境界線上の守り刀   作:陽紅

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詰め込みすぎた感が、否めません……未熟を改めて痛感しました。




四章 刀、知らぬ 【中】

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!!! 戻ってこい守り刀ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 気合裂帛。ビリビリと大気を揺るがした咆哮を、悠々と耳を塞いで難を逃れたオヤジ三人衆。

 

 

「……ふぅ。よし、父上! 拙者今から守り刀を追跡「させねぇよ!?」な、何故にございますか!?」

 

 

「……な、なあ、榊。だっちゃんとこの娘さんって、基本ああなの?」

 

「いや、基本はもう武士だね。冷静沈着だけど頑固。父親がああだから女の子って言うのを知らないね。――どうにも守り刀君が絡むと暴走気味になるみたいでねぇ」

 

 

 可愛そうに。と、うつむき首を振る榊原。

 そして、可愛そうと言われた親子は、今まさに『守り刀追跡』をかけて一騎打ちに望まんとしていた。

 

 

「そんで、まあ、うちの止水のことは置いといてよ。なんでこんなとこに俺を呼び出したわけ? あ、そっちはもういいからバトッてていいから。榊と俺で話とくから」

 

「「Jud!! ……ぬぅえりゃぁぁあ嗚呼嗚呼!!!!!」」

 

 

 轟ッ!!!

 

 

 

 

 ――っという感じなことが、もう数時間ほど前。

 

 

 

 

「しっかしあの時のだっちゃんには笑えたぜ? 真面目な顔で『この俺に気配を気取らせんとは――』って――残念最初っから居ませんでした!!」

「うっせぇよ酒井! ってかてめぇ殿先生の依頼だったんだろ守り刀のこと、どーすんだよ俺廊下に立ちたくねぇよ!!」

「酒井君と本多君はよく立たされてたからねぇ、バケツいくつもぶら下げて案山子立ちで」

 

 

 ――あれはつらかったなぁ、と二人が酒臭い息を合わせてつぶやく。

 

 

 ……東国無双の本多 忠勝は伊達ではなく、その実力は本物であった。防御の上から力技で脳天に一撃。回避する間もなく食らった二代は、巨大なタンコブと共にノックダウン。

 起きてみれば、どごぞの食事処――いや、酒屋だろうか。

 

 いまだにヒリヒリと痛む頭部に少し涙目であった。

 

 

 眼が覚めて、最初に見たのが既に出来上がっている三人と、飲み散らかった酒の名残。

 

 

 混乱しても、まあ、しょうがないだろう。

 

 

「おー、娘さん起きたか! 二代ちゃんだっけ? だっちゃんの一撃を『受けられる』なんてやるじゃないの!」

「はっ、俺から言わせたらまだまだ未熟だ」

「あれ、でも君さっき『ここまで来てたのかよ、ったく強くなりやがって』って……軽く泣いてたよね」

 

 忠勝の酒噴水。汚い虹が描かれた。

 

「な、泣いてねーよ!? 言ってもねーよ!! 違うからな二代、あれだ、なんだ、あ、そう、やっと次の段階の稽古が始められるってことだからな!?」

「ま、まことでございますか父上!? 拙者、これからも精進してまいります!」

 

 

 酒噴水をかろうじて回避した酒井が、ポロリと、空になった杯を落とす。

 

 

「えっとー、悪い榊。俺酔ってるのか? ……いや、いまの普通気づくだろ」

「気づかないのが本多くおりてぃだよ。それと、酒井君、君は酔ってるよ、うん」

 

 

 熱血スポーツ親子の、どこか定番のやり取りをゆるい目で眺める酒井と榊原は、まだかなー、とお互いの杯の酒を注ぎあってのんびりとしていた。

 

 

「だっちゃんは昔から変わらんねぇ……口で説明できなくなったら無理矢理に熱血体育会系に持ってくとこ。そのまんまだ」

 

「うっせ、昔のことなんざ悪い記憶でしかねぇだろ。大体そーいう昔を忘れて心機一転、左遷でいじけてるだろうお前を思って、十年ぶりの再会も兼ねて馴染みの店を態々予約してやったってーのに……」

 

 

