大言を吐きおるわ。良かろう! そこまで言うならば、やって見せよ! 我らはその日を――せいぜい楽しみにさせてもらうとしよう――

 

 

 ……では、そろそろ参ろうか】

 

 

 

 サン・マルティン艦上、その場の気配が、変わる。

 

 ――突然現れ、主役の座を有無を言わせず奪っていった二人が、変えていく。

 

 

 

【――行くぞっ、ボウズ!!】

 

「――Jud.!!」

 

 

 

 

【「――『初めの口上』ッ!!」】

 

 

 

 

 

 

 ……巨大な緋炎の大渦を、天へと伸ばした。

 

 

 鎧が、両の腕をバッと広げ、ただでさえ巨きな身体を、より大きく見せつける。

 

 

 

 謳った。

 

 

 

 

 

【  おお――無辜の民よ! そしてっ、我が愛する一族、子々孫々の同胞(はらから)よ!  】

 

 

 

 

【  今こそその眼に焼き付けるが良い……!

 

   これこそが我が信念の形! これこそが! 我が盟友との誓いの姿ッ!  】

 

 

 

 

 

 響き轟くその声は、遠雷が如く。英国にさえ届く声量で、高らかに吠え上げる。

 

 

 ――見ているか、我が盟友。聞いてるか、我が友よ。……そなたと交わした約束の姿、いままたこうして、我が子孫の舞台にてなったぞ。

 

 ……黄泉路へと旅立ち、さすがに生まれ変わっているだろう友に、鎧は届けとばかりに、吠え上げる。

 

 

 

 

 

【  眠りたまえよ安らかに……! 笑い謳歌せよその生を!  】

 

 

 

 

【  そのためまずは……出でよ!

 

 

 

       『大海賊刀(だいかいぞくとう)』ぉぉおお!! 】

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

「――……? なにも、起きてねぇ……?」

 

 

 

 隆包の言葉に、抱えられた房栄もキョロキョロと周囲を見渡す。甲板上は『悲嘆の怠惰』の超過駆動の砲撃で酷い有様だが、トドメになる部分を止水が防いでくれたおかげで打ち身程度の怪我人しかおらず、サン・マルティンの航行能力も無事だ。

 

 大男……鎧の声が大きかっただけに、その静寂が、より静かに思える。

 

 

 

『――さ、左舷方向! 膨大な流体反応を感知! この変化値……何か『出ます』! 』

 

 

 そんな中に届いたのは、艦橋に残っている伝令役からの一報だ。相当な訓練を積んでいるはずの艦橋配属の一人が、興奮に我を忘れてしまうほどのナニカ。

 

 一同は、揃って左を見た。

 

 

 

「……あ、ありゃあ、空間収納系の術式――か? 初めて見る式系統だが……あんな馬鹿デケェのは見たことがねぇぞ……一体なに出す気だよ」

 

 

 

 言われて見た、左舷。その空間に展開される、巨大な緋色の術式表示枠。ベラスケスが指摘した通りだとすれば……。

 

 

(このサン・マルティンよりも……)

 

 

 巨大な、ナニカ。

 

 

 術式枠が強く輝き、それが現れ……。

 

 

 

「……壁……?」

 

 

 

 フアナが、コテンと首をかしげながら、呟いた。

 

 現れたのは……巨大な壁、にしか見えなかった。セグンドたちが大きく見上げるところに天辺があり、サン・マルティンの艦底よりやや低い位置に底辺がある。横の長さより高さのほうが三倍ほどは長い長方形。その壁が、術式枠からゆっくりと伸びていく。

 

 

 一定の間隔で菱形(◇)の模様があるだけの、壁。セグンドたちには、そうとしか見えなかった。武蔵にいる面々からも大体が壁にしか思えず……。

 

 

 

 それが『ナニカ』を理解したのは、アルマダ関係者で現場から最も遠くに在る英国にいた、エリザベスだった。

 

 

 理解して……しかし、疑った。そう思った自分を、エリザベスは心底疑った。

 

 

 

 

「あれは――柄?」

 

 

 

 それに見覚えは、生憎と……たくさんあった。

 

 

 

 柄。

 

 刀の、柄。

 

 

 

 しかし見覚えはあっても圧倒的に縮尺がおかしい。柄だけでサン・マルティンを超えそうなほどなのだ。その柄が支える刀身は、さらに長大なものになるだろう。

 いくら止水の膂力が人の域を超えているからと言っても、それほどの巨大な刀が満足に扱えるわけがない。それに足場になるだろうサン・マルティンがその重量に耐えられるとも思えなかった。

 

 

 

 ――だから、エリザベスは猛る。

 

 

 

「くっ、くそぉ……! 焦らし上手め……早く『まずは』に続くものを出さんか!」

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

(――三河の頃の俺なら……多分ここでぶっ倒れてたかな)

