奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(5)

冥雷竜はディーンを休ませるつもりなど毛頭無い様である。

グンと鎌首持ち上げたかと思うと、振り下ろす勢いにのせ、ほとんどの飛竜種が持つ攻撃手段、ブレスを吐き出してきたのだ。

ドラギュロスがベルキュロスの亜種であるならば、攻撃手段に差異はあれど、ブレスなど生態に関しては近いものがあるはず。

そう踏んだディーンの予想通り、ドラギュロスのブレスは直線状に放射される光線(ビーム)の様にディーン目掛けて伸びる。

しかし、直線状であるが故に、起動さえ読めれば回避することは容易い。

ブレスの射程の先に仲間達が巻き込まれない様に移動しつつ、ディーンはドラギュロスがブレスを吐き出す直前に横に跳んで回避する事に成功した。

反撃に、と踏み込もうとしたディーンだが、二度、三度と回避行動を強いられることとなる。

「三連発ニャ!?」

遠目で眺める状況のシラタキが驚いて声を上げた。

ドラギュロスは間髪入れず、都合三回連続でブレスを放ち、ディーンを攻撃したのである。

ディーン程の反応速度でなければ、初見での回避などできようはずもない。

「なんて奴だ……」

イルゼも流石に戦慄する。

先に相見えた、古龍種に匹敵すると言われる舞雷竜ですら凌駕するだろう。

むしろ、ベルキュロスが可愛く思えるくらいだ。

「マーサッ!」

辛くも三連ブレスを躱しきったディーンが、急いで体勢を整えて叫ぶ。

「みんなを連れて、先にその工房へ行けっ!」

言うや、ドラギュロス目掛けて真っ直ぐに走り出す。

その直後、ディーンが先程まで立っていた場所を、左右からドラギュロスの翼から生えた触手が交差して行く。

無手の状態で走るディーンは、冥雷竜の眼前へ躍り出るや背中の大太刀を抜刀。

そのまま袈裟懸けに斬りつけた。

硬質な音を上げて切っ先がドラギュロスの肩口の甲殻を削るが、その傷は非常に浅いものであった。

懐に飛び込んだ形のディーンは、そのまま切っ先を翻して斬り上げると、くるりと一回転して今度は逆袈裟(さかげさ)に斬りつけ、冥雷竜の翼の下を潜り抜けて後方へと回り込む。

