奇談モンスターハンター   作:だん

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4節(9)

 リオレイアから注意を離さないようにしつつ、ミハエルが声をかけてきた。

 

 温厚そうに見えて、驚くほどに鋭いミハエルのことだ、雰囲気で察してくれたようである。

 

 (すなわ)ち、フィオールが勝負に出るつもりだと言うことに。

 

「どうすればいい?」

 

 ミハエルが、視線をリオレイアに向けたまま言う。

 

 ハンターの最大の武器は、背中を預けられる仲間との(きずな)である。そんな言葉を残したのは、どのハンターであったか。

 

 余計なことは言わずに、共に眼前の強敵を打破するためにどう動けばいいか。

 

 そんなミハエルを頼もしく思いながら、フィオールは覚悟を新たにし、その心強い仲間に応えるのだった。

 

 

「しばらく何もしないでくれ」

 

 

・・・

・・

 

 

「ええっ!?」

 

 何ともいえぬ間の後に、ミハエルが抗議の声を上げる。

 折角のシリアスな状況でそれはなかろうといった勢いでまくし立てるミハエルだが|無体と言えば無体な話である。

 

「冗談だ」

 

「この状況で!?」

 

 どこ吹く風で言うフィオールの言葉に、ミハエルが盛大にすっ転んだ。

 まぁ、ずっこけたとも言う。

 

「……時と場所を考えてよ」

 

 地面に打ちつけて痛む鼻を押さえながら言うミハエルの表情と声が、先ほど以上にげんなりしているのは言うまでもなかった。

 

 そんなミハエルに「まぁ、見ていてくれ」と言って、フィオールが数歩前へ進み出る。

 

 眼前には、未だこちらの様子を注意深く伺うリオレイア。

 

「お前の出番はすぐにやってくるさ」

 

 臆せず対峙するフィオールのその口元には、言動同様の不敵な笑みが浮かぶ。

 

 ミハエルは渋々といった表情で「解ったよ」と返すと、腰のポーチから携帯用の砥石(といし)を取り出して、リオレイアの真正面に立つフィオールから少しだけ離れた。

 

「武運を」

 

 そう一言だけフィオールにかけると、切れ味の鈍った自身の双剣、レックスライサーの刃に砥石を当て始めた。

 

 相変わらずミハエルは、余計な事は言わない。

 目の前の(リオレイア)を打倒するために最大限の事をするのだ。

 

 フィオールがああ言うからには、自分の出番はすぐにでもやってくるのだろう。

 ならば、その時に最善の仕事をするだけである。

 

「さぁ、待たせたな陸の女王。僭越(せんえつ)ながら、一手(いって)馳走(ちそう)(つかまつ)る」

 

 間合いから離れたミハエルに一瞬だけ視線をやってから、フィオールが口火を切る。

 まるで申し合わせたかのように、対するリオレイアもフィオールを標的と定めた。

 

 どうやら、言葉は通じなくとも意志は伝わったようだ。

 

「いざっ!!」

 

 掛け声一閃(いっせん)、フィオールが地を蹴り、リオレイアも負けじと駆ける。

 

 頭からフィオール目掛けて突進するリオレイアに対して、フィオールは背中にマウントしたパラディンランスを構える事はせず、なんと無手(むて)のまま正面から、自身の何倍もの大きさの雌火竜に立ち向かう。

 

 もし、この場にエレンとネコチュウが残っていたら、まるで大型車両にはね飛ばされたように宙を舞うフィオールを幻視して、『危ない!』と叫んでいたかも知れない。

 

 実際、一直線にリオレイア目掛けて走るフィオールは、既に直撃コースに入っているにも関わらず、避けようとも、武装を展開して防ごうともしていないのだ。

 

 

 ──直撃(ぶつか)る。

 

 

 当のリオレイアですら、それを疑いはしていなかった。

 しかし……

 

 

 ずざざぁぁっ!!

 

 

 派手な土煙を上げて、倒れ込むように停止したリオレイアは、あるはずの手応えがないことに、両の(まなこ)を白黒させる事となった。

 

 そう、確かに直撃コースにあったのだ。

 

 確かに、いざ自らの鼻先が目の前のハンターに触れんとするその瞬間までは、標的(フィオール)は目の前にいたのだ。

 

 だが、自らの突進ではじき飛ぶ筈の存在(モノ)は、手応えと共に突然視界から消失した。

 

 …いったい何処へ?

