奇談モンスターハンター   作:だん

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4節(12)

 その声が届いたのであろうか。

 

 今まさに、折れた鉄刀を振り下ろさんとしていたディーンの動きがぴたりと止まると、振り上げた腕を下ろして、ゆるりと声の方、つまりはエレンに振り返った。

 

 その表情は再び無表情に戻り、今度はエレン達の方へと、ゆっくりと歩き始めた。

 

「ニャ……ニャんでこっちに来るのニャ……」

 

 息をのみ後ずさるネコチュウ。

 

「……ディーンさん」

 

 呼びかけるエレンの声にも、ディーンは反応する様子がない。

 まるで、標的(えもの)をエレンに代えたかのように、ゆっくりとエレンに向かって歩いてくる。

 

「ディーンさん!」

 

 再びエレンが、今度は強く声を出して呼びかける。

 しかし、ディーンは止まらない。

 

…いや、違う。

 

 エレンは見逃さなかった。

 

 少し、ほんの少しだけだが、ディーンの眉根が動いたのだ。

 

「ディーンさん!」

 

 三度(みたび)声を上げて名を叫ぶ。

 

「……っ!?」

 

 今度は間違いなく反応した。

 眉間にしわを寄せ、怪訝(けげん)そうに顔をしかめたのだ。

 

 だが歩みは止まらず、遂にエレンへ手の届く距離まで到達する。

 

 後ろでネコチュウが息をのむ気配がする。

 

 離れた間所のリオレウスですら、彼等の様子から目が離せなかった。

 

「ディーンさんっっ!!」

 

 無我夢中であった。

 

 エレンの胸中には、兎に角ディーンに言葉を届ける一心しかなかった。

 

 

 ガシャリ。

 

 

 足元の骨が音を上げて、ディーンが歩みを止める。

 エレンとの距離は、手を伸ばせば触れられる距離だ。

 

 目と目が合う。

 

 時間にして数秒だったかも知れないが、それが永遠にも引き延ばされたように錯覚する。

 

 やはり、届かなかったのか。

 

 エレンの胸に、そんな言葉が浮かんだときであった。

 

「……エ……レン……? 何やってんだ、お前?」

 

 その場を支配していた空気が、あっと言う間に霧散する。

 

 眼前のディーンは、(あお)い瞳のまま、エレンや皆の知るディーンに戻っていた。

 

「……ん? ここはドコだ? 俺は確か……あ!? そうだ、リオレウスは!?」

 

 慌てて辺りを見回すディーン。しかし、背後のリオレウスを見つける前に、目の前でエレンがへなへなと尻餅をつくのを見て目を丸くする。

 

「ど……どうしたんだよエレン」

 

「いいえ、何でも……何でもありませんディーンさん。ちょっと、安心しただけですから」

 

 そう言うエレンは、涙目になりながらも、心底安堵したように笑顔を浮かべる。

 

「???」

 

 当のディーンは、ますます解りかねたようであったが、それは、普段通りの彼であった。

 

「それよりもエレン、今どんな状況なんだ? リオレウスの奴は……」

 

 気を取り直したディーンが、そこまで言った直後であった。

 

 突然ディーンは、へたり込んでいたエレンを左腕一本で小脇に抱え上げ、さらにその後ろにでポカン顔のネコチュウを、無体にも蹴飛ばしてから跳躍した。

 

「きゃっ!?」

「ミ゛ャ!?」

 

 エレンが小さな悲鳴を、ネコチュウが抗議の声をを上げる。

 

 だが、その刹那。

 

 ゴウン。と、轟音巻き上げて、ディーン達が元いた場所を、炎の砲弾が通過していった。

 

 リオレウスである。

 

 ディーンの異常がナリを潜めたためか、どうやら本来の気性を取り戻したようであった。

 

 エレンはもちろん、蹴っ飛ばされたネコチュウも、もしもその場にいたならば、洒落(しゃれ)ではすまない状態になっていたことであろう。

 

「ヘッ、そこにいやがったのかよ旦那(ダンナ)ァ」

 

 少し離れた場所に着地して振り返り、自分達を背後から狙い撃ったリオレウスを睨み返すディーンは、右手に持った太刀の切っ先を突きつけ、啖呵(たんか)を切ろうとして……

 

「さぁ、死合いの続きを……って、えぇぇぇっっ!?」

 

 

 ──半ばからばっきりと折れた刀身を目の当たりにして驚愕したのだった。

 

 

「何で!? 何で折れちゃってんの、俺の太刀!?」

 

 どうやら、本気でさっきまでの出来事を覚えていないようだ。

 

「え……ええっと、ディーンさん。太刀が折れた原因は……」

 

 驚きふためいているでディーンの小脇に抱えられたままのエレンが、少々困ったような表情で、リオレウスからやや離れた位置にある、リオレイアの亡骸(なきがら)を指差した。

