境界線上の守り刀   作:陽紅

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……説明が長いですよ正純パパと小西七福神さん!


三章 刀、被る  【下】

 

 息が弾むのを自覚する。

 

 正純は自身、同じクラスの戦闘系たちには当然及ばないものの、非戦闘系の中ではそれなりには動けるほうだと思っていたが――森の中を歩くという行為に、使い慣れない筋肉を使って疲れているらしいことを判断した。

 

 

 誰もいない森。自分だけしかいない森。

 

(……近道なんて、しようと思わなければよかった)

 

 脳裏にふと、迷子の文字が浮かぶ。しかし即座に頭を振って否定。しかし直線距離を目安にしていれば距離的にはもう着いていておかしくないのだが。

 遠くから聞こえる生活音が、不思議とそれを助長してくるからさらに困った。

 

 

「――まるで、自分から神隠しになりに進んでるみたいだな、これ」

 

 

 苦笑しようとしたが、出来なかった。

 神隠し。言葉を変えた怪異に、『公主隠し』なるものがある。

 

 一年以上も前になるが、正純の母を失踪させたのが、それだ。あの日のことは今でも当然覚えている。家の周囲の人だかり、家の中の奉行担当の自動人形たち。

 

 そして――不気味な血印の、二境紋。

 

 

 あの時の喪失感はぬぐいきれるはずも無く。後にしみてきた後悔は、忘れられるはずも無く。

 だからだろうか、武蔵に来て一年経った今でも、一人になることに僅かな恐怖を感じ、またそんな時間を作りたくないとも思っているのも。

 

 だからこそ、何かと気にかけてくれる青雷亭の店主やその従業員である自動人形。そして、同じく自身の秘密を知って、何かとサポートしてくれるために何気なく近くにいてくれる止水に、正純は感謝していた。

 

 

(絶対、言おう。日頃の感謝。むしろなんで今まで言わなかったんだ私は……)

 

 恩を仇で返すつもりはない。だが、恩に対しなにもしないまま、というのも十分恩知らずといえる。

 

 恩知らずにはなりたくない。なりたくないので、まず止水に会わなければならないのだが……。

 

 

(通りは――どこだろう……)

 

 

 少しばかり涙目なのは、きっと気のせいではないだろう。

 事実、若干焦っていた。

 

 

 しかし、青雷亭の店主の言葉を思い出し、一歩一歩と進んでいく。

 

 店主が言っていた、みんなにもう一歩近づく、とはどういう意味なのか。

 そして、先ほどマルゴットが言っていた、トーリと止水の二人に会え――それが何を指すのか。

 

 それになんの偶然か、自分には二人所縁のものが一つずつ。

 

 

「あ」

 

 

 正純の顔に希望が光る。視界が開け、一件の休憩小屋が現われた。

 

 

(じ、人工物!!)

 

 教導院から見たことがある屋根を見て、大げさなまでに安堵する。

 少し足早に小屋へと近づき、ほっと一息。何時だったか、誰からか聞いたことがある。後悔通りのすぐ脇にある小屋がこれならば、後悔通りはすぐそこだ。

 

「……御霊平庵――鎮魂のための小屋、か」

 

 

 鎮魂。死した人の魂の、安らかな眠りを祈る場所。

 そして、木々の向こうにあるであろう、後悔通り。

 

 何故、後悔通りなどという、縁起の悪い名で呼ばれているのか――正純はなんとなく、予想が付いていた。

 

 ――通りの脇にある石碑、そこに、一人の少女の死が記されている。

 

 それを悔やみ、後悔し……それが名となったのだろう……と。

 

 

 

      ――この子の 十のお祝いに 両のお札を納めに参ず――

 

 

 

「――P-01s、か? ……今日は何だか、彼女の声をよく聞く日だな」

 

 

 正純とP-01sは二人揃って一年前、この武蔵に来た。止水に緊急搬送されて初めて出会い、女であると秘密を知っている数少ない存在。

 声を交わす機会も多くなった。本を貸したりもしているし――今日に限っては、余り人に見せない弱さを見せている。

 

 

(……友達、といっていいの、かな?)

