境界線上の守り刀   作:陽紅

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三章 刀、被る  【中】

 

 

「レース♪ レースでひっと稼ぎ~♪」

 

『今日はえらくご機嫌ねマルゴット? いや、まあ気持ちは分からなくも無いけれど』

 

 ゴロゴロがらがらと手押し車を押しながら、軽い足取りで進むニコニコ顔の天使。淡い金色の六翼をふわふわ揺らしながらのお仕事である。

 通神越しの相方はどうやら飛行中なのか、髪が忙しなく靡いて、背景である空は早く過ぎ去っていく。

 

 

「えへへ♪ そりゃあ念願かなった『見下し魔山(エーデルブロッケン)』の航空装備のテスター推薦もらえたんだもん♪ 黒嬢(シュヴァルツフローレン)のパワーアップとか、いろいろ考えたらもうテンションが下がんなくなっちゃった!」

『あ、そっち?』

 

 

 ……。

 

 通神越しの二人の間に、少しいやな沈黙が出現する。マルゴットは下がらないといったばかりのテンション上昇を一旦落ち着かせ、通神越しのマルガは『やっべ選択肢間違えた』と笑顔を引きつらせていた。

 

 

「えっと~、ガッちゃん? ガッちゃん側のご機嫌な理由ってなにかな~……?」

『……やめて、何だか自分だけがいやに穢れた女に思えるから、違うの、そう、ウブなの! 乙女なの! 男の子の裸とか見たら忘れられないくらいの!!』

 

(ああー、同人的なネタゲッツな感じかー……いや、まあ、凄いだろうなぁとは、思ったけどさぁ……////)

 

 思い出し、妄想し――ニコニコ顔がニコニコ赤顔に変化していくマルゴット。手押し車を押すのも忘れて、顔を隠してイヤンイヤンと身体をくねらせる。

 

『おかしいわよ……なんでエロい身体してるマルゴットの方がウブなのよ!? 普通逆でしょ!? エロい身体でウブとか――なによ本当にありがとうございました!!』

「え、エロくないよ!? どういたしまして!?」

 

 お互いに暴走しているようである。とりあえず、どちらも仕事中であることは忘れていることは確かだ。

 

 

 

『でも貴女、自分から進んで野球拳の司会やってたじゃない……』

「い、いわないでほしいかなー……ノリでやって後々後悔の典型的な『いつものパターン』な感じなんだー……」

 

 ……なんだかんだで長年の相棒である。通神越しでもため息のタイミングはぴったりだった。

 

『意外とって言えば、喜美もなかなかどうしてウブよね。限定的なヘタレっていうか』

「ガッちゃん前後シェイクされてもしらないよー? ……そこから、喜美ちゃん見える?」

 

『……Jud. 今武蔵野なんだけど……よく見えるわよ。っていうかあの階段から一歩も動いてないわ。ついでに生徒たちに迂回路の指示までしてるもの』

 

 ……具体的には前々回。ネイト・ミトツダイラの乙女の怒りによって大破した階段である。

 しかし、喜美がそこから動いていないということは――

 

 

「イコール、ソウチョーも動いてないってこと……だよね。後悔通りの前から」

『そうね。――何かあの二人に対してコメントでもある?』

 

 

 そうだなぁ、としばし考え、手押し車に残っていた最後の小包を掴み取る。

 

 

「これ、急ぎ最後の荷物なんだけど、生徒会宛でね? 教育番組みたいな包装紙とパッケージなんだけど、その……配送票に思いっきり、ぜ、『絶頂っ! ヴァージンクイーン・エリザベス初回限定版』って書かれるんだけど、これ、間違いなくソーチョーの、だよねぇ?」

 

『……しんみりしたいのか突っ込みたいのかどっちかにしなさいよあの男……っていうか、ぬるはちを最後にするって言ってたわよね、今朝』

 

 

 深いため息をついているマルガに、ソーチョーだからねぇと苦笑を返すしかないマルゴット。

 仕事ではあるが、あまりお届けする気になれないお品物だった。

 

 やや大きなため息をつき、それでもお仕事、と気合を入れた――その矢先。

 

 

「どうしたんだ、マルゴット。ため息なんかついて」

「ウェッヒェイッ!?」

 

 

 

 ……肩を突然叩かれた有翼魔女の、なんとも貴重な驚きの奇声である。

 

 

 

 

「セージュンかー、ビックリしたー……ホント」

「す、すまん。いや、凄い奇声だったが……」

 