 酔っているのだろうか、若干据わった目で酒井をジロリと睨む忠勝。

 

 

「てめぇは何で守り刀連れてこねぇんだよ!?」

「しらねぇよ! ってか関所までだってすげぇ嫌々だったんだぜ!? むしろアイツがあそこまで嫌な顔するの始めてみたよ俺! 三河はなにやったんだよ!」

 

 

 何って――と二人はお互いを罵りあいを一旦中止し、室内で唯一の若者兼女性を見やる。

 

 

「? 拙者が何でござるか?」

 

 

「――なぁ……だっちゃん、そろそろ体育会系の洗脳、解かないとまずいんじゃねぇ? さっきさらっと流したけどさ、年頃の娘が男の寝てるときとか風呂入ってるところ、トイレに突撃ってマズイだろ……しかもその上でなんの感情起伏も無いって……」

 

「いや、そうだけどよぉ……どうすりゃいいんだよ、お前仮にも学長なんだからなんかいい知恵ないのかよ」

「仮を外せよ駄目オヤジ。だがまぁ――手が無い、ってわけじゃねぇが……武蔵に編入させるか? 武蔵に『染まれば』いい感じになる。……かも」

 

 それでも『かも』つきか、と嘆く。

 ちらりと娘を見れば、不倶戴天の姿勢というわけの分からない感想しか浮かばない正座姿。頭に未だ残る、タンコブだけが異様に目立っていた。

 

 

 ――立てば武士 座れば武人 歩く姿は戦人。

 

 何の冗談だろうか。しかし、そうとしか比喩しようが無いのだ。

 絶対に女性に例えてはいけない比喩であろうに、二代本人にそういえば、憤慨するどころかむしろ喜んでしまうだろう。

 

 

 

「!? 拙者、武蔵に行けるのでございますか!? 酒井殿、その話是非、是非に!!」

 

 

 眼がランランと輝き、頬が少し高潮している。何も考えずに見ればとても愛らしく見えるのだろう。

 その顔に、決闘決着試合死闘――それらの単語がチラチラと見えなければ。

 

 

 身を乗り出し――掴みがかる勢いのまま酒井に詰め寄り、是非に、と繰り返す二代。

 酒井が早まったかなぁ、と内心で零していた。

 

 

 

 それを止めたのが――忠勝だった。

 酒で赤くなった頬から赤みが抜け、呼気にも僅かな酒精しか残していない。

 

 

 

「控えろ、二代。……酒井、その提案嬉しいが、今それはちとマズイ。ってのも、今の三河の警護隊の総隊長がこいつでな――安芸(あき)までの回廊の安全確認が終わるまでまってくれ」

 

「ん? 真面目な話か? すぅ……ふぅ――んで、どういうことだよ? 安芸までだと、三河からの片道じゃねぇか。安芸で拾えってのか?」

 

「好きにしろってことだよ。二代の任は、今回の武蔵に先行する三河から安芸にかけての回廊だ。それが終われば、降りるなり何なり好きにしろといってある」

 

 

 好きにしろ。つまるところ、『自分で決めろ』ということだろう。

 

 まあもっとも――先ほどまでの反応を見る限り、道は決まっていそうだが。

 

 

「んで、なんでまた」

「これから世が動くだろうよ、間違いなく。それも激動だ。――なら、娘くらいは、自由にさせてやりたくてな……忠勝を襲名するもしないも、それ以外のもろもろも、な」

 

「――なるほど、東国無双といわれた本多 忠勝の選んだ逸材が世界へと羽ばたくか……因果かどうかは分からないが、西でも西国無双が襲名――確かに、世が動き出してるな」

 

 

 そして、忠勝が再び酒を煽る。真面目な話はこれで終わりだとばかりに酒瓶を掲げ、酒井にも促した。

 

 

(……なんだかんだ、しっかりオヤジの顔してやがるじゃないの)

 

 

 

 酒の力で、かつて――若く、馬鹿をやっていたときに戻れたのはほんの束の間。思い出にしても、だんだん思い出せなくなったことのほうが、多くなってきている。

 

 

 

 ……そんな、少しセンチメンタルな気持ちで杯を取り、受けようと忠勝を見て――凍りついた。

 

