「居合い抜き……か?」
そんな彼等のやりとりの外で、フィオールが口を開くのを、ディーンは聞き逃さなかった。
「お? フィオールちゃんだっけか? 良く知ってるじゃないの」
ディーンが聞き返す前に、フィオールの呟きにレオニードの方が反応を示す。
「いや、私も実物を拝見するのは初めてですが……」
急に聞き返されて一瞬戸惑った様子を見せるフィオールが、レオニードに応えて返す。
それに何かしら言おうと、口を開きかけるレオニードを制して、ムラマサがその場にいる皆に聞こえるように声を出した。
「まぁ、細かい話は後にしようじゃないか」
その一言で、レオニードはムラマサの意図を理解した様子だ。
開きかけた口を閉じると、一歩退いてムラマサに話の主導権が移行したことを示す。
「どうやら、色々とややこしい事になっている様だし、少なからずの誤解もあるみたいだ。
そう言って周りの反応見るムラマサに対して、反対意見を言う者はいなかった。
「決まりのようだね。ではレオ、君のお勧めでかまわないから、今夜の
「あいよ。そんじゃ案内するから、みんな俺に着いてきてくんな~」
ムラマサの言葉に応え、皆の返事も聞かぬ間に歩き出すレオニードの背中を、一同は若干慌てて追いかけるのであった。
・・・
・・
・
「ええっ!? じゃあ、ウチの事も覚えてないって言うの!?」
酒と
「だから、そう言ってるだろうが」
それに応えるディーンの声は、
一同がレオニードに案内されたのは、先の中央広場から一歩外側にでたところにある、広々とした大衆酒場であった。
百人くらいは楽に座れるであろうスペースの店内の一角にある、大人数でも一堂に会す事ができる大きなテーブルに彼等の姿がある。
「もっとはっきり言やぁ、大体6歳位から昔の記憶が、キレイさっぱり無い。だから、小さい頃アンタと遊んだ記憶もなければ、リコリス・B・トゥルースカイなんて名前にも、全く聞き覚えがないな」
そこまで言うと、ディーンは目の前に置かれた
ゴトンと音を立てて置かれるジョッキから、
「で、でも、君はディーン君なんだよね? ディーン・シュバルツ君で間違いないんだよね? それにあの歌、ライザおばさんがよく唄って聞かせてくれてたもん」
それでも納得がいかないのか、リコリスは食い下がる。
向かいの席に座るディーンの方へと腰を浮かして、身を乗り出さんばかりだ。
「ね、何か覚えていない? 何でも良いんだ、何か思い出せないかな!?」
「うっさいな! わかんねぇモンはわかんねぇって言ってるだろうが!」
しかし、必死の形相で問いかけてくるリコリスだが、たまりかねたディーンに怒鳴り返されると、「そんなぁ……」と呟いてシュンとなってしまった。
「ようやく、同じサンの村の生き残りに出会えたと思ったのに……」
乗り出していた姿勢から自分の座っていた座席に座り直し、リコリスはこれでもか言わんばかりに、思いっきり落胆した声を出す。
そんなリコリスの様子に、流石にディーンもバツが悪くなったのか、「ったく」と苛立たしげに言って頭をかいた。
…聞きたいのはこっちの方だっての。
胸中で呟くが、リコリスの落胆っぷりが凄かったので口にするのはやめておいた。
口に出していってしまえばしまうほど、何だか自分が悪者のような気がしてくるだろうからだ。
「それにしても、ディーンが昔の記憶を失っていたなんて、初めて聞いたな」
「そうだね、僕たちも初耳だよ」
そんなディーンの様子に気を使ってか、フィオールとミハエルが話の方向を変えてくれた。
右隣に並んで座る彼等の言葉に内心感謝しつつ、ディーンは「わざわざ言うようなこっちゃねぇと思ってな」とぶっきらぼうに言って返す。
「そんな……」
と、左隣に座るエレンが心配そうに声を出すが、ディーンはそんな彼女の言葉を聞こえないフリをするのだった。
「何にしても驚きだな。ディーン君とリコリスちゃんが、あの“サンの村の悲劇”の生き残りとはね」
今度はムラマサが口を開くと、レオニードも同意して頷く。
「12年前、たった一夜にして滅んでしまった、通称“サンの村の悲劇”か……そん時ゃ俺もまだまだガキだったけど、噂話はよく聞いたぜ」
「うむ。何でも、何の前触れもなく空から一匹の正体不明の“黒い龍”が飛来し、瞬く間に村を
ムラマサが重々しく語るのは、12年前の当時、この辺境を震撼させた事件の噂話である。
本来、何の前触れも見せずに人里に飛竜が現れることなど、まず有り得ない。
それはハンターズギルドはもちろんの事、
その監視網に全く引っかからずに黒い龍は現れたと言う。
常識から考えれば、それは恐ろしい事態である。
もし、その“黒い龍”が最初から“サンの村を襲うことを目的としていた”のだとしたら、明確に人間を標的としたモンスターが現れたという事になる。
しかも、ギルドと観測所の両方の監視網に全く引っかからない程の隠密性を見せるモンスターとあっては、対処のしようがないからだ。
だがその事件以降、件の“黒い龍”の目撃情報はぱったりとなくなり、いつしか“サンの村の悲劇”自体も
「本当です。ウチもディーン君も、サンの村出身ですし、“黒い龍”は本当にいました」
ムラマサ達の会話に、“サンの村の悲劇”を疑うような響きは無かったが、リコリスは念を押すように言う。
「ああ、すまない。そんなつもりでいったわけではないんだ」
少し慌ててムラマサが謝罪すると、リコリスも「いえ、ウチの方こそスミマセン」と言って頭を下げた。
「ウチには、あの事件で生き別れてしまった妹がいるんです」
下げた頭を上げず、俯いたままのリコリスが呟く。