 

 忘れてね……? と、恥ずかしかったのか、やや赤い顔でホウキ(ヘルリッヒ)をチラつかせるマルゴット。――Jud.と即座に返した正純は正しいだろう。

 

 

「でも、こんなところでセージュンに会うなんてねー、どうしたの?」

「ああ、三河からの帰り、かな。一度自宅に帰ったから――正しくは違うだろうが。これから教導院――後悔通りのほうへ行ってみようと思って」

 

 片手に抱えた緋色の座布団――と思われるほどに折りたたまれた、緋の着流し。

 見覚えのありすぎるその色合いに、そういえば、とマルゴットは思い出す。なにやら止水の格好がいつもとやや違っているように思えていたことを。

 

 そして同時に、これのせい……いや、おかげで大変眼福な思いをしたのだ、とも。

 

 

「……セージュン、それってしーちゃんの?」

 

「ん? ああ、その、風邪を引かないように、とかけてもらったらしくて、な。アイツは教導院に真っ直ぐ戻っていくと言っていたから、そこで返そうかと……」

 

「へ、へぇー……そ、そうなんだぁ……あ、今配達中だからナイちゃんが一緒に届けてあげようか? もちろんただで! むしろこっちがお金払うから!」

 

 

「……あの、マルガ? マルゴットってこういうキャラだった、か?」

 

『小等部の『気になる男の子の椅子にこっそり座りたがってる女の子』って認識でいいわよ基本』

 

 

 繋がったまま放置されたマルガは呆れ顔。

 

 やや幼くなったマルゴットを想像して……正純がそれを抱きしめたくなったのは、完全な余談である。

 

 

『はぁ……ほら、マルゴット、貴女レースに出るんでしょ? 後輩から部費全額かけられてるんだからね。あと、正純の今日の夜のことと……そうね、ついでにその荷物、頼んじゃえば?』

 

 つい数分前にレースの歌を口ずさんでいたくせにレースの存在を忘れていたらしい。しかも自分だけの負けで済まないとなれば、棄権するわけにもいかず――。

 

 ……マルゴット、無念。

 

 

 

「えっとね。今日の夜、ソーチョーが学校で幽霊払いするんだけど、セージュンも来る? 夜の八時に大破した階段のとこ」

 

「あー、いや。うちは村山のほうにあるから――夜に教導院のある奥多摩にいこうとしたら夜番の番屋を通ることになる。そうなれば父に……って待て、大破って何だ大破って!?」

 

 話の流れの中でおかしい、というよりあっちゃいけない単語に見事なノリツッコミ(無意識)を打ち込んだ。

 

「気にしなーい気にしなーい。正純のお父さんって確か暫定議員のえらい人だっけ。ならしょうがないか。それじゃあ、そんなセージュンにプレゼンツ!!」

「……いや、すまん。こんなものを渡されても正直困る。っていうかこれ、なんでこんなものを生徒会が!?」

「A、ソーチョー」

 

 

 わかった? ――Jud.

 分かり合うことは大切であるが、分かり合うことでこんなに物悲しくなったのははじめてであった。

 

 

「お説教や文句はソーチョーにお願いね、今多分、後悔通りにいるはずだから……それに、後悔通りに行くなら、ソーチョーにも会っておいたほうがいいと思うし――しーちゃんにはそのまま会うみたいだから。二人には、絶対会っておいて」

「何故? 何故会っておいたほうがいいんだ?」

 

 

 それから、少しだけ物悲しそうな笑顔になり。

 

 

「明日、明日のお話に、付いていけるから。それに、セージュンって――」

 

 

 

 マルゴットが何かを言おうと、伝えようとしたとき。軽快でなんとも挑発的なラッパ音が響き渡った。

 少しでも逸れていれば、音が反響して位置が掴みづらかっただろうが――真上から聞こえたその音を、聞き逃すはずも無く。

 

「なんっ!?」

 

 

 見上げた空に、数十はくだらないだろう影が飛んでいた。

 

 

「配送業のみんながやってるレースや模擬戦だよ! じゃ、荷物よろしくねセージュン!」

 

「おらぁっ! さっさと上がってこいよ双嬢(ツヴァイフローレン)! 今度は負けねぇ! 年寄りの意地を見せてやらぁ!!」

 

 

 正純がなにを問うまもなく、マルゴットは翼を広げ――重力の枷を振り切って大空へ。

 

 配送業の誰よりも高く。ホウキにまたがるその前に。ちらりと視線を送ったのは、呆然と見上げてくる正純。そして――

 

 

(ありゃ、しーちゃんかな。あれ――む?)

