今年もよろしくお願いします!
――対アルマダ海戦作戦司令室、非公式通称『足りない本部』。そこに、この海戦の司令官を務めるアデーレはいた。傍らには武蔵野がいて、表示枠を開いて何かしらの作業をしているが、海戦の半ばごろにあった慌ただしさは、もうない。
なぜなら海戦はすでに終盤であり、終了の宣言を待つばかりの状況だからだ。
そのタイミングで、従士であるアデーレが司令官という大役を務め上げ、ホッと一息――というには、あまりに重い息を吐き出す。
「……小型の漁船団を改造しただけの兵力で、ここまで武蔵に被害を出させるなんて……自分の至らなさやら未熟やらが浮き彫りですよ、これ」
「あまり、ご自分を卑下なさらないでください。アデーレ様が司令だったからこそ、『この程度』の被害で済んでいるのです。――――以上。この海戦では……私共にも多くの課題が浮上いたしました。――――以上。」
二人の目前に浮かび上がる武蔵の状態を表す簡易ホログラフは、その七割以上を真っ赤に染めている。左右一番艦の浅草・品川は完全に赤くなっていて、旗艦であり作戦司令室のある武蔵野ですら半分以上の赤が目立っていた。
――辛勝。
そうとしか判断できない結果だ。しかも、相手であるトレス・エスパニアは本来の主力である最新鋭の航空艦で構成された超祝福艦隊ではなく、アデーレの言うように無数の小型漁船団を中核にした兵力しか投入していない。
……にも関わらず、この結果だ。重い吐息が出ても致し方無いだろう。
「――武蔵野さん、アルマダ海戦中の諸々の資料ですけど、あとで見せてもらってもいいですか?」
「Jud. それは構いませんが……失礼ですが、アデーレ様が記録なさっている分で十分かと。――――以上。」
「十分じゃあ多分足りないんですよ。……この結果じゃ、どうやっても自分、胸張って止水さんに『武蔵守りました』って報告できないですよ……だから、えっと」
次は、もっと上手くやってみせる。その為にも……と、言っているうちに自分が何気に赤裸々に発言していることに気付いたらしく、込み上げてきた恥ずかしさに口籠るアデーレ。
それでも、データくれますよね? と顔を赤くしつつもチラチラ見上げてくるアデーレを、武蔵野はガッツリシッカリ録画し、記憶媒体に圧縮保存していく。
録画されているとは微塵にも考えず――
海戦が始まる直後か直前か、というタイミングで通神越しに言葉を交わしたトレス・エスパニアの総長は、一見して優しそうで気の弱そうな……どこにでもいそうな中年の男性だった。『用務員のおじさん』と言われてしまえば本気で信じてしまいそうなほどの一般人オーラの男が――この戦局を描き、作り上げた。
(――似てるん、ですよね)
外見ではない。そこはなに一つ似ていない。そして性格も思考も、真逆と言えるほどの違いがある。にも関わらず、なぜかアデーレはセグンドの存在に、止水の姿を重ねていた。
なんででしょう、と……炎に包まれ、今まさに落ちようとしている小型艦の映像を見ながら、さらに思考する。
「あ、そっか……だから……」
「? ……なにが、『だから』なのでしょうか? ――――以上。」
出てきた答えに思わず溢れたつぶやきに武蔵野が応じ、それに苦笑を返して、アデーレは自分の中で自分なりの答えを固める。
――勉学でも予習復習を欠かさないアデーレは、この海戦における様々なことを予習してきた。アルマダ海戦の史実は当然のこと、その歴史背景や、海戦においての注意点など、その内容は多岐に渡る。
そしてもちろん……対戦相手の情報も、可能な限り精査した。
フェリペ・セグンド。二十五年前に起きたトレス・エスパニアの歴史再現――『レパントの海戦』で、事実上の大敗をした中、唯一自身の軍勢を生還させた指揮官だ。
それは当時無名だった彼を『英雄』とまで押し上げた功績だが……セグンドはそのレパントで、最愛の妻子を喪っている。
――失って、守れなかった後悔を背負いながらも――屈することなく、国を守ると前を見た男。
「…………」
ならば、その男の側にいたいと願い、しかし置いていかれ慟哭の叫びをあげたフアナは……いつか訪れる、自分達になるのでは、なかろうか。
そんな考えを抱いた胸の奥。何処とは明確に表現できない場所が、締め付けられるような、いやな苦しさを伝えた。
――深く長く、静かな呼吸を一つ。
「――アルマダ海戦は、すでに決着がついた、と判断します」
「アデーレ様? ――――以上。」
「ですので、これ以上の人的、物的被害を出す必要はないです。武蔵野さん、聖連と英国に通神文を送ってください。……それと、小型艇でトレス・エスパニアの総長の救出を……責任は、自分が取ります」
失わせない。ここでもしセグンドの命まで失われたなら、彼に彼を重ねてしまった自分は、この先ずっとそれに苛まれることになる。
(そんなの、真っ平ゴメンですよ……!)
