境界線上の守り刀   作:陽紅

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十四章 忍と白睡蓮 《解刀編》

 

 

 見る者が違えば、それは蝶の羽の様にも、大きな花片の様にも見えるだろう、その巨大な光の翼。

 

 輝きは英国のどこにいてもいや、英国の本土どころかアルマダ海戦中である武蔵からでも、その光を確認することができるだろう。

 

 

 その威容たるや、以前……武蔵との合同会議の折に見せた、『余興』の光翼の比ではない。妖精女王エリザベス……英国を統べる女王の、本気だ。

 

 

 

 

「控え目に言っても……消し炭だね、これは間違いなく」

 

「んふふ、オタクメガネに倣いたくはないんだけど……そうね。これは消し炭かしら」

 

「――消し炭か……ふむぅ。海に撒いてやるにも、手が汚れるな」

 

 

「ちょっとアンタたち……もう少し希望的観測でもの言いなさいよ。あの忍者、今が多分人生の絶頂なのよ? これからどう頑張っても転がり落ちるしかないんだから……ウソでも世辞でも、真っ二つくらいで済むかも〜くらい思ってやんなさいよ」

 

「「「それ、八割方死んでない?」」」

 

 

 それでも結局思うだけで言っていないよなぁ、というツッコミもそこそこに。

 ……これが、辞書で『希望』という字を軽く検索したくなる、夜の英国観光をしている武蔵御一行の会話の一部だ。一行の視線の先には広場があり、処刑の場である塔があり……その塔の最上階から、夜を昼にしている黄金の双翼が在った。

 

 

「……っていうか、何でみんな私の所に集まったんだ? ミトツダイラなんて、オクスフォード教導院を挟んだ反対側で戦ってたんだろうに」

 

「――それは、その……ねえ?」

 

「Jud. 英国で残った面々で一番役職が高いのは正純、貴様ではないか。ならば、それを旗として集まるのは自然……」

 

 

 ウルキアガは何を当たり前なことを……とばかりに正純(小悪魔コス)を見下ろし、言葉を不自然に止める。

 

 

「ふむ……で、正純。貴様いつまでその格好でいるつもりなのだ? いや、貴様が気に入ったと言うのなら拙僧はとやかく言うつもりはないのだが……一応、今は英国との真面目な相対の最中であろう? こう、上位の役職者が締めなければならんのではないのか?」

 

「あれ? あれあれ? 何で私が一人でふざけてる感じになってるんだー? んー? おかしいなぁ、私はたしか、無理矢理に着替えさせられたと記憶してるんだけどなぁ……っ!」

 

 

 ――なお、強制お着替えは葵家の長女と黒翼の魔女が主導していた、と副会長の名誉尊厳の為にここに明記しておく。……極短時間だが全裸に近い格好になった際には、直政や鈴が物理的・良心的に訴えて男衆には見られていない。

 ……さらになお、脱がされた正純の制服はアデーレがちゃんと回収している。――慌ただしかったせいで正純が返してもらうのを忘れ、アデーレが持ったまま武蔵が海戦へ出航……となったわけだ。

 

 

 つまり、現状正純は、武蔵に戻らなければ小悪魔コスのまま――ということになる。

 

 ふざけていない。ふざけていないが……事情を知らない第三者が見たらふざけているようにしか見えないのだ。そんなわけで、反論したいが強く反論もできず不機嫌そうに顔をしかめるしかない。

 

 

「……で、本音は?」

 

 

 不機嫌そうなままさらに問う。ウルキアガの返答を『建て前だ』と断じて、本音を言えと。それを聞いた正純以外の武蔵御一行は、気まずそうに――

 

 

「「「「いや、空腹でまた倒れてるんじゃないかなぁ、と」」」」

 

 

 ――なんてこともなく、キッパリと言い切った。

 

 

「そっちか!? いや、待て、私の戦闘力的なものじゃないのか!?」

 

