奇談モンスターハンター   作:だん

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1節(5)

「と、とにかくだ!」

 

 気を取り直すためだろうか、男達の一人、ゲリョスシリーズの男が大きく声を上げた。

 起き上がったハンターシリーズの男を加えた三人組は、このグダっグダな空気からようやく立ち直ったようである。

 

「何なんだ手前ェらは!? 調子コいた真似しやがって、ただじゃおかねぇぞ!」

 

 三人そろって、ようやく先程の強気を取り戻したのであろう、クックシリーズの男も便乗して、声を荒げてみせる。

 

 が、対する大女は、凄む男達などモノともしなかった。

 

 己に叩きつけられる罵声もどこ吹く風で、おそらくは普段からそうなのであろう、半眼開(はんがんびら)きのような三白眼(さんぱくがん)で男達を睨み返しながら、彼等の脅し文句を受け流している。

 

 よく日に焼けた肌、よほどのことがなければ動揺すらしなさそうな瞳の色は青紫。その瞳に合わせるように色草で染められたのであろうか、紫色に真っ直ぐ流れる長髪を、つむじの辺りで結んである。

 

 この髪型は、伝説に名高い幻獣(げんじゅう)の尻尾の形になぞらえて、キリンテールと呼ばれ、女性ハンターの間では人気の髪型であったが、ワイルドな印象を持たせる彼女には、他とはまた違った魅力をかもし出している。

 

 まるで、伝承に名高い“女戦士(アマゾネス)”を彷彿させる、そんな女性であった。

 

 プロポーションは先に述べたとおり。

 長身でかなり筋肉質であるが、無駄な肉など一切無く、変わりに出るべきところはしっかりと出ている。

 男よりも、女性が憧れを抱きそうなモノであった。

 

 実際、彼女向けて凄んでみせている男達も、伊達にハンターをやっているわけではないらしく、それぞれ立派な体躯をしているのだが、こと身長(タッパ)においては、この女も引けを取っていなかった。

 

 もしかしたら、少しだけ上を行っているかもしれない。

 

 泰然(たいぜん)とした態度から、むしろ彼女の方が視線は上からのような気がする。

 

「オイっ! 何とか言いやがれ!」

 

 今にも掴みかからんとせんばかりの男達の声に、しばらく彼等を睨むだけであった大女が、ようやく言葉を返した。

 

「何とかも何も、さっき言っただろう。そんなヘタなナンパなんて、これ以上続けない方がいいぞ。哀れだ」

 

 何とも面倒くさそうに言ったものであったが、半裸もどきの女に『哀れだ』などと言い放たれた方からすると、とてもたまったものではない。

 

 言われた男達は、一瞬言われた意味を理解できずにいたようだが、みるみるうちに顔を赤くしていった。

 

「こ、このクソアマ……」

 

 ギリリと奥歯をかみしめる音が、近くに立つエレンにも聞こえてくる。

 

 一触即発とは、まさに今この状況をおいて他はない。

 エレンを取り囲んでいた男達の意識は、最早完全にあの大女へと移っていた。

 

 話途中からのハンターシリーズの男ですら、先の『哀れだ』発言のにより、怒りの矛先を向けている。

 

 三人の屈強な男たち、しかも、その全員が対モンスター用の装備に身を包んだ状態で殺気立っているのだが、その殺気を向けられている当の本人は、先程と全く変わらず、どこ吹く風といった無表情である。

 それが、余計に男達をイラつかせていること知っててやっているかのようである。

 

 唯一、大女の後ろに控えるシラタキと呼ばれたアイルーだけが、緊迫した空気を敏感に感じ取って、なんとかその場を和ませる手は無いものかと思案しているようであったが、そんな彼の見えない努力も、彼のご主人の空気読まない一言の前に、水泡に帰すのであった。

 

「一言、いいか?」

 

 射殺さんばかりの視線に晒されながらも、憮然と構えていた大女が、さもぶっきらぼうに口を開いた。

 

「……何だ」

 

 押し殺した返事が返ってくる。

 

 彼女の後ろでハッとなったシラタキが、慌てて自らの主人を止めようとする素振りを見せたが、大女が言葉を紡ぐ方が、残念ながら速かった。

 

「女性に“クソ”とかつけるもんじゃない」

 

 今まで全く表情を変えずにいた大女だが、やっと表情らしい表情を見せた。

 心底男達の今後を心配するような、そんな表情だ。

 

 案の定、やっぱり全く空気を読んでいない。

 

 そして、さらに続いて言い放った言葉が、男達の堪忍袋の尾を、いとも簡単に斬って捨てたのであった。

 

「常識を疑われてしまうぞ」

 

 

「………」

「………」

「………」

 

 

「……うわぁ」

 

 エレンも流石にドン引きであった。

 

