奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(14)

・・・

・・

 

 

 シア・ヴァイスは不機嫌だった。

 

 所変わって、気球の上である。

 

 繰り返すが、シアは不機嫌であった。

 

 何も知らずに眺めているだけであれば、とても可愛らしいその頰をぷうと膨らませ、気球の縁に両肘をつき、それを台座がわりに顔を乗せるその様は、如何にも「私は今機嫌が悪い」と全力でアピールしている。

 

「そうピリピリしていると、綺麗なお顔が台無しですよ姫君」

 

 拗ねた子供をあやす様に、実際そうかなのかもしれないが、声をかける赤衣のルカに、当のシアはギロリとルカを睨み返すばかりで、そのふくれっ面はしぼむことはなかった。

 

 眼下のハンター達は、どうやらエレンがミハエル発案の“作戦”とやらを実行に移している様だ。一方アクラ・ヴァシムと相見えるミハエルとリコリスは、危なっかしくもしぶとく尾晶蠍の猛攻を耐え抜いていた。

 

「どうやら、姫君の狙い通りの結果には、なりそうにありませんね」

 

 シアの神経を逆撫でしたいのだろうか、ルカが彼女の不機嫌の原因を直球で尋ねる。

 言葉をかけられた真白い童女は、暫く押し黙ったままであったが、ディーン達が戦うイビルジョー側に動きがある事を見て取るや、諦める様に大きく溜息をつくのであった。

 

「まったく、悪い冗談だわ」

 

 ニガ虫を噛み潰す様に言う。

 

「折角ここまでお膳立てしたって言うのにね。何よアレ、反則じゃない?」

 

 言って指を刺すのは、怒り喰らうイビルジョーを相手取るディーンとフィオールである。

 

 ディーンは巨大な二刀を翻し、右手の大太刀は苛烈な斬撃を、左手の大剣は壁打ち(ツェッケ)による打撃を、自身の剛力だけではなく、時には遠心力を、時には前の動きの勢いをそのまま利用しながら、縦横無尽に斬撃の雨を降らせている。

 

 かたや盾を放り捨てたフィオールの方は、身軽になったせいか、ガンランスにはあるまじき機動力でイビルジョーを翻弄し、その完璧な見切りでイビルジョーの猛攻を完封している。

 

 そして何より、もう一方のミハエルである。

 

 彼らにとってに不幸としか言いようがない、アクラ・ヴァシムの出現。

 しかし彼は驚くべきことに、この不幸を僥倖へと引っ繰り返す作戦を立ててみせた。

 

「ルカ。貴方、こうなるってわかってたわね?」

 

 じろりと、ルカを睨みつける視線を細めながら、真白い童女は凄んで見せるが、それを受ける赤衣の男は、何処吹く風といった(てい)である。

 

 いや、と。

 シアは胸中で訂正を入れる。

 

 ディーン達三人だけではない。

 

 ミハエルの作戦をすぐさま理解し、そしてそれを疑わずに、分不相応な程の危険な恐暴竜との激戦区へと向かうメッセンジャーを買って出て、見事その役割を果たしたエレン・シルバラント。

 

 ミハエルと共にアクラ・ヴァシムを引くつけ、未だ彼共々食らいついているリコリス・トゥルースカイ。

 

 彼らの先輩にあたるイルゼやレオニードも、この必滅とも言える状況下で、目覚ましい活躍といえよう。

 

 悔しいが、認めざるを得ない。

 この現状では、シアの目論見は果たせないのだと。

 

「まったく。誰の味方なのよ、貴方」

 

 吐き捨てる様に言うシアであったが、それに対しては、さも心外だといったふうに、ルカは応えるのであった。

 

「いえいえ姫君」

 

 大仰に両手を振って見せる赤衣の男は、責める様な視線のシアに対し少しも悪びれた様子はない。

 何故ならば結果的には、彼女の求める結果以上の成果が上がるからである。

 

「よくご覧ください。姫君はディーン様しか注目されてはおりませんが、他の皆様もまた、素晴らしいとはおもいませんか?」

 

 問われたシアは、複雑な表情であった。

 

「まぁ、確かに」

 

 仏頂面で頷く。

 

 発展途上な現在であの活躍である。

 少なからず世間に名を響かせているハンターと並び戦っていても遜色がない。どころか、フィオールとミハエルにおいてはそれ以上に思える。

 

「ディーン様だけではなく、“災厄”の襲来には多くの力が必要になるでしょう。彼らは“相応しい”と、私は考えます」

 

 シアの傍に立ち、共に眼下を眺めながら言うルカに対し、シアは「私にはそれが、一番我慢できないのよね」と、いらだたしげに応える。

 

 同じ気球内にいるムラマサは、彼らの会話の中にある気がかりな単語を聞き漏らしはしなかったが、今はそれよりも、ディーン達の戦いに注視せざるを得なかった。

 

 だが。

 

「……なんとも……」

 

 彼の中の何か。ハンターとしてではなく、彼に流れる鍛治師の血だろうか。そのナニカが騒つくのを抑えることが出来ない。

 

 ディーンの大太刀と大剣の二刀流だけではない。

 

 フィオールの冴え渡る槍術。さらには銃槍といった絡繰(ギミック)を柔軟に使いこなす技量。

 

 そして、型にとらわれないミハエルの思考力。

 素晴らしい。

 