 

『? どうしたの? マルゴット』

「……えまーじぇんしー。しーちゃんと喜美ちゃんがいい感じで急接近なう」

『!? Jud. あ、でもこっちも手が……!』

 

 

 

 ――魔女達は空にて、ただ焦っていたそうな。

 

 

 

***

 

 

 

好きか 嫌いか

 

 

好きで 嫌いだ

 

 

 その者もそれを笑うものも、きっと未熟者

 

 

配点《私》

 

 

***

 

 

「ちょっとミリアムさん! 止水君を『兄さん』ってどういうこと!?」

「どうもこうも、止水兄さんに『呼んでいい?』って聞いたら『好きにしろよ』って返されたから呼んでるだけよ? 何か問題?」

 

「……ず、ずるい! 余もお兄さんみたいだなぁーって思ってたのに! 同い年だからそう呼んだら悪いかなー、って……!」

「あらそう、でも私は踏み出したの。勇気を出したのよ? だから当然の権利なの。分かるでしょ?」

 

「な、なら余もお願いしてくる!」

「ちょっ!? それはダメよ!」

 

「なんで!?」

「なんでもよ!」

 

「――!!」

「――!!」

 

 

 ――失礼。あわせるチャンネルを間違えたようだ。

 

 

 

***

 

 

 足を向けては、方向を変え。

 顔を向けては、明後日へ逸らす。

 

 

 同じ場所を幾度と無く行ったりきたりの挙動不審。

 付け加えて、明らかな奇行も見て取れる。

 

 

 

 それを、目を凝らしてやっとの位置。

 見物するにも遠すぎる。駆けつけるにも遠すぎる。

 

 しかし、『知られず見守る』ギリギリの距離。

 

 

 

「――トーリは何をやってるんだ、あれ」

「見たら……まあ普通はわかんないわよね。でも、アンタなら分かってるんでしょう?」

 

 先客は振り返らない。声を聞けば、すぐに分かる。

 後客もそれを気にしない。先客が座る反対側に立ち、同じものを眺めていた。

 

 

「……意地悪な男ね、止水のオバカ。それ、狙ってやってるの?」

 

 

 つれない男を責める目で、少し離れた位置に立つ止水を見咎める。傍に立たない。

 その上、腰すらも下ろさない。まるで、またすぐにどこかへ去るぞ、と体で言って、縋る女を吊り上げようとする悪い男のようだった。

 

 

 

「え、何が?」

 

 

 

 首をかしげている。きょとんとした顔で、本気で喜美が何を指していっているのか分からないように……。

 いや、事実。分かっていないのだろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

 ため息を付かれたことで更に首をかしげ――俺、何か悪いことしたか? と少し不安そうな顔だ。

 

 ――機微に疎いと嘆くべきか。それとも、慣れていないという事実を喜ぶべきか。

 

 

「いい女が、一人物憂げにしてるのよ? いい男になりたかったら、黙って傍に寄り添ってればいいの」

「別に俺は『いい男』というものになりたいわけではないん――Jud. なりたいですいい男に」

「よろしい」

 

 

 決して無言の圧力に屈したわけではない。――多分。

 

 

 そのまま何の情緒も躊躇いもなく。それどころかため息をついてからスタスタと喜美の横に立ち、同じようにトーリを眺める。

 

 

 

(はぁ……これも、惚れた弱み、ってヤツなのかしらね)

 

 

 後ろに回って、優しく抱きとめろ――とまで言わない。

 隣に座って、肩を抱き寄せろ――とも言わない。

 

 ……せめて座れ。顔が高い位置にあって首を痛めるほど上げても顔が見えないではないか。

 

 それなのに――。

 

 

(……こんなことでドキドキしてるとか、笑えないわね)

 

 

 喜美は、顔が赤くならないようにするのに必死だ。それに比べ、止水は日頃変わらない顔で後悔通りの入り口付近を眺めている。

 

 

 ……なんだか、ずるい。

 

 

「……十年、か」

「――長かった?」

 

「短かったろ。まだ十年だ」

 

 Jud.

