と思われるかもしれません。
……私もここまで長くかけるとは正直思ってもみませんデシタ。
あと私情ですが、そろそろ退院できそうです。自宅での療養で結構かかりそうですが……w
突然、としか表現できない形で現れた、その女性。その格好は見慣れたものであり、しかし決定的かつ根本的な違いがそこにはあった。
(……本当に、一族伝統の格好なんだなぁ)
緋色の和装に、無数の刀。流石に細かい部分は色々と違うが、主題であるこの二つは不動不変である。
……守り刀の一族だ。
(あ……顔は止水と違って隠してないんだな)
……あまりに劇的すぎる状況の変化に思考が追いつかず、正純はそんな、どこかが若干ズレている感想を持ちつつ、その光景を眺めていた。
……武蔵の
以前、その緋衣について、止水本人が「母親から言い聞かされた」と言っていたので、先代はきっと女性なんだろうな――といった程度の、曖昧な上に漠然とした情報くらいしか持ち合わせていない。
それでも、その格好からすでに九割方の確信を得られた。
得られていたが、なにより止水の呟いた母親を示す「おふくろ」という言葉で、幼エリザベス――幼ザベスに突撃している女性こそ、先代の守り刀なのだと完全な確信を持つ。
そして夢幻とは言え、故人である実の母親との突然の再会をする事になった止水の心情を察しようとして……。
吹き飛ばされたような勢いで後退し、その上でいつでも抜刀できるように腰の刀に手をかけ……油断も隙もなしに己の母に対して全力警戒している止水を見て、また思考を止めた。
……誰がどう見ても止水の動きは戦時の臨戦体勢のそれであって、断じて亡き母と息子の再会ではない。それどころか、宿敵、もしくは天敵級の強大な敵と対峙しているかのような決死の覚悟すら垣間見える。
その数瞬後に幼ザベスに止水母が辿り付き、幻影でしかない母が自分に対して何もしない……もとい、何も出来ないのだと判断したのだろう。
目に見えて安堵し、脱力する当代守り刀は――なんともか弱く見えた。
「し、止水? お前、どうした……?」
「……勘弁してくれよ。おふくろが出てくるとか、俺聞いてないぞ……」
「い、いや、普段は出てこないのだがな……もしかしたら、そなたの流体に呼応したのかもしれん。うん」
過去の光景の中で、止水の母……紫華がなにかの術式を用いて、緋の流体を幼ザベスの傷に纏わせるようにして治療している。
実際、盾符の面々を連れてきた時は紫華の姿は現れない。故に怪我が自然界を漂う流体に治癒された様にしか見えず、流石は妖精女王……と良い具合に皆が勘違いする。
……エリザベスの脳内シナリオでは、紫華がこの場にいることを説明して、「これが私とそなた達一族の〜」という感動系の流れになるはずだったのだが……良くも悪くも、先代と当代の守り刀に裏切られた結果に終わった。
――止水と紫華の親子間になにがあったのか。止水の反応を見る限り、まず間違いなく止水が一方的に『ナニカ』されたのだろうとは思うが……両国代表は当人のあまりの疲弊っぷりに聞くに聞けなかったそうな。
そうこうしている内に……治療が終わったのだろう。
幼ザベスの目元を優しく拭ってその頭を撫で、苦笑をしつつ人指し指を口に当て……秘密だか内緒だか、そんな言葉を伝えている。
……傷が消えて、痛みが消えて。いつもそばに居る姉がいなくて見知らぬ女性が目の前にいる。そんな混乱の極みにいた幼ザベスが、呆然としながらも頷いたのを確認し――守り刀の先代は立ち上がる。
―― 子供に向けていた優しげな笑みは消えて……凛とした面持ちで、彼女は『ある一点』を見つめ始める。
そして、そんな横顔を見た正純の心臓が、大きく跳ねた。
(う、わ……すごい、美人)
年齢はおそらく二十半ば、その前後だろう。担任の
本当に止水の母親なのかと疑ってしまうほどに、息子と比べると小柄だ。
背丈は正純より拳半個高いかどうか、という程度で決して大きい方では無い。肩幅は流石に正純よりはあるが……某zudon曰く『貧弱』 である正純と比べてもやや広いだけだ。
だが、その存在感は……幻影であるにも関わらず圧倒的だった。そして、梅組で相応に美女やら美少女を見慣れているはずの正純が、思わず頬を赤らめて見惚れるほどの美女であった。
艶やかな黒髪は喜美や智ほどに長く、凛とした面持ちをより際立たせている。緋衣は止水の着ているものと同型なのでほとんど男物……つまりは男装であると言えなくもない。
……さらにつまりで『男装の麗人』ということになった訳だ。
(なるほど。つまり――私はこの人を目指せばいいのか……!)
