境界線上の守り刀   作:陽紅

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梅組だったらこうなるかなぁ、というクリスマス


番外編 【クリスマス】

 

 

「んー……!」

 

 

 ググッ、と手を上へと伸ばせば、背骨や肩から軽快な音が鳴って、少し気分がよくなる。合わせて首を左右に振れば、鈍い音がコキコキと。

 

 

 パキッ。

 

 

「……まて、私今足動かしてないぞ……?」

 

 

 A.運動不足です。

 

 ――そんな自分の体の異常にすこしだけゲンナリしつつ、武蔵アリアダスト教導院生徒会副会長、本多 正純は再度、机に向かう。伸びるためにおいたペンを取り、自分の承認待ちの書類の厚さを見て、少し満足そうに頷いた。

 

 

(この分なら、年始明けの仕事も何とかできそうだな……)

 

 

 場所は生徒会室。時刻は放課後――をとっくに過ぎた、最早夜。正純以外の役員の姿はなく、教導院内にも人の気配はない。生徒は当然として、週末というだけあって教員団"スパルタさん"に名を連ねる先生ズもとっくに帰っている。

 

 では何故正純が残っているのかと言えば、彼女一人に仕事が押し付けられた、というわけではなく、また、彼女自身の仕事が残っていたせいで、というわけでもない。

 

 

 詰まるところ、正純が自主的に残って先々の仕事に手を出しているだけなのだ。

 

 空いている時間に片付けてしまえば、バイトである講師の仕事にも身が入るし、何より、馬鹿が特に考えもせずに勢いでGOサインを出す、なんてことを止めたりも出来る。

 

 

「しかし、もう真っ暗だな……流石に、この時期は日暮れが早いか……」

 

 

 吐く息が白くなり出して、数週間ほど。

 

 皆の装いが厚着になり出して、数ヶ月ほど。

 

 

 ……馬鹿はいまだに全裸ネタを、くしゃみをしながらやっている。……慣れてしまった自分がいて嫌になったのはもう大分前だ。

 

 

「……くくっ」

 

 

 くしゃみで思い出した。思い出して吹きそうになった。あのやたらと大きな体の男が、やたらと小さな可愛いくしゃみをするのも増えた気がする。なんでも、以前までは大きかったのだが、鈴や子供がビクリとするのを見て直したんだとか。

 

 自分のことでは大雑把なくせに、誰かが絡むと細かくなる。そんな男。

 

 

 

 

「ふふっ……だからって、あれはないよなぁ」

 

「だからって何がないんだよ?」

「うぉわぁ!?」

 

 

 噂をすれば影、という言葉をそのまま守るように窓から軽く現われた止水。

 暗がりから突然、というのと、正直マジビビリがあいまって、正純の体は跳ね上がるように後ろへ。しかし当然椅子に足を取られてしまい、そのまま倒れこみ……。

 

 

 ――片手で後頭部を押さえてうずくまる止水が出来上がった。

 

 

「むぅ……っ」

「わ、悪いっ止水!! っていうか、どうしたんだお前? こんな時間に……」

 

 

 ちらり、と壁掛け時計を見れば、短針が7を少し過ぎている。

 教導院に忘れ物を取りに、という時間ではないだろう。本日の梅組に宿題的なものは無かったと正純は記憶しているので、急ぎで取りに戻る必要性があるものが思い浮かばない。

 

 

(……も、もしかして、私を迎えにきてくれた、とか……?)

 

 

 後頭部の鈍痛を涙目でさすりつつ痛みに堪える止水を見て、少し、いやかなり可能性のある理由を思いついた正純。

 

 

 夜――そこまで遅くない時間とはいえ、あたりは暗い。等間隔で街灯の明かりがあるので足元が、ということはありえないが、昼に比べて不安が増すのは確実だろう。

 その上、武蔵は治安がいいとは言え、それでもヤクザ者などのならず者が少なからず住んでいるのだ。……そして、そういった連中が動き出すのは決まって日が落ちてから。

 

 そんな中を……正純《女の子》を一人で帰らせる……というのは、流石に抵抗があるだろう。

 

 

 

 ――もしも、もしもそう心配して迎えに来てくれたのだとしたら……?