 

 

 己が内でど偉い勢いで目減りしていく力を意識し、止水は苦笑を禁じ得なかった。

 

 

 

 ……三河での抗争が終わり、これから起こるだろう戦いに備え、勇んで増やした刀の付喪神たちとの契約頻度。

 

 だというのに、その出端ともいう場面で、止水は王賜剣の力の前に敗れてしまった。

 

 そのことに焦り――己の負担を無視して一気に加速させた、その総契約数。

 

 

 

(……智にバレたらコレ、間違いなく半日正座で説教だろうなぁ)

 

 

 

 三河抗争終了時の契約数、四千飛んで、八百。

 

 

 

 対し――現在。

 

 

 

 

 その総契約数、約、二 万 五 千

 

 

 おおよそにして、五倍。十年かけたものの五倍を、わずか一月に満たない期間でやってしまったのがこの大バ刀である。浅間家長女のズドン乱舞は確定事項だろう。

 

 そうして勇んで……アルマダ海戦に向けて頑張って備えていたのに、エリザベスの所為で無駄になってしまったのだ。……彼にしては珍しく、どこか刺々しい態度をエリザベスに対して取ってしまったとしても、致し方なのかもしれない。

 

 

 ……無茶をした自覚は、ある。一気に増えた負荷の回復に、英国滞在中はずっと眠っていたほどだ。

 

 

 

【……そしてっ!】

 

 

 

 だが、それでも。

 

 やってよかったと、今なら思える。

 

 

 巨大な柄、それを前座とした、本命を呼び出さんとして……目減りしていた流体の『桁』が、二つほど跳ね上がったのを確認して、止水は心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 握り締めた、右の腕。捧げるように掲げ、月を掴まんと五指を開く。

 

 

 

 天へ掲げた止水の右腕が――その肌色が、緋の炎に包まれ、深緋に染まっていく。指先から肩へ、緋衣すらも形を変えていった。深緋の腕に黒の線が幾条か走り、止水の右頬にまで染上げ、走り――止まる。

 

 

 

 

 

【「  ――来れ……『天鎧不動(てんがいふどう)』!!  」】

 

 

 

 

 ……呼ばれ、そして呼応したそれは、今度は柱だった。

 

 四本の柱が伸びては節で曲がり、合流する頃にもう一本現れ、それもある程度してから合流する。

 

 

 

 それの柱が『指』であり、合流して『手』になったことは、全員があまり時間をかけずに察知した。

 

 

 手から、手首・前腕・上腕と続き、肩が現れて……その形成は止まる。所々に東洋式の鎧武者の意匠が見られるその巨大な(かいな)は、形成をやめてなお上昇を続けた。

 

 

 

「……いつか、全身で出してやっからな。それまで、ちょっと待っててくれ」

 

 

 

 上昇が止まる。――天を突かんばかりの巨神。その大きさたるや、足を海面に付け、セグンドたちがいる高度でようやく腰に届くほどだ。

 

 しかしその右腕を除き、全身が輪郭だけの緋影で形取られている。蜃気楼のように揺らめくそれは、完全な形ではないのだろうと思わせるには十分で、しかし……。

 

 

 

 

 

 ――見上げた者どもに言葉を失わせるには、十分すぎる威を放っていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 揺らぐことなく

 

 退くこともなく

 

 

 己ではなく、その後ろにいる誰かを

 

 耐え守るために、身に纏うもの

 

 

 配点 【鎧】

 

 

 

***

 

 

 ――我が未だ【鎧】では無く……母から送られし名を名乗り、血と肉をもって生を掲げていた時代。

 

 その時代は幸いな事に、我ら守り刀の一族が刀を握らずに済んだ……刃を人々に向けずに済んだ、平和な時代であった。武力を使った戦争が忌避され、巨大な強国が抑止力となって――世界から、戦火と言うものが消えたのだ。

 

 技術の発展や向上――戦争に変わるそれらの経済競争で優劣を競い合う……そんな時代であった。高みへ登っていく文明。栄華を極めていく人類……。

 

 

 

 だが、だがな……理不尽に奪われる命は、戦乱が横行していた時代よりも、逆に増えたのだ。

 

 

 

 ……自然災害という、人間にはどうしようもない……星の『異常な暴走』によって。

 

 文明が栄えれば栄えるほど、自然という怪物が牙を剥くのだ。まるで、星が死の数を一定に保とうとしているような……そんな、ありえぬ思考すら禁じえないほどであった。

 

 

 想像できるか? 都市が一夜で地の底に崩落し、国が海の中に飲み込まれるのだ。

 

 信じられるか? 嵐が大陸を駆け回り文明が消し飛び、火を吹く山の灰で未来が潰えるのだ。

 

 

