境界線上の守り刀   作:陽紅

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十五章 アルマダ海戦 【参】

 

 

「鈴さんすっげぇ」

 

 

 ――言葉遣いとか自分のキャラとか、そういうのをいろいろ全部無視してアデーレの口から出てきたのは、そんな短い言葉だった。

 

 自分の語彙集が貧相だなぁと思う反面、結構的確だとも思う。実際にすっげぇのだ。的確なのだから問題ない。

 

 

「え、えと。そ、そうかっ、な? えへへ」

 

 

 ほっぺをほんのり赤くして、鈴は照れるようにはにかむ。……かわいいなぁ、と思う反面、止めて欲しいなぁとも思う。なにせ、そのはにかみを見逃してたまるかっ、と仕事中の自動人形の皆さんが仕事そっちのけでガン見してくるのだ。しかも指揮所にいない何人かはわざわざ通神を開いて見ていくのである。

 

 ――たまに本気で本業忘れて萌え落ちかけたりしているので本当に困る……言ってるそばから、仕事してください武蔵野さん。

 

 

 

 浮かび上がる巨大な青白いホログラム。家屋や通りはもちろん、街灯や側溝など……かなり細部まで再現された八艦から構成されるそれが、武蔵であることはすぐにわかる。

 

 ――鈴は現在そのホログラムの、中央前艦である武蔵野……位置的には丁度艦橋があるところに立っていた。

 

 

(……鈴さんがとうとう武蔵を手中に収めたようにも見えますねコレ)

 

 

 その鈴の後ろに武蔵がいる。位置的には、ホログラムで投影されている奥多摩の艦首あたりだ。付き従い補佐するような立ち位置なので、武蔵を手中に、というのがより強く。

 

 

「あ、ま、また、くるから、え、えっと――」

 

「Jud. 各艦長、武蔵からの感覚共有率を最大域で稼働……――以上。」

 

『『『『『『『「Judgement.!! ――以上。」』』』』』』』

 

 

 鈴の声に武蔵が応じ、次いで、彼女の背後に展開する七つの表示枠と同じ艦橋内にいる武蔵野を合わせた、八人の艦長の声が続く。

 

 前にいる鈴が動く。右手を横――正確に言葉にするなら、前方右方約70度、上方約30度に向け、五指を広げる。

 その動きはほぼリアルタイムで武蔵がトレースし……

 

 

『払います! ――以上。』

 

 

 右舷二番艦、多摩が飛来した低速弾を、かなりの余裕をもって防いだ。

 アデーレたちのいる武蔵野艦橋にも爆発音は届くが、衝撃は一切ない。それは最も近い多摩も同じで……敵方の対艦低速弾を完全に無効化している。

 

 

「こん、ど、こっち、あ、こっちも」

 

 

 左手、再び右手と、少し時間差をつけてそれぞれの角度、高度に手をかざして掌を開く。その動きをまた武蔵がトレースし、今度は左舷一番艦の浅草と右舷三番艦の高尾がそれぞれ呼応し、再び空中に爆発が咲いた。

 

 その爆発音を遮るように武蔵各所から歓声が上がる。特に修理に奔走していた機関部作業員の面々は、一発防がれるたびに喝采を上げんばかりの興奮を見せる。そして、負けてられんと作業速度を上げる。

 

 

 

(……い、いま、完全に、『砲撃の前に防御場所を決めていた』よーな……き、気のせいですよね? 流石に……)

 

 

 気のせい気のせい、と自分に言い聞かせるアデーレは……ほんの、数分前のことを思い出していた。

 

 高性能のステルスで、肉眼でも術式探知でも、全く見えない、探れないトレス・エスパニア旗艦サン・マルティン。武蔵野たちが砲撃位置から計算し割り出した軌道予測が悉く外れ、武蔵全体に被弾が増えていく。

 

 その半ば一方的に攻撃されるしかない現状を、なんとかしなければならないのに有効な手段が何一つ思い浮かばない。……そんな状況を打破したのは、アデーレでも武蔵でもなく、ほかのどの特務でも役員でもない―― 一般生徒の鈴だった。

 

 

(でも……艦橋に来て早々、サン・マルティンが三艦あるって宣言にはびっくりしましたねぇ……)

 

 

 ちょっと泣きそうになっていたのは内緒だ。そんなタイミングで来たものだから思わず、ほえ? というおかしな返事をしてしまったアデーレ。……武蔵野たちがこそこそしていたので、後で問いただそうと心のメモ帳に書き留めておく。

 

 

 話を戻すと――サン・マルティンの実現不可能な航行速度。それに関しての情報を、武蔵野を通した思考共有で得ていた武蔵が鈴に説明したのが事の発端らしい。

 

 

 その時の流れをまとめると……

 

 1 サン、マルテ、ィンだっから、三じゃ、ない……の?

