……クスクス……クスクス……
鈴の音のような、可憐な声の忍び笑いが風に流れてゆく。
いや、忍び笑いというよりは、自分の中に膨れ上がった笑いの衝動を押さえきれないといったふうであった。
そしてそれは、数秒ともたずに高らかなものへと変わっていった。
「あはは、あははははははははははははははははははははははははははははははははは」
まるで、この世で最高の
「ねぇ、見たわよね? 今の! 見たわよね
興奮冷めやまぬままに、隣に控える
しかし、その存在は“そんな可愛らしいものとは正反対”である。
「
たしなめる
「なによ、気取っちゃってさ。それよりも、貴方も見たわよね? “アレ”」
(傍目には)可愛らしく頬を膨らませたのも一瞬、表情をコロリと変える童女が、
男はやれやれといった様子で肩をすくめ、頷いた。
「ええ、私もしかと、この目で見ましたよ。やはり間違いはありません。
そこまで言って、赤衣の男はそれ以上続けることを辞める。
「それにしても、悪い冗談よね」
「何がですかな?」
赤衣の男が言いやめたのを見て、真白い童女が唐突に口を開く。
聞き返す赤衣の男に対し、白い童女はフフンと形のいい鼻をならして見せ、少し不機嫌そうになって続けた。
「名前よ! な・ま・え! 何であの人の名前が“
言いながら余計に機嫌を悪くしたのであろう。白い童女は、腕を組んでいかにもご
その
「まあ、いいではありませんか。そう言う名前なのですし、そう言う
赤衣の男が嘆息混じりに言うのを聞いて、白い童女ほそっぽを向いてしまった。
「まぁどちらにしても、彼こそ我々が探し求めていた者に相違ありますまい、
口を開いた赤衣の男の表情は、フードに隠されて伺い知ることはできない。
もしかしたらその瞳は、憂いているのかもしれなかったが、確かめる
「ま、そうなんでしょうよ。何とも、納得し切れぬところが無いわけではないけれどね」
「おや、姫君。そんなにも彼の名前が気に入りませんか?」
そっぽを向いたままの童女は、きっとむくれっつらをしていることであろう。
その姿を想像した赤衣の男は、再び口元に苦笑を浮かべるのであった。
「あったり前よ! “
彼女にしては珍しく憤慨している様子であったが、しかし、やはり唐突に怒りを収めると、不意に思い出したかのように、
「まぁ、いいわ。どちらにせよここから面白くなってくるのは確かなんだから」
童女の様子は、先程のように無邪気なものへと戻っていた。
その様に赤衣の男は「やれやれ、困ったお方だ」と、
しかし、呆れたような仕草の彼も、突然白い童女がむくっと立ち上がり、「あ、そうだわ!」と
「名前よ、名前!」
驚く赤衣の男の様子など無視して、白い童女はさも名案を思いついたとばかりに、急に振り返って赤衣の男に言う。
「名前……ですか?」
真っ赤な瞳を輝かせて、詰め寄るように言う白い童女にたじろぐ赤衣の男が聞き返す。
「そう、名前。私も名前を名乗ることにするわ!」
そこまで言い切り、白い童女は詰め寄る形になった赤衣の男から離れると、彼からの返事も聞かずに「どんな名前にしようかな~」などと鼻歌交じりに口ずさみながら、クルクルと純白のロングスカートを翻す。
そのまま、まるで妖精が踊るかのように、彼女は少しだけ
「決めたわ」
ぱんっと柏手一つとともにぴたっと静止した。
いったい何を言い出すのだろう、と言ったふうの赤衣の男に、白い童女は少しだけ
「……シア。シア・ヴァイス。私は今日から、シア・ヴァイスよ」
そして、名乗りとともにスカートをチョンとつまみ上げると、
「なるほど、シア・“
返された皮肉めいた賛辞に、白い童女…シアは気を悪くするでもなく、嬉しそうにより一層笑みを深くして応えた。
「ありがとう、ルカ」、と。
「……ルカ?」
一瞬、そう呼ばれたのが自分である事が理解できずに、赤衣の男が思わず聞き返す。
「そ、ルカ。貴方の名前。可愛いでしょう? ファミリーネームはどうしましょうかしら? 貴方もヴァイスを名乗ってみる?」
応えるシアは、その名を赤衣の男が気に入ることを疑っていないようである。
まぁ、こうなってしまっては、ここで何を言っても聞きはしないであろう。
「いえ、流石に私ごときが“
恭しく頭をたれる赤衣の男こと、ルカ。
その様子に満足したのか、シアも笑顔で頷き返すのであった。
「それにしても、やはり貴方は困ったお方ですねぇ。私達は、“存在そのものが名前と同義”なのだというのに……」
フードに隠れた顔を上げ、何度目になるかわからぬ苦笑を浮かべて言うルカに、シアはちょっと拗ねた風を装って返す。
「だって、悔しいじゃない。
そう言って、再び視線を眼下のディーン達へと向けるシア。
此処は、先程ディーン達が戦っていた空洞内を見下ろす天井の上である。
そう。彼等はずっとここで、戦いの一部始終を見ていたのだ。
ディーンがリオレウスとの一騎打ちで、窮地に立たされたときに見せた豹変も見ていたし、あの回避不能な状況での突進を殴り返すことで止めたことも、たまらず飛び上がったリオレウスに飛びついて、天井の上まで登った事も見ていたのだった。
眼下に見えるハンター達は、倒れたディーンに慌てて駆け寄り、この洞窟から担ぎ出そうとするところだ。
「まったく、無様なものね。力を解放したとしても、ヒトの身では反動が大きすぎだわ」
見下ろすシアの声は冷徹だ。傍らのルカが、そんな彼女を苦笑混じりにたしなめる。
「そうは仰いますな。むしろヒトの身でありながら、あそこまでの力を出したことの方が驚きではありませんか」
そのことに関しては、シアも同じ感想であったのか、「フン」と拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「まぁ、どちらにしてもシア様の仰るとおり、今後の彼から目が離せなくなりましたな」
「そうね。それについては
ルカに応え、言葉を紡ぐシアの声は、次第に笑い声が混じりながら、風に消えていった。
それは、ディーン達に今後襲いかかるであろう、数々の試練や脅威を、暗示するかのよう……
……風は、未来へと向かい吹き去って行き、太陽は再び明日を迎えるために、西の彼方へ沈んで行く。
この先、彼等には何が待ち受けているのか……
……今は、誰にも知る
To be Continued……