 

 恐らく、この場の誰もが同じ事を考えていたであろう。

 

 

「「手前ェだけには言われたくねぇぇっっ!!」」と。

 

 

 声をそろえて叫びながら、男達は仁王立ちしながらも、信じられないことに、本気で彼らを心配しているような表情を浮かべる大女へと、一斉に躍り掛かった。

 

「ミ゛ャーッ!?」

 

 いち早く、シラタキが安全圏へと退避する。

 と言うか、彼は大女が話し出した途中から、ちゃっかり逃げ出す構えを取っていたようだ。その反応の素早さは、刮目(かつもく)に値するかもしれない。

 

 危ないと、エレンが思わず叫びそうになる。

 

 それも当然、男達は三人、大女はたったの一人である。

 

 しかも、ただでさえ三対一の状況の上に、対モンスター用装備に身を固めた男達に対して、大女の方は全くの丸腰なのだ。

 

 どう考えても、大女の窮地である。

 

 一応、助けてくれた形なのだ。あの女性に加勢しなくてはと、エレンも一瞬おくれて駆け出そうとした。

 

 その時であった。

 

「……ふんっ」

 

 エレンの耳朶に、全く気の乗っていない、まるで棒読みのような大女の呼気が聞こえたかと思うと、次の瞬間、今まさに大女に殴りかからんとしていた男達の内の一人、先陣切っていたハンターシリーズの男が宙を舞う。

 

「「なっ!?」」

 

 残る二人の驚愕の声。

 そんな彼らを後目に見るかのように、きれいな放物線を描いて地面にどしゃりと落ちる男。

 

 その男を、文字通りぶっ飛ばしたのは、言うまでもなく拳を振り上げた体制でいる大女である。

 

 驚くべき事に、大女は男達が襲いかかってくると見るや、目にも留まらぬスピードで、迫り来る彼等の先頭を走るハンターシリーズの男の懐に潜り込むと、防具から露出した顔面、その顎を拳で(したた)かに打ち抜いたのだ。

 

 芸術的なまでのアッパーカット。

 

 ハンターシリーズの男は、たったの一撃でノックアウトされ、ピクピクと小刻みに痙攣する(ザマ)である。

 

「こ、この野郎っ!」

 

 驚きに一瞬動きを止めていた男達の、残った二人の内の一人、クックシリーズの男が、仲間がやられた逆上に任せて、大女へと向かう。

 

 だがしかし、相手が悪すぎた。

 

「言っておくが……」

 

 大振りな男の攻撃を、余裕を持って捌く大女が、やはりぶっきらぼうに呟く。

 

 男のパンチをスルリと半歩分(たい)をズラしてやり過ごした大女は、勢い余ってつんのめるクックシリーズの男の振り返りざまを強襲する。

女性(レディ)に野郎は失礼だぞ」

 

 

 ごきゃッ!!

 

 

 言葉とともに繰り出された、振り下ろし気味のストレートパンチが、急ぎ振り返った男の顔面に、これまた芸術的角度で突き刺さる。

 

 どうやら、見た目以上の腕力を誇っているらしいこの大女。

 

 角度、タイミングと、絶妙なパンチをモロに受けたクックシリーズの男も、先にノされたハンターシリーズの男に続き、呆気なくKOされた。

 

 二人とも、骨とか無事かどうかが心配である。

 

 どちらにせよ、ハンターシリーズは今後しばらく、堅い物が噛めないであろうし、クックシリーズは、くしゃみ一つに苦労するであろう。

 

「……凄い」

 

 加勢しようとしたエレンだったが、あっと言う間に、武装した男二人を倒してしまった大女の活躍に、我を忘れて見入ってしまっていた。

 

 アレな意味でただ者じゃないと思っていたが、ホントにただ者ではなかったようだ。

 

「さて……」

 

 如何にも億劫(おっくう)そうな声で、大女が残ったゲリョスシリーズのガンナーへと顔を向ける。

 

「ノビているそいつ等を連れて、とっとと消えることだな」

 

 相変わらずのぶっきらぼうな言いようだが、言われた方の男はなにも言い返すことが出来なかった。

 

「く……くそっ」

 

 ただ口汚く吐き捨てて、踵を返す。

 振り向いた先には、突然の大女の登場により、手持ち無沙汰状態となってしまっていたエレンの姿。

 

 浅ましくも、大女よりもはるかに弱そうなエレンに標的を移し、あまつさえ彼女を人質にしようとでもいうのであろうか。

 

「……むっ」

 

 大女が眉根(まゆね)を寄せる。

 

 まさか、ここまで下衆な事を考えるとは思わなかったのであろう。

 急ぎ駆け出すが、距離のアドバンテージは覆そうになかった。

 

 間に合わない。

 

 大女が舌打ちし、ゲリョスシリーズの男が孤立する形のエレンへと手を伸ばし、品の悪い笑みを浮かべる。

 

 だが、男のたくらみは予想外の事態によって失敗に終わってしまうこととなる。

 

 

 ゴガッッ!!

