境界線上の守り刀   作:陽紅

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十三章咲誇編 最高に良い女の必須条件 【結】

 

 

咲こう 誰が見ずとも知られずとも

 

ああ咲こう 雪を押しのけ土砂を押しのけ

 

 

 さあ、咲こう。怖がることも躊躇うこともなく

 

 いざ結び咲け 常の花として誇らしく

 

 

  配点【花咲舞誇】

 

 

***

 

 

 

 英国の副長コンビが呆気に取られる中で、喜美は大・成・功した『イタズラ』に、大・満・足! の笑みを浮かべていた。

 

 おかしなことに、今宵浮かんでいる双月は満月のはずなのに、ナルゼの頭上に浮かんでいるのは三つ目の三日月だ。

 

 

「んふふ、ねえナルゼ? 私、結構アンタのこと誤解してたわ」

 

 

 ……最近の月はなんと喋るらしい。新事実を新発見だ。論文にしてどこぞに出せば何かしらの賞がもらえるかもしれない。

 

 

「アンタって、結 構 純 な 乙 女 な の ね ぇ ? ……くふ、くふふふ」

 

 

 そう言って、 三日月はさらにさらに弧を……。

 

 

「――ッ――――ッ」

 

 ご存知だろうか? ……人は、羞恥の感情が限界を突破すると言語中枢が麻痺するらしい。これは白魔女にも何度か経験がある。主に〆切を三徹乗り切った翌日のテンションハイな時にヤラカシタ後だ。グッスリ寝て身だしなみを整えて眠気が消え――頭抱えて悶絶するのである。『やっちまったぁぁぁ』と。

 

 ……ナルゼの顔は一連の言葉を聞かれて赤くなったり、そこから想像できる未来を思って青くなったりで大忙しだ。

 

 

「あら、なによナルゼ。そんな釣り上げられて打ち上げられた魚類みたいに口パクさせて。そこから3回くらい進化しなさい? アンタ鳥類でしょ? それとも私が愚弟をゲフンゲフンさせて借りてきた腹話術式使って欲しいの? っていうかあれ腹話術じゃなくてどっちかっていうと変声術式な気がしなくもないけどそこんとこどう思う!?」

 

 

「 知 る か ぁ ぁ あ あ あ !!!」

 

 

 吠えた。そしてキレた。

 

 羞恥の限界が突破して感情が一周すると怒りに変わるらしい。これも新発見だ。

 

 

 荷重から解放されたことで軽くなり、短時間ではあるが休めた両腕をバネにして一気に身を起こし、新たに現れた喜美()から距離を取ろうとして……また潰れた。

 

 

「きゃっ!?」

 

「あ、こらこら。いきなり立ち上がっちゃだめじゃない。まだ風船女の荷重は続いてんのよ? ――っていうか、『きゃっ』ってアンタ……」

 

 

 反論したくとも呻く事しか出来ず、また喜美が上に立つことで荷重から解放される。

 

 痛みと『攻撃を受けた』という事実のおかげで、思考は強制的に冷える。茹で上がった頭でも、羞恥に混乱する思考でもなくなって、やっと喜美を正しく見る事ができた。

 

 

 ……正確には、喜美の今の格好を、だ。

 

 

 

「き、喜美? アンタ、それ……」

 

 

 ――最初、喜美を『彼だ』と、ナルゼに勘違いさせたその色。

 

 確かに、喜美がその色合いの品を持っていることは知っている。それを使って、喜美は三河で行った臨時生徒総会の時、現在武蔵の副長である二代を完封してみせたのだ。

 

 

 ……だが、今喜美を彩るその品は、明らかに布面積が違った。

 

 

(いや……もし、喜美が止水から引っぺがしたのが " 羽織り " の方だとしたら、むしろ当然よね。止水の体格でも引きずりそうな丈の着物を仕立て直して、あんな羽衣一枚で終わるわけない)

 

 

 ……あの時の羽衣は、仕立て直した時の『端材』だ。そう考えれば、いろいろと辻褄が合う。

 

 それに、羽衣くらいなら常日頃からでも持ち歩けるので、あの時も持っていたのだろう。……お守りか、好いた男のものだからかの仔細はさて置いて。

 

 

 

 ――そして、日頃から持ち歩けないほう。

 

 止水の物から、喜美の物へと仕立て直された、本命の『緋』衣。

 

 

「Jud. ――どうかしら? これ、似合ってる?」

 

 

