奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(3)

 鼻息も荒く、ディーン達が目指すベースキャンプへと続く道から現れたのは、複数のブルファンゴ達であった。

 

 半ダースは軽くいるであろう。大所帯(おおじょたい)と言っていい。

 

 それでもやはり、ディーンとフィオールだけならば、何とかなるであろう。

 

 しかし、ここには素人(しろうと)そのものであるエレンに加え、エレンほどではないが、正式なハンターではないミハエルもいる。

 

 彼等を守りつつ、この場を切り抜けなければならない。それが何よりも至難であった。

 

 前方、進むべき道にはブルファンゴの群。

 

 後方、元来た道を戻るための道には、成人男性の胸元近くある段差と、そして何より、その段差の前にはドスファンゴが陣取っている。逃げ場は無い。

 

「やるしかない……か」

 

 フィオールの口から呟きが漏れる。無意識に出した言葉だが、むしろ覚悟がきまった。

 

「ディーン! 動けるか?」

 

「当たり前だ! 誰に言っていやがる!」

 

 まずはディーンが動けなければ話にならないのだが、そんな心配はする必要が無かったようだ。小生意気な返事が返ってきた。

 

 あの轟竜の猛攻すら耐え抜いた男だ。案ずるだけ無駄と言うものであった。

 

「それは重畳(ちょうじょう)。私がブルファンゴ達を片付ける! お前はそのでかい方を頼むぞ!」

 

「あいよっ! 頼まれた!」

 

 歯切れ良く応えたディーンが、すらりと背中の太刀を抜き放つ。

 

 その鋭い殺気を敏感に感じとったのか。のそりと、ドスファンゴがその巨体をディーンへと向ける。

 

 ただただ前へと進むことにその脚力を発達させたファンゴは、本来方向転換は得意ではない。

 

 しかし、このドスファンゴは別である。ディーンに向き直るその動きに、淀みなど微塵(みじん)もなかった。

 

 その瞳にはただ殺意。

 

 自分達の領域(テリトリー)に踏み込む異分子は、その(ことごと)くを蹂躙(じゅうりん)する。

 

 その意思しかない瞳をディーンへとむけて。

 

「エレン!」

 

「は、ハイ!」

 

 突然、ドスファンゴから目を逸らさずにかけられたディーンの声に、身を堅くしていたエレンはハッとなった。

 

 飲まれかけていたのだ。

 

 以前轟竜を目の前にしたときもその威圧感に圧倒されたが、今回は自分もこの戦闘に参加するのだ。

 その緊張感に自身が飲まれかけていた。

 

「お前は俺と一緒にデカブツ退治だ。気合い入れろよ」

 

 ディーンは相変わらず、視線をドスファンゴに向けたままであったが、エレンが威圧感(プレッシャー)に屈しそうなのに気づいていた。

 

 かけられた声の力強さに背中を少しだけ押された気がして、エレンは何とか頷くことができた。

 

…さて、この猪の怪物をどうしてくれようか……

 

 後方でエレンが頷く気配を感じ、ディーンはいざ戦いの火蓋(ひぶた)を切って落とそうとした。

 

 ──が。

 

「ディーン君、ナイフを!」

 

 その矢先にかけられた声によって、若干出鼻をくじかれかける。

 

 声の主はミハエルであった。

 

 一瞬何を言われたのかわからなかったが、自分の着ているバトルシリーズ付属の多目的ナイフの事だと理解すると、半ば反射的に背中にセットされた3本のナイフの中から、一番大降りの物を引き抜くと、ミハエルの足下へと投擲(とうてき)する。

 

 結果として、それがゴング代わりとなった。

 

 ディーンとエレンに対峙するドスファンゴが、フィオールとミハエルの近くに布陣(ふじん)するブルファンゴの群れが、一斉に彼等に突撃する。

 

「っ!?」

 

「ちぃっ!」

 

 一瞬気を取られたディーンの反応が若干遅れたが、皆それぞれが戦闘態勢に入っていた為、全員がしっかりと対応した。

 

 迫り来るドスファンゴの巨躯(きょく)を右へ半身ずらして紙一重でかわしたディーンは、すれ違いざまに右片手に握った太刀で横薙ぎに一撃を加えるのを忘れない。

 

 この一撃に速度を削がれたドスファンゴの突撃を、エレンは余裕を持ってやり過ごすことができた。

 

 すかさずやり過ごしたドスファンゴに銃口を向け、マウントされたスコープを覗き込むエレン。

 

 この二週間弱、暇があれば練習してきた動きだ。最初はどこに焦点を当てているかわからなかったが、今はすぐさま標的たるドスファンゴに照準(しょうじゅん)を合わす事ができた。

 

 あとは、引き金を引くのみだ。

 そうすればエレンの構えた猟筒から飛び出した弾丸が標的に命中し、その肉を抉るだろう。

 

「……っ!?」

 

 だが、そう考えた矢先、彼女の良心が力を込めようとした人差し指の動きを妨げる。

 

