境界線上の守り刀   作:陽紅

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長らくお待たせして申し訳ありません……。そしてついでに生存報告させていただきます。

そして、そろそろお花見の季節ということで、拙いながらそれらしい挿絵を用意してみました。よければそちらもご覧下さい。


十章 刀、支えず 【花園編 中】

 

 その身の丈、おおよそにして七尺一寸(約215cm)。その身の量、おおよそにして三十五貫(約130kg)。

 

 肩幅は女で四人、男でも三人は入るだろうほどに広い。さらには全身に四十は超えているだろう長大短小の様々な緋鞘の刀たちが、よりその身体を巨きく見せる。

 

 

 ……そんな、『巨漢』と比喩してなんの差し障りのないその大男。今は現在、英国の朝空を、なんとも軽快に()()回っていたりする。

 

 

 着地から助走。そして踏み込んで、また空へ。以下繰り返し、繰り返し――本日英国に入ってから、そろそろ滞空時間が接地時間の三倍を記録しようとしていた。

 

 

 道のりなど知ったことかとばかりに直線距離を進むため、基本的に屋根の上や屋上などの高所がその足場として使われている。

 ……屋上はまだいいとして、屋根などはその被害が心配される。なにせ、体重云々を抜きにしても人一人が最低十数メートルの高さから落ちてくるのだ。

 

 

 尤も、今のところ被害はなく……下に住んでいるだろう住人も、誰一人として気付いていないのだが。

 

 

「よっ、と。はぁ……まだ先か」

 

 

 その大男……面倒なのでそろそろ打ち明けると、まあ止水なのだが、とある一軒家の屋根先で一度、足を止める。

 英国全四階層の半分はとっく超えており、すでに三階層目の終わるだろう場所まで踏破ならぬ跳破しているのだが、目的地はまだ先のようだ。

 

 

 ――先、なのだが。

 

 

(確か……四つ目は勝手に入ったらダメ、なんだよな)

 

 

 四つ目……つまり四階層目には、英国オクスフォード教導院を始め、英国の主要・重要施設が集中している。だから部外者は基本的に入れない。

 ――という内容を、シロジロ達に説明された事はスッパリと忘れているが、とりあえず『勝手に入ると怒られる』という事だけは覚えていた止水。

 

 

 尤も、すでに武蔵と英国は協力関係に有り、実際にはあまり問題ないのだが……残念ながら、止水の頭の中ではその情報更新は成されていなかったようである。

 

 

(この方向だと――多分、昨日の行った会議場の辺りにいるみたいなんだけどなぁ)

 

 

 昨日のことを思い出しても肩が凝るのか、首を左右に二度三度。

 

 ……場所はとうに割れていると言うのに、そこへ至る為の権利が無い。止水はそんな、なんとも歯がゆい思いをしていた。

 

 

 眼を微かに細め……自分の身体から伸びる、他人には見えない無数の " 緋の線 " を眺める。

 その中で最も太い三本のうちの一本が、真っ直ぐ第四階層へ向かって伸びていた。ちなみに、残りの二本は重なるように後方へ――武蔵へと向かっている。

 

 後ろに向かうのは、それぞれ鈴とミリアムへ繋がる守りの術式だ。そして、二人と同様の太さ……最深度の守りの加護を受けている正純が、第四階層へ続く線の先にいる。

 他人に見えないとは言っても、止水も常時見えている訳では無い。それなりに集中して意識しなければ見えないそれを、ずっと意識して追いかけ続けるのは中々に面倒なことだった。

 

 

「んー……どう、すっかなぁ」

 

 

 突撃か、潜入か。ここまで来てしまったので『帰る』という選択肢だけはすでに無い。

 『正純の携帯社務に連絡を入れてみる』というのは、英国に入るその前にやっている。……機械の音声で、電源が入っていない通知が返ってきただけだが。

 

 

 故に、悩む。突撃でも潜入でも、どっちにしろ怒られる未来しか想像できないのに、怒られない第三案が一向に思い浮かばないのだ。

 

 

 

 

   「ったく……人ん家の屋根先でなに考え込んでんだい? 『守り刀』」

 

