境界線上の守り刀   作:陽紅

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十三章咲誇編 最高に良い女の必須条件 【弐】

『……おじちゃん、いないの? ママ、だいじょうぶ……?』

 

「ふふ、ありがと。でも大丈夫よ? むしろ、今ちょっと嬉しいくらいなんだから」

 

 

 膝の上に乗せた幼い娘が、幼い顔を不安と心配に歪ませて見上げてくる。しかし母の言葉に嘘も強がりもないんだと察すると、今度は『どうして?』とばかりに首を傾げた。

 

 

「……『大丈夫だよ! 僕がミリアムもこの子も守るから!』だって。生意気よね、ほんと生意気だわ。順番が違うわよ。この子を先にしないでどうするのよ。浮気がばれた旦那の必死の取り繕いかってのよ……ねー?」

 

『ねー?』

 

「あの、ミリアム? こ、この前のことなら余が本当に悪かったから……だから、もうその話やめよう……ね?」

 

「いーや」

『いーや♪』

 

 

 顔を赤くして項垂れるパパを、二人して笑う。守るって大変だね止水君……と小さく呟く少年は気付かない。

 

 その言葉と行動で、二人を『不安』という難敵から、ちゃんと守っていることに。

 

 

 確かに緋を纏う刀と比べたら、彼はとてつもなく華奢で小柄で……戦う力なんかないかもしれない。

 

 だが、守る意思は、『兄』にも劣らぬものが、確かにあった。

 

 

 

「……なあ、俺、初めてリア充を心から守りたいって思ったわ」

 

「なんだお前もか。奇遇だな、俺もだぞ。らしくねぇとは思うけどよ……けど、子供の笑顔くらい守れる男ではいてぇわな」

 

「くせぇセリフだなぁ……お、そろそろ時間だぞ。

 ――東さん家の笑顔のついでに、(武蔵)も守ってやろうじゃねぇか」

 

 

 

***

 

 

 

 

 眼が飛び出るほどの驚き

 

 ばくばくと煩く高鳴る心臓

 

 ……いや、まあ

 

 

   眼も心臓も、無いんDeathけどネ!

 

 

    配点 【骨】

 

 

***

 

 

 走る。兎に角走る。息はとっくに上がってるし、噴き出る汗で服が体に張り付いて気持ち悪い。

 

 だが、それでも走る。いや……走らなければならない。

 

 

「待ってくだサ――――イ! ミス・本多ぁ! 十秒、ノット、五秒でいいDeathからステェェェイ・ぷりぃぃぃぃぃいいいッズ!

 ……あと出来たらポージングも!!」

 

「誰がするかぁ! そして誰が待つかぁー!」

 

 

 

 背後から追ってくる……それぞれ手にカメラ等の撮影機材を装備した骸骨の大群から、逃げるために。

 

 そして何よりも、そのカメラ等にこの格好を撮られないために。

 

 ……提供:真・黒髪翼氏。着付け:梅組有志一同で形成された……セージュンver.小悪魔系を、撮らせるわけにはいかないのだ。

 

 ちなみに――あえて詳細を説明すると、結構攻めているミニ丈のスカートだ。頭にはデフォルメされたコウモリの羽の飾りがちょこんと付いていて、矢じりの様な先端の飾り尾も完備されている。

 着付けの際に盛大に暴れて抵抗したためか、それともこれまで走っていたせいか。ところどころが僅かにだが着崩れていた。

 

 

(ちくしょう……似合わないって言ったのに! あれか!? 女の服が似合わない私をからかって楽しんでるのかアイツらは!?)

 

 

 やたら風が抜けるのを感じる足元が不安を煽り、そんな被害妄想さえ浮かんでくる。上男子下女子で構成されたいつもの制服は海戦組に回収されて着替えることもできなかった。

 

 武蔵と英国の終戦宣言と、点蔵の告白のあと英国にあることを提案するために残った正純。格好を見られないように、そして英国勢に見つからないように、未だ英国の第四階層に突き刺さっている輸送艦に隠れていたのだが……。

 

 

 

「一目惚れ――っDeath!! ミス・本多! この胸の高鳴り、これはぁぁぁ――恋!」

 

「お前高鳴る心臓も胸もないだろうがぁぁああ!?」

 

 

 変な骨に見つかり、今にいたるまで絶賛ストーキングされているというわけだ。

 

 ちなみに、一目惚れではない。会うのはこれで三度目くらいのはずだから。

 

 

 

『はうあっ!? 親分! ワシ見えました! 縞し――ぶべらぁ!?』

 

 

 正純が廃材の山を軽く飛んで回避した直後。不埒宣言をしようとした骨の一体に、真っ赤になった正純がぶん投げた廃材がヒット。後続の数体を巻き込んでヒット数がさらに増える。

