境界線上の守り刀   作:陽紅

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十三章は三分構成で進む……はずです。


十三章咲誇編 最高に良い女の必須条件 【壱】

 静かな夜だ。

 都市の中でありながら、そして、まだ幼児ですら眠るには早い時刻ながら……街は息を潜めるようにして静まり返っている。

 

 その静まりの中で、隠しきれない高揚と興奮と――無音の歓声を視線として感じながら、武蔵の竜――キヨナリ・ウルキアガは英国の空を翔けていた。

 

 

「なぜだ……!」

 

「なにがー!?」

 

 

 竜砲を爆ぜさせて生まれる爆発的加速を持って突撃とし、それに英国璽を持って真向から激突してくる――少年とも少女とも取れる容姿の国璽尚書に、唸るように詰問するように問う。

 

 

「貴様の姿……! どこからどう見ても弟か妹系のキャラであろう!? なぜ姉がいない!?」

 

「あはははー! ざぁんねぇんでしたぁ! なんなら『おにぃちゃん』って呼んであげてもいいよぉっと!」

 

「バカめ! 男か女かもわからん輩に、そんなこと言われて誰が喜ぶかぁ!」

 

 

 国璽による打撃を急旋回で回避しながら、そういえば――と思い出す。

 

 

(……拙僧のクラスに、そう言われて歓喜しそうなロリコンが一人いたなぁ、確か)

 

 

 アレを連れて来れば良い肉盾……もとい、良い陽動になったかもしれ……いや、武蔵の恥部をさらすだけだろうな。と思い直し、再び砲を吹かす。

 

 

「おっとっとぉ!? んーこの前の時より速いんだねー? っていうか、気合が入ってる感、じぃ!?」

 

 

 吠えたばかりの竜砲が二、三と連発で唸り上げる。左右の翼状甲殻の付け根が嫌な音を立てて軋み上がるが、構うものかとウルキアガは突っ込んだ。

 

 巨大な金色のペンチの内側にニコラスの首を捉え、どこぞの家屋の壁に突っ込んだ。

 

 

「――『気合が入っている』、か。そうであろうな。拙僧が聞いたところ、『重双血塗れ(ダブルブラッディ)』・メアリは、妖精女王の双子の姉だそうだな?」

 

「そうだよー……え? まさかって一応聞くけど……それで?」

 

 

 粉塵が晴れ……しかし首を捕まえたはずが、ペンチの『上』にいるニコラスに舌打つ。国璽に一旦戻り、そしてまた身体を形成したのだろう。以前に見た、反則染みたその回避方法をどうするかと考えつつ、ウルキアガは笑った。

 

 

「Jud.! 無論、姉のため! この相対はその命を救うための聖戦(ジ・ハード)!! ……心せよニコラス・ベーコン! 覚悟せよ異端教徒ども! 今宵の拙僧は……先日の拙僧より数倍強い!」

 

 

 周囲からの隠れた視線が、隠しきれない侮蔑の視線に変わった気がするが気にしない。理解しない、出来ないとのたまう連中には姉キャラの良さを宣教するまでだ。審問官としての腕と器具が鳴る。

 

 

「えーなにそれー? あ、もしかしてー……メアリ様を好きになっちゃったとか!? うわぁお三角関係! ……あれ、三角関係で済むかな?」

 

「……ふん。浅はかな。姉は姉と言えど、我が友が惚れ、その想いを告げに行く相手だぞ? 恋も愛も、萌えもせんわ」

 

 

 たとえ、たとえ……。

 

 

 

「――点蔵の告白が、玉砕することが確定していてもだ! このキヨナリ・ウルキアガ、友の決意を侮辱することはせん!」

 

 

 

 ――思いっきり侮辱、してるよな。あの白いの。

 

 ――お母さん、アレなんていうのー?

 

 ――見ちゃダメ。ただのバカよ?

 

 

 わずかに開けた雨戸や、わざと閉め忘れた採光窓から来ていた視線が何故か減った。

 

 その『何故』がどうしてかはわからないが、ウルキアガは丁度いい、と眼を細める。己の戦いを見世物にするつもりはない。なにせ自分は異端審問官だ。拷問詰問は世間に晒すものではない。

 

 

 新しい審問官の武装を取り出し構え……突っ走って行った忍者()の背を思い出す。

 

 

(ふん……拙僧、貴様にもう一度賭けてやる。

 

 

 ――告白の成否に関わらず、救える命を掻っ攫ってこい点蔵……ッ!)