 ――我も、我らが守り刀の一族も当然駆けた。一つでも多くの命を守ろうと……一つでも多くの未来を救おうと。歴代の中でも群を抜いて大きな身体を持つ我も、全てを守ってみせると奮起した。

 

 だが――……所詮は我が無力と、己が矮小さを思い知らされるだけだった。

 

 

 

 だからこそ、我は望んだ。より大きな巨きな……星の力にすら、退かず揺らがぬ躰を。

 

 

 

 ……誰もが笑った。愚者の世迷いごとだと。

 

 ――誰もが嘲笑った。無能の過ぎた夢想だと。

 

 

 

 もし……奪われる命が、星の定めた運命であると言うのなら。

 

 

 ――我は奪おう。……我が、奪おう。

 

 

 運命が奪おうとする、その命を。賊徒のように、我が物顔で――作り上げた巨大なこの力を振り回しながら。

 

 

 日々の夜を、安らかに眠れ……我が背の後ろで。

 

 日々の幸せを、笑い謳歌せよ――我が背の後ろで。

 

 

 

 

 それこそが……(われ)が、()が腕の中で絶えた――幼き我が盟友に誓った……ただ一つの信念であるが故に。

 

 

 

***

 

 

 

 ただ『大きい』というだけで、人は圧倒される。――時にはそれを『神』と呼び、奉ることさえある。大きさとは、穿てばそれだけの意味を持つのだと……点蔵は気押されながらも、下がることなくその巨神を見上げていた。

 

 ついでに、隣にいるメアリが口を半開きにして惚けているのにも気付き――そういう表情もエロ……ゲフン、素敵でござるなメアリ殿! と、何気に平常運転であった。

 

 

 

 ……心は熱く燃えている。ドクンドクンと、力強い鼓動を続けている。なのに頭はいい具合に冷えていた……いい状態だ。間違いなくベストコンディション。それも『点蔵・クロスユナイトの18年の人生でも最高の』と枕詞を付けてもいいだろう。

 

 

 

(……負けられぬでござる。絶対に)

 

 

 

 この勝敗に賭けられているもの――それを、何としても、勝ち取るために。

 

 

 ――点蔵とメアリが負ければ、止水は誰の手も加えられていない守りの術式を、『本来の形』で行使することができる。だが……そうなれば、三河で武蔵が宣言した守り刀の一族への贖罪……それが、実質破綻してしまうことになるだろう。

 点蔵は、もう少しこっちの都合も考えろ、と言いそうになるが――止水がなかなか以上のバカであることを思い出して諦める。

 

 

 そして、その逆……点蔵とメアリが勝てば、彼が掛け直すだろう守りの術式……その対象から、点蔵とメアリの二人が除外される。

 ――この十年、誰もがそれを望み……しかし誰一人として成すことができなかった、対等の立場へと進むための、一歩。

 

 

 女衆が望んだのは、前例というきっかけだ。難攻不落の頑固者に、たった一度でもいいから負けを刻んで欲しかった。攻め難かろうと、もはや不落ではないのだから、そこを盛大に攻めて行くのだろう。

 男衆はもっとわかりやすい。その権利を譲れというのだ。特に真っ先に声をあげたウルキアガからは、間違いなく勝とうが負けようが暫くネチネチ言われるだろう。

 

 

 だが。

 

 

「……譲れぬでござるよ。絶対に」

 

 

 

 そう、思わず呟いた点蔵の声に我に返ったメアリが、その言葉の意味を考え……小さく微笑む。

 

 

「……初めてお会いした時に点蔵様が言っていた通り、『とんでもない御仁』ですね、あの方は」

 

「メアリ殿?」

 

 

 それは、つい最近の出来事ではあるが――それは、メアリにとって大切な大切な、出会いの思い出だ。

 

 

 

 ――己の犠牲を省みず、守ることを続ける御仁でござってな。……周りがいくら止めても、無謀とも無茶とも言える修羅場に一人行こうとするのでござる。胸倉を掴み、頬を殴り……それでも、いまだ止められずじまいでござる。

 

 

 子供たちを守れなかったと自失するメアリに、極東の忍び装束の男は、だから……と続けた。

 

 

 

 ――自分たちも、決めたのでござるよ。誰が言い出したわけでも、ましてや誰が決めたわけでもなく。

 

 

 帽子に隠し、マフラーに隠し……しかし笑顔で。

 

 

 ――その御仁が、無理や無茶に身を投じて守りにいくことを止めぬのならば、自分たちもそれに続いてやろうと。それどころか、その先を行ってやろう、と。

 

 

「……先へ。行きましょう、点蔵様。

 

 

 私は……私は、ほかの誰でもなく、点蔵様に守って欲しいです。だから……」

 

「……Jud. 」

 

 

 

 片刃の一対。背を合わせれば、両刃の大剣。

 

 王賜剣・一型の、その真の姿を発現させ……点蔵とメアリは、二人でその柄を握る。

 