 同じようなことをさっきから何度かして、少なくとも数十はヒットを稼いでいるが……骸兵は一向に減る気配がない。むしろだんだんと増えているような気さえする。

 

 

「お、お前らなぁ! さっきからいい加減にしろ! 本当に英国産か!? 騎士道精神とかは紳士的な思考とかないのか!?」

 

「「「「そんなもん墓場に置いてきましたがなにか?」」」」

 

 

 

 スカートを抑え、しかし走る速度は落とさない正純が、廃材の山を投げながら崩しながら距離と時間を稼ぎつつ苦し紛れに叫ぶ。しかしむなしく、骸骨共の一斉のサムズアップが返ってくるだけだった。

 

 ――正直、そんなことを叫ぶよりも助けを呼びたいが、それもできない。

 慣れない服にしまっていたからか、携帯社務は気づいたら無くなっていた。走っているうちにどこかへ落としたのだろう。

 

 こんな状況でどこで落としたかもわからない社務を探せるわけがなく……正純は唯一の『己からの』連絡手段を失っていた。

 

 第一、武蔵はすでに海戦に向けて出港しているので助けを求めたところで間に合う訳がない。メアリ救出に向かった面々にしても、それぞれ相対中のはずだ。連戦を強いることになるか、最悪二対一(擁護者有り)を押し付けることになる。

 

 いや……一名ほど、それ以上のことを既にやってのけている男が英国にはいるにはいるのだが。

 

 

(こ、こんな恥ずかしい格好であいつを呼べるわけがないだろ……!)

 

 

 そう考えて今の今まで艦内を逃げ回っていた。

 

 いたのだが……。

 

 

(も、もう限界だ)

 

 

 体力的にも。そしてそれ以上に、逃げ場的にも。

 

 ……垂直に突き刺さっている輸送艦を上へ上へ、船尾の方に逃げたのが悪手だった。二週間を過ごした場所だから、よく覚えている。走っている道はもうどこにも分岐しない、行き止まりへ真っ直ぐ伸びている。

 

 

「なにか、なにか手を考えないと本気でまずい……!」

 

 

 ……しかし、良案を出そうにも状況が詰んでいる。一対多数で、正純は副会長ではあるが戦闘力のない純粋な文系学生だ。にも関わらず、救援を呼ぶ手立てもない。

 

 

 

 良案は終ぞ浮かばず、正純は足を止める。……船尾に、着いてしまった。

 

 

「くっ!」

 

『これで逃げ場はナッシン――グ! バット、しかし汝恐れること無かれ! 死ぬときも成仏するときもみんな一緒ぉDeath! ハットン君と六道巡りデートしましょう!!』

 

「それは神道の理念だっ! お前本当に英国教か!? 」

 

 

 そのツッコミと格好からは想像もできないだろうが……冗談のかけらもなく、本気で正純はピンチだった。

 袋小路に多勢に無勢。武器の有無もさることながら、戦えるか否かも大きな差だ。

 

 ……某教皇総長の注意を、もっとしっかりと聞いて、しっかり実践すべきだったのかもしれないなぁ、と。

 

 

(あ、でも『女らしい格好をしろ』というのは一応……)

 

 

 そんな現実逃避な思考を浮かべた正純に――大法官の号令のもと、無数の刃が殺到した。

 

 

 怖い。怖いが……眼を閉じて逃げることだけは、正純は絶対にしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

   ――I like a starry sky.

 

 

 星空が好きだ。

 

 自我を得て、名と役目を与えられて――幾ばくかの時を過ごす内に、気付けば夜に空を見上げる事が癖になり、そして見上げた先にいる存在たちが好きになっていた。

 

 史実では『英国の番犬』と呼ばれたこの名に相応しく、自身の役目は『英国の損害』に成り得るだろう事象をいち早く察知し、これを排除することである。故に、その手と牙を必ず届かせるために、日々ありとあらゆる情報を集め、手中に収めているのだ。

 

 

 

 ……だから、だろう。

 

 見えているのに、『絶対に手の届かないあの輝き』に、強く心惹かれるのは。

 

 

   ――In it, most....