 答えは喜美と同じ。『まだ』十年しか経っていない。

 

 

 ……誰もかれもがもう十年。早いものね、と口にする中で。止水だけが、『まだ』と。言ってくれた。

 

 

「それに、多分だけど――あいつのなかじゃ時間は経ってないだろ。十年どころか、一年も。一ヶ月も、一週間だって。アイツは多分、あの日のままで止まってる――いや、止まろうと努力してる――かな」

 

「そう、ね――アンタはどうなの? ちゃんと十年、進んでる?」

 

 

 喜美はいつもどおり。少し人を小馬鹿にしたような口調だ。

 

 

 ――経っているわよね? ちゃんと私と、同じ場所にいるわよね?

 

 

 そんな不安を……欠片も見せずに。

 

 

「……さっき十年って、言わなかったっけ俺」

「察しなさい。女心よ」

「……男なんだから察せないよ。……いや、トーリとか点蔵とかの考えてることもいまいちっていうか全然わかんないんだけど」

 

 

 あれはなぁ、と頭を掻く止水。

 何度か無理矢理『談義』につき合わされたことがあり……その時のことでも思い出しているのだろう。

 ――ズドン巫女を筆頭にした擬音系女子達が強制執行を行って毎度流れているらしいが。

 

 

 

「……止水。アンタはどう思ってるの? ――愚弟の告白のこと」

「トーリの告白? んー。んー……ついに。って言うのもあるし、やっとか。あ、一緒か――とりあえず、今すぐ後ろから蹴っ飛ばして後悔通りに突撃させたい」

 

「フフ、意外とスパルタね。でもやめときなさいよ? 顔真っ青にしてリアルリバースするわよあの愚弟」

 

 

 JudJud. と了承しているが、きっと、喜美がゴーサインを出したら本当に蹴りにいきそうだった。

 

 

 そうじゃなくて。

 ――喜美が聞きたかった、答えは得ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――好きだったんでしょう? 止水だって、ホライゾンのこと」

 

 

 

 

 

 

 ――風が、抜けた。 

 

 喜美の髪を揺らし、止水の緋衣を揺らしたその風が、止む。

 

 

 

「好きでもあったし、嫌いでもあった、かな。――なんだろう、難しい」

 

 

 

 十年越しのその問いはそんな感じで。何とも、あやふやなものだった。

 

 

「――弱いクセに芯が強くて、誰にでも優しくってさ。でも全然自分のこと大切にしないんだ。そのクセ俺が無茶したら、『自分を大切にしろ』って拳骨が飛んで――あ、一番最初の弱い無し。……まあ、そんな姫さんが、好きでもあったし、嫌いでもあった」

 

 

 それは、『好き』……の感情だろう。それもかなり強めの。

 

 

 

「アンタ、馬鹿ねぇ……筋金入りの」

「……聞かれたから正直に答えたのに、何故こうも酷く馬鹿にされないといけないのだろう」

 

 

 肩を落として落ち込む止水に、喜美は笑う。笑えている。

 

 きっと、笑っている、はずだ。――隣に座らせないで正解だったらしい。

 

 

「あれ、正純か。アイツもとうとう、踏み出してくるのかな」

「始まりの後悔通り、愚弟も入っていったみたいだし……迎えにいくわよ、止水のオバカ」

 

 いつもどおり、指示を出す。そしていつもどおり、止水が前を行き、自分が悠々と進む。それでいい。これでいつもどお――

 

 

「はいはい、JudJud.……ああ、そうだ。好きとかどうとかの話なら、喜美だって好きだぞ」

 

 

 

 ――ずるっと。

 

 場所は皆まで言うまでも無く、階段である。

 

 

 

「それにトーリに智に鈴に――ん?」

 

 

 そして、当然前にいた止水にぶつかる。

 普通なら、普段ならそれで止まっていただろう。

 

 

 ……耐えようと僅かに踏ん張った際に、その足場が崩れなければ。

 おおよそ、前々回のお話である。大破している階段にいたのが不幸だった。

 

 

 今朝の焼きまわしか、転石トラップの様にゴロゴロ転がっていく喜美と止水。

 

 

 急な傾斜を勢いよく。日頃からは想像できない可愛い悲鳴を上げながら、一気に転がっていく二人。

 

 ちゃっかりしがみついて堪能していた、なんてことはない。

 

 

 

 無自覚にずるい男の態度とあわせて、プラスマイナス0だろうから。

 

 

 

 ――後、不思議とけが人が出なかったこの件について、緋衣の学生が『がんばったからな……』と苦笑していた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

今回の妄想提供――

ちんまいマルゴット

 お兄ちゃんっ子決定戦

儚い喜美

――――以上

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