奇談モンスターハンター   作:だん

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1節(8)

 だが、ここで皆ぼさっとしていても始まらない。

 

 エレン達は、慌てて走って行くディーンの後を追うのであった。

 

「……なぁ。シラタキ、シュンギク?」

 

「何かニャ?」

 

「何ですニャ?」

 

 ぽつんと取り残された形のイルゼが、彼女と同じく完全に話の流れに乗り遅れてしまったアイルーとメラルーに問いかける。

 

「こういう場合、オレも追っかけた方がいいのか?」

 

 なんともすっとぼけた疑問を投げかけられ、胸中で何度も『空気読め!』と連呼しながらも、シラタキはなんとか言葉にするのをこらえることが出来た。

 

 どうせ口にしたところで無駄であることは、長いつきあいでわかっているからだ。

 

「アチシが思うには、ここは是非とも追いかけた方が良いと思いますのニャ」

 

 そんな時に限って、この性悪(しょうわる)メラルーはうまい言葉を回すものである。

 

「アネゴは、あニョ銀髪(ぎんぱつ)清純派(せいじゅんは)ちゃんを助けたらしいですから、あニョ方達もきっとお礼がしたいに違いありませんニャ」

 

 言うに事欠いて何を口走るかこの性悪。

 

 もっともらしい言葉を並べているが、結局は(てい)よくタカろうとする魂胆が見え見えである。

 

 見え見えであるのだが……。

 

「そうか……そうだな」

 

 脳内が少し残念な彼の主は、少しの疑問も持たずに頷くのであった。

 

「そうと決まれば、善は急げですニャ。アチシ達も急いで追っかけますニャん」

 

「おう」

 

 調子に乗ったシュンギクの言葉に、彼女にしては意気揚揚と頷き返すと、イルゼはシュンギクを伴って走っていってしまうのだった。

 

 こうなってしまってはしょうがない。

 

 一人残ったシラタキが、己の周りを見渡せば、彼の主にノされた者が二人と、ディーンという青年に睨み倒されて失神している者が一人。

 

 更には、ディーンが弾丸を防いだときに砕けたボトルの破片が、至る所に散乱している始末である。

 

 思わず溜息が出た。

 

「まったく……みんニャ、少しは片づけていってほしいのニャ」

 

 一人ごちるシラタキであったが、結局、彼もこの現状を一人で片づけることなど出来るはずもなく、知らんぷりして皆を追いかけていくのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

 レクサーラ中央広場の、その中心に位置する噴水は、その規模といい、大きさといい、レクサーラの中心に位置するにふさわしい物である。

 

 その広さは、直径にして約70メートルを超える。

 

 その噴水の外周を走るディーンは、耳に入ってくる音色が織り成すメロディーに突き動かされるかのように、その音色の発信源目指して疾駆した。

 

…知っている。

 

 どこで聞いたか、誰から聞かされたのかわからない。

 だが、記憶の中の、とてもとても深い部分の自分が訴えている。

 

 この曲……いや、この歌を、ディーン・シュバルツはよく知っているのだ。

 

「あれ……か?」

 

 ディーンが噴水の外周を回りきり、ちょうど反対側に差し掛かった所である。

 おそらくはそこが発信源であろう。いくつかのベンチが設けられた先ほどの場所とは違い、少し開けた形のステージのような作りをしたそのスペースに、けして少なくはない人集りが出来上がっていた。

 

 どうやら間違いなさそうだ。

 

 ディーンは「ごめんっ」と謝りながら、その人集りの中に無理矢理身体を潜り込ませて、人の輪の中心を目指す。

 

 周りの野次馬達には申し訳なかったが、がっちり着込んだレウスシリーズのおかげで、誰も文句を言おうとする(やから)はおらず、わりとすんなり、人垣(ひとがき)の最前列に入り込むことが出来た。

 

「……ぶはっ」

 

 それでも、人垣を分けて最前列にでるのは、ちょっとした手間ではあった。

 まるで海面から出るかのように息を吐いて、人の輪の最前列に出ることが出来たディーンの目に入った旋律の発信源は、彼がうっすらと予想していた、吟遊詩人や音楽家といった出で立ちとは大きく違っていた。

 

「おやおや。これはこれは、そんなに慌てて如何されましたかな、ハンター殿?」

 

 旋律の発信源たる人物から、人垣をかき分けて入ってきたディーンへと声がかかる。

 

「見たところ、お若いのになかなか腕がお立ちの御様子(ごようす)。そんな方にわざわざお越しいただけるとは、一介(いっかい)道化師(クラウン)には過ぎたる光栄に御座います」

 

 そういって、(うやうや)しく膝を折ってみせるのは、自身が名乗ったとおりの道化師(クラウン)であった。

 

