境界線上の守り刀   作:陽紅

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十一章 故に、背を押す 【参】

 

 

 

 バサ……と、音を立てて脱ぎ放られた緋の羽織が、風に乗って飛んでいく。

 それを当然のように現れた武蔵野が回収……しようとしたところを、突然現れた武蔵が武蔵野を押さえつけてこれを奪取。

 

 両者とも無表情ながら、片や恨めしげに、片やドヤ顔を幻視させたまま火花を散らして睨み合う二人の姿は、通神越しに観戦していた某学長先生の背筋を震わせるほどのものだったらしい。

 

 

 ……という話を、点蔵と止水は後日、某学長先生ご本人から直接聞いた。そんなことがあったのか……と二人揃って同じセリフを発し、学長にオイオイと苦笑を浮かべさせたのだ。

 

 

 

 

 

 ――そして、そんな後日からときは戻り、当時()

 

 

 

 

 

 冷戦を繰り広げたという二人の艦長を他所に……決して狭くはない武蔵野後方甲板の全面をフルに使った熱戦が繰り広げられていた。

 

 

 止水が羽織を投げ放ったのを合図とするようにお互いに相手へと突撃。そして激突した二人は、それから一切足を止める事なく動きまわっている。

 余りに速く、そして余りにも縦横無尽に二人が動き回るせいで、丸べ屋撮影用術式【盗撮(うつ)すんです!】が全く追い付かず……武蔵各地へと中継される通神映像は、早々に甲板全体のものだけになっていた。

 

 

 遮蔽物も何もない甲板上は、一見すると『忍者』である点蔵には圧倒的に不利な戦場に見えるだろう。忍ぶ……身を隠すことが一切できないのだ。実際に守銭奴主催の賭博で止水に賭けた大多数は、その不利を大きな判断材料にしている。

 

 

 ――だが。

 

 

「シ……ッ!」

 

 

 

 その『隠れることができない』という不利を――『隠れる必要がない』と、開き直ったならば。

 

 

 

 そして、武蔵の少なくない人数が、『あの忍者ならばそれが出来る』と判断するだけの実力が彼にあったからこそ。守銭奴夫婦主催の賭博は、賭けとして成立したのだ。

 

 

 

 『武蔵最強』という大袈裟な……しかしまごう事無き事実として、その二つ名を持つ止水。

 

 その彼の後ろに隠れ、それこそ目立つことは無いだろう。本人もきっと、『過分な評価にござるぞ?』と笑いながら否定するに違いない。

 

 

 

 ――だが。もう一つ……まごう事無き事実がある。

 

 

 

「ったく、目の前にいて消えるなよ……なっ!」

 

「だが、断るでござる……よ!」

 

 

 

 『戦場が、限定された近距離であること』

 

 そして。

 

 『戦場に、味方が誰一人いない状況であること』

 

 

 

 

 この二つのどちらかの条件が満たされた場合に限り、点蔵・クロスユナイトは――武蔵最強の封殺を可能とする『 武蔵最() 』となる。

 

 

 

 

 

 止水の一撃は鋭く、しかし残像の真ん中をただ空しく撃ち抜き、隙が生まれる。

 

 その僅かな隙に、カウンターとして少なくとも二を超える連打が、緋を纏った全身の至る場所で幾度となく快音を上げた。

 

 

 

   ――ォォォオオオオオオ!!??

 

 

 

 僅か数秒の間の激しい攻防に、武蔵八艦の全てから、地鳴りの様な(武蔵は基本浮いているため聞く事はまず無いが)歓声が、防音術式の僅かな隙間を通して聞こえてくる。

 

 開始早々から、どう見ても――点蔵が打ち、止水が打たれているのだ。

 それも一発や二発ではなく、『入った』と思わせる音が十何発も響いたのだ。どちらに賭けたにせよ、武蔵っ子が興奮しないわけがない。

 

 

 

 ……だが、そんな中で。真っ先に興奮して騒ぐだろう高等部の『あるクラス』の一部の生徒たちが、騒ぐこともテンションを上げる事もせず、訝しげにその戦闘風景を眺めていた。

 

 

 言わずもがな、三年梅組である。

 

