奇談モンスターハンター   作:だん

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4節(6)

諒解(りょうかい)!」

 

「わかりました!」

 

異議(いぎ)(ニャ)~し」

 

 フィオールの言葉に、皆は一にも二にも頷いて、一気に駆け出した。

 

 リオレイアが閃光玉で視界を封じられた上に、転倒して動けぬ今こそ、体勢を立て直すまたとない好機(チャンス)だ。

 

 走る彼らの目指すのは、このトンネルの先である。

 

 この先には、デコボコとして足場の悪い細道が続く。

 流石の雌火竜も、あの道には入って来れないはずである。

 

 フィオールは、先行して走る仲間達が、五体満足であることを確認すると、一旦立ち止まり、腰のポーチからピンク色の球体を取り出してリオレイア目掛けて投げつけた。

 投じられたピンク色の球体は、キレイな放物線を描いてリオレイアの頭部に命中して弾けると、独特の強い臭気を広範囲に撒き散らす。

 

 彼が投げた球体は、ペイントボールと呼ばれる、ハンター達が狩場全域を移動するモンスターを見失わないための目印として用いるアイテムである。

 

 絵具と言う名前ではあるが、別に色を付けるわけではない。

 

 先に述べたように独特の“匂い”を広範囲に散布させ、ハンター達は狩り場全体に漂うその“匂い”から、モンスターの位置を確認することが出来るという代物(しろもの)だ。

 

 今回のように、その巨大な両翼を持って頻繁に移動を行う火竜を相手にする時などには、最早必需品といえよう。

 

 匂付(ペイント)に成功したことを確認すると、フィオールは未だ立ち上がれぬリオレイアに一瞥》をくれると、先に行く仲間達を追って走り出した。

 

…今は勝負を預けておく。すぐにとって返すから、その首洗って待っていろ。

 

 そう、(おの)が心に強く誓うと、後ろ髪引かれる思いを振り切って、その速度を速めるのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

「ネコチュウさん。先程はありがとう御座いました」

 

 先のエリアから離れ、ここはシルクォーレの森の中。デコボコと入り組んだ、昼なお暗い未舗装の山道じみた場所である。

 

 エレンは、さっきまで抱きかかえていたネコチュウを下ろすと、先の礼を述べるのであった。

 

「い、いや(ニャに)。いいって事ニャ」

 

 どうやら、抜けた腰は持ち直したようだが、なんとか冷静を装ってみたものの、その膝はガクガクと震えていた。

 

「みんな、回復薬は飲み終えたか?早速ですまないが、この後の作戦を決めたいと思う」

 

 皆から若干遅れてこのエリアにやってきたフィオールが口を開く。

 

 匂いを確認するが、どうやらリオレイアはすぐにはエリアを移動しないようだ。

 

 まるで、フィオール達が逃げ出さずに、再び自分に挑んでくる事を疑わぬかのように。

 

 事実彼等は、この狩り場に巣くう一対(いっつい)巨影(きょえい)を打倒せねば、無事にこの場を去ることはできない。

 

…解っているのだろうな。

 

 あの狡猾(こうかつ)な火竜共だ、そのくらい承知の上だろう。

 

 心の中で舌打ちするフィオールだが、先に自分が述べた筈の“今後の作戦”など、そう簡単に浮かんできてはくれなかった。

 

 ハンターに成り立てた当初からは、見違えるほどの動きを見せるようになったエレンだが、それでもまだまだ隙がある。

 今までは、何とか直撃を避けられていたが、長期戦になりかねぬこの戦いで、コレまで同様に行くわけがない。

 

 そうなれば、もっとも防御力の低い装備の彼女では、いつ命を落としてもおかしくはない。

 

 ミハエルは、恐らくは父親の形見であろうギザミシリーズと、ディーンとフィオールが彼のために作ってもらったレックスライサーといった、今このメンツの中では一番の武装だ。

 

 しかし、如何(いかん)せん相手が強力すぎる。

 

 あの二頭は、明らかに同族の中でも上位に位置する個体である。

 通常の個体ならばいざ知らず、奴らの体力も攻撃力も、“それら”とは(けた)が違う。

 

 フィオール共々、火力不足は否めない。

 

 そして、たった一人で雌の火竜より強力な、雄火竜リオレウスを相手取っているディーンに至っては、フィオール達よりもなお状況が悪いのは火を見るより明らかである。

 

 急いで雌火竜(こちら)を片付けて、彼の助勢に向かわねばならないことを考えると、思わず天を仰ぎそうになってしまう。

 

「あの、フィオール君。その事なんだけど」

 

 知らず知らずに腕を組み、物思いに耽っていたフィオールにかかる声が一つ。

 

 ミハエルだ。

 

「僕に一つ考えがあるんだ。聞いてくれるかな?」

 

「何かいい策があるのか?」

 