 2 ……いえ、三艦構成のマルティンなのではなく、一艦で『サン・マルティン』という名称なのです。――以上。

 

 3 そう、な、の? 三、艦いる、から、そう、思っ、ちゃった。

 

 

 ――4、であっただろう武蔵のリアクションは、武蔵総艦長権限により闇に葬られた。

 

 

 アデーレは苦笑する。

 ……アルマダ初戦でトレス・エスパニアが用いた術式符片(チャフ)で自動人形たちの感覚が狂わされているので完全に防ぎきれない。

 そして、なによりも、『自分がわかっているのだからみんなもわかっていると思っていた』――そこに食い違いが起きていたのである。

 

 

 見えなくとも、消えたわけじゃない。探知できないからと言って、そこにいないわけじゃない。そして、ステルス障壁で内部の音を消したとしても、移動すれば必ず大気に動きが生じる。

 

 大気の動きは、つまり風だ――と、鈴の説明である。風の音で大体こんな形をした何かが、これくらいの速さで動いている、というのがわかるらしい。

 

 

 

「鈴様、体調やご気分は大丈夫でしょうか? ――以上」

 

「? だい、じょぶ、だよ? あ、なにか、変、かな?」

 

 

 

 問題はない。十数発の低速弾を防ぎ、敵方も砲塔の冷却か砲弾の用意かで砲撃を止めている。

 

 周囲30km。海に生まれる波や、低空に流れていく雲がリアルタイムで動き形を変え、さらには詳細に投影された武蔵のホログラムが現在進行形で、砲撃の合間に鈴の手によってより細かく詳しく形成されていく。

 

 

 問題はない……と思う。鈴はそう判断するが、真後ろの武蔵や側にいるアデーレたちから見たら何か異常があるのかもしれない。

 

 

(『問題がないのが問題』って、どう濁して伝えればいいんですかねぇ……)

 

 

 鈴は目が見えない。先天的な彼女のその疾患は、武蔵に来て日の浅い住民でもない限り、住民全員が知っていると言っても過言ではない事実だ。

 ……見ていないにも関わらず、鈴は『スケールの違い』以外殆ど差のない、ほぼ完全な武蔵のホログラムを構成した。

 

 

(でも……どう、やって?)

 

 

 これをやったのが武蔵本人ならばわかる。武蔵総艦長にして自動人形である彼女ならば、膨大な資料(データ)から再現することが可能だろう。

 だがしかし、何度も言うが、これを成したのは鈴だ。目が見えない……武蔵を一度も見たことがない鈴が、だ。

 

 

 アデーレが抱いたその疑問は、鈴が実演することで解消される。

 

 

「ここ――青、雷亭。トー、リ君と、喜美ちゃ、んのお家」

 

 鈴の指が、多摩の表層の一部を優しげに撫でる。……扉に付いているカランコロンと鳴る鐘は、鈴の好きな音色。放課後、みんなが集まる場所の一つで、鐘の音は知っている誰かが来た合図だ。

 

 

「浅間っ、さんのお家――静かで、涼し、空気。よく、ね? 誰、か……お説教され、てるんだ、よ?」

 

 続いて奥多摩。艦の尺度からすると中々に広い一角。……お叱り対象は主に葵さん家の姉弟である。お叱り中なのに被害が拡散し続ける怪奇現象が良く起こるのだが、一定のレベルを超えるとズドンと一発で鎮静する。

 

 

(……後悔通り。止水君の、みんなの、始まりの場所)

 

 その浅間神社から続いて、森と、そこに伸びる一本道……風が通れば木々が揺れて、守る為に駆けつけるために、緋色の刀がよく詰めていた場所を――すこし時間をかけて、愛おしげに撫でる。……鈴がまだよく転んでいたころ、彼はここから駆け出していたのだろう。

