奇談モンスターハンター   作:だん

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1節(3)

・・・

・・

 

 さて、ディーン達が洞窟へ入る少し前に時間は戻る。

 

「……こ、これは……」

 

 ディーンが黒ずくめの男達を倒した場所を通りかかった1人のハンターは、辺りの惨状に言葉を失った。

 

 ザザミ装備にパラディンランスを背負った若いハンター。フィオール・マックールである。

 

「……(ひど)いな……」

 

 辺りはまさしく血の海だ。

 

 最早人間だった名残すらない、死体死体死体。

 

 8人分くらいはあろうか、ある者は頭から胴体の半分を丸ごと喰いちぎられていたり、またある者は物凄い力で殴打(おうだ)されたのであろう、身体中グチャグチャに歪めて糸の切れた操り人形のようになっていたりと、人間の死に方としてはあまりに無惨(むざん)な格好であった。

 

「ティガレックス……だな……おそらく。急がないとならないな。この様子じゃポッケ村に被害が及ぶのに、そう時間はかからない」

 

 呟くと、暫し死者達に黙祷を捧げる。

 

…すまないが、今は弔ってやる時間はない。どこの誰かは存ぜぬが、急ぎ仇をうってやるから、(しば)しの(あいだ)我慢(がまん)してくれ。

 

 心の中で告げると、フィオールはフラヒヤ山脈へと歩みを速めるのだった。

 そして、ディーン達から少し遅れて雪山に入ったフィオールは、比較的新しい足跡を見つけて愕然(がくぜん)となる。

 

 辺りには他の獣の気配がない。飛竜の気配を感じ取って逃げ出した証拠だ。

 そんな中この非常に危険な状態の雪山に入り込んだ間抜けがいるのだ。

 

 足跡から判断するに2人だろう。

 

 自分以外に何かの依頼を受けた者がいるという話は聞かない。となれば飛竜と戦う(すべ)をもたない者の可能性が高い。

 

「急がないと、また犠牲者が出る」

 

 一刻も早く彼らに追いついて保護しなければならないと、強い正義感に掻き立てられたフィオールは、足跡を追って駆け出した。

 

…間に合ってくれ!

 

 そう祈り続けながら……

 

 

・・・

・・

 

 

 一方その頃。

 

 そんな危機的状況など欠片も知らない間抜け2人組ことディーンとエレンは、洞窟の出口にたどり着いていた。

 

「ディーンさん。ここって、牙獣種(がじゅうしゅ)鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)が多数生息しているんですよね?」

 

「あぁ……そのハズなんだけど……おかしいな」

 

 非戦闘員のエレンを連れての道中だ、モンスターに襲われないに越したことはないのだが、食糧の無い現状では逆にキツい。

 

 経験不足のディーンにはその程度の危機感しか今のところはなかった。

 

 洞窟の出口から外に出ると、空は既に暗くなっており、星々が(きら)めきはじめていた。

 幸い月や星の明かりで地図は読めた為、迷わなくてすみそうだ。

 

 比較的風の少ないスポットで小休止しながら、トラッドからもらった地図で道順を確認すると、このまま一旦山頂に出て、後は狩場から外れて山を降りていく事になる。

 

「月明かりもあるし、視界は案外悪くないな。このまま山を降りようと思うけど、大丈夫か?」

 

 後ろに続くエレンに声をかてみる。

 

 流石(さすが)に疲れが見えなくはないが、疲労よりも初めての経験をたくさんしたためか、むしろ興奮気味である。

 休憩中は星空を満喫したようで、早くも元気をとりもどしていた。

 

「はい、おかげさまで大丈夫です。進みましょう」

 

 どちらにしてもこんなところで夜をあかすわけにはいかない。「よし、行くか」と言うと、2人は再び歩きだした。

 

「順調ですね」

 

 エレンが弾んだ声で話しかける。思いがけない二人旅となったが、雪景色も満天の星空も美しく、彼女は疲労感も忘れて楽しみすら覚えていた。

 

「油断すんなよ。家に着くまでが遠足だぞ~」

 

「フフフ。はい、先生」

 

 冗談にも自然に受け答えができたエレンは、宮殿に居た頃からは想像もできなかった。

 

 だが一方、冗談を言いつつも、ディーンは内心この不気味な静けさに対して不吉な予感を感じていた。

 これだけ歩いて一匹もモンスターと遭遇(そうぐう)しないなんて、いくらなんでもおかしい。

 

 狩場と呼ばれる地域でない場所であっても、辺境にはいたるところに獣達(けものたち)がおり、どこに行っても大なり小なりの危険を伴うハズなのだ。今回のように全く出会わないなんてことは非常に珍しい。

と言うか、はっきり言って異常だ。

 

「何もなけりゃ良いんだがな……」

 

「え?何かおっしゃいました?」

 

「いや、何でもない」

 