 先のピアノの音色は、彼が首からベルトでお腹の前にくるように吊られた、長方形の鍵盤(けんばん)から鳴らされたようである。

 

 いったいどういった仕組みなのか解らないが、本来は相当の大きさを必要とするピアノの奏でる音を出すには、些か以上に、この鍵盤は小さすぎた。

 

 しかし、そのような疑問が吹き飛ぶほど、目の前の道化師は異様であった。

 

 

 ──(あか)いのだ。

 

 

 日も殆どが地に没し、空には星の(またた)きが見え始めた頃であるにも関わらず、まるでグツグツと煮える熔岩のような深紅(しんく)道化服(クラウン)は、暗がりになお冴《さ》えわたるかのようである。

 

 素顔は見えない。

 

 やはり()()な装飾の帽子をかぶった道化師(クラウン)のその顔には、三日月型に笑う口の笑顔を模した仮面がかけられているからだ。

 

 赤を基調にした装飾の道化師はごまんといる。

 

 しかし、この深紅の道化師(クラウン)(あか)は度を過ぎていた。

 

「して、ハンター殿は、我々に何かご用がおありなのでしょうか?」

 

 膝を折り、(こうべ)を垂れた状態だった道化師が、器用に顔だけ上げてディーンに問いかける。

 

 我々。そう言われて気がつけば、()の道化の背後に控える人物の姿に、ディーンはようやく気がついた。

 

「あ、いや……」

 

 一瞬、自分の注意力不足かと思ったが、不思議とそうではなさそうである。

 

 それが証拠に、ディーンより前から彼等を取り巻いていた野次馬(やじうま)達も、今更のように道化師(クラウン)の後ろに控えた、暗がりにおいても輝きを失わないかのような、常軌を逸して可憐な、真白(ましろ)童女(どうじょ)の姿に気がついたといった空気が、背中越しに伝わってきたからだ。

 

「ちょっと、知ってる曲……いや、知ってる歌の旋律が聞こえたがら……」

 

 道化師の先の質問に応えるディーンだが、視線はその後ろの童女から離れられなかった。

 まるで、前に立つ深紅の道化師(クラウン)と対を成すかのように、その姿は白一色。

 

 真白(ましろ)い肌に真白(ましろ)いドレス、そして、膝裏まで真っ直ぐ届く真白(ましろ)い髪。

 

 只一点のみ、瞳だけがまるで血のように真紅(あか)い童女であった。

 その容姿は、どんなに精巧に造られた人形よりも整っており、小さく華奢な身体には、まるで王者のごとき存在感があった。

 

…こんな目立つ奴を、見失っていたのか?

 

 いくら童女の前に立つ深紅の道化師(クラウン)の存在に気を取られていたとはいえ、なんとも不可解であった。

 

 だが、ディーンのその疑問よりも何よりも、童女の真紅(あか)い瞳は彼の心の深い部分に、どうしても引っかかり、それ以上の思考を妨害するのであった。

 

「ふむ。歌……ですか」

 

 そんな、うまく思考の働かぬディーンの先の言葉に、深紅の道化師(クラウン)が反応したので、ディーンはハッと我に返ることが出来た。

 

「あ、違ったんならすまない。そんな気がしただけなんだ」

 

 何か間違ったことを言ってしまったのかもしれぬと、取りつくろうディーンであったが、そんな彼の様子をさも愉快そうに、クククと笑うの深紅の道化師(クラウン)

 

「な、何だよ……」

 

 流石に、発言した途端に笑われてしまっては決まりが悪く、ディーンが問い返すその言葉には、少なからずの棘が混じった。

 

「ククク……ああ、いやいや。これはこれは申し訳ございませぬ」

 

 ディーンが少々気を悪くした様子なのに気づき、深紅の道化師(クラウン)が再び、仰々しく頭を垂れる。

 

(わたくし)の拙い演奏ではありますが、先程演奏しておりましたのは、遠く遠方より参った我々の、その祖先達が語り継いだ歌に御座いますれば、まさかまさかこの様な場所で、その歌を知る人物に出会うことがあるなどとは思いもよらず、つい笑みがこぼれた次第。どうぞ、(ひら)にご容赦を」

 

 頭を下げながらも、道化師の口上は、まるで舞台に上がった歌劇(オペラ)役者ようであった。

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)と言えなくもないが、こうまで言われて頭を下げられては、ディーンも言い返すことが出来ない。

 

 長い台詞を唄うように言いあげた道化師(クラウン)は、その場の空気が彼を中心にしたことを確認するかのように、その口上を続けるのであった。

 

 「さて。御無礼(ごぶれい)がてら、自己紹介をさせていただきましょう。(わたくし)めはルカ。おどけるしか能のない、哀れな道化に御座います」

 

 