――正純のなかでは。
なにやら副会長にいらん目標ができたようである。…… ちなみに、胸部は意図的に見ないようにしていた、なんて事実はないので悪しからず。
そんな感じに、息子の学友に師匠指定されたことなどと露とも知らない紫華は、過去の形成が終わろうとしているのだろう。緋の流体の残滓を散らしながら、その姿を段々と薄らせていく。
あっ……と思わず呟きながら、正純はそれを見送る。
止水とは男女の差もあって、似ている、とはとても言えない。言えないが、纏う雰囲気はとてもよく似ていた。殆ど同じと言っても過言ではないだろう。
……不意に湧いた寂しさを伴った悲しみは、きっとその所為だ。
幼ザベスに駆けつけようとした必死な表情も、頭を撫でていた時の笑みも。そして、消えかけてはいるが、抜き身の刀のようなその――……
「……あ、れ?」
――不意によぎった違和感が、正純の頭を一気に冷やした。
抜き身の守り刀と、そうでない、守り刀。
それが今、正純の目の前にどちらもいる。当代が後者で、今まさに消えようとしている先代が前者の雰囲気を纏い、ここにいる。
……エリザベスが言うには、英国の秘中である此処――
「いや、待て――っ!? どういうことだ妖精女王!? なぜ、どうして守り刀が此処にいるんだ!?」
「……え? 俺今まで存在忘れられてたの……?」
「違うっ! お前じゃない! ああもう……お前じゃないからそんな悲しそうな顔するなっ! お前の母親の方だ! どうして花園にいる!?
それも、十五年も前に!」
正純は大きく声に出すことで、その違和感を形にする。
――止水の言葉が正しいのなら、先代である紫華が亡くなったのは今から十四年前……つまり、花園にきた翌年に落命した、ということになる。
だが、あの姿を見る限り病魔に侵されていたようにも、ましてや体が弱そうにも見えなかった。
にも関わらず、紫華は二十半ばほどの若さで亡くなった。……しかもその前年、英国の花園に忍び込むような形で訪れている。
雰囲気にしろタイミングにしろ、『観光』などという軽い理由ではないだろう。
エリザベスはそんな正純に、やっと気づいたか、と言わんばかりの苦笑を浮かべていた。
「……さて、な。彼女が何をしに来たのか、私にもわからん。なにせあのすぐ後に姉が父を連れてきたのでな……そのまま、何もせずに去ってしまったのだ。
だが、ある程度の想像はできよう? 一族のこれまでと、貴様をここに連れてきた本題を考慮すれば、自ずとな」
謎が多い――というよりも、謎しかない。その上考えれば考えるほど次々と疑問が湧いて出てくる始末だ。
……止水について、ひいては守り刀の一族について、『もっと知らねばならない』と思いを抱いた矢先にだというのに。ただでさえ分厚い問題集が、追加とばかりの数冊積み上げられた気分である。
だが、一つだけ……エリザベスの言葉で、ハッキリと分かったことがある。
(――動いていた、ということか。それも十五年……いや、もしかしたら、もっと前から)
末世か、それとも公主隠しか。その両方か、もしくは全く別の何かか。
その上、英国の花園が始点なのか、終点なのか。それとも途方も無い道程の中間なのかもわからない。
……だがそれでも、いたのだ。
世界に挑もうとした先駆者が、武蔵にも。
「なあ、止水。お前何か聞いてないの――……
……あー。いや、すまん。なんでもない」
「……うん。とりあえず正純が何を聞こうとして、どうして諦めたのかもわかった。でもさ、一応反論させろ。な? 俺、何も聞いてないから。だから、決して忘れたーとか、そういうわけじゃ……」
「Jud. ああ、わかってる。考えてみれば四歳だもんな。うん……そういうことにしておこう」