 努めて明るく返す。

 

 エレンにまで不必要に不安感を与えたくはなかった。

 エレンは相変わらず神秘的な雰囲気漂う夜の雪山を堪能(たんのう)している。

 

 そんな彼女に歩調を合わせ、ディーンは周囲を警戒しながらも、なかなか拭えぬ不安と戦いながら進む。

 

 そして、その不安は山頂にさしかかったところで的中する事となった。

 

・・・

・・

 

「ポポ……か?」

 

 最初に気付いたのは、当然ながらディーンだった。

 遠目からであったが、間違いは無いだろう。茶色い毛皮のマンモスのような体が確認できたのだ。

 

 彼らには悪いが、狩らせてもらって食糧に……と初めはそう思ったが、近づいていくにつれ違和感を覚える。

 

 数頭いるポポは、全く動く様子がないのだ。

 

「ディーンさん、あれは……」

 

 エレンもポポに気づいたようだ、と同時に動く気配のないことにも気づき眉をひそめた。

 

「ポポだ、雪山に生息する草食種(そうしょくしゅ)なんだが、妙だな。元々動きの鈍い奴等なんだけど、様子がおかしい……」

 

 2人は少し慎重に近づく事にした。近づくにつれ違和感の正体が明らかになった。

 

 どうやら既に死んでいるようだ。

 遠目ではわからなかったが、全部で3頭のポポは6メートルはあるその巨体を横たえていた。

 

「っ!?」

 

 間近にきたエレンが息をのむ。

 無理もない事かもしれない。3頭のポポは、全て胴体をごっそりと喰いちぎられていたからだ。

 

「……酷い……」

 

 こみ上げてくる嘔吐感を両手で口を覆ってこらえながら、エレンはポポの死体から目を離した。

 

「確かに酷いな、どてっ(ぱら)を一噛みで喰い破られてる……」

 

 そこまで言ってやっとディーンは気がついた。

 

 何故今までわからなかったのか、と。

 ディーンは今更ながらに自分の不注意さを忌々(いまいま)しく思った。

 

 今まで一匹もモンスターに出会わなかった理由、このポポ達のようにならないために逃げ出していたのだ。

 自然界において圧倒的な驚異、この広大な辺境の地の支配者。

 

 飛竜の脅威から……

 

…まずい。非常にまずい状況だ。最悪と言っていい。

 

 此処まで飛竜の存在など考えずノコノコと来てしまった。後は山を下るだけとはいえ、まだしばらくかかる距離だ。

 食糧も無いため、物陰に隠れてやり過ごすにはリスクが大きすぎる。

 

 更にこちらの戦力はロクな装備を持たないハンター志望者と非戦闘員の2人。

 防寒には優れていても防御力はほとんど皆無のマフモフ装備に骨を削った太刀の紛い物程度の武器では飛竜種など到底倒せない。

 

 緊急避難用に敵を怯ませる為の、投擲(とうてき)することで強く発光する閃光玉は先程使ってしまった。他には調理用の携帯肉焼き器と回復薬が数個しかない。

 

 今まで運良く飛竜に出会わずにすんでいたが、ポポの死体を見る限りでは飛竜は間違いなく近くにいるだろう。

 

「ディーンさん……」

 

 エレンがこちらの表情から、この非常事態を感じ取ったのだろう。心配そうに近づいてくる。

 

「あぁ、多分飛竜が近くにいるんだ」

 

 エレンが再び息をのむ。

 

「……悪い。気付くのが遅かった」

 

「いえ、ディーンさんは悪くありません。私も危機感なくはしゃいでしまいましたし……」

 

 エレンが気丈な娘なのは、この状況では幸いだった。

 

「兎に角先を急ごう。なるべく音を立てず、壁際を進むんだ」

 エレンは頷くが、しかし(すで)に時は遅かった。

 

「上だっ!」

 

 鋭い声が聞こえたのと体が気配に反応したのはほぼ同時だった。

 ディーンは瞬時にエレンを抱えると、その場から全力で横に跳躍(ちょうやく)した。

 

 その刹那(せつな)

 

 

 ドォォーン!

 

 

 先程まで2人がいた場所に巨大な影が、文字通り降ってきた。

 

 反応するのがあと1秒でも遅かったら、周りのポポよりも悲惨な姿を(さら)すことになっていただろう。

 

 ディーンは抱えているエレンを地面におろすと、降ってきた存在に向き直る。

 

 ハンターとして経験の無いディーンは見たことのない飛竜だった。

 

 橙色(だいだいいろ)と青色の虎ようなしま模様に被われた巨躯(きょく)。巨大な(あご)にはズラリとはえそろった牙。

 

 両方の前足からは、空を飛ぶためと言うよりも相手を斬り裂くためにあるのような翼が突き出し、ガッシリと大地をつかんだその爪は、それの持つ俊敏さと力強さを象徴しているようだ。

