「なるほどな。だいたいは解った」
これなら今のオレでも扱えそうだと、イルゼはムラマサから手渡された黒い棒状のモノを器用にくるくると回してみながら呟いた。
長さの程は
装飾の類は一切ない。ムラマサ曰く、恐らくは試作品との事だが、充分に役に立ちそうであった。
「すまないなイルゼ君。よろしく頼む」
「大丈夫かニャ?アネゴ?アチシゃちんぷんかんぷんニャ」
傍らで同じ説明を受けていたシュンギクが珍妙な表情をしている。
確かに少々特殊な道具のようだが、イルゼとて一通りの狩猟武器に精通したハンターである。
「なに。スラッシュアックスよりはシンプルだ」
言って握った棒のグリップ部分にある
完全に本体と同一の金属で構成されており、握る部分にいくつかのボタンらしきものが付いていた。
「や、確かにスラッシュアックスやチャージアックスの方が、複雑そうには見えるんだけどニャあ……」
シラタキもシュンギクと同意見の様である。
…確かに、
そう、リエは考える。
確かに、先の二つの武器などダイナミックに形状を変える武器の
しかし、地味だがその技術の練度の深さは計り知れない。
「本当に、大丈夫なんですか?」
そう改めて問わずにはいられない。
幻鎖の用途とその目的は至極単純。
モンスターの拘束・無力化である。
ただし、その目的を遂げるために要求されるであろう技量は、御世辞にもイルゼが言う程シンプルではない。
…それを、私ではなく、イルゼさんに預けるのですか、御曹司……。
また《・・》、か。と。
また自分ではなく、こんなにも里や御家のために尽力している自分ではなく、どこぞのものともわからぬ
幻鎖自体は、初めて目の当たりにするのだが、その存在はムラマサより伺った事があるし、それ以外の“工房”の遺物についても、知識は他の誰よりも豊富であると言うのに。
…門外不出の超技術なんですよ……。
幼い頃からそう教え込まれ、それが彼女の誇り、いや、存在意義である。否定されるよりも、辛い仕打ちにリエには感じられた。
だからであろうか。そんな思いが彼女をこの様な蛮行に走らせたのは、詮無いことなのかもしれない。
「ッ!?」
おそるべき野生の勘とも言える直感能力を持つイルゼが、よもや驚きに声を失った。
「リエ!?何をするんだ」
ムラマサも思わず声を荒げてしまう。
見ればリエは、何を思ったのかイルゼの手にあった黒い棒切れ、銘を試作幻鎖と名付けられた道具を奪い取っていたのである。
「私が、行きます」
言ってきつく口を結んだリエ。
その思い詰めた表情に、ムラマサをはじめオトモの二名も息を飲む。
そんな中、驚きの表情を一瞬だけ浮かべはしたものの、自身に託された幻鎖を奪われてしまったイルゼのみ、いつもの通りの三白眼でリエを見返していた。
「……何です」
キッとイルゼを睨み返すリエであったが、対するイルゼの三白眼は、相変わらず何の感慨も持たぬかの様に、彼女を見つめ続けるのであった。
「……くっ」
一刻程にも感じられる数秒間。ぶつかり合う視線を先にそらしたのは、やはりリエであった。
イルゼの視線から逃れた途端に、訳もわからず溢れてしまった目尻の涙を拭う事すら忘れて、リエは踵を返して走り出して行ってしまった。
「リエッ!」
「ま、待つのニャぱっつん!」
あまりの悲愴な
「ダンナさん!あのぱっつん危ないニャ!死んじゃうかもしれないニャ!」
イルゼのオトモである以上、シラタキもシュンギクも
ディーンがたった一人で相手取っている冥雷竜が、尋常ならざる相手であることは火を見るより明らかである。
しかし。
「いい。心配するな」
応えるイルゼの声には、迷いがなかった。
「オレにも、何となく経験がある。と言うか、誰にでもあるもんだろ?」