 

 

―*―

 

 

 

 戦場から少し離れ、左舷三番艦『青梅』。その外壁区画にて、「飯屋が遠い」という連中のために出張で来たカレー屋のカレーに舌鼓を打ちながら、シロジロが突然始めた『大一番』を眺めていた。

 

 

「……全く。 なにを遊んでいるのだ彼奴は。よもや、本気で八百長する気ではあるまいな」

 

「いや……あれだけ常識無視な動きしている時点で小生的には二人とも『人間辞めてーら』って感想なのですが。時たま点蔵君が二人に……あ、三人に増えた」

 

 

 どこか、呆れたような声音で巨大表示枠を見上げるウルキアガ。その近くで御広敷は眼を軽く擦り、リアルタイムで繰り広げられるクラスメイト二人の戦闘を改めて眺め……忍者が四人に見えてたので、時間を作って眼科に行こうと内心で決めた。

 

 懐深くに踏み込んだ点蔵が四肢……肘・膝を使った四連撃を、止水の左脇腹、丁度肋骨の真下に叩き込み、また離れる。

 その打撃音は重く、聞いていた御広敷が思わず顔を顰めてその場所を押さえ……ようとして、自分の肉に阻まれてしまった。

 

 ……数秒ほど探すが、肋骨が見当たらない。

 

 

「「「…………そう、気ぃ落とすなよ」」」

 

「慰めるならそれらしい顔っ! 『ニタァ……』って顔してますからね全員! 小生はちょっと、その……そう! ふくよかなだけです! ……くっ、おのれぇ。今年は夏先減量メニューと称して超高カロリーデザートをご奉仕価格で流してやりますからね……!」

 

 

 夏前になると体重計を親の仇のように睨んで踏みつける一部の女性陣から悲鳴やブーイングが巻き起こる。一部の歓声は気にしない方向でいいだろう。

 

 そんなやり取りをどこか冷めた目で眺め、ウルキアガは再び大型表示枠に映る二人の攻防に意識を向けた。

 

 

「ふむ」

 

 

 止水が打ち、点蔵が避け。

 返しとして点蔵が打ち、その連打が止水に当たる。――誰がどう見ても、一方的な展開だ。

 

 

「むぅ……これは、拙い……今夏のエロゲ予算の全額を、彼奴に一点賭けしたというのに……!」

 

 

 ワナワナと震えだしたかと思えば、深刻な声でなにやら焦っているウルキアガ。――周囲の女性陣から冷めた視線が殺到してきたのは言うまでもない。

 その半竜から怨嗟のように呟かれる……恐らくは今夏発売される姉系エロゲのタイトルを、御広敷は努めて聞き流した。

 

 

「で、でもまあ……流石に打たれ過ぎている、と小生も感じます。いや、ウッキー君のように遊んでいるとは欠片も思えませんが、少し一方的な展開にしすぎですよ」

 

「ふん、貴様も少しは――ん? ……待て、()()()過ぎている、だと? それではまるで止水が押されているようではないか」

 

 

 

「……ん?」

 

「ん?」

 

「「「「ん……?」」」」

 

 

 

 御広敷が首を傾げ、ウルキアガも首を傾げ。それが伝染するように、周囲で昼休憩&観戦していた面々が頭を横へ倒した。

 わずかな間、沈黙が場を占める。大型表示枠の向かうからの打撃音がよく響いた。

 

 

 何を言っているのだ貴様は――? とウルキアガが御広敷に問おうとして、雰囲気変化を感じて周りをみる。異様に静かで、その上明らかに一同の視線が自分に集中していた。

 

 

 そしてようやく――この場のアウェーは、御広敷ではなくむしろウルキアガ(自分)の方なのだ、と気付く。

 

 

「……ふむう。つまり、貴様らは知らんのか。そうか知らんのか。なるほど、なるほどなるほど……!」

 

 

(――オイ見ろよ、あの半竜。澄ましたフリして超優越感浸ってるぜ。竜砲翼がバタバタして……犬の尻尾かっての。新規路線で萌えキャラ狙いか?)