「なあ正純、正純サン。こっち見て話そうぜ。そんで最後の言葉なんだよ。本当、何も聞いてない……から」
――聞いていない。という言葉を繰り返して、ふと、止水は言葉を止める。
(っていうか考えてみたら……俺、おふくろから『本当に何も』聞かされてないんだなぁ)
「止水?」
……正純に言われるまでも無く、自分でも優れていないと評価している記憶力で思い出してみても、それは断言できる。
止水が母から教えてもらったのは、緋衣の伝えと、己が刀の一族であるということ……それだけだ。
英国の花園に単身突撃していたこともそうだが……それ以前にもっと、『刀』の一字を持つ一族であるならば叩き込まれるであろう刀の振り方は疎か、握り方さえ……紫華は止水に教え遺すことをしなかった。
三河で突きつけられ、力技でなんとかねじ伏せた『
先代は……紫華は本気で止水に継がせまいとしていたのだろう。
どんな考えで、どんな理由で、母がそうしようと思い至ったのか。今となっては知る由も、知る術も――。
「――……いや、おふくろが追っかけてた事を辿っていけば、それもいつか分かる……のかなって」
止水のそんな呟きに、違う意図を察しつつ、正純は首肯を返す。
……どちらにせよ、なんにせよ。
まずは
***
「よく見ておけ。これが末――……」
「末……世? この黒い泉が――……」
なにかしらの会話をしている二人の声が、遠くへ遠くへと去っていく。……どちらもこっちも、この場に着いて足を止めてから、一歩も足を動かしていないというのに。
……白樺林が開けた場所に、無造作にポツンと在ったその
だが、湛えられているのは――黒だ。世の中にある全ての黒という黒を掻き集めて、凝縮させ、狭い泉に押し込めたような――透明度という概念がそもそも存在していない、黒い泉。
止水は、着くべき場所に着いたから足を止めた――とは、欠片も思っていない。
……これ以上近づくな、と。そう警鐘を掻き鳴らす本能に従っただけだ。加えて言うのなら、今直ぐ全力最速をもって離れろ、と今も警鐘は鳴り続けている。
そして、それと同時に……
(なんでだろ……俺、ここに来るの初めてだよ……な?)
――懐かしい。そんな思いが湧いていた。
止水と同じように初めて花園に来て、同じように初めてこの黒泉を見たであろう正純は、少しでもいいから情報を得ようと泉を詳しく観察し、エリザベスと言葉を交わしている。
そのエリザベスはこれを見慣れ、そしてここに来慣れているのだろう。正純の問いかけに淀みなく、しかし意地悪げに謎を含ませながら答えている。
この二人になんらおかしいところはなく……『警戒しつつ懐かしがる』という、まるで対極にあるような行動と感情で複雑な止水が、この場合はおかしいのだろう。
「おふくろは――コレを確かめに来たのか」
「……おそらくは、しかし十中八九そうであろう。きっとそなたの母君は、独自で末世解決の糸口を探っていたのだろう。この花園で得られた情報は他国と共有しているが、武蔵は蚊帳の外であったからな。
――流体の消失、完全なる零回帰。物体が壊れれば僅かなりとも残骸が残るが、これは何一つ残らない。世界の流体総量を少しずつ、しかし確実に減らしていくのだ。世界そのものが無くなるまで……な」
それが、世界の終末……すなわち末世。各国はそう認識しているのだとエリザベスは告げる。
正純がそれを聞いて、私の時にもそう素直に教えてくれよ、的な半眼を向けるが……英国女王はどこ吹く風で、止水はそれどころではない。むしろエリザベスの説明すら殆ど聞いていなかった。