これが明らかな越権行為で、きっと聖連にも英国にも色々と言われるだろう。
この海戦を見ただけでレパントの英雄の名が伊達ではないことは証明されており、その名将が生き残るのは、トレス・エスパニア以外の各国にとっては不利益以外の何物でもないからだ。
だが、それでも……と、そう判断し、そして決断したアデーレ。間に合ってください、とどこか祈るような面持ちで炎に包まれているセグンドが乗っている小型船を睨むように見つめ……その艦が、蜃気楼のように歪んだのを見た。
「……え?」
揺らぎ、消えた。
……いや、隠された。
今日、この日の為に新造されたトレス・エスパニア最新鋭艦、本来の超祝福艦隊の旗艦である、サン・マルティンの巨影に。
(い、いつの間にこんな近くまで……!? ちょっ、ちょっと待ってください、ここにあの艦がいるってことは、まさか……!)
信じられない。しかし、思考は止まらなかった。幸か不幸か、直前に行った深呼吸で頭に十分な酸素が届いていた。
「聖連より入電……? 『アルマダ海戦を続行せよ』と……っ艦影多数捕捉! これは……海戦直前に帰還航行に移行していたトレス・エスパニアの艦隊です! ――――以、っ続けてトレス・エスパニア側より入電!
『これよりアルマダ海戦最終であるグラベリン沖海戦を行う、英国傭兵艦武蔵は準備されたし』――――以上! これは……」
「……あ、あはは……史実では、殆ど敗戦状態の超祝福艦隊を英国勢が追撃するのが、グラベリン沖の海戦なんですけど……これ、間違いなく……」
完全徹底抗戦の姿勢ですよね? と――満身創痍という状況を示す武蔵の簡易立体映像を見て、アデーレは、強く拳を握った。
――ズルイ。相手は実質二つの艦隊を用意していたことになる。ラスボスを倒したと思ったらその相手が実は中ボスで、終わったと安堵した所に本命がくるなんて、精神的にも来る。
……キツイ。先の海戦ですら過酷極まりないものだったのに、それをはるかに超える過酷さがこれから来るのだと思うと、もう色々投げ出して家に帰ってご飯食べてお風呂入って布団に飛び込みたくなってくる。
どこかの、聖譜連盟に名を上げるどこかの国が、聖連を通して武蔵を潰しに来ている。しかも、上手く事が運べば……武蔵は撃沈し、トレス・エスパニアは空戦力に大打撃を受け、英国は歴史再現の失敗の責を負わされる。
非常に高度な政治的戦争だ。しかも、もう賽は投げられている。今からの異議申し立ては通じない。そもそも、それを行える役職者がすぐそばにいない。
――停滞は、ほんの数秒。
……海戦の前に誓った、『弱音を吐かない。絶対に』は、まだ、破られていない。
「トレス・エスパニアへ返電! 海戦領域内に
アデーレがまず行ったのは、時間稼ぎだ。これから始まるのが本当のアルマダ海戦ならば、先ほどまでの漁船編隊を民間船にしなくては、超祝福艦隊が二つあることになり、歴史再現が滅茶苦茶になる。それを逆手に、さらには校則法を掲げることで決して短くない時間を聖連とトレス・エスパニアからもぎ取った。
もし武蔵を快く思わない聖連加盟国が海戦を強行しようとしても、加盟国非加盟国問わず公開した『民間人の安全の最優先』が抑止力になる。
稼いだ時間は、武蔵の応急修理と部隊の補給と再配置――そして、疲れ切っているだろう総員へ、連戦決定の告知だ。
「――従士って、普通は言われる側なんですけどねぇ……!」
そんな苦笑も、また数秒。
……本当のアルマダ海戦が、目前に迫っていた。
***
【武蔵勝利条件】
【武蔵敗北条件】
――ガタッ。
配点【説明? 説明だね? ボクの出ば……(略】
***
『よし。じゃあ、アルマダ海戦第二幕、この件について説明するよ。まず、武蔵の勝利条件だけど――』
「あ、お茶とってー」
「……。あ、今こっちに点蔵くんいないんでしたっけ。じゃあ代わりに私が……他に欲しい人いま――はい、全員ですね」
『――以上が勝利の絶対条件。歴史的に勝つことは決まってるけど、実でも勝つ為の条件さ。次に敗北条件だけど……――』
「弁当全員にいってっか? あ、ノリキが食ってるの、幾つか新作入れてっから批評ヨロシク」