 今まさに引き金を引かんとする人差し指は、その場所に留まったまま微動だにしない。

 

「エレンっ!!」

 

 その様子を見て取ったディーンが叫ぶ。

 

 スコープをのぞき込んだまま硬直してしまったエレンに、体制を整えたドスファンゴが狙いを定めたのだ。

 

「ちぃっ! ボサッとしてんじゃねぇっつってんだ!」

 

 忌々しげに吐き捨て、一気にドスファンゴに接近するディーン。

 

 先の会合で開いた距離が一瞬で(ゼロ)になる。

 

 ディーンの飛びかかりながらの斬撃がドスファンゴのがら空きの脇腹を薄く切り裂くが、想像以上に堅い大猪の剛毛には思うように刃が通らない。

 

 しかし、それでもダメージは与えられたようであり、大猪の敵意は再びディーンへと戻った。

 もう一撃加えようとするディーンだったが、すぐさま考えを切り替えて後方へと跳ぶ。

 

…まずはこのデカブツをエレンから遠ざけないと。あんな調子じゃあ、(てい)のいい(まと)とかわらねぇ。

 

 ディーンは空中でくるっと反転、太刀を握った右手とは逆の、左手を視点に蜻蛉(とんぼ)を切ると、再度ドスファンゴとの距離を取る。

 

「おい豚野郎(ぶたやろう)。俺を相手にしながら女に見惚れるたぁ、随分と余裕があるじゃねぇか」

 

 器用なバク転を危なげなくきめたディーンが、切っ先を突きつけてドスファンゴを挑発する。

 まさか言葉が通じたとは思えないが、大猪は敵意を新たにディーンを睨みつけてくれた。

 

 どうやら挑発行為の甲斐あって、ドスファンゴは完全にディーンに標的を絞ってくれたようだ。

 

「さぁ、死合(しあ)おうか。生皮全部ひん()いて、丸焼きにしてやるぜ、豚野郎(ぶたやろう)……ッ!」

 

 

 ぶふぉおぉっ!!!

 

 

 啖呵(たんか)を切るディーンに呼応して、雄叫びをあげ、(ひづめ)を打ち鳴らすドスファンゴ。

 

 両者は刹那(せつな)の間に睨み合うと、まるで申し合わせたように同時に地面を蹴ったのだった。

 

 

・・・

・・

 

 一方。

 ディーン達と少し距離を置いて、ブルファンゴの群れと対峙するフィオール達も、ディーンの投げた大振りのナイフが地面に刺さると同時に動き出していた。

 

 

 ぶふぉっ!!!

 

 

 それを合図に、総勢6頭のブルファンゴは、一斉にフィオールとミハエルめがけて駆け出した。

 

 ファンゴ種達唯一と言っていい、突進攻撃だ。

 

 群のボスである、強大なドスファンゴほど力も体重もないが、変わりにブルファンゴは数で襲いかかる。

 

 一体一体の威力はドスファンゴには及ばなくも、群れれば結構な驚異となる。

 

 しかし、それでもあの轟竜の猛攻に比べれば大分可愛らしいものだ。

 

 ランスを展開し、大盾を構えるフィオールにとっては、この程度の数を(さば)ききるなど造作もないだろう。

 

 だが、こちらにはハンターではないミハエルもいる。エレンとは違い、幼い頃からこの辺境で育ってきたのだ。流石に彼女のように、この場で立ちすくんだりはしないだろうが、この数のブルファンゴを相手に、無事でいられるだろうか……

 

 迫り来るブルファンゴ。進んで前へ出たフィオールの方へ、集中して4匹。残り2匹はミハエルの方へ向かってしまった。

 

「……っ!? ミハエル!!」

 

 フィオールが警戒(けいかい)の声を上げる。

 

…頼む。うまくやり過ごしてくれ!

 

 フィオールの声にならぬ叫びが彼自身の心の中に響く。

 

 あとは、ミハエル本人に命運を託すしかない。

 

 ミハエルの装備は、防寒性には優れるが防御力に乏しいマフモフシリーズ。

 得物と言えるものは、腰に差したハンター達が倒したモンスターから素材を剥ぎ取るために用いる大振りなナイフ一本きり。この状況を打破するには若干心許ないのは否めない。

 

 しかし、フィオールは数瞬後に(おのれ)の心配が全くの杞憂(きゆう)であると知る事となる。

 

 大盾で身を守り、ブルファンゴ達の突撃を防ぎながらフィオールが見たものは、本職のハンターである彼の度肝(どぎも)を抜くものだったからだ。

 

 二匹のブルファンゴがミハエルに迫る。

 

 一匹が先行し、もう一匹が後ろから追撃する形だ。

 

 ファンゴ達がそんな戦術めいたことを考えたわけではないだろうが、結果的には波状攻撃(はじょうこうげき)、しかもそれぞれが別の角度からの突撃である。

 

 一匹を(しの)いでも、追撃するもう一匹を避けるのは至難(しなん)(わざ)であろう。

 