 

「ん? 酒井、杯落と――なんだよ、そんな激怒しまくる龍でも見たような顔して……」

 

 

 

 何時からだろう、榊原が居なくなったのは。あれは武術はからきしだが、『危機察知』だけはずば抜けていた。

 

 

 

「――それで、マジで駄目なオッサン、通称マダオのお二人はこんな真昼間から何をなさっていらっしゃるのですか?」

 

 

 

 忠勝も凍りつく。いつの間にか四人から三人となっていて、そして今、再び四人となっていた。

 ついでに、男女比も並んだ。

 

 

「か、かか、鹿角、さん?」

 

「――Jud.……守り刀と雌雄を決すると燃えていた二代様を見に来てみれば……守り刀ではなく、左遷先からノコノコやってきて若い未来ある少女に何のサービスもせずに酒飲むだけの酒井様ではないですか。お久しぶりにございます」

 

 

 すっ……と頭を下げる作法は完璧だった。

 作法『だけ』は。

 

 

「だ、だっちゃん、このおん――いや、この人まだだっちゃんとこにいんの――?」

「しょうがねぇだろ? こいつが一番女房の料理と剣筋再現できるし、礼儀作法とかも人に教える分にはできるしなぁ――」

 

 しみじみとつぶやく忠勝にため息をつき、鹿角は二代へと視線を送る。

 

 

「もっぱら、現在は私が二代様の基本師範を勤めております。忠勝様はいろいろと駄目ですので。――ところで、二代様、件の守り刀はどちらに」

 

「Jud. 関所前にて武蔵へ引き返されたと――……」

 

 

 二代が、血でも吐くんじゃないかとばかりの悔しさにじませる。

 それを見て、鹿角は少し眉を潜めた。

 

「……何故追わなかったのですか二代様。女とは、殿方を追う際には倫理常識その他諸々を無視して徹底せよとお教えしたはずですが……しかし、流石は守り刀。以前を踏まえ、待ち伏せを策といたしましたのに――勘付くとは」

 

 

 鹿角が目に見えて戦慄している。

 マダオじゃないやい、とくすぶっていたおっさん達は、鹿角の言葉に少しの違和感を覚えた。

 

 

「では二代様、次の作戦です。守り刀の寝具の内にて待ち伏せをいたしてください。自宅であれば、必ず獲物は掛かります」

「なるほど……そうでござるな!」

 

 

 

 

「「……犯人お前かよ!?」」

 

 

 

 ――直後、オッサンたちの野太い悲鳴が響いたそうな。

 

 

 

***

 

 

 

顔を出すにはまだ早く

 

 

退場するのもまだ早く

 

 

 出番はまだかとせっついてくる

 

 

配点《エンターテイナー》

 

 

***

 

 

 第一位 ズドン巫女 

   窓ガラス26枚   廊下全改修延べ距離39m   教室扉 5枚   空き教室2室

 

 第二位 金マル&○画

   窓ガラス18枚   廊下全改修延べ距離27m   花瓶4個

 

 第三位 リアルアマゾネス

   宿直室 設備一式

 

 

「「「「えっと、プ」」」」

「プライスレスとは言わせんぞ貴様ら!」

 

 

 激怒の様相のシロジロを前に、正座にて反省を余儀なくされている三人。+酔いつぶれ一人。

 

 

「まず――浅間。貴様は何故校舎内で『長距離殲滅術式』でズドンなどした!? 空き教室だったからよかったものの!」 

「つい……」

「そんな理由では経費は落ちん!!」

 

 

 正座のまま、しょんぼりと肩を落とす浅間。しょうがなかったんだもん、ついイラッときたんだもん、とぼそぼそ言い訳をしている。

 

 

「次に貴様らだ! ……ワッハーワッハー、随分楽しげだったな。ん?」

「こ、後悔はしてるよー?」

「反省もしているわ」

 

「「でも次はやらないって約束はしないけど」」

 

「ハイディ、この馬鹿二人に誓約書を書かせろ! 少々周りが唖然とする内容でもかまわん!!」

 

 

 はいはーいと現われたハイディが、なにやら通神画面を二人の前に出し――二人が顔を引きつらせていた。

 