 

 

 

 ――そんな感じでしばらく止水が無駄に悩んでいると、不意に、下の方から声が来た。

 

 

 少なくとも止水は知らない声なのだが……しかし、守り刀、と明らかに止水のことを知っているような単語がついている。

 

 敵意云々の気配が欠片もないそちらを見れば、緑色の髪の……なにやら()()()の様な杖を肩に担いだ女性が一人。通りのど真ん中にいて、やや垂れ気味の眼で真っ直ぐ止水を見上げている。

 

 

「あれ……? ――あ、いや、悪い。いま降りる」

 

 

 どこかで見たことがあるような……という感想より、確かに今の状況はなんか変だなぁ、という感想のほうが先行してしまう辺り、どこか止水もズレているのだろう。

 

 二階建ての屋根上から音も造作もなく降りた止水は、先ほどから難題として自分の立ち塞がっている『どうやって正純のところまで行こうか』を考えながら、そのまま――通りを普通に歩き出す。

 

 

 

「いやいやいやいや待て待て待て待て」

 

 

 その後ろから……正確には、緑髪の女の足元から急激に成長した無数の蔦が殺到し、止水の足やら腕やら、絞めても危険のない場所を雁字搦めにして捕縛する。

 

 

 ――したのだが、そのまま数歩ほど結構平然と、しかも無造作に進まれてしまう。

 その上、『蔦に止められた』のではなく……縛されたことに()()()()止水が、自分から止まって半歩下がった形だ。

 

 

「……いやいやいやいや待て待て待て待て、って俺のセリフだよな。これ……」

 

「いんや、あたしのセリフだよ。そんでもって、もう一回繰り返したいくらいだ。――魔神族でも、十秒くらいなら余裕で足止めできるんだけどな。それ」

 

 

 自信無くすねぇ、と言うが彼女は――グレイス・オマリは、言葉とは裏腹に笑顔を浮かべていた。

 

 呆れでも、苦いがつくでもない。

 

 普通に嬉しい時に浮かべる様な、そんな笑みを、だ。

 

 

 精霊術で成長させ伸ばした蔦を、杖を一振りして再び種へと戻し……問題がないことに確信を得て、また笑みを深める。

 

 

(ったく……引き千切ろうと思えば軽くできただろうに。コイツ――()()しやがった)

 

 

 

 オマリに――ではない。

 

 

 オマリに遠慮したなら、捕縛された時点で止まっているだろう。だが気付かないで進み、それが蔦……植物だと引き千切れる直前に気付いて、止水は半歩下がったのだ。蔦が、切れてしまわない様に。

 

 種に戻せたということは、この蔦の種はまだ死んでいない。再び精霊術の媒体として使うことも、土に植えて自然に帰すこともできる。

 

 

 

「ははっ――結構、変な奴だねぇ」

 

 

 長らくこの捕縛方法を使ってきたオマリだが、流石に『蔦に遠慮する者』……というのは初めて見たようだ。

 

 初めて見たが――その機嫌は、存外に良いものだった。

 

 

 それは、彼女が純粋な木霊種族であり、そして植物を使役する精霊術使いでもあるからだろう。

 

 

 ――無意識下で自然に気をやれる人間を、悪い奴とは思えないらしい。

 

 

 

「……どうしてほぼ初対面で、しかもいきなり縛ってきた相手から『変な奴』指定されないといけないのだろう……? ――いや、そりゃあ屋根の上で悩んでりゃ変は変だろうけどさ……」

 

「いや、悪い悪い。思ったことそのまま口にする質でね。

 ……確かに、こうして面と向かって話すのは初めてか。あたしはグレイス・オマリ、この英国で盾符(トランプ)の4を預かってるモンさ。あとはまあ……『海賊女王』なんてけったいな字名(アーバンネーム)も貰っちゃいるが――まあ、オマケみたいなモンだから気にすんな」

 

 

「トランプ……? あー、昨日の会議の時か」

 

 

 拳を掌でポンと打つ。……どこでオマリを見覚えたか、無事に思い出せたようだ。

 