 

(誰得なのよそれ。萌え要素どこよ? 生身なしの甲殻スキーしか得ないじゃない。フィギュアじゃなくてプラモデルがでるわよ)

 

(……殴りたい、あの(ドヤ)顔)

 

 

 武蔵のみんなは今日も仲良しである。

 

 

「あのぅ、ウッキー君。小生あまり想像したくないのですが……早いとこ全員周知にしないと、(ウッキー)(止水)の秘密を独占〜、って広まって……あ」

 

 

『守りは揺らがずウキ×止か? もしやまさかの止×ウキか!? それは見てのお楽しみ♪ 今夏の我がサークルの次回作を乞うご期た』

「させるかぁぁああ!! さあ者共集まれ! そして聞け! 拙僧が全て説明してやろう!」

 

 

 突然出現した、やたらと桃色な蛍光色の多い表示枠を叩き割る。――サークル名は覚えた。あとで異端審問らねばなるまい。

 

 放課後の予定を決意と共に立てつつ、咳払い一つ。……そしてまた、数撃を受けた止水を見て、嘆息も一つ。

 

 

「――止水にはな、ある癖……いや、もはやあれは『悪癖』と言っていいだろう。本人曰く無意識なのだそうだが……」

 

 一息。

 

「止水はこういった鍛錬の折……ある一定以上の脅威を持たない攻撃は、回避はおろか防御もせんのだ」

 

「「「「……なんの冗談ですかそれは」」」」

 

「お主らがそう思うのも無理はなかろうな。だが、これはマジな話だ」

 

 

 一唸りを挟み、ノリキと対している時が一番わかりやすい、とウルキアガは語る。

 

 正面からでも背後からでも、止水がノリキの打撃に対応することはない。明らかにどうとにでも出来るタイミングで気付いても、防御や回避はしないのだという。

 

 

「だが、術式を用いたノリキの三撃目(睦月)……本命の一撃だけは、止水は絶対に回避する。実際、ノリキが睦月を決めた所を拙僧は見たことがない」

 

 

 一撃目から回避していれば術式は発動しない――と頭ではわかっていても、だ。

 

 

「つまり、『止水に回避なり防御なりをさせてから』が本番というわけだな。防御や回避もそこに至るまでに身に付いているわけだ」

 

「なるほど。正直理解し難いですが……ん? ちょっと待ってください。今の話からすると……つまり、今までの点蔵君の攻撃は……?」

 

「Jud. まあ、大したダメージにはなっていないであろうな。見た目は良い一撃をもらっているように見えるが……通ったものは一つとして無いだろう。

 ……あれには拙僧も悩まされたものだ。何気にホラーだぞ? 打てど叩けど、変わらん動きで突っ込んでくるのだ」

 

 

 初等部……まだ鍛錬を始めたばかりのころ。その何気にホラーな光景が夢に出てきて、魘されて飛び起きたのも今となっては良い思い出だ。

 そして歳を重ねていく毎に、確実に高みへ登っていく止水。彼に負けてられないとばかりに己を鍛えた。並んだと思ったら先に行かれ、そしてまた並び。それを繰り返した。

 

 

 だが、三河で思い知らされたのだ。減衰の術式は元より、自分たちは酷く――優しく扱われていたのだと。

 

 だからこそ、ウルキアガは内心で再び唸る。……『何を遊んでいるのだ』と。

 

 

 

 

(さっさと本気を出せ、点蔵。……でないと貴様に賭けた拙僧が、笑えぬ道化になるではないか)

 

 

 

 

 ―*―

 

 

 

 ――タイミングも、体重のノリも。打ち込んだ位置でさえ完璧といえる一撃。意識を飛ばすどころか、内臓の幾つかに致命的なダメージを与えるだろう。

 

 ……そんな打撃を、すでに数十。数えるのは二十半ばを超えて止めている。

 

 

 

「……なあ点蔵。ふざけてるとマジでシロジロたちの思う……あれ、なんだ。あ、ツボだぞ?」

 

 

 だというのに――それを一つ残らず受け切って、なお微動だにしない止水に……点蔵は言葉を無くした。

 

 肘鉄は、膝蹴りは。拳は手刀は足刀は――確実に当たった。直撃したが故の僅かな痺れもある。だが平然と……それこそ何事もなかったかのように目の前にいる止水を見てしまうと、ただ当たっただけなのだと理解させられてしまう。