 似合うかどうかを聞いてきているのに自信満々に問われて、しかしナルゼは答えなかった。

 

 ……ああ、似合うとも。

 真正面からではなく真下からだが、それでもナルゼにはわかる。悔しいほどにその緋は――『葵 喜美』という【女】を美しく、これ以上ないほどに彩っていた。だが、そう答えてしまったら――認めてしまったら、負けだ。

 

 

 ――『お似合いだ』と認めたくないから……負けたくないから、ナルゼは口を噤む。

 

 

 

 露出は少ない。

 

 見える肌色は、自信に満ちたその顔と、直下の首と色っぽい鎖骨。僅かに覗く豊かな胸の谷間。そして切り離し、隙間を開けて細い帯で繋いだ裾元の、わずかな肩や腋と二の腕の上部だけ。

 ……二代の時と比べたら、そして日頃と比べたら、その肌面積の少なさは一目瞭然だろう。

 

 エロの神を信仰している喜美にしては、むしろ控え目過ぎると言ってもいいくらいだ。

 

 

(――だってのに、なんなのよ。この色気)

 

 

 確かに、(あまり認めたくはないが)喜美は良い女だ。性格は高圧で基本偉そうだが、体つきも顔つきも美人と評してなんら問題はない。だが、露出が減っているのにいつも以上に色気を感じるのはどういうことなのか。

 

 

 

「ああああ貴女何者!? ど、どうしてセシルの荷重受けながら平気なのよ!?」

 

 

 と、答えの出そうにない疑問を抱くナルゼを余所に、どこかヒステリック気味の叫びが上がる。突然現れた喜美(新手)に警戒していたダッドリーが痺れを切らしたのだろう。その相方であるセシルは宙に浮いたまま、荷重の術式発動を示す光輪を変わらず光らせて……。

 

 石畳を軋ませ陥没させるほどの荷重のなかで平然と立つ喜美は、微笑をさらに美しい笑みに変えて浮かべた。

 

 

「何者か、ですって? やぁね、立ち位置から察しなさいよこの鉄球女。察しの悪さは不出来な女のすることよ?」

 

「くっ、てて敵というのはわわわわかっているわ! わた、私が聞きたいのは――!」

 

「あら聞きたいの? でも答えないわ! そもそもアンタ敵に聞くの? そして敵が素直に答えると思ってんの!? そんなんで大丈夫なの英国!? 他国の心配までしてあげるとか私超いい女よね!? でも元からよ!」

 

 

 言葉を遮られたダッドリーがくらりと揺らいだ。持病の高血圧が狂人のテンションによって刺激されたらしい。――ナルゼにとってダッドリーは敵だが……同情するのを止められなかった。

 

 

 だが、彼女の疑問ももっともだ。

 喜美はたしかに梅組でも上位の防御力を誇る。しかしそれは『高嶺舞』が発動している時限定でのことだ。舞を奉納していない現在、喜美は一般生徒となんら変わらない身体能力しかないはずである。

 

 ……にも関わらず、超荷重下で平然としていられるのか。あとバカに高いテンションも気になる。

 

 

 

「なんで……?」

 

「あらやだ。アンタもわからないの? もう、しょうがないわねぇ。じゃあ問1。この賢姉様が契約している神様は何でしょう? シンキングタイム一秒よ!

 いち――はい終わり! 答えわからなくて一生悶々するがいいわ! 一生悶々とかヤダ素敵……!」

 

 

 いい空気吸ってるわねぇ、と呆れるナルゼを他所に、なぜかダッドリーが早すぎる、30秒くらい待ちなさいと喰ってかかる……30秒考えたところで、英国勢である彼女が知るはずもない身内情報のはずだが。

 特に記憶を漁ることなく、ナルゼは答えた。

 

 

「……ダンス系と、エロ系よね? でもアンタ、今踊って……」

 

「んっふっふ、終了宣言ガン無視して回答とはやるわねナルゼ。 Jud. ええそうよ? いま私は踊ってないわ。でも高嶺舞はガッツリシッカリ発動してるのよ凄いでしょう? ――踊ってない、つまりダンス系ではないの」

 

 

 簡単な引き算よ、わかる? と。

 

 エロ系とダンス系の契約しかしていないと言い、踊りではないことで高嶺舞を維持する奉納を行っているとも言う――つまり。

 

 

 

「ふ、ふしだらな! なな、何をしているのかわわわわからないけどもも、もっと淑女として慎みを……」

 

