一行はちょうど中腹を過ぎた付近まで登っていた。
巨大な霊峰の中頃に、ぽっかりと空いた火口跡があり、その下部に目指す“工房”の入り口があると言う。
「あそこだ」
先頭を歩くディーンのすぐ後ろから、ムラマサが指を指す先に、ちょうど自然にできたものとは思えぬ
どうやら
くぼみは階段状に続く通路の様であった。
「にしても、凄いのニャあ」
シラタキがムラマサの指差す方向と、そしてはるか先に見える山頂とを見比べて声を上げた。
「一つの山にこんなにおっきな火口が二つもあるニャンて」
火口が複数ある火山自体は、珍しくもないのだが、ここまでの規模となると、確かに珍しいのかも知れない。
シキの国一と名高いだけはある。
「そうだな。遠目から観ても見ごたえのある綺麗な山だったし」
ディーンもシラタキの言葉に同調する。
今度、是非仲間達も連れてきたいと、強く思うディーンであった。
「ミ、ミャア……。どうでもいいけど疲れたミャア……」
対して、ほとんど休みなく行軍していた一行に、少し遅れて、シュンギクとリエが追いついてきたようである。
いつの間に用意したのか、杖にもたれかかって膝を震わせながら、シュンギクが震える声で嘆くのを、相方の白いアイルーが冷ややかな目で見やる。
「運動不足ニャ」
その上、バッサリと一言で斬って捨てるシラタキに、シュンギクが「ご無体ニャ!」と抗議の声を上げるが、シラタキは肩をすくめるだけであった。
だがその後に続くリエも、ふらつく足をなんとか動かしながらといった様子であり、シュンギクだけが情けないと言うわけではないようである。
それもそのはず。
日の出前から出立し、中腹に至るまでおよそ4時間弱。ディーン達は休みらしい休みなど一切取らずにここまでやって来たのである。
若く現役のハンターであるディーンやイルゼは勿論だが、現役を退いたムラマサまで、おそるべき体力である。
しかも、ディーンやイルゼは外敵が現れれば瞬く間に撃退しながらの行軍であり、ムラマサに至っては義足であると言うハンデを持っていてなお、ディーン達の速いペースに、顔色ひとつ変えていない。
対するリエは、滝の様に汗を流しながら、彼らに着いて行くのがやっとといった有様であった。
見兼ねたディーンが何度か「休むか?」と声をかけはしたのだが、リエは要らぬ気遣いと突っぱねてしまうので、現在に至るまでディーン達は彼らのペースでここまで登って来たという訳だ。
兎も角、漸くディーン達の足が止まったので、リエも追いつきながら膝に手を当てて、4時間ぶりの小休止をとる事ができた。
隣ではシュンギクがひっくり返っている様が見える。
ディーンとイルゼは双眼鏡で火口を沿う様に進む通路を眺めながら、結構な距離があるなと話し合っていた。
「大丈夫かね、リエ?」
必死に息を整えるリエに、ムラマサが気遣って声をかけてくれたが、それに対しても「平気です」と素直になれぬ自身が、なんとも情けなく思えるリエであった。
「なぁ、マーサ。その“工房”ってな、どれくらいの広さなんだ?中でみんなが休息取れないんなら、ここでちゃんと休憩取ってから行くか?」
ディーンが此方を振り返って声をかける。
「ああ。心配しなくとも、工房内は充分に広い。この人数でも充分ゆっくりできるさ」
そう応えると、ムラマサはリエにもうひと頑張りだと優しく声をかけて、ディーン達の方へ歩いて行った。
「あ〜も〜」
聞こえた声に目を向けると、ひっくり返っていたシュンギクがよっこらせと起き上がって「あんニョ体力バカ共め……」などと毒を吐きながら、ヨロヨロとディーン達の方へと歩き出していた。
…悔しい。
まぎれもない今のリエの心境であった。
意味もなく対抗心を燃やして着いては来たが、これでは完全に足手まといでは無いか。
思わず目尻に涙が浮かびそうになるのを必死にこらえる彼女だが、より一層格好がつかないのでグッと堪えるしかない。
今は少しだけ俯いて、緩んだ涙腺が再び引き締まるの待つ彼女は、それが故に気づくのが遅れたのだろう。
少し先の方で此方に向けて何かを叫ぶ声に、一拍遅れて気がついたリエが顔を上げたその時。
一瞬だけ此方に猛スピードで駆けて来るディーンの真剣な表情が映ったかと思った刹那であった。
「きゃあっ!?」
思わず可愛らしい悲鳴が喉から絞り出され、彼女の視界は目まぐるしく回転したのであった。
・・・
・・
・
ぞくり。
首筋に悪寒に似た何かを感じ取ったディーンは、そばに立つイルゼに向けて叫んだ。
「姐さん!マーサのフォローを!」
言うや彼女の方に目もくれず走る。
鋭い野生の勘どころか、むしろ野生から文明にやって来た様な彼女である。
本来わざわざ言うまでも無いのだ。
それが証拠に、イルゼは返事すら惜しんでシラタキの襟首をむんずと掴むと、彼の悲鳴を引きずって走る。
そのまま、同じく異常を感じ取ったムラマサの傍に立ち、共に上空へと注意を向ける。
彼も元歴戦のモンスターハンターだ。
この異常なまでの気配、存在感を敏感に感じ取ったのであろう。
油断なく走らせる視線が、上空から飛来する巨影を捕らえる。
「上だっ!ディーン君!」
叫ぶ声を背中に受けたディーンは、応える代わりとばかりに、ひいこらと此方に向かって歩くシュンギクを無体にも蹴り上げた。
「フンニャ〜ッ!?」
突然の展開に悲鳴とも抗議とも言えぬ声を上げて宙を舞うシュンギク。
ディーンはスピードを緩めずに彼女を追い越し、俯いたままジッとしているリエ目掛けて疾る。
「ボサッとしてんじゃねぇ!」
その叫び声にようやく反応したリエが、顔を上げるが、迫り来る気配、そしてその気配の
「ったくもうっ!」
…後で文句言うんじゃねえぞ!