 

 まるでそう言うかのように唸り声を上げるリオレイアに、意外なほど近くから、冷淡な返答があった。

 

「後ろだ、女王(クイーン)!」

 

 当然のごとく、フィオールである。

 どんな手品を使ったのか、真正面にいたはずの彼が、突如真後ろに現れたのだ。

 

 驚愕は一瞬。だが、フィオールが攻勢に転じるには充分な隙である。

 

「……ッ!!」

 

 鋭い呼気と共に、稲妻と見紛(みまが)うばかりの突きが繰り出される。

 

 一発、二発、三発。まるで機械のような精密さで、同じ箇所に三連。

 

 何とか気を取り直したリオレイアが、慌ててフィオールに向き直ろうとするが、その時には既に、ステップで巧みに位置を変えたフィオールが、再び背後(バック)をとっていた。

 

「……凄い」

 

 感嘆(かんたん)の声を漏らしたのは、間合いの外にてレックスライサーに砥石を当てていたミハエルである。

 

 彼は、ちょうど真横のブッシュの陰に隠れる形で、事の一部始終を目の当たりにしていたのだった。

 

 言ってみれば、至極単純な話である。

 

 単純ではある。けれども実行するのは至難の(わざ)だし、何よりも、まさかあの様な方法で火竜の突進を回避するなど、想像だにしなかった。

 

 読者諸君には、蹴球(フットボール)におけるスライディングタックルを想像できるであろうか。

 もしくは、野球(ベースボール)のスライディング(フット・ファースト・スライド)の方が、想像しやすいであろうか。

 

 フィオールがリオレイアの眼前から突如として消失し、いきなり真後ろに現れるという手品のタネは、まさしく“それ”であった。

 

 驚くべき事に彼は、リオレイアと接触する直前に足から滑り込んで、リオレイアの股下を“くぐり抜けた”のだった。

 

 

 ──千里眼(フューレン)

 

 卓越した戦士は、まるで千里眼を持つかのように、相手の動きの先を見つめるという。見切りの極意。

 

 しかし、たとえ見切りが完璧であったとはいえ、真正面からスライディングでリオレイアを“くぐる”などと言う方法であの窮地を脱し、尚且(なおか)背後(バック)をとってみせるフィオールの胆力と技術に、ミハエルはもちろん、相対するリオレイアにいたっても、ただ舌を巻くばかりであった。

 

「遅いっ!!」

 

 再び背後に回り込んだフィオールを迎撃しようと、リオレイアがその強靭な尻尾を振るうが、見切りをより確かな物とした彼に、そんな苦し紛れは通用しない。

 

 声を上げたフィオールは、難なく右手の大盾で襲い来る尻尾を()なした。

 

 だが、流石に強烈な衝撃までは完全に殺しきる事は出来なかったようだ。

 すぐにはステップできずに、遂にリオレイアがフィオールの姿を正面に捉えてしまった。

 

「っ!?」

 

 フィオールの表情に緊張が走る。

 

 眼前にリオレイアの青い双眸がぎらりと嫌な輝きを宿すのを認めると、急ぎ大盾をリオレイアの方に向けて腰を落とす。

 

 

 ガアアアァァァァッッッ!!

 

 

 間髪入れずにリオレイアの咆哮(バインドボイス)が大気を揺らす。

 

 大盾の陰で耳を抑えるのが少しでも遅ければ、硬直した自らの身体が、致命的な隙となっていたに違いない。

 

 最悪の事態は免れたフィオールだが、怒りに身を包むリオレイアは、畳みかけるようにフィオールに猛攻をかける。

 

 まるで、彼に反撃の機会を与えぬかのように。

 

 

 ガンッッ!!

 

 

 硬質物同士がぶつかり合う。

 

 リオレイアがその巨体を活かし、フィオールに頭突きを見舞ったのだ。

 危なげなく盾で受け流すフィオールに、今度は振り上げた首をぶうんと振り回し、大盾の側面から刈り取るように襲いかかる。

 

…バックステップではかわしきれないか。

 

 瞬時に脳内で判断を下し、強引に身を捻って振り下ろされるリオレイアの首をガードする。

 

「ぐっ!?」

 

 思わず苦悶の声が漏れる。

 

 無理な体勢で体重差が何倍もある相手の攻撃をガードしたのだ。吹き飛ばされずに踏みとどまれたのは僥倖(ぎょうこう)に近い。

 

 それでも若干後ずさってしまうフィオールに、リオレイアは休むことなく追撃を仕掛ける。

 

 野太い鎌首をグンと持ち上げたかと思うと、振り下ろすと同時に連続して炎のブレスを打ち出した。

 

 三方向に向けて放たれる火弾。それをかわせるタイミングではない。

 

 先の防戦で(しび)れる右腕に鞭打って、再度大盾で身を守るフィオールに、飛来する火弾が情け容赦なく襲いかかった。

 

 

 ゴゥンッ!!