「最後に――……これは純粋に管轄外だ。誰か、ボランティアでこのリアルアマゾネスを教員棟の前にでも吊るしておけ!!」

 

 

 

「流石でござるな、ズドン巫女――」

「いやいや、双嬢もなかなか。我の防御を幾度となく――」

 

「「「「「防御?」」」」」

 

 自分は一発掠った、いや自分は爆散した。それは君だけだ。などなど、平和な男衆の会話。

 

「ええい、馬鹿は何処だ!? 諸悪の根源の馬鹿はまだ中か!?」

「先ほど拙僧が見かけたときは、なにやら下準備をしておったが?」

 

 

 ハッサンの用意したカレーを片手に、ウルキアガのそんな報告。ああいたいた、と周りでカレーをつついている一同も同意し――シロジロが頭痛を更に酷くしていた。

 

「――全く、何故身内の恥が一番高くつくのだ……ハイディ、止水はどこにいる? ヤツならボランティアで頼みやすい上に仕事も速いだろう。トーリの馬鹿の捕獲を頼みたい。――この際生死は問わん」

 

 そこは問え!

 と一同がしっかりツッコミを入れるが、シロジロは何処ふく風だ。むしろ、この短時間で発生した損害をどうするかをすでに考えている。

 

 

「しろくーん、止水君は今出動無理っぽいかも」

「なぜだ? まさかこの騒ぎで怪我でも……いや、それはないか、どうしたのだ?」

「まあ、なんと言うか……見てもらったほうが早いかも」

 

 

 いつもの苦笑より、若干苦味成分が大目の苦笑を浮かべたハイディが二枚の誓約書を承認しつつ、ある一方を指し示す。

 お給料が、今月どうやって――とorzで嘆いている二人の翼の向こう側。

 

 

「「「「…………」」」」ガクガクブルブル×4

「おーい、シロジロ。……どうにかならないかなこれ」

 

 

 彼を象徴する緋色が、いまや盛大に隠されていた。

 おそらく、何処へも行けないように座り込まされたのだろう。その上を震える物体が四つ。前後左右の四方向から完全ホールドされていた。

 

 

「……どうにもならんなそれ。諦めろ。こっちはこっちで対処しておく。……ちなみに、内訳は?」

「前が喜美、右が鈴、で、左が東、後ろはアデーレ。……後ろと左から『ズドン怖いズドン怖い』って――なにやったんだよ智のやつ……」

 

 

 ――第一位の被害総算に、『心的外傷 二名』が追加された。

 そんな浅間は止水から送られてくる視線に耐えられないのか、正座のまま必死に顔を逸らしてふけていない口笛を吹いていた

 

 

「フフ、賢姉が綺麗過ぎるのが悪いのよええ綺麗なのも罪ってことよねエクセレント。だから顔を隠すの画期的天才的な考えだと思わない思いなさいよ止水のオバカ」

「そんな怖いならこなけりゃいいのに……」

 

「怖い? 怖いって何? むしろ教えなさいよこの賢姉に! 今なら平気よバッチ来い!! 準備はいいわよ! ……ちょっと、止水? 居るわよね?」

「はいはい。居ます居るから。強がってないで落ち着くまでそうして……って鈴気絶してるよ……」

 

 

 いつもどおり任せておけば問題なさそうである、とシロジロは早々に判断し、さてどうするか、と一同を見渡す。

 

 最優先は、一連の騒動を拡大させ被害を大きくする種を撒き散らした総長、葵・トーリの確保である。

 しかし、下手に教導院の中を探せば時間が掛かる上に逃げられる。そうなれば、二次・三次災害は目に見えて必至。

 

 

 つまるところ、おびき出せばいいわけだが。

 

 

「ハイディ。お前以外で、誰を脱がせばヤツは飛びついてくる?」

「「「「「「「いきなり何言い出すんだこの守銭奴!?」」」」」」」

 

 

 総ツッコミを受けるが涼しい顔の武蔵会計。会計補佐は、自分だけしっかり除外されたことに頬を染めていた。

 

 

 

「一体なんの騒ぎであるかこれはぁ! 麻呂の町でこの狼藉と、は――」

 