 

 

 

(――大変、嬉しいかも知れなくも無きにしも非ずといいますか……その、えっと)

 

 

 

 ……抗争時はいろいろ突き抜ける感のある止水だが、それ以外のときでは大体日当たりのいいところで眠りこけるか、誰かの手伝いや手助けをしているか。頭や肩の上に黒藻の獣や誰かの走狗を乗せてぶらついている、なんてことも多々あり……。

 

つまりなにが言いたいかというと、止水は日常パートでは、いたって常識的ということだ。

 

 

 白昼堂々自分の性癖を題目にした談義を行うことも、いきなり脱ぎ出して初等部教室に突撃することも、いきなりズドンしだすことも、人の顔を化粧して遊んで際どい衣装を着せて街中に放り出すことも、彼はしない。 

 

 

 だから、常識的に考えて……『正純という一人の女の子を心配して迎えに来てくれた』という理由が、かなり高いのだ。

 

 

 ――なんて事をつらつらと、赤ら顔で髪をいじりながらモジモジしつつ理論付けしていく正純の傍らで、いまだ後頭部を抑えながら止水がのっそりと立ち上がる。

 

 

 

「いやな、そろそろ時間だなー、って思ってさ。ほい」

 

 

 そして止水は、頭を掻いていたほうとは逆の手にずっと持っていた紙袋を正純へと差し出す。思わず紙袋の底を持つようにして受け取ったその手には、ほのかなぬくもりがあり……。

 

 

「止水……なんだこれ」

 

「肉まん」

 

 袋を開けてみれば、確かにそこには五つほど。白くて大きなまん丸がホカホカと……。

 

 

「いや、お前……なんだこれ」

 

「え、だから肉まん……だろ?」

 

 止水も自分が知らぬ間に別のものを運んでいたのかと焦ったが、正純の持つ紙袋の中身を見て安心。

 疲れてるのか? と若干心配されたが、正純は無視した。

 

 

 

 ――紙袋の側面を見れば『青雷亭』の文字。そこの肉まんだろう。確か、寒い時期になると毎日長蛇の列が出来るほど人気があると聞いたことがある。寒い思いをしてまで食べたいあたたかいもの、というのは本末転倒な気がしないでもないが、それだけ美味ということだろう。

 

 

「いや、ほら。確か正純、昼飯食ってなかったろ。家に忘れたーとか言って。それで、そろそろ晩飯の時間だし……流石にこの寒さで外で倒れると……うん」

 

 

 心配はされていた。……されてはいたが『女の子』としてではなく『欠食学生』として、と注釈がつく心配だった。

 

 そのことに大変物申したい。大変物申したいのに、袋から香るなんとも言えない美味なる香りがががが。

 

 

「……くっ! い、いただきます」

 

「うん。初めて聞いたよそんな悔しそうないただきます」

 

 

 両手くらいはありそうな大きめな肉まん。ソレが五つ。どれだけ大食いだと思われているのか問いただしたいが、お腹が空いているのも事実。――実は今日、寝坊しかけて朝も食べていなかったのだ。

 

 

「……っていうか、それ俺の分もあるからさ、全部食わないでくれよ? 善鬼さんにかなり頼み込んで……おい正純!? 待って、せめて一個! ねぇ!?」

 

 

 

 

***

 

 

 

「詰め込みすぎて喉に詰まらせるって……」

 

「う、うるさい……!」

 

 

 

 大変おいしくいただきました。ちなみに正純が三個半、止水が一個半。溢れる肉汁に考え尽くされた味付け、もっちもちの生地。なんとお一つのお値段、130円なり。

 

 ……喉に詰まらせた後から正純の顔はやたらと赤い。まあ、意識している相手の前で男子の倍を軽く食べ、しかも喉に詰まらせるという食いしん坊でありがちなポカをやらかしたのだから、まあ、当然だろう。

 喉に詰まった解決策として、止水の竹筒水筒から直接水を飲んだことも若干関係しているだろうが。女の子の秘密なので詳細は伏せる。

 

 

 

「うん、腹ごしらえも済んだし、そろそろ行くか」

 

「……? ああ、帰る、のか」

 

「…………」

 

 

 話の流れからして、止水がそろそろ帰るんだろうなぁ、と判断して……少し寂しげな声になった正純。だがその正純を、呆れたような目で見てくる止水に、彼女は首を傾げるしかない。

 

 

「……はぁ。皆がうるさいから来てみたら、トーリの言うとおりだったと」

 

「え、え!? まて、止水! 何で照明を消す!? え、まさか……!? ま、まて!! こんな場所じゃさすがに……その!?」

 