 特に、ミハエルには身を守るべき盾が無い。フィオールの様にこの猛攻を防ぐことは不可能だ。

 

 例え彼が一流の戦士であっても、ダメージを被るは必須の状況。

 

 それは(はた)から見た誰もがそう考えたであろう。

 

 ただ一人、当のミハエル本人を除いて。

 

「……っ!!」

 

 ミハエルは、最初の一匹とぶつかる寸前、自分よりも若干離れた位置に突き立った、ディーンの投げた多目的ナイフへ向かって横っ飛びに跳ぶ。

 

 直後、ミハエルの元いた位置をブルファンゴの一匹が駆け抜けた。

 

 一匹目をかわしたミハエルは、跳んだ先に突き立つナイフを(つか)むと、その場を支点にゴロンと地面ででんぐり返り。

 

 ハンター達の基本の動き、緊急回避と呼ばれる動きだ。

 

 だが、ミハエルが体制を整える前に、もう一匹が襲いかかる。かわしきれるタイミングではない。

 

 (つい)にブルファンゴがミハエルをとらえた。

 あわや跳ね飛ばされる……。

 

 そう思った矢先だった。

 

「……何!?」

 

 思わずフィオールの口から驚愕(きょうがく)の声が漏れる。

 

 二匹目のブルファンゴが駆け抜ける瞬間、フィオールの位置からは、ミハエルが消失したように見えた。

 

 いったい何処に消えた?

 一瞬跳ね飛ばされたのかと思ったが、違う。

 

 何と、走り抜けたブルファンゴの背中に乗っていたのだ。

 

 ミハエルは、二匹目が自身と接触するかどうかの刹那の瞬間に半身をずらし、先程掴んだディーンの多目的ナイフをブルファンゴの横っ腹に突き刺して引っかかり、そのまままるでロデオよろしくブルファンゴに(またが)っていた。

 

 ミハエルを乗せたブルファンゴは、腹を刺された痛みと彼を乗せた不快感で、明後日の方向へと走りつづけ、ミハエルをふりほどこうともがく。

 

 しかし、横腹に刺したナイフを支点に、ミハエルはしっかりとブルファンゴをとらえて離さない。

 

 彼はすかさず腰の剥ぎ取りナイフを引き抜くと、逆手に持ち、背中の上から一気にブルファンゴの後頭部、人間で言う頸椎(けいつい)へと突き立てた。

 

 

 ぶふぉぉっ!?

 

 

 恐らく痛みは一瞬であったろう。

 

 脊髄(せきずい) を容赦なく破壊された猪は、その意識を永遠に手放すこととなり、走り回ったその勢いを唐突に失って、盛大に倒れ込んだ。

 

 当然、上に乗っていたミハエルも一緒に倒れ込む形だが、彼本人は器用にその背中から飛び降りていた。

 

 勿論、ブルファンゴを仕留(しと)めた二本のナイフを引き抜くのは忘れていない。

 

 とん、と綺麗に着地するミハエルを、(にわか)には信じられぬ思いで見つめながら、フィオールは以前、ポッケ村のギルドマスター達の言った言葉を思いだしていた。

 

「そうか、彼の父親は優秀な双剣使い。それに彼自身、そこいらのハンター達よりも腕が立つとは聞いていたが……」

 

 思わず独り言の様に呟く。

 

 確かに、優秀な父親の姿を見て育ち、且つその教えを受けてきたのならば、少々の腕があるのは頷ける。

 

 だがしかし、それと実戦とは別だ。

 

 フィオールだって、幼少時に父に厳しく鍛えられた。

 

 そのお陰もあり、彼自身ハンターとなってたったの1年で、ベテランハンターからも一目おかれている。

 

 そんなフィオールであっても、ハンターになりたてで実戦経験の無い頃は大なり小なり苦戦はしたものだった。

 

 それに比べてミハエルは、案内人として狩り場に出ていたとは言え、慣れぬ(はず)の実戦でいとも簡単にあんな芸当を見せるとは、なんたる才気(さいき)であろう。

 

「フッ……これは、私もうかうかしてはいられないな」

 

 戦慄(せんりつ)すべきミハエルの才。

 

 常識外れの身体能力を誇るディーンとは違う、まさに芸術的ともいえるミハエル。

 

 そんな彼等の才能に、フィオールは武者震(むしゃぶる)いを押さえられなかった。

 

 もし、彼自身がその他の凡庸(ぼんよう)なハンターであったなら、彼等の規格外の才能を目の当たりにして、やる気を失っていたかもしれない。

 

 だが、フィオールもまた普通とは違う。

 

 偉大なる英雄の血と才。そして、その誇り高き魂は確かに受け継がれている。

 

…私は運がいい。彼等と出会えたことで、私は更に高見を目指すことが出来る。 神よ、私は何よりも、彼等という途方もない(おとこ)達と出会えた事を、あなたに感謝します。

 

 気付けば、先程やり過ごした四匹のブルファンゴが、再び彼に襲いかかろうとしている。


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