 

 正純は自分が戦闘力ゼロ――どころかマイナスだと自己評価している。だからこそ、万が一戦闘になった場合、この中で一番危険なのは間違いなく正純だ。

 しかし正純はこうして無事に、それどころかハットンに勝利して白星を手土産に持参した。だからこそ、戦力の不足を心配されてだろうと踏んで、やや不機嫌に本音を聞いたのだが……一同の本音が斜め上ではなく、真上はるか上空を悠然と飛んでいる。

 

 ……思わず猛るが、周りの一同は暖簾に腕押し、糠に釘と言ったように気にもしない。

 

 

 

「いや、そもそも拙僧、相対戦が始まる前に貴様は空腹で遭難していると思ったからなぁ。戦力云々の前に戦いにたどり着くこともできぬと思っておったのだが……見直したぞ正純」

 

「そうね。でも、さすがにもうちょっと食べなきゃダメよ正純。胸はしょうがないとして、尻と脚がアンタの武器なのよ? もっとこう、ムチっ! と……っ!? よっしゃあ降りてきたわネタの神様!」

 

「くくく――……ちょっとナルゼ? アンタがそれ言うの? 言っちゃうの? ……ああ、ミトツダイラはわかってるから言わなくていいわ。アンタ、敏感系エロで女騎士の『くっころ(くっ、殺せ)』やってなさい!」

 

「なんかこっちに飛び火してきましたわ……それよりも喜美? 貴女その緋衣はなんですの?」

 

「あら。聞きたぁい? でも禁則事項です☆」

 

「……うん。このノリ久々過ぎてちょっと付いていけない感じだね。僕の大罪武装取り返すっていう大戦果も「あっ、そ」で済まされたし。ってなわけで――対岸の火事な感じでよろしく頼むよ、ヅカ本多くん」

 

 

 冗談抜きの本音を淡々と宣う半竜、意味不明を叫んでペンを走らせる黒翼、いつも通り狂う姉、何やら機嫌よさげな騎士狼……それらに、黒白の盾を抱える眼鏡がこそこそと逃げ出し――。しかし、そんな状況に『慣れ』を感じてしまったからこそ、副会長は項垂れる。

 

 

「…………もう、抜け出せないかもなぁ」

 

『まー』

 

 

 沈黙した正純の肩の上……腹這いに乗っているアリクイの子が気遣うように顔を寄せて、正純の頬に擦寄る。――人間よりも走狗の方が人情に溢れているのだから、笑えない。

 

 

「あー、うん。大丈夫だぞーうん、とりあえず大丈夫……」

 

 

 大丈夫、と言いつつアリクイの子の柔らかい毛の肌触りにしっかりと二十秒かけて癒された正純は、今尚双子月よりも眩い光源となっているエリザベスの黄金色の翼を見る。

 

 

 

 ――現英国において、あそこが最佳境の現場だろう。

 

 

 

 

「ここからが本当の意味での勝負だ。――頼むぞ、クロスユナイト」

 

 

 今後の武蔵と英国の関係を、いくら特務とはいえ、一個人に託そうとしているのに……さほど心配していない自分に、正純は苦笑を浮かべる。

 

 そして、結末を見届けようと意識と視線を処刑場へと向け……

 

 

「ん? ……そういえば、止水は?」

 

「「「「「…………あれ?」」」」」

 

 

 記憶を辿る。

 

 エリザベスを背負って処刑場を降り、ズッコケて押し倒され(一件の終了後に裁判を行うわよby喜美)、その後にはメアリの混浴発言に『マジ564モード』になったエリザベスを後ろから抑えて……。

 

 

「……ね、ねぇ? 僕の見間違いじゃなかったら、オクスフォード教導員の城壁から緋色の袴着た脚が生えてるんだけど……」

 

 

 なにをバカな、とネシンバラが苦笑しながら指差した方向を見ると……確かに、地上から10メートルほどの高さの石組みの外壁に、説明通りの愉快なオブジェが生えている。

 