 

 そう思ってくれていれば、嬉しいが。

 

 やっと舗装され、整備された地面に足をついて人心地につく。

 

 

 マルゴットの言葉が正しいなら、通りのどこかにトーリがいるはずであり、正直持っていれば風評やらが大変まずいことになりそうなこの小包を早々に渡してしまいたい。

 しかし、教導院に確実にいるであろう止水に着流しを返して、お礼を早く言いたいのも事実。

 

「この小包をもったまま止水に会う?」 

 

 

 ノー。絶対にノー。 断じてノーだ。あれに冷たい目で見られたら立ち直れる自信がない。

 最優先事項をトーリに定め、再び足に活力を送り――

 

 

 

 一歩踏み出すことも無く、目の前に止まった馬車に遮られた。

 

「一体、こんなところで何をしている。正純」

 

 馬車から発せられた声は、よく知った声。だが正純にとっては、全身に緊張を強いるものだった。

 

「(父、さん)……あ、いえ! まだ武蔵のことで分からないことがありましたので、実地で調査をと……」

「ふむ……では、お前の出てきた森にあった休憩所について、何か分かったことはあるか?」

「? ――あの休憩所が、なにか……」

 

「……勉強不足だな。何一つ、理解がないとは」

 

 

 答えは言わない。問い掛け、知らなければ落胆し――そのまま。

 ほめてもらったことなどない。そして逆に、叱ってもらえたことも、ない。

 

 正純が『本多 正純』を襲名できなくなってからは、特に。

 

 

「しかし御子息。これはまた凄いお品を持たれてますねぇ」

 

 

 はい? と声に出さなかっただけ満点だろう。父の向かい、おそらく父の客人の存在に一切気付かなかった。

 

 無論、要人送迎の馬車だ。窓を閉め切ってしまえば中の様子など分からない。気付かなくても無理はないが。

 

 

 そんな窓を下ろして顔を出したのは、宝船にでも乗っていそうな七人衆の一人にでも居そうな、縁起の良さそうな初老の男だった。

 正純は知っている。その男は武蔵でもトップクラスの商家の長だ。武蔵の政にも大きな発言権を持ち、武蔵だけではなく、個人で各教導院にパイプを持っている。

 

 好々爺とした笑みの通りの人格だが、その手腕で不動の地位を築いた傑物だ。

 

「私の商いでは、『そういったモノ』も取り扱ってましてなぁ。――『初回版』とはまたレアな。それにそちらの緋色の衣……」

 

「へ? あ。いえ、これは……!」

 

 

「よく分からんが、差し上げろ」

 

 

 できない。――父の命令に、心は真っ先に反対していた。

 片方は正直今すぐにでも投げ捨てたい。というより、よりにもよって『こんなもの』に目を付けられるとは思わなかった。

 

 しかし、もう片方は……駄目だ。絶対に。

 

 

「し、しかし……これはどちらも、その、友人のもので……」

「正純」

 

 

「うをぉお~いセージュ…ーん」

 

 聞こえたのは、またよく聞きなれた声。それは聞こえたら何かと苦労を覚悟させられるモノ。

 だが、何故だかどうしてか、今にも死にそうな声ではないか。

 

 どこからだ、と探す前に――視界の下からヌゥっと現われた顔色真っ青のトーリが現われた。

 

「ひぃ!? おま、葵、か?」

「おうよセージュンアリガトないい仕事だ今夜中にやりきらなきゃいけねぇのに○●コンビが届けてくれなくて困って思わず徘徊してたんだよオレ!」

「か、顔色が相当悪いが大丈夫かお前……何かあったのか?」

「気にスンナよちょっと軽く走っただけだから! でもおかしいよなこのあたりに花畑なんてあったっけ……?」

 

 おまえそれ末期だ。というツッコミは入れない。それだけで本当にお花畑に直行しそうなほど弱っていた。

 

 ……末世の前にトーリの末が先にきそうである。

 

「それよりセージュン聞いてるか!? オレ明日惚れた女にコクるんで今夜教導院で馬鹿騒ぐんだけどお前も来いよ!」

「は? いやできるか! 校則違反だ! それに、家の位置の問題もある。夜は三河の花火を見にいく!」

 

 

