奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(6)

 ブォンッ!

 

 無造作に振るわれたドラギュロスの鎌首が、空中で()に体《たい》を晒したディーンを、無体にも弾き飛ばした。

 有り余る体重差がもたらす衝撃が、ディーンをまるでボールの様に吹き飛ばし、ディーンは数回バウンドしながら山肌を転げ落ち、結構な距離を置いて漸く停止した。

 痛みに悲鳴を上げる身体に鞭打って、立ち上がる彼を、今度は漆黒の雷撃が襲う。

 冥雷が煌めいて、光線(ビーム)となったドラギュロスのブレスが一直線にディーンへと伸びる。

 躱せたのはそれこそ僥倖(ぎょうこう)であった。

 クラクラする意識の中、半ば条件反射に近い感覚で、無我夢中で右へ左へ転がったディーンは、辛くも三連続で彼を狙うブレスの光線を回避できた。

 できたはいいが、その次に来る滑空攻撃までその幸運は続かなかった。

 本体への直撃はなんと避けられたものの、大きく広げた翼までは躱しきれず、ディーンは車に轢かれたように再び吹き飛ばされてしまう。

 それでも、なんとか最低限にダメージを抑えられたのだろう。

 それが証拠に、命どころか意識は未だディーンの手の中にあったからである。

 だが、それ故に痛みというものは、情け容赦なく彼の全身を苛んでいた。

「グゥッッ!」

 苦悶の声が喉の奥から絞り出されるが、鋼の如き精神で歯を食いしばって耐え抜いたディーンは、それでもなんとか立ち上がった。

 しかし。

「っ!?」

 気がついた時には、冥雷竜が自身を中心に旋回飛行をとっている。

 この動きには見覚えがあった。

 獲物を逃さぬ檻の様にその周りを高速で旋回するドラギュロスは、ディーンの脚がかの竜の包囲網から逃げられぬ状況であるとみてとると、旋回する範囲を一気に狭めるようにディーンの頭上へと舞い上がる。

 恐らくは、冥雷竜の最も得意とする、それこそ必殺技なのだろう。

 ディーンの頭上で停止した冥雷竜は、その身に宿した黒き(いかづち)を、ありったけディーンへと解き放つのである。

 頭上を仰ぎ見るディーンの黒い瞳と、天空から見下ろすドラギュロスの金色(こんじき)の瞳が交差する。

 必滅。

 理解(わかり)たくもないし認めたくもないが、それでもディーンには嫌でも理解できてしまう。

 今まさに降り注ぐのは、“死”そのものなのだと。

 脳裏に様々な思いが巡る。

 巡りすぎて、ディーンの動体視力をもってしても見定められぬ中、儚げな笑顔の銀髪の少女の顔だけが、一瞬浮かんだその刹那であった。

 死ねない。

 そう心に浮かんだ刹那であった。

 対するドラギュロスが、一瞬交差する視線の輝きが、黒から(あお)へと変わった直後である。

 刹那の(のち)にディーンを貫くべく、渾身の冥雷を解き放つ。

 

 バヂヂヂヂィィィィンッッッッッ!!!!!

 

 ドラギュロス自身の視界すら覆わんばかりの、真昼に尚暗い漆黒の稲妻は、しかしディーンを消し炭に変える事なく、突如として飛来した長大な物体に遮られ、四散させられるのであった。

 ……しん、と。

 冥雷の残した残響の後に一瞬の静寂が訪れる。

 一拍遅れ、どしんと重苦しい音を立てて、ディーンとドラギュロスの間に割り込み、冥雷をその身に受けてディーンを守った物体が、重力に逆らえずに地面へと落下した。

 突然の出来事に思わず惚けるディーンの傍に落下し、不死の霊峰の山肌へと突き立った(・・・・・)物体は、傍目にも異様なナリ(・・)をしていた。

 否。

 その表現は適切ではないかもしれない。

 山肌へと突き立ったそれ(・・)は、まるで地獄のマグマが吹き出してきたかと思うほど、禍々しい刃を持つ大太刀であったのだ。

 何故、それ(・・)を太刀と認識したか、ディーンにはわからなかったが、長大な刃を誇るそれ(・・)は、一見大剣の(たぐい)かと思ったが、そうではない。

 ジグザグにうねるように伸びる刀身は、灼熱の火山を思わせるように(あか)く、その鋭い刃紋は、超重量で叩き斬る大剣のソレではなく、刃を滑らせて切り裂く(かたな)の持つ美しさだ。