 

 ヨシナオ視点。

 

 戦場跡のような教導院。ところどころ煙を上げている。

 その前で、いやー参った参ったとカレーやらを楽しむ学生徒。

 正座している女子三人の隣で正座している酔っ払い教師。

 震える生徒をあやしている守り刀。

 

 

「……ど、どういう状況だこれはぁあああああああ!!!???」

 

 

 理解できなかった。まあ、無理も無いだろう。

 

 ヨシナオ王は絶叫を上げるが、しかし、間が悪かった。何の間かと言えば――鈴が、気絶状態から復帰した直後だということだ。

 

 眼が覚めた瞬間に大きな音を聞かされる、というのは普通の人でさえ相当ビックリするものだ。それを常人より遥かに聴覚が優れ、視覚を持たない鈴が受ければ――

 

 

 

 

 無防備に殴られるのと、なんら大差ない状態だ。

 息を詰めて、しかし吐こうとしても薄くしかえずけない鈴に、止水よりもヨシナオのほうが早く対応してしまったのも、間が悪かろう。

 

「む!? 君、説明してくれるのかね!? これは一体どういう状況なのだ!?」

 

 

 

「うっ、ひっ……」

 

 あ、やばい。と誰かがつぶやいたときには、もう遅かった。

 

 

 

「うわぁああ―――ん!!」

 

 

 

 鈴が泣いた。ただ、それだけである。

 たった五文字で簡潔に表せる状況であるが、少なくとも梅組の反応は違った。

 

 

 のんびりカレーを食べていたものは、顔を険しくして即座に鈴の姿を探し、それは少し離れて苦笑していた直政のような鑑賞組も同じ。

 まだ教導院内に残っていたのか、ノリキやペルソナ君たちも窓を破らん勢いでこじ開けて、鈴の姿を探す。

 正座組三人と会計二人は、前者三名は臨戦態勢に移り、後者二人は視線で鈴を確保しつつ、止水に庇護を求めていたトラウマ二人も一瞬呆けたが、それでも『鈴が泣いている』という事実に動き出そうとしていた。

 

 酔いつぶれていたはずの教師は一瞬鋭い目で音源を見たが――すぐに安心して酔いの眠りへと戻っていった。

 

 

 

 そして、誰よりも早く、そして敏感に反応した三人が居た。

 

 一人は喜美で、今までガクブルしていたとは思えない機敏な動きで鈴を抱きしめ、自身の胸に埋めている。

 

 一人は止水で、即座に配刀位置を変更。鈴を抱く喜美を含め、東とアデーレの四人を覆うような籠を一瞬で形成し――形成してから「あ……なんだ教頭か」と少し抜けた声ですぐに解除していたが。

 

 

 最後の一人がトーリだ。

 何かの仮装、だろうか? キャラクターの描かれた袋から頭を突き出して、少し焦り顔で窓から顔を出している。止水と喜美がそばに居ると知ってすぐにいつもの顔に戻っていたが。

 

 

「すぅ――非常事態(ワーニング)! 非常事態(ワーニング)!! 我等が武蔵の至宝が泣かされてるぞー!! 下手人はどこで誰だよ畜生!!」 

 

「あ、おい! 総長兼生徒会長!! これは何の騒ぎであるか!?」

あ、おい()・トーリだぜ俺は確かに! なんだよ麻呂のコスプレした麻呂じゃんか!! ――ってか何ベルさん泣かしてんだよ!? 死ぬぞ!? ……いや、冗談抜きでマジで麻呂逃げたほうがいいんじゃね?」

 

「い、いや。これは、麻呂も悪意があったわけではなく――? そも逃げろとは誰から」

 

 

 

 

 

「――Jud. それはおそらく私でしょう。もっとも逃がしませんが。――――以上」

 

 

 

 

 

 彼女から。

 

 音の無い世界で、唯一聞こえるのは、鈴が泣く声。そして、芝生を軽くふみしめた音。そして、とてもとても、冷たい声だった。

 

 

「武蔵、総艦長……? 何故君がここに……?」

 

 ヨシナオの問には応じず、突如現われた武蔵の目はじっと、喜美の腕の中で泣いている鈴を見ている。どうしたらいいのか分からずに、少し困っている止水もきっちりと。

 