 

 

(艦体の特殊鋼板に生身でぶつかって、無傷で強度勝ちできる御仁でござるからなぁ……)

 

 

 他にも、機関部で倒れてきた地摺朱雀の下敷きになったのに笑いながら這い出てきたり、酔って暴走したリアルアマゾネスの鎮圧など、その逸話は年々増える。それも段々と、大げさな内容になっていくのだ。

 

 ……つまり、年齢を重ねる毎に、人間というカテゴリから外れる勢いで頑丈になっていく。そんな相手に斥候・偵察を主な任務とした忍者が敵うはずもない――。

 

 

(……否)

 

 

 だが、そんなふざけた耐久力の止水を相手に、点蔵は有効打となる技を持っている。

 

 技術提供は酒井学長だ。

 

 簡単に言ってしまえば『鎧通し』と呼ばれる技の応用で、表皮や筋肉を超えて打撃の威力を体の芯に直接叩き込む……点蔵は多くの犠牲(主にウルキアガ氏)を出し、拳だけでなく足や膝、肘でもそれが打てるようにしたのだ。

 

 

(これは、自分の体たらくでござる)

 

 

 それが、打てない。打とうとしているのに、一撃として成らない。原因はわかっている。心技体の最初()……それがだらしなく揺れているからだ。

 

 

 

 

 そんな点蔵を見て、止水は相変わらず右拳を打ちつつ、言葉を作った。

 

 

「十年前な……」

 

 

 焦っているわけではない。だが、『不甲斐ない姿を見せたくない』という意地で、なんとか今までの自分を取り戻そうと深呼吸を繰り返す点蔵に、止水は始まりからなんら変わらぬ様子のまま……語る。

 

 それは、思い出話だった。

 

 

「姫さんが事故に遭って、俺が無理に『守りの術式』を使って死にかけて、治療棟からミイラみたいに包帯グルグル巻きになって出てきたらさ……何にも言わずに俺をブン殴った奴がいたよ」

 

 

 言葉とは裏腹に()()()()笑う止水。虚を突かれた点蔵も、拳骨を回避しつつそれを聞く。

 ――ブン殴った、張本人として。

 

 

 なお余談だが……止水のそのセリフに甲板のすみのほうで羽織を奪い合っていた艦長二人が極寒の視線を忍者に向けた。

 知らぬが、気付かぬが仏というやつだ。後でどうなるかは当局は一切関与しないので悪しからず。

 

 

「たしか、殴った直後の第一声が『ふざけるな』で――」

 

「……『誰がそんなことを頼んだのでござるか』と、続けたでござる」

 

 

 そうだった、と笑う止水――その間にも数発打撃を受けている。

 

 胸ぐらをつかみ、ぶん殴り……それでも止水を止めることができず、今日に至る。

 ……点蔵が記憶している限り、感情というものを爆発させたのはその時が最初で最後だ。

 

 

 そしてその日から、後に続けと。それどころか、先へ行ってやろうと。

 

 そんな話を――メアリと出会ったあの時に、彼女に言っていた事を思い出した。

 

 

 

「なあ、点蔵。立場とか政治とか、そういうの抜きで……お前のやりたいようにやってみろよ。あの時みたいにさ。まだ時間もあるし、お前なら余裕で手、届くだろ?

 ……頼むよ」

 

 

 点蔵の拳が……幾度目か、もはや誰も把握していない、その拳が、止水の水月へと迫る。

 

 

 

 

    ――『守りたかった』 のに『守れなかった』……そんな馬鹿は俺一人で十分なんだ。

 

 

 

 

 それは独白か、はたまたそれは、慟哭か。

 

 どちらにせよ、静かに静かに告げられたその言葉の直後――

 

 

 ……点蔵の拳が、初めて。空に振られた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『タ・イ・ム、アァァァァァアアアアップ!!!』

 

 

 

 

 

 突如響いた声は、守銭奴の声。

 突如現れた表示枠には、守銭奴の()()笑顔。

 

 

