境界線上の守り刀   作:陽紅

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十四章 忍と白睡蓮 《告白編》

 

 ピシッ。

 

 

「おっ」

 

 

 渋い色合いの湯呑みに走った小さなヒビ。随分前に入れた熱い茶は既に冷めきり、冷茶になっている。それだけの時間飲まれずにいた――のではなく、飲むべき人物がそもそもその場にいなかった。

 

 入ったヒビは、飲み口から走って縦に長い。明らかに水位(茶位?)に到達しているが、用意された卓袱台は無事だ。

 

 

「……うん。中身は溢れてねぇ、ってことは……」

 

「――トーリ様、かなり今更な疑問なのですが、その湯呑みは一体全体どういうことなのですか? クロスユナイト家から借りてきたと先ほどおっしゃっていましたが――一応用意されたのでホライゾンは茶を注ぎましたが……この場にいない第一特務に茶を淹れるなど。

 っ! もしや……早めの供養ですか? では額縁に入れた写真を用意しませんと」

 

「おーけーおーけー。初っ端からぶっ飛んでんなホライゾン。軽く落ち着こうぜ? 流石の俺も一瞬テンゾーに同情しちまったから。

 んで、この湯呑みだけどよ、むかーしから伝わる伝統なんだぜ! その名もズバリ『湯呑みセンサー』! 湯呑みが割れたり欠けたりなんだりして、それを見て「もしかしてあいつの身に……!?」って感じのノリをやんだよ。意外と結構的中率高いんだコレが」

 

「Jud. 理解が出来ないのにホライゾン、納得してしまいました。要は虫の知らせという気のせい現象に物的証拠を求めたバージョンですね。……で、この第一特務の渋い湯呑みに走ったヒビはどういう意味なのでしょうか?」

 

「とりあえず、死んではいねぇな。多分」

 

 

 …………。

 

 

 

「……それだけですか? もっとこう、告白失敗や消し炭エンド、な報告は……」

 

「――ホライゾンってテンゾー嫌い? あいつ弄られたり生贄にされたりパシられたりしてっけど邪険に扱われては……」

 

「いないのですか?」

 

「……。

 

 

 ござる口調ってうざいよな? こう、なんか、こう……!」

 

 

 身の内に湧き上がる『ナニカ』を必死に表現しようと、全裸がクネクネと身を捩る。

 ……二代はいーんだよ。だけどテンゾー、オメーはダメだ。と一人芝居を始めたトーリを他所に、ホライゾンは無事な自分の湯呑みから茶をひと啜り。

 

 

「率直に申しまして、気色悪いので止めてくださいトーリ様。

 ――そもそも、死んではいないとおっしゃいますが、止水様が直近におられるようです。そうそう命やら身の危険はないとホライゾンは判断します」

 

「あー、まぁな。でも逆によ? 『ダムがテンゾーの近くにいんのかぁ』……って考えると、あいつが告白系のアドバイスとか、無理じゃねぇ?」

 

「ホライゾンを救おうとして、ホライゾンのオパーイに痴漢ぶちかましたお方にだけは言われたくないかと……」

 

「痴漢ちゃう。アレは事故と不注意にエロが加味された偶然の産物なんだぜホライゾン。っていうか、俺がオメエ救った決め手もエロ不注意だかんな? それ忘れんなよ?」

 

 

 ずず――っ、とひと啜り。

 

 

「……さて、現実逃避はこれくらいにして、武蔵的に結構ピンチだとホライゾンは判断いたしますが?」

 

「だなぁ……よっし、一丁『足りない本部』に陣中見舞いに行くか! ――白旗もって!」

 

 

 イソイソと行動する全裸と淡々と行動する姫が移動した数十秒後、流れ弾か狙ったかはさて置いて、一発の砲弾がそこに着弾した。放置された卓袱台と二人の使っていた湯呑みは当然跡形もなくなり……

 

 

 ――王がちゃっかり持ってきていた渋い色合いのヒビ入り湯呑みは……難を逃れて無事だったそうな。

 

 

 

***

 

 

 

 やってしもうたでござる……!