 

 

 着弾と共に轟音を巻き上げて破裂する炎のブレスを、歯を食いしばって耐えるフィオール。

 盾を構える右腕は度々襲いかかる衝撃に、もう限界だと言わんばかりである。

 

 どうやら、これがリオレイアの狙いなのであろう。

 

 如何にガードの堅いフィオールと言えども、相手は想像を絶する膂力と余りある体重差を持つリオレイアだ。

 

 飛竜種とは比べるまでもないほど矮小な人間の腕では、いかに(たく)みに(さば)こうとも、その衝撃に、重量に、次第に防ぎきれなくなるのは詮無(せんな)き事である。

 

 事実、度重(たびかさ)なる猛攻にフィオールの右腕は悲鳴を上げているであろう。

 

 それが証拠に、爆煙の中なんとか二本の脚で立つフィオールの盾を持つ右腕は、だらりと下ろされていた。

 蓄積されたダメージに、おそらくその腕は暫くは持ち上げることさえ出来ぬであろう。

 

 そして、それをこの狡猾な雌火竜が気付かぬ筈がない。

 

 つまり目の前の小癪(こしゃく)な人間の生命線である、鉄壁の守りは今を持って崩れ去ったのだ。

 

 しかし、雌火竜に油断はない。

 

 たとえ絶体絶命であろう獲物であろうと、この人間共は危険である。

 

 手心など加えたりはしない。自身の持つ最大の(わざ)(もっ)てしてその不敬なる命の灯火を断ってくれる。

 

 助走するための距離は充分、この距離、このタイミングで目標を外すことはない。

 

 ダッと、大地を蹴って蜻蛉(トンボ)を斬るリオレイア。

 大気を掻き乱して宙返る雌火竜の動きに導かれて、地面スレスレを走り抜け、振り上げられる雌火竜の強靭な尻尾がフィオールを狙う。

 

 まさに必殺のタイミング。

 

 誰もがそう思えたが、対するフィオールはしぶとかった。

 最早感覚さえ飛んでしまっているのではなかろうかという右腕を懸命に持ち上げてみせたのだ。

 

 恐るべき意志の力と言えよう、しかし、まともに力の入らぬ今の状態では、その防御(こうい)も風前の(ちり)に等しかった。

 

 

 ガィィィンッッ!!

 

 

 乾いた音が響きわたり、フィオールが大きく仰け反るが、しかしだ。

 天高く振り上げられた尻尾の一撃によって吹き飛ばされたのは、フィオール本人ではなく、右手に構えた盾のみであった。

 

 最後の力を振りぼったのか、盾を犠牲に衝撃を相殺(そうさい)し、自ら仰け反る事で致命傷を避けたのだ。

 

 目を見張る(わざ)であろう。だがしかし、これで正真正銘、フィオールに身を守るすべはなくなったのだ、さらに最悪なことに、雌火竜(リオレイア)蜻蛉切(サマーソルト)には“無助走(むじょそう)で放てる二撃目”が存在する。

 

 そして、完全に()(たい)であろうフィオールに、それから逃れる術など有ろう筈がなく、“それ”を見逃す甘い相手ではない。

 

「フィオール君っ!?」

 

 ミハエルが悲痛な声を上げる。

 

 今のタイミングで飛び出したところで、到底間に合わない。

 

 フィオールを信頼していたが甘かった。相手は飛竜種の筆頭、火竜である。

 フィオール一人だけでは流石に荷が重かったのだ。

 

 後悔が彼の胸を締め付けんとした瞬間だった。

 

「まだだっ!!」

 

 響きわたる力強い声に、思わず走り出しかけたミハエルのその脚が止まる。

 

 声の主は言うまでもない。フィオールだ。

 

 そこで初めてミハエルも気がついた。

 

 声の力強さだけではない、フィオールの瞳には諦めや絶望の色など微塵(みじん)もない。

 

 

 否、むしろ輝きを増しているではないか。

 

 

「言ったはずだ。一手馳走(いってちそう)(つかまつ)るとな」

 

 宙返りで崩れた体勢を、羽ばたきによるホバリングで整え、次なる一撃に移らんとするリオレイアに対して、口を開くフィオールの(げん)に先程までに見せた弱々しさは欠片(かけら)も見あたらない。

 

虚像(フェイク)!?

 

 ミハエルが刮目(かつもく)する。

 

 フィオールは、リオレイアの猛攻を捌ききれずに盾を弾き飛ばされたのではない。

 そう見せて“盾を捨てた”だけである。

 

 ──理由は。

 

 ランスの最大の強みともいえる防御(ガード)をあえて捨てるのは何故なのか……

 

 しかしそれは、実に単純な理由。

 

突撃槍(ランス)を、両手で……?」

 

 ミハエルが思わずと言ったふうに呟いた。

 

 そう、いつの間にやらフィオールは、突撃槍(ランス)定石(セオリー)とは違う構えを取っていたのだ。

 右手に盾を持って全面に押し出すように構え、後ろ手に回る左手にランスを持つのが、突撃槍(ランス)の標準スタイルである。

 

 しかし、盾を持たぬ今のフィオールの構えは、その標準(スタンダード)とは真逆(まぎゃく)の構えといえた。


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