「うん。それには、エレンちゃんとネコチュウに頑張ってもらう必要があるんだけど、いいかな?」

 

 真剣に……まるで互いの覚悟を計るかのように言うミハエル。

 

 エレンもネコチュウも、負けず劣らず真剣な表情(かお)でうなづいて見せた。

 

 恐怖と緊張は在れど、その瞳に迷いは無さそうだ。

 

 二人とも、自分達の存在が彼等の足枷になっている事は解っている。どんな危険な役割でも担うつもりである。

 

「じゃあ、話すよ。この作戦は……」

 

 ミハエルが口を開く。

 

 彼の“作戦”は、単純と言うか、ハンターとしては基本的なことの応用であったが、この状況下で行うには、確かに全員の協力が不可欠な難しい内容であった。

 

 

・・・

・・

 

 

 巨大な火炎の砲弾が、間近をかすめるように高速で通過する。

 

 すれ違うように炎のブレスをかわしたディーン・シュバルツが、一瞬の隙をついて砲弾の射手(しゃしゅ)たる火竜リオレウスに肉薄する。

 

 

 斬撃一閃(ざんげきいっせん)

 

 

 そのまま火竜の股下を、大胆にも潜るように前転。

 

 起き上がりざまに頭上の尻尾にもう一閃。鉄刀(てっとう)神楽(かぐら)】が雄火竜(おすかりゅう)の尻尾に浅く傷を負わす。

 

 もう一撃入れておきたいところではあるが、リオレウスが大きく両翼を広げる気配を感じ、追撃は諦め再び前転。

 

 その直後、ディーンの元いた場所が爆発する。リオレウスのブレスが着弾したのだ。

 

 

──バックジャンプブレス。

 

 

 先程の戦いでは、この(わざ)にフィオール共々してやられてしまった。

 

 一撃一撃が強烈なリオレウスの攻撃において、この(わざ)がもっとも恐ろしい。

 

 リオレウスに肉薄し、斬りつける相手に対し、火竜は後方へジャンプすると同時に自らの足下へと強烈な炎のブレスを放つ。

 

 巨体故、懐に入ってしまえばこっちのものと油断する者には、まさしく痛恨(つうこん)の一撃となろう。

 

 爆風に煽られ、体勢を崩しながらも、何とかダメージをまぬがれたディーンは、すぐさま大きく横に跳ぶ。

 

 間髪(かんぱつ)入れず、そこを走り抜けるリオレウス。

 

 バックジャンプから着地するや、リオレウスはディーンに休む間も与えぬ連続攻撃を仕掛けたのだ。

 

 (から)くもこれを回避したディーンであったが、反撃に移ろうにも雄火竜は一足(いっそく)二足(にそく)()びでは届かぬ距離へと走り去っていた。

 

「……ッチィ!」

 

 忌々しげに舌打ちし、すぐさまその後を追うディーン。

 

 しかし、リオレウスはディーンが追いつく前に翼を広げ、一仰(ひとあお)ぎするとともに大空へと舞い上がった。

 

「ああ~、くそっ!」

 

 追撃し損ねたディーンが思わず悪態(あくたい)をついて地面を踵で打ち据える。

 

 リオレウスは大空を旋回しながら、単身で自身に挑んできた愚かな小さき者を仕留める隙を伺っているようだ。

 

 時は、フィオール達がリオレイアから一時撤退したのと時間を同じくとして、飛竜の巣のある洞窟を目の前にした、わりと広いこのスペースを舞台に、ディーンとリオレウスの一騎打ちが展開されていた。

 

 先の打ち合いは、このエリアに入ってリオレウスを待ち構えるディーンの前に、まるで挑戦者の前に立ちはだかる王者の様に威風堂々と地におり立ったリオレウスとの、第一合目(だいいちごうめ)の打ち合いであった。

 

 先のバックジャンプブレスからの突進をかわして見せたディーンに対し、若干評価を改めたのか、慎重に様子を探っているかのようだ。

 

「流石に飛ばれると手が出ねぇな。慎重な王様だぜ、ったく」

 

 毒つくディーンだが、毒ついても始るものはない。

 

 上空のリオレウスは、ディーンの遙か頭上を数周旋回すると、遂に仕掛けるコースを見極めたのか、一気に降下してきた。

 

「うわわっ!?」

 

 猛スピードで飛来するリオレウスの巨躯は、ディーンの逃げる方向に合わせて方向を調整し、迫る。

 

「っだあぁ~っ!」

 

 無我夢中で横っ跳び。

 

 そのディーンの背中スレスレを、火竜の鉤爪が物凄い速度で通過していった。

 

 跳ぶのが一瞬でも遅ければ、ディーンはその鉤爪の餌食になっていたであろう。

 

 リオレウスの高い空中旋回能力の賜物(たまもの)だ。

 

 文献(ぶんけん)にあるが、リオレウスがその気になれば、空を飛ぶ鳥であろうと、地を駆ける小動物であろうと、空中から正確に捕らえる事ができるらしい。

 