 正体不明の紅い金属は、柄の部分まで繋ぎ目なく伸びており、辛うじて巻かれた白い布地が、そこが“柄”の部分であると主張していた。

 それが、降り注ぐ冥雷からディーンを守った“存在(モノ)”であった。

「申し訳ありません」

 飛来した大太刀同様、突如として聞こえくる声に、ディーンだけではなくドラギュロスに至っても、その視線を巡らせる。

 確かに聞き覚えのある低音に振り返ったディーンが、今度こそ息を飲んだ。

 何故ならば。

「恐れながら、“余計な手出し”と言うものをさせていただきましたかな?」

 言い分の割に少しも悪びれたそぶりなど無いその声を発しながら、悠然とこちらに歩み寄る異様な風体。

 いつの間にこの場に現れたのか。

 長身を真紅(まっか)なローブに身を包み、フードを目深にかぶったその姿は、ディーンの“原初の記憶”に登場する人物と寸分違わぬものであったからだ。

「……あ」

 思わず喉の奥から声がこぼれ出るが、その声音はカラカラに乾いてしまい、音としてしっかりとした響きを持つことができない。

「ですが、少しばかり窮地であった様に見えてしまったものでして、御無礼は承知の上で、助太刀させていただきましたよ。ディーン・シュバルツ様」

 そう言って恭しく(こうべ)を垂れたその赤衣の男。

 その声を記憶の片隅を引っ掻き回して探り当てたディーンは、ルカと名乗った真紅の道化師(クラウン)の名を叫ぶのであった。

「ルカ!」

はい。尊き君よ(イエス・ユア・ハイネス)

 応えたルカの声は、それこそまるで、臣下が王へと返すそれ(・・)とよく似ているのであった。

 突然の事に動転した心が、冷静さを求めて騒つくのを、ディーンは何処か他人事の様にすら感じた。

 人間、感情の振り幅の限界を迎えると、真逆の状態へと陥るものなんだなと、どこか客観的にすら考えながら、それでもディーンの胸の中は、ずっと探し続けていた記憶(もの)の手がかりを前に、只々呆然とするままであった。

 そんな彼に対し、フードから覗く口元で微かに笑いながら、赤衣のルカは口を開いた。

「そら、呆けている場合では御座いませんぞディーン様」

 そう言われたディーンが、漸くと現状を理解する程度の冷静さを取り戻す。

 見れば、頭上に居たはずのドラギュロスが一足先に気を取り直したのか、一旦彼等から距離を取る様に移動していたのだ。

「くっ!」

 思わず砕けた刀身を投げ捨てて、地面に突き立ったルカの纏った赤衣の様に真紅の色をした大太刀を引き抜くディーン。

 抜いておいてはたと思い至り、恐らくはこれを投げてよこしたルカへと振り返る。

 視線を受けたルカは、何も言わずただ頷いて応えた。

 まるで、最初からディーンに振るわせるためだと言わんばかりに。

「なんだか、理解が追いつかねけんだけどさ」

 試しに一振り振るってみせ、その感覚を確かめるディーンが、彼と同じく注意深くこちらを睨みつける冥雷竜を見据えて言う。

「後で話、聞かせてもらうからな!」

 言うや翔ける(・・・)

 その瞳を(あお)く輝かせながら。

 赤衣のルカはそれには応えず、ふっと息を吐く様に笑うと、冥雷竜へ向け疾るディーンに声をかけた。

「その太刀の銘は獄・紅魔邪龍刀(ごく・こうまじゃりゅうとう)。現存する太刀の中では最高峰の部類に入ります。御身の力にどこまで耐えられるかは存じませぬが、存分に振るってください」

 よく響く声音を受けるディーンは、「(おう)」と返すと、それまでのダメージが嘘であったかの様に、先ほどを遥かに凌駕する速度でドラギュロスへと肉薄するや、一瞬にして背後(バック)へと回り込み、右手に握った真紅の刃を振り下ろした。

 

 (ザン)ッッッ!!!

 

 たったの一振りである。

 たったの一振りで、それまでディーンを苦しめていた冥雷竜の触手の一本が宙を舞った。

 

 ギャアアアアアアァァァッッッ!!??