 ─ぽろろん。

 

 

 名乗りをあげて、鍵盤を一叩き。

 彼の指の動きに合わせ、鍵盤はピアノの音色を響かせる。

 

 異様な姿なれど、不可思議な楽器なれど、その様はとても絵になっており、周りの野次馬からは、ごく自然と拍手がわき起こった。

 その拍手に応える、ルカと名乗った深紅の道化師(クラウン)は、再び鍵盤を軽やかに叩きながら、後ろの童女に視線を集めさせる。

 

 ルカと名乗った深紅の道化師(クラウン)は、わき起こった拍手に恭しく頭を垂れて応えると、一歩脇に退いて、群集の視線を後ろに控えていた純白の童女へと向けさせた。

 

「さて、此方(こちら)に控えましたるは、私と共に遠方より参りました可憐な歌姫、シア・ヴァイス嬢に御座います」

 

 芝居がかった口上と共に、軽やかに鍵盤をたたくルカの紹介に乗じて、シアと呼ばれた童女がドレスの裾をつまんでお辞儀をしてみせると、やはり野次馬達が操られたかのように拍手を送る。

 

 まるで、魅了の魔法でもかけたかのように、周りを取り巻く群集の心を掌握してしまった二人を前に、ディーンだけは巻き起こる拍手に参加せず、目の前の二人組を注視していた。

 

 彼の関心は、異様な風体の深紅の道化師(クラウン)でも、常識離れに可憐な童女でもなく、彼の無くした記憶を刺激する、彼等の奏でるメロディにあったからだ。

 

 

 ──ぽろん。

 

 

 そんなディーンの心境を、知ってか知らずか解らないが、ルカが再び鍵盤をたたいてディーンの方へと顔を向ける。

 

「さぁ、ハンター殿。私共(わたくしども)はこうして名乗りを上げさせていただきました。差し支えないのならば、このすばらしき出会いのもと、貴方様(あなたさま)御名(おんな)(たまわ)りたく存じますが?」

 

 急に自分に注意を向けられる形になったディーン。

 

 一瞬だけ驚くが、ルカの芝居がかった物言いの中において、その部分だけは不思議と真摯(しんし)な響きがあった。

 

 周りの群衆の中に、少しでも冷静な者がいたのならば、ルカのディーンに対する態度をこう思ったかもしれない。

 

“まるで、王にかしずく従者の様だ”と。

 

 そしてその姿勢はディーンにも伝わったようであった。

 

「ディーン……ディーン・シュバルツ」

 

 応えるディーンの声は、ただルカの問いに応えただけにしては、やけに意味合いめいた物のように、口にしたディーン本人にも感じられた。

 

 そんな押し殺したように、それでいて力強い声音のディーンの言葉を聞いたルカの笑顔を模した仮面が、その笑みをいっそう深くしたようだった。

 

 実際そう幻視していたのかもしれない。

 何故ならその瞬間、目の前の深紅の道化師(クラウン)は、仮面の下で笑みを作ったような気配がしたからだ。

 

 まるで、ディーンが堂々と名乗ったことが、彼の望んだ答えであったかのように……

 

…コイツ、いったい何を……

 

 考えていやがる。

 

 そこまで胸中で呟こうとしたディーンであったが、そんな彼の思考を妨げるかのように、今度は今まで黙っていたシアが彼に語りかけた。

 

「それなら、もしお時間が許すのであれば、ご一緒にどう?ディーンお兄様」

 

「お、お兄様だぁ?」

 

 鈴が鳴るような声音で、薄く微笑みながら語りかけるシアの言葉。

 

 突然“お兄様”などと、慣れぬ呼称で呼ばれたディーンが、驚いて()頓狂(とんきょう)な声を出すが、シアの方は何食わぬ顔で「駄目?」などと小首を傾げてみせるので、ディーンは「勝手にしろ」とぶっきらぼうにそう応えてみせるのであった。

 

 それにしても、このシアという童女。

 

 幼い姿からはまるでそぐわぬ物言いであり、またその姿勢からにじみ出る教養は、人前で道化師(クラウン)とともに立つには、不釣り合いが過ぎている。

 

「んで、ご一緒にって、何をだ?」

 

 そんな彼女の問いにディーンは、この得体の知れぬ二人の雰囲気に飲まれぬように、やや警戒の色の濃い声で返した。

 

 だが、そんなディーンの態度に気を悪くした風もなく、シアはくすくすと笑い声を漏らすと、たっと軽やかにディーンのそばまで走り寄ると、彼の手を取って言う。

 

「折角同じ歌を知ってるんだもの。ご一緒に歌いましょうって意味よ」

 

 そう言ってシアは、両手で掴んだディーンの右手を引っ張って、彼をステージの上へと強引に招き入れた。

 


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