奇談モンスターハンター   作:だん

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2節(4)

「ディーンさんッ!? フィオールさんッ!?」

 

 エレンの悲痛の声が聞こえる。

 どうやら彼女はダメージから立ち直ったようだ。

 

「そんなにヤワじゃねぇ、心配すんなっ」

 

 大きな声で怒鳴り返す様に応えるディーンが、フィオールを助け起こしながら、黒いディアブロスを睨みつける。

 

 どうやら、ミハエルの方も無事に戦闘復帰の様で、ディアブロスの側面からやや距離を置いて身構えている。

 

「奴め、早々に機嫌を損ねたか」

 

 ディーンに手を借りて立ち上がったフィオールが、眼前で唸り声を上げている黒角竜の様子を見ながらつぶやいた。

 

「ああ、噂にたがわず、気の短い奥様だぜ」

 

 軽口の様に返すディーンであったが、つり上がった口元とは違い、()の竜を見る目は笑っていない。

 

 ディーン達を蹴散らしたディアブロス亜種は、怒りに燃える瞳で自身を取り巻くハンター達を睨み返している。

 

 ──ゴクリ。

 

 自分が飲み込んだ生唾の音が、イヤに大きく聞こえる気がして、エレンは湧き上がって来る恐怖を押さえ込む様に、グッと奥歯を噛み締めるのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

「……フンッ!!」

 

 迫り来る巨体をやり過ごし、振り向きざまに合わせて振り下ろされたフルミナントブレイドが、ディアブロスの顔面へと叩き込まれた。

 

 若干硬い手応えを、その両腕に感じながら、イルゼ・ヴェルナーは無理に追撃しようとはせず、超重量を誇る大剣の一撃によって生じた体重移動(シフトウェイト)を、横に転がって無理矢理修正する。

 

 はたから見れば、絶好の連撃の好機(チャンス)であったのかもしれない。

 

 その証拠に仲間のうち二人、ルークとリコリスがイルゼの代わりにディアブロスへと攻撃を仕掛けるべく走るが、直後に響いた「二人とも待ちな!」というレオニードの声に止められてたたらを踏む。

 

 結果的に、それが二人にとっては良い選択となった。

 

 

 ブオォンッッッ!!

 

 

 (うな)りを上げて振り回される、棍棒状のディアブロスの尾が、レオニードの声によって足を止めていたルークとリコリスの眼前を、物凄いスピードで通過していった。

 

 尻尾の射程内にいたイルゼは、手に持っていた大剣を盾の様にしてその一撃をしのいでいた。

 

 防ぎはしたものの、何せ相手は巨大な飛竜種である。防御した大剣ごと後方に大きく仰け反るイルゼが、崩れる体制のなか強引にフルミナントブレイドを背中のマウントに戻す。

 

 戻すと同時に真横へとダッシュ。

 

 そのイルゼの立っていた場所を、赤茶(あかちゃ)けた巨躯が地響きを上げて通過していった。

 

「イルゼさん! 大丈夫?」

 

 ギリギリで、ころげるようにディアブロスの突進(タックル)を回避する事ができたイルゼのもとに、リコリスが走り寄る。

 

 援護する様に自らの前に立ったリコリスに「ああ」と短く返答しながらイルゼは立ち上がり、勢い余って遠くまで駆けていったディアブロスを睨みつけた。

 

「どうやら、ハズレを引いたのはこっちだったみたいだな」

 

 背後からかかる声に意識を向ければ、何時の間にかすぐ近くにレオニードが立っている。

 

「えっ? どういう事?」

 

 思わずリコリスがレオニードへと向き直って聞き返すが、視線をディアブロスから離れてしまった事をすぐさま思い出して、慌てて元の向きに直る。

 

 視線の先のディアブロスは、こちらの様子を伺いながら、一歩ずつゆっくりと距離を縮めていた。

 

 近づくにつれて、リコリスは一層その巨体を実感する。

 

 ディアブロスの全長は、平均して約20メートル前後であるとされているが、この個体はそれをはるかに凌駕しているようだ。

 

 だが、リコリスは何故レオニードがこっちの原種の方を『ハズレ』と言ったのか理解できなかった。

 

 確かに大きい事は確かに認められるのだが……。

 

「よく見てみな」

 