 

 飛竜はその巨大な顎をガチンガチンと打ち鳴らし、その巨体に相応しい音量で唸り声をだした。

 

 

 轟竜(ごうりゅう)ティガレックス。

 

 

 エレンを襲った男達を無惨な肉塊(にくかい)に変え、ポポ達を蹂躙(じゅうりん)した強靭な四肢(しし)が、今彼らに狙いを定めたのだった。

 

「絶体絶命だな……こりゃ……」

 

 エレンは完全に轟竜の迫力にのまれている。冗談でも口にしないと気が狂いそうだった。

 

 そんなディーン目掛けてティガレックスが飛びかかろうと、四肢に力を込めたその時である。

 

「目を閉じろ!」

 

 聞こえたのは先程と同じ声。

 

 それと同時にティガレックスの眼前に丸い物が投げられたのを見て取ったディーンは、すぐさまエレンの目を手のひらで塞ぎ、自身もきつく(まぶた)を閉じた。

 

 

 ぼんっ!

 

 

 閃光玉が炸裂し、強烈な光に目を焼かれたティガレックスが奇声を上げて()()った。

 

「きゃっ!?」

 

 好機を逃さず、ディーンは未だ(こわ)ばったままのエレンを引っ張ってティガレックスから距離を取った。エレンが小さく悲鳴をあげるが、構っていられない。

 

 しかし、一目散(いちもくさん)に逃げるような事はしない。エレンを連れた素速く動けない状態で背中を狙われたらおしまいである。

 

 まずはティガレックスの注意をこちらに向けさせて、その隙にエレンを安全圏まで逃がしてからでないと、エレンもディーンも助かる事は出来ないと判断したからだ。

 それに、誰かわからないが助けてくれた人はおそらくは本職のハンターだ。頼りになるはず。

 

 轟竜は一時的に視界を奪われ、混乱して暴れまわっている。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 その隙にザザミ装備をその身に(まと)ったハンターがこちらに近づいてきた。予想外に若い声だ。案外年が近いのかもしれない。

 

「助かったよ。ありがとう」

 

 この距離ならティガレックスが視界を取り戻すまでは安全のようだ。改めてディーンは助けてくれたハンターを見た。夜であるのとヘルメットでわかりにくいが、声質と体格から、どうやら若い男のようである。

 

「間に合ったようで何より。そちらのお嬢さんも怪我はないか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 ハンターに話しかけられたエレンは、ようやく冷静さを取り戻せたようだった。

 

「それは重畳(ちょうじょう)。さて、そっちの君は新人ハンターといったところだな?」

 

「あぁ。これからハンターになるとこ。で、先輩。アイツなんて名前の竜?俺ぁあんなヤツは見たことのないぜ」

 

「私も初めてまみえるのだがな。奴は轟竜ティガレックス。最近、頻繁(ひんぱん)に観測されるようになった飛竜種で、その性格はかなり凶暴。ギルドでも討伐(とうばつ)した記録よりも逆にハンターがやられた記録の方が圧倒的に多いらしい」

 

「へぇ、そいつぁなんとも。ツイてないな」

 

 言って無理やり口元に笑みを作るディーン。

 

「フフ、それだけ減らず口が叩けるなら、度胸は申し分ない。デヴュー前で申し訳ないが、一仕事してもらうぞ、新人君(ルーキー)

 

(おう)よ!」

 

 ディーンが返すと同時に、2人はそれぞれの獲物を抜きはなった。

 

 ディーン達はエレンを背中に守るように立つ。

 

「奴の注意を我々に引きつける。お嬢さん、その内に安全圏へ逃げるんだ」

 

ハンターの青年が、素速く指示を出す。ティガレックスは既に視界を回復させようとしていた。予想外に速い。

 

「で……ですが……」

 

 自分が足手まといであるとわかっていても、エレンは躊躇(ちゅうちょ)した。

 この場に残っても2人の邪魔にしかならない。しかし、出会ったばかりの自分を助けるために命懸けの状況に立つ2人を置いて1人で逃げるのはどうしても気が引けのだ。

 

「エレン!」

 

 ディーンの口から眼前の轟竜もかくやの一喝(いっかつ)(とどろ)き、エレンはビクッと身を固くした。

 

 迷いも何も吹き飛ばす大音量だった。

 

「はやく行け。あの道を下ればポッケ村に着くはずだ」

 

 背中越しに言うディーン。聞き分けのない子供を叱りつけるような言いように、エレンは思わず「はい」と応えてしまった。

 

 ディーンは振り返り、今度は安心させるように「いいコだ」と軽口を言って、ニヤリと笑ってみせた。

 

「あとから行く。先に行って、酒場の席取って待ってな」

 

 轟竜に向き直ったディーンは、素人目にみても無理して強がっている。

 だが、その背中は何故だか無性に頼もしかった。


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