いつの間にか、フィオール達もこちらに集まっていた。
既にブルファンゴの死体から剥ぎ取りを終えたのだろう。ディーンの背後に立つ彼らの装備には、無数の返り血がこびり付いている。
「まるで、どっかの
肩越しにかけられたフィオールの言葉に、ディーンは忌々しげに吐き捨てる様に返す。
事実、王都等に代表される“
彼等は“
そんなディーンの言い分は、若干言葉が汚いが、フィオールやミハエルにとっても、全くの同感であった。
「ディーン、逃走したドスファンゴだが……」
「ああ、わかってる」
フィオールがエレンを掴み上げているディーンの肩をたたいて言うと、ディーンも彼の言い分は理解していると言った返事をする。
応えたディーンは、掴んでいるエレンの胸ぐらを放すと、すくっと立ち上がって背後の二人に振り返った。
「……ディーン君、その目……」
ミハエルが振り返ったディーンの瞳の色を見て、
フィオールとて、一度見ているとは言え、やはり驚いた表情は隠せなかった。
「悪いが、説明は後回しだ。今はまず、あの豚野郎を追おう」
二人の反応はもっともだし、エレンは勿論、ミハエルにもちゃんとした説明もしてやりたかったが、今は後回しにさせてもらう。
そんなディーンに対して、フィオールと、驚くことにミハエルも、彼の言葉に素直に頷いて返してくれたのだった。
「エレン!」
「は、ハイ!」
未だ起きあがれずに、へたり込むような姿勢のエレンは、背中越しにかけられたディーンの声にハッとなった。
「……気持ちは、解る」
ディーンは振り返らずに言葉を綴る。気付けば、フィオールもミハエルも、今は
彼女を見る二人の視線はとても
「だがな、
彼にしては静かで、だが力強い声だった。
「より強いモノが勝ち、より
それが、大自然の驚異と言えるモンスター達の
ディーンは言う。
それが全て……全てだと。
…そして私は、
ぐっと、知らず知らずに握り拳を作っていた。
悔しかった。自分はまだまだ甘えていたのだ。そう自覚すると堪らなく悔しかった。
「……くっ」
歯を食いしばり、エレンは立ち上がる。
それを見たフィオールとミハエルは
「アイツの逃げた先はベースキャンプがある。万が一そこを通過したら、ポッケ村は目と鼻の先だ」
同じ方向を見ながら、フィオールが呟く。
手負いの獣ほど、手のつけられぬモノはない。
負傷しているとは言え、あんな状態のドスファンゴが人里に近づけば、どんな惨事になるか想像もしたくない。
「エレン……」
ディーンが再び、エレンの名を呼ぶ。今度は振り返り、
「今からあの豚野郎を“狩る”。意味は、解るな?」
…
ディーンはそう言っているのだろう。
エレンは力一杯、
それに頷き返し、ディーンはフィオール達が倒したブルファンゴ達の
他の者もそれに続く。エレンは彼等にならって走り出しながら、ディーンも他者の命を奪うことの痛みと戦っているのだということを知るのだった。
・・・
・・
・
手負いのドスファンゴは、それ程遠くへは移動できてはいなかった。
ディーン達が襲われた位置から、地図上で大きくエリア分けされた隣のエリア。
ベースキャンプの手前、フラヒヤ山脈の
その美しい
「……いた!」
ミハエルが大猪の姿を見つけて声を上げる。
「任せろ!」
先行して走るディーンが
余談ではあるが、逆打ちとは、忍術における手裏剣の投擲方法で、野球で言うサイドスローの逆バージョンと思って貰えればわかりやすいかもしれない。右手に持った投擲物を、本来とは逆の左から右へと腕を振るう投げ方である。
ディーンの手から放たれた二振りのナイフは、一直線に逃げ行く大猪に向かって宙を駆け、一本は肉厚な
もう一本は右後ろ足の
ぶふぃっっ!?
これにはたまらず、ドスファンゴが転倒する。
「
ナイフの投擲により、一瞬足の止まったディーンの
先に仕掛けるはフィオールだ。
「……シッ!!!」
移動には邪魔になるため、背中に背負ったランスを一気に展開し、展開する動きと直結させての突き、突き、そして突き。
鋭い
槍の切っ先は、横倒しになったドスファンゴの腹部に、決して浅くはない三点の穴を
「続くよっ! フィオール君!」
突きを放った
…心得ているさ!