「あらやあね。 ……慎んでるじゃない。これ以上ないくらいに。こんなに肌隠してるのすごい久々なのよ私」

 

 

 遠巻きながら理解したダッドリーが、僅かにたじろきながらも反論しようとして、また言葉を潰される。最後まで言わせなさいよ、と内心で思いながら、高まった血圧を下げようと深呼吸。

 

 

 

「上辺だけで判断しないで、物事の本質見る努力をちゃんとしなさい? ――きっとそれが、あんた達の国と女王に今一番、何よりも何よりも必要なことなんだから。

 

 それに……『エロ』ってだけで、イヤラシイとかフシダラナとか……程度が知れるわよ? 英国淑女」

 

 

 緋を纏う高嶺の花は、その言葉とは裏腹に優しく――慈愛という言葉が相応しい笑みを絶句しているダッドリーへ向けた。

 そして、術式を継続しながらも、真っ直ぐに喜美を見つめて理解しようとしているセシルに気分を良くしながら、喜美は言葉を作る。

 

 

「――あんたの言うエロいことって、突き詰めなくても男女の性行為のことよね? ……男が惚れて、女が惚れて――お互いに好意を寄せ合って確かめ合ったら、二人は自然と結ばれるの」

 

 

 両手を前に伸ばし、そのまま高度を上げて、二つの満月へ。そして、『何かを得た』ように握られた手を、自分の胸の真ん中で受け止めるように……そっと押し込める。

 

 

「……耳元で愛を囁きあって、裸になって。視線を結んでキスを重ねて、体を合わせて――……終わったら抱きしめ合って、朝を自分のじゃない体温に包まれながら迎えるのよ。……ちょっとだらしない寝顔を見て笑って、頬を突きながら幸せを遅刻ギリギリまで噛み締めて、余韻にひたるのもいいわよね? 素敵だわ」

 

 

 

 語る喜美の足元で、ナルゼが想像して顔を赤くしていくのを喜美は気配で察する。その手の漫画草子を書いている彼女も、客観的ではなく主観……自分の視点で想像したことはあまりなかったらしい。

 

 

(あの大バ刀にそれを求めるのは、今はまだ、難しいかしらね……でも)

 

 

 いずれは……。

 

 それまでに、自分も前へ進んでいよう。せめて、面と向かって堂々と……幼いころから心のうちに秘めていたこの想いを、真っ直ぐ面と向かって伝えられる程度には。

 

 

「(まあ、それはこれからゆっくり、ね)そして、男の熱さを女は受け止めて……それを繰り返したら当然――……」

 

 

 ……そこからは言葉ではなく、動きをもって語る。

 

 緋衣と帯に包まれた腹部に……細く、容易く手折れてしまいそうなそこに、喜美はそっと、手を添えた。

 

 ……ダッドリーの指示によって、広場の出入り口には警備が十数人ほど待機しているのだが、彼らは聞こえていないのか、それとも意識して無反応を選んでいるのか、動きは表情も含めて何一つない。

 そして、その人員を除けば……この場にいる代表者は全員女性だ。だから、その手の添えられた意味は、――言われずともわかる。

 

 

 

 分かって、二人は絶句した。ダッドリーの方はグレイス・オマリという子沢山の同僚がいるから衝撃もやや軽いが――ナルゼは重く、そして強い衝撃を受けていた。

 

 

「き、喜美!? あ、あんたまさか……」

 

「ふふ。もし()()だったら、もっと大々的に告知してあんた達に『完全勝利!』見せつけてやるわよ。安心しなさい……私がしたのは、ただの約束。

 

 

 ――『いつか、お母さんになります』って。そう、一人で勝手に決めただけよ」

 

 

 

 愛した男に愛されて、その子供を抱きたい。……その願いはいやらしくも、またフシダラでもないだろう。それらの言葉とは真逆の、どこまでも尊い生命の営みだ。

 

 約束の内容には、いつ、とも。そもそも誰の、とも言葉にはしていない。

 

 だが、それでも――あの一族の緋衣を纏ってそれを告げた喜美に、神々はついつい『期待』してしまうのだろう。

 

 

 

 ……『最後の一人』から、今一度……一族と言えるだけの人数になってくれたなら。小さな命を抱き上げる彼の刀は、満面の笑みを見せてくれるだろう、と。

 

 だから、その未来を作ってくれる『かもしれない』彼女を守るために、高嶺舞を上位奉納の状態で保っているのだ。

 