 

 と、点蔵が人生で最大のヤラカシを理解したのは、その言葉を口にした直後だった。

 

 

 『ハーレムルート』

 

 『フラグ』

 

 

 ……どちらも、"週刊・意中の女性に絶対聞かれてはならない言葉!特集"で年間を通して上位ランクインしているワードである。そんなぶっ飛んでいる内容の、しかも週刊されている雑誌を購読している時点でアウトな気がしないでもないが、それはこの際置いておこう。

 

 何か言わねば。前言を挽回……いや撤回、いやいや消滅させる勢いのある強い言葉を。告白どころか再会した瞬間に散るなど、絶対にごめんだと。

 

 

 

「――貴様が、我らの『約束』を阻む者か」

 

「……その資格が貴様にあるのかどうか、私自ら定めてやろう」

 

 

 点蔵から見て右のメアリが最初に告げて、続いて左のメアリが言葉を繋ぐ。

 

 しかしその声は――どちらも妖精女王エリザベスのものだった。目尻は高く、幾度か見た高い位置にある態度も女王のもの。それを、二人のどちらもが纏っている。

 

 

 ……その言葉を聞いて点蔵は おや? と、内心で首を傾げる。

 そんな点蔵を置いて、二人のエリザベスは目尻を下げる。高みの圧は霧散に消えて、優しげで儚げで……今にも雫を零しそうなほどに双眸は潤みを湛えていた。

 

 

「――どうして……なぜ、来てしまったのですか? 点蔵様……」

 

「……私は、『重双血塗れ』メアリは、今夜……英国の守りになるのですよ……?」

 

 

 今度は左のメアリが、そして右のメアリが続ける。そして同時に俯き。

 

 

「「……貴方にだけは、見られたくありませんでした」」

 

 

 そう、告げた。

 

 

 

(……セ、セェェエエフ!! 聞こえてなかった! 聞こえてなかった感じでござるなコレ!?)

 

 

 

 まだ自分の命運尽きてはいない……っ! 点蔵は拳を強く握り、呼吸を一つ。

 

 

 そうして……明らかに目の前の二人との間にあった温度差を無くす。

 

 

 

「……遅れてしまい、申し訳のうござる。今夜は自分が伝え忘れた言葉を伝えに、こうして馳せ参じた次第にござる。――ついては」

 

 

 

 ――点蔵は迷うことも悩むことも、それどころか考える素振りも一切見せず……()のメアリを見た。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()() ……妖精女王、エリザベス女王陛下」

 

 

 その言葉に二人が揃って、目を見開いた。悲嘆か歓喜か、はたまた、驚愕か不信か。

 どちらも唐突すぎる結論に言葉を失っていたが、左の……点蔵の見極めが言うにはエリザベスがいちはやく我に返った。

 

 

「て、点蔵様何を……! メアリは私です! 」

 

 

 左右のどちらかのメアリに扮しているであろうエリザベスは、問答を予想していた。何かにおいて好みや、僅かな時間だが過ごした時のなかにあった些細な出来事を聞かれて、それに対して、同時に同じ内容を答えるはずだった。

 

 必ず混乱する。そして時間を使いきり、何もできずに終わる。完璧だ。かつて、実の父親ですら見分けられなかったこの『悪戯』だ。赤の他人、会って一月と経っていない者に見分けがつくはずないと、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 だというのに……その策を、目の前の忍者は事も無げに、飛び越えてきた。

 

 

「否、貴方はエリザベス女王陛下にござる。確かに声も仕草も瓜ふたつでござろう……だが! お二人には明確な違いがあり申す!」

 

 

 

 それは。

 

 

 

「……メアリ殿のほうが、わずかながら……! しかし確かにっ!

 

 

 

 

   巨 乳 に ご ざ る ! !」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……下のほうから、数十人、いや数百人単位がズザザザァ、とズッコケる音が聞こえた気がした。それを放置し、その違いを告げられた二人は、自分の胸部を見て――次いで相手の胸部と見比べる。どちらかが大きくどちらかが小さいと忍者は言うのだが……当事者である二人には違いが殆ど分からなかった。

 

 

 

「『金』!

 

 『髪』!