普段は温厚な彼の、ここぞの鋭さを頼もしく思いながら、フィオールは左へとステップ。
「ハァッ!!」
両刀突きが、先程フィオールが
傷口からバッと血の花が咲くが、ミハエルは止まらない。
左右に振り抜いた両刀を、
双剣使いの
この状態の双剣使いは、
──即ち。
「ハアアァァァァァッッ!!」
左手の一刀が振り抜けたと思えば、全く間をおかずに右の
これぞ
双剣による圧倒的な手数による連続斬りである。
ミハエルの二刀から繰り出される連撃で、
「セイッ!!」
赤い
これだけの
大猪の高い生命力は、今この時だけは、
「
それを少しでも早く終わらせようとでも言うのだろうか、ディーンが声と共に
続くディーンの存在を背中に感じていたのだろう、乱舞を終えたミハエルも、位置をズラして攻撃していたフィオールも、すぐさま飛び退いた。
ブォンっ!!
盛大な風切り音を伴い、今までで最も
ディーンが走りくる勢いをそのままに、右手の太刀を
刃はそのまま空中で翻り、ディーンは急停止したまま強引に体をひねり、
次の一太刀こそ、トドメの一撃。
誰もがそう思ったが、ディーンのとった行動は、皆の予想と違っていた。
返す刃の
「エレンっ!!」
後方へ
その方角、ディーン達がドスファンゴを追って来た方角、ディーン達から若干離れた位置に立つのは、その名を呼ばれしエレン・シルバラント。
彼女はライトボウガンを脇に抱えるように持ち、腰を落としてスコープを覗きこんでいた。
…最後の引き金は、お前が引け!
エレンは、スコープ越しに見る大猪がの命が、今にも尽きる様を見ていた。
レンズが拡大するドスファンゴは、きっと何もせずとも命を失うであろう。
だが、それまであの大猪は苦しみ続ける。
そう永くはない時間であろうとも、その苦しみは想像を絶するものであろう。
終わらせてやらなければいけない。
…だが、私は撃たなきゃいけない。
矛盾であるのも解っている。自分自身が理不尽な暴力であるのは百も承知だ。
…でも、ディーンさんが、みんなが撃てと言っているのは、私の心だ。
…撃つんだ、私は撃たなきゃいけないのだ。何故なら私は……
……私は……
…ハンターなんだっ!!
「撃て!エレンっ!!」
「うわああぁぁぁぁっ!!!」
バァンッ!!
ディーンの声が、まさしく引き金となった。
自らの迷いを振り切るように、ほとばしる叫び声と共に
狙うは、
先程から目を逸らさずにスコープの中心においていた。ハズしようがない。
弾丸は狙い違わず、血みどろの胴体に着弾。肉を
「あぁぁぁぁっっ!!」
一度引き金を退いた後は、感情の歯止めを失ったかのように、エレンは引き金を引き続けた。
銃声が立て続けて響くが、初弾の
しかしエレンは、都合6発の弾丸を吐き出し、とっくに
「エレンさん……」
いつの間にか、皆が側に集まってきていることにエレン自身が気がついたのは、フィオールが未だに息の荒い彼女の銃口をそっと下ろさせてからであった。
「もう、死んでいます」
フィオールの言葉に、
思わず、ふっと足の力が抜けかけるが、今度はいきなり肩を叩かれハッとなる。
「まだ、終わりじゃないぜ」
ディーンであった。
言い終わるや、大猪の
「剥ぎ取りまでが狩りの内だ」
そう言って、先に大猪のもとへ向かうディーンは、いつの間にか元の黒い瞳に戻っていた。
「は、はい」
慌てて頷き、手に持ったままだった猟筒を背中のマウントに固定すると、エレンは先行するディーン達を追う。
初めて剥ぎ取りを行ったのは、彼等が倒したランポスであった。
その時は、あまりの生臭さ、グロテスクさに耐えきれず、
だが、今回は気が張っているのか、それとも命を奪った責任からか、むせかえるほどの血の臭いにもあてられずに済んだ。
他のメンバーの様にテキパキとはできなかったが、それでも何とか毛皮と牙を剥ぎ取ったエレンは、自らの腰につけたポーチに剥ぎ取った素材を詰め込むと、ようやっと、自身の高ぶったままの感情に、平常さが戻ってくるのを感じるのだった。