先のブレスに対する三連撃でのお返しだ。

しかし、この程度では強大な飛竜種に対して致命傷足り得ない。

ピシリと、自身の愛刀が嫌な音を立てるのを耳にするディーンに、ドラギュロスは悠然と空中でその身を翻して向き直るのだった。

「少年、一人であのバケモノを引きつける気ニャ!?」

シラタキが悲鳴にも似た声を上げる。

だが実際のところ、ディーンの判断は正しいのだ。

「おやっさん、オレのオトモを頼んだ」

イルゼが、腰の剥ぎ取りナイフを手に走り出そうとするが、そんな彼女を、ムラマサは急ぎ引き留める。

「待ちたまえイルゼ君!」

肩を掴まれたイルゼは、一線を退いて久しいはずの彼からは想像できぬほどの力で留められ、思わず驚いてしまう。

「何をするんだ」

彼女にしては珍しく、焦りの表情を浮かべてムラマサに向き直る。

如何に出鱈目なディーン・シュバルツと言えど、破損した太刀で、しかもたった一人であの冥雷竜を相手取ってタダで済むわけがない。

そんな事もわからないムラマサではなかろうに、何故止めるのか。

「落ち着きたまえ。未だ肩の完治していない君が行ったところで、かえって足手まといになりかねん」

ムラマサの言い分ももっともではある。

もっともではあるのだが、それでもこの窮地に後輩ハンターを一人残して逃げたくはなかった。

「私に考えがある。今は堪えてくれ!」

剛力無双を誇るイルゼを、たった一本の腕で引き留める彼の膂力と、そしてその真剣な声に、イルゼの抵抗が収まる。

「……本当か?」

「ああ、約束しよう」

それでもギロリと睨みつけてくる三白眼に、ムラマサは力強く頷き返すのだった。

「クソッ!」

忌々しげに吐き捨てると、イルゼは独り冥雷竜に挑むディーンに向かって叫ぶ。

「すまない少年!すぐ戻ってくる!」

その声に、一回だけ背中越しに手を振る様が見えるが、すぐにその姿が物凄いスピードでかき消えたように移動するや、直後に冥雷竜の触手がその場に叩きつけられた。

「それじゃあ、急ぐぞ。とっととその考えを実行する」

後ろ髪引かれる思いでディーンと冥雷竜から視線を外したイルゼが振り返り言う。

見れば、彼らの側にはディーンに助けられ、その場から逃げてきたリエとシュンギクが息を切らせながらもやって来ていた。

「うむ。ではみんな、着いてきてくれたまえ。リエにシュンギク君も、もうひと踏ん張り頼む」

そう言うムラマサは、義足である片脚を意識させぬほどの動きで走り出し、イルゼ達もその後を追うのであった。

…無事でいろよ、少年。

殿(しんがり)に立ったイルゼが、胸中でディーンに声をかける。

それに応えるかのように、ディーンが裂帛の気合いとともに、冥雷竜へと斬りかかっていた。

「おい、ぱっつん!急ぐニャ!」

視線を前に戻せば、偉そうに急かすシュンギクの声にリエが「わかっています!と言うか、何ですかぱっつん(・・・・)って!」と言い返していた。

どうやら、慌ただしく移動する自分達には、僥倖な事に冥雷竜は興味無いようである。

「いいから急げ」

ぶっきらぼうに言うと、イルゼはギャーギャーうるさい性悪メラルーの首根っこをむんずと掴み、そのまま駆け出すのであった。

とっととその“工房”へと赴き、ムラマサの考えとやらを確認せねばなるまい。

右手に持ったシュンギクが「おえっぷ!?ちょっ!?アネ……ゴ……きも……」などとよくわからぬ事を言うのも気にせず、ムラマサに続いて火口をそう道を駆け抜けるのであった。

 

・・・

・・

 

冥雷竜の動きは素早い。

その上、基本的に連続して攻撃を仕掛けてくる為、ディーン独りで相手取るには、正直言って非常に不利であった。

冥雷竜はその金色(こんじき)に輝く瞳をギラリと輝かせ、執拗にディーンを狙う。

「……っ!?くそ!」

地面に叩きつけた鉤爪を中心に、そこから(アスタリスク)の字を描くように地面を黒い電撃が走り抜け、鉤爪の一撃を回避したディーンのキモを、氷海に突っ込んだ様に冷やしていった。

「ったくもう!」

思わず毒吐(どくつ)いてしまう。

先日の砂漠の死闘以降、どうにも常識外れにツイていない気がする。

もしもこの世に神という存在がいるならば、余程のサディストか、そうでなければ個人的にディーンの事が嫌いに違いない。

…いつか、全身全霊を込めてブン殴ってやる。

心の奥で硬く神への反抗を誓うディーンだが、不敬極まりない思考に鉄槌を下すかの様に、冥雷竜が襲いかかる。

ふわりと地面に舞い降りたかと思うと、ディーン目掛け、不死の霊峰の山肌を蹴ったドラギュロスは、その巨体を最大限に活かし、ディーンを弾き飛ばす作戦に出た様だ。

しかも、トップスピードに乗って一気に攻めるのではなく、あくまで冷静にディーンを狙い定めているようで、一歩一歩の歩みは巧みにディーンに狙いを定め、長い尻尾で器用に舵をとってディーンの動きに合わせて進行方向を調整してみせたのだ。

「クソッタレめ!」

たまったものではない。

読者諸君も想像してほしい。もしも走り来るダンプカーが自分を狙って(・・・)、ハンドルをきって来たとしたら。

ディーンはそれでも歯を食いしばり、一旦足を止めてギリギリまでドラギュロスを引きつけてから、一瞬の隙を見定めて跳ぶ。

彼が見つけたのは、走り来るドラギュロスの脚と翼の境目であった。

大胆にもその隙間をすり抜ける様に横っ跳び。

見事冥雷竜の突進を回避したディーンは、強引に身を捻って山肌を転がると、急いで起き上がって体勢を整えた。

流石に息が上がりそうになるのを、気力で押さえつけるが、突進を不発に終えたドラギュロスは、やはりふわりと浮かび上がって空中で向きを変えると、再びディーンへと向き直った。