 

 

 

 賭けたものは男の矜持。友と共に育てた、『守る』というその信念。

 

 

 

 ……竜砲はいよいよ唸り、白き半竜もまた吠える。

 

 英国の空を我が物として、武蔵の飛竜が翔け誇る。

 

 

 

 ――何故だろうか。減ったはずの視線は多かった時の倍ほどに増え、閉め忘れた雨戸も増えている。 

 

 

 国璽と半竜は、それに構うことなく――夜空で幾度目かの激突を果たした。

 

 

 

***

 

 

 

「また、ずいぶん派手にやってるわね、あの半竜……」

 

「Jud. ――まあ、おそらくワザとでござろう。ウッキー殿がああやって大きく騒ぐことで警護詰所にいる警邏の人員も引き付けてくれているのでござる。でなくば、自分たちはこうまで易々と踏み込めなかったはずにござるよ」

 

 

 無音で走る点蔵のすぐ後ろを飛びながら、ナルゼは彼の答えに内心で舌を巻く。「まかせろ」と言うだけ言って早々に別行動に飛んでいったウルキアガに、彼女は訝しさしか感じられなかったのに対し、点蔵は「Jud.」と一言頷いてすぐに駆け出していた。

 

 英国に残留した面々で軽く打ち合わせをしたときもそうなのだが……この忍者とあの半竜は特に言葉を交わしていない。

 

 

(お互いが何をすべきか……わざわざ言葉にするまでもないってことかしらね)

 

 

 この差は男女の……というよりも、積み重ねた日々からくる理解の差なのだろう、とナルゼは判断する。

 ――『男の友情』という単語が浮かんで、そんな二人の周囲に薔薇の花が浮かび……次いで『次回作ネタキタ』と拳を握った彼女なんていない。いないったら、いない。

 

 

「……? なんでござろう、いまこう――背筋がゾゾゾッとしたでござる」

 

「なに? 後ろは特に問題ないわよ? アンタと半竜でネタ考える余裕すらあるんだから。……ちなみに、ヘタレ受けとヘタレ攻めどっちがいい? 慈悲で選ばせてあげるわ」

 

「もんだいっ! 問題大有りっていうかソレが問題!! 自分これから女性に告りにいくって忘れてござらんか!? あ、あと自分、ヘタレじゃないでござる!」

 

「いや、実際アンタ、ヘタレかけてたじゃない」

 

 

 それも、燻り……時間と状況のせいで危うく鎮火し(ヘタレ)かけていたところを、友人(止水)をしこたま殴って蹴ってやっとこさ再燃させた(ナルゼ・他多数視点)外道忍者だ。

 

 ぐむ、と言葉を詰まらせる点蔵にナルゼは気分をよくし、だが――

 

 

 

 

(『始まりの三人衆』ってありきたりなネーミング括りだとは思ってたけど……中々どうして、バカにできないわね)

 

 

 ――燻っていながら……あれだけの近接戦闘ができるだけの実力があることもまた、大変に癪だが認めなくてはならない事実だと気分を下げる。ようは±0だ。

 

 

 ……ホライゾンを喪って、守りの術式を己が身に刻んだ止水。

 

 それを知った二人の男(まだ少年という年齢だったが)は、誰よりも真っ先に憤り――そして、『止水に先んじて守る為の強さ』を、誰よりも真っ先に望んだ。

 

 

 その二人が、今ナルゼの目の前を走りながら小声で叫んでいる点蔵と、いま別所で騒いでいるウルキアガだ。放課後鍛錬を始めた最古参の三人を『始まりの三人衆』など、それに類する言葉で括ったのである。

 

 

(改めて考えると、止水って数字括りで名前付けられるグループによくいるわね)

 

 後悔通りの双主に始まり、梅組の平和三原者もそうだろう。マイナーな物もあげればまだ沢山出てきそうだ。

 

 

 話を戻して、ナルゼとマルゴットが放課後の鍛錬に顔を出し始めた時には、すでに『こいつらも逸般人か』とナルゼが本気で思うほどの実力者になっていた。

 術式もなにも使わずに体術だけで垂直の壁に立ったり座ったりできるとか最早変態の領域だ。同じく空を飛ぶ者として自殺行為としか思えない飛行をするウルキアガも同類である。

 

 

「この変態め……!」

 

「あのぅ……せめて、脈絡付けてから罵倒して欲しいでござ――……。

 

 

 

 

 ――――っ!? 上方!!」

 

 

 点蔵の小声文句が、なりふり構わない、よく響く鋭いものへ代わる。

 

 敵方に位置を気取られないための小声会話が必要なくなった……それが意味することは、一つしかない。

 

 

(お出ましってわけね……!)