 多分、一人で。……花火も別に見る必要ないかも知れない。

 

 

「そうか残念だぜオレのコクる人セージュンも知ってる人だから参加してほしかったんだけど予定あるならしゃーねぇよなうんしゃーないぃぃ!!」

 

 と、そろそろ魂が肉体を強制パージしそうな声を出しながら、正純から小包を引き剥がすように受け取ってフラフラと走り去っていく。

 

「私の知ってる人って誰だ葵!? まて、それ、私に迷惑掛からないよな!? おい葵!」

「知ったことかぁぁああ!!!」

 

 

 それ総長じゃなくて番長だぞ……というつぶやきは届かず。

 何ともいえない沈黙だけが、車上の二人と正純の間に残った。もっとも、それをそうと意識しているのは正純だけだったが。

 

 

「後悔通りの主の一人に、まさか現場で会えるとは……もう十年ですか」

「後悔通りの、主……」

 

 

 七福神(仮)は正純の父、正信に視線を送り――目を閉じて黙り込んだ彼を認め、語り始めた。

 

 

「あそこにある石碑、ごらんになられると宜しい……昔、ここで一人の女の子が事故でなくなりましてな……まあ、公にはなっておりませんが……その女の子の名が、ホライゾン・『アリアダスト』」

 

 石碑に刻まれた名は、ホライゾン・『A』。

 

「アリアダストって、教導院の……」

「三十年前、元信公が三河の頭首になった際に、松平家の名を逆さ読みにし、更に頭の一文字を削ることで聖連への恭順を示そうとしたのですな。MATSUDAIRA(マツダイラ)からARIADUST(アリアダスト)とし、松平の(カバネ)の加護は不要、と」

 

 

「無論、聖連は元信公の意思を認め姓を戻させましたが、そのアリアダストの名はいくつかのものに残されることになったんですな。教導院しかり。そして、その名を用いる子というのは――」

 

「お前も聞いたことがあるはずだ、正純。三河の元信公には――内縁の妻と、子がいたと。……その子の名が、『ホライゾン・アリアダスト』だ。よく、覚えておくといい」

 

 父が初めて説いてくれた。その事実に気付いたのは、もっと後のことだった。内容が唐突過ぎる。唐突過ぎる上、おいそれと口に出していい類のものではない。

 

 しかし、父の初めての説いは、まだ続きがあった。

 

 

「ホライゾン嬢の遭った事故を起こしたのが、当時武蔵の改修を決めた際の式典に向かう途中だった――元信公の馬車なのだ。遺体は三河の松平家に引き取られ、遺品も何も武蔵には来なかった。公に出来ぬ理由がこれだ――なるほど。明日で、丁度十年、墓参りにでも来ていたのか……」

 

「私達にとっては昔のことですが――後悔通りの主の一人にとっては、後悔のリアルタイムなんでしょうなぁ……結論だけ言ってしまえば、彼がホライゾン嬢を死なせてしまったんですから……」

 

「彼が、死なせた? それはどういう……」

 

 二人は口を閉ざす。……その問については何も語る気はないということだろう。

 その二人が閉じた目は、一体何を見ているのだろうか。その瞬間か、はたまた、この十年間か。それとも――。

 

 

「で、では、皆が言っていた踏み込めといっていた秘密、というのは……」

 

 

 思わずつぶやいた言葉。

 

 一歩、進んでみろといった女店主、皆に『知れ』と背中を押された、その知るべき秘密。

 

 

「……後悔の主である、葵・トーリの後悔ですな……『後悔・トーリ』という、言葉遊びの二重の意味で……彼自身も重傷を負って、ホライゾンと共に三河に運び込まれました――ですが、武蔵に戻ってきたのは治療の麻酔で眠らされた彼だけ。……あとはずっと、後悔の十年でしたでしょうな……」

 

 

 それが、葵・トーリの秘密。皆が知れといっていた、武蔵の秘密。

 それだけを背負って、それだけの後悔を抱えて、何故、笑えるのか。それだけのことを起こして、何故、誰もがトーリを支持するのか。

 

 

 

 

 後悔通りと、トーリ。しかし、皆が言っていたもう一人の名が、二人の説明の中には出てきていない。

 