 

 

 音で見て、風で聞いた。香りで感じて、思い出に刻まれている。

 

 ……なんてことはない。そのすべてを、ただ、鈴が覚えていただけ。ただ、それだけのことなのだ。

 

 

 そうして、武蔵の完璧なホログラムが、ついに完成する。その完成と時を同じくして、敵方の砲撃が激化した。サン・マルティンの指示なのか、それとも各艦隊の自己判断なのかはわからないが……遠方に在る艦隊が、サン・マルティンの砲撃に合わせ始めたのだ。

 

 

 『壁』と言っても過言ではない弾幕に焦り、なにかしらの指示を出そうと焦るアデーレを、鈴の手が抑える。――大丈夫、と。

 

 そして――任せて……と。

 

 

 

(……こう、して、こう……)

 

 

 聞こえる。手を振って、しかし届かない……なら足も動かして、真後ろ。

 後ろと同時に武蔵野正面から――問題ない。両手を広げて、背筋を伸ばす。

 

 ――以前、どうしてそんなにきれいに踊れるのかと喜美に聞いたときに、澄まし顔を作ろうとして失敗したニヨニヨ笑いの姉が言っていた『胸張って踊ってれば大体は決まるのよ?』の言葉通りに、胸を張る。

 

 

 動きは緩慢で、ダンスというよりは極東式の『舞』に近い。静はなく、絶えず動く舞。

 

 

 少々無粋だが、砲音を韻の代わりにして。

 

 少々拙いが、その少女の『初めて』ということで、大目に見てもらうとして。

 

 

 

 ――向井 鈴が、舞った。

 

 

 

(全艦長、並びに武蔵全自動人形に対し、総艦長武蔵から上位命令を……いえ、無粋ですね。各員、全身全霊をもって現状を再開しなさい。スローガンは『向井 鈴様に完璧なる勝利を。鈴様が止水様のご帰還を笑顔で迎えられるように』と定めます。――以上。)

 

 

((((Judgement.!! ――以上。))))

 

 

 

 手先で空間を撫でていく。その動きを模倣する武蔵と、八人の艦長。そして武蔵で役を担う自動人形たちがその舞を全力でバックアップする。

 

 

 爆音が絶え間なく轟き、連続する大気の振動が武蔵を連打する。その数は二桁から三桁に一気に跳ね上がるが、直撃は一つとしてない。

 

 その事実を前に、この場で唯一純粋な観客になっているアデーレが、思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

 

「こ、これ……完璧に()()()ましたね……」

 

 

 鈴が舞う。武蔵を通じ、その手先の示す場所に次々と展開される防御術式に、まるで吸い寄せられるように敵方の砲撃が当たる。面白いように防げる事実を目の前に、予行練習でもしていたのかと聞きたいほどだ。

 

 トレス・エスパニアの航空戦力の技量は、確かに高い。チームワークも優れているので個々ではなく、全体的な流れが綺麗に、しかも自然に生まれるのだ。個性がやたら強い武蔵では多分――いや絶対にできない戦術だろう。

 

 

 

 ――だからこその、この状況。この、ハマり具合。

 

 

 

 流れが綺麗すぎたのだ。仲間に合わせ、状況に合わせて撃たれた砲撃は、鈴にしてみればテンポもリズムも良い『合いの手』くらいにしかならない。

 その上、英国に人質として滞在していた数日、鈴はアデーレが持ち込んだ音楽ゲームをやり込んでいる。しかもアデーレの頑張って叩き出したスコアを初回で全曲塗り替えたほどの強者だ。

 

 

 

 

 

 揚陸部隊は今のところ拮抗。王の流体供給が在る武蔵が優勢になる可能性は十分にある。全体的な武神戦力はまだ健在だが、道征き白虎は落としたと直政から連絡も来ている。

 

 

「総員! よく耐えてくれました! ――現時刻をもって、武蔵は反撃を開始します!」

 

 

 

***

 

 

 

「――聞いたか、野球男児。これから武蔵の反撃が始まるそうだ」

 

「聞こえたぜ、商人男児。ったく、ウチの砲撃を悉く防ぎやがって……紹介してくれよ。ウチのチームの守備に欲しい人材だぜ」

 

 

 振り下ろす。避ける。撃つ。弾く。離れる。離さず。

 

 金属の高い澄んだ音が連続し、風の唸る音が応戦し。

 

 

 

 

「しつけぇな……!」

 

「商人だからな……!」

 

 

 

 

 ――商人()副長に、零距離接戦を挑んでいた。

 

 

 明らかに近接武器である巨大なバットを振る隆包を相手に、シロジロの方が距離を詰めるために加速する。

 

 

(金銭を奉納とした代演でいろんな系統の術式を使える、って話は聞いていたが……!)