 

 

 ……日が沈み、代わるように空へ昇る、その双子。

 

 時間があれば、必ず見上げた。偵察中などの時でも相手の隙を突いては見上げて探すほどだ。特に――

 

 

 

「はぁ……。フフ、良い夜、ですわね。そう思いませんこと? 英国の猟犬」

 

 

 

『――Yes , I think so too . 』

 

 

 ああ、良い夜だ。同意しよう、その言葉に。

 

 ……だからこそ、だからこそ、この言葉を私は貴様に送ろう。

 

 

『――Do not disturb...!』

 

 

 美しい双つの真円の片割れを、彼女……ウオルシンガムの位置から見て、まるで邪魔をするかのように――冒涜するような位置に立つ、武蔵の騎士が。

 

 

「あらあら、連れませんわね……そう邪険にしないでくださいな。こんなに良い、至極の満月の夜なのですから――」

 

 

 ……首輪に繋がれた、哀れな極東の狼がそこにいた。

 

 彼女は月を見上げているのだろう、ウオルシンガムに背――その豊かすぎる巻き髪を向けている。

 

 

 『敵がいる』とわかっているにも関わらず、彼女は振り返ることなく、ウオルシンガムに背を向け続けていた。

 

 

「――その昔」

 

 

 ウオルシンガムは千本薔薇十字(Wars of the Roses)を射撃形態に移行させた所で、その手を止める。……撃てば即座に終わるにも関わらず。

 相手の語りの最中に背後からする攻撃を、英国の女王は無粋と嫌う。余裕を持ってドンと構え、真正面から堂々と立ち会ってこそ『熱い』のではないか、と。

 

 

「神代の時代よりも以前に作られた、もう一つの月。……その月光は、堪らなく(わたくし)たち異族の心をざわめかせますの。

 

 ……言葉では、とてもとても、言い表せないほどに」

 

 

 賢鉱石(オレイ・メタロ)。流体を含む鉱石であり、あの月は超高純度の賢鉱石の塊である――軽く調べれば、どこの教導院でも調べられることだろう。当然ウオルシンガムも知っている。

 

 その月光は太陽の光をただ反射しているだけでなく、その反射光に流体を多分に含ませる。だからこそ、その光を浴びた異族などの種族は落ち着かない、もしくは本能に忠実になりやすくなる……のだという。

 女王がその日が近づくに連れ、だんだんとテンション高くして『いろいろ』やるので、猟犬の中ではいい目安になっているのは内緒話だ。

 

 

 ――そして、未だ背しか見せない彼女の声音がやたらと弾んでいるのも……それが原因だろう。

 

 

 深い呼吸を一つ置き、狼は言葉を続けた。

 

 

「っ――は、ぁ……。気が昂ぶって駆け出したくなって、ご近所迷惑も考えずに吠えたくなって。ホント……淑女としてありえませんわ。だというのにこの夜が待ち遠しいと、毎夜空を見上げては思ってしまいますの」

 

 

 シルエットが動く。影が双子月に伸ばしたのは両手だ。その行為に、ウオルシンガムは同意の感情を抱いた。彼女にも数回ほど、同じことをした記憶があるからだ。届かぬと知りながら、手を伸ばさずにはいられない。そんな――

 

 

 

『……why?』

 

 

 しかし、伸ばされたその手の形にウオルシンガムは違和感を覚えた。手に入れたいと、欲しいと求めたのなら……普通その手は開かれているはずだからだ。

 

 だが、その手は両方とも握られている。手の甲を下に、まるで……その手の内に握る何かを双月へ捧げるかの様に。

 

 

「私がまだ幼い頃……『お月様になりたい』と、それができないなら、せめて『あの側まで行きたい』と望んだことがありますの。待ち遠しくて、それがイヤで。ならばいっそ……と」

 

 

 ですが。

 

 

「今なら、なれるとしても、そして行けるとしても……即答しますわ。『絶対にイヤ』と。だって……私の『騎士』としての居場所は、我が王の身前。その信念の向かう先にあるのですから」

 

 

 静かに……しかし凛とよく通ったその言葉は、周囲に示す宣言のようにも、自身に刻む宣誓のようにも聞こえた。

 

 

「『聖なる乙女』の没しこの英国で、その身を縛した鎖――天使を束縛する力を持ち、()()()異族の特性を与えられた英国製自律道具(インテリジェンス・アイテム)

 ……いまここに、我が王の道を示すために、再びその形を成しなさい。銀鎖(アルジョント・シェイナ)……!」

 

 

 その騎士の字は銀狼(アルジョント・ルウ)。美しく豊かな銀色の巻き髪と、彼女のハーフたる種族。そして、神格武装である銀色の鎖に由来している。

 

 だが、その四本の内の二本は先の相対でウオルシンガムが破壊したはずだ。現に狼の身にある給鎖口には象徴たる銀色の鎖は二本しかない。

 

 

『!?』

 

 

 ……変化はその判断の直後だった。掲げた両の手からこぼれ落ちる無数の銀の欠片が、満天の星空を模倣するかのように、光を反射し、宙を舞う。

 

 二色の月光が複雑に反射され、思わず見惚れてしまうほど幻想的なその光景の中、短く高い音がいくつもいくつも重なり……やがて、特徴的なあの動作音を掻き鳴らすまでに長く、長く、長く。