 

 

 敵だ。

 

 相対すべき、英国の盾が来たのだ。

 

 

「「っ!」」

 

 

 右と左へそれぞれ回避し、刹那の後に石畳を砕いた物を確認する。殆ど埋まっているが短い棒状で――ナルゼが見覚えのあるそれに、強い笑みを浮かべた。

 

 

短矢(ボルト)……そしてこの垂直方向に強烈な加速は――)

 

 

 短矢の数は少なくとも十から二十。さらに建物の壁面に反響して位置特定は難しいが、また無数の射出音を耳が拾う。山形を描いて飛んでくる短矢たちは、不自然な軌道で再び点蔵たちへ降り注いだ。

 

 

「第二波!」

 

「Jud.! わかってるわ、よっ! 骨子の武器操作と卵子の荷重の合わせ技ってとこかしら。目視出来てないから狙いが甘いわ!」

 

 

 だが、それも直ぐに終わる。

 射出音はおおよそ前方……進行方向から聞こえた。記憶が正しければ広い空き地のような広場があったはずなので、まず間違いなくそこで待ち構えているのだろう。

 

 

 迂回は……しようと思えばできる。だが、あまり時間はかけられない上に、倫敦塔にたどり着くまでずっと追撃を警戒しなければならなくなるのは精神的にキツイ。その上あと一人……おそらく盾符でも一、二を争う実力者であるウォルターがこの先に控えているはずだ。

 

 

 近接型と遠距離、そして全体妨害にと、それぞれに特化した三人に合流でもされたら、それこそ詰む。点蔵の告白の成否どころか、メアリにたどり着くことすら叶わなくなるだろう。

 

 

 

 

「……点蔵。この先にある広場、アンタは最短距離を突っ走りなさい」

 

「えと、ナルゼ殿?」

 

 

 不意に上がった声とその内容に、点蔵は思わず振り返る。

 

 見えたのは、笑みだ。力強い女の笑み。

 梅組では結構頻繁に見ることができるそれを……ナルゼが浮かべるところを点蔵は初めて見た。

 

 

(――アンタ、『は』……?)

 

 

 それではまるで……いや、自分はそうしない(突っ走らない)と言っている。言い切っている。

 

 そして、それが現状あるただ一つの最善策だと……点蔵も判断した。

 

 

「……忝い……」

 

「やだ、気持ち悪い勘違いしないでくれる? ……私の功名のためよ。あの超対照の二人にはキッチリお礼参りしておかないといけないの。

 それに――アデーレが頑張って有耶無耶にしてくれた私の黒星、綺麗に漂白もしないといけないしね」

 

 

 英国に来てから、アデーレに迷惑かけっぱなしだから私。とナルゼは苦笑い。……ここでキッチリ勝って、その上で、今度なにか奢ろう。確か止水と点蔵の賭け試合で盛大に負けて食費が結構ピンチだったはずだ。

 私が英国の副副コンビに勝ったお祝い、とでも適当に託ければ、あの従士も付き合いやすいだろう。

 

 

「……自分、ナルゼ殿のことを勘違いしてござった。初等部の中頃、いきなり『アンタ犬臭い』と言われ、しかもそれが瞬く間に広がって定着し……この女は生涯の敵だと思ってござったが……」

 

「あ、私、点蔵関係の過去に拘らない女なの。だから忘れなさい。私も忘れるから」

 

「自分の過去限定!? やっぱり最悪でござるな! ああ色々思い出してきた……!」

 

 

 

 ――実際、本気で忘れていた事はこの際黙っておこう。

 

 そして。

 『敵』と認識しながら、苦手と思いながら。皆で集まる時、何かする時に自分を仲間はずれにしなかった……この犬臭い忍者への感謝も。

 

 

 

 道が終わり……広場へ。

 

 点蔵達からは思った通り、英国のダッドリーとセシルが待ち構え……ダッドリー達からは狙い通りに、点蔵とナルゼが路地から現れた。

 

 

「ききき、来たわね! せせせセシル! ぜ、全域荷重よ!」

「はんっ! そんなのこっちだって予想済みだっての……! 点蔵!」

 

 

 ダッドリーが吠え、ナルゼも吠え返し。点蔵はセシルの大きな身体が上昇するのを確認して、加速の一歩を踏み――身の沈みを得て減速に終わった。

 

 

(ぐっ、これが話に聞いた『己の荷重を分け与える術式』でござるか……!)