胸中で叫びながら、ディーンはリエの襟首を掴むや、一気に持ち上げて器用に小脇に抱えると、そのまま加速。
落下して来るシュンギクも空いた方の手でキャッチすると、全力でその場から飛び退った。
直後である。
バヂヂヂヂィィィィンッッッッッ!!!
一瞬白みがかった巨体が目の前を旋回したかと思うや、甲高い爆音を上げた黒い雷撃が幾筋も降り注ぎ、リエがたった今立っていた地面を抉り抜いたのであった。
一体全体何が起きたというのか。
あまりの事に動転する心をなんとか押さえつけられたのは、期間限定とはいえハンターとして狩場を駆けた経験あっての事だろう。
リエはディーンの小脇に抱えられた状況を忘れ、自分たちに奇襲を駆けた存在に眼を向け、そして、今度こそ絶句した。
一旦押さえ込んだ心が再び騒ぎだし、心臓が早鐘を打つ音まで聞こえてきそうである。
そんな彼女を含む皆の視線が集中する先、空中からゆっくりと羽ばたいて降りてくる巨大な生物の姿は、彼女のたった一年のハンター経験では
「ベル……キュロスか……?」
リエを抱えたディーンが呟く。
だが、その声にはそれまでの彼に見て取れた自身の色は無い。
ディーンの言う様に、舞い降りたその存在は、彼が二日前にラストサバイバーズの面々と共に討伐した舞雷竜ベルキュロスに酷似していた。
しかし、
頭部から生えた後方に向かって伸びる角。
副尾を含めた三本の尻尾に、先端に鉤爪を生やした触手を持つ巨大な翼などの構造は、ベルキュロスと同じだ。
だが、その身体を覆う甲殻や鱗の色は、明らかにベルキュロスの
対照的に
そして何よりも。
「黒い……
滅多な事では表情を変えぬイルゼですら、驚きを隠せず言葉を漏らす。
そう、舞雷竜の代名詞である電撃。
この飛竜の放った電撃の色は、一体どんな力が働いているのか、不気味な漆黒の色をしていたのだ。
「なんて事だ……」
ムラマサは、もし神が本当に存在するのであれば、いっそ呪ってやりたい気分だった。
あったが故に、もたらされる畏怖と絶望感は、他の面々とは比較にならないのだが。
「ディーン君、そいつはまずい!ドラギュロスだ!」
ムラマサの発した警戒の声に応じるかの様に、ドラギュロス、舞雷竜ベルキュロスの亜種にあたる飛竜、
ガアアアアアアアアァァァッッッッッッッ!!!!!
轟音が皆の三半規管を引っ掻き回す。
間近でその影響を受けるディーン達が、苦悶の表情を浮かべるが、幸いなことにディーンは何とかこれを堪える事に成功し、抱えた両名を落っことすようなことは無かった。
耳を抑えて苦しむリエとシュンギクを抱えたまま、いち早く動けるようになったディーンは一目散にその場を離れる。
結果それが彼らを救う事となった。
冥雷竜ドラギュロスは、その巨大な両翼を広げ、ディーン目掛けて滑空し、突撃してきたからだ。
ドラギュロスの両翼は、その旋回性能や生み出す浮力を物語るが如く、非常に大きい。
それをいっぱいに広げての滑空である。
猛スピードで襲いかかるドラギュロスの攻撃を躱すのは至難の技だ。
ディーンは迷う事なく両脇に抱えた二人を放り投げると、自身も倒れこむように横っ跳び。
彼が跳んだそのスレスレの空間を、ドラギュロスの翼から生えた触手の鉤爪が通過して行く。
すかさず起き上がったディーンが、背中の太刀の柄に手をかけて、通り過ぎて行ったドラギュロスを睨みつける。
冥雷竜は羽ばたき一つでふわりと浮かび上がって滑空の勢いを殺すと、そのまま器用にくるりと反転し、ディーンの方へと向き直った。
どうやら、このわずかな攻防だけで、ディーンを己が獲物と定めたようであった。
「おい、お前ら!走れるな?急いでマーサん所へ!」
後ろを見向きもせず、否、そんな余裕さえないディーンが叫ぶ。
「なっ!?」
「ぱっつん!いいからここは少年の言うことを聞くニャ!」
リエがディーンの命令口調に思わず反抗してしまいそうになるが、シュンギクの叫び声に制され、口惜しげに奥歯を噛み締めると、イルゼやムラマサの居る、火口の入り口付近目指して走り出すのだった。
その様子を気配で察したディーンは、走り去るリエ達とは反対に、ドラギュロスへと向かって走り出した。
今度は迎え撃つ形のドラギュロスは、翼の触手をディーンに向けて振り下ろす。
…この動きは、ベルキュロスと同じだ。
冷静に
「よし!」
回避成功。そのまま一気に距離を詰め、反撃の一撃を叩き込む。
そう思い、再び不死の霊峰の山肌を蹴ろうとした、その刹那であった。
「っ!?」
これには流石のディーンも瞠目した。
なんとドラギュロスは、叩きつけた触手の鉤爪を霊峰の山肌に引っ掛けるや、力任せに地面をめくり上げて見せたのだ。
足場を崩されたディーンが、
「クソっ!」
毒吐いて、一旦距離を離すディーンを、冥雷竜は油断なく睨みつけるのであった。