 

「……なにそれ。ずるくない? つまり、その緋衣着てるだけで無敵ってことよね?」

 

「あら、良い女は『良い女』ってだけで最初からズルいのよ? そんなの天地創造から当たり前のことじゃない。

 でもまあ、ちゃんと制約もあるのよ? どう言い繕ってもアダルト系だから基本夜限定でしか使えないし、一回使ったら一定の周期は再使用できなくなるみたいだし。前提を考えたら最短は女の月経周期か、最長だと十月十日ってトコかしらね。企業秘密だから他所の連中に教えちゃダメよ?」

 

 

 ……教えなくてもいい情報をガッツリと英国勢にまで伝えているが、これはこの際置いておこう。

 

 ナルゼとダッドリーは納得と理解を同時にし、そしてそれぞれ呆れの絶句と警戒を表情ににじませる。貴重なその一回を軽々しく用いたことに、対し、その貴重な一回を用いてこの英国にいることに。

 

 

 

「……さささっきの言葉は取り消すわ。……ごめんなさい」

 

「あら、いいわよ別に。それとは別にいやらしくてフシダラ目的でも『ズキューン!』 で『バキューンバキューン!』なことシタイって常に考えてるんだから! 基本常時!」

 

 

 

 ――がくり、と体が揺れた。

 

 台無しだ。色々と、本当に、本気で台無しだ。

 喜美の行っていることは最大警戒をしなければならない内容だが、その決意は一人の女性として賛ずるべきものだとダッドリーは判断し、自身の言葉を撤回して謝罪した、というのに。

 

 英国副長は頭痛がするのか、片手で頭を押さえてさえいる。その様子を、どこか懐かしそうな顔で眺めているナルゼ。

 

 ……その両者の対応を満足げに見た喜美は、ほんの一瞬悩み……此れに付随する『ある情報』を伝えず、黙ることを選んだ。

 

 

 緋衣を纏い、その宣言をすることで得ることができた術式代演。それは、現状守ることができない彼に代わり、皆を守る力を喜美が望んだからこそ成った形だ。たった一夜だが、決して揺らがぬ絶守の盾。

 

 

 

 

 しかし、何故『自分が緋衣を所有しているのか』という……その本当の理由を、喜美は胸のうちに……思い出と共に、そっとしまい込んだ。

 

 

 

 

 『綺麗な緋色が羨ましかったから引っぺがした』――当時の咄嗟の言い訳は現在でも現役だ。日頃のアレコレもあってか、幼馴染のズドン巫女ですら微塵にも疑っていない。

 言い訳だったが、嘘ではない。実際、本当に綺麗な色合いだと思ったのだ。

 

 

 

 『鞘』は刀の戻る場所――という守り刀の一族の慣わしを、正純が会議の時に用いてエリザベスに啖呵を切ったのはまだ記憶に新しいだろう。

 

 ……喜美の纏う緋衣も、鞘のそれと同じだ。ただ対象が鞘では無く緋衣であり、内容もまた違うが……その刀の一族の慣わしなのだと、先代と深い友誼を交わしていた母から聞いた。

 

 

 言葉よりも行動で示す傾向がある一族の彼ら彼女らは、己が常に纏う緋の衣を相手用に仕立て直して渡すことで、言葉に出来ないその意思を示すのだという。

 

 

 

 

 

 『貴方を、一族に迎えたい』

 

 

 『自分と、これからを共に歩んで欲しい』

 

 

 

 

 

 ……早い話が求婚だ。仕立て直した緋衣が『給料三ヶ月分の指輪』だと考えれば解りやすいだろう。

 その話と【衣掛】という慣わしを聞いた喜美が、待ちきれず……我慢できずに緋衣を奪取したのが事の真相である。

 

 

(これに関しては、まあ、あの貧乳政治家に感謝してあげなくも……なくもないわね)

 

 

 あの会議の時、外野から見ていた喜美は、自分が知らないことで……しかも正純がすでに(それ)を持っていることに、ごく短い間だが軽く……しかし、確かに焦った。

 

 喜美とは違い、聞く限りでは正純は本人の意思でその鞘を渡されたのだ。この差は大きい――と。

 

 

 ――焦って、しかしすぐさま考えを変えた。いや、『固めた』という方が表現としては正しいだろう。

 

 

「私ね――止めたの。待っているだけの女を」

 

「…………」

 

 

 ――ずっと、振り向かせようとしてきた。

 