 

 

 房栄が事前に教えてくれた情報を思い出す――極東の商いの神。名前は忘れた。夫婦での霊体生活はなかなかに金がかかるので、嫌味かと一人苦い顔をしたのは覚えている。

 

 そして今。別の意味で苦い顔をしている隆包の顔面を狙って『打ち出された無数の硬貨』が飛んでくる。重さにしてほんの数グラムの硬貨だが、かなりの速度を出しているので対人戦の攻撃力は十分にあるだろう。

 

 

(打ち出しは、コイツの自力じゃねぇか!)

 

 

 ――迫るシロジロの、その両手の内。そこには無数の十円硬貨が握られている。隆包は一度()()を見ただけで『人指し指で押し留めた硬貨を、親指で強く弾く』という、至極単純な原理を見抜いていた。

 酷使する親指と爪にこそ負荷軽減と冷却の術式が時折光るが、それだけだ。連射速度と威力、狙いの精密さはシロジロ自身の体術と鍛錬によるもので

 

 

「本気で金を武器にするか普通!?」

 

「先ほど言っただろう? 金の力を見せてやるとな……!」

 

 

 そう言うなり、有言実行とばかりに片手で五発。両手で計十発の十円硬貨が隆包の全身に襲いかかる。手首の角度と硬貨を抑える指の位置をわずかに変えるだけで、頭から脛まで狙えるのだから堪らない。

 

 

 その十の内、七を払い、三を避ける。シロジロの攻撃は凌がれた……というのに、舌を打ったのは隆包だ。

 

 

 払えなかった三十円が、術式鳥居に吸い込まれて商いの神に奉納され――シロジロの足に加速の術式が乗った。

 

 奉納された額が少ないからか、加速の術式の効果はそこまで高くはない。だが、すでにシロジロと隆包は殴り合いの距離にいるので、爆発的な速度上昇はもういらない。

 

 

(奉納を速度以外に回されたら厄介だぞコリャ……)

 

 

 例えば、疲労軽減。例えば、明後日の方向に打ち出した硬貨の追尾付加――などなど、使われれば、間違いなく隆包が不利になる未来しかないのだ。

 しかし、なにかしらの制約があるのか、『バットで打ち払った硬貨が奉納に使えない』と幾度かの攻防で察知できたので積極的に打ち払う様にしている――決して、野球部員の血が騒いで思わず打ち返そうとしているわけではない、はずだ。

 

 

「ははっ! この近距離戦も聖譜顕装対策か!」

 

「Jud. 正直賭けの要素が強かったが……最近の私の賭博運は好調な様だな。今度大穴一点掛けでもやってみるとしよう」

 

 

 ――もちろん丸べ屋()が主催だがなぁ! と、射数を上げて十五連打。

 

 隆包は笑う。シロジロの読み通りだ、と。実際、聖譜顕装を用いるには意識の集中と一秒〜二秒ほどの溜めが必要である。 ……この近距離で行われる絶え間ない攻防の中での一秒二秒という時は、まさしく黄金の価値を持っていた。

 

 ゆえに、隆包は離れたい。一瞬でも離れることができれば、その一瞬を二秒に伸ばす手段は色々とある。

 

 ゆえに、シロジロは離れない。『しがみついてでも、この副長だけは抑える』……それが、自分に課した役目だからだ。

 

 

 

 

 ――三河での抗争時……シロジロは、何もできなかった。

 そう聞けば、最後のほうに輸送艦で全員を離脱させただろう、と誰かが答えるだろう。だが、本人からしてみれば、その程度では何もしていないに等しいものだった。

 

 臨時生徒総会の時。地摺朱雀との対決に用いた、止水の力の一部を使役した際のダメージがあって動けず、シロジロは戦場に立つことすらできなかった。

 

