境界線上の守り刀   作:陽紅

108 / 178
十二章 火種を抱く者たち 【壱】

 

 

認められないモノがあり

 

認められぬモノがいるなら

 

 突き動かすモノが胸に灯る

 

 

 配点 【始まりの火種】

 

 

 ***

 

 

 

 『歴史再現』

 

 それは人が……人間が地球上に発生し文明を築き上げてから、空を超え、やがて天宇宙へ至るまで辿ってきたその歴史を文字通り、現代で再現することである。

 もう一度人々が宇宙へ――神の領域へ、還るために。

 

 そして、その歴史再現のシナリオが記されたのが聖譜テスタメントであり、そのシナリオが記されなくなったが故に、世界の崩壊……つまりは末世が訪れるといわれている。

 

 ――と。そんな世界的に常識的な情報を、酔いによってわずかに鈍っている思考で思い出す。

 

 

(でもやっぱり俺ぁ、嫌いだぜ。歴史再現ってやつがよ)

 

 

 

 ディエゴ・ベラスケスは咥えていたパイプを一旦外し、舌と喉に馴染んだいつもの酒を、夕日に眼を細めながら流し込む。

 長寿族として一般人種より遥かに長い寿命を持ち、そして事実長い時間を生きてきた彼は――声にも表情にも出さず、世界の常識に向けて悪態をついた。

 

(好きなように、思うままにやりゃあいいんだ。それで出た結果なら、いろいろ思いはするだろぉが受け止められるってのに……)

 

 

 彼は長い時の流れの中で、それはそれは多くのものをその眼で見てきた。楽しいことも悲しいことも、笑った顔も悔しさにゆがんだ顔も。

 

 

「うぅ……」

 

「……ったく、呑もうって誘って来た本人が真っ先に潰れるんだよなぁ。……酒、弱いくせによぉ」

 

 数本の酒瓶と数枚の肴の皿を挟んだそこで寝ている――倒れているとも言える――野暮ったい眼鏡の……どこか冴えない印象の中年男。

 いつも浮かべている苦笑のような笑みはなく、嫌な夢でも見ているのか、眉を潜めて時折魘されている。

 

 

「うぅ、ご、ごめんフアナくん……掃除が終わったらすぐに、すぐにやるからぁ……」

 

「……『不憫』以外の言葉が浮かばねぇよ、大将」

 

 

 この魘されている中年が、まさか三征西班牙トレス・エスパニアの総長兼生徒会長、フェリペ・セグンドだとは誰も思うまい。

 実際、先に部屋の中にいたのに『いつからそこに!?』がかなりの頻度であるのだ。新入生にはよく『掃除のおじさん』と清掃員扱いまでされ、その度に寝言にも出てきたフアナに……。

 

 

「いんや――不憫、なんて言葉じゃ、済まねぇか」

 

 

 苦味の強い苦笑をわずかに浮かべ、ベラスケスはまた酒を呷る。

 

 ……そもそもベラスケスは昔から、歴史再現に対して良い感情は抱いていなかった。実家の部族から追い出されるほどに自身の考えが()()捻くれているという自覚はあったが、それでも『気に食わない』と、明言こそしないが常々思っていた程度だった。

 

 

 ――それが、明確な嫌悪の感情に変わったのは……やはり、25年前のP.A.Odaとのレパント海戦からだろう。

 

 

 『厳島の戦い』との合わせた二重の歴史再現――しかしその歴史は守られず、三征西班牙トレス・エスパニアが多大な損害を被った。隆包、房栄をはじめ……多くの襲名者が命を落とした、思い出したくもない戦争だ。

 

 誰がどう見ても、なにをどうしても、あの海戦は自分たちの大敗だった。

 だが、P.A.Odaが歴史再現のために『敗北』を宣言し……三征西班牙トレス・エスパニアが『勝利』したことにされてしまった。

 

 

 ……それが罷り通ってしまうのが、歴史再現なのだ。

 

 

 そして、隣で魘されている男が、そのレパント海戦で唯一指揮下の艦隊を生存させた指揮官であり、そのことから " 英雄 " と称されている。――いるのだが、それを言うとひどく悲しそうに笑うから、今では誰も口にはしない。

 

 

「でも、それももう終わりだ。――そうだろ、大将?」

 

 

 次のアルマダ海戦は、歴史的に負けなければならない。その上、三征西班牙トレス・エスパニアはそこから国として衰退の道を歩まなければならない。

 

 ……何度も言うが、ベラスケスは歴史再現が嫌いだ。

 