 

 

 

 無数の輝きが、二本の鎖へと成って主人の周囲に螺旋を作り……銀鎖は、ここに復活した。

 

 

 

「よく戻りましたわ銀鎖。そして早速ですが、狩りの時間ですわよ? お礼参りとも言いましょうか」

 

 

 

 そう宣いやっと振り返り、やっとウオルシンガムを見た狼。――その姿を見て猟犬は自動人形ながら、二つの『ふるえ』を感じた。

 

 

 ……邪魔をするな、満月と私の間に立つなと思ったつい先ほど。しかし、双月を背景に在るこの女騎士の美しさに、作られた心が奮えた。

 

 

 己の敵ではないと、所詮は首輪に繋がれた狼なのだと見下した先の祭り。しかし、いま己を見下すその眼――月の輝きに負けず爛々と輝く黄金の瞳に、縦に裂ける瞳孔の視線に……作り上げた身が震えた。

 

 

 

『……。You, it...?』

 

 

 

 『武者ではないがその震えだ』と、拳を作ることでそれを止め、振り返った銀狼に問う。

 

 銀色の髪と騎士服の青。覚えている彼女の色彩に、対となる色合いが足されている。比率から見るとわずかなものだが、『顔の大半を隠すように配色されていれば』それが嫌でも眼についた。

 

 

 

「ふふ……コレですの? そうですわね……ちょっとした御守りですわ」

 

 

 布だ。

 

 眼のすぐ下から首の全てを完全に隠すそれは……。

 

 

 

『……neck warmer ?』

 

「フフフッ、やっぱりそう思いますわよね? けれど本人が言うには、『高襟』だそうですので。一応『違う』と返しておきますわ」

 

 

 そう言って静かに、そして無邪気に笑うオオカミは、また大きく息を吸った。肩が上がり、胸部が膨らむほどの深呼吸。聞くだけで熱を帯びているとわかる呼気を吐いてまた元に戻り……

 

 

 

 

 ――ブルリと大きく身を震わせ、己を抑えつけるように掻き抱いた。

 

 

 

 

「んっ……は、ぁ。……そうですわよね。あの人がいくら頑丈とは言え、この私が、本気で食べようと噛んで……あの程度の噛み跡で済むはずがありませんもの」

 

『What……?』

 

 

 

 こっちの話ですわ、とまた笑う。今度はどこか恥ずかしそうにだ。

 

 

 

 

    ――男の首に残った、両手の数ほどの噛み跡。サバイバル終盤だったあの時、水浴び程度しか出来なかったあの時……『それ』はさぞ濃かったことだろう。

 

 

    ――首元をはだけさせ、はしたなく馬乗りになって。逃がさないように手足を絡ませて噛み付いて……理性を失っていた自分は『これ』を、きっと心ゆくまで堪能したのだろう。肉を食っていないのに、飢えた己が理性を取り戻したのが逃れようのない証拠だ。

 

 

 ……ネイトはもう、この手の話で誰にも、特にあの姉には注意できないだろうと苦笑う。

 

 ――あの女が分かりきった笑みでこの高襟を渡してきたのだ。恐らく筒抜けで、尾鰭胸鰭どころか手足が生えて級友たちに情報が伝わるに違いない。

 

 

 だが、それもそれで有りだとさえ思えるほどに、ネイトは今、酔っていた。満月による気分の高揚……そこに、本能をこれでもかと刺激してくる二つの香り。

 

 

 

(知れ渡るなら、知れ渡ればいいですわ。開き直って、噛みまくって嗅ぎまくってやりますから)

 

 

 

 ――いやそれはそれで勘弁してくれよ、とどこか困ったような男の声が聞こえた気がしたが、気にしない。ただの幻聴だろう。

 

 

 

「そういえば、貴女に言われたんでしたわよね? 『首輪付き狼』と」

 

『Tes. I say.』

 

 

 首元のチョーカーを見て比喩したのだが、今度は牙も鼻も隠すような布を巻いてきた。

 

 緋の高襟と、それ越しにチョーカーを撫で……

 

 

「では逆に聞きますが……貴女は付けて貰えなかったんですのね? 自分の主君()に。……おかわいそうに」

 

『……!』

 

「ふふ。さあ、私たちもそろそろ始めましょうか? 首輪無き猟犬。……満月の夜の狼から逃げ切ることが出来たら、貴女の勝ちですわよ?」

 

 

 

 その狼への答えは言葉ではなかった。

 

 

 自動人形だが。

 

 ……思わずイラっと来てぶっ放した砲撃が、なによりの答えだ。

 

 

 




十三章やらかしその1その2。

読了ありがとうございました!

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