 

 『巨乳』っ!! この不変にして絶対の真理を抱くこの点蔵・クロスユナイトに、誤魔化しや変装など通じぬ!!」

 

 

 

 

 言葉を失くした。よくわからないが、巫山戯た事を言っていることは間違いないはずなのに、『ドドンッ』と効果音を背負っている忍者に。右にいたメアリと、左にいて……メアリを演じていたエリザベスは、それぞれの思いを持って、言葉を失くしていた。

 

 

 

 

「――ほらな? だから言ったろ。 『そんなんじゃ点蔵(アイツ)は騙せないぞ』ってさ」

 

 

 そんな場に、階下からヒョイと軽く上がってきたのは、苦笑を浮かべた止水だ。下で残った英国兵と乱闘を繰り広げていたはずだが先ほどのズッコケで精鋭たちの戦意その他諸々が木っ端微塵になったのだろう。

 

 ……怪我らしい怪我は『増えていない』。開始後、ズッコケまで間もなかったからだろう。

 

 

 

 尤も……あのズッコケ音が、点蔵の行動言動に対してのものとも、限らないのだが。

 

 

 

「でも、流石に『そういう見分け方』するとは思わなかったけど……まぁ結果は結果だ。――"賭け"は俺の勝ちだぞ、エルザ。

 ――約束通り、五分。点蔵に譲ってもらうぜ?」

 

 

 そのままスタスタと二人のメアリ――その左にいた彼女に迷うことなく真っ直ぐ近付き……これまたヒョイと襟後ろを摘み上げた。そのまま『邪魔者は退散退散〜』とでも言うように、いや、実際に口にしつつその場から去ろうとする。

 

 

「な、なにをする――のですか!? わ、私は……っ!」

 

「……結構、往生際悪いなお前……見ろよ、メアリなんかもう苦笑いしてるぞ」

 

「えっ!? あ、いえ……そこまで有りの侭を出すエリザベスが珍しいので――これからも仲良くしてあげてくださいね?」

 

「仲良く、ね。――それがアンタの『最期の頼み』ってんなら、絶対にお断りだ。……けどまあ、何度も使ってくる『一生のお願い』っていうなら……」

 

 

 そこで間を置き、未だメアリを装ってジタバタしているエリザベスをチラリと……。

 

 

「…………あー、まあ、うーん」

 

「おい待て貴様……止水! そこは即答するところだろう!? 間を置かずに答え――ん? ……待て、是か否か言ってないぞ? おい」

 

「――頑張って前向きに検討してオキマス」

 

 

 便利な言葉だ、と点蔵は苦笑する。止水は、是とも否とも言っていない。どちら(是か否)が前かも言っていない。その上、頑張らないかぎり永久に保留だ。

 

 

(しかし……マジでこれ、飯や酒でも奢らねばならんでござるなぁ)

 

 

 賭け。

 

 ――五分。

 

 

 ……点蔵は、それが止水の『最後の援護』なのだと察した。

 賭けと言うのだから、止水も何かしらを賭けたのだろう。正純に『天邪鬼』と思わせるエリザベスが了承し、そして、賭けに負けてたまるかと彼女を躍起にさせるだけの『何か』を。

 

 

 

 それがなんなのか――きっと、この男は事が終わっても言わないだろう。忘れた、とでも言って、その内本当に忘れるに違いない。

 

 

 

 

「……ククク。まさか、傷跡以外にも違いがあったとはな……ふむ、胸か。肩が凝る上に服を着る時邪魔だとは思っていたが」

 

 

 背中を合わせるように背負われたエリザベスは、そこでようやく観念したのだろう。顔に手を翳し、鼻筋を斜めに走っている傷跡を消す。わずかに覗く素肌に在った傷跡も消えた。隠蔽か、それとも幻術かなにかの精霊術式を使っていたのだろう。全身に効果していたらしい術式が消え……。

 

 

 ――まるで、激戦明けのような姿のエリザベスが、そこに現れた。

 

 

 この場に来る前からメアリに扮していたのか、エリザベスのその様子を初めて知ったメアリも眼を大きく開いて驚いている。

 見える範囲に怪我はないようだが、乱れた髪をザッと直しただけ、土に汚れた顔を水で洗い落としただけのようで、全身の至るところにその名残りが見て取れる。

 

 

「ん? ……止水。そういえば貴様も私を迷うことなく『エリザベス』と断じていたが……やはり胸の大きさか?