 関節の向きからして仰向けの状態だろう。大きな強化石製の城壁に広く走るヒビが、着弾の威力をありありと物語っている。

 

 

「……妖女のあの翼って、見た感じ背中から後ろに吹き出すのよね?」

 

「Jud. そして、奴は『後ろ』から抑えていた――と。……生きてるか?」

 

「ぷっふ、よく見なさい? ジタバタしてるわよ。足だけだから、バタバタかしら」

 

 

 夜だが、光翼の明かりでよく見える。……やたらと見覚えのある姿だ。前回は確か、外側が上半身だったはずだ。

 

 

「二度ネタか」

 

「……ここでそういう感想が出てくるあたり、アンタもじゅーぶん大概よね」

 

 

 えっ? と、本気の疑問声を正純が上げるのと、同時。

 

 

 緋袴のオブジェを中心に広がっていたヒビが、大きく崩れた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ――『彼女を助けてほしい』――

 聞こえたのは、確かその一言だった。ただ、それだけ――この上なく簡単で単純な願い。だからこそ、わかりやすい。

 

 

「ったく……みんな、小難しく考えすぎなんだよ」

 

 

 ……頭のてっぺんにできたタンコブが、まだちょいとズキズキとした痛みを発している。ここに来る前に飲んでいた蜜酒の酔いは、この痛みのおかげ(せい)で完全に抜けてしまった。

 その程度で済んでいる事実に……オクスフォード教導院の建築、特に建材のアレコレに携わった技師がそこにいたのなら軽く発狂するだろう。

 

 

 

 そんな、酔いの醒めた思考で、どこかの部屋の天井をボンヤリと見上げ……止水は思う。

 

 

 彼女を助けてくれ――そんなわかりやすい頼みなのに、どうしてか周りの連中が事をドンドン小難しくしていくのだ。考えるあれこれが苦手だと公言している止水には堪ったものではない。

 

 

 

 国がどうの、政治がどうの。歴史がどうの、聖譜がどうの。……身内の連中も外様の連中も、分かりづらいったらありゃしない。

 

 ――美味い飯を食って、美味い酒を飲んで。みんなで笑って、好きな時に寝る。それでいいじゃないか。十分ではないか。

 

 

 

 

「……だって言うのに。はぁ……」

 

 

 あの阿呆な女王は、自分の心に嘘を吐いている。以前身に纏っていた大袈裟な装飾のように、嘘を着込んでいる。それが当たり前過ぎて己でもきっと、気付いていないのだろう……自分はバカだがあいつは阿呆だ。頭に『どうしようもない』と付けても良い。

 

 

(……やっぱり、うん。違うな)

 

 

 喜美とエリザベスが似ている――そう止水は少し前に思ったが、同時に、決定的に違うとも思っていた。

 

 

 

  ――アイツ(喜美)なら身内(トーリ)を死なせる……そんなふざけた結末を、絶対に認めるわけがない。

 

 

 

 喜美とエリザベスでは立場が違う。育った国も環境も、なにもかもが違うだろう……少し考えたなら、そんな『当たり前の反論』が無数に返ってくるだろう。だが、もし仮に……喜美がエリザベスと全く同じ人生を歩んだとしても、喜美は断固としてその運命に抗うだろう。止水にはその確信があった。

 

 あの高嶺の花なら自分の全てを以って……それで足りなければ周りの全てを巻き込んで、家族に迫る死の運命を真正面からぶん殴るだろう。一瞬の間も置くことなく、不敵な笑顔を浮かべたままその選択をする。

 

 

 

 

「……エルザが問答無用の力技でくるっていうなら、点蔵じゃちょっと……いや、かなりきついか――分野がそもそも違うからなぁ……」

 

 