 

 

 乾いた音と共に、急に視界は真っ暗になり、間髪入れず顔面を鈍痛が襲う。

 

 いったい何をされたのか、ゲリョスシリーズの男にはわからなかったが、恐らくは、何かで顔面を殴打されたのであろう。

 

 しかも、殊の外強く。

 

「ぐ……おぉ……」

 

 目の前に星が飛ぶような錯覚をおぼえながら、数歩後ずさる男。

 

 ゲリョスシリーズの(ヘルメット)が、顔を覆い尽くす形状であった事が幸いした。

 顔面が露出してる形状のヘルムであったら、今のでこの男も、他の二人と同じくノックアウトさせられていたかもしれない。

 

 ひゅう。と、少し離れた位置から状況を眺める事のできた大女が、感心したように口笛を鳴らす。

 

「なんだ、なかなかやるじゃないか」

 

 あまり表情が変わらないのでよくわからないが、どうやら少しだけ笑ったようだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 投げかけられた言葉に、恐縮しながら返礼するのは、ゲリョスシリーズの男を打ち負かした形となったエレンである。

 

 その小さな両手に握られたのは、今まさに悪漢(あっかん)に制裁を加えたモノ、彼女が背中のマウントにかけて背負っていた対大型モンスター狩猟用の弓、ハンターボウⅡ。

 

 そのハンターボウの持ち手ではなく、先端部分を握っていた。

 

 男に捕まりそうになった直前、エレンはとっさに背中の折り畳まれたハンターボウの先端部分を後ろ手に掴むや、ギアやスプリングの力で弓本来の形へと展開する勢いを、器用に男の顔面に叩きつけたのだ。

 

 狩猟用の弓は、大型モンスターの分厚い甲殻や皮にもダメージを与えるため、肉厚で尚且(なおか)つ、大きめに作られている。

 

 その為、少しでも携帯性を上げられるよう、二つに折り畳められるように造られており、スイッチ等で直ぐに弓の形状をとれるようにギミックが(ほどこ)されている。

かなりの重量をもった物が、一瞬で弓の形へと変形するのだ、そのとき生じる反動は、わりかしバカにできないものがある。

 

 それをエレンは利用したのだ。

 

 お世辞にも腕力のある方とはとても言えぬ彼女では、徒手空拳で如何に抵抗したところで、大の男につかみかかられては、拘束されるのは時間の問題である。

 

 そこで、弓の展開時の反動を利用したのだ。

 

 しかし、口で言うほど簡単ではない(わざ)なのは間違いない。何せ、弓の形状をとる為にかかる時間は、1秒と無いのだ。

 

 その展開のタイミングを、ぴたりとインパクトの瞬間に合わせるなど、なかなか狙ってやることなどできない。

 だが、ゲリョスシリーズのヘルムが顔を覆う形をしていたことが、男にとって幸運であったのとは逆に、エレンにとっては不運となった。

 

「くそが! 手前ェ等、許さねぇぞ!」

 

 顔面に直撃したにもかかわらず、ゲリョスシリーズの男は何とか意識をつなぎ止めたのだ。

 

 数歩は後退したが、なんとか倒れずに踏みとどまったゲリョスシリーズの男は、忌々しげに言い放つや、今度はあえてエレンから距離をとった。

 

 何を、と思ったのも束の間、なんと男はあろう事か、背中のマウントにセットしてあるヘヴィボウガンを展開させると、その銃身に弾丸を装填したのだ。

 

 大女とエレンの大立ち回りに、にわかに集まりだしていた人の群から、悲鳴が上がるのが聞こえる。

 

 銃口が牙をむける先はエレン。

 

 先の一撃は、この男の安っぽいプライドを、大いに傷つけたのであろう。

 

「おい、よせ……」

 

「やかましいっ!! 寄るんじゃねぇ!!」

 

 止めようと声をかける大女の言葉を遮って、ゲリョスシリーズの男が金切り声をあげる。

 男は最早、完全に逆上しており、どうしたものかと悩む時間すら無かった。

 

「クソアマ共が、なめたマネしやがって」

 

 頭に血が上っているのであろう。

 こんな場所で引き金を引けば、どうなるかもわかっていないようである。

 

 狙いを外そうものなら、流れ弾が誰に当たるかわからないし、第一エレンに当たろうが当たるまいが、ギルドからの懲罰(ちょうばつ)は免れない。

 

 しかし、ゲリョスシリーズの男の脳内では、既にそんな事は吹き飛んでしまっていた。

 


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