「……これで、値段はいくらだ? 青雷亭で売るのか?」
「んー、注文制かなぁ。俺一人だし、作る手間もあれだし。新作とか試作とかの味見も兼ねてっから限定5食か行っても10食くれぇだな。値段は応相談。ちなみに今おめぇが食ってんのは300円ってとこだな。毎日はできねぇから、曜日か日付で」
「青雷亭の新作と聞きましたよ総長! 自分も! 自分にも!」
「トーリ! 貴様金を稼ぐ気か!? 何故私を呼ばない!? そしてその新作とやらはどこだ!?」
『――こんなところかな。相手を見たところ、そうだね――』
「……っ、……っ!」
「いけません向井様、そのお弁当はホライゾンがトーリ様のためにこさえた特別版です。吐き出してください。……おおよそ人が食べてはヤバげなものを主な主原料にしています。ついでに今お食べになったのは革ベルトのフライで」
「ホラーイゾーン! 俺への特製弁当ってマージーかーよー! 後半無視するぜ! 誰がなんと言おうと無視するぜ俺は……!」
『……ねえ聞いてる? ボク、今けっこう真面目な話してるんだけど』
「「「「長い上に回りくどい。3行で」」」」
表示枠の向こうの、さらに眼鏡の奥にある眼が若干の据わりを見せる。その隣、新しく開いた大きめの表示枠に文字は手早く打ち込まれた。
1、誰がどう見ても『武蔵の勝ち』&『トレス・エスパニアの負け』だと判断させる結果で勝て。解釈上の勝利はダメ絶対。
2、しかも敵方の攻勢『航空武神戦力』『艦砲』『揚陸部隊』の完全撃破・無力化した上で、旗艦サン・マルティンを墜として勝利せよ。
3、\(^O^)/
『……自分で説明してて思うんだけど、これ結構な無理ゲーじゃ……あれ、皆スクラムってどうしたの?』
食べているお弁当と箸を手に、席を立って円陣を組む一同。武蔵にいるメンバーだけではなく、英国に赴いた……現在帰投中の面々も表示枠にて参加している。
――律儀なのか芸が細かいのか、『審議なう』と外側には表示されていた。
「……おいおいあの眼鏡、3行でまとめられねぇからって顔文字使って来やがったぜ。しかも二度ネタ」
『ふん。浮かれておるのだろう、眼鏡のくせに。英国で現地妻こさえるついでに大罪武装奪取しておるからな、眼鏡のくせに。――交換日記している場面を拙僧、しかとこの眼で見たぞ』
『くくく、気をつけなさいアデーレ? この青臭青春眼鏡、アンタと同じ属性の女が好みみたいよ? 貧乳眼鏡っ子でハーレム作る気よ!』
『――……へえ……――』
「「「…………。ん?」」」
「……あの、今のへえって誰ですか? あと、なんかいきなり
『『『…………』』』
身内ではない。しかし、数回は聞いたことのある、どこか淡々としている女の声。それが冷たさと、僅かな狂気を含んで、極々短時間響いただけだというのに――沈黙が『呼んだ?』とばかりにやってくる。
監視か、それとも何かしらの電波を超感覚で察知しているのか――審議対象であるネシンバラへ、これ以上は早々ないだろう
「あのぅ……自分とシェイクスピア氏、同じですかね?」
『…………。話、戻そうか。ね? この件を掘り下げると、ほら、被害者が増えそうだから。見る? 彼女から送られてきた文。一万字超えのがね、もう50件――、あ、また来た』
そうだな、と、いそいそ自分が座っていた席に戻り、再び弁当を空に近付けていく。なお、鈴が食べていた3コロ(バター・草・革ベルトコロッケ)弁当は、コッソリとしっかり破棄された。
……コホンと咳払いを一つ挟み、ネシンバラが続ける。
『んんっ、幸いなことに、アデーレ君の機転で即座に再開、っていう最悪の事態は回避されてる。そして、直政くんたちが頑張ってくれてる応急修理もギリギリで間に合うだろうし、部隊配置とかの時間も十分にある』
そのおかげで、こうして慌ただしいながら弁当を食べるだけの余裕もある。各所配置部隊の面々も一息つくことができるとあって、武蔵内でのアデーレ人気は未だ右肩登りだ。
「でも、正直きついですよ? 向こうは最新の
『ンフフ、揚陸部隊の小豆ジャージ連中以外なら、アンタがズドンしちゃえばいいじゃない?』
「で、できるわけないでしょう!?