「あの事件の時、運良く村の外れにいたウチら姉妹は、“黒い龍”の餌食にならなくてすんだんです。その後ウチらは別々の里親に引き取られたんですが。妹の……プリムの行方は、その時から解ってなくて……」
「ニャるほど。それで、その妹さんを捜すためにも、各地へと移動することニョ多いハンターになったって訳ニャのニャ?」
俯き話すリコリスの言葉を引き継ぐように言うネコチュウの言葉に、リコリスは頷いて肯定の意を表す。
「うん。それでルークの仕事を手伝いながら、一緒に各地をまわらせてもらって、手がかりを探していたんだ」
そう言ってリコリスは、チラリと隣に座った相方であるルークの方を見る。
この店に着くと同時に、各々自己紹介は終えてあるので、先のディーンとルークのいざこざの誤解は、取り敢えず解けてはいるのだが、やはり問答無用で斬りかかられた手前、未だにこの二人のムードは険悪であった。
ディーンはディーンで、自分に刃を向けた人間を簡単に許すほど心が広い訳ではないし、ルークはルークで、先のリコリスにディーンが詰め寄るところを目撃している為か、彼のことがひどく気に入らない様子である。
誤解であったとは言え、そう簡単に水には流せる二人ではなさそうではあった。
「ま、残念だったなリコリス。せっかくの手掛かりかもしれん奴だったが、肝心の部分の記憶を失ってるんじゃあ、てんで役には立たなそうだ」
そのルークが、思いっきりディーンに対しての皮肉を乗っけた言葉を放つ。
──カチーン。
その皮肉を受けて、ディーンの眉根がピクリと動くのを、その場の誰もが見逃さなかった。
このルーク・クライヴと名乗った男、ギルドナイトという立場のせいもあってか、一般の──しかも新人であるディーン達に対して、上から見下したような態度を見せることが多いようだ。
整った部類に充分入る容姿を持っているのだが、どうやら性格の方は、容姿ほど整ってはいないようであった。
特に、ディーンに対する態度はあからさまである。
「へぇへぇ、そいつぁご期待に添えずに、悪ぅござんしたね」
そんなルークの言葉に、ぷいとそっぽを向いて返すディーン。
短気な彼にしては本当に珍しく、公共の場での喧嘩に発展するという事態は起こさないように、なんとか自制したようだ。
「そ、そうです!」
急にパンッと
「ディーンさんとリコリスさんが同郷と言うことは、リコリスさんはディーンさんが忘れていることを知っているかもしれないんですよね?私、小さい頃のディーンさんのお話、聞きたいです」
エレンとしては、昔のディーンの話が聞きたかったのももちろんあったであろうが、それよりもいつ何時、彼の怒りが爆発しないかが心配であったのだろう。
「そうだね。ウチの知っていることでよければ、聞かせて上げるよ」
リコリスもエレンの気持ちを汲んでくれたのであろう。
無理矢理笑顔を作って話を合わせようとするのだが、彼女の相方は、そんな少女達の
気遣いなぞまるっきり眼中に入らぬ様子である。
「リコリス。そんな下らない話なんか後回しで良いだろう」
さも横柄な態度で言うルーク。
流石にこれまで“大人な”対応をしていたフィオールやミハエルに至っても、少なからず表情を険しくするが、当のルーク本人はそんな事を欠片も気にかける様子はない。
「まぁ、新人ハンター達はどうでもいいとして、そちらの二人はかなり“こなして”いるらしいからな。ギルドからの要請を受けるに値するだろう」
──ムカチーン。
あからさまに見下された物言いに、ディーン達だけでなく、最早エレンやネコチュウに至るまでもが頭にきていた。
勿論、ルークはそんな彼等の様子など気にもとめる様子はない。
ディーン達がそんな彼に向かって文句一つ言わずに堪えている理由はただ一つである。
それは彼が、ルークがギルドナイトであるからに他ならない。
多くのハンターを養うハンターズギルドにおいて、ハンター達を実質監視、管理するギルドナイトの役割はとても大きい。
言わば、ハンターズギルドにおける警察機構の様なものなのだ。
どんなにムカつこうと、そのギルドナイトであるルーク相手に問題を起こして、今後の狩り生活に支障をきたすようでは面白くないからであった。
「へぇ。そちらの二人って言うのは、俺とそこの姉ちゃんのことかい?」
見下されたディーン達の様子に、若干苦笑するようなそぶりを見せたレオニードが、いかにも横柄な態度のルークに対して応える。
そこの姉ちゃんと呼ばれ、チラリと向けられた視線の先には、ちゃっかり同席するイルゼ達の姿があった。
視線を向けられたイルゼは、我関せずと言った態度でそっぽを向きつつ、マイペースにジョッキを傾けている。
オトモの二匹も同様で、揃ってアイルー用の小さなジョッキに注がれたミルクを両手で持って、やはりマイペースにちびちびと飲んでいた。
「これでもギルドナイトなものでね。ラストサバイバーズのレオニード・フィリプス。あと、そちらは恐らく“
そんなイルゼ達の様子などお構いなしに口上を続けるルークであったが、彼がそこまで言ったところで、イルゼがようやくピクリと反応を示す。
「ワイルドな立ち回りと高い身体能力。そのあまりの野性味に、ババコンガの
イルゼの反応に調子をよくしたルークの口上は続くが、イルゼは機嫌が悪そうに「オレをその名で呼ぶな」と返すだけであった。
ぶっきらぼうに返されたルークは、一瞬だけ彼女の態度に眉根を寄せて見せたが、「まあいい」と気を取り直して話し出した。
「ここ最近、このセクメーア砂漠において、大型モンスター共の落ち着きがなくなってきているのは聞いているな?」