 ……へ? もしくは、……は? と言った、間の抜けた老若男女問わない声が武蔵の至る所で上がった。

 

 

『いやぁ実に、真っことに良い試合だった! だが残念ながら昼の休憩時間が終了だ! 結果は『タイムアップによる無効試合』! さて、賭けた者はぁ……む、おやおやなんだ私一人か! つまりは総取り!』

 

 

 ちなみに、現在の武蔵の総人口はギリギリ10万人届いていない。その中で、金銭的・性格的・胴元への不信感などの理由で参加を見送っていたのは3万人弱……6万人を超える武蔵民が賭けに参加している。

 

 一口500円 × 6万 = 3000万円。一人で十・二十と多口を賭けていた者もかなりいる為、実際はその倍以上の値がはじき出されはずだ。

 

 胴元が賭けて良いのか? という一般的な疑問はあるだろうが、残念ながらここは武蔵である。

 止水勝・点蔵勝・引き分けの三つの選択肢から画面外まで続く改行の果てに第四の項目が確認出来る――という、紛いどころか完全に詐欺である。

 

 ……武蔵の至る所から、雄叫びのような声が老若男女……略。

 

 

『む? ふざけるな、だと? それこそふざけるな。私は大真面目だ。なにせ金がかかっているのだからな。第一、再三の確認通告の画面を出してやったではないか。『Jud.』を連打した貴様らが悪い』

 

 

 ぐむ、と唸るような声が武蔵の……略。

 

 実際、確認不足だと言われてしまえば言い返せない者が大半、いや殆どだった。

 

 

 ……尤も、その程度で泣き寝入りするような潔い人は武蔵にはいない。

 

 

 

『『『出合え! 出合ぇえ!! 敵は丸べ屋にありぃぃいいっ!!!』』』

 

『空を往ける者は拙僧に続け! ……これより拙僧、異端審問官としてではなく一個人であるキヨナリ・ウルキアガとして、私的に打撃を差し上げてやろうぞ!』

 

 

『ハナミッ金欲祓いの加護お願い! 私の今月のお小遣……じゃなくって皆が『賭けるよな?』ムード作るから……でもなくって! 初等部の子達まで巻き込むなんて許せません! っ、あいましたぁっ!』

 

『ズドン怖くない止水さんが守ってくれるズドン怖くない止水さんが守ってくれる……ふう。浅間さん本音ダダ漏れですよ。それに、まだいいじゃないですか。浅間さん実家飯ですよね? 自分今月の残り、一日菓子パン一個でもあり付ければ良い方……いや、これマジヤバイですよぉ』

 

『はぁ……禁酒禁煙生活、強制スタートさね。いや、断食もか』

 

『酔った勢いで賭けなんかするからですわよ。しかも……胴元が守銭奴夫婦という時点で回避すべきとわかりきっているでしょうに。なんで財産総一点賭けなんて無茶な真似を……。

 それよりも、ワタクシたちは裏手に周りますわよ。上手くいけば挟み討ちにできますわ』

 

『『Jud.』』

 

 

 要はこんな感じである。賭けに負けたら『賭けそのものを無かったこと』にすればいい、という逞しい国民性だ。

 なぜか賭けに乗らなかったはずの面々も嬉々として討伐隊に参加しているのが謎だが、気にしない方向で。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 そんな周囲の喧騒が、誰かの閉じ忘れた通神を通して『当事者中の当事者たち』である二人がいる現場に響く。顔の中で唯一見える眼と、帽子に感情表記されている眼を、同時にパチパチと瞬かせていた。

 

 

 片や回避し迎撃の拳を構え、片や回避されしかし応変しようとしていた体勢で――どちらもピタリと静止している。

 

 

 ウルキアガの言葉が正しければ、ここからが本番だった……のだが、シロジロに瀑布級の水を差されて完全に鎮火。確かに時計を見れば昼休憩の時間もそろそろ終わりだ。

 

 ――終わりだが……流石にこの終わり方は、余りにもあんまりだった。

 

 

「「ッ……クク」」

 

 

 俯き、腹の底から上がってくる爆発しそうなその衝動を抑えようとして……二人とも、見事に失敗した。シロジロが思ったかどうかは不明だが、なにやら『ツボ』に嵌ったようである。