 

 ――大きい方が、良いのか?」

 

「……男の俺に、女の胸の大きさの善し悪しを聞かれても困るんだけど……いや、二人の違いだろ? そんなのパッと見でわかるだろ。『若干手がかかりそうだなぁ』って方がメアリで、『大分面倒くさそうだなぁ』って方がおま――イダダダ!?」

 

「…………」

 

 

 エリザベスの沈黙の後に(怒)と付ければ丁度良い感じだ。

 外見状況が似た様な感じの止水に、眼を釣り上げたエリザベスが無言で襲いかかる。背中合わせで担がれた状態から無理矢理身体を捻って後ろからだ。髪の毛を引っ張り頬を引っ張り、膝をドスドスと打ち付けて肉体言語で語る。

 ……そんなエリザベスに、またメアリが眼を丸くした。

 

 

(……随分、馴染まれたでござるなぁ)

 

 

 ――今のは自業自得でござるよ、と思いながら、二人の『近さ』を観察する。

 

 先ほどもそうだが……止水はアンタから『エルザ』と、おそらくエリザベスの略称であろう名で呼び――エリザベスもソナタや守り刀から『止水』と、名前で呼んでいる。

 

 "戦いを経てお互い認める"とはよく聞く話だろう。果たしてそれで男女の仲が進むのだろうか? と疑問も出るが、エリザベスが結構な脳筋だったのかもしれない。

 ……激闘、だったのだろう。正純が宣戦布告をしてから止水と点蔵が合流する数分前までだと考えると、およそ三十分ほどの空白がある。戦争で考えるとごく短時間だが、一対一で考えるならば、十分過ぎる時間だ。

 

 

 

 

「ふん……賭けは賭けだからな。五分だ、メアリ。――最期の舞台、精々楽しむがいい」

 

 

 

 そして、止水の頭に軽く一撃。止水は何事かを聞くこともなく、その場から跳び……エリザベスを背負ったまま舞台から退場した。

 

 

 

 

 残ったのは、メアリと――点蔵。

 

 

 

「め、メアリ殿!」

 

「は、はい!」

 

 

(五分! その内に説得を、ああいやまず告ってからでござろうか!? 最悪掻っ攫いで良いのでござ……待つでござる自分! ポジティブ! 最悪を真っ先に考えてはいかんでござる!)

 

 

 ……ぶっちゃければ、勢いでここまで来た。時間的な猶予もないだろうと思い、処刑阻止、後に告白――という流れを予想していた点蔵は、告白しにきておきながら告白の台詞をこれっぽっちも考えていなかった。

 

 だが、折角止水が作ってくれたこの五分。ならば、勢いに任せて告ってしまえ! と。

 

 

 

「じ、自分は! 貴女のことがすいれっ!!」

 

 

 

 

 ――勢いに任せた。

 

 任せ過ぎて、見事に噛んだ。

 

 

 

 

―*―

 

 

ウキー『……始まり、そして終わった、か。さて、拙僧もそろそろ引き上げるか』

 

銀 狼『やりきりましたわね……第一特務も、これなら未練も悔いもないでしょう。迷わず成仏してくださいな』

 

あさま『あ、あのぅ、現場が一番冷めてるってどういうことなんですか……? ちゃんと最後まで見守ってあげましょうよ! 今彼は人生どん底に向かって転がり落ちてるんですよ!?』

 

 

約全員『…………これが武蔵の筆頭巫女、かぁ』

 

 

あさま『あ、あれあれ? なんですかこの反応……?』

 

金マル『んー、やっぱテンゾー散ったかぁ――っていうか、ナイちゃん思うんだけど……今回の英国滞在、いらん事で傷負った人多いよねぇ?』

 

ホラ子『やれやれまったく、誰のせいですか』

 

あさま『ツッコんで、いいですよね? これ、私ならホライゾンにツッコミ入れていいですよね!? ね!?』

 

俺  『……っかしいなぁ、まだテンゾーの湯呑み割れてねぇんだけど……お、テンゾーがまだ動くぞ!?』

 

 

 

―*―

 

 

 

 ズザザァァァ――

 

 

 ――と、先ほど聞いた感じのズッコケ音が下の方で、今度は単品で聞こえた。ほぼ同時に「きゃあ!?」という悲鳴も聞こえたが……今の点蔵はそれどころではない。

 

 

 

(や、やってしもうたでござる……!)