 ちなみに声だけ・名前だけならば……英国に入る前の海上、春季祭の時に直政と酒盛りしていた相手、とそれぞれ止水は聞いているはずなのだが……。

 

 

「あ、っと――武蔵で番外特務やってる、あんたが言った通り(守り刀)の止水だ。まあ、よろしく……お願いし、ます……?」

 

 

 ――案の定、覚えているはずがないので軽く流していただきたい。

 

 そんな、末尾に疑問符がついた謎の自己紹介を終えた止水を、憚ることなく上から下まで眺め――オマリは内心にて大きな納得を得る。

 

 

 

(……なるほどねぇ。これが、エリザベスが躍起になって手に入れようとしてた男、か)

 

 

 

 納得して。そして同時に『こりゃダメだ』、と。

 

 ……拒絶としてではなく、諦めの感情で強く、思う。

 

 

 

(ダメだなこりゃ。――あたしじゃあ、ダメだ。なんだよ、このふざけた流体()は……)

 

 

 

 ――オマリが『守り刀』を明確に記憶したのは……昨夜の、両国会議の時だ。

 

 

 妖精女王の光翼とぶつかり合い……余波とは言え、その光翼の圧力に拮抗しきった緋色の奔流を見て、オマリは人間ながらとんでもない流体()を――と、まず止水を警戒した。

 

 ……そして、その男こそが最近の女王暴走の主原因なのだと知ったオマリが、盾符の一人として――なにより友の一人としてエリザベスを諌めるべきだろう、と思い行動しようと考えるのは、当然のことだろう。

 

 

 そんなことを考えていたからか、なんと男の方からグレイス邸にやってきた……しかもなぜか屋根の上に。

 

 

 ……偶然にせよなんにせよ。これ幸いと諌めるための()()を探そうとしてみたのだが――……。

 

 

 

 なんとこの男。精霊系異族的に、超絶優良人材にしか思えないのだ。

 

 

 

(……いやだってこれお前、どー考えても反則だろぉ?)

 

 

 なにが反則(良い)って、何よりまずその流体だ。

 

 止水という『器』に収まり切らない余剰分の流体が、僅かにだが、常時大気に滲むように溢れ出している。

 その緋色の流体の特性なのか、それとも止水当人の性格云々に寄るものなのかはわからないが……止水がここに来てからまだそれ程経っていないにも関わらず、この空間が、すでに精霊異族(オマリ)にとって大変居心地の良いものになりつつあるのだ。

 

 短時間でこれだけの変化だ。絶えず移動を続ける武蔵と違い、浮遊島ながら定在する英国に止水が常住したなら……大気へ溢れる緋の流体の密度は上がり、異族にとって最高の環境が英国内に構成されるだろう。これは子を持つ親の一人であるオマリには大歓迎なことだ。

 

 

 

 そして、戦力としてもこれまでの戦績を見れば申し分ない。

 

 むしろ、現状として明確な対軍戦力と言える盾符がいない英国を鑑みれば、対一・対軍両用の戦力は、それこそ手札に欲しい一枚と言える。

 

 

 

 ……結論として、オマリ的には()()国政が傾いたとしても、止水を英国に引き込むべきだと思えてしまうのだ。

 

 

 

 ――尤も。

 

 

 

「 やれやれ。逃した獲物はデカかった、と……全部あのアホが説明しないで突っ走った所為だ。うん」

 

「……? 何の話?」

 

「こっちの話だよ。――んで、ウチの女王を盛大にフッた男がこんな所でなに悩んでたんだい? しかも屋根の上で」

 

 

 

 

 

 ……そこから止水は、それはもう馬鹿正直に包み隠すことなくオマリに説明。そこで初めて、『軽く心配になるお馬鹿』というなんとも言えないアラを、オマリに見つけさせるのであった。

 

 

 ひとしきり爆笑したオマリから盾符の名の元の許可を受け、どこかムスっとした顔で跳んでいく。

 そんな止水の緋の背中を見送り……。

 

 

 

「『変だけど良い奴』、あと『軽くおバカ』――かねぇ。ま……エリザベスが今度言い出したら、賛成票くらいは出してやるかな」

 