 

 

 点蔵は話をウルキアガから聞いていた。が、聞いていた以上にこれはきつい。というより半竜視点での結構余裕だったと語っていた友人に文句を言いたい気分だ。

 

 

 ――『何? きついだと? ふぅむ。しかし、拙僧は本気で余裕だったのだがなぁ…… 拙 僧 は。

 あー、いやいや、すまんすまん。種族が違ったかヌァッハッハ』

 

 

 想像の半竜が浮かべたドヤニヤケ面にイラッと来た。

 

 前に沈みそうに、そして下に止まりそうになる身体と足を無理やり前へと進ませ――。

 

 

「ぬっ!?」

 

 いきなり軽くな……いや、もとに戻った身体の重さに唸るように疑問を抱く。そして、何があったと視界の上、後方から空を覆ってくるように、黒い翼を見た。

 

 

「ナルゼど――」

 

「こっち見たら殺す!!」

 

 

 武蔵の女は怖い。名前を呼び振り返ろうとしただけで、いきなり殺害予告が来た。

 

 

「っ、いい!? 絶対、ぜっったいに振りっ返るんじゃないわよ!? か、顔とか見たら、本気っで! 私の全力を持ってアンタ、社会的にマジ564するから!」

 

 

 武蔵の女は怖い。この女が本気で社会的抹殺を企てたら、自分は末世まで自室に引き籠る自信がある。

 

 

 ……だから。

 

 

「……Jud.」

 

 

 ――だから、荒い息にも。歯を食いしばって聞き取りづらい言葉にも――点蔵は気づかなかった。

 気づかないのだから……振り返る理由もない。

 

 

 軽くなった足で、前へと駆ける。

 

 

 

―*―

 

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいい!!!

 

 翼、翼がもげるぅ!! あっ、こ、このバカ忍者! いきなり加速しないでよ! 「……Jud.」じゃないわよ! アンタ今私の翼の下にいるから荷重軽減できてんのよ!? わかってんの!?

 

 

 ぬぁぁぁあああああ!!! いいわよこん畜生! やってやるわよ! やればいいんでしょやれば!!! あとたかが二十歩でしょ!? 楽勝で……ふざけないでよ倫敦! なんで十歩じゃないのよ!?

 

 

 っていうかこの広場知ってんのよ! 十九! マルゴットと一緒に止水を連れて回ろうって計画立ててここゴールにして……回れませんでしたが何か!? 十八! この先のアーケード商店街にいい感じのお店があって、そこで『はい、あーん。とかしたいなぁ』ってマジレスしてきたマルゴットに萌えたわよ! 十七飛んで十六十五ぉ!!

 

 

 足重い! っていうか体全体が重い! 帰ったらダイエットするわよ! 十四って……誰の体が重いだとコラぁ!? 軽いわ! 「お前ちゃんと飯食べてるか?」って止水に心配されるくらい軽いわ! 十三! 十二ぃ! 本気の心配顔にドキッとしたのは内緒!!

 

 

 そ、そうね十歩、十歩いったら自分にご褒美! なにがいいかしらってもうこれ九歩! ご褒美きた! そうあれ! 腕枕、あ、違う! 胸枕がいい胸枕! 止水胸が頭のほうでマルゴット胸は抱き枕よ! ヨッシャア気合い入った八・七・六歩ッ!

 

 

 五――だから速いって言ってんのよこのバカ忍者! そしてなんで私も羽前に伸ばしてんの!? バカなの!? 四、四くっは痛い痛い翼軋んで、これ脱臼()ける! 脱臼癖ついたらどうしてくれんのよ!? 三、三行った! も、もう良いわよね? 私頑張ったわよ? 超頑張ったからもう、もう……

 

 

「くっ……!」

 

 

 良いわけ、ないでしょうが……! 二! もう走れてないわよ、文句ある!? 歩けてすらいないわよ……殆ど、倒れる途中の足のもつれよ……!