 

「今度は俺たちだ。俺たちが、心から勝って、その上で負けてやろうぜ?」

 

 

 残った酒を、一気に飲み干す。当然酔いの波も強く来るが、今はこれが丁度いい。

 

 ――何せ、これから国の未来を賭けた祭りが始まるのだ。素面でいる方が、無粋というものだろう。

 

 

 

 

 

   ――「……誰か、" あの人 " を見ませんでしたか? 夕方からアルマダ海戦の最終打ち合わせがあるとあれほど……」

 

 

「おおう……さ、さぁて、と。俺もそろそろ支度すっかなぁ。うん」

 

 

 

 

 夕暮れに女教師系副会長の説教が轟いたのは、髭面の絵師が退散した数分後だったそうな。

 

 

 

ー*ー

 

 

「? この声……フアナ様と、この情けなさが混じった哀愁感のある悲鳴は総長ですか。まだ陽もある内から叱責御説教プレイとは、流石ですお二人とも」

 

 

 彼女を知らない者が見たら、この人は何を言っているんだろうと訝しむだろう。

 彼女を知る者が聞いたなら、ああ、いつも通りだ平常運転だ、と軽くスルーするだろう。

 

 そんな彼女――立花 誾は、総長連合第三特務としての鍛錬や役割の合間を見つけては、一日も欠かさずある部屋へ訪れていた。

 

 

「……私たちも、ああいうことを……その、やるべきなのでしょうか。どう思いますか? 宗茂様」

 

 

 座っている椅子は、ベッドに限りなく近い。声が届かないわけがないのだが……それでも、返事が返ってくることはなかった。

 聞こえるのは、規則正しい呼吸。そして、彼の両脚の治療に使われている医療術式の作動音だけ。

 

 

「宗茂様……」

 

 

 担当の医師が言うには、両脚の経過は良好らしい。リハビリは必要だが問題なく歩け、運動もできるだろうとのこと。

 それに安堵した誾は、それで満足した。

 

 

 満足して……『戦うことは?』と――その一言を、問うことができなかった。

 

 

 もしも、否定されたら? 返す言葉を濁されたら?

 そう考えると、不安でたまらなかった。彼が……宗茂が自分から離れ、遠くに去ってしまうのではないかと。ともに、居られなくなるのではないか、と。

 

 

「庭の菜園に植えている春野菜、収穫しておきました。宗茂様のお好きな料理、いっぱい作ります」

 

 

 

「……そうでした。近所の方が、旦那は大丈夫かい? と、朝夕二回は必ず聞いてくるのです。お礼の品は私がしっかりと用意しておきますから、ご安心を」

 

 

 

「…………今日の、あの――そう、夕日が、きれいですよ? きっと、家の縁側で見たら、それは、きっと……」

 

 

 

 返事は、ない。返ってくるはずがないとわかっていても、その事実が、心に重くのしかかる。

 

 

「……私は、これからアルマダ海戦へ往きます。戦いに、往きます。西国無双の、()()の妻として。西国無双の名を取り返してきます。だから……」

 

 

 誾は言葉をそこで切り、自身の体格と大差ないその義腕を空に翳す。術式使用の表示枠が現れた。

 『録音開始』と、表示枠の文字が変わる。

 

 

 

「んん。……宗茂様、おはようございます――の時間かどうかはわかりませんが、起床の挨拶として受け取ってください。私はこれから、アルマダ海戦へ出場します。本多 二代と、守り刀の止水に『おい、決闘(デュエル)しろよ』してくるつもりです。

 だから――どうか私の帰還を、ここで待っていて下さい」

 

 

 ……ご理解、いただけただろうか。

 ツッコミ役が不在なのである。なにが『だから』なのか、説明が過分に不足していた。

 

 

「もしかしたら、宗茂様が寂しがって後を追ってこないとも限らないので、拘束術式を施しておきます。『誾さん愛してますアモーレ』を……そうですね、一定以上の声量かつ一息で五回連呼したらベッドから出られる様にしておきます」

 

 

 ちなみにここまで、誾は真顔から一切表情を崩していない。ほんのり微笑を浮かべた気もするが――ふざけている様子は欠片もなかった。

 

 

「うぅ、くッ……!?」

 

(宗茂様……嫌な夢、でも見ているのでしょうか? 私と離ればなれになる夢、と思うのは、少し乙女が過ぎますね)

 

 

 ……セグンドに止められて未遂に終わったが、以前誾が少し伸びた髭を剃ろうとした時にも似たように呻いていた。

 剃刀(刃渡り40cm、幅10㎝、厚さ3㎝)が身動きした彼の頸動脈に当たりかけてかなり焦った。その後、寝ながらも私をドキドキさせるなんて、と誾は夫に頬を赤らめたものだ。

 

 

(それからというもの、何故か総長が宗茂様の髭剃りをやたらとお望みに……!? ま、まさか、フアナ様がいながら総長には男色の気も……?)