 

 そんな呟きは、続く「いっけね……洗濯物干してたんだった」という、主婦の苦言に消されていったそうな。

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

人に知れず こっそりと

 

誰に知られず ひっそりと

 

 

 いつからなのかと 最早 問うことは適わない

 

 

  配点 【なんでここにいるんだよ……?】

 

 

 

❇︎❇︎❇︎

 

 

 

 その形状は短剣、材質は明らかに金属。片手で持てて、かつ高らかに上げる事も容易な程度の重量。

 持ち主の言葉が真実であるなら、切れ味など存在しないただの装飾(嘲笑)だ、とのこと。

 

 

 ――それを、今まさに間一髪の所で回避した。

 

 

「ちっ……おい、避けるな」

 

「よ、避けるだろ普通!? 唐突に『頭を出せ』と言われてそんな物を持たれて、いきなり振り下ろされたら誰だって普通は避けるっ!!」

 

 

 ……だが、いくら装飾品で切れなかろうと。向けられているのが刃ではなく、俗に言う『腹』の部分であろうと。正純の主張は、概ね正しいだろう。

 

 ちなみに、浮かべられた嘲笑い系の笑みも拒否の理由にしっかりと入っている。

 

 

「『花園(アヴァロン)』へ入る為には王族の許可が必要なのだ。それに、これは歴とした英国の由緒正しき所作なのだぞ? 『郷に入らずんば郷に従え』との名言は古来より極東にあるものではなかったか? ん?」

 

 

 念のため補足しておくと、その行為は中世の騎士叙任に因んだ英国の臨時許可なのだが――剣の腹で叩く場所は肩であって、決して頭ではない。

 

 

「くっ……わ、わかった。だ、だが軽くたのむぞ? 振り被るなよ?」

 

「すまんすまん。あれは……まあ、いつもの癖が出ただけだ。(……ハワードやジョンソンくらいにしかやらん気がするが、別にいいか)」

 

 

 では改めて。

 

 

 

  ――あ、いたいた。おーい!

 

 

「臨っ!「ま"っ」  時っ!「ざっ」 許可っ!「ずみっ!?」……うん?」

 

 

 

 ……ガンッ、ガンッ、ゴッ、と濁音が三度。

 

 

 最後の一撃だけ、正純が振り返りつつであったため若干音が変わったが……どちらにせよ、大変痛そうな音に変わりはない。

 

 ……王賜剣二型の使い手は相応しく相当以上の剣士であり、肩を使わずとも手首だけで十分な痛撃を放てるのである。

 

 

 そして、明らかに国際問題になるだろうその三連打は――唯一見える目元をわずかに細め、何かに堪えているような止水が合流することで有耶無耶になったのだった。

 

 

 

 

「あのさ、正純。……これがどういう状況か全然わかんないのって、俺がバカだからか?」

 

 

 正純が殴られた……というよりも、正純が殴らせたようにしか見えない現場に、止水の処理能力はとっくにオーバーしている。

 

 一先ず、エリザベスからの追撃は無さそうなので、身構えるなどはしていないが。

 

 

「し、止水っ? おま、どうしてここに――?」

 

「……どっかの副会長が、一人で英国に突撃しちゃったからだよ……」

 

 

 止水の視線と言葉に込められた、非難と呆れの割合はおおよそ三:七程。……言い終わってからは何事もなくてよかった、と安堵の十。

 

 ――正純も正純で、エリザベスからのいきなりの連絡やらなにやら、言い訳は当然出来るのだろうが、手間と心配をかけた事実は変わらないわけで。

 

 

「いや、その、すまん。……あと、ありがとう」

 

「……ん。まあ、多分後で智から説教あるだろうから、覚悟はしとけよ? ……いや、ホンットに長いから、智の説教」

 

 

 正座で三時間コースだ、と告げられて軽く青ざめている副会長をとりあえず置いておき……。

 

 止水は、先ほどから送られてきている視線に向かう。

 どこか眩しげに細められ、そして幾分か目尻の下がった目元の――妖精女王がその先にいる。

 