 

 

 でも、でもっ!

 

 

「……なめん、なぁぁあああ!!!!」 

 

 

 ふ、踏み込んだ足から変な音聞こえたぁぁあ!?

 

 くっそ、さっさと行きなさいよバカ忍者! 行って告って、盛大にやらかして、そして+1で帰ってきなさい!! でもアンタどうせダメだから、パシってあげるわ!! 

 

 行け、パシリ成功率100%のジュースを三分以内に買ってくる大臣!!! 振り返らず、突っ走れ……!

 

 

 

「点、蔵っ!

 

 『彼女』、『三分以内』ね!」

 

 

 

「っ! 委細、承知!!」

 

 

 あれ、この言い方だと私が彼女欲しがって……いいや、あとは知らない。もう野となれ山となれ、ってね。

 

 

 さて、と……それじゃあ、最後。

 

 

 

 『 一 』……っと。

 

 

―*―

 

 

(ま、まさか……!)

 

 広場を駆け抜ける忍者と、崩れ倒れる黒翼を目に、ダッドリーは眼を見開く。セシルの荷重術式をその身に受けながらこの広場を横断しきるとは思ってもみなかった。

 

 ……黒翼を屋根にした際、『悪あがきを』とさえ思った。そして、すぐに潰れるだろうとも。

 

 だが、結果はどうだ。あの女はやりきった。誰がどう見てもみっともなく走り切り、受け身もなにもない転倒を今しながら……しかし忍者を走らせた。走り抜かせた。

 

 

「だっどりー?」

 

 その行動に、その姿に――なにも思わないわけがない。自分たちの防衛を超えられた悔しさ。セシルの術式を超えた驚愕。そして、その姿を見て熱くなった自分の胸中。

 

 ……だが。

 

 

「せ、セシルは荷重を続けてっ! あああああの忍者は私がぁ!」

 

 

 だが、彼女にも意地や覚悟や矜持があるように。ダッドリーにもそれがある。

 

 ――『盾』の名を持つ者の一人として。そして、英国の正義(巨きなる正義・旧代)を預かる者として。

 

 

「い、いい一斉射出ぅ!!」

 

 

 用意した二十台のボウガンから二十の短矢が一斉に放たれる。背面からであるため殆どの急所は狙えないが、足止めさえできれば続く第二射で十分に仕留められると、ダッドリーはそう考えた。

 

 

 だが……壁を蹴り、天井を蹴り、柱を蹴って。四面の全てを道と変えて回避した忍者に掠らせることもできず。

 

 ありえないと叫ぶ間も無く、点蔵がさらに速度を上げる。

 慌てて第二射を装填するがすでに遅く……忍者の姿は夜の闇に消えて行った。

 

 

 

「ににに人間の動きじゃないわ……!」

 

「そりゃそうよ。アイツは忍者、しかも頭に変態が付くくらいのね……! それに、ズドン巫女の鬼連射に比べたらそんなチンケな短矢、ものの数じゃないのよ!」

 

 

 荷重の中、両手を突いて身を起こしたナルゼが笑う。……汗や土埃で汚れているが、それは間違いなく勝者が浮かべるものだった。

 

 

「くっ……ままままだよ! この先にはウォルターが控えてるわ! あああ貴女を早々にささ再起不能にして援護に行けばいいだけよっ!

 セシル! 荷重を集中させて一気に押しつぶしなさい!」

 

「てす! つぶすのー!」

 

 

 セシルが更に上昇し、本来不可視の術式が目に見えるほどの密度となってナルゼに降りかかる。

 

 

 ――勝ったけど、負けた。

 

 内心に苦いものがこみ上げるが、それでもナルゼは歯を食いしばって飛びそうになる意識をつなぐ。首は上がらなくとも眥をあげて、英国の盾を睨み上げる。

 

 石畳が割れ、蜘蛛の巣状のヒビが走り……。

 

 

 

 ナルゼの身に降りかかっていた荷重が、その全てが……唐突に消えた。

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 しかし、その疑問の声は消えて体が軽くなる……その直前。

 

 

 

 ――睨み上げた視界を遮るように広がった、綺麗な『緋色』に対してだった。

 

 




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