 リコリスの言いたい事が伝わったのであろう。レオニードが発した言葉に従って、リコリスは改めて、先のディーン達の時と同じく突如として現れた眼前の角竜を見やる。

 

 大きさに関しては先に述べたとおり。他に気になるところといえば、砂の海原に染められたかの様な土色をしているハズのその甲殻の色が、本来の“それ”よりも一際鮮やかなようで、どちらかと言えば朱色(しゅいろ)に近い。

 

 後は……。

 

「……片角(かたつの)?」

 

 リコリス達も突然地中から奇襲をかけられた為、ロクに相手を観察する暇が無かったが、一旦冷静さを取り戻してから見れば、本来は見事な双角(そうかく)であるハズのディアブロスの角の片方、右の角が根元付近から先が存在しなかった。

 

 イルゼの先の攻撃で折れたのではない。

 

 “もとから折れていたのだ”。

 

 近づくにつれて、角の断面が見えてくる。折れたばかりの断面ではない。長い時間を晒されたのであろう、他の面との色の違いがなくなっていた。

 

「ま……まさか……!?」

 

 背後でルークが呻く声が聞こえるのに一拍遅れて、リコリスも理解する。

 

 飛竜種の治癒(ちゆ)能力はとんでもなく高い。

 

 他の竜との縄張り争いや、ハンターなどによって受けた傷は、一週間とかからずに完治してしまうのだ。

 

 そしてそれは“例え尻尾や角を()たれたとしても同じ”なのである。

 

「ある程度ハンターを続けているなら、噂程度は聞いた事が有るだろう」

 

 レオニードの口から出た言葉は、普段の彼の飄々(ひょうひょう)とした口調からはかけ離れていた。

 

 そう。様々な狩場へと赴くハンター達の間でまことしやかに(ささや)かれる、都市伝説とも言えるウワサバナシ。

 

「ウソ……実在していたなんて……」

 

 沸き起こる戦慄に、リコリスが後ずさる。

 

「馬鹿な!! ギルドからは何の警告も無かったぞ!!」

 

 ルークも信じられぬとばかりに声を荒げるが、そんな事を今言ったところで、目の前の存在が(まぼろし)と消えるわけではない。

 

 今だゆっくりとこちらの様子を、まるでじわりじわりと恐怖を植え付けるかの様に睨みをきかせながら近づいてくるディアブロス。

 

 土色というよりは、朱色と言った方がしっくりくる全身に、何よりもその頭部には“折れたまま生え変わらぬ片方の角”。

 

 最早疑いようがない。

 

「セクメーア砂漠の深部(しんぶ)に君臨すると言われる、ディアブロスの王者」

 

 重々しい口調で語るレオニードから、ビリビリと緊張感が伝わってくる。

 

「他の個体を圧倒する巨躯をほこり、朱色の甲殻(こうかく)に身を包むその姿は悪魔の如く、何よりも目に付く最大の特徴は、折れたまま生え変わらぬ片角(かたつの)。人読んで……」

 

 ピタリと、まるでレオニードの言葉の間に合わせるかのように、ディアブロスの足が止まる。

 

 イルゼの右手が背中のフルミナントブレイドに伸び、リコリスとルークも手に持った武器の柄を、より一層強く握りしめた。

 

 もう一片たりとも気を抜くわけにはいかない。眼前にいるのは、ただのディアブロスではないのだ。

 

 都市伝説扱いされるのは、信憑性云云(うんぬん)の話ではない。

 

 目撃した者のそのほとんどが帰ってこられなかった為である。

 

 砂漠を行く全てのハンター達の恐怖の対象。角竜ディアブロスの突然変異種(とつぜんへんいしゅ)

 

 

 ──その名も高き。

 

「片角の魔王……ディアソルテ……!!」

 

 レオニードの口からその名が呼ばれると同時に、ディアブロス──否、ディアソルテが大地を蹴った。

 

「散れッ!」

 

 イルゼの鋭い声が飛ぶ。

 

 その声に強張った身体を突き動かされ、リコリスとルークはディアソルテの進路上から逃れる事ができた。

 

 ズンッズンッとを大きな足音を立てて通過していく巨体。一泊遅れて襲ってきた風圧がリコリス達へと叩きつけられる。

 