 

「それが、そなたのありのまま、か。……なるほど、昨夜とはだいぶ趣が違う」

 

「へ? あー、まぁ昨日のみたいなのは俺も初めて着たからなぁ。……鏡見て、『誰だよコレ』って俺自身思ったくらいだし。

 ――正直、凄い肩凝るから苦手だな。ああいう格好は」

 

 

 昨夜は酒井とヨシナオ――の思惑が武蔵と葵母に上書きされた結果だったので、今後は早々無いだろう、とそんな希望を持っておく。

 

 ……嫌な予感が尽きないので、きっと希望のままで終わるんだろうなぁ、と苦笑も尽きなかったが。

 

 

「ふむ。では私は『希少な守り刀の姿を見ることができた』と喜んでおくとしよう。――本音を言えば、いろいろと語り合いたい所だが……まずは、先へ進むとしよう」

 

 

 そう言って、エリザベスは鏡へ手を翳す。すると鏡面が揺らいでいき、写っていた三人の姿も揺らぎ、全く別の光景に変わっていく。

 

 

 

 ――幻想的な光と、見える範囲は一面色鮮やかな花の絨毯が広がる……そんな光景へ。

 

 

 

「……ところで妖精女王。止水にさっきの臨時許可とやらはやらないのか?」

 

「これを見て真っ先に言うことがそれか貴様。……普通に考えろ。王族の私が一緒に通るのだぞ? いちいち許可なぞいらんだろう。演出だ演出。それに――」

 

 

 

 ……今更であろうからな、と。

 

 そう続くはずだった言葉を、エリザベスは飲み込んだ。

 

 

 

「それに?」

 

「ふっ……それに、一度やったことを繰り返すと、観客が白けるであろう?」

 

「「二度ネタ精神論かよ……」」

 

 

 

 ……演出で殴られた正純と、殴られたダメージを引き受けた止水。

 

 二人は揃って肩を落としつつ、悠々と進んでいくエリザベスのあとに続いて、門となった鏡に入って行くのであった。

 

 

 

 そして……一歩。

 

 それだけで、文字通り世界が『変わった』のを、正純は全身をもって感じた。

 

 

 

 硬質な石造りの床は柔らかい土へ。その土と草花木々の香り。どこか遠くにあった喧騒は静まり返り、見える世界は言うまでもなく。

 空は満天の星夜を湛え、しかし大地は昼の明るさに照らされる。そんな矛盾が共にある、妖精たちの世界。

 

 

「これ――が、『花園(アヴァロン)』……」

 

「そうだ。我が父が『倫敦塔の私室じゃ狭い』と言ってな。そして作り上げたのが、一キロ四方のこの圧縮空間……花園だ」

 

「……狭いって理由で空間から作るとか、アンタの親父さんも色々と凄いな」

 

 

 止水のある意味尤もな感想に賛同しつつ、正純は点蔵経由で得た情報を思い出す。

 

 エリザベスの父――ヘンリー八世前英国総長。彼は……

 

 

 

(……『公主隠し』に遭い、その上で……帰還を果たしている)

 

 

 

 それを聞いて……『帰ってこれるものなのだ』と。

 

 母の事でわずかな時間、希望を抱いてしまったのも……ついでに思い出してしまった。

 

 

 

「……正純。大丈夫か?」

 

「ああ――大丈夫、だ」

 

 

 落ち着こう、と深呼吸を一つ。

 

 そこでふと、止水から『どうした』ではなく、『大丈夫か』と問われた事に気付き……気を使わせたと思う反面、それでやたらと自分が落ち着いていることに苦笑する。

 

 

 

「ふん、随分と見せつけてくれるではないか、武蔵の副会長。――その様子では、アルマダもさぞ大変だろうな」

 

「や、やかましい! ――そんなことより、ヘンリー八世はこの空間でなにをしていたんだ!? 1キロ四方もの空間をわざわざ作り上げて、外界と切り離してまで……」

 

「……それを見せる為にここに連れてきたのだ。さあ、いくぞ。この先に『答え』がある」

 

 

 