 

 

 少し注意して、と見当違いも甚だしい思考のまま、録音を終える。できるなら、彼がこれを見聞きする前に戻ってこれれば、とも考えながら。

 

 

 

「……そろそろ、時間ですね。では――行ってまいります。宗茂様」

 

 

 ……再び穏やかな呼吸に戻った男の顔に、女は顔を落とす。

 触れる部分は極僅か。一秒、二秒と過ぎて、彼の寝息が少し乱れて、彼女が満足するまで。

 

 

 ……西国無双の妻として狙うは、武蔵の副長。

 

 ――立花 誾という一人の武人として狙うは、武蔵の最強。

 

 

 少し朱を帯びた顔を上げ、深呼吸を一度挟み……立花の武士は、決意を胸にその眼を開いた。

 

 

 

 

 もっとも――求めた敵の一人が、海戦に参加すらできない状態だということは、他国の所属である誾には当然知る由もない……。

 

 なにせ、同時刻……当事者である本人ですら、その事実を知らなかったのだから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……ふう」

 

 

鍵盤を叩いていた指を一旦止め、空を仰いで小休止。……まだ茜色の強い空だが、もうそろそろ藍色が混じりだすことだろう。

 

 

「空の描写……は、まだいいかな。そこまで進んでないし。っていうか、あり得ないくらい圧倒的に資料不足なんだよなぁ……いままで幾つか書いてきたけど、これは本気で、完結させられる自信がないや」

 

 

 愚痴と弱音を一言ずつ――眼鏡を外し、右手で眉間を揉む。視界に入った肌には術式の施された包帯が巻き付けられ……見た目的にもネタ的にも、色んな意味で痛々しい。滲むように立ち上る緑色の光は、しかし慣れた今では『なんで、なんで黒じゃないんだ……!』と、どうでもいい文句すら言えるようになった。

 

 

 マクベス。シェイクスピアが手掛けた、王を滅亡へと誘う悲劇術式。彼の、ネシンバラの右手にかけられたその呪いは、いまだに健在だった。

 

 

「……っていうか、仮にも同盟国になったんだから、これも解除してくれたっていいだろうに」

 

 

 トーリ()の近くにいられないことはもとより、マクベスが止水の……守りの術式をその標的にしないとも限らない。

 誰よりも強いくせに、矛盾するように誰よりも容易にその命が奪える止水。最深の加護は、鈴とミリアム、そして正純の三人だ。鈴や正純は意外と動き回っているから場所の特定が難しい。その上、近くには大体実力のある誰かが付いている。

 

 

「……だっていうのにヅカ本多君は他国に単独特攻しちゃったけどね。理解してるけど、まだそこまで実感が湧かないのかな。浅間君がその辺、お説教してくれてるといいんだけど」

 

 

 だが、最後の一人……ミリアム・ポークウ。彼女は下半身の麻痺で車椅子の生活を余儀無くされている。そのため自宅学習という特例の措置が認められており、一人でいることが多い。

 最近では同居人である東が時々連れ出し、霊体の少女と一緒に武蔵の至る所でアットホーム家族っぷりを見せているらしいが、基本的には自室にいる。

 

 

 もし……守りの術式を()()ならば……。

 

 

 

「……これをマクベスが実行に移す前に、決着を付けないといけない……っ!?」

 

 

一応として『こんな危険事項があるぞ』という報告を生徒会・総長連合並びに役なしの実力者達へ送り……直後、右手がネシンバラの意思に反して動き出す。

 

 

「まさか、暴走!? くっ、側には誰もいないはずなのに! 表示枠なんか開いていったい何を……ッ!? 収まれ、収まるんだ僕の右腕……! そんなことをしても金の無駄だ!」

 

 

 『前年度・世界が泣いた! 泣きエロゲTOP5詰め合わせセット:39800円』

 

 

 誰がどう見ても通神販売のR元服のコーナーの特集だった。しかも購入画面は最終段階……お届け先は総長連合生徒会とあり、届けばほぼ確実に全裸の目に付くだろう。そしてこっそりやろうとして見つかって、エロゲ毒味役である巫女、浅間 智に没収されるのだ。

 

 

「注文履歴で僕だってバレたら諸共ズドンされるんだぞ!? 寄生してるならしてるで僕の安全を……」

 

 

 噂をしていたわけではない。一人でいることが増えたが故の独り言だ。だが、やはりこういう場合は『お約束』なのだろう。

 

 

「あの、ネシンバラ君? 夕方とはいえ……往来で何一人芝居してるんですか」

 

 

 

 浅間 智(ズドン 巫女) が 現れた!