 辺境に君臨する大型モンスターのほとんどが、ハンターをはじめとする外敵に対して仕掛ける突進攻撃は、身体の大きさがその効果範囲に比例する言っても過言ではない。

 

 再び襲いかかるディアソルテの突進を回避する事は(いささ)かしんどい作業であった。

 

「ったく、ああも図体がでっかいと、かわす事も一苦労だぜ」

 

 レオニードが(つと)めて普段の口調に戻しながら言う。

 

「くそッ! 聞いていないぞ俺は!! ディアソルテなんて、非常識にも程があるぞッ」

 

 ルークの口からは悲鳴にもにた声が飛び出す。

 

「レオニード、撤退しよう。とてもじゃないがかなう相手じゃない!」

 

 およそギルドナイトらしからぬ物言いだが、ルークの反応は、普通のハンターならば仕方の無い事なのかもしれなかった。

 

 だが、そんな彼の声に応えるレオニードは、いつものシニカルな笑みのみで彼に返す。

 

 代わりに言葉でルークに伝えるのは、珍しくもイルゼの方であった。

 

「魅力的な提案だとは思うがな。生憎(あいにく)そういう訳にもいかん……なッ!」

 

 言い終えると同時に、並び立っていたイルゼとレオニードが左右に跳びすさる。

 

 

 ──刹那。

 

 

 ディアソルテの一本角が、彼等のいた空間を重々しい風きり音とともに通り過ぎる。

 

 あんなものに突かれたとしたら、いかな頑強な対モンスター用防具であったとしても、いとも簡単に貫かれてしまうであろう。

 

「今オレ達がコイツから逃げたら、次に狙われるのはあの少年達だ。そしてその次はレクサーラが危険にさらされる。逃げる訳には……いかんのさッ!」

 

「……そういうこったッ!」

 

 横っ飛びにかわしてから、器用に前転して体制を整えた二人が、今度は角の一撃を空振りして隙を作ったディアソルテへと迫る。

 

「オラァッ!」

「フンッ!」

 

 左右から挟み込むように、レオニードとイルゼが仕掛ける。

 

 硬い骨格で覆われた顔面ではなく、比較的肉質の柔らかい首を正確に狙うあたりは流石である。

 

 

 ズウンッッッッ!!

 

 

 したから降り上がるレオニードのドン・フルートと、上段から振り下ろされるイルゼのフルミナントブレイドが炸裂し、さしもの魔王もたまらず仰け反って後退する。

 

 そこへ駆け込むのは、なんとルークの相方であるリコリスである。

 

 果敢にもディアソルテの足下に取り付いたリコリスは、左手に持ったデスパライズを振るう。

 

「ハアァッ!」

 

 飛び込みながらの振り下ろしからすかさず切り上げ、更に休まずもう二連撃を加えるリコリス。

 

 片手剣使いの基本連撃だが、リコリスはこれをかなりの高水準でモノにしているようである。

 

「ハァッ!!」

 

 気合い一閃。くるりと回転(ターン)する勢いに体重を巧みに乗せた回転斬りが、ディアソルテの右脚に裂傷を刻み付ける。

 

 勿論、ディアソルテもなすがままではない、流石に無視できぬと、長く太い尻尾を振り回しながら回転し、足下のリコリスを蹴りとばさんとする。

 

「ッッ!!」

 

 間一髪。連撃の終了と同時にその身をディアソルテから離していたリコリスは、襲い掛かる右脚を回避し、一拍遅れてやって来た尻尾の攻撃を右手に持った盾で防ぐ事に成功した。

 

 乾いた金属音に似た音をたてて、(から)くも直撃をまぬがれたリコリスが数歩後ずさる。

 

「リコリスッ!?」

 

「レオさんとイルゼさんの言う通りだよルーク。ウチらがこのまま逃げる訳にはいかない」

 

 驚き声を上げたルークに、リコリスがディアソルテへの警戒を緩める事なく応える。

 

「それに、ウチらが頑張ってコイツを足止めしておけば、ディーン君達が援軍として来てくれるよ、きっと……」

 

 言葉を続けるリコリス。

 

 だが、ディーン達も恐らく遭遇しているであろうもう一匹は、このディアソルテの(つが)いにあたるディアブロスの亜種である。

 