 照明を消すやいなや、何やら盛大に勘違いしている正純を問答無用で背負い上げ、自分が入ってきた窓をガラリと開けて、お外へダイブ。

 

 

 

「お前ここ三階――ッ!!??」

 

「よりも高い所へ飛んだり落ちたりしてるだろうに……」

 

 

 慣れとは恐ろしいもので、『そういわれれば』と思い出した正純は冷静に止水の背で体勢を整える。

 そして止水が大地に着く衝撃もさして感じず、走り出したことに夜の冷たい向かい風に眼を細めた。

 

 

 

 彼は、どこかへ行こうとしている。冷たい風のおかげが、先ほどの会話からいろいろとヒントが見付かる。少なからず、トーリを含めた皆が関係しているらしいが……。先ほど口走ったことは忘れることにする。もちろん、精神衛生上。

 

 

 教導院の校庭はとっくに通過して、長い階段も今飛び降り終えて。

 

 奥多摩から武蔵野へ移り、一度も止まることなく村山へ。そして村山から浅草まで、数分とかからずに駆け抜ける。

 

 

 浅草の船尾に来て、ようやく正純の眼にも、『それ』が見えてきた。

 

 

「しまった……すっかり忘れていた……」

 

 

 だろうな、と苦笑したここまでの送迎役は、その会場の入り口にて正純を下ろし、少し芝居がかった動作で、彼女を舞台へと連れて行く。

 

 

「おぉう! おっせぇぞセージュン!? もう始まってるぜぇ!?」

 

 真っ先に視界に飛び込んできた、赤い帽子を被った全裸。なんかオブジェを足に挟んで上下――いや、止そう。せっかくの高揚が消えてしまう。

 

 

 

「今日、クリスマスか……!」

「ああ。企画とか云々はトーリと喜美だったかな。……だからまぁ……頑張れ」

 

 

 何をだ、という前に。ガバリと彼女は、捕獲される。――姉に。

 

 

「ククク! 来たわね変身前が! 今日という今日は作ってみせるわ絶対領域!!」

「冷たっ、ってお前酒臭……待て! お前なんだその格好!?」

 

「見て分かりなさいよ。クリスマスよ? そしていい女。足し算したらこうなるでしょう普通。エロサンタコスよ!! ぶっちゃけ寒いわ!!」

 

 

 防寒具という存在に喧嘩を売っていそうな、水着といわれれば信じてしまいそうなほど布面積が狭い。

 

 

「……ナイちゃんね、もう……お嫁さんにいけないかなぁ……これ」

「既成事実よマルゴット。ほら、クリスマスで出来ちゃったとかよくある話よ?」

 

「……肉食が草食になる時代ですのね」

「……ミトはまだいいですよ。私なんて、さっき初等部の子に『ホルスタインだぁ!』って言われたんですよ?」

 

「自分! 以外とまともですよこれ! メリークリスマスです!!」

「あんまり動くと『見える』さねアデーレ。……いや、あたしもやべぇけど」

 

 

 

 

「私たちは安全圏ね。……東、貴方も意外と似合ってるけど」

「や、やめてよぉ! これは無理矢理着せられただけで……!」

 

「……みん、な、たのしそう、ですっね」

「メモリーカードを大至急、全自動人形に対し上位命令を発動。各員己のジャスティスに基づいた行動を取るように――――以上」

 

 

 

 など。などなど。ジャンルは各々違うが、一様に喜美の被害者達だろう。

 

 そして、ここにもう一人。新たな犠牲者が、名を連ねることになるのだろう。

 

 

「わ、わぁ!? し、止水、助けろ!」

 

「……うん、メリークリスマス。正純。じゃあ、強く生きろよ」

 

 

 男衆の軒並みがズドンバコンドカンと沈められている様を見たからか。それとも喜美の、獲物を見る眼を見たからか。はたまた、その両方か。

 

 

 

 

 清しこの夜……守り刀は、逃げた。

 

 

 

「う、裏切り者ぉぉお!! ってわぁ!? 待て、脱がすなせめて衣裳部屋に、こら、ちょっとまっ――」

 

 

 

 翌日。梅組の一部を除くほぼ全員が風邪を引き……教導院史上初の学級閉鎖になったりしたが――それは、また別のお話。

 

 




みんなの衣装は皆さんの脳内補完でお願いします。

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