 

 

 

  たたかう  なかま

  どうぐ   にげる

  \(^o^)/

 

 

(……どれを選んでも、結局同じ結果じゃないか)

 

 戦って勝てるはずもなく、仲間はみんな外道。道具なんて使う間もなく、逃げたら背中がズドン。

 どの道結果はみんな『\(^o^)/』へと繋がっているんじゃないか、と、心のカーソルを一番下へ。

 

 

 

「もう、探しましたよ? ネシンバラ君、通神の通知を完全消音にしてるから、いくら呼んでも出てくれないし、地味に隠密スキルあるから探知しづらいしで……」

 

「……浅間君。それ、僕が『地味に影薄い』って暗に言ってないかい?」

 

 

 まあまあと両手で抑える動作の智に対し、ネシンバラはこっそり胸を撫で下ろす。……内心\(^o^)/こそが正解だったらしい。

 生きていることの素晴らしさを地味に感じていた彼は、智の続く言葉を待った。

 

 『探した』と言う以上、ネシンバラに用があるはずだからだ。

 

 

 ……案の定、智は間を置かずに言葉を続けた。

 

 

 

「……アルマダ海戦に向けての指揮系統の構築、ミトやアデーレが中心になってやってくれてます」

 

「ああ、知っているよ。実況通神(チャット)は一応流し読みしてたからね。……『足りない本部』だっけ?」

 

 

 ネイトは防御思考の立案をして、逆に攻撃思考の指揮系統立案はアデーレが立てている。彼女たちの戦闘スタイルを考えれば、役割が逆なのでは? と誰もが考える。だが、無意識に『自分に足りていないもの』を考えてしまうのだろう。

 

 

「二人の前でそれ言わないでくださいね? ――今日だけで、十人くらい吊るされてるんですから」

 

 

 なお、吊るされたのは本部名を言うか聞くかして、そのまま当人たちに向けていた視線をやや下に向けて、納得してしまった十人あまりの男子たち。女子は同情するか共感するかで、特に被害者は出ていないらしい。

 

 ちなみに、吊るされた連中はそのまま磔刑に移行し、魔女部隊の射撃訓練の的として有効利用されている。

 

 

「二人とも、結構苦労してますよ。どっちも指揮系の勉強はしてましたけど、なにせ騎士に従士ですから……前線での現場指揮が専門で、後方での軍師は慣れないみたいです。

 ……まだ、復帰はできそうにないですか?」

 

「Jud. ……マクベスが右手にある限り、僕は武蔵の中心に近づかない方がいいだろう。無意識のうちに武蔵が不利になるような指揮系統を作りかねないからね。――それに最悪……このマクベスが残り続けるなら、僕は武蔵から降りるつもりだ」

 

 

 ……智が息を飲んだのを、わずかな音で察する。呪いや術式関係の問題は浅間神社――引いては智の管轄だ。生来の責任感もあって、少なくない自責があるのだろう。

 

 そしてその後、ネシンバラが聞いたのは……しかし『フフ』という微かな笑みの声だった。

 

 

「ああ、すみません。――トーリ君の言ってた通りになったなぁ、って」

 

「葵君の……? って言うか、今のもしかして駄洒落かい? ()()()君の言った()()って」

 

「ち、違いますよ! 断じて! ……『もしかしたらあのメガネ、無駄に弱気爆発させてるかも知れねぇかんな!』って、無理やりトーリ君の部屋の家探し手伝わされたんですよ」

 

 

 忙しいんだよね? 君たち何やってんの? と若干ブーメランになる感想を持――とうとして、智が袂から取り出した物を見て、その思考を止めた。

 

 ――形状は、本。それなりの年季があり、表紙は多少寄れていたり折り目があったり。

 

 本のタイトルは、『ノルマンコンクエスト3』……メガネを掛けた、これぞ勇者! 的な衣装を纏った少年が、剣を片手に表紙に描かれている。

 

 