 なんの話? と首を捻っている止水を他所に、エリザベスが先導し、正純も後に続いていく。

 

 ――その更に後ろ。小さな二つの影が、止水の両脇をすり抜けるように追いかけて行った。

 

 

 

「……ぉう?」

 

 

 子供……だった。そして、多分双子でもあるだろう、顔が同じだ。この花園の花で作っただろうと思われる花冠を金髪の上に乗せ、楽しそうに――しかし無音で駆けていく。

 

 

「霊……体、じゃなさそうだな」

 

「まあ、当事者の一人がここにこうして生きているからな。――それは、流体の残滓だ。私たちのような流体に親しい種族の行動が、空間に型取られているのだよ」

 

「一人が妖精女王として……では、もう一人は……」

 

 

「――こんな私も、いたのだよ。ただ姉と笑って、遊んでいられた私が、な」

 

 

 ……三人はしばし足を止めて、二人の過去を眼で追う。

 

 花畑や小川で遊んで、木陰で重なるように転寝して……片時も離れることなく、二人は一緒にいた。

 

 

 そして、どちらも中々にお転婆だったのだろう。競い合うように木に登っていき……。

 

 

「って、おいっ!?」

 

 

 正純が思わず上げた声が、先なのか後なのか。そしてエリザベスなのかメアリなのか。それがどちらかわからないが……双子の一人が、かなり高いところから手を滑らせ……。

 

 咄嗟に跳び込み、明らかに間に合っていた止水の腕をすり抜け……そのまま落ちた。

 

 

 すり抜けた際に見開かれた眼は細くなり……落ちたときに枝か何かで切ったのだろう、その細い腕にできた決して浅くはない切り傷を見て――悔しそうに、悔やむ様に、眉間に皺を寄せる。

 

 

「……そう、悔やまないでくれ。所詮は過去のことだ」

 

「悪いな、それ無理だ。……『子供守れなくて悔やまない奴』になんか、死んでもなりたくない」

 

 

 

 ……過去だから、と理解も。

 

 ――触れられぬから、と納得も。

 

 

 そのどちらも、この男は一切するつもりが無いのだろう。

 

 

 姉妹の大事に大慌てで降りてきたもう一人に場所を譲りながらも、その側を離れようとしない止水を見て、正純もエリザベスも苦笑を浮かべていた。

 

 

 

「……やはり、生来の性分なのかもしれんな。守り刀の一族の」

 

 

 その一族の過去を見続け、そして触れられぬ悔しさを背負い続けたエリザベスが、眼を閉じ、静かにそう呟く。

 

 ……無音の壁の向こうで大泣きする一人と、幼いながらも、わずかな混乱の後に大人を呼ぶべく駆け出した一人。

 

 

 

 三人の前で初めて、()()が……()()()()になった。

 

 

 

「……他の場面はどちらがどちらか朧げだがな、この場面だけは断言できる。――そこで泣いているのは、『私』だ。……十五年前の、な」

 

「十、五年……?」

 

 

 言われたその年数に、正純は聞き覚えがあった。だが残念ながら、詳細を思い出す時間はない。

 

 場面は、それほどの急変を見せる。

 

 

 

 

 

 

「いやいやいやいや待て待て待て待て……!」

 

 

 

 

 

 ほら見ろ、やっぱりこれ俺のセリフだった――なんてことを思う余裕すらなく。

 

 

 

 ――その表情は、歪んでいた。

 

 眼は細まり、眉間には深い皺が刻まれ、悔しげに歯を食いしばり、その上で駆ける。幼き日のエリザベスへ向かい、刹那でも早くと言わんばかりに。

 

 

 

 長い黒髪は向かい風に荒れ、黒い瞳は険しくまっすぐに。

 

 ……なによりも特徴的な、色鮮やかな緋色の和装。そして全身に無数と備えられた、刀たち。

 

 

 

 

「お――おふくろが化けて出てきた……っ!?」

 

 

 

 

 ……守り刀が先代。『守り刀の紫華』は、当代のそんなセリフに迎えられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。


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花見なのにハナミを書き忘れてました……不覚……!

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