 更にはその鉤爪には毒を持ち、万一しとめ損なっても、傷させ負わせれば、弱らせて再びしとめることも可能なのである。

 

 来る、と解っていた攻撃にもかかわらず、紙一重でかわすのがやっとだった。

 

 まさに恐るべき空の王者。

 

 ディーンは首筋にチリチリと感じるその威圧感と殺気にクラクラしそうになるのを覚えながら、倒れ込み崩れた体勢を急いで立て直した。

 

 だが、リオレウスはディーンに落ち着く暇などは与えてはくれなかった。

 

 急降下(ダイヴ)で仕留め損なったとみるや、すかさず急上昇。再び上空へと舞い上がったと思ったら、その場で羽ばたきのみでホバリングすると、今度は空中から地上のディーン目掛けて炎のブレスを放ってきた。

 

「っ!?」

 

 正確にこちらを狙ってくる炎の砲弾を、辛くも前転回避でかわすディーン。

 

 モンスター接近する剣士用の、頑丈なバトルシリーズといえど、この強力な、おそらく上位種たるリオレウスのブレスの前では紙切れ同然である。

 

 ゴロンと転がりすかさず立ち上がるディーン。

 しかし、リオレウスの炎のブレスは単発では終わらない。

 

 2発、3発と連続して降り注ぐブレス。

 

 命からがらといった形でかわし続けるディーン。

 

 苛立つ心を懸命に押さえつけ、極力冷静に攻撃を見極めなければならない。

 少しでも気を抜けば、あの強力無比の雄火竜の猛攻を(しの)ぎきることはできないであろう。

 

 だが、そんなディーンの心境を嘲笑(あざわら)うかのように、リオレウスの猛攻は止まるところを知らない。

 

 ブレスの三連発をからくも回避したディーンだが、そのディーンを正確に照準(しょうじゅん)する火竜は、彼に更なる追い打ちをかける。

 

 なんと、リオレウスは羽ばたきを一旦止めて翼を閉じ、自由落下に移る瞬間に一気に全開する勢いのみで加速し、ディーンに向かって突撃してきたのだ。

 

 これにはさしものディーンも舌を巻いた。

 

 回避出来たのは運以外の何物でもないだろう。

 

 無我夢中で身を伏せるディーンの頭上で、リオレウスの鉤爪による一撃が空を切る。

 

 リオレウスは、開いた両翼を()のように使って超低空で強引に急停止すると、再び羽ばたいて上空へと戻っていった。

 

 その膂力、その(わざ)、まさに驚嘆の一言である。

 

「空の王者は伊達じゃねぇって事か、上等(じょーとー)だぜ」

 

 再び上空を旋回しはじめたリオレウスを睨みつけ、ディーンが口を開く。

 

 だが、先の攻撃である程度のパターンは見せてもらった。

 

…今度はこっちの反撃(ばん)だぜ。

 

 胸中で呟くディーン目掛け、空中のリオレウスが再び攻勢に移る。

 

 そびえ立つ飛竜の巣を内包する山の頂上の更に上から、一気にディーン目掛けて急降下(ダイヴ)する気のようだ。

 

「あまいぜっ!」

 

…その動きはさっきも見せてもらった。そう何度もやられたりはしない!

 

 言うやディーンは、なんと今まさに飛来せんとするリオレウスの方向目掛けて走り出したのである。

 

 走るディーンの眼前には、そびえ立つ山の(いただき)

 

 ヒト一人分の段差を二段ほど上がったところには、飛竜が巣を作るに充分(な空洞を有する山頂部分。そしてその上には、既に滑空体勢に入った火竜リオレウス。

 

 そのリオレウスが降下を開始。

 

 たちまち最高速(トップスピード)に乗ったリオレウスが空を切ってディーンに迫る。

 

 しかしディーンも走る速度を緩めはしない。

 このままでは正面衝突する。

 

 そう思われる矢先だ。

 なんと急にリオレウスが降下の角度を緩めたではないか。

 

 否、緩めざるを得なかったのだ。

 

 リオレウスがディーンへと到達する前に、ディーンが山の(いただき)の影の部分に到達してしまったからだ。

 

 これでは、そびえ立つ山頂部分が邪魔になり、ディーンを隠してしまって上空からの攻撃の動線を確保できないのである。

 

 一旦山の(かげ)に回り、その頂上から飛び降りる形を取ったことが、火竜にとっては裏目に出てしまった。

 

 いや、ディーンは最初から山頂部と対面にある、大きな岩山を背にしてリオレウスを待ちかまえていたのだ。

 

 よって、空中から攻める側の火竜としては、大きな岩が邪魔になるため、山頂側、ディーンの正面からから仕掛けざるを得なかった。

 

 まさに、ディーンの読みがリオレウスを勝った形である。


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