 点蔵が弱いわけではない。むしろ術式無しの純人種のなかでは十分に強いほうだろう。だが、エリザベスの強さと点蔵の強さでは止水が言うように分野が違う。短距離走特化の選手がなんの準備もなしに長距離走選手に挑むようなものだ。特に今の点蔵はほぼ身一つ……。

 

 

「――とりあえず、手出すにしろ出さないにしろ、この状態じゃあ流石に格好つかないか……」

 

 

 英国に来た時、上下逆だが輸送艦の装甲に同じように嵌っていたのをふと思い出す。だが、あの時と違い近くには誰もいない。……自力で出られると言ったのに、みんなが引っ張って来たのだ。

 

 地味に痛かったなぁ……そう苦笑し、拳を握る。

 ――その場にオクスフォード教導院の建築の技師がいたなら、止水のその行動にもう笑い出していただろう。英国の最も重要な建造物の一つであるオクスフォード……当然、ただの輸送艦の装甲などよりもずっと堅牢堅固だ。

 

 

「修繕費は……あれだ、エルザがそもそも悪いんだから、アイツにツケといてくれ――」

 

 

 近くには誰もいない。いないが一応の言い訳をし。

 

 

 ――いないからこそ、その力を解放した。

 

 

「よっ!」

 

 

 ……修繕費ウン百万の一撃が炸裂し、直径にして3mほどの大窓(ガラスなし)が完成……劇的なビフォーアフターとなった。――なお、これで相当な加減と、破片が間違っても吹き飛ばないように打ち方に気をつけたのは言うまでもない。

 

 

 

「さて……、お?」

 

 

 そして、大穴の淵に立ち――止水はその光景に目を見開き……言葉を忘れた。

 

 妖精女王の光翼。その輝きを圧倒する光が、処刑場から天を貫かんばかりに立ち上っている。

 

 

 

「はは――なんだ、点蔵。余計な心配だってか?」

 

 

 

 そう言いながら、止水は笑う。それはもう、にっこりと嬉しそうに笑って、『それ』を聞いていた。

 

 大気を鳴動させる低音。その中で産声のようであり、歓声のようでもあり、雄叫びにも聞こえるその音――否、声。それは、きっと刀の付喪神を奉じる止水だからこそ聞くことができたのだろう。

 

 

 やがて光が収まり、エリザベスが呆然としながらも手にしている黄金の大剣。そして、点蔵に肩を支えられたメアリが手にする、黄金の――双剣。

 

 

 

「道理で、なぁんかおかしいとは思った……俺を呼んだのは、お前じゃなくてお前()だった、と。――ったく、そういう大切なことは先に言ってくれよなぁ」

 

 

 

 エリザベスが持つは、王賜剣・二型(エクスカリバー・カリバーン)

 

 メアリが掲げるは、失われていたとされる、王賜剣・一型(エクスカリバー・コールブランド)

 

 

 ――肌が受けるその圧は、静かながらも圧倒してくる。少なくとも、海上で反らしたあの巨大な光剣を超えるだろうと止水は感じていた。

 

 

 

 

 そして――その光景を見上げるのは、止水だけではなかった。

 

 

 

 誰もいなかった。いなかったはずの止水の側に現れた、それは『十三』の気配。

 

 その気配の数と同数の表示枠が開き、それぞれに違う紋を浮かべている。気配は、その向こうからだ。

 

 

 

 きっと……呼応せずにはいられなかったのだろう。

 

 

 

「――なんだ。お前らも見にきたのか?」

 

 

 返事はない。いや、返事はいらない。

 

 なにせ、向こうから探るまでもなく溢れてくる感情は、様々だが、わかりやすいものだった。彼ら彼女らは、きっと、居ても立っても居られなかったのだろう。

 

 

 ――新しい強敵(ライバル)、その誕生に。

 

 

 

「ああ――おめでとう。そして、ようこそ。……守りの刃の先達として、歓迎するぜ?」

 

 

 

***

 

 

 

 命に代わるものなどない。

 