 

 

 合わせた訳ではないだろうが、巨神……『天鎧不動』も現界している右腕を動かし、左の巨刀の柄に手を添え、引き抜く。

 

 分厚い刀身。鍔が無いため、鉈にも見える刀身は……

 

 

 

「え……」

 

「……あれは」

 

 

 

 ――異様に、短かった。大きさゆえに通常の比率通りとはいかないにしても、柄の長さと刀身の太さからして、明らかに短い。そして、切っ先にあるはずの刀独特の剣先も無く……。

 

 

「折れ、て、いるのでござるか……?」

 

 

 先端部分が歪だった。おそらく、半ば……から、少し手前ほどの位置で砕けたのか折れたのかしたのだろう。

 

 

 

【なんだ――気になるか? 小僧】

 

 

 

「っ!? ……あ、あなたは……え、でも今もあの方の隣に……」

 

(これは、浅間殿から聞いた……分身体の地脈間移動でござるか)

 

 

 

 隣――斜め前方に現れた巨体。鎧は点蔵達に背を向け、自分が出したモノを見上げている。

 

 

【そう身構えずともよいぞ、御婦人。我はただ、一戦前の挨拶に来ただけのこと……ボウズには内緒であるがな。

 さて――あれはいつだったか……馬鹿でかい隕石が、この星に落ちてきたことがあったのだ。アレは、それを打ち砕いた時に折れたのよ。……その時の衝撃で不動そのものも大破してな……漸く、右腕だけでも形に成ったわ】

 

 

 あの時は落下予測地点が数キロずれてなぁ、いや焦った焦った――と昔を思い出して苦笑している『鎧』。

 

 

 ……国どころか、星を救ったかもしれない相手に、挑む。

 

 

 

「鎧殿」

 

【ふむ。……なんだ、小僧】

 

 

 深呼吸。

 

 

「――胸を、お借り申すでござる」

 

 

 

 言葉にしたのは、点蔵一人。しかし、強い視線は二人からきた。

 

 

 鎧がそれに答えることは無かった。言葉にして応じる以上の、満足げな笑みを浮かべていたのだが……その背を見送る二人は、それを見ることはなく……。

 

 

 

 

 

 

 ――舞台は、整った。

 

 

 

 

 ……新生した王の剣が、神々しい光を高く伸ばしていく。半ばから無残に折れた鋼の刀が、応じるように振り被る。

 

 

 ――万感を込める、ほんの数瞬を置き……。

 

 

 

 

 剣と刀は、二度目にして、最後となるだろう激突に興じた。

 

 

 

 

「【あぁぁ……!】」

 

「「くぅ……っ!」」

 

 

 

 技などない。思いをぶつけ合うこの一合において、それは無粋。ゆえに不要。

 

 上から下へ。その途中でぶつかり合い、勝った方が振り切る。ただそれだけのシンプルな勝負。

 

 

 

 ――筆舌にしようのない轟音。そして、その激突の衝撃に、武蔵とサン・マルティンがわずかに……しかし確かに、後ろへ動かされた。

 

 激突点の直下の海面が数キロの単位で()()、戻ろうとした水位が荒波となり……。

 

 

 

 

 戻った視界に見たのは、鋼の銀と光の金が、異音を掻き立てて拮抗している光景だった。

 

 ……最初の刀と剣の勝負の際、刀は剣の勢いを、減せど止められなかったのだが――。

 

 

 

 

 

 目を見開くセグンドの前で、止水が変化した右腕を、さらに押し出すように前へ突き出す。背中を合わせて左手で何かしらの力を行使していた【鎧】も、左の手首を右手で掴みさらに強く前へと。

 

 

「【ぁああアアア……ッ!!】」

 

 

 

 

「【ァァアアラララララララァァァアアイ!!!】」

 

 

 

 喉を震わせ、己を奮わせる独特の鬨声。セグンド……いや、セグンド達までも奮わせるその声に、不動が答える。

 

 

 

「押しはじめた……!?」

 

 

 ……ぶつかり合う刀剣の大きさに比べたら、ほとんど誤差のようなものだが。

 

 確実に、刀が剣を、押していた。

 

 

 

 それにフアナの、どこか信じられない、という心情をそのまま込めた呟きだった。

 

 ありえない。王錫剣の光剣は、大雑把に剣の形こそしてはいるが、実際には超高密度の流体が超高速で行き交っている。つまり実体がないのだ。どう見ても実体剣である大海賊刀と言われた巨刀が、そもそも拮抗できている時点でおかしい。

 

 

(流体に、作用できる……? まさか……だとしたら!)

 

 

 

 腕の中で、二人の大きな背中を見る。……このまま勝つのでは、と抱き始めた高揚の中で。

 

 

 

 

 ――ビシリ。と小さな破砕の音が、静かに響いた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。