 

 

 そして……あの時握りしめた拳の痛みは、まだ、覚えている。

 

 

 

「お前、確か冷面とか言われてたっけか。……どこがだよ、なかなかに熱いモン持ってんじゃねぇか」

 

「……フン。貴様こそ、流石は副長を背負うだけはある。ただの熱血野球バカであれば、私の一人戦功だったものを……!」

 

 

 

 シロジロが隆包を抑えている。

 

 ――だが隆包は、なにも単独で武蔵に乗り込んできたわけでは無い。野球は個人競技では無く、団体競技だ。三十名からなる野球部員たちの、姿がなかった。

 

 

 

 

「俺がキッチリ抑える。そうすりゃ仲間が点を取ってくれる。それが副長としての俺の――?」

 

 

 

 商人に足止めされたのは悔しいが、それでも大局で勝つ……そう、告げようとして、先のシロジロの言葉に違和感を覚えた。

 

 

 

(……待て。俺の仲間が動いてることに、コイツは()()から気付いてた……?)

 

 

 

 足が、止まる。シロジロも、止めた。

 

 そして。

 

 

 

(戦功が、一人じゃねぇって……)

 

 

 どういうことだ……そう自問する前に、答えがきた。

 

 艦橋の外壁の一部が、内側から爆発……いや、崩壊する。制圧のための攻撃にしてはあまりにも見当違いな場所だ。そして、その壁に開いた穴から、小豆色のジャージの……隆包のチームメイトが飛んでくる。

 

 

「なっ!?」

 

「――時は金なり。確かに良い言葉だ。だから私も一つ、サービスで教えてやろう……『情報は、金に成る』。よく覚えておくがいい」

 

 

 

 

 

「……まったく。ハイディの指示に従ってみれば。まさかネズミを取る猫の役を負わされるとは思いませんでしたわ」

 

『――Yes. I think so too』

 

 

 文句を言いながら、しかし機嫌良く現れた銀色。緋色の布で顔の大半を隠しているが、ボリューム満点な銀の巻き髪と装いで十分誰だかわかる。その傍らにいる人物も、確認するまでもなく特徴的だ。

 

 

 

 武蔵が騎士にして、第五特務であるネイト・ミトツダイラ。

 

 そして、英国が番犬、"女王の盾符(トランプ)"の『2』……F・ウオルシンガム。

 

 

 

 

「いつの間に――……」

 

 

 

 頭を振る。自分の言葉の否定のために。

 

 

 

「いや、ちげぇ……そうじゃねぇ! なんで英国勢がアルマダに出てきてやがる!?」

 

 

 

―*―

 

 

 

「Save you from anything……知っているか? 『you』には、あなた、だけではなく『あなたたち』という、複数形の訳もあるのだそうだ」

 

(直訳してくれー、って言える雰囲気じゃないなこれ。えにすぃ、ってなんだっけ……」

 

「まるっと余すことなく口に出てるぞオイ。まあ……確かに『anything』の捉え方で様々に変わるが、詩的に言うならば――『なにがあろうとも、あなたたちを守ってみせる』か。

 英国と武蔵は正式な同盟関係と――いや、堅苦しい文句は不要か。『杯を交わした友』の危機だ。例え千里離れようと、駆けつけるさ。 ……そうだろう? 守り刀の一族(止水)

 

 

「……格好いいこと言ってるつもりなんだろうけどさ、人の腹の上に座りながら言っても説得力のカケラもねぇよ。それに、お前()()、俺らとの宴会とかそういうの、参加してないじゃん」

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

「う……うーっ! うーっ!!」

 

 

 

 げしげしげしげし。

 

 

 

―*―

 

 

 

 

「――『アルマダ海戦のために傭兵として武蔵を雇用したが、英国がアルマダ海戦に出ないとは一言も言っていない』それでダメなら『そいつらは英国勢ではなく英国近海を根城にする海賊だ』と……そういうこと、らしいですわよ?」

 

 

 告げたネイト自身、言葉にしていながら無理矢理だと思ってしまったのだろう。途中から緋布の奥で苦笑を浮かべている。

 

 

 