 だが実に遺憾な事に、今のハンター達の武器では、業物(わざもの)数打(かずうち)関係なく、彼等のチカラを最大限に活かすことが出来そうにない。

 

 それは、あまりにも勿体無い。

 第三者のムラマサが無念に感じるほどに、だ。

 

 しかし、彼等の(さい)のどれもこれもを更に活かせる“武器”があれば。

 

「君達には、本当に驚かされているばかりだ……」

 

 二人の異形の会話すらそっちのけで、伝説の妖工の血を継ぐ御堂村正(ムラマサ・ミドウ)は、不謹慎にも口角が釣り上がるのを抑えられなかった。

 

 

・・・

・・

 

 

「リコリス、様子がおかしい! 離れるんだ!!」

 

 ミハエルの叫び声が聞こえるや、リコリスは追撃をすぐさま諦め、一目散に踵を返した。

 

 刹那である。

 

 数回屈伸運動の様な素振りをみせたアクラ・ヴァシムが、勢いよく飛び上がったかと思うと、宙返りをしながら尻尾の結晶体を地面へ。

 

 より正確に言えば、先程自身が立っていた場所へと打ち出したのだ。

 ミハエルが注意を飛ばさなければどうなっていたことか。

 

 結晶体は地面に着弾すると同時に、乾いた破裂音を轟かせて爆発する。

 

 飛び散る破片から露出した顔面を庇いながら、危なげなく着地したアクラ・ヴァシムを睨み返す。

 

今しがた見せた隙をついて攻撃を仕掛けてみたが、どうやらそれはアクラ・ヴァシムの“誘い”だったようである。

 

「こんにゃろおっ!」

 

「リコリスッ! 次の攻撃が来る!」

 

 悪態をつかせる暇さえ与えるつもりも無いのだろう。

 起き上がるリコリスのそばまで移動したアクラ・ヴァシムは、振りかぶった右の大鋏を、身体ごと回転させる勢いで振るってくる。

 

「っくぅ!?」

 

 辛くも、右腕の盾で直撃を外し、大きく弾かれはしたもののダメージを最小限にとどめるリコリス。

 

 だが、アクラ・ヴァシムも今までの単調な攻撃だけでは仕留めきれないと攻撃のパターンを増やしてきたのであろう。

 

 いまだ体制の整わない彼女目掛け、結晶液を噴射せんと両の鋏を地面に突き刺した。

ミハエルは尾晶蠍を挟んだ反対側である。

 

 せめて動きを阻害せんと後ろ足に斬りかかるが、アクラ・ヴァシムの動きを止めるには、彼のレックスライサーでは攻撃力不足であった。

 

…躱せないっ!?

 

 せめてきたる衝撃とダメージに意識を飛ばされないよう、リコリスがその身を固めようとした、その時だった。

 

 「よく持ちこたえたな。リコりん」

 

 耳朶を叩く女性にしては低い響き。

 

 気がつけば彼女は大柄な女に小脇に抱えられ、噴射された結晶液を無事にやり過ごした後、やや乱暴に地面に降ろされていた。

 

「イタっ!」

 

 思わず非難じみた声を上げ、自分を助けてくれた人物を見たリコリスは、不覚にも泣き出しそうになった。

 

「待たせたなっ!」

 

 続いて聞こえた声は男性のもの。

 燃える様な赤髪をなびかせた歴戦のハンターが、リコリスの頭上に白い粉末を撒き散らす。

 

 生命の粉塵だと思うや、彼女を苛んでいた戦いの痛みが和らいでいく。

 赤髪のハンターは、袋に残った粉末を中空にばら撒くや、生命の粉塵は風に乗り、ミハエルの傷も癒してくれた様だ。

 

「イルゼっ! レオっ!」

 

 歓喜の声が喉から飛び出す。

 二人はリコリスに一瞬だけ振り返り笑顔を向けてくれると、アクラ・ヴァシムに向き直った。

 

「ミハエルさん! お待たせしました!」

 

 反対側では、駆けつけたエレンが注意深くアクラ・ヴァシムを見据えながらミハエルに声をかける。

 

「いや、思ったよりも早かったよ。流石だねエレンちゃん」

 

 レオニードの放った生命の粉塵の効果を実感しながら、ミハエルが返す。

 

「援軍の方は?」

 

「間も無くです」

 

 言ってエレンが、自分達がやって来た方向。

 北側にある岩山の間へと向かう入り口へと意識を向ける。

 

 そこには両側と砂丘に挟まれた道の奥からかから駆けてくる二つの影があった。

 

「どうしたどうした! もうへばったのか恐暴竜!」

「アゴさんこちら! 手のなる方へってなぁ!」

 

 口々に挑発し、走りこんでくるのはディーンとフィオールである。

 抜き身の武器をその手に持ちながら、しかもディーンは驚くべきことに大太刀と大剣を抜き身のまま左右の手に握ったまま、刮目するほどの速度だ。

 

 そしてそのすぐ後ろに続く巨影。

 ドスドスと地響きを上げて彼等を追う深緑の獣龍種がこの砂漠の平原に現れる。

 

「ミハエル! 援軍(・・)を連れて来たぜっ!」

 

 

 ヴオオォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!

 

 

 ディーンの声にまるで応える様に、怒り食うイビルジョーの咆哮が、夜の砂漠に響き渡るのだった。


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