 『子供の頃から最高に良い女がすぐ近くにいて、ずっとずーっと、一途に待ってあげていたんだぞ』と。責められて慌てる男の鼻先を笑いながら弾いてやって、ガバガシィッ! と……そんな未来を描いて、夢に見た。

 

 

 ……しかし、それはただの、付き合いの長さに胡坐をかいた『待ち』なのだと、気づかされた。

 

 待っているだけではだめだ。何せあの大バ刀は、見てくれの良い男と違い、言葉で飾る男とも違って――背中や行動、生き様でズルいほどに語ってきやがるのだ。それが無意識で、しかも日常的にやっているからタチが悪い。

 

 ピンチになりふり構わず全力で駆けつけて、大きな背中を魅せつけながら笑顔で『大丈夫、だな。うん、よかった』だ。

 

 ……狙ってないでこれだ。今でも『肉食系の目』でチラ見している連中が多いというのに、たぶんこれからさらに増えるだろう。

 

 そしていつの間にやら増えた一人の、隠す気配のない英国のあの女王なんて初対面の前からだ。しかも、国傾ける覚悟で押しまくってくる。認めたくないが、間違いなく強敵だ。――だが。

 

 

 

「――負けないわ。絶対に。……誰が相手でも、私は負けてあげないの。

 

 だって……負けない私が、最高に素敵な私なんだから」

 

 

 思うままに、わがままに。緋衣を求めたあの日のように。

 

 ……強い強いその宣言を聞いていた三人は、喜美の話を半分も理解していなかった。できていなかった。喜美が多くを語らず自己完結しているのだから当然だろう……しかし、絶対にその決意は侮辱してはならないものだと、心から思わされたのだ。

 

 

 

「はあ……やっぱり、あんたが一番の難敵ってわけね。喜美」

 

「Jud. それだけに頼るつもりも、それだけを振りかざすつもりもないけれど――この私が『最初』だもの。アンタはマルゴットとタッグ組んで二人がかりだーって強気みたいだけど……油断してると、何にもできないで『列席者』になってるわよ?」

 

 

 頭上からのかなり強気な宣戦布告に、ナルゼはムッとする。

 

 

「……けどまぁ、本当の難敵は本人よ。もう十八にもなったんだし、手取り早く夜這いして、既成事実迫ったほうが楽な気がしてきたわ」

 

 

 しかし喜美の続く言葉に、憤りとも悔しさとも言えるその感情は消え、確かにね……とナルゼは納得と賛同の意を、苦笑をもって示す。

 

 ……同時刻、英国のどこかで一人の男が悪寒を感じてブルリと身を震わせたのだが……これはまあ、どうでも良いことだろう。

 

 

「それで、どうするの? 一応さっき言った『守りに来た』ってのは結構本気よ私。この緋衣も、『形だけ』のつもりじゃあないもの。もとから攻撃はできないから、何にもしないならこのまま引き分けまで持って行ってあげるわよ!?」

 

「はっ、誰もそんなこと頼んでないわ。『守られるだけの女』なんてガラじゃないし、『なにもしない女』 に至っては真っ平ゴメンだわ。それに引き分けですって? 冗談だったら失笑だって出来ないわよ。こっちは最初から勝ちにきてるの。だから……」

 

 

 一息。

 

 

「手伝わせてあげるわ、喜美。報酬はそうね――私が止水に胸枕させるときにもう片方貸してあげる、ってのでどう?」

 

「ふふふ……なによそれ、随分と可愛い報酬ねぇ。でもまあ、今はとっても気分がいいからノせられてあげるわ……ちゃんと、呼びなさいよ? アンタがセッティングしなさいよ?

 じゃあ――そういう訳だから、律儀に待っていてくれた風船女に鉄球女。準備はいい? いまからあんた達を軽ーく……クシャマンにするから」

 

 

 ここに至って、今の今まで沈黙を守っていたセシルが初めて声を上げる。

 

 

 

 

「くしゃまん、ってなんなのー……?」

 

 

 と。――なんとも気の抜ける、それがゴングとなった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 四人の中で、先手を取ったのはダッドリーだった。というより、彼女しか先手を取れるものがいなかった。

 

 セシルはすでに荷重を掛け続けているし、喜美にしてもナルゼにしても、純粋な攻撃系の術式は持ち合わせていない。

 

 

(ままずは、あああの女が行っている術式がどの程度の防衛力を持っているのかを確認するのがせせせ先決ね……!)