 そして何より……。

 

 

 

「……後悔通りの主の『一人』とは、どういうことですか? まるで、葵だけでは無いような……」

 

「そうです、一人ではありません。後悔通りの()主。……つまりは二人の主がいるわけですな。一人が、いま言った『後悔の主』である葵・トーリ。

 そしてもう一人が……この十年間、この後悔通りで武蔵を守り続けてきた『通りの主』――御子息が持っておられるその緋衣の持ち主である、守り刀の一族の、止水さんです」

 

 

 思わず緋衣を見直した正純を見て、小西も正信も、それに倣う。

 

 

 

「……守り刀の一族とは、一体なんなのですか? それに、武蔵を守り続けてきたというのは……?」

 

「その疑問は、私達の口からは言えん。だがそれでも知りたいというのなら――踏み込むがいい、正純。彼らの後悔の行き場に。――そろそろ会合に遅れる。……学べよ、正純」

 

「おお、つい長話を――では御子息、またいずれ」

 

 

 そのまま、馬車が走り去る。正純はただそれを、緋衣を抱えたまま見送った。

 

 

 

「私はまだ、何一つ分かってない……ということか」

 

 

***

 

深まり

 

動き出し

 

 

 それは、少しずつ近づいてくる

 

 

配点【物語の加速点】

 

 

***

 

 

 空を一隻の船が行く

 

 それに対するように、もう一隻の船が来る。

 

 

 日が沈み出し、空に朱と青が彩りを競い合う三河西南のその十分な空域で、両艦は態々、ギリギリぶつかるか否かの距離をすれ違っていく。

 

 一方にして、武蔵アリアダスト教導院の校章を掲げる警護隊の艦が西へ去り。

 対し、三征西班牙(トレス・エスパニア)のアルカラ・デ・エナレスの校章を掲げた艦が来る。

 

 去り行く艦の中に居る一人の人物に、来たる艦の二人が目を細めていた。

 

 

「……あれは――」

「Tes. ……東国無双・本多 忠勝の娘、本多 二代です」

 

 金髪の美丈夫はなるほど、と相槌を打ち、僅かの間に見えたその姿を追うように、去っていく艦を見送る。

 その隣に、両腕を巨大な盾のような――分厚い装甲を有する義腕を携えた少女がひっそりと寄り添っていた。

 

「どちらにもお会いしたことはありませんが、なるほど、あの人が……本多様は御息女への襲名を考えているのでしょうか……」

「どうでしょう。考えたところで、無駄になることもありますし――そんなことより」

 

 何ですか? と男が振り返りつつ視線を下に、少女へと向ける。少女とは言っても、幼さは無いが……長身の男の隣に立っている所為か、幼さが強い。

 幼さが強いからこそ、その双義腕が異彩を放っていた。

 

 

「もっと、もっと堂々と前を向いて御立ちください。西国無双・立花 宗茂さま」

 

「わかっていますよ、誾さん。――今の私の役目は、三河や教皇総長に対する牽制です。……戦うだけしか能の無い男が、随分と政治的な価値を持つようになったものです」

 

 宗茂がかすかに混ぜた自身の自虐。それに、少女は態々前に回りこんで、覗き込むようにその顔を見上げる。

 

 その表情は、どんな感情の色も表現はしない。しかし、僅かに揺れている瞳の色が、かすかな不安と、そして僅かな悲しみを見せている。

 

「……お勝ちください。宗茂さま」

「……」

「お願いです。どうか――私を悲しませないでください」

 

 

 ほんの少し、時間を置いて。寂しげに揺れる、その義腕の指先に苦笑して。

 

 男はただ、Tes. とだけ答え。

 

 少女と手を繋ぐことで返事を返すことにした。

 

 

 

 

「――恥ずかしいのですが」

「そうですか? 私は嬉しいですが」

 

 

「…………Tes. 」

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

実は正純パパのことは、ツンデレパパだと勝手に妄想していたり……

 そして初登場 立花夫婦――描いている最中、お前らもう結婚しろよって内心で思われるほどの砂糖濃度が出てしまい、「もう結婚してるじゃん!」ということで濃度を薄めました。

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