言って、漸くフッと笑みをこぼす“
「ハンターってのは、悔しさをバネにして強くなっていくもんだ」
言って、ドヤ顔で立派な胸を張る“
「や、そりゃあそうかも知らニャいけど……」
「相手が相手ニャ。ぱっつん、悔しさをバネに天国までジャンプアップしかねないにゃ」
「その時は、その程度の
「「「いやいやいやいや」」」
即座にツッコミを入れずにはいられぬその他三名である。
最早何処から突っ込んでいいのやら、やはり何も考えていないようで、本当に何も考えていない。
「まぁ、冗談はさておき」
…本当かよ。
三人が心の中で一斉にツッコミを入れつつジト目で睨むも、イルゼ本人は何処吹く風である。
だが。
「それよりも、おやっさん」
唐突に、相変わらずのアイ・アム・ウェイさで、イルゼが「ん」とムラマサの眼前めがけて手の平を突き出したものだから、思わずムラマサは面食らってしまった。
しかし、直ぐにその意図に気がつくと、彼は別の意味で驚きに見舞われるのであった。
「まったく、君という奴は」
そう呟いて苦笑するムラマサに、何の事だと目を自分たちの毛並みの様に白黒させるシラタキとシュンギク。
そんな彼らに向けてイルゼは、彼女の二つ名らしいワイルドな笑みを浮かべて言い放つのであった。
「おやっさんがぱっつんの悩みを見抜いていないわけがないだろうが。さあ、出せよおやっさん。ぱっつんの為に用意した、ぱっつんの役割ってやつを」
・・・
・・
・
迸る冥雷が、ディーンのすぐ近くを通過していった。
ディーンの身長全てを覆ってしまえるほどの面積がありそうな、極太の
「見えてるっつってんだろ!」
吼えるディーンが二発目のブレスを
三発目のブレスが冥雷竜の口から放たれる時にが、すでにその効果範囲の外側へと移動していた。
達人の域に至るものは、その武器一本でブレスをも
「シィッッ!!」
吐き出された呼吸に乗じるように、右腕に握られた凶々しい大太刀が、唸りを上げてブレスを不発に終えてしまった冥雷竜を襲う。
硬質な破砕音と共に、ドラギュロスの顔面の甲殻が弾け飛ぶが、蘇りし幻の冥雷竜は苛烈極まるディーンの一撃に耐えてみせた。
お返しとばかりに、身体ごと反転させながらその剛尾を振るい、ディーンを打ち据えんとする。
まともに受ければ、比べるのも馬鹿らしいほどの体重差のあるディーンは、蹴鞠の様にふきとばされてしまうであろう。
しかし、ディーンはそれすらも太刀を支点に上手く衝撃を受け流し、ダメージを最小限にとどめて後退した。
ディーンはその衝撃を殺す為、ドラギュロスは攻撃の隙を消す為、両者そのままぐるりと回転して停止する。
ぶつかり合う
一合一合の攻防は、仕切り直した今となっては完全にディーンが制している。しかし、状況としてはそれ程有利に動いている訳ではない。
開眼した
加えてその手に握る大太刀、獄・紅魔邪龍刀は確かに恐るべき斬れ味を誇るが、纏う防具は未だ完全には強化できておらぬ下位のもの。冥雷竜を相手取るには貧弱だ。
対するドラギュロス。
死の淵から蘇った幻の冥雷竜は、ディーンの強力無比な攻撃に、少しも怯まず応戦してくる。
ディーンは一撃必滅の状態で、無尽蔵にも思えるドラギュロスの
まさに、骨肉を削っての綱渡りだ。
「ったく」
思わず。といった風にディーンの口から笑みがこぼれる。
「強ぇな、お前」
飛竜相手に何を言っているのだろうと、彼自身も思うのだが、それでも、この強き竜に敬意を表したかったのかも知れない。
声をかけられた冥雷竜も、まるで意思が通じたかの様にディーンを見つめ返す。
もしかしたら、ドラギュロスもディーンに近い感情を持ったのかも知れない。いや、それとも錯覚であろうか。