 

 そのまま一頻り笑い……ここにきて初めて荒れた呼吸を、ゆっくりと整える。

 

 

「はぁ……あー、腹痛い……ったく、シロジロめ」

「ふう。もうじきアルマダ海戦だ〜、という自覚ゼロでござるなぁ」

 

 

 点蔵のその言葉に、『それは自分たちもか』とまた笑い。

 笑い、笑って再び息を整えて。

 

 

「んで、少しは気が晴れたか?」

 

「いきなり乱取りしろ、というから何かと思えば……やはりそういう意図でござったか。――未だ、フラフラと揺らいではござるが、Jud. と返させてもらうでござるよ」

 

「――そっか」

 

 

 若干無理矢理な感じが否めないが、行動でくる辺りは口下手なこの男らしいとも言える。

 

 

(……救えた今でも、ホライゾン殿の事を背負っておられるのか)

 

 

 先ほどの呟き。守りたかったのに守れなかった……その後悔を背負ってくれるな、と。

 

 

 ……それを聞いた直後に、止水に回避を余儀なくさせるだけの脅威を持つ拳が打てた。止水には悪いが、乱取り云々のどの行動よりも、それが点蔵に響いたのだろう。

 

 そしてその時、点蔵の脳裏に『誰』がいたのか――そんな無粋な詮索はいらない。

 

 

 

 

「……。あ、いけね。本題忘れてた。点蔵、お前さ、なんか変な治療術式つかってないか? 守りの術式の設定し直してから、どうにも(くすぐ)ったいっていうか痒いっていうか……」

 

(ほ、本題って、自分に喝入れにきたのでは……?)

「変な治療術式、でござるか? 確かに両肩の傷の治療に札を使ったでござる。変も何も、浅間神社の正規品でござるよ? それにもう完治して……」

 

「いや、肩じゃなくて背中――右の肩甲骨の下辺り。点蔵の深度だとなんにも起こらないくらいの軽いやつなん……? 点蔵? おーい」

 

 

 言われた場所。右の肩甲骨の、下。

 

 指で触れれば確かにわかる。不自然な凹凸の……それは、傷痕。傷は乾いて塞がっている。しかし、これはずっと痕として残るだろうと、点蔵は、経験上判断し……。

 

 

 

 

   ――好きな男性のタイプ、ですか? それは、秘密です。あ、でも――

 

 

 

 

「馬鹿、でござるなぁ、自分は。――どうしようもない、大馬鹿者にござる……!」

 

 

 

 

   ――も、もし、そんな人がいたなら……私は……その人にとって、『一生消えることのない傷痕を残せるような女』でいたいです――

 

 

 

 

「――止水殿。今しばらく、そのむず痒さを我慢していてほしいでござるよ。あと自分、少々用事を思い出したので、ここらで失礼するでござる」

 

「我慢しろって、その我慢ができないからここに――……って、あれ?」

 

 

 おいおい、と笑おうとして――失敗する。

 音はしなかった。その気配もなかった。少なくとも、止水はそれを認知することができなかった。

 

 

 そこにいる、と確信していた場所から……忍者は忽然と、その姿を消していた。

 

 

「いや、流石に振り幅あり過ぎだろ点蔵……」

 

 

 その苦笑混じりのつぶやきは、届くことなく――……。

 

 

 

 

「あれ、っていうかアイツ……ここで機関部のバイトしてたんじゃなかったっけ……?」

 

 

 ――機関部の現場主任に『代わりに働け』と肩を掴まれた際に生じた呼び声も、届くことはなかった。

 

 

 

 

《 余語 》

 

 

「武蔵様、今日という今日はこの武蔵野、一歩たりとも退きません。その羽織をお渡しください。――――以上。現場は武蔵野なのですから、この武蔵野がお世話するのが道理かと。 ――――以上。」

 

「拒否します。武蔵野、貴女は引き続きアルマダ海戦へ向けた準備をしなさい。――――以上。」

 

 

 ……人知れず、第二戦目の試合開始のゴングが鳴っていたりいなかったり。




読了ありがとうございました!

自覚できるほどに、スランプです……w

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