 

 

 この場に至った直後の心境に、またなっていた。しかし振り出しに戻るどころか状況は若干悪化傾向にある。

 よくやってしまうのだが……口の動きに舌が付いてこなかった。言葉に迷ったのも原因だろう。緊張その他諸々も当然として。

 

 

 ――だが、勢いはまだ生きている。死んでいない。噛んだが、幸いにも『繋げられる言葉』の形は残っている。

 

 そしてその形を、点蔵は知っている。……なにせ、彼女と一緒に、育てたのだから。

 

 

 

「――っん! 睡蓮! 睡蓮の花の様なお方であると思ってござりゅ!」

 

「……睡蓮、ですか?」

 

「J、Jud.!!」

 

 

―*―

 

 

○ 画『二回目ね……それよりも』

賢姉様『二回目ね……それよりも』

 

 

 

○ 画

 & 『――止水を押し倒してるあの(アマ)、どうしてくれようかしら――』

賢姉様

 

 

 

約全員『ヒィッ!?』

 

 

――副会長 さん が 入室しました。

 

 

 

――副会長 さん が 退室しました。

 

 

 

あさま『に、逃げましたね正純! うわあ通神越しに凄い暗黒面……!』

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 ……睡蓮の花。

 

 大地ではなく、水面に咲くという珍しい花だ。夜には(ねむ)るように花弁を閉じる(はす)の花、と……名の由来を点蔵に教えたのもメアリだ。

 

 

 二人で育てた花。それに例えられ……メアリは頬を染める。視線を彷徨わせ、指先を世話しなく……。

 

 

「あ、あのあの、その――す、睡蓮といっても、色が沢山あるんですよ? だからあの、それで、点蔵様はその、私を、何色の睡蓮だと思ったのですか? ……たっ例えば赤とか、そのし……『白』とか」

 

「白で! むしろ白以外思わなかったでござる!」

 

 

 ――どこかで中継を見ている副会長が、姉妹だなぁ、と苦笑を浮かべる。妹はヒントに思いっきり答えを入れていたが、姉は姉で、問題の中で答えを強調している。この二人がテストを作成したら平均点が100点の試験になってしまうだろう。

 

 ……しかも完全に無意識なのだから末恐ろしい。

 

 

 

 そんな、開いた通神からにじむ暗黒物質にガクブルしているアリクイの子を慰めながら中継を見る小悪魔コスな副会長の感想を他所に。白と言われ、そしてその色以外にないとも言われ、メアリはさらに顔を赤く染める。

 

 

 思い出したのは……睡蓮の……白睡蓮の花言葉。

 身体は傷だらけ、手は血に濡れた自分には、決して似合わぬ花言葉だと思うのだが――そう思われて、嬉しくないわけがない。

 

 

 

(――点蔵様は、この傷を『誇るべきものだ』って、言ってくれました)

 

 

 

 一緒に湯に浸かったあの夜に点蔵に言われた言葉。身体の前面にしかない無数の傷は、メアリがメアリである証明であると同時に、決して逃げず、真っ直ぐに向き合い立ち向かった証なのだ、と。そしてそれは誇るべきものであり、自分はそれを、尊敬すると。

 

 

 

 ……救われた気がした。

 

 

 ――いや、違う。

 

 

 

 ――救われたのだ。

 メアリは、点蔵に……あの時すでに、救われていたのだ。

 

 

 

だから、だから、

 

 

 これ以上を、望んではいけない。

 

 

 

「……ごめんなさい!」

 

 

 

「――……え?」

 

 

 

―*―

 

 

 

俺  『あ、割れた』

 

ホラ子『脈絡もなにもなく謝罪……やはりフラれましたか。どうするのですか? ホライゾンの方針が一歩目から破綻しかけているですが』

 

 

 

 

 

――影 打 さんが 入室 しました

 

 

 

影 打『トーリ、姫さんも。もうちょい黙って見てな。点蔵なら、大丈夫だからよ』

 

 

 

―*―

 

 

 

 点蔵が抱いていた――熱さを持った勢いが、一気に冷える。

 

 

 

 何色の睡蓮か → 白で → ごめんなさい と、話の流れがどうなっているのかサッパリ分からなかった。分からなかったが……

 

 

(これは……フラれた、でござるか?)

 

 

 話の途中で"ごめんなさい"という事は、話すことすら御免だ、ということなのか。それとも、睡蓮の色選択を間違えてしまったのだろうか。

 告白ができたかどうかさえわからないが、

 

 

(――まあ、うん。わかりきっていたことにござる)

 

 

 思考が冷える。氷塊でも飲み込んだように、腹内から全身の熱が落ちていく。

 

 

 熱が消えて、冷めていき……。

 

 

 

 

 

「……メアリ()。自分は、貴女のことが――好きでござった」

 

 

 

 ――友と、止水と同じ道を歩む決意を……固めた。

 




読了ありがとうございました!

……おや、点蔵の様子が……?

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