 だが

 

 命に代えられるものはある。

 

 

  配点【守り刀の本気】

 

 

 

***

 

 

 

「今ここに、対の王賜剣は抜かれ申した! これは、他ならぬエクスカリバーが、お二人が『王』に相応しいと認めた証拠にござる! この事実に、英国は如何なる判断を用いられるか!?」

 

 

 点蔵の声が力強く響く。

 メアリの処刑の一つの要因に『彼女が剣を抜けなかった=王位に認められなかった』というものがある。……これが点蔵が賭けに出て、その賭けに勝ったことで見事に覆されたのだ。強気にもなるだろう。

 

 

 これ以上はない。これ以上の手札は、点蔵にはない。

 

 

 だからこそ、必要以上に強気を見せた。

 

 

「っ……よか、ろう。認めてやる。メアリが、英国の王位に就く資格を持つものだと……。

 だが、そうだ。我が英国の歴史再現はどうするつもりだ? メアリの処刑で強化されるはずだった英国の守りを、貴様はどう補填する!?」

 

 

 ……その最後の手札を切ってエリザベスを押しきれなかった場合……点蔵は反ずることができないからだ。

 

 

 

(英国の本土、全国民……そして、これから先に生まれるだろう命の守り……! その補填など……)

 

 

 

 できるはずがない。できる、わけがない。

 

 反論ができない点蔵をさらに追い打とうとエリザベスが進む。進もうとして……足と、心の勢いを止めた。

 

 

 

『――待て! 妖精女王! 英国の歴史再現ならば、私に提案がある! メアリの処刑と同等……いや、それ以上に重要なものが、メアリ……彼女の存命で果たせる!』

 

「なにを……世迷いごとだ! 近年でこの処刑よりも重要な歴史再現な、ど……?」

 

 

 正純だ。突如として開いた通神の向こう。――コウモリの羽を模した髪飾りをつけている正純をエリザベスは見て唖然とした。

 

 その唖然を呆然と勘違いし、自分が言いたいことを察したのだと正純は判断。提案を続ける。

 

 

『――そうだ。エリザベス女王の退位……史実では、エリザベス女王は『甥』の即位を持って退位している。妖精女王の甥を産めるのは、その姉であるメアリ――彼女しかいない』

 

 

 そのメアリが顔を真っ赤にして、そして熱を帯び出した瞳で点蔵を見ているのだが――これは後ほど言及するとしよう。

 

 

「歴史再現を否定しておきながら、ここでその掌を返すか……!」

 

『Jud. 私たち極東が否定するのは『死を強制させる悪法たる歴史再現』だ。……極東・武蔵として、死なせることで守るよりも、産まれる歴史再現で未来を守る選択を支持したい』

 

 

 歴史再現のために歴史再現を取り止める。聖連や各国はこれになんの文句も言えないだろう。

 その正純の言葉で、英国の歴史再現が理由として潰える。その上武蔵が極東を代表し、国として支持するとまで言っているのだ。他国からの難癖にも英国武蔵の連盟で対決できるだろう。

 

 ――エリザベスの頭がそれを計算し、英国にこれ以上ない益になると判断しても、彼女は歯嚙み、しかし……と折れない。

 

 

 ……残っている理由。英国国防の要である王賜剣の強化だ。英国はこのために莫大な費用と人員を投入している。それを、『できませんでした』と軽く済ませる訳にはいかないのだと。

 

 

 

「――点蔵。奢り追加な? これ終わったら……そうだな。一()奢れよ」

 

 

 

 どうするべきか――と思考を巡らせる前に、その場に割って入ったのは止水だ。

 

 ……奢りの単位がすでに『軒』になっていることに戦慄を禁じえない点蔵を他所に、一型と二型、それぞれの王賜剣と、その担い手を見る。

 

 