どちらにせよ、互いにこの様な場所で滅するわけには行かぬのだ。
「いざっ!」
勝負だ。と。
互いが吼える、まさにその時であった。
二者の間に思わぬ横槍が入ったのであった。
「食らいなさいっ!」
凛とした女性らしい声に、ディーンもドラギュロスも双方から意識をそらすことができなかった為、両者何事かと視線を向けると、そこには臙脂色の和装に似た出で立ちのハンターが、こちらに向けて走り来るところだった。
イルゼから試作幻鎖を奪い取ったリエが、冥雷竜に、否。
恐らくはディーン・シュバルツに一矢報いる為に、この一騎打ちに乱入してきたのであった。
完全に不意を突かれた冥雷竜とディーンが、一瞬動きを止めたその隙を突いたリエ・ゾウシガヤは、握った黒い金属製の棒、試作幻鎖の先端を冥雷竜に向けると、グリップに付いたボタンの一つを押し込んだ。
バシュゥと射出音が上がったと思うや、棒状の先端から鏃に似た物体が飛び出し、ドラギュロスに向けて放物線を描く。
高速で疾る黒い弾丸となった物体は、その身に黒く輝く尾を引きながら、まるで何かに操られるかの様に冥雷竜の長い首へと巻き付いた。
「お前っ!?」
ディーンが驚いた声で闖入者へと声をあげる。
見れば、ドラギュロスの首に巻き付いたものは、極小の鉄輪が連なる鎖である様だ。
リエの両手に握られた試作幻鎖より射出されたモノは、どうやら大型モンスターを拘束することを目的とした道具の様である。
突然首に巻き付いた鎖に対し、冥雷竜がさも煩わしいそうに唸り声をあげるが、しかし。
「馬鹿野郎ッ!何してやがるッ!」
ディーンがリエ目掛けて怒鳴り声をあげる。
「助太刀に決まっているでしょう!」
まさか、助けに来たのに怒鳴られるとは思っていなかったのか、リエがカッとなってディーンに怒鳴り返す。
グッと、ドラギュロスの首にかかった鎖を渾身の力で引きながら言うリエだが、彼女はディーンの声の意味をてんでわかっていなかった。
「そうじゃねぇ!」
再度ディーンから声が上がるが、遅かった。
「ッ!?きゃあッ!?」
リエの口から、驚きの声が飛び出す。
当たり前だ。恐らくはムラマサの言う“工房”から持って来た道具なのだろうが、一体何を思ったのか、飛んだ欠陥品である。
もしくは、それを扱うリエが使い方を致命的に勘違いしているか、ヘタクソかのいずれかである。
ドラギュロスの首に巻き付いた鎖を握るリエの身体が、グンと首を振り回したその動きに逆らえず、いとも容易く宙を舞った。
ケルビを捉えるのとは訳が違う。
鎖を持ったリエと彼の竜とは、わざわざ言葉にして比べるのも馬鹿らしいほどの体重差と膂力の差があるのだ。
ドラギュロスは、その首に引っかかった小枝でも振り払うかの様に、リエを振り払ったのである。
「クソったれ!」
毒吐き、ディーンが駆ける。
今度はリエ自身が放物線を描くのを、おそるべき速さで追いかけると、あわや不死の霊峰の山肌に叩きつけられる寸前、彼女の落下地点へと滑り込んだ。
「グッ!」
「くうぅっ!?」
リエとディーンの口から、それぞれ苦痛の声が零れ出るが、どうやら両者とも大きな怪我をせずには済んだようであった。
今この瞬間は……であるが
「ぐ、くそ……」
腹部に襲いかかる鈍痛に歯をくいしばるディーンが、その腕に抱え込む形のリエの無事を確認するや、急ぎ態勢を整えようともがく。
痛みをかなり強引に押さえ込んで、リエを抱えたまま起き上がったディーンは、眼前のドラギュロスを見やって一層奥歯を噛み締めた。
先に述べたように、リエの横槍が入るまで、彼らは命を削り合う綱渡りを演じて来たのだ。
それこそたった1ミリの
そしてディーンの今のこの状況は、間隙にしては大きすぎて、刹那にしては長過ぎた。