 ――英国を輸送艦にて出発したネイトたちだったが、かなりの速度で移動しながら海戦を繰り広げる武蔵に合流するには時間が掛かる上に、ただの輸送艦で砲弾行き交う空域を突破するのは無理がある。

 

 そんな指を咥えて、な状態の彼女たちの下へやってきたのが、英国にいるもう一人の女王……海賊女王ことグレイス・オマリだった。

 高速艦グラニュエールの舳先に仁王立ちながら、ドヤ顔で『良い夜じゃないか。ちょっと散歩に付き合いな』と呆けるネイト達を拾い、弾幕の嵐の中へ迷わず突貫。無事全員を送り届け……また空に戻っていった。

 

 余談だが……この直後に、道征き白虎を下した地摺朱雀がオマリに拾われ、直政共々危険空域を離脱している。もう一人の女王と比べるまでもなく、オマリは武蔵の助けとなってくれていた。

 

 

 

(『受けた恩を返しただけ』……と言っていましたが、後で正式に御礼をしなければなりませんわね。個人的に)

 

 

 

 そう改めて苦笑する騎士に対して、隆包は盛大に顔を顰める。だが、反論はしない。いや、できなかった。

 

 そもそも、アルマダ海戦『第二幕』という無茶振りを先にしたのはトレス・エスパニアだ。ここで反論しても『お前が言うな』と返されるだけだろう。

 

 

(クソ……ここへ来て一気に巻き返されたか)

 

 

 シロジロ一人にも難儀していたところに、戦闘に特化した特務級が二人も加わる……なにやら、自分のところにだけやたらと戦力が集中している気がしなくもないが、文句を言っても仕方がない。

 

 

 さて、どうするか……と汗を一筋流しながら悩む隆包を前に、口を開いたのはシロジロだった。

 

 

 

「――仕事を任せたい。武蔵の銀狼に英国の番犬よ。現在、武蔵各所で巻き返してはいるが、危うい場所はまだ多い……そこで、二人にはその現場へ行って戦況の均一化を頼みたい。報酬は出来高制で払おう」

 

 

 番犬が銀狼に視線を送る。決定権を預ける意図もあるが、いいのか? とどこか困惑しているようにも見えた。

 

 

「それは、構いませんけれど……ここは?」

 

「……()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 

 広い袖口から手の内に追加した棒金。十円よりも金色が強く、僅かに大きな五百円硬貨。

 

 その言葉に、そしてその行動の意味に。一人は驚き、一人は首を傾げ……一人は、笑った。心から――心の底から、本気で笑った。

 

 

 

「熱いじゃねぇか! 商人……いや、シロジロ!」

 

 

 

 絶対的な勝利も捨てて。絶対的な有利も捨てて。

 

 一対一(サシ)の勝負を望まれたことに、隆包は滾った。

 

 

 

 踏み込んだのは同時。駆け抜けた距離も同じ。……激突は、連続した。

 

 

 

 

 

 そんな二人の男の様子を眼下に、ネイトは長く深い溜息を吐く。……男という生き物は、たまによくわからなくなりますわね、と呟きを溜息に乗せた。

 

 本当ならば、シロジロの意見を特務権限で突っ撥ね、隆包を打ち倒すべきなのだろう。武蔵野の艦橋間近、という場所もよろしくない。シロジロも当然それを理解しているはずだ。

 

 

「……ハイディ、一応観ていますわよね? あれ、危なくなったら呼んでいただけます?」

 

『Jud.Jud. にしても、ふふ、男の子してるシロ君もいいなぁ……っと、一応こっちで把握してるヤバげな場所の位置情報は送っておくけど、一応アデーレにも連絡してあげてね?』

 

 

 ハイディの言葉にもちろん、と応じ、激戦を再開したシロジロをもう一度見る。

 

 

 ――止水との放課後鍛錬。点蔵やウルキアガにこそ出遅れたものの、シロジロも殆ど同時に参加し始めたという。中等部末期に加わったネイトとは年季にかなりの差があった。商人としての仕事もあるだろうに、鍛錬への参加率も上位。

 

 

「――心配こそ、侮辱ですわね」

 

 

 任せよう。……そう判断した銀狼は、番犬を連れて走り出す。

 

 

 

 

 武蔵各所――いや、アルマダ海戦のクライマックスは、確実に近づいていた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

……英国編も終盤に差し掛かりました……!

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