隙が無い。

いや、全く無いわけではないのだが、極端に少ない。

連続して繰り出される攻撃は、その射程も効果範囲も恐ろしく広い。

しかも、ディーンの防具は雷弱点とするレウスシリーズである。

あの黒い雷撃が本当に稲妻の属性であっているかどうかは疑問だが、それでもかの竜に対しては、本来の防御力など期待できそうにない。

実際ディーンの予測通り、ドラギュロスの電撃は通称“冥雷(めいらい)”と呼ばれており、未だ未知のエネルギーの奔流である。

俗には“龍”属性とまとめて称される事が多いのだが、どちらにしてもディーンの防具ではロクな効果は期待出来ない事には変わりない。

その悉くを躱しつつダメージを与えるとなると至難の技である上に、現状は彼と冥雷竜の一対一なのだ。

…こりゃカッコつけすぎたかなぁ……。

目指す“工房”が武器を作る(・・・・・)場所であるならば、何か対抗できる“武器”が有るかも知れぬと、ムラマサ達をまずは先行させては見たものの、残った自分の役割が想像以上にキツイ事に、遅ればせながら辟易とするディーンであった。

だが、文句を言っても始まらない上に、第一聞いてくれる人間すらいないのだ。

挫けそうになる心に鞭を入れ、今度はディーンが大地を蹴った。

見渡す限り、ゴツゴツとした岩肌を覗かせる不死の霊峰の地面に土煙を巻き上げさせ、真っ赤な一陣の風となったディーンが、ジグザグに走りながらドラギュロスへと肉薄する。

ここに来て自身の獲物が反撃に転じた事に少なからず驚いたのであろう。

一瞬、思案する様にドラギュロスの動きが止まる。

その時間は、秒にして一秒あったであろうか。

だが、出鱈目な速度へと一気にその歩みを昇華させたディーンは、その一秒の内にドラギュロスの視界から消失。

再び冥雷竜の視線が彼を捕らえた時には、左の頰っつら目掛けて大太刀を振り被ったディーンが、まさにその切っ先を振り下ろしていた。

 

ガイィンッ!!

 

強固な鱗が数枚弾き飛ばされ、流石の冥雷竜の首が反対側へと流さられる。

その一撃で止まるディーンではない。

飛竜刀【紅葉】を振り抜いたその勢いそのままぐるりと身体を回転させ、その運動エネルギーを乗せた右脚が振り上げられたかと思うと、火竜リオレウスの甲殻で作り上げた具足に覆われた向こう(ずね)が、薄く斬撃の裂傷を刻まれた冥雷竜の左頬に吸い込まれた。

斬撃に劣らぬ激突音が鳴り響き、今度こそ冥雷竜が(たたら)を踏んで後退する。

「まだだ!まだ仕返ししたりねぇぞビリビリ黒スケ!」

ディーンは止まらない。

右手一本で大太刀を振るう彼独自のスタイルで翔ける。

振り抜いた右脚が地面に着くや否や、真半身の姿勢で一気に離れた距離を縮めると、右腕の太刀が真一文字を描いて振り抜かれ、ガラ空きの首筋に薄い裂傷を刻み付ける。

未だ冥雷竜は体勢を整えきれていない。

ディーンの出鱈目な速度がたったの一瞬の隙を連撃の好機へと引き延ばしているのである。

…もう一撃。

振り抜いた大太刀を再び両手に振りかぶると、ディーンは強く山肌を蹴って跳び上がった。

「我流一刀……」

空中で縦に一回転する勢いを乗せた、大上段からの振り下ろし。

彼本人の得意技である。

断罪の鋼刃(イグゼキュート)ォッッ!!」

掛け値無しの全力の一撃が、ドラギュロスの首筋に吸い込まれ、そして……。

 

バキィィィィィンッッッッッッッ!!!!

 

乾いた破砕音を上げて、ディーンの太刀(・・・・・・・)が砕け散った。

「っ!?」

連撃に耐えきれなかったのは冥雷竜の甲殻ではなく、ディーン本人の太刀の方であったのだ。

彼の渾身の一撃は、衝撃に耐えかねて砕けた刀身のせいで威力を分散させられ、結果的に致命的とも言える隙を逆にディーンもたらした。

…しまった!?

胸中で舌打ちするディーンだが時既に遅しである。


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