 

「ををっ!?」

 

 それに今更気がついたのか、死んでいるリオレイアと、その頭部に突き立った刀身の残り半分を見たディーンが、何とも間の抜けた驚きの声を上げる。

 

「もしかしてアレ、俺がやったの?」

 

 恐る恐る聞くディーンに、エレンはやっぱり困った顔で頷くしかなかったのは、言うまでもなかった。

 

「……ニャんだかニャー」

 

 無体にも蹴り飛ばされて、ディーン達とは反対方向に転がされたネコチュウが、二人の間抜けなやりとりを見て、呆れ顔でため息をつくのであった。

 

「……!?」

 

 急にディーンが表情を引き締めて、再び地を蹴った。

 またもや、彼等のいた場所を炎のブレスが突っ切る。

 

「っとぉ、危ねぇなこの野郎……エレン、動けるか?」

 

「はい、問題ありません。下ろしてください」

 

 ブレスをかわしたディーンが、その場にエレンを下ろす。

 

「エレン、落とし物ニャ」

 

 ようやく地に下ろされ、立ち上がったエレンに、いつの間に回収してきたのか、ネコチュウがエレンの猟筒(りょうづつ)を両手に抱え上げてそばにやって来ていた。

 

「ありがとうございます。ネコチュウさん」

 

 礼を言って、ネコチュウから自分のライトボウガンを受け取ったエレンは、手早く故障がないかを確認すると、リオレウスへ銃口を向ける。

 

 照準の先のリオレウスは、現金なもので、一端(いっぱし)の戦意を取り戻しているようだった。

 

「上等じゃねぇか。太刀が折れたのはいいハンデだ」

 

 ディーンも再び、今度は折れた太刀の切っ先をリオレウスに突きつけて啖呵を切り直す。

 

「さぁ、死合い再開だ。打倒して踏み越えて先に行かせてもらうぜ、王様野郎!」

 

 空洞内に、よく通るディーンの声が響きわたる。

 

 それが決戦の合図かと思った矢先であった。

 

 

「おっと、役者が少々足りんだろう? ディーンよ」

「僕達も、忘れてもらっちゃ困るな」

 

 

 呼応するかのように、二つの声がその場に響く。

 

 聞こえた声は、ディーン達のいる崖側の入り口と、洞窟内中央のリオレウスを挟んだ反対側の入り口から放たれたものであった。

 

 姿を確認するまでもない。

 

 フィオール・マックールとミハエル・シューミィ、この二人である。

 

「よう。お早いお着きじゃねぇか。もう少しゆっくりでもよかったんだぜ?」

 

「そう言うお前は、目の色変えるまで追い込まれているじゃないかディーン。見たところ太刀も折れてしまったようだし、我々の手が必要であろう」

 

「なぁに。コレにはコレで、使い道があらぁな」

 

 不敵なやりとりのディーンとフィオール。

 

 これで五対一の状況になったとは言え、相手は名高き空の王者である。

 客観的に見ても、決して余裕を見せられる状況では無い。

 

 だが、強大な飛竜を前に語る二人には……いや、ミハエルもエレンもネコチュウにも、最早負ける要因は感じられなかった。

 

 いつの間にか、まるで申し合わせたかのようにリオレウスを包囲する若きハンター達。

 

 リオレウスの正面にディーン。やや離れて右翼にエレンとネコチュウが、その反対側の左翼にミハエル、背後にフィオールが立つ形である。

 

 敵も味方も全員が全員、満身創痍に近いこの状況において尚、ハンター達の瞳には生命力が満ちていた。

 

「……行くぜっ!」

 

 ゴング代わりの第一声はディーンの口から。

 

 それを合図に、ハンター達は一斉に空の王者に躍り掛かった。

 

 

 バンッ!

 

 

 エレンの猟筒から弾丸が放たれ、リオレウス頭部側面に直撃する。

 着弾したリオレウスはそれをモノともせず……否。モノともできずに、正面を睨みつける。

 

 そこからもっとも恐るべき男がやってくるからだ。

 

「ハァッ!!」

 

 掛け声一閃。

 ディーンが正面から目にも留まらぬスピードでリオレウスに斬りかかる。

 

 

 斬斬斬(ザンザンザン)ッ!!

 

 

 刀身が短くなった分振りのスピードが桁違いである。一呼吸の間に三撃を見舞うや、ディーンは忽然と雄火竜の目前から消失した。

 

 斬撃の痛みにこらえるリオレウスが、一瞬目を見張る。

 

「左だよ、ノロマ!」

 

 突如聞こえた声に、リオレウスが反応しようとした直後であった。

 

 

 ゴッ!