 ――フッと、どこか力を抜くような笑みを浮かべ、止水は肩に配刀されている大太刀に手をかける。止水の身長をわずかに超えるほどの大太刀だ。澄んだ鈴のような音を立てつつ、一息でなんの苦も無く抜き放つ。

 

 

「『彼女を助けてくれ』――って、お前らは俺にそう言ったが……なあ、俺は、一体()()()を助けりゃいいんだ?」

 

 

 その大太刀は真っ直ぐ、メアリと点蔵の二人とエリザベスの間、その空間を割るように伸ばされる。

 一対三剣の王賜剣の黄金とは違い、装飾は何一つない銀色の刀身は、しかし鳥肌を立たせるほどの美しさをもっている。磨かれたばかりとしか思えないほど曇りのない銀は鏡のように三人を映していた。

 

 

 刃は、下に向けている……その手首を返すだけで刃は容易く、エリザベスかメアリかのどちらかに向けることができるだろう。

 

 

 だからこそ、問うのだ。王の剣たちに。お前たちは、どちらを助けたいのかを。どちらの心を、殺したいのかと。

 

 

 しばし目を閉じ、耳を傾け……刀は、笑った。

 

 

 

「――了解した。……ってことで、エルザ。一つ聞きたいんだけどさ……もし、王賜剣の強化ができたんなら、メアリが処刑される必要はなくなるんだよな?」

 

「……Tes. だが、いかに妖精女王の資格がないとは言え、メアリの流体総量は膨大だ。――命そのものをかけるのならば、瞬間的とは言えこの妖精女王()をも……」

 

「いや、んな小難しいことは聞いてない。どうなんだ? ――強化されたら、メアリは処刑されなくてもいいんだな?」

 

 

 ……いつになく、止水の口調は強い。なのに静かなせいで――異様に重く感じられる。

 

 その重さに思わず首肯してしまったエリザベスを見て――続いてメアリを見る。

 

 

「で……正純の話はイマイチわからないんだが……早い話、アンタは点蔵の嫁さんになって、そんで子供を産む――ってことでいいんだよな?」

 

「え、あ、Jud.!! ……あっ、その、そう…です。点蔵様が、私なんかで宜しければ……はい」

 

「――止水、殿?」

 

 

 止水の不可思議な行動を、点蔵は気まずさやら歓喜やらを感じながら、疑問に思っていた。この男はなにかをするつもりだ……しかし、なにを?

 

 

 

 ……二人の答えを聞き、守り刀の言葉は続いた。

 

 

 

「……点蔵()の嫁さん――つまりは武蔵の民だ。これで、番外特務()は刀を使うことができる」

 

 

 非武装の武蔵で、騎士でも従士でも、襲名者でもない止水が公的に帯刀し、有事においては使役も許可されているのは、止水が護国の任を認められた番外特務の役に就いているからだ――という情報を点蔵はふと思い出した。

 つぶやきの後、刃がエリザベスに向けられる。一瞬悲しげに顔を歪ませたエリザベスだが――向けられたが行き過ぎて、刃は上を向く。今度は疑問に眉を寄せた。

 

 

「そしてここは、その点蔵の嫁さんの故郷だ……守る理由には、十分になる」

 

 

 

 その足は前へ。そして腕は上へと上げられ、しかし大太刀の切っ先は逆に、下へと向いた。

 

 握り辛いのか、逆手に持ちなおされた大太刀は垂直に立つ。その切っ先が向かう場所にあるのは……先ほどまで王賜剣が在った、台座だ。

 

 

 

「――なら、簡単じゃねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

「 メアリの処刑、その流体で強化されるはずだったエクスカリバーを、

 

 

 ―― 俺 が 強 化 し ち ま え ば い い ん だ ろ ? 」

 

 

 

 

 

 ――大太刀が、王剣の台座を貫く。

 

 

 ……そして、鮮やかな緋の業焔が、『正純たち』の視界を、一気に覆い尽くした。

 

 

 




読了ありがとうございました!

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