 

 

 装填が終わっているボウガンは十基。その全てを左手の聖譜顕装で操作し……射線を二人から大きく上に外して射撃した。

 

 

「セシル!」

 

「てす! おとすのー!」

 

 

 なにをどうしろ……と一切言葉にせず、ただ名前を呼んだだけ。だが、それだけで十分だった。

 

 荷重に潰されなくとも、周りを荷重の『壁』で覆われている二人に逃げ場はない。そこに、真上からセシルの荷重によって速度と破壊力を伴った十の短矢が、必殺の威力を持って二人に降り注いだ。

 

 

「ふうん……伊達に副長副会長の看板は背負(しょ)ってない、ってことかしら」

 

「そうね。現状の手札で最高の攻撃だわ。あれで多分純粋な戦闘系じゃないんだから、『粒』が揃ってるわよこの国」

 

 

 片や舌を巻きつつ見上げ、片や素直に賛じ見定めながら、二人は思考する。

 

 

 短矢は防げる。ただ落ちてくるだけの矢如きが高嶺の花に触れられる訳がない。

 しかしその後が続かない。高嶺舞は強力だが純粋たる守りの術式だ。荷重の中で動けはするが、立ち塞がれたら止まるしかない。

 

 ならば攻撃するしかないのだが、間の悪いことに自分も即席相方も攻める力は持ち合わせていない。 ……言葉で攻めるのならどちらも大得意なのだが。

 

 

 それに、そもそも周囲には荷重の壁が存在するので攻撃手段があったとしても届く前に地面に堕ちるだろう。相手は攻撃し放題というわけだ――無意味だが。

 

 

「「気にいらないわね……ん?」」

 

 

 さてどうするか……と。

 そこまでほぼ一瞬で頭を回し、そして二人は同時に、足元を見下ろし、また頭上を見上げる。守ることしかできない、という現状に思わず付いた悪態が、丁度、偶然、たまたま……重なったのだ。

 

 

 そして、再び……刹那の思考が巡った。

 

 『(イコール)』の先にある答えは、すでに決まっている。必要なのは、そこに至るための式だ。

 

 

 

 

 

「「……ついてこれる?」」

 

 

 

 

 ――同時。そして、異口同音。

 

 

 

 

 

 

「「はっ。上等……っ!」」

 

 

 ……それを、繰り返した。

 

 

 上から伸ばされた手と、寝返りながら下から伸びてきた手もまた同時。重なり握り合って、互いに引きあい、下……ナルゼが勢いよく身を起こした。

 

 その勢いのまま、ナルゼは翼と足を使って跳ぶ。喜美と手はつないだまま、空いた手にはいつの間にやらペンが握られていて……。

 

 

 喜美を『基点』にナルゼが回る。何かの術式か、奔るペン先が光の曲線を空間に残した。

 

 

「かわいいお尻ね!」

「どう見てもハートでしょうが!」

 

 

 ……ダッドリーはハートと判断した。空間のわずかな歪みから、光のラインは高嶺舞の防護のギリギリ外側――セシルの荷重術式の範囲に作られているらしい。

 

 そして、その曲線は短矢の着弾点を狙っていたのだろう。多少ずれていても高嶺舞に外側に弾かれ、ハートのラインに触れるように考えられた配置だ。

 十の矢全てがハートに触れて……ライン上を、さらに加速しつつ走った。

 

 

(か、加速の線!? 私の短矢を反撃に使う気ね……でも無駄よ! セシルの荷重の壁で落とされるだけだわ!)

 

 

 しかし困った。この攻防で武蔵側も英国側も、どちらも有効となりそうな攻撃手段を持っていないということになる。

 

 ……無難に狙うならば、時間を目一杯使っての引き分け(ドロー)か。そう考えたダッドリーの視界のど真ん中。敵は動いていた。否、動き『続けていた』。

 

 

 

 手はつないだまま着地した黒が足を複雑に踏み鳴らせば、緋を纏う女は空いた手と全身を使って呼応する。互いの顔には強さに満ちた笑みがあり、お互いを挑発し合っていた。

 

 『私はこれだけできるわよ? あんたはどうなの?』と。その動きと表情が、二人の在り方を如実に示す。

 

 

 ……『好敵手(ライバル)』。それが二人を表すのに最適な言葉だろう。競い合い高め合い、頂き知らずに駆け上っていく。事もあろうに、相対者であるダッドリーとセシルを無視して。