 

 激痛と驚きに、冥雷竜が慟哭する。

 だが、驚いたのはディーン本人もである。

 驚くべき切れ味。驚くべき破壊力。

 まるで自身の右腕に悪魔でも宿ったようであった。

 刀身に宿った属性故であろうか、まるで燃え盛るマグマの如く熱を帯びた刃からは、付着した冥雷竜の血が焦げて、しゅうしゅうと煙を上げている。

 触手を失った痛みにもがき、地に堕ちたドラギュロス目掛け、ディーンの攻撃は続く。

 倒れた冥雷竜の背中を蹴って飛び上がるや、落下の勢いに乗せて振り下ろした斬撃が反対側の翼の付け根に深々と突き刺さり、刃に宿った灼熱がその肉を焼く。

 二重の痛みに悲鳴を上げたドラギュロスは、その身を捻って暴れ回り、結果ディーンを振り落とすことに成功するが、振り落とされたディーンは器用に着地して見せると、再び加速。

 痛みに耐えながらも立ち上がったドラギュロスの懐に走り込むと、腰に構えた大太刀を、居合抜きよろしく振り抜いたのである。

 一拍遅れて、ドラギュロスの胸部には、その緑白色の甲殻に鮮やかな真紅の裂傷が描き出された。

 吹き出す鮮血をその身に浴びるディーンが、トンと後ろへとステップすると、力尽きたのであろう。

 冥雷竜はどうと音を立てて崩れ落ちるのであった。

 呆気ない。

 目まぐるしい斬撃を見舞ったディーン自身が、そう思うほどである。

「お見事です」

 半ば呆然と、倒れ伏したドラギュロスを眺めていたディーンの背後からかかる声があり、反射的に振り返る。

 ポンポンと、やはり真紅の手袋に覆われた両手を打ち鳴らしながら近づいてくる赤衣の男が、垣間見える口元だけでディーンに笑いかけていた。

「いやはや流石はディーン様。稀代の妖刀を用いたとは言えこれ程とは。感服です」

 そう言って再び頭を下げるルカだったが、不思議と嫌味の様には聞こえなかった。

「あんた……」

 振り返ったディーンが、再び胸の中で荒れ狂う感情を必死に押さえ込みながら、なんと言って言葉をかけようかと思案しようとする。

 しかし赤衣の男は、「ですが」とディーンの言葉を遮ると、スッと彼の背後を指差す。

 その瞬間であった。

 

 ぞわり。

 

 不意に首筋を悪寒が走ったかと思うと、背後で大気が爆発した。

 いや、爆発したのは大気ではない。

 気配そのものが爆発したかの様に膨れ上がったのだ。

 直後、ディーンは振り返りもせずに赤衣の男の方へと一心不乱に飛び退いた。

 そんなディーンの耳朶に、ヂヂヂと大気中に電流が流れるかの様な音が聞こえたかと思うと、次の瞬間である。

 

 ガアアアアアアアアァァァッッッッ!!!!

 

 鳴り響いた咆哮と共に、鼓膜を破らんばかりの稲妻の爆音が轟いた。

「な、なんだ!?」

 驚き振り返ったディーンの視界に移ったものは、再び立ち上がったドラギュロスの姿であった。

 その姿は、今しがたディーンが刻みつけた傷などものともしない程の生命力に満ち溢れており、その身に纏う漆黒の冥雷はその計り知れぬ力を増したかのようだ。

 その力に当てられたのだろうか。

 不死の霊峰の山肌の上に無数にある小さな岩や石達が、まるで重力から解き放たれたかのように浮かび上がっていた。

「お気をつけくださいディーン様。あの冥雷竜は特別です。今の貴方でも、もしかしたら苦戦を……」

 異様な様を目の当たりにしながらも、赤衣のルカの声音は落ち着き払っていた。

 だが、ギロリとディーン達を睨みつけたかと思った途端に、ふわりと上空へと登ったドラギュロスの動きを目で追ったルカは、そこで一瞬言葉を切った。

 

 グアァッッ!

 

 三十メートル程上昇したドラギュロスが、一声鳴いたその瞬間であった。

 上空の巨体が一気にディーン目掛けて“降ってきた”。

「っ!?」

 傍でトンと地を蹴ってジャンプしたルカに習い、同じく慌てて飛び退いてドラギュロスの急降下を回避するディーンは、その威力に戦慄を覚えた。

 冥雷をその身に宿したドラギュロスは、全体重を脚に乗せて蹴りを繰り出したのだが、その蹴りはディーンの身体を狙ったものではないかったのだ。

 その蹴りが地面を叩くや、纏った冥雷が大地へと流れ込み、たったの一瞬だがかなりの範囲が漆黒の電流で覆い尽くされたのである。

 ルカが側で躱しかたの“見本”を見せてくれなければ、そしてそれを咄嗟に真似できなければ、今度こそディーンの命は無かったに違いなかった。

「苦戦を強いられるかも知れませんね」

 そんなディーンの気持ちを知ってか知らずか、赤衣の男は先程切った言葉を再びつむぐと、芝居がかった動作で言うのであった。

「さぁ、第二幕の開演でございます。努努(ゆめゆめ)ご油断なさいませぬよう」

 ルカの口上に乗るかのように、息を吹き返したドラギュロスが、ディーン目掛けて地を蹴るのであった。


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