 

「ん? 武蔵総艦長、目になにやら文字が浮かんでいるが……」

「問題ありません。それよりも、お覚悟を。――――以上」

 

 

 

 そのまま、何処から取り出したのかも分からないデッキブラシを鋭く振り上げ――

 

 

 

 「姉ちゃん待った!!」

 

 

 

 ピタリと。武蔵王を象徴する王冠の数ミリ上で停止した。

 

 そのまま、フルフルと武蔵は震えだし――声の主である止水を見る。

 その止水は自分の顔を片手で覆い、やっちまったのスタイル。

 

 

「Jud. ……Jud.なんでしょう。止水様。そして出来ればもう一度お願いいたします。――――以上」

 

「いや、言わない「……」……わかった、後で考えるから」

 

 

「ンフフフ、愚弟と一緒でアンタもおねえちゃんっ子だったものね? ……ともあれ、愚衆愚臣に愚麻呂! 全員伏せなさい!」

 

 

 

 見れば、鈴が泣き止んでいる。いや、頬は未だ涙にぬれているが、彼女の耳が、泣いている場合でないと判断する音を、拾い上げたのだ。

 

 武蔵は即座に膝を付き、梅組み生徒もそれに習う。

 何事かと周りを見渡すヨシナオは、武蔵に引きずり下ろされた。

 

 

「し、止水、君、集音、お願い、できる?」

「Jud. ……変刀姿勢・奇ノ型一番【鈴澄】」

 

 喜美の手を借りて立ち上がり、止水の前に立つ鈴。そして、その止水の背から、無数の刀が傘の骨の様に広がり、多数の刀がその隙間を埋めていく。パラボラアンテナ、とでも言えばいいだろうか。

 

 

「―― 一体何が」

「お静かに。心拍以外の音は出さぬように願います。――――以上」

 

 何を無茶なと憤慨したヨシナオだが、梅組全員、トーリでさえそういう姿勢なのだから従っておく。

 

 

 

「あ、あっち……」

 

 

 そして、即席の刀パラボラが90度は旋回しただろうか。鈴が反応し――遠く離れた三河の山脈の一点を指差す。

 夜の闇でほとんど見分けが付かないが――か細い黒煙が昇っていた。

 

 

 さらにそして、数秒を置いて炎が上がった。山脈の峰の上、焔の形が生まれ、その周辺を照らしている。

 少し遅れて遠雷に似た音が届く。

 

 

「爆発じゃないかね。今のは……」

 

 皆と同じように伏せていた直政が、ポツリとつぶやく。

 

「あのあたりって確か――聖連の番屋があるんじゃなかったっけ? 事故かな?」

「Jud.武蔵側には今のところそれらしき連絡はございません。――――以上」

「商工会も同じく――だが、連絡が取れないというのはどういうことだ……?」

 

 

 ネシンバラの言葉に武蔵、シロジロがそれぞれ応じるが――今この場にて出来ることは無い、分かることも――という状況だった。

 

 

 

 トーリが締めの宣言をして――ぞろぞろと全員が引き上げていく中、止水の袖を引く鈴。

 

 

 

「え、なに?」

「止水、君、あ、あれ……」

 

 鈴が……震えながら指差したのは――東。

 指名された本人は、何がなにやら分かっておらず、自身を指差してはてな顔だ。

 

「……余?」

 

「うん、その後ろ。……凄いな、俺も全然気づかなかった」

 

 

 少し関心したような声の止水に、後ろ? といわれ東も後ろを見る。が何も居ない。

 

 どんどん浮かべる疑問符が多くなっていく中――制服のズボンの膝あたりだろうか、少し引っ張られていることに気づく。

 

 少女が居た。初等部よりも幼いだろう、髪の長い可愛らしい少女。

 半透明で、透けている――という注釈が付くが。

 

 

【パパ、いなくなっちゃったの……ママ、どこにも、いないの……】

 

 

 ……直後、甲高い悲鳴やら、無言で倒れ付す音やらが響き渡ったそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました。

鈴ちゃんごめんなさい……って凄い罪悪感が――

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