 

 

 

 

 

 

 ――足の踏み鳴らし、それは、韻。

 

 ――その韻に合わせた体の動き、それは、舞。

 

 

 

 

 

「まさか……っ!?」

 

 

 その瞬間にダットリーは思い出せた。

 少ない……唯一と言っても過言ではない武蔵の交戦記録から、特務でも生徒会役員でも、それどころか戦闘系ですらない一人の女生徒が現副長に対して行った戦闘で見せた、その反則技。

 

 

 

 ――韻と舞。()()はそれを奉納とし、極東の神へ強請り奉る。 『勝利するための力を寄越せ』と。

 

 

 そして短矢が加速の線を走りきり、射撃として飛び出すその瞬間……青の光と共にその『道』は作られた。

 

 防ぐの一字を浮かべた術式の枠が一気に並んで伸びて、その真下を、加速し威力を高めた十の短矢が一気に翔ける。

 

 

 だが、射線は高い。狙いはダッドリーではなく……荷重の術式を使い、故に動くことのできないセシルだ。

 間違いない。この二人は、ナルゼと喜美は勝利を取りに来ている。

 

 

 『時間を稼ごう』……そう判断しかけたダッドリーはその姿を見てギリ、と歯を噛み締めた。

 

 

「せせせセシル! かか荷重で()に落としなさい! ――か、勝つわよ!」

 

「てす!」

 

 

 負けない。負けたくない。意地やその他諸々があるが、なによりも女王側近として、負けられないのだ。

 

 目の前に落ちてきた短矢を打ち払いの術式を込めたラケットで打ち返し、それに合わせて、追加でボウガンから十の矢を放つ。

 

 

 

 

 

 舞はより複雑に。描かれる線は多岐に渡り。

 

 荷重はさらに強さを増して、行き交う短矢の本数は瞬く間に十の倍数で増えていく。

 

 

 

 ――矢の数が百に至ったところで、先ほど同様ダッドリーが動いた。落下してくる百の矢に先んじて、二十の矢を喜美とナルゼの頭上に放つ。そして、ラケットの二刀流で百の矢を、水平方向に打ち返す。

 

 

「せせ、セシル! 二人の『前方だけ』荷重を解除よ! これで……!」

 

 

 これまでの流れで、ナルゼが描いたラインは全て、上からの攻撃を返すために二人の頭上に描かれている。そこに横からの百をたたき込み、保険として二十を上から落とすのだ。総数120本……もはや個人ではなく一個中隊規模の相手に向ける攻撃だ。

 

 これ以上のタイミングはない。……セシルの荷重術式はなかなかに万能だが、これほど長時間術式をかけ続けたことはない。ダッドリーの方も(短矢)がこれで底を突いた。

 

 

 ダッドリーとセシルが勝つには、ここで仕掛けるしかなかったのだ。だから――。

 

 

 

「ク……っ!」

 

 

 

 ……揺らがず笑みを浮かべたままの二人を見て、苦悶の声を上げてしまった。

 

 

 

「フフフ。ちゃんと合わせなさいよ? マルガ・ナルゼ」

 

「こっちのセリフよ! アンタこそ、ここでトチるんじゃないわよこの高嶺女!」

 

 

 軽口もほどほどに、喜美がナルゼの手を握ったまま大きく身を回す。その動きに身を任せたナルゼが線を……いや、数式を書きなぐった。式の最初に刻まれたのは『 Atell 』――流体の最小単位だ。主に、術式の行使の際に必要な流体量を算出する時に用いられる。

 

 長く複雑な式を数瞬の内に完了させたナルゼは、再び舞を重ねる。より上質な奉納を捧げて、術式に必要なだけの流体を稼ぐために。

 

 

 

「んふふ。さ、フィナーレ行くわよ?」

 

「Jud.!!  受け取りなさい……真黒髪翼先生の最新作!」

 

 

 

 加速の線が前面へと集う。個々の形は解け、そして新しい一つの形へと。

 

 舞はさらに難度を上げていく。息が荒れ、汗が滲み……しかし比例して、限度知らずに心が昂った。

 

 

 

「「 HERRLICH( ヘ ル リ ッ ヒ )!!! 」」

 

 

 

 ……集い立ち上がったのは、一枚の大きな絵だ。

 

 場所はおそらく屋外。木の根元だろう。その木陰で、それはもう締まりのない顔を浮かべて転寝している和装の男を、二人の翼持つ少女が色々とやっている。

 その光景を切り取ったような……そんな絵だ。

 