……。うん、できません! 人をなんだと思ってるんですか喜美!」
『語るに落ちて今一瞬考えたわよこの女! 何ってそりゃあ……ゴルゴ巫女?』
ぎゃあぎゃあと火花を散らす姉と巫女は放置。しかし智の懸念も尤もだ、と悩む。
……対艦と対武神と、対歩兵。数でも練度でも、経験値であっても相手は自分たちの上をいく。三軍のどれを見ても強敵であることにまず間違いはない。
――そんな悩む一同の中で、マルゴットが小さく苦笑を漏らした。
「……頼っちゃいけない、っていうのは、ナイちゃん。わかってるつもりなんだけど」
仲間――梅組が集まる室内をグルリと見渡し、苦笑のようなため息を一つ。
「やっぱり……うん。側にいて欲しかった、かな」
おそらくここにいたら、ゲテモノを食べさせられた鈴の世話(見越して先に平らげていたかもしれない)か、直政たち機関部の応援に駆け回っていただろう。……いや、もしかしたら自前で酒を持ち込んで、周りに飲み干されて肩を落としていたかもしれない。
……誰が? とは、誰も言わない。
それを、わざわざ聞く者はいなかった。
『あのさ――今回、止水君が随分物分かりよく武蔵から離れることを了承したのって、僕らを信頼してたのと同じくらいに……僕らのことを試そうと思ったんじゃないかな?』
「試す?」
よく考えてみてほしい。
『だって
ネシンバラが映る表示枠――その彼の後ろにいるネイトが、自分の首と顎先を隠す高襟にそっと触れる。
大分薄れているが……食い縛り握り締めた時に滲んだだろう血の匂いは、まだしっかりと残っていた。それは止水が隠し切れなかった感情そのものだ。
『これはあくまで僕の想像だけど……妖精女王が僕らを試そうとしたように、彼も知りたかったんじゃないかな?
……僕らが今、一体どこまでやれるのか、どこまで『任せて』いいのか。……もし今回みたいに止水君が武蔵から離れざるを得ない時が来て、武蔵を離れていいのかどうかの判断材料に――』
「それはねぇよ。おめぇわかってねぇなぁ、ネシンバラ。……ダムがそんな細けえ事、考えると思うか?
――考えられると、思うのかっ!?」
何気に全裸がひどい言いざまであるが――しかし、一同は苦笑だけして否定はしない。
『いや、僕もまさかなぁ、って思うんだよ? でも止水君ってたまに考えなし行動で結果が出て、その結果で色々やらかすパターンが多いじゃないか。だから、今回もそれだと思うんだよね』
「つま、り……どいう、こと?」
「ベルさんが回りくどいからさっさと結論言えってさ」
『Jud. だから、このアルマダ海戦に僕らがみっともない結果出したら、英国に止水君取られる云々の前に――これから起きるだろう各国との抗争で、全部の負担を背負おうとするんじゃないかな? ってこと。
普通なら『そんなバカな』って一笑にして一蹴するんだけど……やりかねないよ。僕らの大黒柱は』
これも、一同は否定できない。だが――苦笑は、消えていた。
『うん。良い感じに温まったみたいだね。
さあ、現場のみんな。お願いだから、僕らがそっちと合流する前に終わらせないでね? バルフェット君。外道連中の手綱の制御、頼むよ?』
苦笑が消えた中で、アデーレは一人苦笑いを浮かべる。何度も言われたのに、また遠回しな言い回しだ。
ネシンバラやその後ろの面々を見ればわかる。つまり、彼らが武蔵に合流さえできれば、決定打を得られるのだろう。
お腹は膨れた。腹をくくる、覚悟も固めなおせた。頑張る理由がまた増えた。
「それじゃあ、みなさん。……もうひと踏ん張り、お願いできますか?」
「「「「「「『『『『『『――Judgement.!!! 』』』』』』」」」」」」
――アルマダ海戦の終幕戦。
史実ではその海戦の中で最も消極的な海戦が――最も苛烈を極める海戦となり。そして今、静かに、しかし確かな熱意を秘めて――
……ここに、開戦の火蓋は切られたのだった。
読了ありがとうございました!
最近色々な病気が流行っているようです。皆様もお気を付けください。
ノロとインフルエンザのコンボは本当にヤバかったデス……