 常識的に考えて、今だ新人であるディーン達が勝てる相手ではない。

 

 しかし、そう思うのはどうやらルークだけの様であった。

 

「そうだな。先輩としてはちょいとばかし恥ずかしいが、ディーンちゃん達が黒い方を何とかしてくれるまで、俺達も頑張るとしようか」

 

「ああ」

 

 レオニードとイルゼまでも、あの新人達が黒角竜を退けてくる事を疑っていない様である。

 

「ほ……本気なのか……?」

 

 まるで信じられぬと言った表情でつぶやくルークに対して、三人は口元を釣り上げる事のみで返すのであった。

 

 ルークは知らぬのだ。

 

 彼が見下していた新人達の一人が、かの大英雄“生ける伝説のフィン・マックール”の息子であり、その彼が父にも劣らぬ槍の達人である事。

 

 ルークは聞かなかったのだ。

 

 リコリスが見た、人混みの中でも速度を落とさずに、人の流れをジグザグとかわしながらメラルーを追い詰めた、驚愕すべき天才児をの事。

 

 ルークは気付かなかったのだ。

 

 華奢な外見に似合わず、自分自身と相手の力量を明確に見極め、且つ冷静に対処できる少女の事。

 

 そして、ルークは見ていなかったのだ。

 

 弾丸をはたき落とすという、常識はずれの身体能力を持つ、まるで出鱈目(デタラメ)な青年の事。

 

 だからこそ、レオニード達は彼らにかけてみる事を躊躇わなかった。

 

「さぁ、魔王様に挑もうじゃないの。覚悟を決めなよルークちゃん。頭の羽根つき帽子は伊達じゃないんだろ?」

 

 レオニードがニヤリと笑みを見せてルークに問いかける。

 流石にそこまで言われては、ルークはこれ以上弱気なところを見せる訳にはいかなかった。

 

「くそったれめッ」

 

 忌々しげに、いや、半ば捨て鉢気味に吐き捨てたルークが、すらりと背中の鬼斬破(おにざんぱ)を抜き放つ。

 

 そして、ルークのこの動きが戦闘再開の合図代わりとなった。

 

 

 ガアァァァッッ!!!

 

 

 魔王の口から威嚇の咆哮が轟く。

 

 大気すらビリビリと震撼するかのよう。

ハンター達は、かかる重圧(プレッシャー)に負けない為にも、きつく各々の武器を握り締めるのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

 目にも止まらぬ(やいば)の雨が、黒角竜(くろつのりゅう)の左脚部を襲う。

 

 一瞬できた隙を見逃さずに、あっという間にディアブロス亜種の足下に急接近したミハエルの双剣による、乱舞攻撃である。

 

 一本一本が、数ある双剣の種類の中でもかなり重い部類にはいるレックスライサーを、腕力だけに頼らず、遠心力や体重移動などをうまくつかって巧みにさばいている。

 普通ならばそれだけでかなりの神経をすり減らしそうな作業だが、ミハエルは更に背後から走り寄る気配にも気を配っていた。

 

「頭を上げんじゃねぇぞ、ミハエルッ!」

 

 背中にかかる力強い声は、彼が乱舞の締めくくりにと、両手の双剣を全力で振り下ろした直後であった。

 

 足下まで両手を振り抜いた姿勢によって、自然と前屈状態になったミハエルの頭上を通過する大太刀は、ディーンの振るう鬼斬破である。

先に見せた、まるで大太刀を片手剣のように扱うディーンの飛び込みながらの袈裟斬りだ。

 

 

 ザギィンッッッ!!

 

 

 鋼鉄の刃が、頑強なディアブロスの甲殻を削り取る。

 

 ミハエルがすかさずディーンの刃の制空権内から脱出した事を確認するや否や、今度はディーンの連撃がディアブロスを襲う。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 荒々しい語気に乗せて繰り出される斬撃(スラッシュ)斬撃(スラッシュ)斬撃(スラッシュ)

 

 先の一撃から返す刃で逆袈裟に切り上げるや、翻った刃が水平に駆け抜ける。

 

 更にはおまけとでも言わんばかりに、走り抜けた刃を追いかけて左の踵が叩きつけられた。

 

 後ろ回し蹴りである。

 


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