十八年。それが長いか短いかはこの際放置して、その人生の中で最大の警戒を、懐かしさと併せながら秒刻みに更新し続けている状態だ。ただでさえ難しい話が苦手なのだから、右から左という以前に入ってすらいない。
「しかし、流体の完全消失……か。俄かには信じ難いが」
「そう思うなら、試してみるがい。その泉になにか投げ入れ……いや、いっそ飛び込んでみろ。手っ取り早く」
「……なあ、実は私のこと嫌いだろ? そうなんだろ?」
ニコリともニヤリともとれるイイ笑顔を浮かべるエリザベスにため息を返しつつ、何かないかと正純は自身を検める。
そして、都合よくそろそろインクが切れそうなペンがあることを思い出し、制服の内ポケットからそれを取り出して、泉へと投げ入れた。
放物線を描いたペンが黒い水面に刺さり……その形が『解けた』、その瞬間。
――――…………たよ――――
「……!?」
声 叫び 歌 言葉、もしくはそれら以外のどれか。
誰の 誰に 何で 何が。もしくはそれら以外のなにか。
……そんな、どうでもいい疑問を止水は刹那の間に放棄し、なりふり構わず全力で、ただただ
懐かしさは完全に消えていた。残った警戒は跳ね上がった。今すぐ離れろと告げる本能に従い、止水は故に、両腕を伸ばして前へと跳んだ。
「「ぐえっ」」
いきなり後ろから腹部を抱えられ、そのまま荷物のように持ち上げられ。
色気の欠片もない呻き声を残して、後方へ拉致されて放り出された女子二人。
なにが起きたと目を瞬かせ……目の前に、さながら壁のように並び揃った、数え切れないほどの緋鞘の刀群に目を見開いた。そうしてやっと自分たちが何をされ、どんな扱いを受けたのか理解する。
「い、いきなり何をするかぁー!? と、突然後ろに持って行かれたから宇宙人に攫われたかと思ったではないかぁ!?」
「それはまた斬新な感想だな……」
尻を着いた状態で、両手を振り上げて猛然と抗議するエリザベスを見たせいだろうか。正純は逆に冷静になれた。
……後ろに連れられ、後ろに置かれ、その前に壁の様に立つ。客観的に見なくてもこの状況は……。
「(守られて、る?)――止水。一体何が」
「……まだ出るな、正純。後ろにいろ。二人ともだ」
珍しく鋭く、そして命令調の声には一切の余裕がなかった。
先ほどの、『抜き身の刀』と比喩された紫華のそれを超える……それどころか、徐々に強さを増していく圧力を牽制するように前方へと向けている。その雰囲気に押され、猛っていたエリザベスもそうでない正純も、思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
正純たちから見た緋鞘の壁の向こうでは、右肩に備えた大太刀を今にも抜き放ちそうな……完全に戦闘態勢に入っている止水がいる。
抜きやすい左側の刀は使わないのは己の体を盾として、広く大きく使うためだろう。変刀姿勢を用いなかった緊急の運用のせいか、壁と成っている刀達の長さやら種類やらが、見事にバラバラだ。
だが……それでも、
エリザベスの言葉通り、ペンという形を形成していた流体が消失したのだ。泉は変わらず黒を湛え、何事もなかったようにただそこにあり続けている。
「お、おい。止水? どうしたんだ、一体――」
「……正直、俺にもよくわからん。行った、違うな、帰った? でもないし……そもそも生き物の気配とも思えないし」
ゆっくりと構えを解き、壁にしていた刀たちも戻しながら正純の問いに答えようとして、しかし上手く、言葉にできず。
(……久々、だな。殺されるって――本気で感じたのは)
……ただ、未だ微かに震えている右手を強く握り締めた。
――……a。
読了ありがとうございました!
※ ご指摘で「最後の一文は?」といただきましたが、誤字などではありません。