 

 

 左の頬に重い衝撃が走る。

 

 ディーンがリオレウスの頬っ面に、向こう臑を叩きつけたのだ。

 

 蹴り抜かれた衝撃で、リオレウスの長い首が反対方向へと大きく振られる。

 

 それによって生じる大きな隙に、フィオールが背後から、リオレウスの尻尾めがけてランスを突き立てた。

 

 引き抜きざま更に二発。都合三発の突きを、長い尻尾の中心部分。最も細い部分に正確に入れるフィオール。

 

「今だ!ネコチュウ!!」

 

「にゃんぷしっ!!」

 

 ここに駆け込む小さな影が一つ。

 名を呼ばれたネコチュウである。

 

 小さな右手には、採掘用(さいくつよう)鶴嘴(ピッケル)を加工した、鎌状の刃。

 

「ウ~……ンニャ!!」

 

 気合い一閃。手にした刃をフィオールが傷つけた位置へと、全力で振り下ろした。

 

「……っ!!」

 

 それに合わせるように、フィオールも同じ位置に突きを放つ。

 

 結果。

 

 

 グギャァァァァァァッッ!!

 

 

 あまりの痛みに、リオレウスが悶え苦しみ、つんのめって倒れ込んだ。

 

 痛みにもがくリオレウスの尻尾は、中程から切断されていた。フィオールとネコチュウの攻撃によって斬られたのだ。

 

 何とか起きあがるリオレウスの足元に、今度はミハエルが取り付いた。

 

 その身に纏うは赤い闘気(オーラ)。鬼人化である。

 

 両手には抜き身の双剣、レックスライサー。

 

「ハアァァァァァッッ!!」

 

 左足もとに接近したミハエルが、数え切れぬほどの斬撃を叩き込む。

 

 乱舞乱舞乱舞。

 

 左右の両刀が、いったい何発入ったのかわからぬほどの手数である。

 

 たまらず苦悶の声を上げてひざを折るリオレウス。

 

()()つ!」

 

「「応っ!!」」

 

 隙を見せるリオレウスを見て、上がったフィオールの号令に、残りの面子が声をそろえる。

 

 いざ、一斉に飛びかかろうとした瞬間であった。

 

 ブオン。と、強風まき散らして、リオレウスが羽ばたき、その巨躯を大地の(くさび)から解き放つ。

 

「……くっ!?」

 

「チィッ!?」

 

 飛び立ったリオレウスのおこす風圧にさらされて、ディーン達が一瞬身を堅くする。

 

「アイツ、逃げる気だ!?」

 

 鬼人化の影響か、風圧を耐え抜いたミハエルが、空中のリオレウスの様子を見て叫ぶ。

 

 今、この手負いのリオレウスが余所に行った場合、もしそれが人里の近くであったのなら、最悪の事態である。

 

 極度の混乱状態であろうリオレウスが及ぼす被害など、想像すらしたくない。

 

 しかし、既に空中に()るリオレウス相手には、最早どうすることもできそうにない。

 

 そんな中、いち早く駆け出す者がいた。

 

「フィオール! お前の盾を俺によこせ!!」

 

 ディーン・シュバルツ。その人である。

 先程エレン達がリオレイアに見舞うために設置した、都合四つの大タル爆弾G目掛けて走りながら、フィオールに向けて声を上げたのだ。

 

 言われたフィオールは、一瞬怪訝(けげん)は表情を見せるが、大タル爆弾の前までディーンが到達した途端に、彼の意図を理解した。

 

「正気かディーン!?」

 

「他に手があるならそうするさ! 時間が無いんだ、いいからよこせ~!!」

 

 ディーンが両手を上げて、アピールするかのようにフィオールに言う。

 

 実際、彼の言うとおり時間が無いのは確かなのだ。

 

…ここは、ディーンを信じるしかあるまい。

 

 そう覚悟を決めたフィオールは、右手に持った大盾を自らに巻き込むように振りかぶる。

 

「ままよ! お前に(たく)すぞ、ディーン!!」

 

 言って、振りかぶった大盾を、まるでフリスビーのように投擲(とうてき)する。

 

「サンキュー、フィオール」

 

 回転する円盤(えんばん)のように飛来する盾を、太刀を持たぬ左手一本でキャッチしたディーンは、大タル爆弾の一つの上に、まるで(ふた)をかぶせるかのように持ち手側を上にして盾を置くと、今度は自身が、器用にその上へと飛び乗った。

 

「エレン! 俺の足元の大タルを打ち抜け!」

 

 そして今度は、更に上昇して逃げようとするリオレウスを、少しでも妨害しようと猟筒を天へ構えるエレンに向かって叫んだ。

 

 案の定、躊躇(とまど)った素振りを見せるエレン。

 

 しかし、ディーンの意志の強さに、結果突き動かされるカタチとなった。

 

「大丈夫だ! 俺を信じやがれ!!」

 

「わ、わかりました!」

 

 ディーンの力強き言葉に触発され、エレンが大タル爆弾めがけて引き金を引く。


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