 

 

「よっしゃあ! 入稿ぉぉおっ!」

 

 

 

 真正面から殺到してくる百と頭上から降り注いでくる二十。集約の術式も組み込まれたその絵に吸い寄せられ、総数百二十もの短矢を打ち返した。その全弾が、荷重の解除された空間を突っ走り、真正面にいるダッドリーへ殺到する。

 

 

 

 負けない。ただその一心で、逃げることも、目を背けることさえしなかったから。

 

 

 百二十の全ての強矢が上から殴打され、石畳に打ち据えられたのを見ることができた。

 

 

 

 

 ……打ち据えて、荷重術式が突然解除されたのも、見届けた。

 

 

 

 

「っ!? セシル!?」

 

 

 感謝の言葉も次手の指示も忘れて、空を仰ぎ見る。

 

 術式を使い過ぎ、落ちる……落ちていく大切な友の姿に、ダッドリーに大きな焦りが生まれる。勝敗の行方などより、セシルの安全が優先だ。……だというのに、セシルを救う手立てをダッドリーは持ち合わせていない。

 

 セシルは強い荷重を掛けるために高度を取り過ぎていた。低い位置ですら身動きをとることが出来ない彼女には危険だというのに、家屋を超える高さからの落下だ。間違いなく命に関わる……受け身なんてまず取れないだろう。

 

 

 何も出来ない。友を救えない――その事実に膝を屈しそうになり……。

 

 

 

 

「「「「うおぉぉおおおお!!」」」」

 

 

 背後から、左右から、正面から……とにかく他方から響いた野太い雄叫びに、抜けかけた膝に力が戻った。

 

 

 首を振って見渡せば、走って来るのは広場の出入り口に待機していた警備の人員だ。

 

 数人が落ちるセシルに向けて手を翳し、必死の形相で減速かなにかの術式を使う。足の早い数人がセシルが落ちる前にその落下地点に走り込み、その重量を受ける。……だが、耐えられない。

 

 ――稼げた時間は一秒にも満たないが、その間に残りの面々が間に合った。

 

 

「ぐっ! お前っらぁ! 絶対歯を食いしばるなぁ! 英国紳士の誇りにかけて、レディの一人……っ! 笑顔で受け止めろぉ!!」

 

「「「「Tes.!!!」」」」

 

 

 

 叫び、叫び返し。宣言通りに、壮絶ながらもしっかりと笑顔を浮かべて……しかし男たちは耐えられず、潰れていく。

 

 

「ぬうっ、か、勘違いするなよそこの極東のご婦人方!」

 

「そ、そうだ! これは彼女が、ではない! 我らが、我らがどうしようもなく非力なのだ! いいな!? その辺を勘違いする――ぐあっ!?」

 

 

 その言葉の途中で、男たちは潰れた。

 

 だが、誰一人として外に弾かれる者はいない。地面とセシルの間に、体を……それができなくともせめて腕の一本でも差し入れて、彼女へ向かう衝撃を、ほんの少しでも減らすために。

 

 

 

 某擬音系乙女の何れかの炸裂音が響き、静寂。やがて……砂塵の中から数本の腕が上がり、プルプルと震えながらも親指を立てて……セシルの無事を知らせた。

 

 

 

「ふふ、なによ。ちゃんと英国にも男気ある連中がいるんじゃない。……あの祭りのときにこの連中が来てたなら、ちょっと悩んであげたかもしれないわね」

 

 

「「「まっ、M J D(マジで)!?」」」

 

「くくくこの正直益荒男共め。悩むだけよ? でもこの私を『悩ませた』って胸張ってなさい。で……どうするの鉄球女。続けるなら付き合ってあげるわよ?」

 

「……ふ、ふん。そそそそれはこっちのセリフよ。けど、くくく国の如何がかかっていない今、戦う理由がないわ。

 ななな、成すべきことは成したわ。色々おおお思うところはあるけど、今回は色々な介入によりノーコンテストといい言ったところかしら。

 

 ……命じられた時間は、じゅじゅ、十分に稼げたわ……そろそろ、あの守り刀という男とのけけけ決着もつつ付いているはずよ」

 

 

 

 

 ――ダッドリーの意味深な言葉を、最後とし。

 

 

 ……英国本土における、全ての『前哨戦』は、幕を下ろしたのだった。

 

 

 




読了ありがとうございました!!

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