「これ、見つけるの結構苦労したんですよ? トーリ君の机の一番下の引き出しを外したデッドスペースに、トーリ君がこっそり買ったエロゲに埋もれる感じであったんで。ホライゾンが指摘しなかったら見過ごすところでしたよ」

 

 

 少し前に更新された、武蔵アリアダスト教導院生徒会の公式通神板『生徒会だぎゃあああ!』と総長連合公式の『怖くないですよ総長連合』の記事に、全裸が姫にエロゲの内容を淡々と読み上げられる、という公開処刑に服している旨の記事が記載されたのだが、今のネシンバラにはどうでもいいことだろう。

 

 

 ……差し出されているのは、言わば黒歴史の塊だ。それが目の前に突きつけられているのだ。それ以外の情報など、些事でしかない。

 

 

「覚えてますか、これ。ネシンバラ君の作家デビュー作。内容は超ド直球で、隠された血筋とかピンチでそれを知らされてあり得ない無双したりとか、鈍感な癖に異様に女の子に好意寄せられたりとか、でも書き手が照れてキスが限界とか――」

 

「わああああ!? 言わなくていい! こと細かく言わなくていいよ浅間君!? 知ってるから! って言うか書いた張本人だから! うっわマクベスよりキツイ精神攻撃きた……!」

 

「いや、まあ、トーリ君が言えって言ってたので……(私も当時、うっわベタだなぁとは思いましたけど)」

 

「……ねぇ、この包帯外していいかい? あのバカにマクベスの本気を見せたくなってきたよ。」

 

 

 智が再びまあまあと手で抑える動作と並んで、本を差し出す動作を見せる。ネシンバラは受け取りつつ渋々、本当に渋々全裸への報復を抑えた。

 

 

「――いきなり3から始まる物語っていうのも、まあ、斬新だと思いますよ?」

 

「……僕のライフはもうゼロ突破してマイナスだよ、浅間君。これね、実は非公開の前二作があって……あと、このタイトルの三文字が色違いなのは僕の意図じゃないからね? これだけは断固無罪を主張させてもらうよ」

 

 

 全裸の持ち物だから、犯人はそいつだろうと……書いていた時の、いろいろな感情を思い出しつつ本を裏返して――また思考を止めた。

 

 

「……なんで、二人が本の所有主張してるんだい? しかも彼、自分の名前書き間違えてるじゃないか」

 

 

 裏表紙の下の方、書き足される様に『トーリ』と汚い字で書かれ、その隣にはこれまた雑な字で『上水』と書かれている。

 

 

「素直に "じょうすい" かな?」

 

「ハハ……まあ、どっちにしろ水道関係なんですよねぇ」

 

 

 正しい方には『栓』など、誤りの方でも『管』がつく。

 今更ながらな上に若干失礼だが、人の名前としてはどうなんだろう、と苦笑を浮かべながらネシンバラ。

 

 

「なんでも、トーリ君が持ってた方に止水君がラーメンのスープぶち撒けてしまったらしくて……それで、1、2を読むまで読まないって言った止水君と共有所持する形にしたらしいですよ?」

 

「あのバカども、人のデビュー作をなんだと思っていやがる……!」

 

 

 ネシンバラ自身、1ページ読み返すだけで数日は確実に悶絶するだろう。勢いやら若気の至りやらの集大成がこの『ノルマンコンクエスト3』だ。出来るなら過去に戻ってその事実を抹消したいくらいだ。

 

 

「はい、それじゃあそんなおバカな二人から伝言です。

 ――『シェイクスピアがどんなのか知らねぇけど、ヤバさならお前の方が上だから安心しろ!』

 そして『さっさと戻ってきて1と2読ませてくれよ? 内容知らないの俺だけなんだよ』だそうです」

 

 

 ――だと、いうのに。

 

 

 ……期待を、されてしまった。続きではないが、読ませろという読者がいた。

 

 

 

「全く、人の気も知らないで……浅間君。悪いけど、この本借りるって葵君に言っておいてくれるかい? ――初心に戻るには、これ以上ない物だからね」

 

「Jud. ネシンバラ君が自分の手で直接返してくれるなら。止水君には?」

 

 

 

 ああ、彼には。

 

 

 

「――『もっと良い(ハナシ)』を()()用意するから、ちょっと待ってくれ。って」

 

 

 

 浅間が現れたことで隠していた表示枠を復活させ、自分で書いた書き途中の文列を眺める。

 

 未だ十数行の……短編とすら言えない、題名(タイトル)すらないその、物語。

 

 

 

 それを確認して……未熟者は久々に、自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。